第21話
「では、ベッドのコーナーに戻りましょう」
「あー、少しは遠慮してくれよ」
「いいえ、しません。何せあなたが自分で言ったことですし、言葉には責任が伴うものです。諦めてください」
遠慮は要らないぞ、と言った事を後悔している勇士の嘆願をジャンヌは迷い無く断った。
ちなみに、断った時のジャンヌはとても良い笑顔を勇士に見せていた。
言質と言う名の強固で巨大な城壁を得たジャンヌを説得することは、ベッドを買う事への承認を得ることよりも難しいだろう。
・・・何故、ベッドを買い与える側である勇士が与えられる側であるジャンヌの承認が必要だったのだろうか、もし、ジャンヌが勇士の言う言葉を予想して行動したのならば、彼女は相当な策士だが、彼女の態度からしてそれはないだろう。
つまり、勇士は最初から無理矢理ジャンヌにベッドを買い与えれば良かった訳で、彼は自ら墓穴を掘ったことになる。
よって、言った言葉の責任は全て勇士にある事になる。
また、現実は非情だ。上記の理論で武装したジャンヌに勇士の苦しい反論は無意味だろう、財布が軽くなる事は目に見えていた。
南無三。
「寝心地を確かめられるのですか、有り難いですね」
「それに有り難みを感じるんだったら、金を出す俺に有り難みを感じて、値段を考えてくれ」
意気揚々とベッドのコーナーに戻って来たジャンヌと、渋々と言った様子で彼女と一緒に戻って来た勇士はそんな下らない会話(?)をしていた。
どうやら、勇士はまだ前言撤回する事を諦めていないようだったが、相手にされていなかった。
しかも、ジャンヌが寝心地を確かめようとしているものは大分高い部類に入るものだった。
「言質は取ってますから」
「分かった。もう値段に関しては遠慮なく選べ・・・・明日は覚悟してろよ。きついメニューを組んでやる」
「お、お手柔らかにお願いします」
強固なジャンヌの意思を前に遂に勇士が折れたかのように見えたが、説得は無理だと開き直り、別の方向から圧力を掛けることにしたようだ。
値段に関して諦めたように見せて、その後に修行の内容を厳しくする、と圧力を掛けてきた。
いや、何やら悪企みをしている表情をしているため、これは圧力や脅しなどではなく、本気で言っている事が分かる。
彼の中では既に修行を厳しくする事は決定事項になっているようだ。
その事にジャンヌも気づいたらしく、顔を引きつらせながら、暗に悪企みを止めるように言った。
だか、その言葉が修行の内容をどうするか、考えている勇士に聞こえたのかは定かではない。
「このベッドにしようと思います」
「決まったか、他のもさっさと決めるぞ」
ジャンヌは白いシンプルなベッドを選び、マットレスは低反発の高めのものを選んだ。枕の方はマットレスとは逆の高反発のものを選んだようだ。
その後、掛け布団も選び、寝具類は全て選び終わった。
「この時点でかなりの合計金額になってるぞ」
「でも、掛け布団は勇士さんが選びましたよね?それも、お高めなものを」
「まあ、やけくそになっているだけだ」
そう、先程も言ったように掛け布団は勇士が選んだもので、大分高い代物だった。
本人はやけくそになっているだけだ、と言っているが、合計金額を高くしてジャンヌの逃げ道を確実に潰しているような気がしてなら無かった。
「寝具類は終わったから、あとは机とかタンス、クローゼットか」
「衣類も忘れないで下さい」
「そうだったな。じゃあ、早く決めて服屋に行くか」
それから、勇士たちは他の家具も決めて会計を終えた。その合計金額はかなり高くなっていたが、服屋に行けることに喜んでいるジャンヌは、勇士の言っていた修行の件をすっかり忘れているようだった。
クレジットカードでお金を払った後に勇士が一瞬、邪悪な笑みを浮かべたことにジャンヌは気付いていなかった。
「いやー、明日の修行が楽しみだな」
「えっ・・・」
勇士は笑顔でジャンヌに近づくと、彼女に聞こえるようにそう言った。
現代の服がどの様なものなのか想像していたジャンヌは、勇士の発言に漸く修行の事を思い出したらしい、さっ、と彼女の顔から血の気が退いた。壊れたロボットのような動きでジャンヌは勇士の方に振り向いた。
「なあ、ジャンヌ」
勇士は笑顔のままで振り向いたジャンヌの肩にポン、と手を置くと、ジャンヌに同意を求めた。
勇士は笑顔なのにも関わらず、黒いオーラを纏い、有無を言わせない迫力だった。
その笑顔を前に、ジャンヌの選択肢には肯定以外の選択肢は存在しなかった。
「・・・はい」
勇士の問いを肯定したジャンヌの表情は暗かった。
「く、くははははははははは」
ジャンヌの表情を見ていた勇士は口に手を当てて、何かを堪えるように体を小刻みに震わせていたが、もう我慢ならない、と笑いだした。
急に笑いだした勇士に、ジャンヌは驚いた。
そして、おそらく馬鹿にされたと思ったのだろうが、あっと言う間に赤面していく。
「な、なんで笑うんですか!?まさか、冗談だったんですか!?」
「くっはは、すまん。面白くてな」
「もう、馬鹿にしないで下さい!」
「はいはい、ほら、服屋に行くぞ」
「あっ、待って下さい!」
ジャンヌはそんなやり取りをした後に、勇士を慌てて追いかけた。
ジャンヌはもう暗い表情をしていなかったが、勇士は一度も修行の件は冗談だとは言っていなかったのだが、知らぬが仏と言うものだろう。
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