第15話 幽かの闇

 弱々しい月光が鬱蒼と繁る林の木々の隙間から、かすかに洩れて地表を照らす。

 蝋燭の結界が地面に描く、捕縛の円。その炎が揺れる。


      ☆


「こういう仕事は久し振りだ。いささか調子が狂うな」

 皇柚真人は嘯いて軽く唇を歪めた。

 三日月の下、対峙するのは男。血走った目をして、騙されたことを悟った青年は、口から泡を飛ばす勢いで喚き散らす。

「来るなっ! 近寄るんじゃねえっ!」

「そういわれてもねえ」

「お前、……っ、お前も殺してやるぞ!」

「ふん。死人に生者は殺せまいよ。さあ、あんたの呪いを終わりにしよう」

「うるさいっ。俺は、俺にはできる! 俺はア……!」

 柚真人は薄く嗤った。

「いいや。あんたが『亡者』である以上、おれを殺すことはできない。それは絶対の摂理だからな」

「なにイ……!?」

 男は、少年の言葉にわずかながら怪訝そうな顔をした。

 渇いた風が流れる。

 墨の様な闇が辺りを閉ざす。

 少年と男の足下を照らしだす、蝋燭の炎が、揺れる。儀式めいた円陣。地を這う炎。

 鈍色の袍、漆黒の烏帽子、漆黒の袴忌色の神衣装束に身を固めた少年がするりと差し出す右手に、純白の幣が揺れる。

「『狭山泰史』。お前の『術』は既に綻びを生じた。逆凪を恐れるならばこの印に屈せよ」

 びくりと、男が硬直した。少年は隙を与えずたたみかける。

「間に合うぞ。それとも永遠に苦しみたいのか?」

「うるさいうるさいうるさい! 俺はっ」

「それでは仕方ない。やはり『人形祓』でもって強制的に消滅してもらおうか」

「やめろっ、そんなことをしても無駄だっ、俺はっ」

「おやおや怯んでるじゃないか。ほうら。これがお前の人形だ。名前が入ってるね。それに、息吹の代わりに髪が添付してある。そら、これに浄化の火を灯そう。術は破れて、あんたに還る。さあ。さよならだ……」

