第12話 虚空の空

 



 そこには、何も無かった。

 なにも、生まれていなかった。

 そのものの中にあるのはただ、――虚ろな坑だった。

 自らの裡にあるさまざまなものの名前を、知らなかったから、それはただ、虚ろだった。

 寒くて、冷たくて、暗くて。

 けれど、その意味すらもわからなくて。

 そしてやがて、そのものの、存在自体は――費えようとしていた。


      ☆


 ――ううー……、嫌な感じ……。



 帰宅途中の電車の車内で息苦しいな、と司は思った。

 この先の駅で、転落事故があったといって、電車が止まってしまっている。

 そのせい――ではあるまいが、帰宅客で込み合う電車の中の空気が、何だか薄いように感じられて仕方ない。

 ここ数日ずっとのことだ。

 ここのところ、二日か三日おきに、夕方、電車が止まる事故が続いている。

 嫌な感じだ。

「ふー……」

 軽く喘ぐと、傍らにいた橘飛鳥がうかがうように司を見た。

「……なに、どうかした?」

「うーん……」

 頭が重い。

 ぐらぐらする。

 不快、といえばそれまでだった。

 ここ数日、なんとなく頭と体が重い。気分も悪いし、軽くみぞおちが痛むような感覚もある。

 不承不承ながらそう訴えると、傍らの少年はとたんに表情を曇らせて司の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」

 司は、そんな飛鳥を見返して、微妙に微笑む。

「うん大丈夫」

「そう? 疲れたんじゃない? 高校入って何となく一段落って感じだもんね、時期的に。ああもう、それにしても柚真人のやつ、司ちゃんに病気さすなんて。保護者失格だな」

「……病気ってほどじゃ、ないんだけど」

 眉間に皺を寄せて、司はぼそりと呟いた。

「ただ、気分が悪いだけ。うん」

 一瞬の沈黙が訪れる。

「……飛鳥君?」

 その後、飛鳥が、何を思ったか、ああ、と大きく頷いた。そして声を潜めて言うことに、

「わかった。いつもの『お化け酔い』……なんでしょ?」

「……あたしそんな怪しい病気もちじゃありませんっ」

 飛鳥が面白そうに笑っていうので、司は憤慨して鼻を鳴らした。

「まっ、冷たい。血がつながってるんだから、司ちゃんも同じ『病気』のはずだわあ」

 おどけた口調で飛鳥が言い募る。

 飛鳥のいうところの『お化け酔い』とは、人外のモノの気配に敏感なあまり、それに当てられて気分が悪くなることをさす。

 皇神社の神主を務める兄・柚真人は当然の如くだが、従兄妹である飛鳥や緋月にも似たような感覚は弱いながらもあるらしい。

 もっとも、あの最強すぎる兄の感覚が、単に気持ち悪いとか気分悪いとか、そういったものであるとは思いがたいのだが、ともあれ飛鳥や兄の言葉によれば、巫女体質の司が、最も鋭敏な感覚を持っているということになるらしかった。

 だが、そんな気色の悪い話を司としては信じたくない限りである。

 だから、違う、と言い張る。

 この不快さが、単なる体調不良とか、虚弱体質とかいった肉体的なものに起因するものでないことは――司にだって、薄々、何となくは解っている。わかってはいるが、それでも断じて認める訳にはいかないのだ。

 認めてしまえば、自分も霊感商人の仲間入りまっしぐらに決まっているからである。

 それだけは絶対に御免だった。

「それでそれで。どこ? どこにオバケがいるの? 車内?」

「だから、違うっていうのに! あんな『妖怪兄貴』と一緒にしないでよね……」

「だってほら、ここのところ事故が多いじゃない? 今だって電車とまってるしねえ」

「あすか君っ」

 いささか不謹慎なことをさらりと言ってのける飛鳥を、司は突っ撥ねた。

 とはいえ、多少怒って見せても相手の少年には全然効果がないということも、承知の上である。

 兄の柚真人は朝も早いし、夕方も司よりはいささか遅い。司の登下校は、知り合ったクラスメイトか、そうでなければ大概、飛鳥が一緒だ。

 司は大きく息を吐いた。

 いっぽう、飛鳥には飛鳥なりに非常に不純な動機があるのだが――それは自分のことには極力鈍い司の知るところではないらしい。

 本当に心配しているのにな、などという飛鳥の気持ちも、だから司にとっては及びもつかないことにすぎないのだろう。飛鳥は、肩をわずかに落として続けた。

 めげている場合ではない。

「でもさ。どっちでもいいけど司ちゃんが学校お休みしちゃったら、僕寂しいんだからさあ。風邪なら、とくに気をつけてよね? 柚真人に何とかしてもらうって訳にいかないんだから」

