第20話

 孤児院に帰って、調理室へとやってきた。そこではアーラさんと子供達が集まってかちゃかちゃと食器やら調理器具やらを準備していた。

 包丁は危なくないかなと思ったけど、矢を放って木がボーンするんだから包丁くらいなんてことないのかもしれないと思い直した。

 多分ここにいる子供の何人かは素手でたやすく僕を殺せるし、アーラさんに至っては指パッチンするだけで瞬殺できそうだ。

 

「なにを作るんですか?」


「ハンバーグですよ。わかります?こう肉をぐちゃぐちゃとミンチにしてから楕円型に丸めて焼くものなのですが……。」

「あ、よく知ってます。」


 アーラさんの言葉で、この世界でいわゆる現代の料理知識で無双するのは無理そうだった。

 そもそも料理に詳しいわけじゃないし。僕が覚えてるようなごく簡単な料理なんて、この世界にも全部似たようなものがありそうだ。

 そんな中途半端な知識で無双しようなんてさすがに虫が良すぎる話だろう。

 周りの調理器具も結構ハイテクっぽいし。


「それは話が早いですね。じゃあこれを着てください。」


 そう言ってアーラさんが渡してきたのは白衣とマスクのようなものだった。


 マスクの方は口の前に持っていくとひとりでにカチッと口と鼻を覆った。すげぇ、自動装着だ。


残念? なことに白衣は自動装着ではないらしく、白衣を羽織って、ゴムヒモで固定するタイプの、いわゆる衛星帽子の中に髪を入れた。


「皆さんちゃんと手洗いはしましたか?」


アーラさんが呼びかけると「はーい」「とーぜん!」と声が帰ってくる。

 しっかりしてるんだと思いながら僕も水道で手を念入りに洗った。


 水道っぽいのもあれば、火を出すコンロのようなものもある。いわゆる魔道具というやつなのだろう。使い方は特に難しくないのですぐに順応することができた。


とりあえず、ひき肉と卵とパン粉等を混ぜませする役目をもらったので、手でにぎにぎとハンバーグのたねを捏ねていく。

 僕の左右では同じように2人の子供がボウルの中でひき肉を捏ねていた。


 それになんと右隣はあの目隠れ褐色幼女のサーニャちゃんなのだ!

 そして帽子の中に髪を入れていることによって、隠れていたお目目が今はさらけ出されているのだ。神の粋な計らないである。透き通った緑色の瞳をしていた。

 ちなみに右隣は男だった。以上。


「……あ、あのっ。な、何ですか?」


 うんしょうんしょと一生懸命ひき肉を捏ねる姿を見ていたら、逆に声を掛けられてしまった。しまった。ついつい見入ってしまったか。


「いや、色んなことを魔法や魔道具? でやってるのにこういう作業は手作業なんだなって。」


 見入ってましたなんて言って警戒されるのも嫌だったのでそんなことを咄嗟に口に出していた。しかし疑問に思っていることは本当だから、嘘は言ってない。


「えっと。魔法はそこまで万能じゃない、ですよ? わ、私はあんまり上手く使えないし、細かい作業とかは、特に難しい、から。魔法上手なの、アミティちゃんぐらいだし……。」


 彼女は僕の視線から逃れるように目を泳がせてもじもじとしている。目を合わせるのが苦手なんだろうか。しかし恥ずかしそうにしながらもひき肉を捏ねる手は止まっていないのは賞賛に値するだろう。器用なものである。

 自分の手が止まっていたことに気づいて、僕もひき肉を再び捏ね始めた。


「へー、アミティちゃんって凄かったんだ。」


「うん。身体能力の強化魔法が得意だから、いっつもすごい速いの。でも遊ぶときも魔法使うから、ちょっとずるい。」


そう言ってサーニャちゃんは口を尖らせた。


 確かにあの速さで鬼ごっこでもしたら捕まえられないよなぁ。鬼役だったら開始1分で全員捕まっちゃいそうだし。


 それにしても、魔法はなんでもかんでもどうにかできるというわけでもないらしい。そして誰でもかれでも使えるものでもないらしい。

 魔法が使えないどころか魔素がないらしい身としてはちょっと安心してしまった。


いけないいけない。不便さを知って安心してしまうとは男の器が小さいことこの上ないじゃないか。

 

