1.4水族館へ行こう!(中)

1.4




70年前の大震災。

それが生み出した負の遺産は種族問わず、今も生物全てに甚大な被害を齎している。

未だ解明されてない物事も数多く、辺りに凶暴な魔物も群がり近づくことが困難な為、研究が捗らない。


そんな数多い謎の一つとして最初に挙げられるのが、外見である。

70年前の発見当時から観察し続け、60年前に外見に違和感を感じ、観測者は週一の撮影を義務付けられ数年様子を見た。

そして5年後並べられた写真を見ると造形物の容姿が少しずつ変化していってることが発覚。

しかし、40年前にその造形物の下から突如として赤黒い塔が生えてきた。

足元には入口らしき大きな穴。

年々排出されるモンスターの中には依頼難易度4にも匹敵する魔物も稀に含まれ。


排出されたモンスターは塔付近を徘徊し、生物を見かければ牙を剥き襲いかかってくる。

全てを相手にしてたらきりがないと踏み、モンスターを全て無視して走り抜けた。が、辿り着いた時には数人消えてしまっている。

そして誰も知らない塔へ入った者は、その中を誰に明かすこともなく、帰ることもなく。


多くの犠牲者を出しようやく調査隊の派遣を中断。

準備が足りなかったのだ。

知識も支援も何もかも。


次の調査は長くても少なくても数十年後。



「────という感じだな。当時者唯一の生き残りさんよ」


神太郎は窓の外にそびえる塔を眺めながらベラベラと語る。


「誰もあれがケイアスの負の遺産だとは思いもしないだろうな。全種族共通の救いの神」


「その元凶がお前だとも知らないだろうな」


「…………」


車に揺られ荒野を駆けるヒバナと神太郎の行先は、王都の隣に位置する水族館。

行く先トラブルばかりの経験によって不安に駆られるヒバナは、期待と不安が混沌とし複雑な気分だ。

話をして気を紛らそうと話を振った結果、神太郎の皮肉にトラウマを呼び起こされた。


「…………そうだ、お前の本当の能力そろそろ教えてくれない?」


「本当の能力……?」


「そうそう、人の中を見るだけの能力なんてお前が選ぶと思えないし。ま、お前の事なんか数日しか見てないけどな」


とはいえ、人の中が見れる魔法なんて存在しないだろう。似たものもあるが、それは自分の口から吐かせるものであって、忘れさせることなく相手に知られず見れる魔法はないのだ。現状。

