1.4水族館へ行こう!(後)

1.4




昔昔ある村にとても人がよくて優しい青年がいました。

村で青年を嫌う者は誰一人としていません。

最初は嫌っていた人も、嫌がらせをしても許されてしまう寛大な青年に罪悪感を感じ、嫌う人はいなくなりました。


彼は産まれてすぐ海に捨てられたらしく、漂流してるところを奇跡的に村の漁師が発見し村へ持ち帰りました。

海に呑まれず漂流しいい村に出会えた青年はとても強い幸運の持ち主でしょう。

幼くして自分の存在を知った青年は生きる事に喜びを覚え、何事にも感謝を忘れずたくましく育ちました。


若者の殆どは騎士に憧れ騎士校に通い、成人前に騎士見習いという職につきます。

しかし人を傷つけることを嫌う青年は村へ残り、村の手伝いをし平和にほのぼの暮らしました。

たまに帰ってくる騎士となった友達の飲みに夜遅くまで付き合い、昼まで寝過ごし、夜に見送る。

次はいつ帰ってくるのだろうか。


平和な日々を送る自分には危険な仕事ばかりの彼らの生活なんて分からない。

以前にもまして傷が増えていた旧友が、今にもいなくなってしまうのではないかという恐怖が青年を遅い毎晩うなされる。

心落ち着かない時に青年が行う事はいつも一緒。

彼が入れられていた箱の中には赤子ともう一つ、小さな絵本が添えられていた。

浦島太郎と書かれたその絵本を見ると、懐かしさに心鎮められ平静を取り戻せる。

これは名も顔も知らない母親が自分に送ってくれたたった一つの宝物であり、この世界に唯一無二の存在だ。


明日は騎士四人が帰ってくる日。

何事もなく無事で帰ってきてくれることを願うばかり。

友達という存在もかけがえのない宝物。





ーーーーーーー



「俺は疫病神だ。呪っちゃうぞおー」


手を持ち上げ指は丸めガオーと小さな少年を威嚇するヒバナ。


「馬鹿みたいだね」


人間だ。

魔力の反応がないことから、魔法で姿を偽っていることは無く、容姿も人間だから人間と断定できる。

だがやはりこいつからは人間とは違う気配を感じる。


「んー……俺からするといい歳か知らんけど、子供の姿に変装しているアンタの方が馬鹿みたいだけどね。なに、その姿だと子供料金になるの?違法じゃない?」


「────!」


マギを解放した人間の気配はさっき肉塊にした奴からしか感じられなかった。

こいつからはそれと同じ反応を感じない。

つまりこれが人間なら魔法を感知するのは不可能の筈。


「まさか吸血鬼の魔法を体感したことがあるとか…………?」


「そうだけど何?急に心の中の会議の結果だけを口に出されても困るんだけど」


「いやな感じがするから殺すね」


「おいおい、指摘されただけで嫌われ……うお!」


少年は口よりも先に体を動かし右手をヒバナの顔に伸ばす。反応に遅れたヒバナは反撃する術なくいきなり防戦一方へと陥った。


子供の姿のままで武器を持たず必死に手を伸ばしてくる様子だと、そういうスタンスで戦う人なのだろう。


いや、魔法使えよ。

魔法で姿形を変えてしまえるのなら、攻撃魔法位朝飯前だろうに。

それにしても子供に変装ってどういう事だろうか。

何となく氷結前の吸血鬼にやられた幻術と似てたから適当に口にしたら、まさか図星突かれて自分から吐いてくれるとは。

でもこれは幻術ではないな。

幼年にも近い幼さになるよう幻術をかけても、体格の差などから行動に制限がかかるはず。だとすると年齢だけ変えてるだけで実際の容姿はあれくらいなのか…………。


「ねぇねぇ聞きたいこと沢山あるんだけど、さっきの言葉で人だったらいいのになってどういう意味?あとあれだけ派手に登場して防戦一方ってどんな気持ち?ダサくない?あと……」