 飛鳥の言葉に、司は肩を竦めた。

「兄貴になんとかしてもらったこともありませんっ」

「ゴールデンウィークまでもう少しでしょ。そしたら、どっか遊びに行こうよ。ね?」

「……」

「……本気にしてないでしょ司ちゃん。これでも心配してるのに……。本当だよ?」

「わかってるよ? いつもありがと、飛鳥君」

 本当に本当だよ、と何やらひどく深刻な表情で司を見つめる飛鳥に、司は笑顔をつくってそう言った。

 何を言っても所詮冗談にしかならない我が身を、嘆く飛鳥の胸の内を、司は知らないのだ。

 車内アナウンスが、電車の発車を告げていた。


      ☆


「具合が悪いィ?」

 台所で夕食の支度をしている柚真人が、肩越しに振り返って司を見遣った。

 猫の柄のエプロンが大変良く似合っているあたり、非常に頭が痛い司である。

 写真で隠し撮りして学校中にばらまいてやったりすると一体全体いかなる事態になることであろうか。

 まさに完璧な演技、無欠の二重人格ではないか。

 柚真人が、愛想のかけらもない声で言い捨てる。

「じゃあ、お前今日、粥だけな。みそ味。決定」

「うわあ、何それっ!?」

「ご飯食べたら部屋で寝てろ。朝まで絶対起きてくるなよ」

 にべもない。

 学校内で見かけるときの、あの兄の姿は幻に違いない――司は一瞬の目眩を感じた。

 あの笑顔、あの仕草はまったくの嘘偽り。まさにこれが、天性の詐欺師でなくて、なんだというのだろう。

 嫌な男だ。

 本当に嫌な男だ。

 それなのに――。

 司はこともあろうにこの最低最悪の男に――どう足掻いても到底捩り潰せない恋心を抱いているのだ。実に馬鹿馬鹿しいではないか。

 正気か、自分――と常々思う。実の兄だと言うだけでも人道に外れ、人倫に悖る大問題なのに、いったい、こうも意地の悪いひねた冷たい男の何処がいいというのだろう。

 ――本当、正気じゃないよ、自分。

 司は、エプロン姿の兄の背中を長めながら首を捻った。

 まったく由々しき問題だ。

 なぜ、他の男ではいけなかったのか。例えば飛鳥。例えば、優麻。たとえば、クラスメイトやこれから知り合う人生の先にいる誰か。

 どうして、他の誰かでは駄目なのか。何故駄目だと思えば思う程に、この始末に負えない感情は強くなって自分をどんどん縛り上げるのか。

 ――理解不能だ。

 は、とため息をついた時、兄が振り返って司を見た。

「なんだ?」

 どうやら視線を感じたらしい。こういう妙に鋭いところも厄介だ。

「……なんでもない」

「……明日から土日で休みだから。今日は早く寝なさい」

 兄は、そんなことを言う。

 年上ぶった、家族ぶったその言葉に、司は傷つく。ちくんと、胸が痛む。

 ――こんなことでは、まだ駄目。……消さないと。この気持ちを消してしまわないと。

「聞いてるのか、司」

 乱暴な言葉に、司はちいさく頷いた。怯んでしまったのは不覚といえよう。

「……わかってる。お粥でいい」

「一応、熱は計っとけよ」

「……うん」

 唇を噛みながら――けれど心の何処かで、それが本当に無駄な足掻きでしかないかもしれないことに、実のところ司はもう少しだけ気づき始めている。

 自覚したのは、今年の二月。

 高校受験の合格が決まったあの日。

 だけど、きっと堕ちたのはもっとずっと前。取り返せないくらい、ずっとずっと前のことだったような気が――していた。



 司は、ふてくされた様子でぶうぶうと文句を言いながらも、柚真人の用意した七分粥を食べて、焙茶と風邪薬を飲んで、寝た。

 時計は、九時を回ったところ。

「おやすみ」と言って、司が居間を出て行った。それから、廊下の向こうで部屋の扉が閉まる音を確認。そして柚真人はやっと、全身の力を抜くことが、できる。

「っ……はあっ……」

 壁にもたれて天井を仰ぎ、両手で顔を覆う。

「……」

 彼女と、自分しかいない、家。

 その檻の中で、少年は溜め息をつく。その嘆息は、ここのところとぎれるということがない。

 時計を睨む。

 秒針が時間を刻む音が、耳に染みる。

「具合が悪い、ね……」

 ふむ、とひとり眉間に皺を寄せ、柚真人は呟いた。

 それが何に起因するものかはよく分かっている。もっとも、皇家の当主たる柚真人が『それ』に気付かぬはずはない。

「少しばかりつらそうだが。……さてどうしたもんか……」

 柚真人には、わかってしまう。

 彼女がいくら強行に否定しようとも、司は優れた巫女体質を兼ね備えていることは否定のしようもない。何かの干渉を受けると、司は体調に変調を来すのである。

 司の受けている干渉を、関知できない皇の巫ではない。

 原因が、あるのだ。

 それもわかっている。

 それは人がこの世界で生活しているのと同じように当たり前にそこここに存在するものだから、こちからは回避しようがない。それこそ、風邪や病原ウィルスと大差ない。ただ、柚真人はこの皇神社を預かる身としてこれを制御する術を心得ていて、司はそうではない。

