第13話 神様のいない杜

 これは、本当に『恋』なんだろうか。

 これが、本当に『好き』という気持ちのかたちなんだろうか。


      ☆


 ――まいるよ、まったく……。

 声を掛けて彼女の眠りを妨げるのが、ひどく無粋なことのように思え、柚真人は困惑した。

 ――土足で踏み躙りたくなるような穏やかな表情しやがってよ、こいつは……。

 少年は、無防備に開け放たれた妹の部屋の戸口にたたずみ、午睡にまどろむ妹の姿を見下ろした。

 彼女は、自室の寝台の上ですっかりしっかり眠ってしまっている。

 その無防備で穏やかな寝顔を見ていると、へなへなと気が抜けて行くような心地がした。

 それで存外緊張していたことに思い至り、ふと――冷静になる自分がいる。

 その自覚は、少年にとって自己嫌悪を伴うほど照れ臭く、それがまた非常に情けなかった。

 妹の規則正しい寝息に、嘆息。

 ミニスカートの裾から覗くかたちのよい脚が、大変に目の毒だ。

 視線を外して、また嘆息。

 早くなる自分の鼓動に、重い罪悪感がつきまとう。

 ――たまんないね……。まあったくよ!? なあにが『メイプルシフォンケーキが食べたい』だかなっ。それでもっておれも、また生真面目に、何やってんだろねえ……。

 五月の休日の午後。

 折角用意したお茶の支度は無駄になった。

 少年は、些かの逡巡もせずにそう決めて、声を掛けずに彼女の部屋を後にした。


      ☆


「おや。司さんはどうしました?」

 優麻が言うので、柚真人は彼に小さく肩をすくめて見せる。

「……部屋で寝ていた。わざわざ起こす必要はないだろう?」

「そう、ですか」

 居間の畳の上に行儀良く端座した青年は、柔らかく微笑んで頷いた。

 それは、何時もながら何を考えているのかわからない、それでいて対峙する者の胸の内をすっかり見透かしているかのような不思議な笑顔だ。

 弁護士を生業としている青年が、警察・検察関係者に、そして時には同業者にさえ敬遠されるのはこのうさんくさい表情の為せる技でもあるのだろうと、時折思う柚真人である。柚真人は、その表情が嫌いではなかったが、こういうときは忌々しいと思う。