「うるせぇ!!質問は一つづつにしろ、こちとらお前の攻撃捌くのとお前の考察で手いっぱいなんだよ!」


伸びた手を弾き狭い部屋を逃げ回るヒバナの姿は、少年に言われた通り本当にダサい。


「んー、じゃあ絞るね。魔法使わないの?とか考えてたでしょ……」


攻撃をやめ距離をおいた少年は手を背中に隠した。

手法が見えないように隠しているということは、魔法のお出ましというわけた。

どんな魔法が来るか予測できない、この間に不意を突かれるかもしれない。

だとするなら。


「後ろか!」


こういう時は大抵不意をつくために後ろに来る。来なかったら次は上。

そう、テンプレだ。


「いや、正面」


予測ミスで不意をつかれ正面を向けば、少年ともう一人の少年。

顔も体格も同じでパッと見では見分けがつかないほど酷似している分身だ。


「くお…………」


腹に手を回し飛びつかれ、力のないヒバナは抵抗出来ずに床に沈んだ。

この感触……なるほど、こいつは本物の肉で分身を作ってる。

筋肉量が多くても新世代の質に負ければ旧世代に勝ち目はない。

床で拘束されてるヒバナを踏みつぶす勢いで容赦なく天井に飛び上がり、逆さになった天を蹴り飛ばし地にダイブする。


天を蹴る直前に見えた少年の赤く発光する足。

間近でも見たその発光は紛れもなく、魔法による身体の強化。

天井に向けた後その足裏を向けられた少年は、直撃すれば自分がどうなるのか想像するのは容易い。


「旧世代のジジイは孫と遊ぶだけでも命懸けだな!」



────。

─。

館内中に轟く轟音は果たして他の者に届いているのだろうか、悲鳴にかき消されているのだろうか。


「────。頭に直撃した感触、つまりこいつの頭は潰れた、即死だ」


人の姿で人と異なる気配の生命体を今この足で殺害した。


床が割れ粉砕したコンクリートが部屋を舞い、再び視界を灰色に染め上げる。

頭蓋が砕けおかげで、ぬちゃぬちゃとした気持ち悪い感覚が靴越しでも生々しく伝わり少年は寒気のあまり身震いした。


「────!」


その寒気が足裏の感覚ではないと気づくのに遅れた少年は、霧を払い謎の生命体の死体を視認しようとする。

が、死体はない。


「やっぱり人間じゃなグフッ…………!!」


羽交い締め。

シンプルで抜け出しやすい技だが、奇襲で思考が鈍る一瞬なら効果的。


「神太ァァァァァ!!」


「了解」


天井の穴からもう一人、人間と違う反応を示す男が鉄パイプを握りながら飛び降りてきた。


「まずい……!」


「…………え?」


関節を外した訳でもないのにするりとあっさり抜け出された。

まるで軟体動物の様に。


すんでのところで少年に避けられ、神太郎の鉄パイプが今矛を向けたのはヒバナだ。

空中では不自由。

唯一腕を動かせるが、どうせ不死身だしいいかなと軽い気持ちでフレンドリーファイアを受け入れる。


「ふぐぉ…………」


「あ、わりぃ」


当たりどころが悪かったらしく、ヒバナは股間を抑えて悶える。

自分にないため一生理解出来なさそうなら痛みだが、見るからに尋常じゃなさそうなもがき方だ。


「お前……絶対避けれたのに……俺だからって諦めただろ………!」


「バレた?」


「痛いんだぞチクショ!」


再生すれば痛みもなくなるだろと思ったが、故意的にぶつけた身としては言いづらく押し黙る。



それはそうとなぜ避けられた。

すり抜けた際の感触は筋肉とはかけ離れた感じで、例えるなら熟しすぎた果実のようなブニブニとした気色悪さ。


偽りの姿、本物の肉の分身体、散らばる生臭い肉塊と無臭の肉塊、生臭いのは恐らく被害者の遺体。分身体は肉塊を使ったと思われ、分身体に拘束された時に生臭さは感じなかった。


つまり生臭くない肉塊である分身体は、こいつの体の肉を変形させて作ったものと思われ、意思はなくともこの肉自体が本体とも言える。


人が原型を失ってるのを見るに、何らかの方法で変形させてるという事が分かるが、原理不明。

変形させれるなら簡単に相手を戦闘不能に出来るはず、それも相手が初見なら短期決戦として初手から使うはず、ならば初撃とその後の似た動作がヒントとなる。

少年が最初にとった行動は────。


「手で触れるが条件か…………!」


その後も何度か手を伸ばし触れようとしてきたから間違いない。


「神太、こいつの手に気をつけろ、多分触れられたらそこら辺の肉塊と同じになる!」


「まぁ、一瞬なら大丈夫じゃねえの?ほら、お前の二の腕変形してるけど問題ないだろ?」


「え……?うわ、ほんとだ!」


抜け出す時に触られていたらしく、腕が奇妙な形に変形している。

まるでつねられたかのような指の跡と形が残され痛みは微妙にしか感じない。


「なるほどね、コイツは捏ねてるんだ。物体を粘土のように捏ねて変形させてるという訳だ。で、自分も捏ねて神太みたいに必要最低限だけ残して少年の体を形成し分身体の完成。芸術性がないと出来ない業だな。すごいすごい」