 ――それだけのことだ。

 司は、皇の血のそのような部分を嫌悪して、鍛練も放棄しているから柚真人のようにはゆかない。この血は、そう云ったものに正面から取り組もうとしない限り制御するのが難しい。

 ――それはまあ、どうにかしなくてはならない……と、しても、だ。

 そんなことを思いながらも我ながら、自分は本当に鬼畜な男だと、自身改めて自覚せざるを得ないところがじつに悩ましい問題だった。

 いまの柚真人にとっては。

 妹がそんな状態であっても、なお自分の中の複雑怪奇なこの感情が御し難いことに漠然とした絶望を感じて、厭になってしまう。

 ――なぜ、妹なのだろう。なぜ彼女でなくてはならないのだろう。

 それは何度考えてもわからない。わかるのは、結局彼女でなくてはどうしようもないとうことだけだ。持て余すしかない恋心が辛い。行き場のない想いが苦しい。

 ――おれは、いつまで平静を装うことができる。もう自信が、ない……。

 柚真人は、夜を重く感じていた。己の理性にも限度というものがある。

 それを、目眩のように自覚しながら。

 

     ☆


 その夜、時刻はすでに十時を回っていた。

「とゆうわけで、今日ただ今から捜査本部、よろしくねえ」

 非常識な時間に非常識な台詞をかまして宿直当番から当惑のまなざしを注がれているのは、警視庁は捜査一課の荷物刑事こと陵和泉。

 場所は渋谷警察署の玄関ロビー。

 真っ白い蛍光灯の光がどこか寒々しい警察署の玄関口は、いたって静かなもので、和泉の遠慮のかけらもない大声だけが、閑散としたロビーに響き渡るのだった。都内有数の繁華街だから、人員はもしかするとほとんど出払っている状態なのかもしれない。

「……って。いってもねえ。おれひとりだもんね、本庁からの捜査員」

 と、ひとりごちる。

 それを聞くのは、呼ばれて出てきた刑事課当直の若い刑事と、庁舎警備の当番の制服警官だけだった。

 刑事は、怪訝そうな面持ちで、警察署の入り口にたたずんでいる、突然の奇妙な来訪者を見返した。

 それはそうだろう。

 目の前のにいるのは、だらしない長髪をだらしなく束ね、よれよれのスーツを着崩した、うさん臭い雰囲気の男だったからだ。

「あの……?」

「ああどうもどうもごくろうさまでえす。今日のお当番さんだね?」

「は……? あ、ええ……」

「君、名前は?」

「自分は松永です。松永武仁」

 当直の刑事が慌てて応える。

「あ、固くなんなくていいから。おれ、全然平刑事だからね。所轄の邪魔はしない主義。あとは俺、適当にやるから気にしないでいいわ。あ、俺、和泉ね。陵和泉。ちょっとした事件で、ま、本店もちぃとも注目してないから、いいよいいよ」

「は……あ?」

「んでね。俺、今日ここ泊まるから。事件の記録、あらいざらいもってきてくれる?」

「……と、いいますと?」

 和泉の話が支離滅裂で意味が汲み取りにくいのだろう、松永という刑事は当惑の顔で、首を傾げる。

「……あ、いってなかったか。あのさ。JRの環状線でさ、ちょこっと事件が続いてるでしょ。ほら、無差別の乗客突き落とし。あれね。いろいろ民間から苦情が多いみたいでね。捜査本部つくって片付けろってお達しなのよ。だからちょっと、調べさせてくれる?」

「ああ……、その事件ですか……」

 松永はそれを訊いて、ようやくおぼろげながら事態を理解し、事件の概要を思い出した。

 ――無差別の乗客突き落とし。

 字面にするとイヤに仰々しい、それはここ二週間、いささかばかり世間を騒がせている事件である。

 環状線の駅から、乗客が突き落とされるという事件が立て続けに頻発しているのだ。

 背中を押されただなんだという話はでるものの目撃者がなく、初めのうち当局は軽い悪戯と見て捜査を行っていた。しかし、線路への転落を含む事件が五件を超えることになって、ようやく重い腰をあげることにした。あまりに事件が頻発すれば、世間が騒ぐ。電車のダイヤは乱れ、通勤客の足も乱れる。