 現在の自分の心中が相手にすっかり見透かされているとすれば、それは控え目にいっても大変不愉快なことだった。

 柚真人は、そんなことを思いながら台所へ行くと、いま焼き上がったばかりのメイプルシフォンケーキがのった大皿とケーキナイフを持ってきた。

 それから、カシスとローズ、ミントの葉の入った硝子のティーポットに湯を注ぎ、温めたカップも二つ、一緒に運ぶ。

「お前、手伝えな」

 円卓にそれらを並べながらそういうと、優麻があからさまに怪訝そうな顔をした。

「……まさかと思いますけれど、柚真人君。……全部食べるつもりですか?」 

 柚真人は、友人であり後見人でもある弁護士の男を軽く睨んだ。

「愚問だな」

「ほう」

「なんだよ?」

「いえ別に。君でも子供っぽい真似をするんですね」

「……いいから、黙って手伝え」

 あしらうつもりが拗ねたような声にしかならず、それを聞いた優麻がくすくす笑ったのが癪に触った。

「わかってんだよ。馬鹿馬鹿しい。こんなこと、してやる必要はない。……わかってるよ」

 ケーキナイフでシフォンケーキを六分の一程に切り分けると、柚真人はいささか乱暴に手掴みでそれを口に運んだ。

 優麻にも促す。

 優麻は、微笑みを崩さずにそれに従った。

 限りなく深紅に近い、それでいて淡い紫の果実の色のハーブティを硝子のカップに注いで、飲み下し、柚真人は少し眉をひそめる。

 立ち上ぼる香りのミントの刺激臭が、鼻腔に少し、強かった。


      ☆


「それにしても見事な躑躅ですねえ……。そういえば、この庭の花は、どれも赤いですね」

 柚真人の傍らで、優麻がそんなことを呟いた。

 居間は障子を開け放ってあり、硝子窓の向こうには神社の境内と皇邸をへだてる広々とした中庭が見渡せる。

 屋敷の中庭には赤い躑躅の垣があった。丁度それが溢れるほどに花をつけ、垣は真紅に染まっていたのだ。

「そうだな。そういえば初夏の躑躅も、春の牡丹も、冬の椿も……赤いな」

 そう言いながら、柚真人も庭に目をやる。

「おれの趣味じゃあない。先代か、先々代か。いつからこんななんだかは知らない」

「そうですね……。私の記憶にも定かではありません」

 誰も手入れなどしない庭なのに、この庭にはあふれるばかりの花が咲く。

 季節を問わない、紅の色彩。冬を彩る鮮赤の八重椿の名は薄氷。春の牡丹。

 芝桜、皐月。躑躅の後を染めるのは真紅の満天星躑躅。芙蓉、立葵、曼珠沙華――。

 赤い、花の、群。目も眩む、禍々しいほどの赤い花。

 ――ああ。

 柚真人は目を細めた。朧な記憶が、その色彩とともに不意に脳裏に甦る。

 ――ああ、そういえば……。そうだったな……。

 まだ、柚真人の背が、あの乱れ咲く躑躅の垣に届くか届かないかだった頃。

 今と同じような緋色の垣根の中で、司に訊かれたことがあった。それを憶い出した。

『ねえ……お兄ちゃん。お兄ちゃんは、神様を信じてる?』

 白い神衣に身を包んだ司がそう言った。記憶にあるそれは、たぶん潔斎の修行着。

 柚真人と司の家は、神社だ。それゆえ幼い頃から、二人はともに、神社の後継者として古いしきたりを守り、家に伝わる神事を学び、心身の鍛練に励む生活を送っていた。

 それは、当時の同い年の友人たちとは明らかに違う生活だった。一種異様でさえあった。

 だがそのために、その頃家でははいつも、白い着物を着せられていたのだ。

 記憶の中にあるのは、それだ。

 これまでと同じように、これからが続いてゆく。それしかない。変化は無い。

 そのころ、の柚真人は、漠然とそう思っていた。

 神様について多くのことを学んだけれど、実際のところ神様なんて、どうだって良かった。ただ、憂鬱に毎日が続いていくのだと――思っていた。

『神様って本当にいると思う?』

 そう言って、首を傾げた彼女の姿。

 それは脳裏に鮮明に焼きついた光景だ。あの白と、あの赤。

 ――何て答えたっけ……?

 咄嗟には、憶い出せなかった。

 ――あれは、いつのころだったろう? 中学に上がる前……? 司の髪は、まだ長かった。随分と、前だな……。

 けれどやはり、正確には憶い出せない。

 それが何時のことだったのか。

 柚真人は何と言ったのか。

 ――神さま……か……。

 瞼の裏に浮かぶ光景は、夢の中の出来事のように不確かだった。

 深紅の花が、透明な硝子のティーカップの向こうで揺らぐ。

 赤いお茶をひとくち飲み下だすと、生臭さと清涼感がない混ぜになって拡散していった。ハーブティのようなものは、やはりあまり好きにはなれない。手元に無ければ柚真人自身は絶対に買い求めないし、口にもしたくない類いの代物だ。

