第15話

「一通り確認出来ましたね。でも、他にも何かミカエル様が言われていたような気が・・・」


一通り転生前のことを思い出したジャンヌだったが、記憶の一部に靄がかかった様な感覚があり、良く思い出せないものもあった。


「そういえば、転生する直前の注意事項の確認で記憶が一時的に曖昧になることがあると言っていたはず、それが原因のようですね」


転生の直前に注意事項の確認であった内容を思い出し、ジャンヌを納得したのだった。

そのため、いつか思い出すだろうと、ジャンヌはそのことに関して考えることを止めた。


(そろそろ、眠くなってきましたね・・・)


やっと疲れが出てきたようで、徐々に瞼が重くなり、ジャンヌは深い眠りについた。



―――ジャンヌは夢を見た。

彼女は一人荒野の上に立っていた。周囲を見渡せば少し小高い丘があるだけだった。

地面にはちらほらと、草が生えているのみで、この一帯の大地が枯れていることがわかる。

何もない荒野、万人に忘れ去られたような寂しさが漂う場所だ。


「ここは、何処?」


少なくとも、ジャンヌは一度も来たことのない場所だった。それが夢に出てくることを不思議に思いながら、彼女自身でも気付かない内に正面にある丘を目指して歩いていた。


「足が勝手に?夢の中だからでしようか?」


そんなことを思いつつ、丘の頂上に着いた。その先には、やはり荒野が永遠と荒野が続いていた。


「っ!?」


だが、その荒野の景色が一瞬で変わった。

否、最も正確に言うのならば、ジャンヌの視界の右端に何万もの軍隊が現れ、左端にはローブをきた背丈からして男性だと思われる人物が現れた。

軍隊の方を見て、ジャンヌは絶句した。

その軍隊にいる兵士たちの目には、尋常ならざる狂気が宿っていた。装備が統一され、一糸乱れぬ隊列で行軍する兵士の全てが狂気に呑まれている。

そのことが、軍隊の狂気を更に大きくし、ジャンヌには異形の者の軍隊に思えてしかたがなかった。

その狂気から目を背けるように、今度はローブのフードで顔は見えない男の方にジャンヌは目を向けた。

男は、狂気を纏った軍隊を前に飄々としていた。顔は見えないが、男はおそらく余裕の表情をしているだろう。

そして、両者が徐々に近付いて行く。

ある程度まで近付くと、先程まで静かだった軍隊の方が何やら騒がしくなり、その声がジャンヌの所まで届いた。


「神敵を滅ぼせ!!」

「堕ちし英雄に死を!!」

「邪悪なる魔王を討ち取るのだ!!」

「我等に偉大なる神々の加護を!!」


「これはっ!!」


ジャンヌは息を呑む、軍隊を包んでいた狂気の正体はだった。


(信仰も過ぎればここまで邪悪に歪んでしまうものなのですか!?)


「「「「オオオオオオォォォッ!!」」」」


ジャンヌが驚き、絶句している間に、軍隊の方が雄叫びを上げ、戦いの火蓋は切って落とされたのだった。

空を覆い隠すほどの魔法と矢の雨がローブの男に降り注ぐ。

大量の土砂が巻き上げられ、土煙となって辺りを漂い始める。しかし、軍隊が攻撃の手を緩めることはなく、逆にその激しさを増していく。

神の加護を受けているジャンヌでも、あれほどの攻撃を受ければ無事で済む自信が無かった。


「えっ?」


次の瞬間、土煙が凪ぎ払われ、

同時に

土煙から出てきたローブの男は着ているローブに土埃が付いている位で、その身は無傷だった。

そして先程の現象は、あの距離から斬撃を飛ばしたようにしか思えなかった。

あまりにも理不尽。

その力は理不尽過ぎた。

何故、ローブの男が軍隊を前に飄々としていたのか、ジャンヌはこの時悟った。

象が蟻を気にしないように、彼にとっては軍隊など、蟻以下だったのだろう。

あの光景は蟻がいくら集まっても、象に踏み潰されるのと同じだったのだ。


(次元が違い過ぎる)


それに気付き、ジャンヌは戦慄した。

そして、ローブの男の反撃が始まった。

彼が腰にあるを抜刀するだけで周囲の兵士が切り刻まれる。

魔法で応戦しようにも、軍隊の総力を持って展開した魔法も、ローブの男が一瞬でその10倍の量の魔法を展開し、軍隊が蹂躙される。

それでも突撃してくる兵士たちを無駄だとばかりに、首を飛ばし、胴を切断し、頭を蹴り飛ばし、魔法で纏めて吹き飛ばす。

その姿は、強力な軍隊を打ち倒す英雄にも、

人類を蹂躙し、滅ぼさんとする魔王にも見えた。

それは、戦いとは名ばかりの蹂躙と言う名の処刑だった。

軍隊はローブの男の前にあっという間に数を減らしていく。


「もう止めてください!!」


夢だと分かっていても、ジャンヌは止めようと叫んだ。

しかし、これは夢だった。

夢だからこそ、ジャンヌは自ら戦場に行き、ローブの男を直接止めることもできたない。

叫んでも何も変わらない、見ていることしか出来なかった。

夢だと言うのに、ジャンヌは悔しさと無力感を感じ、目から涙が零れた。

そうしている内に、戦場から声が聞こえなくなった。

静寂が訪れた戦場は、正しく地獄絵図だった。

大地は血を吸い赤く染まり、

人の頭部が無数に転がっている

人間の臓物が巻き散らかされ、

屍は頭部が無いもの、胴から上下に別れているもの、魔法で焼かれたり、凍結させられたり、串刺しにされたりと、

戦場は死屍累々としていた。


「うっ」


臭いはしない、しかし、ジャンヌはこの地獄絵図を見て、気持ち悪くなり、その場でうずくまる。


「なんていうことを ―――― 」


漸く気持ち悪さが収まり、ジャンヌが再び顔を上げ、戦場の光景に言葉を言いかけた時、突風が吹き、ローブの男のフードがとれ、男の顔が見えたところで意識が白く染まっていった。



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