 そこで本庁はこれを、悪質な無差別傷害未遂としてとりあえず立件しようと決めたのだった。

「――ですよね?」

「うんそおねえ」

 和泉は、当直の確認に頷いた――たいして面白くもなさそうに。

「その、被害者総勢八名、目撃者無し、の環状線無差別突き落とし事件ね」

「ええ。ああ、わかりました。はい。で……ええと……?」

 どうしたらよいのかわからないらしい松永刑事である。

 しばし間の抜けた沈黙が漂い、和泉はがりがりと頭を掻いた。長髪を乱雑に束ねただけというのがいかにもうさん臭い。

 肩を落し、溜め息。

 和泉は、青年を一瞥して、今度は有無を言わせぬ口調で言った。

「じゃ、どっか会議室貸して。本日いまからそこが捜査本部だからそのつもりで。一件記録、持ってきてくれる? 最初の事件渋谷だったろ。資料はそろってるよね?」

「あ、はい」

 松永は、踵を返して指示に従った。

 和泉にとってそれは。

 微妙にいやな匂いのする事件だった。

 かなり不快な予感のする事件だった。

 だいたい、たらい回しにされている辺りからして、どうにも始末に負えない事態であることに決まっているのだ。事件の概要が明らかでなく、犯人の目的を探りようもなく、罪状は取って付けたように申し訳程度だが被害は思いの他、甚大。

 解決が日一日と伸びるごと、何万という環状線利用客の不満が募るだろう。

 そして当局に非難が集中する。

 誰も手を出したがらないのは当たり前のこと。

「ったくさ。いやんなっちゃうよねええ……」

 和泉はぼそりと呟いた。

 けれども――言葉とは裏腹に、口許は、かすかな笑みを刻んでいる。

 それは、多少なりとも自分の退屈を紛らわせてくれるかもしれない事件への、甚だ不謹慎極まりない期待に彩られたもの、だった。

 こんな所轄の警察へわざわざ足を運んだのは、上の面目のために過ぎない。

 形だけのことだ。

 和泉自身の意図は、少し違ったところにある。

 そこには皇一族に名を連ねる者としての直感があった。

 事件や事故には匂いが在る。

 たぶん、自分と同業の者にしかかぎ分けられない匂いが。

 和泉は薄い唇に笑みを刻む。

 ――ほんと。面倒臭いよね。


      ☆


「……で、だ。そおいうわけで俺はこうゆうの、ちんたら捜査するのも無駄だと思うわけよ。だからさ。御当主なら何か面白い答えを聞かせてくれるんじゃないかと思ってな?」

 日曜日の午後である。

 社務所を妹に預けた神主・皇柚真人は、邸の応接間に来客を迎えていた。浅葱袴を手で押さえてその場に端座する。卓を挟んで向かいに対峙する男は、柚真人の顔を見るなり、くわえ煙草でにまりと唇を歪めた。

「この環状線、君たち通学に使ってるっしょ。ま、さ。そおいうつながりで、どうかと思って」

 対する少年神主も、また、不遜に笑う。

「……それはかまわないけれど。ぼかァただ働きはしない主義だからね。『仕事料』、陵さんがもってくれるのかな? それとも、警視庁? 鉄道会社?」

「ツケ」

「大却下」

「……」

 すました顔で言い放たれて、和泉はやれやれと肩を竦めた。

「わかったよ。わかりました。じゃあ……現金で、このワタクシが払いますからあ」

「陵和泉が。個人ってことね」

 そういうと、少年はとたん真率な表情をつくって、こほんと軽く、咳払いなど、した。

「……了解いたしました。では、依頼お受けいたしましょう。それでは――、こちらの書類に委細の手続をお願いできますか?」

 ころりと色を変えたそれは、明らかに外面の声と口調。

 そして少年神主は、やおら応接間の卓の上に数枚の紙を差し出した。それから筆ペンを和泉に示し、促す。書面上には、『御祓請負契約書』とある。

 和泉は、筆ペンを受け取って眉根を寄せた。

 そして、じっと、少年の顔を見る。

 少年は、そのまなざしを受けて、至極たおやかに、微笑んで見せる。

「あ、判ってるとは思いますが、三文判と百均判、不可ですから。必要事項、もれなく全部書き込んで下さいね」

「……御当主さあ」

「はい、なにか?」

「……その営業用の口調……やめてくれる?」

「……」

 そのとき、いやな感じで柚真人が唇に笑みを刻んだのを、和泉は見た。

「わあ、やな感じぃ、ご当主」

「そう? じゃあ止めようか」

 と、当主はあっさり言った。

 要するに単なる嫌がらせなのだ。

「……うーん。……しかし和泉さあ。アナタ、真面目に仕事に励もうとか、思わなかったわけ。仮にも担当刑事だろ。何とでも適当に解決できるだろ」

「俺、仕事嫌いだもんさあ。それに、そんなんじゃ面白くないしぃ。だいたいまともな事件、俺んとこにこないし退屈してんのよ。だからせめて退屈しのぎにでもなったらお徳じゃない?」

