第16話

勇士は黙々と日課の素振りを行っていた。

規則正しく、刀が風を切る音がしている。激しい運動をしているため、汗が珠のように出ていたが、そんなことはお構い無しに刀を降り続ける。

勇士は突然素振りを止めると深いため息を吐いた。

今日の空模様は晴れやかな雲一つない晴天だが、それとは逆に勇士の表情は曇っていた。


「太刀筋が乱れてるな。我ながら情けないもんだ」


勇士は昨日の夜、神域でゼウスの頼みをきっぱりと断ったが、自身が存外あの話を引きずっていることに気付き、苦々しい表情をした。

そして、また素振りを再開する。それをしている間は、余計なことを考えずに済むとばかりに先程より更に黙々と、一心不乱に刀を降り続けた。


(ゼウスも俺が素直に協力しないこと位分かってたんじゃないのか?じゃあ、どうして接触してきた?)


だが、そんな思いとは裏腹に、頭の中はすっきりと冴え渡り、次々と疑問が沸いてくる。

その事に苛立ちを覚えながら、勇士は思考することを止めることが出来なかった。

否、彼の心の中に僅かに残っている英雄としての残滓が、英雄だった頃の矜持と信念が止めることを拒んだ。それは未だに、彼を英雄足らしめんとしていた。


(まあ、ゼウスが接触してきた理由はおそらく昨日の戦闘か、夜の俺の動きを見て気づいたんだろうな。一度でもボロが出ると駄目だな、本人にバレなくても、神々は気付く。

最悪だ・・・)


そんなことを考えながら、勇士は日の高さを確認し、素振りを止め、家に帰ることを決めるのだった。



「ふぅ~、すっきりした」


家に戻り、シャワーで汗を流した後で服を着替えて勇士はリビングに入った。


「あっ、勇士さん、おはようございます」

「ああ、おはよう。ジャンヌは朝が早いんだな」


リビングでは既にジャンヌが起きていて、朝食の支度をしていた。

ジャンヌの様子を見て、昨日の夜の件を気にしていないことに気付き、勇士は密かにほっとしていた。

テーブルの上に朝食が並べられ、勇士は椅子に座った。朝食の内容はトーストと目玉焼き、サラダと、無難なものだったが、それを見て彼は疑問に思った。


(はて?ジャンヌの時代にこの料理は存在していたっけな?)

「さすがに料理についても最低限の知識が授けられていますから。まあ、実物を見るのは昨日が初めてだったんですけどね」

「ほう、なるほどな」


考えていたことが顔に出ていたのか、ジャンヌが少し得意そうに答えた。

その答えに相づちを打ちながら、勇士は、顔に出ていたか?と、首をかしげた。


「意外とうまいな」

「何か言いましたか?」

「い、いや~、うまいな、初めて作ったとは思えないな。うん、うん」


勇士の失言に、ジャンヌがギロリと、睨み付け、その迫力に冷や汗をかきながら勇士は言葉を言い換える。

そうこうしている内に食べ終わり、勇士は手を合わせて口を開く。


「ご馳走さま」

「はい、お粗末様でした」


ジャンヌが笑顔でそう返事をしたが、他人から見れば、夫婦のように見えなくもないやりとりをしているのだが、両者共に気付いていないようだった。


「そういえば、修行の件だけどな。今日はやらないで、明日から始めるぞ」

「えっ?どうしてですか?」


勇士が言ったことが意外だったのか、ジャンヌは目を丸くして聞き返した。


「俺は良いがお前は完全に昨日の疲れが抜けきってないだろ。昨日は無理して俺に襲い掛かって来たしな」

「襲い掛かっ、あれは勇士さんが悪いんでしょう!はあ、わかりました」


勇士がさらっと昨日の夜の騒動の責任をジャンヌに押し付けようとしたが、それに気付いた彼女に訂正されたので、勇士は少し残念に思った。

一方、ジャンヌは勇士の言葉を訂正した後に呆れつつ修行を明日からすることを了承した。後半はまだしも、昨日の疲れが抜けきってないのは確かだったからである。


「でも、今日は何をするんですか?」


その疑問が出てくるのは当たり前で、昨日の疲れが残っているにしても、あの魔物のことがあるので、何もしないという選択肢は存在しないからだ。


「何処に行くんですか?」

「ま、とりあえずついてこい」


それを聞いた勇士が、急に椅子から立ち上がり、リビングから出て階段を登って行ってしまったので、ジャンヌも急いでその後を追う。


「家の大きさと庭の広さから分かると思うんだが、俺の家って多少裕福なんだよ」

「ええ、分かりますけど、それがどうかしたんですか?」


勇士の話の通りで、天霧家の家や庭は豪邸とまではいかなくてとも、普通の家庭と比べたらかなり大きい。

だが、それで何が言いたいのかと、ジャンヌは首をかしげた。


「ああ、親がな…何を血迷ったのか分からないが、二階に無駄に多く部屋を作りやがってな。一階は風呂場と和室を凝って、物置部屋を広くしたから、良かったんだが・・・空き部屋がかなり在るんだよ。しかも、家が広いのに使用人の一人すら雇わないんだ。」

「そういえば、風呂場はかなり広かったですね」


勇士が家の事情、もと言い親の愚痴を話している内に二階に着いたのだが、ジャンヌはその空き部屋の数に驚き、目を丸くした。

部屋の扉に札が掛かってる部屋が使っている部屋なのだろう、その数たった3部屋。

空き部屋は4部屋ほどある。


「・・・どうしてこんなに部屋を作ったんですか?」

「言うな。俺が聞きたい。まあ、親父曰く『大きい土地買ったら、大きい家建てていっぱい部屋を作りたくなるだろ?』だそうだ。ちなみに、使用人の方は『いや、雇うだけ金の無駄だろ』って言ってた・・・」

「それは・・・節約の論点がまず、ずれてると思うんですけど・・・」


その話に引きながらも、ジャンヌは的確なツッコミをしていた。



――――――――――――――――――――


和室の位置を二階から一階に変更しました。










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