第18話
やっぱり命が失われる瞬間って堪えるものがある。特に人型のものだと余計にそう感じる。
ぼくは目の前で、逆さ吊りにされ、首を掻っ切られて死んでいくオークさんを見てそう思った。
ことの次第は、肉を貰いにいくというアーラさんとアミティちゃんについていったことから始まった。
「お肉ってあれですか。オーク肉とかビックスパイダーの肉とかそういう系の。」
「今日はオーク肉ですね。」
僕はビックスパイダーの肉ではなかったことに内心ホッとした。美味しいかもしれないけど、虫に忌避感のある一般的日本人としては抵抗のある食材だ。どうやって食べるんだろう?カニみたいな感じで食べるんだろうか?
「やったー!!やっぱりオークさんのお肉が1番だよ。変態さんも美味しすぎてビックリしちゃうと思うよ。」
アミティちゃんはオーク肉と聴いて、テンションを一段階上げた。
「魔物の肉って食べたことないから楽しみだよ。ちょっと怖いけどね。」
何せ魔物だ。オークといえば人型の豚というイメージが強い。人型だったものを食べるというのはなかなかにショッキングなことだ。
アミティちゃんの笑顔をみるにこの世界ではメジャーな食材のようなので、受け入れていかねばならないのだろうけど。
気分的には猿を食うようなもんだろう。美味いなら大丈夫。美味いなら大丈夫。僕は心の中で繰り返し呟いた。
「ここですね。」
案内された場所は、四方向を高い壁で囲まれた飼育施設のようだった。なかでは人型の体に豚の香りを持つ想像通りのオークが何匹も暮らしている。
「これって襲われたりしないですか?大丈夫ですか?」
ずっしりとした体のオークを身近で見て、その迫力に気後れした僕はアーラさんに尋ねた。
「飼育されてるオークは生まれた時から人の手で育っていますから、滅多なことをしない限りは人を警戒しませんよ。もしものことがあっても私が対処可能ですので安心していてください。」
アーラさんが優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。わたしが守ってあげるからねー。」
アミティちゃんもふふんと自慢げに胸を張る。
「アミティはダメですよ。魔法の扱いもまだヘナチョコなんですから。」
アーラさんがアミティちゃんの頭をぽこんと軽く小突いた。
そうだった。この世界は魔法で大体なんとかなるのだった。きっとオークもなんとかなるのだろう。
しかしオークが家畜扱いとは、人間は本当に末恐ろしいものだ。
さすが食物連鎖のピラミッドを外から眺めて崩壊させていく側なだけはある。
「すいませーん。お肉を貰いにきました!」
アーラさんが大声を出すとオークの中からひょこりと人間のおじさんが出てきて、こちらに駆け寄ってきた。
「あーシスターさん。いつも通り一頭分で良いのかい?」
「はい。お願いします。いつもありがとうございます。」
「いえいえ!俺もシスターさんには読み書きから計算まで教わったんですからこれくらい当たり前ですよ。」
いい歳をした中年男性が、10代の女性にデレデレと顔を緩ませている。見ててあまり気持ちのいい光景じゃない。
その証拠にアミティちゃんも鼻の下を伸ばすおじさんを「うわぁ」と冷めた瞳で見ていた。
「変態さんはあんな大人になっちゃダメだからね?」
「うん。そうだね。気をつけるよ。」
僕はアミティちゃんと触れ合う時にこんな顔をしないように肝に命じた。
「じゃあ早速一匹潰しますわ。」
「ちょっと待ってください。少々見学してもよろしいですか?こちらのタローさんと一緒に。」
「ああ。彼が新しい……。なるほど、通過儀式ですか。」
おじさんは僕を見て納得したように頷いた。
僕は急な名指しに驚きながら僕はアーラさんを見た。
「いえ。この村のルールのようなものがあるんですよ。それをやってもらうだけです。」
よく分からなかったが、新参者としてここはアーラさんに従っておくことにした。
「わたしはー?」
「そうですねぇ。アミティは少し一人で遊んでいてくれますか?」
「はーい。」
アミティちゃんは渋々といった様子で、つまらなそうに地面を蹴った。
連れていかれたのはまた別の部屋だった。そして、目の前には逆さ吊りになったオークがいて、冒頭に戻る。
正直吐き気が込み上げて来ていた。
その後もオークが肉になっていく様をずっと見せつけられた。というのも、アーラさんが目をそらす事を許してくれなかったのである。
僕は度々えずいて、アーラさんは背中をさすってくれた。
そしてオークは完全に肉になった。
「この村の子たちはみんなこの光景をかならず見ます。」
アーラさんは僕の背を撫でながら話した。
あれか。いわゆる情操教育のようなものだろうか。
「命の大切さというやつでしょうか?」
「いえ。そうではなく、このような仕事を引き受けている人々がいて世の中は成り立っているのだということを教える為です。
生き物を肉にするという事、人型のものは特に精神を揺さぶってきますからね。それをやってくれてる人がいるという事を教えるんです。如何でしたか?」
「少なくとも慣れるのは何年も掛かりそうですね。」
「俺は慣れるのに30年もかかっちまったよ。最初の2年はずっと吐きっぱなしだった。多少えずいたが一度も吐かなかったお前はえらいもんだ。」
そう言っておじさんが笑った。そうか。別に平気な人がやってるわけではなく、必要だからやっているんだ。きっと皆んなの為にやっているんだろう。
「私はタローさんには好きな事をしてほしいと思いますけど、皆んなの為にこういう仕事をしている人がいるということを覚えておいてくださいね。
まぁ子供達も最初の時は寝込みますからね、よく耐えましたね。」
アーラさんは僕の背中をタンタンと叩いて、手を背中から離した。
「まぁ最初は俺も嫌だったけど、今じゃ誇りだよ。俺の肉を皆んながくってくれるんだからな。」
おじさんの笑みを見て、僕も誰かの為になることがしたいと思った。
まだ特には見つかっていないけど。
焦ることはないと言ってもらってはいるものの、見つけられるのは一体いつになるのだろうか。
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