第22話
カツ、カツ、カツ、と足音が廊下に響き渡る。廊下の幅は広く、また天井は高かった。
壁には大理石のようなものが使われており、何処かの宮殿を思わせた。
足音の主は美しい女性で輝く金髪を腰の辺りまで伸ばしていて、瞳の色は紫色、顔は全体的に整っていた。身体の方は出る所は出ていて、引っ込む所は引っ込んでいる理想的な身体をしていた。
そして、神聖な雰囲気と妖艶な雰囲気を纏っていた。
その女性は、一つの部屋の前で立ち止まると、その部屋の扉を開けた。
「何を見ているの?」
部屋の中には、1人の男が椅子に座りながら机の上に置いてある水晶を熱心に見ていた。
水晶に集中していたのだろう、女性が声をかけるまで、部屋に入ってきていることにさえ、気付いていなかったようだ。
そして、女性に声をかけられた男は驚いた様子で顔を上げた後、女性を見て呆れた様に溜め息をついた。
「・・・ヘラ、扉を開ける時はノック位してくれと、何度言えば分かるんだ」
そう、彼女はかの有名なギリシャ神話の主神ゼウスの妻、女神ヘラ、その人である。
「ごめんなさい、あなた。それで、何を見ているの?」
言葉では謝罪をしているが、ヘラはその顔に微笑を浮かべており、全く反省した様子がなかった。
そして、そのヘラにあなた、と呼ばれた男は彼女の夫であるゼウスに他ならない。
ヘラはゼウスの背後に回り、彼が見ている水晶を覗く。そこには、勇士とジャンヌがショッピングセンターの通路を話ながら歩いている様子が映っていた。
「・・・ねぇ、あなた?」
「な、なんだ?」
部屋の温度が急激に下がったような感覚をゼウスは感じた。
その映像を見て何を思ったのか、ヘラの様子が変貌していく。ヘラは黒いオーラを纏いながら、フッフフフフフ、と不気味な笑い声を出していた。
ヘラはゼウスの両肩にそれぞれ手を置いていたのだが、屈強なゼウスの肩が軋むほど強い力を手に込めていた。しかも、徐々に手の力が強まっていっている。
これにはゼウスも全身から嫌な汗が滲み出していた。
ヘラは普段と変わらない声音で問いかけてくるが、今のゼウスにはその声が恐ろしいものに感じられた。
ゼウスは震える声で問い返しながらヘラの表情を伺ったが、声の威圧感とさ真逆に彼女は笑顔だった、そう、笑顔だったのだ。ただ、恐ろしいと言う表現がおまけで付いてくるが・・・。
「・・・今度は、オルレアンの乙女に浮気をするの?また、泥棒猫が・・・分からせて上げないとね。フッフフフフフ」
「な、何を言っているのだ!?ち、違う、違うぞ!断じて、そのようなものではない!
儂はもう懲りた、と言っただろう!?」
ヘラは盛大な勘違いにより、瞳を怪しく光らせ物騒なことを言い出した。
既に暴走しかけているヘラの勘違いを正すために、ゼウスが必死に言葉を紡ぐ(言葉の信憑性は限り無く薄い)。
ゼウスの必死の説得の成果か、ヘラの纏っていた黒いオーラがゆっくりと霧散していく。
ゼウスはその様子を見てほっとしたのだろう、大きく息を吐き出した。
一方、ヘラは自分が豹変していた事に気が付き、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「やだ、私ったら我を失うなんて」
「う、うむ、落ち着いてくれて何よりだ。それに、儂が興味を持っているのはオルレアンの乙女ではなく、その隣を歩いている男の方だ」
「えっ!?」
ヘラはまだ恥ずかしそうにしていたが、ゼウスは彼女の雰囲気が戻ったにも関わらず、少し声が裏返っていた。
そして、ゼウスがヘラに、興味を持っているのは勇士の方だと伝えると、彼女は驚きの声を上げ、信じられないものを見る目でゼウスを見た。暫く、考え込んでいたヘラが急に何かに気付いたように顔を上げた。
「まさか、男色に目覚めてしまったの!?どうしましょう、早くこの男を殺さないと!
この際、浮気がどうのとは言ってられないわ!綺麗所を集めて、夫を誘惑し、正気に戻さないといけなわ!」
今度は別方向にぶっ飛んだ勘違いをし、再び物騒なことを言い出したヘラに頭を抱えつつ、ゼウスは勘違いを解くのと同時に説得を開始する。
「ま、待て!儂が男色何ぞに目覚める訳がないだろう!まあ、最期の作戦については、是非ともやってほs・・・げふん、げふん!」
「あら、じゃあ、どうしてなの?」
ゼウスは危うく本音を漏らしそうになったが、ヘラは気付いていなかった。ゼウスは命拾いしたと言って良い。
ここで、急にゼウスの顔が真面目なものになる。夫の表情の変化に、ただならぬものを感じたらしく、ヘラの顔も真面目なものになった。
「この男は強い、もしお前が直接殺しに行ったとしたら、返り討ちにあっていたことだろう。そう言う理由もあってお前を落ち着かせたのだ」
「もしかして、この男が今回の騒動の犯人なの?それなら、オルレアンの乙女が危ないわよ?」
ゼウスから勇士の実力を聞き、ヘラも最初は驚いた様子だったが、直ぐに表情を元に戻した。
そして、ヘラはその実力から、勇士を今回の冥府襲撃事件の犯人だと推測したようだが、これをゼウスが首を横に振り、否定した。
「いいや、違う。そもそも、この男が襲撃に参加していれば、ハデスたちは今頃、皆殺しにされている。ヘラ、お前も聞いた事があるだろう『神域の英雄』の名を」
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