「……真実を知りたい?」

「どのみちこれは、君のお仕事。そうでしょ? 御当主」

「……まあね。まあ、……ここ二週間、おれも気にはなってたんだよ。なあ、和泉、おれが毎日通学してる電車なんだからさ、異常を感じないわけないよな? そうは思うだろ?」

「……ん?」

「いやさあ。おれタダ働きはいやだっつったよな?」

「……んん?」

「それでもそろそろ頃合だよ。どっから話がくるかなあと思って、ま、早い話が待ってたわけだ。しかしまあ、まさか身内からそういう話はくるとは思って無かったねえ。ご苦労さん、和泉」

「……んんん!?」

「こうも毎日毎日、どっかしらで人身つっちゃあ電車がとまってりゃさ、苦情にたまりかねた鉄道会社が、おれ、もしくはその辺の拝み家とか神社とか、霊媒師とか、陰陽師とか、ま適当にそいういうところに依頼もってくんだろうと思ってたけど」

「……ふうん……むあ!?」

 唸る和泉に、少年神主は、やんわりと微笑んだ。会心、の笑みである。

「司が同じ路線を通学に使用するようになって、若干、干渉を受けているし? こちとら我慢も限界だったんでね。いやいやほんと、助かったよ。渡りに船

ってやつ?」

「……するとなにか? お前の中では、……これはすでに事件でも何でもないってことか? うん? それなのに俺からお仕事料金ふんだくろうってか!?」

「いやだなあ。ちゃんと書面にしたじゃないですか。ほら。契約書。和泉が、自分の意思で、作成したんだろ?」

「……おっまえ……。ほんっと、悪徳神主なんじゃないのようっ」

「今更なにをおっしゃいますやら」

「この……安楽椅子探偵。そういうの、詐欺っていうんだぞう」

「何とでも。それがおれの仕事だからね。和泉、自分でいまそういったろ?」

「そりゃあそうだけどさあ。妹ちゃんってあれでしょ、お家の仕事、嫌いでしょ? 通学時の具合が心配なら、お兄ちゃんだもん、自分で何とかしない普通?」

「だからいったろ。こっちも商売でやってんだ。タダ働きは癪なんだよ。身内がどこまで干渉受けたって、おれひとりでなんとかしてやるさ。多少我慢してもらったって、ね。金になった方がいいじゃないか」

「ひゃあ、性格悪うい」

「なあに、商売商売」

 悪びれもせずそういったあと、柚真人はふと思い出したように、ぽん、と手を打った。

「あ、そうそう。和泉今日非番なんだろ。いま桜餅蒸してるんだけどさ」

「……桜……もち? ああそういえば、いつもいる弁護士殿、見ないね。今日は? 仕事?」

「うん。何だかね。二、三日忙しいんだって。せっかくなのになあ。だからさ、食べてく?」

 少年が著しく料理の腕に秀でているということは、和泉もよく知っていた。

 便利な趣味だ、と思う。

「和菓子までレパートリーに入っちゃうわけ。いやはや御立派だねえ」



 常衣のまま、台所へと姿を消した皇神社の年若い神主を見送って。

 苦々しさ半分、愉快しさ半分の心持ちで、和泉は肩をすくめた。

 この少年の全然まったく悪びれないところはいっそ快い、と思う。

 柚真人と話していても不快な気持ちになるということが、和泉にはない。

 むしろ、大変に趣深い、と思う。

 自分がこういった気持ちになることが、である。

 どちらかというならば、してやられても、それもいいかと感じられてしまう――そう思わせる――それは彼のしたたかさなのだろうか。

 皇柚真人は本当に不思議な少年だ。

 それは表面的なもので無く、和泉にとっては内側の問題なのだろう。

 面白いと思える。興味を持って見ていられる。それは、陵和泉という人間にしてみれば、まったくもって希有な事態だ。

 自分を惹きつける。

 その引力が面白い。

 彼と関わっていれば、退屈に倦むことだけは避けられるのだ。

 そんな確信が心地好いのだ。

 彼が見るもの、語る言葉の本質を、和泉が理解することはないだろう。けれど、それはまあこの際どうでもいい。

「和泉には損もさせないよ。おれの目に見える現象が結果として社会的に受け入れられるためには結局、和泉の目というフィルターが必要なんだから」

 悪戯っぽく唇を歪めて、そんなことを宣言する。予測できない先のことを知っているかのようなまなざしで語る傍から謎かけだけが残る。謎は残ってもいい。落差を埋めることは考えない。

