ふるさとのヴィーシャ
@0guma
本編
旧大陸のヴィーシャ
第1話 ヴィーシャ、故郷に帰る
戦争が終わって故郷の町に帰ったら、家が無くなっていた。
「えー⁉」
実家だけではない。隣近所の家々がみんな壊れて倒壊していた。
地震? そんなわけない。恐らく空爆だろうが……この辺りには軍事的な施設は何もなかったはずで、誤爆か何かだろうか。
とにかく懐かしの我が家があった辺りに駆け寄ると、積み上がった瓦礫に足を取られそうになる。誰も後始末をしていないようで、もしかして、と最悪の想像に心が冷たくなる。
元屋根の上に登って必死に瓦礫をかき分けていたら、下の方から声をかけられた。
「あら、誰かと思ったら、もしかしてヴィーシャ?」
声の主を探すと、亡命してきたヴィーシャ一家を受け入れてくれた叔母が、小さな乳母車を押した姿でヴィーシャの方を見上げていた。
「叔母さん!」
驚いて屋根から飛び降りて駆け寄る。記憶の中の姿より歳を取って、頭を覆うスカーフの下の髪にも、白いものが混じっていた。あんなお洒落だった叔母さんが……。
「無事だったの?」
「貴女こそ! 軍隊に行ってから連絡も途切れ途切れだったから、心配していたのよ!」
「私は大丈夫! 良い上司に恵まれて、安全な所で戦ってたの!」
ちょっと機密が多くて書けることが少なかっただけで。
「そうかい…それは良かったわねぇ」
目尻に涙を浮かべた叔母が抱きついてくる。ヴィーシャも抱きつき返して、恐る恐る尋ねる。
「それで、その、お母さんとお父さん…あと、叔父さんは?」
「……姉さんは無事よ。一緒に郊外のバラックに避難してるわ」
男たちは…と声を詰まらせたあと、しんみりと語った。
「市民防衛軍とかいうのに取られちゃってねぇ。それっきり、何の連絡もないの」
大戦末期、下は一五歳から上は六〇歳まで、根こそぎ動員の果てに編成された市民部隊については、ヴィーシャも多少は聞き知っていた。彼女の上官などは、「人的資源の浪費、ここに極まれりだ」と吐き捨てていた。
それがどのような結末を辿ったのか、朧気に察してはいたが、ヴィーシャは殊更に気楽な声を出して励ました。
「大丈夫よ、きっと。私、軍には少し伝手があるから、今度調べてみるよ」
「そうかい、ありがとうね」
恐らく彼女も薄々は察しているだろうが、今は希望にすがる時だと思ったようだ。
「それで、今は何をしてるの?」
「ああ、家を掘り返して、缶詰でも見つけられないかと思ってね。なにしろ、配給も滞りがちで……」
敗戦の混乱はあちこちに波及していた。鉄道物流が停滞していて、食料輸送がままならない様子なのは、ヴィーシャもここに来るまでの移動で気づいていた。聞けば母は配給の列に並んでいるらしい。
「ちょっと待ってね! 私手伝うよ」
放り捨てていた背囊の所に取って返し、愛用の得物を引っ摑む。
「台所は、この辺だっけ」
昔の記憶のままなら、台所の床下収納に、缶詰類が保管されていた筈だ。
「ヴィーシャ、一人で大丈夫かい?」
「任せてよ! こう見えて軍隊仕込みなんだから」
シャベルの先に魔導刃を発現させると、えいやっと振り下ろし、屋根板や梁材をどんどん切断していく。
そんなヴィーシャの様子に叔母が呆れ顏になる。
「あらまあ、まず鋸を探さなきゃって思ってたのにねぇ」
「シャベルって便利なんだよ! 鋸も要らないし、釘も打てるからね!」
朗らかに笑って補助術式で膂力を強化、切った材木を次々と放り捨てる。途中簞笥を見つけたが、これは後回しだ。今はとにかく食料。
小一時間もかからずに台所床に到達し、床下収納を発見する。幸い、家の倒壊にも持ちこたえていた。周囲を見渡すと、食器棚は全滅。しかし鍋釜の一部は使えそうだ。
少し歪んでるかな?と思いつつ鍋を引っ張りだし、缶詰類を鍋に放り込んで、飛行術式で脱出する。
「ほら! どう、叔母さん!」
「大したものね、ヴィーシャ! ありがとう、立派になったのね!」
「うん、軍隊でね、色々教わったの」
市街戦では、建物を如何に素早くバリケードにするかが重要だった。サラマンダー戦闘団でも、何度となく家屋の解体と再構築をやったものだ。
「さ、お家に帰ろう? 今日は少し疲れちゃった」
「そうね。ヴィーシャが帰って来たって知ったら、姉さんもきっと喜ぶわ」
夕暮れに沈む街を歩きながら、ヴィーシャはこれからのことに思いを馳せていた。
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