第14話 背徳の美学

 そこは骸の匂いがした。

 錆びた血の匂いがした。

 乱れた皺だらけのシーツは、積もった埃で薄汚れている。


      ☆


 寝台の上に横たわる少年は、瞼を閉じて彼女を待つ。

 ぽたりと――何処からともなく少年の頬に滴り落ちる滴。それは頬を伝って滑らかなその輪郭を縁取り、首筋を流れ落ちる。

 着崩れた白いシャツの襟に、鮮やかな緋色の染みができた。

 ぽつ。ぽつ。ぽつ。

 ――それは、少年の胸元を汚す。

「さて、お姉さん? ……悪戯してないでおれの前に姿を見せて下さいよ」

 頬の真紅の滴を拭い、少年はゆるりと上半身を起こした。まなざしが宙を彷徨う。

 生臭い匂いが部屋に充満しつつあった。

「お姉さん……?」

 明りは部屋の中央に置かれた円卓の上の、蝋燭のみ。

 少年は寝台の端に腰掛けた格好で、靴を履いたままの足をシーツの上に、膝を立てて両手を躯の後につくと顎を反らした。   

 返答はない。

「ふうん……いい度胸だ。このおれに抵抗する、か……?」

 誰もいない部屋に、囁く少年の聲が響く。それは密やかだったけれども、聞く者に有無を委ねぬ力があった。

 すると、ゆらりと蝋燭の炎が揺らめき――。

 ――ごちゃごちゃ煩いわよ、少年。

 声は、背後から。

 するり、と、首筋を這うのは冷たい感触。それは、女の赤い爪。

 少年は、冷めた瞳で蝋燭の火を見つめた儘、身動ぎもしなかった。その背後にあるのは壁だけのはずなのに、怪訝にすら思わないのか振り向きもしない。

「悪戯は止めて下さい、といったでしょう?」

 ――あら。冷めてるのね。

 寝台から、女が下り立った。今まで、少年一人が寝ていたはずの、その寝台からである。

 ぎしりと軋む、床板の音。

 彼女はゆっくりと円卓の傍らまで行くと、少年を振り向いた。

 歳若いその女は、緋色の、袖のないワンピースを身に纏っていた。いくらかほっそりとした人形細工のようなシルエットが蝋燭の炎に浮かび上がる。彼女はやや疲れたような表情ではあったが、瞳の色は濃く深く、そして強い。

 端的に美麗な女性だった。

 形のよい、薄い唇は紅を引いたように赤く、そして何かを誘うような笑みを浮かべていた。

 そして、少年もまた――揺れる明りを瞳に映して艶やかに笑む。

「……どうです? おれがこのまま貴方を逝かせてあげます。だから貴方はここから立ち去る。――それがこの世の理じゃあないですか?」

 ――ああ。……そういうこと。

「さあ。往生際、潔く逝きましょうよ……ね?」

 ――……ふうん……。

 艶然と、女は嗤笑う。その様は蕩けるほどに妖しく、眩暈を覚えるほどに蠱惑的。その禍々しいまでの緋色で回りの空気を染め上げながら、佇む。

 それでも少年は、真っ直ぐに女を見つめて目を逸らさない。

 ――少年。君は、……何なの?

「神主ですよ」

 ――か――?

「神主。宮司です。穢れを払う者。神の巫」

 少年は、強く、はっきりと、その透明で張りのある声に不可視の力を込めて呟いた。その非響きには、容赦を伺わせるような寛容さを微塵も感じることが出来ない。

「貴方は……この部屋で六人の恋人を殺し、七人目の男に先手を打って殺された。貴方をここに地縛するのは貴方自身の歪んだ欲望の残滓だ。だけれど人間――万事、うん。因果応報。貴方もそろそろ引き際ってとこでしょう」