「やめっ……」

 少年が左手で懐から取り出したのは、紙の人形だった。墨で『狭山泰史』と書いてある。少年の瞳がすっと――厳しいものに変じて。その人形は、蝋燭の炎の中へ――。

「さあ……」

 投じられた。

「これで、あんたはお終いだよ」

「う……」

 恐怖に歪んだ絶叫が――数秒の後に、響き渡った。


      ☆


『狭山泰史』というのは、その村に住む男だった。

 だった――とうのは、その男が、一ヶ月ほど前に死亡していたからである。


 その村は、山間の農村地帯にあった。

 東京は皇神社の神主は、その農村における『神隠事件』のためにこの地に招かれた。

 この村では、ここ二年の間に小学生の子供五人が行方不明になっていたのだ。

 勿論事件は世間でも大きく取り沙汰され、県警察もこれについて事件・事故の両面から捜査を行っていたし、報道機関も謎の失踪事件としてこれを取り扱っていた。

 しかし、捜せども捜せども子供たちは見つからない。そうするうちに、一人、また一人と子供はいなくなってゆく。

 だから、村の住人は、恐れていた。

 ――『神隠』。

 村には昔から、子供が神隠しにあうという伝説があった。

 『神隠』を行うのは、村の鎮守の神様だといわれてた。

 だがそれはただの言い伝えにすぎない。

 村の人々はそう思っていた。

 なぜなら――鎮守など、あってなきがごとしだったのだから。

 恐れる必要など、なかった。祠る者も年毎の祭りが行われることもなくなった、崩れかけの社に棲むという、鎮守の神など――。

 それほど長いこと、村の外れの鎮守の杜は放置されてあった。社は崩れて荒れ果て、境内の雑草も伸び放題に伸び、見る影も無くなって久しかった。

 繁る雑木林の影は昼でも暗く、いまは近寄る者もない。

 それゆえ誰も信じていなかったのだ。――神隠』の言い伝えなど。

 しかしだからこそ。

 村人は、まさかという思いのうちでそれを畏怖したのである。



 皇柚真人は、五月の連休を利用し、橘飛鳥と暁緋月を伴ってその村を訪れた。

『橘』と『暁』の両名が、『皇』の巫たる柚真人の『助手』を好んで買って出るのは、最近ではいつものことである。死者払・呪術・まじないの類いは、本来皇の『当主』の生業であった。しかし、柚真人の従兄妹にもあたる一族のこの二人は、追い払おうが邪険にしようが宥めすそうが、とにかく何だかんだと理由を付けて口を挟んでくるので、もう来るに任せて放ってある。

 橘飛鳥は単なる好事家だったし、暁緋月は柚真人を慕っていた。皇の『仕事』を嗅ぎ付けるとなればとかく何処にでもついてくるのだ。

 飛鳥が言うには。

「神隠しって、凄いよな、柚真人。あるもんだねえ、そういうことも。静かな農村、消える子供。ひゃあ、怖い」

「『神隠』なんて……。ありえないよ」

 怪奇現象の類いをこよなく愛好する物好きな従兄弟の言葉に、その時柚真人は肩を竦めて見せた。

「なんでも面白がるものでは在りませんわ、飛鳥さん。不謹慎です」

 とは、暁緋月。

「いつも云ってるだろう? この世に神は存在しない。子供を隠すとしたら、それは神じゃない。人だ」

「……って。あっさりとまあ」

「あっさりもこってりもあるかよ。すべての現象は人の力が起こすものだ」

「それでは、柚真人さま? これは村に伝わる『神隠』伝承とは関係の無いことだとおっしゃいますの?」

「関係ね。その言葉は微妙だな。……これは確かに『事件』だよ。でも、『子供が消えた。見つからない』それ以外の事実が謎のまま、なにひとつ詳らかにならなければやはり人は、それを神隠しとして理解するほかないだろう?」

「それは……そうですわね」

「人間ってそうだよね。何かしら理屈つけて理解した気にならないと、気持ち悪いもんな。『神隠』って、いわゆるそういう理屈だってことだろ、柚真人?」

「ああ。だから『犯人』を捜すのさ。『神』を騙る者をね。それも、皇の、仕事」

 さて、皇神社の一行は、村へ着くとまず件の鎮守を訪れた。

 そしてそこが、とうに神の宿らぬただの社であることを確認した。祭る者がいない以上、人の想いは集わない。それゆえに、鎮守のかたちあれどもそこはもはや神域たるとはいえないのだ。 それから柚真人が『犯人』にたどり着くまでには、さほどの時間を要さなかった。

 皇の巫にとって、『死』の気配を辿ることは、何等難しいことではないからだ。村には『死』の気配に満たされた家が、あった。その家の主人が、『狭山泰史』という男だったのだ。男は死者だった。

 だが、村の人々には、生きていると認識されていた。

 村人たちは、男が死んだことに、そしてそれが生者の姿でないことに気が付いていなかったのだ。

 男の念は強かった。生への執着、生きるのだという意思。その一念の強さゆえ、願いは焼き付き、想いは遺った。『狭山泰史』は幼少の頃より体の弱い男だった。結婚はしておらず、三年前に老いた両親を亡くして以来、独りもくもくと、農村で働いて暮らした。表向きは気さくで優しい男だったようである。

