第13話


 「まずはその質問に答える前に、これを見てください。」


 アーラさんはそう言って懐から掌ぐらいの一枚の厚めのカードを取り出した。


「これがお金です。」


は?現代っ子の僕はあのカードが通貨じゃ厚いはデカイわで使いずらそうだと感じてしまった。


「そんなものを何枚も持ち歩くんですか?」


薄いお札を知らない子供たちも、あんなものを何枚も持ち歩くのは面倒くさいと感じていることが顔に出ていた。


「いえ。少しわかりにくかったですね。お金はこの中に入っているポイントです。よく見てください。右上のところに10万と描かれてますよね?これが今このカードに入っているお金です。」


まさかのクレジットカードだった。現金ないのかよ。


「そのポインド?があったら何かいいことでもあるんですか?」


レティちゃんがカードを指差す。


「チャージされているお金で買い物ができます。」


「私が言いたいのはそう言うことじゃなくて。えーと……。」


 レティさんはアーラさんの解答が不満だったらしく、追求しようとするが言葉が出てこない様子だ。


「レティ。あなたはこんな形もないポイントなどに何故価値があるのか。と聴きたいのですね?」


「それですお母さん!」


「レティ。授業するときは先生と呼んでくださいと言ったでしょう?」


「あ、ごめんなさいお母……先生。」


 モヤモヤが取れた喜びからか、バンッと机を叩いたレティちゃんがしおらしくなる。


 それよりもさっきの会話、レティちゃんのお母さんもアーラさんということだろうか。


 じゃあ此処にいる子供全員?

 いやいや流石にあの若さでこの人数はないだろう。高校生ぐらいの子が混じってるし。

 

 ひょっとしたら彼女は身寄りのない子供を引き取ったりしているんじゃないかと当たりをつけてみた。

 元の世界では赤ん坊を教会の前に捨てることもあると聴いたことがある。

 今度聴いてみよう。孤児院のようなものなら新たなる幼女とこれから出会えるかもしれないし。


 「レティ。このカードの入っているポイントを使えば、都市部でなら肉でもお酒でも、香辛料でも交換してもらえます。

でもこのポイント自体に価値があるかと言われれば、ありません。」


「え?じゃあ何でそんなものを食べ物なんかと交換してくれるんですか?」


 レティちゃんは、最初にした質問と同じような疑問を再び口にした。話がループしたのだ。


「それは、皆んなでそう決めたからです。」


「皆んなで決めたから?」


「そうです。お金は誰にでも同価値で無くてはならない。けどそんなものはありません。


 だから皆んなでこのポイントが1ポイントあれば芋を一つ買える。このポイントが5ポイントあれば……と決めたんです。


 皆んなで何の価値もないただの数字でしかない「ポイント」というものに価値があるということにしたんです。」


はー。なるほど。そういえばお金の話で信用なんちゃらっていうのを元の世界で聴いたことがある気がする。でもそうなると……「何でそんなことをするんですか?」


レティちゃんが僕の聴きたかったことをピンポイントで聴いてきてくれた。

 何も価値のないものに無理やり価値を持たせるとちう意味がよくわからなかった。


「物々交換は売買だと不便なんです。相手の欲しいものと自分の欲しいものが噛み合った時にしか取引が成立しないんです。


そうですね。例え話をしましょう。

この中にウサギの肉が好きな人はいますか?」


アーラさんの問いに3名ほどの手が挙がった。レティちゃんも手を挙げている。

 レティちゃんの好きなお肉はウサギ肉。ウサギ肉ウサギ肉ウサギ肉。僕は忘れないように何度も繰り返した。


「じゃあオークのお肉が好きだという人は?」


4人の手が挙がる。ていうかオークいるのかよ。アミティちゃんと、もう1人金髪がキラキラしている幼女もピンと手を挙げていた。オーク肉オーク肉オーク肉。僕はまた繰り返す。