 ――あらあら……。



 ぴたり、という音がした。液体がたゆたう音。

 天井から染み出す真紅。空気を染め抜く鮮やかな感情――殺意。敵意。害意。

 悪意。

 それが床を濡らしたかと思うと、瞬く間に床に血溜まりが広がった。いくつも、いくつも。

 現実なのか、夢なのか。それとも幻影なのか幻覚なのか。

 蝋燭の炎が揺らめく。

 白かった壁紙に滲み出した血痕は、ぶちまけた赤い塗料のように見えた。

 それは――この部屋が刻んだ記憶。幽かに漂う生命の残滓。

「……消されたいってわけか?」

 少年の声に、初めて敵意のようなものが宿った。

「おれは二度の機会はやらない。いいか? さっさと立退け」

「そうね。……私も言う事を聞いてくれない男は嫌い。みんないい子だったわ。

 血って綺麗でしょう。それと私……生意気な子供も余り好きではないのよ」

「……へえ?」

 でも、君になら私、そうね。隷属してあげてもいいのよ……。だってほら。……血を浴びた君はとても綺麗。切り裂いてしまうなんてもったいないもの」

「断る。執っ憑かれるのはまっぴら御免だ」

 彼は、既に人の身ではない女に向かってすげなく言い捨てた。

 ――あら……残念ね……。

 女の残念そうな声が、少年の心に届いた。そこには昏い愉悦が含まれている。

 額から流れ落ちる血の滴は、頬を伝って首筋を辿り、襟元を赤く汚す。

 真紅の液体は天井から雨垂れのように落ちてくる。

 少年はそれを拭いもせずに、唇に、笑みを刷いた。

 それは凄惨な有様だった。

 白かった服もすっかり朱に染め上げられ、まるで返り血を浴びた快楽殺人者か何かのようにも見える。その唇が刻んだ微笑みは冷酷な嘲笑を映し、女を睥睨する。

 ――挑発的な目をするわねえ。……ふうん、素敵じゃない。

 狂った倒錯的な性癖を持て余しながら、女が呟く。

 ――でもね――。ほら。



 かたん――と、蝋燭が倒れた。



 女の顔が歪んだ。

 否――歪んだのではなく。



 炎が――。



「はっ――無駄なことをするもんだよ」

 炎が、弾けるように大きくなった。女の姿は橙色の光になって、弾けて溶ける。

 少年の不遜な言葉に呼応するように、部屋中が紅蓮の炎に包まれた。

「ふん――。無駄だよ、お姉さん」

 渇いた笑い声を発して、少年は再び寝台に倒れ込む――仰向けに。炎這う天井が見えた。

 少年は目を閉じた。

 熱。炎がはぜる音。

 瞼の裏をちらつく光。

 赤と黒の交錯。

「『……その浄火で自ら灼き滅ぼされるがいい』」

 それは呪文。

 美しい唇が刻む呪文。

 その瞬間にも、炎は少年の言霊の支配下に墜ちる。

 否――少年の意志が、勝ったのだ。 人は、幻の炎にも焼かれることがあるという。焼かれたと思い込み、その思いに躯が反応し、皮膚が焼け焦げて爛れ、そして死に至ると。

 だが少年は、これが幻影であることを知っている。彼女が、想いの残滓にすぎないことも、知っている。

 自分に害を為すことなど、有り得ない事を。


      ☆


 彼女は、この館に住む女だった。

 そして特殊な性癖のある女だった。それが何時の頃からのものだったのかとか、何が原因だったのかとか、そいういうことは、彼女が死んでしまった以上、全く意味の無いことであるが、彼女がそういう性癖の持ち主であったことは事実である。

 彼女は、自らが恋した、思いを寄せた男を、殺してしまうのだ。

 それを何度も繰り返す。

 何度も何度も繰り返す。

 彼女にとって、重要なのが恋なのか、それとも殺人行為なのか、ということはよくは判らない。だが、どうやら彼女にとって恋をするということは、一種の自己陶酔で殺人を自分の中で正当化するための、あるいは標的を選別するための理由付けのための、ものであるのらしいようにと思われた。