 そいういうところが面白いのだ。本当に退屈しない。

 「じゃあ……聞かせてもらおうかな。君の目に見える、真実ってやつをさ?」

 和泉は、にやりと笑ってそう言った。




    ☆


 その日の夕方、柚真人は、和泉と、都心部を巡る環状線のある駅にいた。


「ちょっと出かけてくるから」

 と、社務所にいた司に告げると、今日も体調がすぐれないはずの妹は別段不信を抱いた様子もなく、「晩御飯までには帰ってくるよね?」などと言っていた。

 こと料理に関しては絶対的無能力な妹に食事を用意しなくてはならないから柚真人は頷いて、そして神職の装束を解いて着替え、和泉と電車に乗ったのである。

 そうして新宿から環状線に乗り込むと、柚真人はじっと車窓を見つめ、駅を通過する度にかすかに嘆息を繰り返していたが、やがてあるひとつの駅で、和泉を促し電車を降りた。

 その後、プラットホームの端の方で、二人は駅と人込みを眺めている。

 日曜日の夕方、行楽帰りの乗客で込み合うホームを。

 和泉は、駅構内は終日禁煙です、というアナウンスを聞くともなしに煙草を吹かし、静かにたたずむ少年神主を見守っていた。

 少年は、鋭い瞳で、夕暮れ人込みでごった返す休日のプラットホームを見つめている。

「……御当主。どうよ?」

「うん……」

 柚真人は、肩越しに和泉を振り返ると、少し首を傾げた。

「和泉には視えないんだよな」

「……何が見える?」

「嬰児」

 端的に、柚真人はそう言った。

「はっ?」

「嬰児。子供だよ。赤ん坊。……必死にホームの上を這っているんだけど……」

「…………えええ?」

 咄嗟には、その光景は想像できるものではない。

 それでも視えると、少年は言う。

「って。霊? ねえ、霊?」

「……。和泉さあ? そう言う基本的なことだけでも、もう少し……」

「んあ? 何?」

「……ま、いいや。……そう……言いたければ、それでもいいけど……」

「けども……なんでまた? いや……その、君の目に見えるその赤ん坊が、その……まっさか俺が担当している事件の『犯人』だっていうわけかいね?」

 少年は、躊躇なく頷く。

「うん」

「はえ!?」

 和泉の相槌は奇妙な感嘆符になってしまう。

「うん……。事件の『犯人』、というなら……そうなんだろうよ。だけど、そのモノに明確な意思はない」

「意思、がない?」

「そう。ただああやって、懸命に這いずり回ってる。幽霊……念、かな。でもそれだけだよ。ただそれが、ああやってホームの上に在るわけだから、ま、ちょっとあれな人とは衝突してしまう。だから衝突した人は物理的な衝撃を感るだろ。まあ人によっては突き飛ばされたと思う。自分で躓いただけなんだけどね? だからそこには誰もいない。……在るけど、まあ視えないよね」

「へえっ。……そういうわけ。そおういうことがあるわけえ?」

 ゆっくり、柚真人は頷いた。

 まだ瞳を細めている。

「遺体は……駅のコインロッカー……かな……うん」

 静かに言葉を紡ぐ柚真人の横顔を、和泉は横目でうかがった。

 すでに、少年はその意思で某かの想念の残滓を祓い昇華させようとしているのか、冷ややかで、それでいて穏やかに凪いだなまなざしを注いでいる。

 死者を――祓う。

 皇流神道における柚真人のその行為を、『祓う』と云うが――それは実のところ『示す』ことを意味する。皇の巫は、死せる魂に、逝くべき黄泉路を示すのだ。それを皇神社の裏神事に『死者祓』という。

 この歳若い当主はどうするのであろうかと、和泉はそんなことを思った。

 思いながら、訊く。

「……駅のコインロッカー? そりゃまた唐突だねえ?」

「なぁに。ありがちな話だろう?」

「そりゃあそうだけど。でもさあ、あれは……」

「普通、定期点検する、ってんだろ。だがまあ、在るはずなんだ、遺体の入っているロッカーが」

「……君、そんなハッキリキッパリと」

「理屈を聞かれると説明の仕様がないんだが、……そういうのはわかるんだ」

「……言い切るかい?」

「そいつは愚問だな、和泉」

 皇の『巫』としての言葉で断言して、少年神主は続けた。

「うん。やっぱりあの子供……『そのもの』は駅のロッカー、じゃないかな。

 暗くて……狭い……。あの嬰児の幽霊は、環状線を回る人の環に混ざり込んで、駅と駅を巡っているみたいだけど……」

「ふうん。捨てられた赤子ね……」

「そのようだね。だけど子供が捨てられた場所がどこの、どの場所かまでは……。この環状線はその手のロッカーが多すぎて、雑多な想いが混ざって特定できないけど……駅員に聞けば判ると思うんだよ」

 和泉は、はあっ、と肩を落として溜め息をついた。

「うひゃ、めんどくさっ。それって何。探すならひと駅ひと駅あたるしかないよねえ?」

「まあな」

 即答。

 和泉はさらに肩を落とした。

 そういう作業は好きじゃない。もちろん、好き嫌いの問題じゃないし、別に和泉が直截しなければならない仕事でもない。だが面倒だった。

 この男、公僕という自覚に著しく欠ける、不謹慎極まりない駄目刑事なのである。

「そりゃあ面倒だなあ。場所、特定できないの?」

「おれは千里眼じゃない」

 指摘されて、和泉はしぶしぶ頷いた。

「……ああ……。屍体かあ……」

「当たり前だよ」

 柚真人は頷いた。

「生後、……八、九か月だろうか……。でも、彼……もしくは彼女は、言葉も教わって無いよ。生きることがやっとの食餌をあてがわれていただけで、光を知らず、言語を知らず、この世に在る何一つのことを知らない。その心の中には何もない。ただの虚ろだね……」