 苛立たしいと思った。

 随分と、自虐的な気分だ。

 柚真人はまた、6分の1程にカットしたケーキを口に運んだ。

「ねえ柚真人君……虚しくありません? 残しておいてあげたらどうです。折角、彼女のために焼いたのでしょう?」

「うるっさいなあ。……そりゃな、結構虚しいよ」

「やっぱり私が起こしてきましょうか、司さん?」

 そういう優麻は完全に揶揄の表情だった。

 それはわかっていたけれど、挑発にのせられるまま柚真人は言う。

「司には。……指一本でも触れてみな。お前、再起不能にしてやるよ?」

 にこにこと、青年は笑う。眼鏡の奥の目を細め。

「はあ、そうですか」

「そうですともよ」

「でも、カシスのお茶も司さんのためにいれたのでしょう? 君は嫌いなはずですね、こういった類いの飲み物は。君の好みは『抹茶に和菓子』ですもんね」

 実にいまいましい洞察である。正確で適格で、遠慮がないうえ容赦もない。

「……いい度胸だな。お前、そんなに司が好きか?」

 間があった。

 無理やり喉に捩じ込むようにして飲み込む自作のシフォンケーキの味の善し悪しは、柚真人には実際わからなかった。好きな食べ物ではないから、これが果たして美味しい物なのか、それともまずい食べ物の範疇に含まれるのか、わからない。ただ。

