1.4 水族館へ行こう!(前)

1.4





「うぼぇえええええ!」


「お前、いくらアルコール強くてもあれだけ飲めばな…………」


「仕方ねぇらろ、ぅい〜ひひひひ。何で、お前だけアルコールで、俺だけあんまい、ジュースだったんだロレヴァッ」


「いや、中身80越えてても容姿のせいで絵面がだな」



────乾杯した後、口に入れた瞬間にジュースと悟ったヒバナはジョッキ一口で飲み干した。

そして、再生で無かったことにしてアルコールを頼み一人改めて乾杯。

現在はギルドを出て宿を目指してる途中。


「大体そんなに辛いなら再生でなかったことにすれば楽になるだろ」


「はからろう!はいへいひはらひほひよふほんはほほふへへははっはほほひはふんはほ」


「何言ってるか分かんねぇよ。いいから再生しろ」


呂律が回らなくなり言語を発せなくなってしまったヒバナに痺れを切らし、両頬を思いっきり引っぱたいた。


「うひゃうッ…………う、あ、あぁ…………虚しい……」


再生で血中濃度が元に戻り赤かった顔も赤みがなくなる。全てを無にした筈のヒバナの心情は今、酔いにもたらされた快楽と苦痛が跡形もなく無くなり、むしろ混沌としてしまっている。


「酔いが覚めたなら宿に戻るぞ」


「覚めたというか、全てなかったことに……」



宿に戻ると、受付のお婆さんはまだ受付に腰をかけ客の帰りを待っていた。

良い子も寝る時間なら年老いにとっても寝る時間だろうに。

それなのに扉を開けると同時、気づいて優しく「おかえり」と迎えてくれた。


「夜遅くまですいませんね」


「いいのよぉ。………………あのぉねぇ、御二方。お部屋を探してるのでしょう…………?」


ああ、さっきの聞いていたのか。


「御二方が良ければですがぁ、ここを宿としてではなく、マイホームとして頂いてもいいのよぉ」


「え、本当!?」


「ええ、何せこの通り向こうに吸われたおかげで、お客が来ることがないのでねぇ。沢山ある部屋も勿体ないし、どうせならアパート感覚で住まわれた方がこの部屋も損はないでしょう」


「うええええ!!ありがとう!!あー、えー……名前……なんて言うんですっけ」


「私の事は女将もしくはママと読んでくれた方がしっくりくるわねぇ」


「じゃあ、ママで!ママありがとう大好きー!」


瞬時に抱きつこうと手を伸ばしたが、伸びた左手を右手が抑制する。


「危ない、イケメンならまだしも、俺がやったら間違いなくセクハラで通報される…………」


「そうかねぇ、私は結構好みだけどねぇ」


ハグされなかった事を少し残念そうに丸めた手を隠す。


「はははん、ありがとう。じゃあ今日は一旦部屋にもどるね、おやすみー…………の前に、おっ風呂ー♪」


「おやすみぃ」


「………………」


神太郎にそっと置かれた小袋は、金属同士の擦れる音を立てながら形を崩す。


「宿泊料じゃなく、今月分の家賃だ」


「こんなにいっぱい…………私には、あなたへの…………」


「恩しかない……か、そりゃどうも。だがそれは間違いだ」


神太郎の否定が、無駄な金を取り出し返そうとする女将の手を止めた。


「俺が今まで客の来ないこの宿に泊まってきたのは同情なんかじゃない、ただの常連としてだ。それに初めて来た時に気に入ったのが───」


「ヴぼおおおえええ!!!」


廊下の奥で何やら鶏の首を絞めた様な声が聞こえてきた。


「まぁ、そういう事だ。アレは、なかなかいいセンスしてるよ」


ああ、そういう事か。と女将は一人納得し、部屋に帰る神太郎の背中を見つめた。

そう、思い返せば獣人の娘をここに泊めたのは一度だけで、それ以降連れてこなくなった。

理由は他の客と同じ────。




浴場に行き、衣類を脱ぎ籠に入れると、気配に気づいたヒバナが渋い顔をして出てきた。


「何この湯!?むちゃらか臭いんですけど!?」


「臭い?孵卵臭のことか。そんなもん慣れだよ慣れ。これは硫黄泉と言ってな、臭いはキツいが療養泉として知られている、浸かれば切り傷に皮膚病、飲めば便秘や糖尿病に効くとかなんとか言われてる。効果はもっとあるがな。まぁ、臭いがしないのもあるらしいが、さっき言った通り慣れだよ」