 が、それでも、恋は恋なのだろう。

 自分にとってそれが真実なら、それはやはり、真実以外のなにものでも無いのだから。

 彼女は、この部屋――館の彼女の寝室で、何人かの男を殺した。

 肝心なのは殺す――人の生命を奪うということではなくて、彼女は生命の象徴である、人の血、自体を偏愛していたのだろう。

 だから、この部屋には血の匂いが充満しているのだ。

 これは、記憶。

 これは、思念。

 これは、名残。

 彼女という存在の魂の残滓。

 少年の仕事は、『ここ』からそれを消すことだった。

 事件がどんなものであったのか、捜査がどのように行われたのか、彼女の犯した罪がいかなるものであったのか――それはさしあたっていま、少年の考えるべきことでは無かった。それは適正な捜査機関が調べることであったろう。

 だから、それ以外の余計なことを、少年は考えていなかった。

 どのように殺人が行われたのか。そして屍はどのように処理されたのか。

 そんなことは、無意味だ。

 彼女を責めはしない。彼女を謗りはしない。

 だが。

 消えてもらわねばならなかった。

 それが仕事だ。この、死者祓の神主――『皇の巫』の。

 死者は――この世界に思いを残す。

 それが許されないというわけでは無いのだ。

 だが時としてそれは――。



 目を閉じて、唇からそっと洩らす吐息。

 それは背徳の恋だろう。

 恋し焦がれた者の血を浴びて、その生命の証しを手に入れて、彼女は至上の幸福と快楽を得るが、そのような恋のかたちは、それがたとえ彼女にとって真実唯一の恋の在り方だったとしても、社会的正義の観点からは到底許されるものではない。

 狂人の妄想にすぎないと、誰もが一蹴するだろう。

 最悪の人間の行いだと、誰もが言うはずだ。

 けれど彼女には、彼女なりの恋の倫理があった。そして間違いなく殺害された男達は、彼女に愛されていたのだ。

 それもまた、真実。

 ここには悦楽だけがあって、苦悶や恐怖が感じられなかった。だから、男達はみなきっと、死の瞬間には満たされていたに違いないのだ。

 ――……。

 己が恋うるその名を呼んでみる。

 その名を口にするたび、ともなう痛み。

 これが背徳ではなくて、何だというのだろう。背理でなくて、何だというのだろう。

 いっそ狂気に身を委ねられたならと、心の底からそう思う。

 蹂躙し、凌辱し、深く深く傷を刻んで、そして、この手で――。

 人は謗るだろう。

 そして詰るだろう。

 この恋だって、決して誰も許してくれない。

 想いだけが、残るのだろう。

 いつかは……おれも、貴方と同じ道を辿るのかもしれない。

 浄火に灼かれる裁きの日を。

 本当は自分こそが待っているのだ……。


      ☆


 涼しい音。

 カラン。カラン。カラン。……カラ……。



 酒の香が、鼻先をくすぐった。

「……やっとお目覚めですか」

「……ん……っ」

 体を起こす。薄暗い部屋の中央に置かれた円卓に椅子を寄せて、腰を下ろしていた背広姿の青年が、ゆるりと微笑んだ。照明は揺れる蝋燭の明りのみ。

 夕方、館のこの部屋に入ったときに自分で点した蝋燭は、だいぶん短くなっていた。

「柚真人君?」

「……ああ。うん……優麻か……」

 前髪を掻き上げると、額が寝汗で少し湿っていた。おおきくはだけた制服の胸元をつかんで、深く、嘆息する。酒の匂いは、円卓から漂ってくるのだということが判った。琥珀色のとろりとした液体に満たされた硝子杯を、彼が手にしている。涼しい音は氷。円卓には、瓶。

「首尾は?」

「上々。そのうち買い手も付くんじゃないかな」

 立上がり、軽く伸びをする。小さな欠伸が出た。

「ご苦労さまでした」

 この洋館は、一件の競売物件だった。

 土地、建物、双方併せて時価2億ほどの物件である。

 抵当のため、差押えられて競売にかけられたものだ。しかし、かつて殺人事件のあった洋館ということで、なかなか買い手が付かなかった。やれ幽霊が出るだの、祟りがあるだのと、まことしやかに噂になるほどの曰く付きとあって、