 ――司が笑わないのなら。……こんなことしない。絶対。

 柚真人は、優麻を見なかった。

 躑躅の咲き乱れる庭を、眩むような赤い花を見つめていた。

「……ああ優麻? おれの罪悪感を呷るのは愉悦しいか?」

「私は柚真人君のことが好きなんですよ? 日々これほど尽くしているのにわかっていただけないんですか?」

「……けっ」

「ああ……。残念です。神様はどうして私のお願いを聞いてくれないんでしょうか。こんなに柚真人君のことを思っているのに、どうして柚真人君は私に冷たいんでしょう」

 切なげな声とわざとらしいため息が、聞こえた。柚真人はそれを一笑のもとに切り捨てる。

「お前、帰り道には精々気をつけるこったな。その素っ首、すっ飛ばすぞ?」

「本望ですねえ。いいでしょう。君になら殺されてあげます」

「は。……だいたい優麻、お前が『神様』? それは一体、『何処の誰さま』だ?」

「さあ……。神様が何であったらいいんです?」

「ばぁか。だからそれをお前に訊いてんだろ。お前はいったい何を信じて、何に縋るんだ」

 思案の空気が漂った。

「そうですねえ……。とりあえず『神様』は、何をするにも高額のお金は取らないでしょう。いかがわしい健康診断とか、底の浅い人生相談や説教とかもしないでしょうね」

 のほほんと優麻が言う。それでわかった。

「はっ。お前、新興宗教絡みの裁判でも係争中なのかよ?」

「ええ、まあ。二、三件ほど」

 即答であった。

 あまりはっきり言うので、柚真人の口から思わず呆れの笑いが洩れた。

「どこだか市の地鎮祭訴訟も継続中じゃなかったか。原告弁護団だろお前」

「はい。これでも結構忙しいんですよねえ。なんせ節操ないもので」

 ぬけぬけと頷く。

「のわりには、こんなとこで。のんびり茶あなんかしばいてていいのかよ」

「それはねえ。折角の柚真人君の手作りケーキですから、いただかないわけにはいかないでしょう? 今日は休日ですし……」

「……別にお前に焼いてやったんじゃないっての」

「拗ねてる柚真人君を放っておけませんしねえー」

「はは……。誰が拗ねてるって……?」 ここまでくると、もう苦笑いである。

 温くなってゆくハーブティは、やはりさらに植物臭いと思いながら、柚真人は足を崩して伸びをした。青くさい感じが、嫌なのだ。

 よくよく自虐的な気分だ。最悪だ。

 鼻先で嘆息を繰り返し、シフォンケーキのかけらを口にくわえたまま、仰向けに寝転がる。

 額にかかる前髪が、鬱陶しかった。

 優麻の手が伸びてきて、それが柚真人の前髪をさらりと梳く。

 額に触れる、冷たい指。

 柚真人は優麻を見ない。瞼を閉じたまま、唇に薄く笑みを刻む。

 傲岸な少年の態度。

 恭しい青年の仕草。

「弁護士にとっての神は、法ですよ」

 そっと優麻が言った。宣誓でもするかのように。

「では柚真人君。神主である君ならば、『神』を何だと思います?」

「……さてね。……人それぞれってとこかな」

 優麻が、小さく笑ったように思えた。

 庭の躑躅が風に揺れる。

 赤い花。

 赤い、赤い、花。

「だってそうだろ? お前が『法』というのはある意味正しいんだろう、『神』なんて存在しないんだから。……あるのはいつでも人の『想い』。それだけさ。宗教なんて、ばかばかしい妄想だ。誇大妄想狂の夢、詐欺師の手管。支配者の欲。光があるのは、太陽があるからで、闇があるのは、この惑星が自転するから。すべては現象。それに尽きる」

 花が咲くのも。

 花が枯れるのも。

 生死の綾が神の思し召しなどであるはずはなく。

 命の連環に定められた運命などあるはずがなく。

「摂理に社会倫理。奇蹟に偶然、超常物理。それはあるんだろう。でも、それは『神様』の遺産じゃあない。『神様』だけはこの世の何処にも存在しない……。宣誓は自分自身になすものであり、祈願は己の力でこそかなえ得るもの。誰だって、そんなことは識ってはいるさ。理性ではね……」

 柚真人は投げやりな口調で呟く。

 今度は本当に優麻がくすくす笑う気配があった。柚真人はそれでも優麻を見ようとはせず、薄目を開けると眉根を寄せて問い返した。

「なんだよ?」

「訊いたら答えてくれるんですか?」

「何――?」

 反射的に、柚真人は優麻を振り仰ぐ。

「天罰をおそれない君でしょう?。神を信じない君は一体何に怯むんです?」

 男は、やはり穏やかに微笑んでいた。

 ただただ、柔らかく、穏やかに。

 その言葉に狼狽した訳ではない。

 しかし咄嗟に言葉がなかったことも事実だ。

「……まさか法律、というわけではないのでしょう。親族法? 地獄に堕ちるのが怖い? それとも神が君を罰するからでしょうか?」

 この男は。

「彼女には指一本触れるなと君は言う。けれどそう言う君が、彼女に触れることをおそれている。ここまで彼女のためにしておきながら君は彼女を拒絶する。……どうしてです?」

 微笑みながら、ほのぼのとした口振りでたやすく逆鱗に触れてくる。

 柚真人は、額に触れる青年の手を振り払い  身を起こした。三切れ目のケーキを手にしながら肩をすくめる。これで自分で焼いたシフォンケーキの半分を、自らの胃袋に収めることになる。かなり虚しい。

 大型シフォンケーキの半分も腹に納めれば結構な満腹だった。優麻が二切れを片付け、残すところはあとひと切れとなったが、いくら意地とはいえ己のしていることの馬鹿馬鹿しさと幼稚さには情けない気持ちが込み上げる。