「あー、だからこの宿の周りに建物がない訳だな…………え、つーか飲むのか」


「お前には効能も意味ないだろうな」


再生出来るなら療養泉の意味もない。ヒバナにとってはただの臭い風呂に過ぎない。


大丈夫、そういう風呂だ。と、不安がる心を鎮めながらヒバナは湯に浸かる。

この熱気とは違う熱さ。なんだか懐かしい気分だ。

お湯の中に入ったのは…………。


「俺が風呂に入ったのシオンの時と、あと終戦前にアズトさんの病院で入った時だけだな」


「そも、お前は再生する度体は新品同然になるもんな。…………ならお前に必要なのは洗濯だけってこったな」



窓から見える夜空を眺めて、一日を振り返る。


………………。

あ、車に乗るか酒に酔うかしかしてないわ。


「空も曇って星一つ見えやしない、オマケにぶ厚く明るい時間でも黒かった。明日は雨かなー」


「現代ではテレビで一週間の天気見れるぞ」


「まじかよ」


ヒバナはシャワーを浴びながら、強く体を擦っては嗅ぎ、擦っては嗅ぎを繰り返し硫黄の臭いを気にし続けた。

再生すれば済むものをと思ったが、再生してしまえば風呂に入ったという実感がなくなってしまうのだろう。


「スンスン…………スン。…………よし」


その後拭いたタオルの臭いも確かめた後、部屋に戻って布団を引いた。


「……お、あった」


そして早速テレビを閲覧。


「お、なんだ。絵が声を発して動いとるな」


「それはアニメだな。一応無駄知識に入れといたと思うが」


神冷めない熱気で滲む汗を拭きながら、神太郎は遅れて部屋に入ってくる。

風呂上がりで髪が湿っているせいか、重たそうに重力に身を任せ、昼間の髪型の原型を忘れさせる。


「お前髪長すぎて鼻まで隠れてんじゃん」


尻目に神太郎を眺めながらチャンネルを変える。


「一応切らなきゃなーとは思っていた」


『こんばんは。何故か深夜から放送される朝の名前の番組こと、【今日はどこへ行こう】のお時間です。…………はい、またお便り(苦情)が届いてますね』


「なんだこの番組、司会がお便り読まずに捨てたぞ」


「そういう番組だからな。規制ギリギリすぎて放送していいのか、とか言われてる程だ。放送開始当時は朝だったんだが、第1回生放送で朝から見つけた車でイチャつくカップルにインタビューしたせいで一時期テレビから追放された」


「そりゃ追放されるわ」


「名前を変えて別番組として始まったコレだが、それでもやっぱりスレスレ過ぎてな」


『この番組の存続も危うくなってきた事なので、珍しくまともな場所を紹介しましょう』


今まで何を紹介してきたんだ。

ヒバナは再度チャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばす。


『まず最初に紹介するのは、三日前開園した【ジュラ園】です。なんとこのジュラ園、かつて人間が生まれるはるか前に存在していたと言われる恐竜を飼育してるそうです』


「まじか!!」


リモコンを持つ手が止まり思わず声を上げるヒバナ。


『王都の隣にある成長の止まらない未知だらけの島島ディノサウロ。そのディノサウロで恐竜を捕獲し地上で繁殖させ、遺伝子操作による成長の加速、成長過程での調教による安全面などの調整、この開園の為に行われてきた大プロジェクト。それは大反響を生み他国からの客も殺到』


「がああああ!明日ギルマスの後すぐ行こうぜ!」


「そうだな。俺も恐竜見たことないから興味ある」


あるわけないだろ。


『入場料はこんな感じですね。午前8時から午後2時までのプランAが12000円。午後3時から午後9時までのプランBも12000。午後10時から午前4時までのプランCが15000円となります。いやーどのプランもお高いですねぇ』


進行役ともう一人のキャストの女性が相槌を打ちながら答える。


『それ程の大企画ですからね。妥当な値段ではないでしょうか』


『ですね。このジュラ園ですが人数制の為、1プラン300人しか入れません。そして、予約はその場でしか行えないため、これまた長蛇の列となります。今予約するとなると………来年まで待たなきゃいけないそうです』


「嘘、だろ……ぐはぁ」


いきなり希望の途絶えたヒバナは布団に突っ伏し大胆に落ち込む。


「まぁ、落ち込むな。事前予約ってのもあって抽選で10日までのチケットが当たる。一応俺もそれに応募しといたよ」


指先に展開した黄緑の魔法陣で風を作り、髪を乾かしながら真顔で告げる。


「まじでか!」


「外れたがな」


「フ○ック!」


『続いて紹介するのは【古代水族館】!こちらもなんと先程と同じ制作で行われた1大プロジェクトです!以下同文です』


「おい、テレビならちゃんと紹介しろや」


「これも事前予約してみたんだが」


「はぁ…………」


「プランA二人分取れたぞ。しかも明日」


「うりしゃああああああ!!!!!」


突っ伏した体を歓喜の力で反り起こす。


「うおおおあああありがとなぁあああ!」


「そりゃどうも。俺はもう眠いから寝る」


再生のおかげで睡眠を必要としないヒバナと違って、不老と神聖特有の能力以外は人間とさほど変わらない神太郎とって、睡眠も食事も必要不可欠。寝れる時に寝ておかなければ、体に支障をきたしてしまう。