「…………」


またもや図星を顔に表し正解と告げてくれる。

タネがバレた少年は分身体を引き連れまっすぐ何も無い壁へと走り出した。


「行かせるな!壁も薄いなら自由に変形して逃げられるぞ!」


赤く発光した少年の足に追いつけないヒバナは口を使い、遥かに優れた神太郎を動かす。

神太郎もまた足を発光させ、筋力とリーチで少年を追い抜き鉄パイプを問答無用に振るった。


「…………ッ、捨て駒か………!」


少年の顔を捉えたところで分身体が庇い、守り抜く。痛覚のない人形は怯まず鉄パイプにしがみつきよじ登って神太郎の腕を封じる。


「まずいな。…………!」


ヒバナは床に落ちてる血塗れた拳銃を見つけ手を伸ばす。


「バレたんだ、一人くらい消していくよ」


足を止め勢いが収まる反動で分身体に夢中の神太郎に手を伸ばす。

気づいた神太郎は強引に肩から腕を回し、少年の掌に分身体を叩きつける。

分身隊で顔が隠れる一瞬、少年の頬が歪むのを見て神太郎は自分の失敗に気づく。


少年の手が分身体に触れた瞬間、まるで水に触れるかのようにその身は溶けた。

溶けた体はホストの腕と一体化し、より逃げられなくなってしまう。


「神太どけ!」


胴体を反らせて腕をヒバナの向ける銃口に差し出す。

少し早く引き金を引かれていた銃口は、振り向いた時には青白い銃弾を既に三発射出し、一発目は2本の指をへし折り、2発目は掌を穿ち手首を粉砕、3発目は顔を捉えたが間一髪避けられる。


このままをここにいると弾幕が張られると瞬時に判断し、男を諦め分身体ごと引き戻し壁に後退した。


一体化した事によって増した重みに腕が上がらず、地面に落下し持ち上がらなくなってしまったようだ。


「今のうちに叩くが吉!」


神太郎は鉄パイプを握り直し、2歩で詰めれる距離の少年に振りかざす。ヒバナは神太郎に当たらない位置を狙って銃弾を発砲し、神太郎が避けられた時の保険を撃ち込んだ。


「────!」


諦めない少年の目を見た神太郎は振り上げた鉄パイプを下げ即座に後退した。


神太郎のいた場所の足元から突如として壁が生まれ、少年に投げられた銃弾は壁に妨げられコンクリートに虚しく刺さる。


少年は手が重いと見せかけて床に指を刺し中で捏ねていたのだ。そして着弾する直前に集めた床を持ち上げ壁にし銃弾から身を守ると、今度は横に塗り広げ少年とヒバナたちの空間を隔てる壁を築く。

少年の手から離れた床は歪な形をしたままだが、強度は元のままだ。

簡単且つ頑丈なバリケードが完成し少年は安堵して背を向けた。

一応下に隙間はあるが、まず大人はくぐれない。

銃を持った先の少年なら何とかくぐれるだろうが、流石に子供でもくぐるには狭く逃げる暇は大いにある。


巨大化した腕は一掻きで壁をめくり、粗雑な出口を作り上げた。


狭い空間から抜け開放的な気分だ。

周りには死体しかなく、生を感じれない寂しい空間の中、目の前の水槽だけが生き生きと生を滲ませてる。

少年は悠々と泳ぐ巨大な生物に畏怖しながらもその美しさに見惚れ、かつて自分が本当の少年だった頃に夢見た光景を思い出し目から何かを零れ落とした。


「あー、感傷に浸ってるとこ申し訳ないんだけど……」


聞き覚えのある声にふと我に返され声の主から距離を置く。


「な……何故出てこられた…………!?」


「いや出てくるも何も俺はちゃんと扉から出てきましたけど?入った時は違うけど」


行き止まりなどないその能力によって、扉という概念がなくなっていた。

故に、閉じ込めた気でいた。


「悪いけど俺、油断とかするけど容赦はする気ないよ」


握られた拳銃を肩まで上げず、腰で撃つことにより不意をつき防御させずに形無き弾丸を相手に埋め込む。


「く……ッ」


「失敗しかしてこなかった俺には、両者を救うなんて選択肢は与えられない。両者を救えば両者を失う。辛いが俺はお前をここで止めなきゃいかん。ましてやお前らはテロリスト。どうせここで逃がせばまた別の日に別の場所でお前によって被害が増える、だから止める、お前の悪行も息の根も」