となれば特殊能力。

───つまり。


「お前神憑きか!」


「違う」


即答。


「じゃあわかんねーな。その能力は神憑きじゃないと説明つかないよ…………」


「そもそも神憑きじゃなくて俺は神だ」


「いや、そうやって崇められてるだけで、実際神聖っていう新種の種族同然の存在だろ」


目撃が少ないだけ。

というか、自分の知るうちではこいつとケイアスの二人しか知らない。

もしかしたら二人だけの種族かもしれない。


「となれば……お前絶滅危惧種ってことになるな」


『お客さん話を割って申し訳ないのですが……』


生声ではなく機会を通して運転手の声が後部座席に鳴る。


『あと20分程で着く目的地の水族館………テロ起きたみたいですよ』


二人は互いに青ざめた顔を眺め暫く硬直し、ヒバナが罪悪感に顔を覆いながら視線を逸らした。


「お前、本当に疫病神でも憑いてんじゃねぇの。帰ってお祓いでもしてもらうか」


「………………」


折角楽しみにしていた水族館。

行く先トラブルのヒバナの何かがまたもや仇となる。


「ちくしょう!なんでだよ、俺が疫病神だってのか!?」


「運転手さん、どんなテロか詳細は知らされてないのか?」


「知っていますとも────」



────2時間前の水族館。


水族館の中は人数制限により広さの割に少ない観客数だが、それに負けない勢いで賑わっていた。


今までは本の中や骨だけの存在と認識されていた生物達が、目の前で悠々と遊泳する姿に人々は目を奪われ、広がる美に思考を奪われる。


バルタベア並の大きさの魚?のような生物達が310度も視界の開かれた薄い水槽を前に通り過ぎ、畏怖しながらも心を踊らせる矛盾を楽しむ者。

希に起きる縄張り争いを楽しむ者。

見てきた生物をレストランで調理してもらい珍味を楽しむ者。

etc..。

広大かつ未聞かつ未知故に、楽しみ方は豊富だ。



「ねぇねぇ見て姉ちゃん!あの大きいの凄く美味しそうだね!!」


「そうだねぇ…………こら、飛びつかないの。いくら噛まれても体当たりされても傷つかない強化ガラスでも、あんたが飛び込めば簡単に割れちゃうでしょ」


キャップを被った少年と麦わら帽子を被った少女二人。三人兄弟だろうか。


「ハバリ姉……刺さる視線が凄く気持ち悪いの」


「そうねぇソマリぃ、移動しましょか。ほーらカガリも行くわよ。」


三人が角を曲がるのを確認すると、二人の男が後を追ってその角で止まり三人の位置を再度確認する。

しかし────。


「チィ、また見失ってしまいました。近い人をを向かわせてください」


『了解。こちらも監視カメラで追ってるが、やはり気づいてるとしか思えない』


無線から響く声はどこか焦りを表し、裏で聞こえる他の声と合わさり事態の深刻さが伝わってくる。

現場に向かわされた若手警備隊でも今の状況を読み取れない者はいない。


『目もくれずに的確にこちらの尾行者の位置を把握している………。対象を侵入者から解放者もしくは他種族と仮定しレートを二段上げ、危険度3とし直ちに確保せよ。しかし、観客に知られればパニックになり問題が増える可能性もあるため、悟られず事を収めれるよう慎重に対処せよ』