 だが、それはあくまでも表の顔についてのこと。人は、外見だけなら幾らでも取り繕うことができるのだ。

 男の中にあったのは歪んだ生への執着だった。ここ数年で独り暮らしに疲れたのか、病弱な己に絶望したのか、男は宗教や、呪術などに密かに傾倒していった。

 男はやがて、子供をさらいはじめたのだ。

 そして――。

 子供を殺した。

 その血を啜り、臓物や屍肉を食した。

 それが、自分に遺されたわずかな命を未来へつなぐ、唯一の術だと。

 そう、男は信じたのだ。

 それが、永遠の、永劫の未来を手に入れるために必要なのだと。

 必死で。

 必死で。

 ――必死で。

 その光景を、皇の巫は霊視た。

 否。いやおうなしに脳裏に刻み込まれたというべきだろうか。制御できない勢いで、それは柚真人の中に侵入してきたのだ。

 その家の前に立った時。

 強すぎる思いゆえだった。その行為が、生き延びるのだという男の妄執の核だったのだ。

 食ったのだから、子供たちの遺体はほとんど原形をとどめなかった。残りの部位は冷蔵庫に保存する。

 毎日、毎日、それを食べて生きる。 

 それらは、とても筆舌に尽くせぬ光景だった。

 そんな奇妙な生活が、もともと病弱な男の命をつなぐはずはなく、男は妄執の果てに衰弱し、死んだ。

 けれど、生きていると思っていた。

 まだ、生きていると信じていた。

 それゆえ、柚真人は、術を仕掛けることにした。躊躇なく逡巡せず説得を断念し、『狭山泰史』の妄念を強制的に消滅させる手段を選んだ。

 村の外れの裏山に罠を張り、『狭山泰史』を連れ出したのである。


      ☆


「いやあ。見事見事」

 そんなことをいいながら、ぱんぱんと軽く手を叩き、闇に沈んだ木陰から姿を表したのは橘飛鳥。柚真人と同じ歳の少年も、今夜は忌色の装束に身を包んでいる。

「ご苦労様でした、我らが御当主様」

「……この手の仕事はあんまりやりたくはないんだけどね」

「いいじゃない。派手で」

「派手だから、嫌なんだろ? いかにもいかにもなのは、どうもな。そもそも、こういうのって、形だけのものだし」

「まあまあ。需要と供給だし、この手の儀式がないと納得できないって依頼主も手合いもいるんだし。支払は即金。旅費支給、宿泊無料で事件も解決。円満円満」

「まあね……」

 灯の消えた蝋燭を拾い集めながらあっけらかんと言う飛鳥の言葉に、柚真人は困って笑った。

 飛鳥は楽天的で拘りがなく、あっさりしたものである。

「で、『狭山』は結局のところ何をどうしたくって、その残滓がここへとどまったっていうんだ?」

 飛鳥の問いに、柚真人は小さく首を傾げた。

 この世に残された想いの残滓を読み取ることができるのは、皇の一族のものといえども当主たる柚真人のみなのである。それが、皇の当主たる所以でも在るのだが。

「端的にいえば、呪術暗示かな」

「……子供たちの、その、……屍体を食うのが、か?」

「よくあるだろ。処女のなんたらとか、妊婦のなんたらとか。子供も同じだろ。いわゆる生命力の象徴だ」

「はあ。そりゃま、理屈はわかるけど。信じちゃう、しかもそれ実行しちゃう馬鹿の気は、底知れないね」

 嫌悪感むき出しの飛鳥に、柚真人は苦笑した。

「からだの弱かった少年時代から、怪しい宗教・呪術関係の知識や儀式に傾倒しはまり込み、村の子供たちを殺害した。自分がそうやって、子供の屍肉を食すことで自分に呪術的な暗示を施したようだな。それによって自分の凝った想いがここに残った。ようは……死滅を免れ永遠の存在になるという見果てぬ妄想の結果だったろう。その執着。妄念」

「そういう輩には、こういう手管でっていうことになるのか?」

「呪文・呪術・儀式。それらはそう、強制的な相殺の手段だからな。『狭山泰史』の想念残滓の核が呪術である以上、その思念を打ち消すことができるのも同種の呪術・形式ということになる。結局、人の『想い』の衝突だからね。説得の一手段というわけだ」