「……ッ」


痛みと滲む血が思考を妨げまともに逃げる方法を考えれない。

とりあえず患部は分身体と交換し応急処置。

次は……。


「殺されないためにはどうすればいい……?」


交渉だ。

銃口を向けながらも命を奪うのには抵抗があるらしく、交渉すれば何とか命だけは取らずにいてくれるだろう。


「命乞いか?いいよ聞いてあげる。まずそのテロリストから脱退すると誓え」


誓う?無理な話だ。


レッドパンダに入った時の契約で脱退は絶対に許されず、反すれば印が導火線へと変わる。

契約の証である印がある以上裏切れば死も同然。

もとより少年は裏切るつもりもない。

少年はどちらをとっても死ぬのだ。


「俺の名前はモルス、モルス・ミゾレリア。幼い頃俺は人間から迫害されていた、家族構成は俺兄父母の四人家族。父はテロリストとして人間を大量に殺害し、自爆テロとかいうふざけた事して死んだよ。母は俺達を逃がすために囮となってそれっきりかえってこなかった。唯一の家族である兄と二人きりになってから俺達は最低な日々を送った。人間に見つかれば殺される、だが食料を調達するには人間の世界に出なければならない。下手すれば殺される生活の中で唯一の拠り所である兄に俺はいつも縋った。俺は兄が好きだ、いつも優しくて只でさえ少ない食料を俺ばかりに食わせてくれて…………」


喋ってる途中で辛い過去を自ら掘り起こし泣き出す少年。

これはあれだ。

辛い過去を打ち明けて同情を誘ってる訳じゃなくて、悪役の人間に罪悪感を与えてる訳でもなくて、あれだな。


「いつしか兄ちゃんも帰ってこなくなった……。その次の日僕は外に出て兄ちゃんを探したよ。一日中探し回った。僕らが狩場としていた街中を…………、そして見つけた。生臭くなって蝿が集り烏が眼球を啄む兄の亡骸を。ハイエナ共に荒されてるが、死ぬ前の傷は分かる。四肢を拘束し暴行、噛み傷三箇所、爪20枚、10本の指をへし折られ、歯を抜かれ、毛髪を引きちぎられ、健を切られ、肛門にはドライバー三本、頬は顎から切られさらにそこを糸で縫われ、肘も膝も真逆にへし折られ、切除された極部を切れた頬に押し込まれていた。最後に体の所々に刃物で刻まれた誰に宛られた訳でもないメッセージ。…………ねぇ、なんて書いてあったと思う?」


「…………」


まずい、聞けば聞くほど気分が悪くなってきた。

全て事実なのだろうが、これは迫害とかそういうレベルの行為なのか。こんなこと出来るやつは正常ではない。


「『燃えるゴミです』『生きててすいません』とかそういうのばかり刻まれていた。……でも一つだけ違うメッセージを見つけた。捨てられてそいつらがいなくなった後に、死ぬ前に僕に残した最後のメッセージ…………」


ん……?

何だこの違和感は。


「『ごめんな』……だってさ……。どう思う?最後の家族で唯一の拠り所である大切な人の最後のメッセージが『ごめんな』って……ねぇ?どう思う?俺は今でもそのメッセージの光景だけを覚えてる。俺は誓った、人間を殺すと。戦後人間は力を得た。人間の他の一部種族も力を得て、多くの種族は力を失った。力を得た人間はあまりにも愚かで典型的な馬鹿だ。虐げられる立場から逆転すれば当然同じ事をするだう。こう考える者は果たしていたのか?ああ、やっと狙われる心配が減った、と。いないよな。刻まれた傷から飛び出た内蔵、どっかの鳥の胃に入れられた眼球。あんな姿となった兄はもうただの肉塊だ。ベタな物語だろ?でもこれが現実なんだよ、ベタこそが世界なんだよ。憎い憎い憎い。情なんてものは人間に在らず。……だから俺はこれからも…………!!」


「ちょっとごめん、2つ聞いていい?」


昂りだし始めた感情を遮りヒバナは口を挟む。

この少年の兄を殺したのは本当に人間なのだろうか。

仮に人間だったとしてもそんな凶悪な犯罪的行為見逃されるのか。見逃されてるとするとその街は一体どうなっている。


「そのお兄さんが亡くなった街ってどこ?それと吸血鬼の生命力ってそんなに強いの?」


「あ?いいよ答えてやるよ。吸血鬼の生命力は特別強いわけじゃない、お前ら人間と同じだよ。そして、そんな吸血鬼を死なないようにいたぶったのはお前ら人間の首都、王都だよ!」


