第8話

黒い鞘に納まった刀は、外見から判断して今朝、勇士が使っていたものと同じ刀だろうと、思われる。


だが、その刀にはお札のようなものが貼り付けられ、鎖と杭により、岩の窪みに繋がれていて、見るからに厳重に封印されていた。

これを見る限り、今朝のように軽々しく召喚できるとは、思えない。


『1年ほどたったか。久しいな、我が主殿。儂は主殿が全く会いに来ないから、寂しかったぞ』

「それは悪かったな。俺も色々と忙しくて時間を作れなかったんだ、しょうがないだろ?それよりもお前、封印された状態でも、喋れるんだな」


勇士の他に誰もいないのに、突然声が聞こえた。いや、聞こえたと言うのは語弊があるかもしれない。正確には、頭の中に直接声が響いた、と言うのが適切だろう。


だが、勇士はそれが、さも当然であるかの如く、声の主の非難に肩をすくめて言い訳をした後、呆れた様にそう言った。勇士の発言から声の主は目の前の刀だろう。


『当然じゃろ。前世の主殿ならまだしも、今の主殿ではこの程度なのは仕方がないの。まあ、この1年ほど、全く会いに来なかった主殿への非難はこのぐらいにして、本題に入るかの、主殿よ』

「ああ、そうしてくれると助かる」


勇士は苦笑して、そう答えた。声は女性の様だが、妙に婆臭い。

勇士は懐かしむ様に頬を緩めていたが、徐々に真剣な表情になっていった。


『主殿がここに来たと言うことは、儂のではどうにもならん事態があったと言うことかの・・・』


そう、今朝勇士が使っていた刀はこの刀のレプリカである。だが、そのレプリカでさえ、名刀と呼ばれても可笑しくないものだった。その事から、この刀の異常さが分かる。


「そう言うことだ。今朝、推定Sランクの魔物と遭遇して、交戦した」

『ほお、この世界では珍しいの。ま、今の主殿は貧弱だからの、確かにレプリカでは無理じゃな』

「おい、確かにそれは事実だが、主に対して遠慮ってものがないのか?もしくはもう少しオブラートに包んで言えなかったのか?」


Sランクの魔物が出たことに少し驚いている様子で刀が言った、主に対して遠慮がない一言を勇士が非難するが、『事実をどう繕っても、結果は変わらんだろうに』と、反論されて勇士は反撃の一手が思い浮かばず、敢えなく撃沈した。


『それにしても、何故主殿はSランクと交戦したのじゃ?主殿なら、戦う事をさけるじゃろ』

「それは ―――― 」


その質問に対して、勇士は今朝の訓練の時に、轟音が聞こえ様子を見に行ったこと、そこでジャンヌを保護したこと、彼女を守るために巨大な魔物と戦闘したことと、ジャンヌが過去の英雄で、今回のことは神々が関わっていることを刀に話した。


『主殿、まさかその事に首を突っ込むつもりなのか!?もう二度と英雄はごめんだと、言っておったじゃろ!主殿は苦しんだのじゃ、そんなことする必要はないっ!!』


頭に直接響いてくるその声には、明確な怒気が含まれていた。

そして、封印されているにも関わらず、凄まじい覇気が刀から放たれた。常人なら一瞬で気を失うレベルだ。


「いや、それはない。お前だって知ってるだろ?俺は神々にも人間にも、失望している。ここに来たのは、万が一の時にお前を呼び出して封印を解くって言うことを伝えるためだ。正直言って、人間がどうなろうと俺の大切な人が傷付かなければ、どうでもいい」


覇気が放たれている中、平然としながら、勇士は宥めるようにそう言った。


『そ、そうか・・・。すまんの、儂の早とちりだったようじゃの。怒鳴って悪かった』

「お前は俺を心配してくれたんだろ?だったら、謝る必要はない」

『う、うむ』


自分の早とちりで怒鳴ってしまったことを反省しているようで、声は少し落ち込んでいるようだったので、勇士がフォローを入れたのだが、今度は少し恥ずかしそうな声だった。


「どうかしたのか?」

『なっ、何でもないぞ。それにしても、そのジャンヌとやらはどうすのじゃ?』

「?ジャンヌか?少し鍛えようかと思っているんだが、頑張ればSランク中位ぐらいの戦闘力を持てると思うぞ。それがどうした?」

『む。そうなのか・・・儂は早めに追い出した方が ―― いや、主殿の意見を尊重しよう。主殿の好きにするが、いい』

「?言葉の途中が聞こえなかったんだが、もう一度言ってくれないか?」

『ええい、どうでもいいじゃろ!とっとと行くのだ、主殿。何かあったら儂を喚べ、いいかの?絶対じゃからの』

「はいはい、分かってるよ。またな」


刀が焦りながら勇士を追い返し、この場から遠ざかる自らの主の背にその刀は、心なしか悲しそうな視線を向けていた。


『これは良いことなのだろうかの。再び主殿が戦いに身を置くことになりそうじゃの・・・これが運命なのか』


誰もいなくなった山の中に、その呟きは儚く消えていった。

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