 幼女以外に関する記憶なんて消えてもいいからこの情報を頭の中に入れてくれ。


「じゃあ最後にビックスパイダーの肉が好き。という人は?」


誰も手を挙げなかった。まぁ字面からして蜘蛛だし。気持ちは分からないでもない。

 いや、なんだかそわそわとして掌を少しだけ上に向けている子がいた。3人目の幼女だ。


 前髪で目が隠れていいて、肌が褐色なのもあって表情や顔を赤らめているかは分からないが、仕草からどうも恥ずかしがっているように見える。


「サーニャ。あなたがビックスパイダーが好きなことは皆んな知ってますし恥ずかしがらなくても良いんですよ?私も好きなんですから。」


 アーラさんにそう言われて、サーニャちゃんはコクリと小さく頷くと心なしかさっきより数センチぐらい手を机から浮かした気がする。

 アーラさんはその様子にくすりと微笑んだ。


「頑張りましたね。ありがとう。もう下げてもいいですよ。」


またコクリと頭を振ってアーニャちゃんは手を下げた。


「ではレティ。あなたは今大好きなウサギ肉を沢山持っています。沢山食べましたがまだ余っていて、このままではウサギ肉に飽きそうです。


 そこにビックスパイダーの肉をあげるから同じ量のウサギ肉と交換してくれと言ってきた人が居たとします。あなたは交換しますか?」


「嫌です!絶対嫌!私あの魔物もお肉も嫌い!無理!」


レテちゃんが叫ぶようにかん高い声を出すと、ビクッとアーニャちゃんの体が跳ねた。

 いや君のことを嫌いって言われたんじゃないからね。


「そうですか。あまり嫌いなものを作ってはいけませんが……じゃあオーク肉はどうです。」


アーラさんは完全拒否のレティちゃんに流石に苦笑いだ。


「それでも……やっぱりまだウサギさん食べたいと思います。私はどれだけウサギさん食べても飽きません。」


 しばらく悩んだ後の、幼女のウサギさん食べたい宣言。なんだかシュールである。

 アーラさんは「比較するのを野菜にした方がよかったですかね……。」と小さく呟いた。


「んん。

 物々交換で欲しい物を手に入れようとするということはそういう事なんです。

あなたはウサギ肉が食べたい。けどオーク肉はそこまで食べたくなくて、ビックスパイダーのお肉に至っては食べたくもない。


 アミティ。あなたがレティのウサギ肉を自分のオーク肉と交換するとして、オーク肉なんてあんまり美味しくないから、沢山のオーク肉とちょっとのウサギ肉となら交換してあげると言われたらどうですか?」


「絶対ヤ!」


アミティちゃんは即答した。若干怒っているようにも感じる。

 そんなにオーク肉が大好きなのか。


「サーニャ。あなたの好きなビックスパイダーのお肉では、どんなお肉や野菜も交換してやらないと言われました。どうですか?」


「……その……困り、ます。」


蚊の鳴くような声が辛うじて僕の耳に聴こえた。

 彼女の声をしっかりと聴ける日は来るのだろうか?

 彼女の眼を見ることと合わせて今後の目標にしておこう。


「そうですね。それは対等な取引とは言えません。

 同じ肉という商品が、相手の価値観、自分の価値観によって価値を大きく変動させてしまいます。そこでお金というものが生まれたんです。


 レティ、あなたの持つウサギ肉が余っていて、それを5ポイントで買いたいという人が来ました。


 この5ポイントがあると今から売るお肉と同じ量のウサギ肉を後で買うこともできるし、ほかのお肉や野菜だって買うことができます。交換しますか?」


「それなら……売ってもいいかもしれません。」


「つまりはそういうことなんです。

 誰にでも必要とされ、誰にでも平等に価値を持つもの。そんな概念が取引には必要だったんです。しかしそんなものはありません。


 だから皆んなでお金に対して「1ポイントあたりこれくらいの価値があることしよう。」と定めたのです。


 これがお金が出来た理由です。

わかりましたか?」


「はい!」


レティちゃんが力強く頷いた。他の子供達もコクコク頷いている。僕も頷いた。


「まぁこんなただの数字に価値を見出せないので私たちの村では使っていませんが。」


今までの話を全部台無しにするようなことを吐き捨てて、アーラさんは教卓の上にポイっとカード投げ捨てた。おい。

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