 静かに呟き、少年神主は目を伏せた。

「そして捨てられたんだ」

 感情の乏しい声音だった。

 柚真人はしばらくの間、色の宿らぬ瞳でそれを、じっと見ていた。

 和泉には、彼の見ているものはわからない。

 傍目には、混雑するホームで行き交う人を、夕方の景色を、ぼんやりと眺めているようにしか、見えない。

 だが、透明なまなざしで、少年神主はそれを凝視する。

 路を示すために。

 けれども――それからしばしの沈黙の後。

 ふっと、少年の肩から力が抜け――落ちる。



「ああ……まいったな。駄目だ」

 そう、柚真人は呻いたのだ。

「祓うにしてはあまりに空だ、あれは。……放っておいてもそのうち、消えてしまうとは思うが……」

「そうなの?」

「ああ。なんていうか……本当に、なにも無い。ただの生命欲の滓みたいだよ……。死に逝く躯からそれだけが洩れて凝ったみたいな」

 面白いことをいう、と和泉は思った。そういうのって、身体から染み出て洩れたりするものなんだろうか。魂が? それは巨大なアメーバみたいなんだろうか、と、和泉はそんな想像をした。

 少し顎を仰のかせて、柚真人が深く深呼吸する。

 呟きはどこか苦しげだった。

 柚真人の目には見えて和泉には見えないものは、――赤子の魂の凝り。

 ホームを行き交う人の波の中に、蠢くものは、この世に生まれ出で儚く費えていった命。

 喧騒の中、電車がプラットホームに滑り込み、乗客を吐き出し、回収して、またプラットホームを出て行く。

 その喧騒の中を、魂が漂っているという。

 彷徨っていると。

 意思も無く、自身の存在を知ることもなく。

「となると。やっぱり遺骸を直接弔うしかなさそうだな……」

 和泉の口許から、かすかに煙草の灰が、零れて落ちた。

「……ああ、嫌な予感。大至急、とかいわないよねえ?」

「何か言ったかな、公僕殿?」

「うわあ、嫌な感じ」

 和泉がいうと、少年は――苦笑して、小さく肩を揺らしたのだった。

「それ、わかってたでしょう、ご当主? 本当のところは遺体の始末、させたかったんでしょう?」

「勘ぐるねえ」

「……それで、『待ってた』んだ。どっかから依頼が来るのを。探させるのが目的で。『渡りに船』ね、よっく言うよお」

「なるべく丁重にたのむよ」

 はうっ、と奇妙な気合いを吐いて姿勢を正し、和泉は大きく伸びをする。

 電車が、また、ホームに入ってきた。 時間は流れている。生活も流れている。止まること無く。

「じゃ、行こうか。飯の支度、しないとな」

「ああ、可愛い妹ちゃんのね」

「……別段、カワイくはない」

 柚真人は踵を返した。

 何も引きずらないように。

 あとを振り返らずに。



 冷淡であり、そして潔くもある、態度だった。

 彼は、決して振り向かない。

 振り向いて、引きずられるわけにはいかないのだ。感情や意思を、乱すことは許されない。それは尋常なことでは無いはずだったが、皇の巫である以上耐えねばならないことなのだ。

 和泉にとっては所詮他人事だが――。

 ふうん。だんだんらしくなって

 きてるじゃん?

 怜悧な横顔を眺めつつ、和泉は心中にやりとほくそ笑む。

 ――ねえ? 御当主様。

 そう、声に出さずに呟いた。


      ☆


「でもさあ? 屍体ってことはよ。死体遺棄じゃん……」

 唐突に、ぼそりと陵和泉がごちったので、松永刑事は肩を揺らして彼を見返った。

「何か、おっしゃいましたか?」

 本庁から捜査本部設置の命を受けてきたはずの刑事は、窓の外を眺めながら、ぼうっと煙草を吹かしていた。そのだらしないさまといったらない。この人は、顔を合わせてからいまのいままでで煙草をくわえていないときがない、と松永は思った。

 返事がないので、それ以上は声を掛けないことにする。捜査本部、などという物々しい看板を立ててはみたものの、この本庁の刑事は、まったく仕事をする気配を見せなかった。月曜日の今日も、出てきたと思ったら駅売りのスポーツ新聞をばっさと広げ、缶コーヒーを啜りながら煙草を吹かし、だらだらだらだらしているだけなのだ。