「────」


王都?王都は愚王がいても尚警備だけはまともなはずだ。出なければ今頃こんな国滅んでる。

となれば可能性の絞込みが狭まってくる。


「俺は死にたくない。もっともっと殺すために死ぬ訳には行かない!」


「神太郎…………」


「あいよ」


少年の背後から音もなく現れた神太郎は、どこに隠し持っていたのか太さ2mm程の長い針を首に添え、ヒバナの号令で針の先端を浅く刺した。

即効性が高いらしく、針を抜いた直後に少年の意識が飛び、力なく神太郎にもたれかかる。


「お前、さっき生かすか殺すかの選択させて生かすを選んだ時に方法ないなら任せろって言ってそれを信じたけど、なにそれ」


「この針か?これは先端に抗体を過剰反応させる性質の魔法を纏わせた俺の暗器だ。刺されれば頭を巡る抗体の役割を持つマギが集まり、それを囮にすり抜けたに自分と異なるマギが頭に到達すると、そこらのマギを汚染し機能を弱め、ブラックアウトしたらこの通り」


「へぇー、超強いじゃん」


「だがまぁ、当然厳しい条件付きだ。まず首の大動脈を狙わないといけなく、他の血管に当たったら失敗だ。で、相手が興奮してるかつ、あまり動かず大人しくしてる事。これらの中で一つでも達成出来なければ失敗だ」