「思い込みの度合い? 気合いの勝負、か」

「そう言うことだな。宗教・呪術、というのは『信じる心』を支えるものだからね。思想の相違は関係ない、勝負は自分の絶対をいかに信じるかで決まる。

 そのよりどころとなるのが、神や呪術というわけだ。それ自体には、何の力も無い」

「まあ、そうなんだろうな。言い方を変えれば、お前の強さはそこにあるんだろう。何も信じず、何も恐れず、何にも縋らず、自分を信じる。……僕には、真似はできないね」

「……修行が足りないんだよ、飛鳥は」

「……そういうもんかね?」

「そうですわ」

 そう頷きながら、暁緋月が顔を出した。

 彼女も皇の儀式に用いる、装束――鈍色の衣装を身に纏う。彼女は、柚真人と飛鳥が拾い集めた蝋燭を受け取ると、用意してきた紙袋にしまった。

「飛鳥さんは明らかに修行不足ですわ。改めなさいませ」

「へいへい」

 緋月の言葉に、飛鳥は軽く唇を尖らせる。彼女は、いつでもどこでも皇の当主の味方だから、まったくもって逆らいようがない。

「見事なお手際でした。……それで、どうします? 柚真人さま」

 三人の間には、わずかな思案の空気が漂った。

 どうする、とうのはこれからの身の振り用のことだ。

「そうだな。……『狭山』の遺体と子供たちのことは、すぐ村人の知るところとなるだろう。かといって、いちいちこちらの身分を明かして説明するのは面倒だし、正直、警察関係者や報道関係者とかかわりたくはない」

「そうですわよね……。連休開ければ学校ですし……」

「朝になれば、村は騒然大パニックってか」

「簡単に言えば、そうなるだろう」

「……『狭山』のことと、子供たちのことは、依頼主の村長に話してあるんだろう?」

「ああ、話はついてる。今夜のことも」

「じゃ、ま、村長さんに挨拶してそのままとんずらしましょおよ、御当主様」

「それじゃ、夜逃げするみたいじゃありませんの、飛鳥さん。いやですわ、言葉を改めて下さいません?」

「……だ、そうだが。橘君?」

「……へえい、へい。じゃ、……撤収?」



 忌色装束の少年少女は、その夜のうちに山を下り、林を抜け、その農村から姿を消した。


      ☆


 その日は、五月の初めながら真夏を思わせる天気だった。

 皐月らしからぬ日差しは朝から眩しく、村を照りつけた。

『狭山』の家の前で、老人――村長は立ちすくむ。

 あの、恐ろしく端正な顔立ちの少年は、何と言ったか。

 ――あの男は、死者ですよ。

 奇態なことを言う子供だ、と思ったのだ。

 ――生者に扮した者です。

 その言葉の真意を、老人は計りかねた。何を言っているのかと。

 ――よほど。生きていたかったのでしょう。あなた方が視ているのは、あの男の妄執そのものだ。

 ――凄まじい。

 彼の言葉は謎だった――いま、この瞬間まで。

 昨日までいたはずの人間。

 声を交わし、会話した人間。

 それが今日、死後一月の腐乱した屍体で発見さるまでは。

 なんということだろうか。

 あの少年の言葉は、額面通りの意味だったのだ。

 村で、行方不明となった五人の子供たちの死体は、その男の自宅冷蔵庫から発見された。客観的に言えるのは、それだけである。

 事実は、子供の遺族に衝撃をもたらした。

 そして警察に『事件』の犯人を教えた。

 にわかには、信じがたいことだった。 村人の誰もが同じ思いでいることだろう。信じられない――それは驚愕など既に軽く飛び越えて、卒倒しそうなほどの衝撃だった。そんなことがあるのだろうか?

 いや、あるのだ。たしかにありうるのだ。

 だって、この村の誰もが、昨日まで、その男と言葉を交わした。そして姿を見た。いつもの、少し控え目な話し方や、影のある物静かな笑顔は、誰の脳裏にも鮮やかに残っているに違いないのだから。

 いまや、あの少年の言葉は、謎でも何でも無かった。

 端的に、真実――。

 それだけのことだった。それ以外のなにものでもなかった。

 事実は、怪異である。

 正しく、怪異である。

 そして怪異は、その村において、おそらく人々の末代まで、語り継がれるに違いない。

 だが。

 それだけである。



 否。



 それだけなのか――?

