第25話

「勇士さん、笑うのは良くないのではないですか?店員さんと店長さんから凄く見られてますよ・・・」

「そうだな。約一名からの視線に殺気が籠ってる」


勇士が言う通り、店員は驚いて見てきているだけだが、店長の方は明らかに馬鹿にされているので、額に青筋を浮かべている。

店長からの殺気は元からだが、怒りに顔を歪めた事で通常時と比べ物にならないほど濃密な殺気がその顔から放たれる。

その殺気にジャンヌは気圧され、指一つ動かせない。彼女の顔に汗が浮かんでいるのが分かる。

勇士はジャンヌの言葉に同意しながら、店長に鋭い視線を向け、彼女を庇うように前に出る。

勇士の行動に店長は殺気を緩めぬまま、驚き目を丸くする。


「ほう、あの女っ気のない貴様が女子おなごを庇うとはどう言う風の吹き回しであるか?明日は隕石でも降ってくるのではないか?」

「そんな事はどうでも良いだろ。それよりも、お前はもう少し殺気を抑えたり、一点に集中するとか出来ないのか?だから、店員に無理矢理店の中に戻されそうになるんだろうが」

「何だと、貴様!」

「やんのか、テメェ!」


店長の方は限り無く失礼な事を、勇士はどう頑張っても変わらない事実を言い、店長が店員の静止を振り払い勇士に近付き、勇士も負けじと店長に近づいて行く。

お互いに殺気の闘気を放ちながら歩みを進める。

店員の方は、またか、と頭を抱えているが、ジャンヌは完全にこの状況から置いていかれている。二人の雰囲気から尋常ならざる事は察せたが、何故、ここまで険悪なのか分からないと言った様子だ。


「あ、あの、お知り合いだったのですか?」


雰囲気に呑まれ、恐る恐ると言った様子でジャンヌが質問すると、勇士は店長を睨み付けた状態で、ああ、と肯定して答える。


「こいつは、破城はじょう 武蔵むさし。腐れ縁だ。ついでに言うと顔面凶器の魔王だな」


そう言いつつ勇士は店長改め、武蔵との間を詰める。そして、お互いの間合いギリギリの所まで近づき、立ち止まると、武蔵が勇士にだけ聞こえる声で語りかける。


「魔王とは相変わらず失礼だな貴様は。『神域の英雄』よ」

「その名前で呼ぶな。『不屈の戦士』」


勇士も武蔵にしか聞こえない声で彼の事を『不屈の戦士』と呼んだ。

その名前に勇士がここまで険悪な理由があった。

本来、勇士は普通の人間相手にここまでの殺気をぶつける事はない。理由は単純で普通の人間ではこのレベルの殺気に耐えることが出来ずに、心臓が止まりショック死してしまうからだ。

だが、相手が神の域に到達しているならば、話は別だ。今放っている殺気はあいさつ程度にしかならない。

そして、『不屈の戦士』とは、神の域に到達した者たちの中でもトップクラス、勇士も含めて三本指に入るほどの強者である。

勇士が傲慢な神々を滅ぼした後、自害する数日前に戦いを挑んできた事で前世からの知り合いだ。

『不屈の戦士』の二つ名は彼の不死性に由来する。彼に武術の才こそ無かったが、強靭な肉体を持ち、厳しい修行を行った事により彼は不死の怪物に匹敵するほどの不死性を得た。また、修行で更に鍛えられた強靭な彼の肉体は主神や戦神、闘神と互角のパワーを発揮する。これらの事から、彼は主神と同格の実力を持っている。


「貴様、転生する前より大分弱くなっているではないか。今の貴様なら我輩が本気を出せば赤子の手を捻るが如く殺せるであろうな」

「当たり前だ、前世のように鍛え上げた肉体はもうないんだぞ。それに力のほとんどを封印してる、無茶言うな」


武蔵から前世と比べてかなり弱体化している事を指摘されるが、勇士は呆れたような表情をしながら正論を言う。


「貴様からそのような正論が出てくるとは驚きである。何せ、前世の頃の貴様は非常識、理不尽の塊のような存在だったからな」

「俺を何だと思ってるんだよ、お前。そもそも、そんな俺に嬉々として戦いを挑んできた戦闘狂は何処のどいつだよ」

「フハハハハハ!そうであったな!そんな貴様に戦いを挑んだのは我輩であった。つまり、我輩も非常識な戦闘狂存在であったのだったな。これは失敬、我輩も言えた立場ではなかったわ」

「戦闘狂の自覚があって笑ってるとか、もう終わってるだろ、こいつ」


武蔵が茶化すように言った言葉に勇士はジト目で見ながら、武蔵の過去の行動を指摘して言い返す。

だが、武蔵はそれを聞いて自分が戦闘狂だと認めた上で笑いだした。その姿を見て、勇士は処置なしと言ったように呆れていた。

ちなみに、外野の方は急に笑いだした武蔵に、ジャンヌがドン引きしていて、店員たちは、やべえよ、遂に店長の頭がおかしくなっちゃったよ、とか、落ち着け!店長の頭がお花畑なのは元からだ、冷静に精神科の病院を探すんだ、更に、そ、そうだな!これ以上酷くなる前に病院連れていかなきゃな!などと言ったやり取りをしているが、本人は気にしていないようだ。


「では、手合わせ願おうか。もちろん、力加減はするから安心するのである」

「何でそこに繋がるのか、じっくりと議論したい所だが・・・いいぜ、どっからでもかかって来いよ。それと、力加減するのは当たり前だ、お前の店どころか、この建物が倒壊するからな」


武蔵の脈絡のない話に、勇士は呆れた表情をするが、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべた。

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