 魔法で出来ないことがあるからと言って、僕にできることが増えたわけではないのだから、魔法が万能じゃないことを喜ぶなど良くないだろう。

 それはつまりこの世界の人々の不幸を喜んでいるようなものじゃないか。


 こんな心構えで立派なヒモになどなどなれるものかと、僕は弱い自分の心に喝を入れた。


「そっか。じゃあたまにはアミティちゃんが魔法で勝てないような遊びで挑むといいかもね。」


「んー。ボードゲームなら勝てるかもだけど、アミティちゃんルールとか覚えるの苦手だから……。」


サーニャちゃんはうーんと眉間にしわを寄せて悩み出してしまった。


「そうなんだ……。」


ああ、ひょっとしてアミティちゃんはちょっと頭が残念なことにだったりするのだろうか。しかし彼女はまだ幼女。きっとこれから賢くてなっていくに違いない幼女の可能性は無限大なのだ。それにあのアーラさんが育てているのだし。うん。大丈夫だ。


「そうだ。じゃあ今度僕にそのボードゲームのルールを教えてくれないかな。そしたら僕がアミティちゃんにボードゲームのルールを教えてみるよ。一度覚えちゃえばなかなか忘れちゃわないだろうし。」


「ほ、ほんと?」


サーニャちゃんはその提案がよほど嬉しかったのか、僕の手を握ってきた。ひき肉塗れの手で。無論僕の手もひき肉塗れなのでなんの問題もない。幼女の柔らかく暖かい手に触れられて役得である。


「うん。ホントだよ。」


「ボードゲームやる人私以外であんまし居ないから嬉しい。約束、約束だよ?」


と言って僕を上目づかいで見上げてきた。破壊力がすごい。可愛さが爆発しているようだ。


「うん。約束しただよ。今はとりあえずハンバーグ作りしよっか。」


僕の手を握ったまま離す気配のないサーニャちゃんにそう笑いかけると、サーニャちゃんはバッと手を放す。


「ご、ごめんなさい」


と震えた声で下を向いたまま、コネ終わったひき肉を丸め出した。


「ううん。僕も話ができて楽しかったよ。なんせ無知だからね。ボードゲームがあることも今しったわけだし、どんなゲームか楽しみだよ。」


「わ、私も楽しみ! ………だよ。」


そう言いながらサーニャちゃんはフッフッフとぎこちなく笑った。




出来上がった料理が食卓に並んでいる。子供達はまだかまだかと席につきながら体を揺らして待っていた。ヨダレを垂らしている子もいる。


「では皆さん席につきましたね。合掌!」



 アーラさんの声に、待ってましたと言わんばかりにバラバラに力強い拍手の音が鳴り響き、皆んな競うようにして料理にがっつき始めた。

パン、ハンバーグ、よく分からない物体(多分野菜)が入ったスープとサラダというのが今日のメニューだ。うん。未知の食材が多いなぁ。今思えばハンバーグも何のひき肉を使っているのか聴いてないな。

皆んながこんなにがっついてるんだから   

 大丈夫だろうとハンバーグを口にすると、口内でぶわぁっと肉汁が爆発した。うめぇ。食べたことのない肉だがとにかくうまい。それしか言えない。溢れんばかりの脂はくどさを感じさせず、むしろ旨味の塊である。噛み締めれば噛みしめるほどその肉の旨味が口内に広がっていく。

周囲でもハンバーグを食べた子達から「うめー」とか「おいしー」という言葉が発せられる。何も言わない子も、そのがっつき具合から言葉にせずとも味の感想はうかがえた。

 サラダにもフォークを伸ばす。上には見覚えのある少し黄色がかった白いドレッシングがかかっていた。ムシャリと食べてみる。うん。やっぱりマヨネーズである。みずみずしい未知の野菜達と食べ慣れたドレッシングの味。


 異世界モノだとマヨネーズやらを作って料理に革命を起こして地球の知識で料理無双ってものがあるけれど、この世界じゃ無理そうだ。だって料理めちゃくちゃ美味いし。ハンバーグやマヨネーズやらちゃんとあるし。


 アーラさんに聴いたら米もあるらしい。明日はパンじゃなく米にしてみますかって聞かれたので。お願いしますと手を握って感謝した。


 料理無双するにはこの世界の料理は美味すぎる。僕の料理知識もさほどないし。


 しかし無双など出来なくとも、それがハンバーグという地球にもこの世界にもありふれた料理であっても、食べた皆んなは美味しいと笑顔になってくれる。特別なものが作れなくとも、僕はそれだけで良いと思った。



 






 










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