「え、現場限られすぎじゃない…………!?」


興奮していて動いてないという状況はなかなかないだろ。

激しくエネルギーを消耗し一息ついてる時とかしか浮かばないのだが。

いやその状況もあるとは思えない。

どんな状況だろうと完璧な不意をつかなければ成り立たない。


「お前それ全然使えないな」


「それはほかって次行くぞ、犠牲者が増えなくなる前に」


「そうだった」



ーーーーーーーーー



水族館内では照明が完全に落とされ真っ暗だ。光を求めるとすれば、外気と隣接してる水槽くらい。

青白く光る水槽の中で蠢く生物。名前は確か、そう、ダンクルオステウス。

巨大な体は人一人を丸呑みしてもまだまだ足りなさそうだ。

恐ろしい、目に見えるもの全てが害敵に見える。


暗闇を前にすると人は光に縋りたがる。

何もない、何も見えないというのは恐ろしいからだ。

そして現在、テロリストの襲撃によりパニック状態に陥り、判断力や思考は鈍り思惑通りにハマってしまった。

光に縋る獲物を捕らえる、チョウチンアンコウと似た戦法だ。


それに気づいた者は、あえてそれを伝えず暗闇で息を潜める。

自分を救うにはそれしかない。

大勢がそれを知ればかえって危なくなる。


遠くに見えた幻影。存在しないものが形を成し、空を泳ぎながらゆっくりとこちらに接近してきている。

あえて一気に追い詰めて殺さずゆっくりと追いかけてくる事から、相手の性格が読み取れる。


ああ、広い通路の正面でまた悲鳴が響く。

掠れるまで続く断末魔は簡単には殺さないという副音声を伝えてくれる。

次は自分かと近づかれる度に思い、気づかれないことを願うばかり。



今度は人が来たようだ三人いる、身長的に皆子供で兄妹なのだろうか。


「姉ちゃん!この魚はなに!?美味しそう」


「これはねー…………だんくるおすてうす……ダンクルオステウスっていう魚なんだってぇ、窓に飛んじゃだめよー」


「美味しそう……」


「ソマリまで……ダメだよ食べちゃ。っていうか私には美味しそうに見えないんだけど」


こんな状況で呑気な。

いや、こんな状況だからこそなのだろうか。

死ぬまで楽しく、なのか、死ぬ気がないのか。


ああ、また壊れた者がでた。


経験の浅い者の常に死と隣合わせの極限の緊張状態。それに耐えきれなくなった者は哀れなことに、その絶望から解放される。

フラフラと一人で独り言をつぶやきながらどこかへ行ってしまった。

こんな時こそ緊張せず落ち着くべきだ。


「次行こうねぇ」


可哀想に。

兄妹三人壊れてしまったのか。


三兄弟は水槽の明かりからはぐれ、暗闇の向こうへ行ってしまった。


しばらくして聞こえた悲鳴。

誰のものか分からない。

しばらくしたらまた聞こえるのだろう。


────。

──。



人が余りいない場所に来た3人は変わらず水族館を楽しんでる。どっかの誰か知らないけど警備隊が外れてくれたおかげで、警戒することなくゆっくり見回れて感謝してる。


「姉ちゃんこれはこれは?」


「これは……」


「来たぞぉぉぉぉ!」


どこかで轟く声に耳を傾け位置を探る。

ああ、真っ直ぐこっちに来てるようだ。

その後ろには警備隊……いや、遅れてきた公認ギルドの犬が二匹。


王都から近いのにこれだけ犠牲者を出してから到着なんて、呆れさせられる。


「おい神太あれ見ろよ!すっげぇ、メガロドンだ!メガロドンが空泳いでんよ!」


「どうなってんだあれ。テロリスト共の魔法だろうが、リアルだなァ。そう言えばさっき盗み聞きしたんだが王都の公認ギルドが少しづつ到着してるらしい」


「マジか!ならあの鮫を最後に切り上げるぞ」


どこの公認ギルドかは知らないけど、戦地で浮かれすぎではないだろうか。テロリストの魔法に関心するほど普段暇なのか。


サメは真っ直ぐこっちに来てる。

もう少し血の匂いがしない場所でゆっくりさせて欲しい。


長女の彼女はストレスに身を任せ牙を剥く鮫に一歩詰め寄る。

一歩。一歩とは一歩なのだが、その一歩で10mは進み、口を開く前に詰め寄られたメガロドンは咄嗟に大きな顎を開こうとするが、その前に持ち上げられた彼女の足がメガロドンの鼻先を一蹴する。


瞬間メガロドンの姿とそれを追う者の片割れが姿を消し、進行方向の背後に巨大な穴が空き外の光を受け入れる。


「あーあぁ、ヒバナどっか飛ばされちゃったよおい…………。こりゃ2年後に待ち合わせでもしといた方が……って、おいおいまて獣人三兄妹の長女、敵意むけんな。俺は公認ギルドじゃなくてただの観光客だ」


