第10話
「今日の晩飯は何にするかな・・・」
山を下山し、勇士は町の商店街まで来ていた。その目的はもちろん、今晩の夕食を決め、材料の調達をするためだ。
ジャンヌがいることを理由に、勇士は今晩の夕食を豪華にするつもりだった。
これだけを聞けば、素晴らしいおもてなしの精神だろう。
そう、彼の自分へのご褒美という理由が、六割以上を占めている真実が無ければの話だが・・・。
商店街は人々が行き交い、賑わっていた。
道の端で何気ない世間話をする主婦たち、部活帰りにこの後の予定を話し合う高校生、安売りになっている商品を宣伝する店員、いつもの平和な光景だ。
今朝の戦闘は、まるで別世界で起こった出来事のような、そんな中を勇士は歩く。
ふと、何かに気づいたように一軒の店の前に勇士は移動した。
商品棚には様々な肉が並べられている。どうやら、肉屋のある商品に目を引かれたようだ。
その商品は、値札に大きく“ステーキ用”と、書かれた和牛の霜降り肉だった。
勇士は昔からこの商店街に通っていたので、商店街にある店の店員や店長とは親しかった。
そのため、その肉屋の店主に気軽に声を掛ける。
「よう、肉屋のおっちゃん!良い肉を仕入れたみたいだな」
「おう、勇士か。この肉は今朝仕入れたんだけどよ。お前、買ってくか?先に言っておくが、値切らねぇぞ」
「・・・・・値切ってくれないのか?」
その店主の言葉を聞いた瞬間、勇士の目が細められ、まるで獲物を狙う狩人の瞳のようになった。
「お、おう、当たり前だろ。高級品なんだぞ?」
その迫力に気圧されながらも、意見を変えることはないと、店主は断言した。
「そうか、残念だよ。おばさんに、あんたが最近、若い女の子に値引きしたり、オマケを付けたりしてるって、いっとくから」
「しょ、しょうがないな、俺とお前の仲だ。特別に割り引いてやるぜ。2割引な」
本当に残念そうな表情をして、爆弾発言をする勇士に、店主が焦り、顔を引きつらせる。
そして、店主が折れ、苦笑いを浮かべながら勇士の要求を飲んだ。
「お、本当か?やっぱり、男同士の友情は素晴らしいな」
さっきまでの態度は何処へやら、快活にわらいながら、胡散臭いことを言い、肉を店主から受け取る。
「昔は可愛かったのにな・・・。お前は何時からそうなっちまったんだ?」
「いや、失礼だな。俺は真っ当な交渉をしただけだぞ?」
失礼なことを言ってくる店主に対し、顔を不満げな表情にして、勇士は反論をした。
とはいえ、その内容は実に理不尽なものだった。
「あれは真っ当な交渉とは言わねぇよ!脅しだろ、脅し!」
「はいはい、またな、おっちゃん。」
「おいこら、待てよ!」
店主の抗議に対して、雑な返事を返し、その場を勇士は離れていく。
心無しか、勇士を呼び止めようとする店主は、微妙に涙目になっている気がするが、勇士は気にも留めなかった。
◆
あの後、他の店で野菜などの食材や、調味料などを買い、商店街から出て、勇士は家を目指して住宅街を歩いていた。
昔から見慣れている家もあれば、最近になって建てられた家もある。
そんな住宅街を歩きながら、昔の思い出に思いを馳せることはなく、勇士の頭の中は商店街の肉屋で買った和牛の霜降り肉のことでいっぱいだった。
肉屋の店主との交渉(脅し)によって2割引で 手に入ったが、それでもかなりの出費だったので、財布の中はすっからかんである。
それ故に、勇士の和牛の霜降り肉に対する期待は大きかった。
「早く帰ってこの肉を食べたいな・・・」
肉の味を想像しただけで涎が出てきそうなものだが、それをぐっとこらえて家の帰路を急ぐ。
「あっ、まて~~~」
ある公園の近くに差し掛かったとき、サッカーボールを追いかけて4歳ぐらいの男の子が道路に飛び出した。
ちょうどその時、道路には大型トラックが走って来ていた。
だが、男の子は気付いた様子がない。トラックは明らかに飛び出した男の子に反応して止まれるような速度ではない。
また、男の子を避けることができる道幅もなかった。
このままでは、数瞬後には男の子はトラックに牽かれるだろう。
「くそッ!!」
勇士は人類に失望しているとはいえ、目の前で無実な子供が牽かれるのを黙って見ている様なことは出来なかった。
肉の入った袋ごと『
一瞬で景色が変わる中で、男の子とサッカーボールを確保して公園に向かって飛ぶ。
男の子に影響が出ない様に全身のバネを使って着地する。
その少し後にトラックが急停止する音が道路から聞こえた。
「あ、あんた、どっから・・・。いや、それよりありがとな、もう少しで子供を牽くところだった」
「気にしないでくれ、当然のことをしたまでだ」
「それでもありがとう。その子も俺も助かった」
トラックから降りて来た運転手は急に現れた勇士に驚いたようだったが、すぐに感謝の言葉を言った。
それに対して、勇士はあまり急に現れたことに触れられたくなかったので、謙遜した態度をとった。
「じゃあな、車には気を付けろよ」
そう言って、運転手はトラックに戻り、走り去って行った。
「おい、大丈夫か?」
問題はまだ放心している男の子のほうだった。それもそのはず、トラックに牽かれそうになったと思ったら、急に景色が変わり、公園の中だったのだ。無理もなかった。
声を掛けられて徐々に意識が現実に戻って来たのか、ゆっくりと顔を勇士の方に向け、純粋な瞳で見つめてきた。
「すっ、スッゲー!!!お兄ちゃん、どうやったの!?どうやったら、お兄ちゃんみたいになれるの?」
大きな声を出しはしゃぎまわる男の子に勇士は少し顔を引きつらせるが、純粋な視線を向けてくる子供を無下には出来なかった。
公園の中を見渡すが、男の子以外に子供すら居なかった。どうやら、一人で遊んでいたようだ。
――― それから親が迎えに来るまでの1時間、勇士は永遠と男の子の質問攻めにあって、くたびれながら、帰路に付くのだった。
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