第13話

「隼人!起きなさい!今日がなんの日かわかってるでしょ?」

いきなりわたくしの部屋に飛び込んできたのはお嬢様だった。

「わかってますよ、買い物デーですか?」

「ちっがーう!ドラマのロケ地巡りしよって言ったじゃない!隼人もあのドラマ好きでしょ!?」

そうだった…忘れてました。なにしろ昨日の夜いきなり言われたので。お嬢様はわがまま…訂正です。好奇心旺盛なので執事のわたくしにやりたいことを言うのは当たり前でしょう。ええ、そうですそうです。

「さぁ、車を出して!」

「了解しました。」


目的地に到着するや否や、お嬢様は飛び出て

「ヒャッハー!!」

といきなり叫ぶ。

「お嬢様、まさかふなっしーだったのですか?」

「なによ、気持ちが高まって叫んだだけよ」

ぷぅっと頰を膨らませ怒るお嬢様はとても可愛かった。

「ほら、隼人ここよ!ここがあの有名なドラマのラストシーンで主人公と恋人がキスしたベンチよ!」

バーン!と両手を広げて語るが、全くわからない。だって…

「これ、普通のベンチでは?」

言ってしまい、気づく。言っちゃだめだった…

「いや、いやいやいや、ここにドラマのタイトル彫ってあるし?ここハートマークついてるし?え、普通じゃないし?」

あ、怒られなくて良かった…と、ホッと一息つくも、お嬢様が悲しい表情なことに気づく。

「…どうされました?」

「あのね、高校のときの彼氏を思い出してさ…行方不明になっちゃったんだ、彼。死んじゃったんじゃないかな…私が隼人にわがまま言ってるのは、隼人が彼に似てるからなの。そしたら彼と同じような反応で、彼の生き写しかなぁ、って思ったりもする。今でも好きなんだよね…あははっ、ごめんいきなり。」

そう言いこっそりと涙を拭くお嬢様を見たとき、前にもこんな事があった気がした。いつだ?お嬢様がわたくしの前で泣くのは男に襲われたときだけだ。いつ…いつなんだ?


あぁ、思い出した。全部、お嬢様のこと。麗奈のこと。小学校や中学校の記憶がないこと。全部、全部っ!

両親が事故で亡くなり、孤児院で育ち、高校で麗奈と出会い、付き合って。麗奈と話して帰ったあの日、自分自身が事故にあい、記憶喪失になったんだ。高校はお金がなくて中退したんじゃない。自分が誰かわかんなくて高校は行けなかったんだ。

「大丈夫、生きてるよ。上谷 瑛は生きてる。」

「どうして瑛の名前を…?」

不思議そうに尋ねる麗奈は、昔と変わらない。

「俺が瑛だから。ずっと自分を忘れてた。ごめんな、大丈夫だから。もう自分を見失ったりしない」

そう言うと、麗奈は大粒の涙を流し

「馬鹿…馬鹿!心配した!心が潰れそうに何回もなった!辛かった、寂しかった!」

横で泣きじゃくる彼女の頭を俺はぽんぽんとした。久しぶりだ、こんなことするの。

「その、ドラマだとここで二人がキスしてハッピーエンドなんだけど…」

「して、ほしいと?」

麗奈はうんっと言い。しょうがない、か。

顔があと1センチほどでつくぐらいまで近づいた。


「お嬢様、夜なのでお父様が心配されます。帰りましょう。」

すっとベンチを立つと

「なっ、なにそれ!?いきなり執事ずらしないでよ!ねえ、まだキスしてない!ハッピーエンドじゃないじゃん!」

後ろからバタバタ追いかけてくる麗奈はひよこのようだった。

「最後の最後までわがままですね、お嬢様」

そう言い手を差し伸べ、車にのせる。これはなんだかんだいってわたくしのハッピーエンドだったかもしれない。

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