「────!」


獣人の要素を隠してるのにバレた事で、よりいっそう敵意を向けられた神太郎だが。


「俺の能力で中が見れるだけだ、他言はしないから安心しろっても、信用出来ないよな」


「人間が、いえ、そんな魔法存在するとは思えないのだけれど」


「そうだな。神聖なら、可能じゃないのか。ほらよ、お互いの情報交換でおあいこだ」


「一方的だった気がするのだけれど……」


マギの質が他種族のどれにも当てはまらず、他種族でも再現不可な魔法を体感させられ納得せざるを得ない。

神聖と納得し一時的に警戒を解いてもらえた。



────。

─。



長女を置かれたベンチに腰を掛けさせ、神太郎は最寄りの自販機で買った水を奢る。

妹と弟の二人は見える範囲で遊ばせて、それを見守りながら二人は同じベンチに腰をのせた。



「…………なるほどな。妹の余命が短いから、最後まで楽しませようと頑張ってるのか」


「まだ何も言ってないのだけれど……。まああってるわよ。」


両親は妹が産まれてすぐ失踪。

去年まで里で大事に育てられてきたが、他の里の獣人達の奇襲により里は潰され、生き残った里の民は帰る場所もなくなり散り散りになった。

それから三人は放浪し、最近妹のソマリ体調が悪化。14歳の獣人としての勘からソマリの寿命は短いと分かった。

まだ幼いソマリはそれに気づいてるのかは分からないが、せめて最後まで楽しませようとして今に至ってるそうだ。


「経緯はもう分かった」


「いや、だからまだ何も言ってないのだけれど。…………はぁ、わかったわよ。勝手に完結されてもこっちとしては味悪いけど全て見たのね」


強引な納得で事を進める神太郎に疲れ長女のハバリは嘆息する。


「医者に連れていかないのか?金なくても他種族でも面倒見てくれるっつー場所あるだろ?」


「そんなの有名すぎて逆に信用出来ないわよ」


まぁ、もっともだろう。

人間の体質が変わってから、人間による他種族への被害は大幅に増加した。


「安心しろ、大丈夫だと保証する。まあ、見ず知らずの神聖なんて信用出来ないよな。ソマリだっけな、ちょっと来てくれるか」


「…………」


知らないオッサンに駆け寄るソマリに不安を覚えるハバリは、妙な事したらいつでも首を取れるように身構える。


「あー、これはこれは、確かに。邪魔して悪いな、これで好きなもん買ってこい」


二人に小遣いを渡して離れさせる。

信じたくなかった自分の勘を押し潰す確証を得たハバリは俯く。


「やっぱり、そうよね」


「ハバリ、大事な妹の命を握ってるのはお前なんだぞ?」


「でも私は医者を信じることができない以上どうする事も出来ない」


救いたい気持ちもあるが信じれない気持ちが強く、何も出来ない自分を嘆く。

若葉にして大切な妹の命を握らされた少女に見兼ねて、神太郎は肩を落とす。


「…………。ヒバナいるんだろ出てこい」


「バレてた?」


物陰からひょっこりと顔を出すヒバナ。

戻ってきたらシリアスっぽい雰囲気で入りづらく、ずっと隠れてたらしい。


「説明は後だ。俺が寝てる間に編み出した第四の再生の初の出番だ。患部は小指の先端だが、手首近くまで芯が伸びてるから、そうだな手首から落とすしかない」


「え、まじで?そんな事したら俺の首も飛びかねないと思うんだけど」


暗くてよく見えない顔をチラチラと見ながら、不死身のくせに少し怯えるヒバナ。


「俺らもお前らも時間もないし回りくどい言い方はしない。今からお前の妹の左手首を切り落とす」


「ちょ、手首を……!?」


「大丈夫だ、元に戻る。麻酔効果のある針があるから痛みを感じることは無い、早く決めろ。殺すか、救うか」


「お前どんだけ針持ってんだ」


出会ったばかりのオッサンを信用していいのだろうか。そんなオッサンが妹の手首を落とそうだなんて。それなら医者を頼った方が……いや、どちらも同じだ。


「分かったわ。どちらを選んでも死んじゃうのなら、まだ可能性のある方を選ぶわ。ただし、失敗した時あなた達の首飛ばすわよ」


「余計な心配はしなくていい、手首落とすだけだから。悪いなソマリもっかい来てくれ。ハバリはカガリの目隠ししとけ」


来てくれたソマリの首に針を刺し、意識と自由を奪う。

この針魔法は全種族に効くよう、血液に流れるよう設計した。

眠らせ意識を奪い、さらに神経を短時間麻痺させる働きを持つ。


作業は短く、十秒にも満たない早さで終わった。

始終傍観し、寸分の動きも見逃さないよう注視していたハバリだが、何が起きたのかさっぱり分からなかった。


まず、最初にソマリの手首を落とした。

そこまでは分かったが、次からだ。

どういう訳か、隣にいるヒバナという少年の片手まで落とした。その時点で理解が置いてかれたが、そんな事お構い無しに作業は進む。落としたヒバナの手の使い道だが、あろう事かサイズの合わないソマリの手首にくっつけだした。


「第四の再生、譲渡」


「…………。何言ってんの?」


「いやあの、いい歳しても技名みたいなの言ってみたくて…………」


気づけばヒバナの手はどこへ行ったのか、ソマリの小さな手は落ちたままなのに対し、断面が覗いていたはずの手首には少年の少し大きい手ではなく元通りソマリの小さな手がある。

そして同じく切り落とした少年の手首も、いつの間にか元に戻っていた。

二人の手首を切り落とすという過激な現場には、何故か一人の掌しか落ちてなく、さらにその場の一同は誰も手首を失ってなかった。


「よく見ろハバリ、ソマリの手首の断面だ」


神太郎は持ち上げたソマリの手首の断面をハバリに見せつける。

平気でグロテスクなものを持ち上げ、さらに少女に見せつける様にサイコパスじゃないのかとヒバナは引く。

自ら手首切り落とした奴も大概だが。


「そして、お前の妹を殺そうとしていたのが……」


断面に指を入れまさぐる神太郎はやっぱりサイコパスだった。

少年は目を覆い神太郎に絶望する。


「これだ。これは、パラシティスモスっていう植物で生物の体に寄生し、根を張り養分となる血液を全身から吸収する。排泄するように生み出される毒素は全身を巡り、各器官にダメージを与える。成長すればするほど毒素の分泌が増え、免疫細胞でも抑えれない量の毒となり、やがて命を奪う」