 一体、何を考えているのだろう――というよりそれは、松永が想像していたのとはだいぶん違う、いわゆる『上級国家公務員』の姿であった。

 他方の和泉はといえば、その頭の中では、まったくもってろくでもない思考がそれはもうぐるぐると凄まじい勢いで渦を巻いていたのだ。



 ――死体遺棄っつったらよ。まず検死っしょ。ね。それから容疑者を探す。

 聞き込みで歩き回る。そして令状請求。逮捕。事情聴取に供述録取。そおいう事件になると上も他も首突っ込んでくるよねえ。これでよ? 被疑者が中学生とか、高校生とかだとまた洒落になんないしよう。書類書き、書類書き、書類書き。マスコミ対策。うわっ、うっざあ……。

 はうっ、と煙を吐きだす。

 表面上は何も考えてないようにしか見えない表情で、ふむ、と唸る。

 ――そいういう怪しげなコインロッカーなんてさ、わざわざ俺が関わらなくてもよ? そのうち噂になって。どっかの馬鹿がこじ開けるって。そしたら所轄に話がいって、そっから本店に話がいって、有能な誰かが将来のために御指名を受けるってことになるよねん?

 日差しがほんのりと暖かい。

 こういう日に、勤勉に仕事に勤しむのは、陵和泉の生活信条に著しく合致しない。

 ――だいたい、誰も期待しないよねえ。俺がまじめに仕事するなんてねえ。

 期待されてもイヤだけどもよ。逆によけえなことすんなとかいわれちゃったりして。ひゃあ、やだやだ。

 夏と春との境目の、柔らかくも力強くもある日を浴びながら、和泉はそうして答えを出した。

「……いっか」

 それが、結論。

「いいよね。いいわ。もお、やめやめ。やめた!」

「……はい?」

「撤収撤収!」

「え? ちょっと、あの、陵さん――」

 自分の中で勝手に決定を下した和泉は、もはや松永刑事の声など聞く気すらないようだった。

 ばさっと新聞を放り投げて、やおら立ち上がる。

「俺、帰るわ。捜査本部、解散ね?」

「かっ、……帰るって……」

「後片付け、よろしく頼むわ。じゃ」

「じゃ……って……ちょっと……えええ!?」



 取り残された刑事が、ただ呆然と、口を開けてその後ろ姿を見送るしかなかったのは、いうまでもないことである。


      ☆


 ――月曜日。

 部活を終えて帰宅すると、妹が居間でテレビを見ていた。夕方のニュース番組だった。

「……ただいま」

 制服のまま、廊下から居間を覗き込む。

 司は、というと、ちらりと柚真人を見やって、うん、などと言った。

 少しだけ、柚真人はその顔色をうかがい見た。

 昨日の夕方までは、食欲が無いだの、体がだるいだのといっていた司だけれど、具合はすっかりいいようだ。

 ちょっとばかり安堵した気持ちで、それと悟られぬよう、嘆息。

「……今日は、大丈夫そうか?」

 司は、また、軽くうん、と頷いた。

「そっか」



 彼女の身体を侵す障りが正真正銘の『巫女』としての資質によるものだということを、彼女は強行に拒否して、受け入れようとしない。

 だから、柚真人は何も言わなかった。

 ――病弱なわけではないが、多少風邪をひいたり熱を出したりはしやすい体質なのだ――と、本人は納得しようとしている。だから、そういうことにしておいている。

 それは、自己欺瞞や現実逃避との謗りを受ける行為かもしれない。皇家にその血を受け継ぎ生まれた以上、自ら認めねばならないことかもしれない。けれど、司が拒むなら、それを強要するつもりはない。強いれば精神の負担になる。いらぬ苦痛と恐怖を強いる。

 柚真人にとっては、そちらのほうがよほど問題だ。

 今回のことだって、大した障りにはならないだろうと思わなければ、放っておいたりはしなかった。その見極めは、しているつもりだ。もし司に深刻な状況が想定されたなら、商売金銭云々以前の問題で躊躇なく障害を片付けただろう。

 この皇の社は、自分が守ればすむこと。

 そう、心得ている。

 とはいえ和泉が生真面目に仕事をするであろう何てことを、柚真人は微塵も期待していなかったので、昨夜のうちに、幾許か簡単な処理を施した。

 ――何のことはない。

 いささかばかりの塩と神符を、司の通学鞄に仕込んだのだ。

 柚真人は何も訊かなかったし、妹も何も言わなかったけれど、様子で効果が確認できた。

 あの嬰児が発見されて、弔いを受け、魂の残滓が空気になってしまう頃合を見計らって、護符を処分することにしよう。もちろん、妹には内緒の話。



「……何。そんなとこに突っ立って?」

 怪訝そうに、妹が言う。

「なんでも。……なんでもないよ」

 柚真人は、困ったように、小さく笑った。

「別に、なんでも」

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