「了解。…………ったく、無茶言わないでくださいよ……」


相手は厳重な警備を抜けて侵入した上に、追ってに気づいては毎度撒かれてる。

そんな相手を事を荒立てることなく確保なんてふざけてる。


『あーあー、聞こえるか緊急事態だ』


苛立ちを向こうに無線から同じ声が響く。


「どうしましたか……」


『どういう訳か、外でチケット予約に殺到する客全てが雪崩込んできた』


「はぁ!?」


『こうなった以上、穏便に終えることは出来ない。そっちの対処にあたってる隊員全員で強行に出ろ。全隊員に告ぐ、できるだけ多くの問題を解決できるよう善処せよ!!』


「…………は?………え?」


ジュラ園の入場者数の制限は300なのに対し水族館は150人。チケット売り場は水陸両用販売でその2つ分の客がいる。

つまり、その全ての客が侵入したということは────。


「ブクブクブク」


「おいどうした!しっかりしろ!」


泡を吹き昏倒する相方を支えスタッフルームへ運ぶ相方の隊員だが。


「おい待て、お前一体誰を連れてきた!」


トラブルの消化に出ようとしていた年配の先輩が指先を震わせながら指を指してきた。


「すいません、こいつパニクって気絶したみたいなので…………」


「違う!後ろにいるそいつは一体誰なんだ!?」


その言葉に悪寒が走り振り向くと、そこにはローブを頭まで被り顔を見えないように俯き影を濃くする男が一人。


「すいませーん、ちょっと道に迷っちゃったみたいでぇーへへ」


軽い口調でベタな言い訳をする男はフードに手をかけ、深く被り直す。


「迷ってスタッフルームに来るやつがいる訳ないだろ!誰だ貴様、顔を見せろ!!」


「そんな怒らないでくださいよ。怖くてチビりそうになったじゃないですか」


顔を手で覆い泣き真似する男に容赦なく先輩は銃口を向けた。


「そんな物騒な物向けないでよ危ないなぁ……ね?あなた」


顔から手を離すと同時にようやくフードを下ろした男だが。

その顔はさっきまでの男の声に反し、先輩と同じくらいにも見える年代の女性だった。


しかし、容赦なく撃ち込まれた銃弾が顔面に三発喉に一発めり込み、女性は為す術なく床に沈んだ。


「何をしている、お前もその護身用のナイフで今すぐ首を掻き切れ!急げ!」


「は、はいぃ!!」


理解が追いつかぬまま先輩に急かされ腰にかけられたナイフに手を送るが。


「あれ…………」


女性がいない。


「酷いですねぇ、あなた。愛する妻の顔に銃弾を撃ち込むなんて」


撃たれて血塗れになった顔がぐちゃぐちゃになり、原型を失うと、何故か先程の女性の顔になる。


「黙れぇ!!」


「残念、僅かでも躊躇するという事は、それだけ大きな隙を作るということ……。あなたさっきこの顔を見た時ほんの僅かでも躊躇しましたよね…………」


撃とうとした先輩の腕が地面に転がる。原理は分からない。

刃物ではない。

魔法を使った事から獣人でないとも読み取れる。


「────〜〜〜〜!?〜〜〜!!?!?!!!!!」


「安心してくださいちゃんと止血してあげましたから」


落ちた腕を拾い上げ拳銃を剥がすと、ボディを舐めるように見渡す。


「…………レッドパンダで最も頻繁に動いては私欲に自由にテロを行う……吸血鬼以外にいない!」


「そうですね、ご名答です。あーこの銃マギなんですね。マギ供給しないと撃てないなら設計かえるか……」


「うわぁああ!!先輩に何をしたあああ!!!?」


ナイフを手に切りかかろうと声をあげる後輩を、吸血鬼は容赦なく手に持つ拳銃で両脛に五発撃ち込み無力化する。


「アアアアアアアアアア!!!」


「ンアーッッッッッっいい声!!!最っ高だね君!!」


叫ぶ後輩に耳を傾け痺れる変態じみた吸血鬼は、言った通り最高の気分の様な快楽を浮かべる。


「馬鹿野郎そいつ抱えて逃げろよ!!」


「駄目駄目……この子にはもっと鳴いてもらうんだから。でも、君みたいな堅いやつの鳴き声のが好みだなぁ……ねぇ、どうやったら鳴く……?」


腰から出したロープで二人を別々に縛り付け、先輩の残った片手に拳銃を返す。


「これは今日一番の傑作だと思うよ」


「何を…………ヴァグ!!」


自分の手に持つ拳銃が暴発し自分の腿を撃ち抜く。


「握ってる限り供給されるマギは……君が死ぬまでその銃弾に送り続ける。幸い君のマギの大きさが大きくてよかったよ。カラクリが終わるまでに弾切れ起こさないみたいだし」


ならば手を離せばと指を前回に開き離れさそうとするが、落ちない。

そして縛られてないはずの腕が動かない。


「僕という存在のカラクリを教えてあげよう。僕は糸を使うのが得意なんだ。で、君に糸を括りつけた。つまり、君は僕のマリオネットと化したのさ。だから、拳銃が暴発してるんじゃなくて、君が自分で自分をうってるのだよ。その銃が剥がれないのは撃たれた痛みで気づいてないだろうけど、発砲と同時に掌に溶接したんだ。で、今からこのプログラムの予定を説明するね。まずそのまま横にスライドしながら撃ち続けて腿の肉を削ぐ。骨だけになったら次は脹ら脛、次に足の指一本づつ。で、最後に〆で頭をドーン!後輩君にもその後でまた別の楽しみが待ってるから、楽しみに待っててね。じゃあ、マリオネットショー再開!」


「貴様らに情というものはないの……クグァ!!」


再び撃ち出し始めた銃弾に、少しづつ肉を削がれてゆく感覚が生々しく熱で伝わる。


「あー、いい声出すね、でもまだまだ抑えてるなぁ。…………感情?勿論あるよだってこんなに幸せを感じてるもの!じゃあ僕はそろそろ次へ行こうかな。────の前に…………最後にスパイスを振りかけておこう」