 老人は、その家を取り囲む野次馬の人垣から少し離れたところにたたずみ、初夏の透明な空を仰ぐ。

 家の回りには、立ち入り禁止のテープがぐるぐると張り巡らされていた。

 遠巻きに、それを見守る人々の間に、声はない。

 皆一様に固唾を飲んで、凄惨な事件の現場となった、『狭山』の家を見守っている。

 梅雨入り前だというのに、いやにじっとりと暑い。

 息苦しい。陸に上がった金魚のようにぱくぱくと空気を求めると、熱い空気が気管を押し広げるように肺に入ってきた。

 そして、何かに急かされるように辺りを見渡す。

 いつもと同じ村の景色だった。風にそよぐ緑の稲、真っ直ぐ伸びる畔道、雀の聲、山陰、青い空、白い雲――。

 何も変わりはなかった。当たり前なほどにいつもと同じだった。

 だが。

 目の前の家の中には――。

 ――腐乱死体。

 ――屍を食った男。

 ――切り刻まれた子供。

 ――子供の破片。

 ――死。

 ――腐臭。

 老人は、こめかみを押さえて軽く頭を振った。目眩を、感じる。

 山からは、皐月蝉の、悲しく細い聲が降り注ぐ鈴の音のように聞こえている。



 ――鎮守の社は綺麗にして、祭りをすることをすすめます、村長さん。

 老人は、去り際に、年若い神主が告げた言葉を思った。

 ――ここは、……景色こそ美しいけれど、とても荒んでいる……。

 白刃のように清涼な気配を身に漲らせた少年だった。秀麗な顔容は、澄んだ輝石の結晶の硬質を思わせた。そして、それは同時に不気味な禍々しさを喚起するものだった。神職という言葉から想像していたものとは違う、禍々しい印象の鈍と黒の神職姿―― 。

 そして少年をまるで主人とするかのように左右傍らに控えていた、いまひとりの少年ときわめて美しい少女――。

 彼らの冷めた瞳。否、静謐なまなざしというべきか。

 子供相手に怯んだわけではない。

 けれども彼らを前にしたとき、どこかで腰がひけたと思う。圧倒されたと、思う。

 なぜ。それは、どうしてだったろう。ただの子供ではないか。

 ――拠り所があれば、人は迷わない。『神様』のいないところに、結局『人』は生きられません。それを捨てては駄目なんですよ。

 少年は、そう言った。

 そして昨夜のうちにこの村を立ち去った。

 あしたになれば、何も彼もが終わるでしょう。きっと、夢から覚めるように。

 その通りだった。

 夢から覚める、という言葉がもっともふさわしい。

 高い報酬を対価として支払ったが、こんな結末を期待していたのではなかった。なにか、もっと、なにか凄い奇跡のような。

 全てが救われる事件の終焉。

 何も彼もがもとどおりになること。

 そんなものを願っていたのに。

 どうしてこんなことに――。

 否、それは違うのか。彼らが悪いのではないのか。結末は金で買える物ではなかろう。そうだ、彼らは、それを売るためにここに来たのではない。そんなもの、誰も売ってはくれないのだ。

 真実を。

 事実の本当の姿を、見るべきなのだ。

 これがこの村の成れの果てと、いまの有様と、認めるしかない。

 いま、眩しい太陽を見ていると、いままで悪い夢を見ていたような気がした。

 あの少年の、まるで人形のように整った気味の悪い顔も、もはや正確には思い出せない。

 そもそもあれは、誰だったか。

 闇色の装束の少年少女たち。

 最後に幽な闇の中で確かに見た、あの子供たち。

 おそろしく綺麗で、冷たい、子供。 あれは本当に、ここにいたのか。

 耄碌した自分が、何かおかしな夢を見ていたのではないか。

 なにか、思い違いをしているのではないか。

 自分だけが、狂ってしまったのではないか。



 ――わからない。

 気が触れそうだ、と老人は思った。

 朧な、幽な、薄闇に囚われたように。

 ――わからない。

 ――なにも。



 ――わからない――。

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