手首の中から現れたのは、血で真っ赤に染まったタコのように根を伸ばす植物。

こんなものが妹の手の中にいたなんて。


「こいつはちょっとした傷口から種を植え付ける。どんな植物があるか分からない森林で怪我したらまず、患部を洗って消毒だ」


治ったと勘に告げられ、神聖にも告げられ。

妹の死が消え去った事で緊張が解けた獣人の少女の目から、ホロホロと溢れ出す涙。


「う、うぁあ、あああ…………ああありがとうおああああああ」


ずっと一人で頑張ってきたのだろう。

誰にも頼る事が出来ず妹と弟を一人で守ろうとしてきたが、その過程で出くわした死の宣告。

それから解放された少女の心は、大人ぶってたさっきまでと違い、その齢にふさわしい姿に戻った。


「あり、がとう、ありがとう、あああんあああ」


「ところでお前さ、いつから戻ってた?」


「ベンチに腰をかけたとこ」


「だいぶ最初だな」


それだけ早く居たなら内容も遅れてないだろう。


「そうだ、聞いてくれよ。飛ばされて水族館の外に出たらさ、メガロドンの姿がなくて、代わりにそれらしき骨が一緒に飛ばされてたんだよ。つまりあれは組み立てられた骨に幻術的なのかけて操って、あたかも本当に空を泳いでるように見せてたんだ。で、飛ばされた俺は骨と一緒にトレーラーが沢山置かれた場所に不時着。なんか人がいたけど多分状況理解できないだろうから無視して飛んできた。割と近い場所だから直ぐに帰ってこれたよ」


「外はどうなってた?」


「水族館の外は沢山人がいて外の警備隊に止められてた。後ろの方に沢山の武装集団がいたから多分そろそろ到着すると思う」


「そうか、そろそろ移動しなきゃだな」


「あ、行く前にちょっといい?」


泣きじゃくる姉を慰めようとカガリに頭を撫でられるハバリに駆け寄るヒバナ。


「泣き止んだ後どうするの?行く宛がないならうちのギルド来なよ、最近入ったばっかだから勧誘出来る身分じゃないけど」


「うぅ…………ギルド…………?」


「そそ、このまま野良猫続けてもまた同じ事になるかもしれないし、悪い人達に襲われるかもしれない」


勧誘するヒバナの横から神太郎が。


「本音は?」


「獣耳ロリっ子とお近づきになりたい」


「正直でよろしい」


くだらないやり取りを前に、ギルドへの勧誘を悩むハバリ。

状況が分からないがその手を掴み撫でるカガリの手は温かく、優しい。


「それに、うちにも一応同じ獣人のお姉さんもいるから安心できるでしょ」


「やる……、私ギルドに入る…………!」


妹を救ってくれた二人は信じれそうと、意を決しハバリは勧誘を受諾。


「そっかよろしく!」


ヒバナははにかみながら手を伸ばしカガリの頭を撫でた。

その後ろでは眠っているソマリを背負い、帰る準備万端らしい神太郎。


「さて、公認ギルドが来る前に逃げるか」


「おおうよ。ほい、落ちないよう捕まりな」



ーーーーーーーー



意識が戻れば水族館の証明は元に戻り、部屋は明るくなっていた。瞼の裏でも分かる。

出血が多いせいで体がだるい。

腹の穴は塞いだが、片手片足は糸不足で塞ぎきれてない。

体を揺すられ重たい瞼を開けると、武装した人間が傍に寄っていた。

丁度いい、応急的な補給が出来そうだ。


カラシミソは男の首に噛みつき肉を飲み血を飲みマギを飲む。

幸い周りはパニックがまだ続きこちらに気づく気配がない。


「中々いい食事だったよ。おっさん、おかげで貧血もマギ不足も治ったよ。礼と言っちゃなんだが、後遺症残して生きるより今命を断っといてやるよ」


血をほとんど吸われ干からびた男を見下ろし、再度義足義手を作り直す。

だが、今のでかなりマギを消耗した。

あと一人分は補充しておこう。


次の獲物はとターゲットを選んでるカラシミソの背中に、異変に気づいた公認ギルドの犬が刃物を突き立てる。


「確かに殺してあげた方がこいつにとっていいかもしれないな。…………だが、それは客観的意見であってこいつの意見ではない」


「…………はぁ、怖い怖い」


殺気を纏った刃物は背中に刺さり皮膚を穿つ。


「動くな。俺は第九師団三番隊隊長マグネル・ミラート。吸血鬼だろうが何だろうが、よくもうちの大事な隊員やってくれたな。うちの師団はな、今人材不足で困ってんだよ、一人減るだけでも他の退院の仕事が増えるの。それと、」


じわじわ痛みが増す腹のおかげで背中の痛みは感じられないが、これ以上傷を増やしたくない。それに、今の体で隊長クラスを相手にしたら、傷の一つや二つではすまない。

上手く逃げれないものか。


「吸血鬼のテロリストなら、優先犯罪組織に分類されてるレッドパンダだな。今この場で始末する」



強制的に戦闘開始させられた。




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