人形の祈り

羽間慧

第1話

「急遽、会議を開いたのには理由がある」


 そう言ったのは、愛らしいクマの縫いぐるみだ。やけに神妙な顔で言うものだから、俺は笑いを堪えるのに必死になる。

 今は夕食時で、子供部屋に誰もいない時間帯だ。玩具が人間に隠れて会議を開くには、絶好の機会だった。

 クマの通り名は長老だ。イギリスで作られたヴィンテージという肩書きに、誇りを持っている。

 長老は皆の視線が集まったことを確認すると、厳かな声を出して本題に入った。


「明日の朝から、新年を迎えるための大掃除が始まる。何か手を打たなければ、我々の仲間はあの悪魔によって全滅するだろう」


 悪魔。

 その言葉に俺はピンとくる。静かに耳を傾けていた聴衆は、顔を見合わせたり頭を抱えたりした。


「そう、あのちびだ」


 俺がこの家に越してきたのは去年の冬だが、あのちびとは嫌な思い出しかない。過酷な労働を課せられたおかげで、ろくに休みがもらえなかった。その上、お気に入りのブーツをボロボロにさせたまま、クリスマスを越すことになった。立派に飾り付けられたツリーを横目に、みじめな思いをしたことは忘れない。


 長老も怒りをあらわにする。


「私を薄汚いと罵り、あるものは糸のほつれについて言及し、またあるものは子供っぽいという安直な理由でごみ箱に捨てようとした。……だが」


 長老は言葉を切ると、天を仰いだ。その表情は歓喜に染められている。


「ありがたいことが起きた。母親の注意、それからあのお方の視線で、あいつは思いとどまったのだ」


 どこからともなく拍手が湧いた。

 あのお方。名前だけは聞いたことがある。この家に古くから滞在するお局様だ。


「今まではうまくやりきったが、今度は一筋縄ではいかない。あのお方はひどくお疲れの様子だ。誰か、若い者が話し相手になってもらいたい」


 若い者という言葉に、皆が一斉にある方向を見た。

 それは俺だった。犬や猫、兎の縫いぐるみはキラキラとした瞳を向けている。


「ニック。お前さんは、ちびから二日間放置されている。あのお方がおられる場所に行ったまま家の者に見つかっても、怪しまれることがない。あのちびは忘れっぽいからな」


 長老は俺に希望を託した。ここに集うもの全てをごみ箱行きにさせないために、あのお方の話し相手を頼むと。

 俺は二つ返事で承諾すると、教えてもらったあのお方の居場所に赴いた。

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