第9話

あの場所から離れ、勇士は第2の目的地を目指して山の中を歩いていた。

鳥の囀りが僅かに聞こえるだけの静かな山の中でゆっくりと思考する。


(俺はどうしたいんだ?)

(もう一度、英雄に成りたいのか?)

(それとも、弱者を見捨てられないあの頃の考えがまだ残っているのか?)


徐々に鳥の囀りが遠ざかり、自らの足音だけが聞こえる様になる中、勇士の頭にその様な疑問が浮かんでは消えていき、思考が加速する。


(それはない。俺にそんな考えがあるとは思えない)


勇士は頭を振り、自虐的な笑みを浮かべながらその考えを否定する。


(俺にはもう、英雄になる資格も、英雄としての心もない ―― )


勇士は前世で憎悪と怒りに捕らわれ行ったことを、間違いだとは思っていない。

もし、勇士が神々を見逃していたら悲劇がさらに生み出されたことは間違いない。

だが、同時にやり過ぎたと思うこともある。

神々を滅ぼしたことは良いだろう。しかし、本当に『箱庭』まで壊す必要があっただろうか?

確かに勇士は『箱庭』の人々の態度と言葉に怒りを覚えた。仲間を失い帰還した時に町の住民にかけられた言葉を今でも覚えている。


『パーティーメンバーが死んじまったが頑張ってくれよ』

『 “ ”、お前は俺達の希望だ。生きてて良かった、これで安心だ』

『死んじまった奴の葬儀?そんなん、お前が適当にやってくれ。おっと、そんなことよりこの魔物倒してきてくれ』


『・・・・そんなことより、だと!?貴様らアアアア!!! ―――― 』


その言葉は慰めでも、死んでいった仲間を悲しむ言葉でもかなった。

あるのはただ、勇士が帰って来たことで、自分たちが安全に暮らせることへの安堵だけだった。

それは許せるようなものではなかった。だから彼は修行をし、力を付け、神々を滅ぼし、『箱庭』を壊した。

だが、『箱庭』の全ての人々がそうだった訳ではないはずだ。

だからこそ、稀にやり過ぎだったのでは?と、考える。

前世で行ったことを考えれば、勇士に英雄の資格はない、どちらかといえば、彼は ――


( ―― 俺は魔王だ。英雄の資格に未練はないし、英雄であったとしても意味なんてない。一時期、平和に見えるこの世界に期待したこともあった。だが、今でも争いは無くならず、汚職や不正などはあちこちで行われている。英雄として助けたところで何も変わらないだろう)


だから勇士は人類を救わない。最悪、人類が滅んでも、勇士と彼の家族や友人ぐらいなら、生き残れるだろう。

この考えは他の人類からしたら、自分勝手な考えだろうが、前世にあったことを考えれば、仕方ないことである。


「おっと、もう着いたか。・・・考え事にのめり込み過ぎたな」


勇士は目的地に着いたことに気付き、考え事を中断する。

そして、ゆっくりと身を屈めながら移動し、近くの茂みに身を隠す。

茂みからそっと顔を出し、一点を見つめる。体内の魔力を循環させ、目と耳に集中させる。単純な身体強化の方法だが、魔力の消費効率が良く、応用もきくため、勇士が好んで使っているものだ。

勇士が見ている方向には、今朝の魔物との戦いの場があった。

木々の一部がへし折れ、斜面には大小様々なクレーターがあり、あの戦いの激しさを物語っていた。

その斜面を囲うように黄色いテープが張り巡らされ、その範囲内に十数人の人影があった。


「おい、見ろよ。このクレーターの数と大きさ。一体何が暴れたらこうなるんだ?」

「ああ、周りの木も酷い惨状だ。こんなの今までにあったか?」

「いや、ないだろうな。・・・明らかに異常な事態だ。」


強化された聴覚が警察官だと思われる集団の会話を拾う。勇士がここに来た目的は、警察などがこの異常事態についての何か情報を持っているのかどうかを、確認するためだ。


「こりゃ、あいつが言ってた神託がどうのっていうのと関係してっかもな・・・」

「何すか、それ?」


勇士は聞き耳を立てる。中年の警官の独り言に部下らしい若い警官が聞き返していた。明らかにこの会話は目的の情報についてだ。


(頼むから、喋ってくれよ)


そう願いつつ、さらに聴覚を強化していく。


「ん?神託の話か?」

「はい、そうっす」

「まあ、ここだけの話なんだがな。俺が警察の上層部に個人的に仲の良い奴がいるのは知ってるだろ?」

「はい、知ってますよ。それでどうしたんすか?」

「そいつが居酒屋でポロっと口を滑らせたんだよ、何でも世界中のあらゆる宗教で同じような神託が下ったんだとよ」

「へ~、どんな内容だったんですか?」


中年の警官は、俺も半信半疑なんだがな、と言い口を開く。


「それがよ、人類が滅亡しかねない災いが起きるって話だ」

「え、ええぇーー!!?ど、どうするんですか!?それが本当なら、大変なことになりますよ!?」


興味本意で聞いたことが予想外に大事で、しかも目の前の惨状で話の信憑性を増しているので、若い警官は完全に取り乱していた。


「おい、落ち着け。もしその話が本当でも、それを阻止するために神様が英雄を復活させて、送り込んでくれるんだとよ。だから安心しろ」

「本当ですか?なら、良かったっす」

(なるほど、それの1人がジャンヌだってことか。・・・つまり、ジャンヌが言ってた事情は災いのことだったか。おそらくジャンヌは、俺が混乱し、不安を持つのを避けるために詳しく話さなかったと、考えるのが自然だな)


ジャンヌの話と警官の情報を照らし合わせ、そして、今朝の戦闘から

災い = Sランク以上の魔物が複数出現する

という仮説を立てた。

勇士は十中八九、この仮説で間違いないだろうと考えていた。


「知りたい情報は手に入った。そろそろ、買い物に行くか」


そう言って腕時計を見てから、勇士は静かにその場から去った。


「つまり、って事だな。安心だろ?」

「そうっすね!」


勇士が茂みの中を去るのがもう少し遅かったら、警官たちの命は無かっただろう。この警官たちは人知れず命拾いをしていた。

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