 訴訟を担当している弁護士の優麻も管財人として難儀していた次第である。なにせ抵当妨害の短期賃貸借さえただの一件も成立しないほどの物件だったのだから。

 だが、物件の敷地面積は広く造りも豪奢で不動産としては申し分なく、破産状態にある債務者の唯一の責任財産である以上、どうあっても競売によって処分する必要があった。

 そこで物件のお祓いとお清めなるものを、この少年神主に委託していたのである。

「被担保債権額の三パーセントでよろしいですか?」

 神主は、代償の交渉に軽く頷いた。

「包括競売だったよな?」

「……抜け目がないですねえ」

 肩を竦めた優麻が、ふと怪訝そうに柚真人を見た。

「……おや……柚真人君。首筋、どうしたんです?」

「……何か?」

「ええ。新しい傷がありますよ。刃物を少しあてがったような、細い……」

「ふうん。……彼女の爪かな?」

「彼女?」

「件の噂の主だよ。現れた時、おれの首に爪で触れた」

 そのほっそりとした頸に、優麻は指で触れる。

 少年の肌は、何故かどきりとするほど滑らかで、冷たかった。

「司さんが何と言うでしょう、かわいそうに。君もたいがい懲りない人だ」

 少年神主の妹――司は、神社に生まれながら怪奇現象・超常現象恐怖症で、その手のモノに極端に臆病なくせに敏感で、兄柚真人の怪しい神主業をこの上なく毛嫌いしている。

「……知ったことか。おれには関係ない」

 円卓に手をついて、椅子に足を組み座る青年を見下ろしながら、柚真人は吐き捨てた。

「またまた。そうやって冷たいことを……」

「それは……何か? 祝杯か?」

「いやですねえ。お清めに持参したんですよ」

「ばかか? それなら洋酒は違うだろ」

「いいでしょう。結局アルコールですから」

「……消毒薬じゃないっての」

 気楽なもんだな、と柚真人は言った。差し出されたグラスを手にして、琥珀の液体を口に含む。強い酒精が鼻孔をつきぬけた。

 そして――眉をしかめる。

「……おもうによ。この、氷どうしたよ? ここ、電気も水道もきてないはずだぞ」

「坂の下のコンビニで」

「……はっ……。聞くんじゃなかったな。場の雰囲気がいっきに砕けた。お前、完全に祝杯のつもりだったろう。そおだろ? だいたい残った氷はどうすんだよ」

「仕事料、いらないんですか?」

 目を丸くして、いかにもわざとらしく青年が言った。

「……わかったよ」

 柚真人はいささかばかり肩を落として黙った。

 再び、グラスを傾けて、銘柄も種類も何だかよく判らない酒を舐める。優麻の趣味を鑑みて己の感覚を信用するなら、おそらくこれはブランデーだろう。

 何が『お清め』だか。 

 しかも氷で割るか普通?

 まったくもって悪趣味だ。

 この青年は、あらゆる酒類、ビールもワインも日本酒すらも氷で割るという変わった趣味嗜好を持っているのだ。

 彼が好きなのは酒ではなくて氷なのではないかと時折思う。

 「何を、考えています?」

 優麻が不意にそう言った。

「……何って?」

「いまの君の瞳は、危ない色を映していますよ。何かいけないことを考えているでしょう?」

 そう続けられて柚真人は肩を揺らした。くつくつと喉を鳴らす。

「いけないこと……ねえ」

「よからぬこと、とでも言い換えましょうか」

「そうだな……物騒なこと、だな。強いて言えば」



 恋人――想う人を殺してしまうことで、彼女が自分のものになるとは思えない。そんなことは思わない。

 だが、誰か他の者の手に渡ることはなくなるのだ――永遠に。

 それは、細やかな誘惑ではある。

 それもまた、ひとつの選択。完璧な完結。

 鋭い刃物で喉を引き裂き、噴水のように吹き上がる血を頭から浴びて、恋人の永遠を得る。何も彼もを、この手で終わらせる。

 それもまた、ひとつの選択。綺麗な完結。背徳の恋にはどのような完結がふさわしいだろう。

 何を以て成就といえるのか。

 そんなことがありえるのか?

