第16話

 アーラさんに色々と案内をしてもらい、僕らはまた例の孤児院に戻ってきた。

 まだ時々喉の奥から薬のなんともいえない匂いがたまに上ってくる。


 中に入ると足早に遊びに出かけていた子供達が戻って来ていて、アミティちゃんも椅子に座って退屈そうに足をパタパタとリズミカルに動かしていた。


「私はこれから食事の仕込みがあるのですが、もし宜しければタローさんはアミティと遊んでやってくれませんか?」


 「ええもちろん!」


しかしアミティちゃんは先程まで遊んでいたらしいので疲れているのではないだろうか。


「大丈夫です。実は獣人は人族より体力が多く、特に子供の時は獣の本能も強めですので。

むしろ周りの子供達と遊んだ後も彼女だけ不完全燃焼気味と言いますか……。」


エスパーアーラさんは当然のごとく僕の心を読んできた。

 いい加減慣れてきたので口に出さなくても言いたいことが伝わるとポジティブに考えればこれほど便利なものもない。


「なるほどそういうことなら任せてください。」


「そうですか。ありがとうございます。ではこれをどうぞ。」


アーラさんに渡されたのは木製の円盤えんばんだった。もっと言うならフリスビーだ。


「いや。これはちょっと流石に……。」


アミティちゃんは獣人とはいえ動物じゃないんだから。ドン引きである。


「あー。さっきも言った通り幼い頃の獣人は獣の本能が強いので、動物が喜ぶような遊びがドンピシャでハマったりするんです。アミティのマイブームはそれです。」


マジか。幼女に取ってこい!って言ってフリスビーで遊ぶと?それをアミティちゃんが取ってきて僕に渡してくれると?

最高かよ!


「お嬢ちゃーん!僕とこれ使って遊びに行かない?」


 僕の方を向いたアミティちゃんにフリスビーを投げるような手振りをすると、彼女はぶすーっとした仏頂面を瞬く間にパァと輝かせて僕の方に走ってきた。


「いこ!いこ!変態さん早くいこ!」


アミティちゃんはその場で軽やかに足踏みをしながら服の袖を引っ張って揺すぶる。


あー。癒される。力が想像以上の強さで揺さぶられる僕がガクガクと揺れたがそんなことは些細なことだ。可愛ければ全て許せる。というかむしろご褒美だ。

 遊ぶのが楽しみすぎてお願いの力加減が出来ないとか可愛すぎるだろう。


 手を振るアーラさんに見送られて、僕はアミティちゃんに揺さぶれたまま外に出て、そのまま拓けた場所まで移動した。



「いくよー」と声をかけてフリスビーを思いっきり遠くへと投げる。

 フリスビーは地面と平行にスーっとまっすぐに飛んでいった。

ナイススローだ。


 小学校時代、フリスビーをボールの代わりに使ったドッチボールで伊達に狙った的を外さないことに定評のある田中君と言われていただけのことはある。


 ビュンと風を起こしてアミティちゃんが凄まじい速さで四足歩行をして疾走していった。みるみるうちにフリスビーに追いついて、ジャンプして口でフリスビーをキャッチしてシュタッと華麗かれいな着地を決めた。

 おー。と僕がその一連の美しい流れに見惚れていると、アミティちゃんはフリスビーをくわえたまま戻ってきた。


「もガァー」


彼女は喋ろうとして、口にフリスビーを咥えたままのことを思い出したらしく、フリスビーを手に移した。


「変態さんすごーい!他の人が投げると横に飛んだりあんまり飛ばなかったりするのに投げるのすごい上手!楽しかった!」


「もっかい!もっかい!」と興奮したように顔を上気させて、僕の方にフリスビーを押し付けてくる。


「ありがとう。でもアミティちゃんを凄かったよー。あんまり綺麗な走りとキャッチだったから見惚れちゃったよ。僕の方がまた見せて貰いたいくらいだよ。」


アミティちゃんは「えへへ~」と破顔して体をよじらせる。

 アミティちゃんへフリスビーを一回投げられる券でも作れば、瞬く間にバカ売れするだろう。なんてったって僕が買い占める。


「いくよー。ほい。」


僕はもう一度フリスビーを投げた1回目よりも山なりに速く。そしてそれでもアミティちゃんは上手にフリスビーをキャッチした。

 遠くから僕にぶんぶんと手を振ってくれる。

 それから日が暮れるまで僕はアミティちゃんと遊び倒した。最後の頃には僕は何度もフリスビーを投げてヘトヘトになっていた。

 アミティちゃんは嬉しそうに僕と繋いだ手をブランコみたいにぶんぶんと元気よく振り回している。

 僕の体力がゴミなのか、むしろ遊ぶ前より元気溌剌げんきはつらつなアミティちゃんが凄いのか判断が難しいところである


「あー満足したぁ!こんなにフリスビー投げるのが上手いの変態さんが初めてだよぉ!

絶対また遊んでね?絶対だよ!?」


 先程から何度も念入りに確認してくるアミティちゃんに、僕も「うん。うん。」と何度も答える。

 体はヘトヘトでも心は驚くほどに満たされていた。自然と口角が上がってくる。

 今日ほど自分がフリスビーを上手に投げられることを神に感謝した日はないだろう。

 

 神様、僕にこんなステキな才能をくれてありがとうございます。

僕は前の世界の女神様を思い浮かべてお祈りした。

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