「サイコパス共め!!アァグ」


「酷い言い方だなぁ……まぁいいや、さっきの奥さんの顔の事なんだけどさ幻術じゃなくて本物の肉なんだぁ。ここに僕の他にも来てる吸血鬼の中に変形が得意な奴がいてさ、君に楽しんで貰うためにそいつに頼み込んだんだ」


「おい、まさ……ぐぅは」


「奥さんの首を変形してマスクに出来ないかなぁって」


「貴様ァアアアアアアアアアアアアアア!!」


「アアァアァアアァア…………やっぱりいい声だ……最ッッッ高の美声を聞けたよ。ありがとね」


痛みを忘れ喉を裂いて咆哮する先輩隊員を尻目にはにかみ、吸血鬼は手を振りスタッフルームから退室する。

退室してからしばらく中を見て感心していると、自分と同じローブを着た人を見つけた。


「…………お、やっぽー!君は確か最近入った実像幻影の…………なんだっけ」


「トバリですよ、カラシミソ先輩」


「ごめんごめん、ところで何で骨を眺めてるの?」


「興味がありまして。先輩こそ何故いるんです?」


「同じりゆーだよ」


後ろに手を組み頭を下げ、後輩を見上げるカラシミソの目はどこかトバリを疑いつつも物珍しそうな目をしている。


「あの、なんですか…………?」


「いゃあ君の魔法がどうも気になるんだよね。今まで結構使ってきたのに誰も原理を知らない。共に行動しても、気づいたらもう発動していたとか何とか。でもぉ、一つだけ分かることがあるんだよね」


「やめましょうよ先輩こんな、こんな…………」


カラシミソの威圧的な視線にたじろぎ一歩引く。


「魔法を発動する前に一回君は一人になるんだ。なぜ?魔法の原理を知られないためさ。そして今、君は魔法を発動する前に一人になっている。ねぇ、もう一度聞くけど何で骨を眺めてるの?」


「やめましょうよ…………先輩……」


自分の体に糸をかけられている。

触覚に違和感はないが分かる。

指先から目を離した隙にかけてきている。

仲間にも手を出すとは噂にも聞いた以上の狂人だ。


「それ壊したらどうなるのかなぁ!!?」


今度はあからさまに手を骨に伸ばし糸を出す動作を行う。

そして、組み立てられた骨は為す術なく原型を失い、どこの骨かも区別がつかなくなってしまった。


「ああらら…………。────?」


虚ろに骨を見つめるトバリからは負の感情が全く感じられない。

むしろ真逆の感情を検知し、自分の犯したミスに遅れて気づいた。


「フフ……先輩……いくら相手の得体がしれないからって、知ってる情報だけでも十分考察しないと駄目ですよー?…………ほら、上危ないよー?」


不意をつかれたと上に身構えるが────。


「────ッ!?」


「なぁーんちゃって。後ろですよ先輩。……先輩狂ってる割には……意外と素直なんですね」


何かが背中に刺さり止まることなく腹を内側から貫き、カラシミソの胴体に綺麗な風穴を開けた。


「…………わぁお。…………凄いや」


痛みはない。

腹に手を当てればそこには何もなく、溢れ出る血だけが体の現状を教えてくれる。


「すいませんね。お得意の糸で応急処置でもして、大人しくこれから始まる僕のマジックショーでも見ててくださいよ」


「────!」


腹の穴に夢中で気づかなかったが、いつの間にかトバリの後ろに謎の生物が浮遊していた。


「…………鮫……?」


「そうです。やっぱり海洋生物界のメジャーと言えば鮫でしょう……?でもこれ、鮫は鮫でももっと大きい凶暴な鮫……」


また別の生物が増えている。

次々と降って現れる謎の巨大生物達がトバリを取り囲み、一斉ににカラシミソを見下す。


「メガロドンですよ」


「────」


ただ見惚れてしまった。

かつて存在した生物を生き返らした彼に。

まるでそこに存在しているかのような…………否。

存在している。

これが、これが。


「実像幻影…………!」


一度目にした事はあるが、その時とは比較にならない芸術性だ。

面白い…………そして、美しい!