「お前なあ……そうやっておれをけしかけてるのか? ん?」

「そう聞こえます?」

「うーん、そうだな……」

「いえね。そうまで傲岸不遜なことを言ってのける君が抱く罪の意識は、一体どこからくるんでしょうかねえ、と思って」

 優麻が愉快しそうに――そうとしか見えない表情で尋ねてくるので、柚真人は不承不承答えを探した。いつもなら一蹴する問いの答えは、柚真人自身も探しあぐねていたのだ。

 目の前の男が執拗に呷る、胸の悪くなるような罪悪感。拭い去りえない罪の意識。

 それは確かに柚真人の中に存在する。確かに、怯んでいる。

 天罰は怖くない。背徳を畏れない。十字架を信じない。

 だけどそれでも。



「貴方が彼女を想うことの、いったい何が罪だと。誰が罪だと決めたのです」



 好きという気持ちを覚えるより先に。 

 恋愛という感情を理解するより先に。

 彼女がいて。

 兄妹であるという事実を理解するより先に。

 家族であることの意味を理解するより先に。

 彼女が教えてくれたこと。

 それがこの想いだった。それがこの気持ちだった。けれど、彼女は妹だ。自分なら、それがどうしたといえる。それが何だといえる。何も怖くないと。全てを失ってもいいと。

 だけど、妹は――。彼女は――。



「そうだな……。本能的な罪悪感ではあるんだろう。遺伝子に組み込まれた生命体にとっての警告。近親交配を禁ずるのは道徳や宗教じゃない。生物の本能だ」

「ははあ。そうきますか」

 嘯く柚真人に対して面白そうな優麻の声だった。

「それもまたひとつの真理でしょうね」

「納得できないって感じだな。でもそうだろ。だからあれはおれを見ない」

 うるさいと、黙れと、ひとこと言って口を噤んでしまえば、優麻がそれ以上その話題について言及しないことは知っていた。それでも口を開いてしまう自分を、何時になく饒舌だと感じる。

 それは、たぶん、自分自身がひどく弱気になっているからに違いなかった。

 いまの柚真人は、沈黙を守れないほど、廻る自問の繰り返しに疲れていたのだ。

 そんな自覚が、腹立たしいこと極まりない。

 けれどそれでも柚真人は言を継ぐ。

「たぶん……彼女の無条件の信頼を、裏切っているからだよ。神に背くこと、道徳に背くことが罪だなんて思うわけないだろ。彼女に対する裏切りだから、……罪悪なんだ」

 溜め息とともに吐き出す言葉に、嘘は無い。司へ向ける気持ちは紛れもなく真実だから、柚真人はそう思っている。禁忌を一蹴出来るのは、想いが先にあればこそ。

 司は妹だから、兄である自分を家族として信頼しているだろう。

 司は妹だから、兄という男が恋愛対象の範疇に入ることはない。

 彼女に対して、自分は高潔であるべきだった。

 彼女に対して、自分は清廉であるべきだった。

 それを、裏切っているのだ。今更、何も望めはしない。

「そしておれは、あいつ自身をおそれている。司の……拒絶を。兄ならば、ずっとそばにいてやれる。……だから、おれはずっと、兄でいようと思ってる」

 血を吐くほど、苦しいのに。

 本当は、彼女の傍らで平静を装い、息をするのも――辛いのに。

 幾度堂々巡りをしても、答えなど決まりきっている。

「なるほど。……君にとって、『皇司』は絶対唯一の女神様というわけですか」

 気持ちは鳥籠に閉じ込められた鳩みたいに、行き場を失っている。

 その言葉は柚真人の胸を刺した。頷きもせず、反駁もせず、力なく目を閉じる。

「これを罪とするも、穢れとするも司次第だ。断罪を待つ、気持ちだね……」



 そう。

 柚真人は憶い出した。

 あの時、首を傾げた幼い司に答えた。

 狂い乱れ咲く、深紅の花に埋もれた――憶い出。

 ――いないよ、司。……『神様』なんて、何処にもいない。

 柚真人はそう言ったのだ。

 ――じゃあ、神様はお願いを聞いてくれないの?

 ――そうだね。叶えてはくれないね。

 妹の言葉を受けて、曖昧に微笑んだ。

 その時、何歳だったのかいまは思い出せないけれど、柚真人は目の前の少女が好きだった。世界で一番好きだと思っていたし、世界で一番大切だと思っていた。ずっとずっと一緒にいたいと願っていた。

 けれど柚真人は知っていた。たとえ自分が背徳も神罰も恐れないとしても、彼女は違う。

 どんなに想っても、彼女が振り向いてくれることなどはないと。

 どれほど彼女を想っても、彼女の想いが手に入ることはないと。

 兄妹というのは、そういう関係なのだ。この願いは絶対に永久に叶わない。

 だからそう答えた。密かに痛む胸の疵を隠すように。

 司が妹であることが、柚真人にとって、神様のいない証拠だったのだ。

 柚真人が司にとっての『優しい兄』であることを止めたのも、丁度その頃。

 もう、続けていけなかった。駄目だと思った。神様は、願いを叶えてくれないから――。

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