 この恋は、どこへ行き着く?

 否、それ以前に自分は何を望むのか。

「まあ結局のところ、どうにもならないんだよ」

 琥珀の酒を舌先で嘗めて、少年は呟いた。

「何が、です?」

「……ま。……いろいろだ」

「君は、臆病だからね」

 青年が言う。

「まあ……それでなくても怯むことはあるでしょうが」

「……お前ってさ。妙に人の心を読んでる発言するんだよな……」

「おや。そうですか?」

「……イヤだな。そんなに判りやすいのか、おれは?」

「ことこの件に関してはね」

「だからそう、読むなっての」

 唇を引き結んで歯ぎしりする。

 優麻が可笑しそうに、肩を揺らした。

「またしても何かそれらしいことを言ってしまったようですねえ?」

 何も考えていなかったのか、優麻の声は脳天気なくらいのんびりしていた。

「……まあいい。気にするな」

「そうはいきません。私はいつも貴方たち兄妹のことを気に掛けてますよ。未成年者後見人ですからね」

「そいつはどうも」

 臆病だから――。

 そう、自分が傷つくことを恐れている。そんなことはわかっている。

 いわれるまでもないことだった。

 柚真人は苦しくなって、唇を噛む。

「だから代わりに傷つけてしまうのでしょう。……司ちゃんを」

 片手を挙げて、言葉の先の制止を訴えた。

 青年の言葉は正確に真実を指摘するから痛い。

「でも本当は君の方が……とても――」

「優麻。止めてくれ」

「柚真人君。何度も言いますが……人を想う心には別に正義も悪もない。それは、私たちの評価の中にこそある。そうでしょう? 評価は他人がする、それはやはりどこか無責任なもの。それが倫理と云う名の社会的秩序って奴なんですよ?」

「言うだけなら……なんとでも言えるよ……」

 少年は一瞬言葉に詰まり、苦い顔で肩を竦め、青年は微笑む。

 幻覚に見た、血に濡れた円卓。

 滴り落ちる真紅。

 床を埋め尽くす緋赤。

 その円卓の上の硝子杯の中に揺れる琥珀。

「なんとでも……いえる……」



 妹にとって、兄は――。

 だから柚真人は、自分の枷で自分を拘束することを選んだ。

 自分の中で終わらせることが、望むべき完璧な完結だと。たとえばどこまで

 傷ついたって、何も望まない。未来を選ばない。

 それが背徳の代償だから。

 幻影に見た、鮮血の残像――それは、自分の心が刻む痛みだ。血まみれの姿

 で、鏡の向こうに佇んでいるのは自分自身に他ならない。

 本当は、言葉やしぐさで妹を傷つける度に傷ついているのは、自分自身なのだろう。自分で自分を切り刻み、傷め付け、その痛みが辛うじて自分を正気に繋ぎとめている。

 だが――一体何を望めると言うのだろう。

 彼女に、何を?

 絶対的に、原始的に不能。

 永遠に不能。摂理は変わらない。

「……蕾のまま太陽に灼かれて、咲くこともできずに枯れる向日葵のようですね。君は」

 柚真人は自嘲った。力なく。

「ふうん、いってくれるねえ。じゃあ、いつかは……きっと腐って果てるんだろう」

 本当は彼女のまっさらな笑顔を――背徳の罪を裁かれることでなく、きっと赦しを待っているのに。

 それは叶えられることがないのだ。

 永遠に。

 それを、知っている。

「さて――帰ろう。やっぱり司に外出がばれないうちに、部屋に戻りたいから」

「……結局、なんだかんだいっても司ちゃんなんですよね。柚真人君って」

「ほっとけ」


      ☆


 それもいいだろう。こんなふうにしか、おれにはできない。

 柚真人は嘆息する。

 そして――蝋燭の炎が揺らめき消えた。

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