「尚更…………教えて貰いたくなっちゃうじゃないか!!」


「大人しくしてって、言ったじゃないですか」


「────ッ」


冷徹に響いたトバリの声は、カラシミソの耳ではなく足に突き刺さり、彼は隻脚の人形と人形と化した。


「その辺にしときなさいメガロドン、彼は一応私の先輩何です。殺して揉め事にでもなったら面倒臭いので、その片足だけで気を収めてください。では行きましょうか」


戦いというものに興味は無く、ただいたぶる快感だけを求めてきたカラシミソにとって、敗北というのは初めてで心構えが出来てなかった。

欲しい物はこの力で奪い取り、反発すれば完膚なきまでにいたぶってきた。

それなのに今回、負けた。

負けた負けた。

負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた。

負けて、奪われた。

今まで自分が相手にしてきた事と同じように。

腹の痛みと違う苦痛だ。

憎い、憎い憎い。

殺す。


「あ、先輩。先程私にかけた糸ですが、どうやら私にかかってないみたいですね。まぁ、メガロドンが食べちゃったかもしれませんけど」


「ゥヴヴゥウウウウウウウ!!!!!」


「おー怖い怖い。狂人と言うより狂犬でしたね」


「足だけでも置いていけクソザコがァァアアアアァァアアアア!!!!」


「ンなッ!?」


糸で作った義足で立ち上がり、さらに腕を糸でコーティングし指先が鋭利な鎧を生成。

文字通りの矛盾を瞬時に作り上げ、糸を纏うことによって飛躍的に向上した身体能力は、瞬きさせる前にトバリの足元に食らいつき、獣人の如き鉤爪で風と共にその足を千切り取った。


遅れてトバリを取り囲む生物達が狂犬に牙を剥くが────。


「おやめなさい、言いましたよね。片足だけで勘弁してあげなさいと。皆さんが動いたら何も残りません」


ムクリと何事も無かったかのように立ち上がる隻脚の影は、傷口から鮮血が流ておらず、それどころか両足があるかのような奇妙なバランスの立ち姿をしている。


「残念でしたね、先輩。もう一度言わせてもらいます。知ってる情報だけでも考察しないと駄目ですよー?」


トバリの姿が崩れ去りただの砂塵と化した。

まさか、これも。


「何で僕が実像幻影使いと呼ばれるか分かりましたか?」


「あ…………あ、……、………………」



完全敗北…………。



「さようならです狂犬先輩」


実像か虚像かも分からない男の影は、高笑いしながら群れる化け物を引き連れ、暗い水槽の向こうへ姿を消した。



ーーーーーーーーーー



────現時刻水族館。


『落ち着いてください!焦れば判断力が鈍るのでどうか落ち着いてください!!』


「こんな状況で落ち着けるかボケェ!!」


殺到し押し入ってきた客だが、無料で招かれたはいいものの、観光中にどこからか聞こえてきた断末魔に不安を覚え出口へ逃げようと走ったが。


「何で出口が無くなってんだよおおおおお!!?!?」


異常事態に気づいた他の客も逃げようと出口を探しているがどういう訳か、外へ繋がる扉が見つからない。それどころかどこかで次々と悲鳴が聞こえては途絶え、館内はパニックに陥りまともに動ける状態ではなくなった。


『各隊員状況が分かり次第報告せよ。監視カメラが潰されて何もわからない』


『こ、こちら四番隊副隊長、N5水槽付近のスタッフルームから悲鳴が聞こえて駆けつけたところ………………』


『どうした!報告せよ』


『よ……四番隊隊長とその部下二名を発見。二名のうち片方は意識を失ってるだけで無傷、もう一人は意識はあるものの…………酷い……。足に銃弾数発と、心に傷を負ってしまっているようです。何があったかはだいたい察しは着きます…………』


