第12話
「いてて、まだ痛むか・・・」
今、勇士は湯船に浸かっていた。まだジャンヌに叩かれた頬には紅葉の形の赤い痕が残っていた。
そこから感じる痛みに顔をしかめるが、すぐに力を抜いた。
体に染み渡る湯船の暖かさに気持ちが和らいでいく。
「うーん、ステーキは喜んでいたけど、やっぱりあいつはまだ怒ってるよな・・・はぁ」
和牛のステーキを出したときのジャンヌの反応は、驚いて開いた口が塞がらないといった様子で、口に入れた時はかなり幸せそうだった。
それもそうだろう。何せ昔では貴族すら食べられないと言うより、存在すらしていない高級品である。彼女の反応も無理はない。
だが、そんな幸せな体験をしたジャンヌだが、まだ怒りの炎は収まらない様で、現在進行形で勇士の頭を悩ませていた。
「まあ、とりあえずあがるか」
充分体が温まったことを感じ、勇士は風呂場から出た。
体についている水を拭き、ドライヤーで髪を乾かしながら、勇士はもう一つの問題を思い出した。
「そういえば、あのときジャンヌに実力が分かるようなことしちまった・・・」
そう、勇士はジャンヌが飛びかかって来たときに、明らかに彼女より速く動いていたのだ。
あの時はジャンヌも怒りと羞恥で冷静ではなかったため、うやむやになったが、冷静さを取り戻せば勇士の実力に気付くのも時間の問題だろう。
(その時に考えれば良いか)
勇士は実力の件に関してはほぼ諦めて、未来の自分に丸投げした。
◆
「布団はそこに敷いてあるやつを使ってくれ。じゃ、お休み。」
「何から何までありがとうございます。おやすみなさい。」
ジャンヌの返事を聞いてから、勇士は自分の部屋に向かう。
自分の部屋のドアを開け、ベッドまで歩き、ベッドの上に四肢を投げ出した。
柔らかなベッドに沈みながら、今日あったことを思い出していく。
「今日は色々あったな。転生してからの16年で一番の厄日だ」
Sランクの魔物との戦い、復活した英雄の少女ジャンヌを助け、神々が関わっている面倒事に首を突っ込んでしまった。さらに、ジャンヌが襲いかかってきて(自業自得)実力が分かるような事をしてしまった。
確かに、これは勇士の転生してからの16年で一番の厄日だろう。何せ、16年間ずっと隠してきた実力がバレてしまいそうなのだから。
「神々も情けないな。あんな少女を世界の命運をかけた戦いに身を投じさせるとは・・・加護は与えているとは言え、神々も相当余裕がないな」
神々の行動に呆れたようにそう言って、勇士は目を閉じた。今日あった色々な出来事の疲れが出たのか、あっという間に意識は闇の中に消えていき、規則正しい寝息をたて始めた。
◆
白い空間が何処までも広がっていた。
そこに一人の男が現れる。その男は黒い目と髪の色をしていた。
その男、天霧 勇士は先程までベッドで寝ていたと言うのに、この奇妙な空間と状況に全く動揺した気配がない。だが、機嫌が悪いのは確かだ。苛立たし気な表情で何かを待っていた。
すると、白い空間に新しい人物が現れた。
「遅い、お前が俺をここに喚び出したんだろうが」
先程現れた人物は、髪は白髪で白い髭を生やした2m近い巨漢で、鍛え上げられ、引き締まった肉体は歴戦の戦士といった雰囲気を出していた。
服装は古代ギリシャ人の様な感じで、体に布を巻いていた。
その巨漢は本当に申し訳なさそうな表情をして口を開いた。
「此方から神域に招いたというのに、遅れてすまんな、妻に浮気がバレてだな・・・宥めるのに時間がかかったのだ」
神域とは、それぞれの神々が作り出した空間で、彼らにとっては自分の部屋の様なものだ。神域の強度は、それを作った神の力に比例する。
「・・・その格好で浮気が妻にバレて大変な思いをしているとなると、かの有名な浮気の神ゼウスか」
「お前な!儂の正体が分かってるのは話が早くて助かるんだが、いくらお前が神嫌いだとは言え、浮気の神はないだろ!?」
「違うのか?俺の調べた限りではゼウスは浮気性なんだが、デマだったか?」
「ぐ、ぐぅ・・・・・・」
勇士が言った「浮気の神」などと不名誉な称号に非難したゼウスだったが、揺るぎない事実を突き付けられ、悔しいそうに唸る。
さらに、最初の威厳のある喋り方は何処かに消え、事実を突き付けられたことが止めとなり、ゼウスの威厳は空前の灯火である。
いや、元々そんなものは無かったかもしれない。
「わ、儂、儂の威厳が・・・・」
「そんな下らないことで落ち込むなよ。安心しろ、元々お前の威厳なんてあって無いようなものだろ?」
「ぐはっ!!」
四つん這いになって落ち込んでるゼウスに勇士は容赦なく止めを刺し、それによって、ゼウスは吐血した。
「おい、そんなところで吐血してないで、早く本題に入れよ」
「ハッ、そうだった」
ゼウスを吐血させた張本人のかなり無責任な一言に、彼は再起動した。
勿論、ゼウスは怒りの視線を向けるが、勇士は飄々としていた。
「で、本題は?」
「はぁ、仕方あるまい。今回の件は不問にしよう。では、本題に入るぞ」
勇士の態度にゼウスは諦めた様で、本題を切り出すため口を開いた。
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