拘束を解き体を解放したものの、虚空を眺め目元と喉を腫らし何かをブツブツと休むこと無く呟いている。


『どうした、構わん続きを…………!』


『隊長は…………!両足の腿を抉られ両指を失い、こめかみに銃弾が入っても尚…………。まるで人形のように今我々の目の前で踊ってます』


「オゥァルルレレロロロ!!!」


悲惨な状態に耐え消えれず嘔吐する者が現れ、それにつられる様に次々と若手隊員が吐き出し状況は悪化。


「しっかりしろ…………一旦落ち着け。隊長は副隊長である俺とオッサン二人で処理するから、お前らは今浮かぶ煩悩を捨て別の煩悩で脳を埋め合わせろ。お前ら若いよな。想い人とかいないのか?帰るためにはそれを糧としろ」


吊るされているかのような不自然な体勢で踊り狂う隊長の頭上に剣を通すが、何も変わらない。

では何で操られているのだろうか。

確かにそこに糸があるかのような動きだが…………。


「───!。なぁトンタさん、あんた博打したことあるよな」


「博打……?ああ、人鬼のか。それがどうした?」


「ちょっとこの剣に魔力纏わせて隊長の頭の上通してみてほしい」


言われるままに機能しない脚を浮かせて踊り狂う隊長の頭の上に刃を通すと、糸が切れたマリオネットのように隊長の体は崩れ落ちた。


「とりあえず…………」


運ぼうにも、どこが安全地帯かも分からず現場に留まる他なくなってしまった。

とりあえず今やれる事をしなければ。


「こちら四番隊副隊長、四番隊隊長の遺体と同行していた若手隊員二名は回収。惨劇に心を侵され動けない隊員四名、付近で悲鳴が聞こえないことから近くに客がいないと推測」


『静かにしろ。その場の隊員全員を今すぐ黙らせろ』


「…………?……よく分からんがお前ら今から声出すなよ。あと、客が来ても見られないようにドア閉めとけ」


『いいか、今から持ちうる情報を提供するがその前に合言葉だ。小声でいい』


「おいおいおいおい今はそんな事言ってる場合じゃあ…………」


『よし、本物と認証した』


隊長副隊長にのみ与えられた合言葉。

どんな意図があってあんな紛らわしい合言葉にしたのかは理解できないが、どうやらあれで認証されたらしい。


『まず、先程三番隊が四番隊のいるN5水槽の近くのN3水槽を調査したところ消息が途絶えた。今もスタッフルームにいるのなら静かに隊長の遺体を扉の前に置き扉から離れた場所に隠れて息を殺せ。敵は近くにいる…………!』


「ちょっと待って、そうなれば客はどうなるんだ」


『あれは客ではない。不法に侵入した犯罪者の大衆だ』


「違う、状況から察するにテロリスト共に唆されて知らずに入ってきたに違いない」


『黙れ、同期と言えど立場は私が上だ、命令に従え。これ以上善良な民の犠牲を増やしたくないんだ。犯罪者共を捨て、隊員を助ける。それが上司の勤めなんだよ』


「だから彼らは犯罪者じゃない、被害者だ」


『…………ッ。……言い方を変えよう。お前は今人質をとられている。お前が出ればすぐさま場所が割れ、お前もお前の部下も皆無駄に殺されるだけだ。だから救援が来るまで大人しくそこで待て。上司は部下を守るのが責務だ……!いいか』


「…………ッ。了解」


客をトラブルから守るために作られた部隊の筈なのに、客を犯罪者と定義し見捨ててトラブルから逃げ隠れようとしている。

これが被害者を増やさない最前の策だとは分かっている。分かっているが…………。


「四番隊……隊長を扉の前に捨て、事が収まるまで隠れるぞ」


「……懸命な判断だ副隊長。……ったく、司令が別の場所にあって安全だからって、1番危険な当事者に簡単に辛い仕事を押し付けてくれるよな」


「トンタ……いや、いいんだ。事後に何を言われようと上司命令でしたって言い逃れできる。責任は全部あっちが負ってくれるさ。……さぁ、俺達も隠れるぞ」


「かくれんぼするの?」


「かくれんぼって…………いい歳して誰がそんな事…………」


下を見ると子供がトンタの袖を引いている。


「…………誰?」


「トンタ!そいつは敵だ殺せ!!」


考えるよりも先に決めつけ最悪を逃れるために少年に刃を振り上げた。


「うッ」


首を切られ床に伏せる少年はもう動きそうにない。


「お、お前…………!」


「頼む……俺が殺人鬼であってくれ……!」


「残念だったね。まだ殺人鬼じゃないよ」


「───ッ!!」


首を抑えながら立ち上がる少年には、本当にダメージが入っているような手応えを感じた。

種族が分からない以上は下手に動くことは出来ない、仲間を呼ばれたら最悪。

相手の様子を見て自衛するしか選択は見つからない。


「トンタ、今は持ち堪えるぞ!…………トンタ……?」


横にいたはずなのに、どこにもいない。


「…………何だこのぶよぶよの塊達は……」


「分からないなら元に戻しますね」


そう言って少年が手で触れると肉塊が蠢きだし、ゆっくりと変形してゆく。

次第に何かの形を創造し、ようやくそれが何か分かった時には、口元を抑えていた。


「…………どういう原理か分からないが、それはトンタの腕だな」


隊長の無残な姿は何とか堪えた。

しかしそれに加えて、共に第一次反乱戦争を生還した仲間であり良い飲み友達であったトンタの変わり果てた姿、喪失感、憂い、恐怖。

積み重なった負が胃の中から混み上がってくるのを必死に抑えながら、戦争で学んだ現実を受け止める心の入れ替えを行う。


「みんなみんな僕からすれば粘土同然なんだ。勿論僕も」


少年は抑えていた首から手を離し、硬直する副隊長に手を伸ばした。


駄目だ。

現実を受けいれたらこの状況も受け入れて体が動かない。

恐怖で全身が硬直している。いや、これはきっと逃れれないと死を受け入れたのだろう。


「そうそう。大人しくしていれば変に歪んだりしないよ」


「────」


死を受け入れた体は素直だ。

死を受け入れた副隊長の上の天井にヒビが入り、その隙間から砕けたカスがこぼれ少年の頭上に着地する。


「ん?変形しすぎて脆くなっちゃったのかな……?」


ヒビが広がると落ちてくる天井のカスもだんだん大粒となり、危機感を覚えた少年は動けない副隊長を諦めスタッフルームから退室しようと後退した。


早くも天井は崩れ瓦礫と化した天井が床に降り溜まったほこりとカスで煙が立ち込めた。


「ゲホゲホ…………っててて。コーティングしてても痛いな…………」


さっきの少年とは違う少年の声だ。

状況の変化に硬直が解けた副隊長は全身の筋肉が緩み、脱力感に膝が折れ腰が床に落ち、ぶら下がる腕はしばらく持ち上がりそうにない。


「…………うわ、生臭」


「……誰?」


煙の中で立ち上がる人型のシルエットに見覚えはなく、声にも聞き覚えはない。


「誰ってお前、人に名前聞くならまず先に自分が名乗れよってテンプレ知らないの?」


最も器用に魔法を使える種族である吸血鬼の目で見てもその存在はよく分からず、人間に近い反応の筈なのだが、存在がぼやけて見え生物なのかも怪しい。

一文字で例えるなら謎。


「人……?」


「人の前に人の話を聞けぇ!!…………でも、人だったら良かったのになぁ」


「人じゃないの?」


「俺は疫病神だ。呪っちゃうぞ~」


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