ふとヒバナは思った。

性別がないなら生殖器もないのではないだろうか。

………………。


「………なあ」


「あ?寝かせろよ」


「寝る前に一つだけ教えて欲しいんだけどさ」


「何だよ」


眠気に気分を悪くし、睨む様な目付きでヒバナを見上げる。


「お前トイレどうしてんの?」


「くだらねぇ。寝る」


「えあーちょ、本当に気になってるから教えてっちょね!」


「俺はお前のキャラを知りたいよ。ブレすぎててわかんねぇ」


寝返りを打ち、よく分からない魔法で耳栓をし眠りに入った。

寝なくても大丈夫な体質のヒバナは退屈そうに一人、テレビ越しの声に耳を傾け朝日を待つ。


「そうだ、やる事ない今のうちに体質調べた方が効率いいな。試したいこともあったし」


漢字通りの自体研究。


「そう言えば廊下の窓見たら庭あったな。庭でやってみるか」


部屋の鍵は開けっ放しに靴を履いて部屋を離れた。


庭は木で囲み地面には砂利を敷き詰め、中心には優雅に池を泳ぐ鯉が数匹。


「候補では二つ。上手く行けば第五の再生まで作れるな」


どう足掻いても身体的に劣るなら技で補うしかない。

自分にとっての再生という存在を例えるなら、他の人にとってのナイフなどと言った人を傷つける凶器だ。

出来るだけ持ちたくないが、護身用の為に所持しておかなければならないように、ヒバナにとっての再生とは万物に通用する凶器。


まぁ、護身用で凶器持つ人なんていないだろうが。


昔昔はるか昔に、嫁が持っていたからそんなイメージがついてしまっていたのかもしれない。


「全てなくなってしまったのなら、その人の存在ももうこの世には無いと同じなのかな」


あの世界でアイビーに言われた言葉全て。

今聞いたかのように脳裏に刻まれている。


『見つけてね』

「ああ、見つけるよ」


『いつか緋国に連れて行って』

「任せろ」




『行ってらっしゃい』

「────行ってきます」


最後に交わした言葉。


「って言ったまんまだもんな」


『元神様からのお告げをやるよ。新しい事を見つけろ』


神太郎の言葉が過ぎり反論しようとするが。


「俺は何が何でも見つけ…………」


───諦めろなんて一言も言ってない。

勝手に見つからないと決めていたのは自分自身。

神太郎が言ったことにマイナス要素などなく、むしろプラスな方面の言い方をしていた。


「…………たく、妻を諦めちゃ夫失格だよな」


どうか待っていてほしい。

しかし記憶が無く別の存在ならば、年齢次第で自分の事忘れて今頃結婚していてもおかしくない。


「………………」


え、その可能性あったらヤバない?




ーーーーーーーーーーー



朝、目覚ましも無しに6時キッキリに起床。

そして朝イチに。


「お?どこ行くんだ?」


廊下ですれ違ったヒバナに行き先を問われる。


「朝風呂」


「オッサンかよ」


「朝食はロビーの別れ道の反対側だ」


「作ってくれてんのか」


「ここの女将は面倒見がいいからな。日頃感謝しとけよ」


「あたぼーよ。モーニングモーニングモーニング!」


スキップしながら鼻を鳴らし、窓から差し込む陽の光に心踊らされる。

窓の外を見れば、茂過ぎず寂し過ぎずの丁寧に手入れされた緑のバランスが雰囲気を醸し出している。


こんなに素晴らしい宿なのにどうして誰も客が訪れないのだろうか。


奥へ進んだ突き当たりに『食堂』と書かれた札のある扉を見つけた。


扉にはトラウマに近いものがあるが、ここは自分の家だ。

女将と神太郎と自分しかいない。


ヒバナは勢いよく扉を開ければ。


「おはようねぇ」


「おはようごます!」


扉の音に気づいて笑顔を振りまく女将。

どうぞと朝食の置かれた机に誘導された。


ヒバナは足元の薄くて四角いクッションに座り、並べられた朝食に目を向ける。


「焼き魚に白米に味噌汁。これぞ一般的朝食なイメージ」


覚えのないイメージに心を痺れさせ、その他のおかずに目を向けどれから食べようか迷い目を回す。


「これは箸か。…………あれ、ああ……」


存在は知っていたものの、使い方が分からず指からすり抜け落ちてしまう。


それを見て察した女将はすぐさまスプーンとフォークを持ってきてくれた。

しかし。


「ああ、ありがとう。だけど大丈夫。頑張って慣れるから」


そう言ってヒバナは置かれたスプーンとホークを端に寄せ、箸と格闘する。



朝風呂を終え、昨晩の様に魔法で髪を乾かしながら食堂に入る神太郎。

箸と睨めっこする光景に首を傾げ、理解すると隣に座り運ばれる朝食を待つ。


「短時間でだいぶ上手くなってんな」


「俺覚えるのはシオンの時から早いみたい」


神太郎の前に置かれた品は、ヒバナと違い野菜が多めだ。

焼き魚と白米は同じだが、味噌汁にヒジキが入ってる。

他にも、細く切った人参とごぼうでマヨネーズをあえたサラダ、大豆とレタスのサラダ。

最後に板こんにゃく丸ごと一つ。


あれ、サラダ多くね。


「何だお前健康に気を使ってんのか」


片手で箸の先を合わせる練習をしながら隣の神太郎に問う。


「ん、まぁ、そんなとこだな」


栄養とか必要だとしても、何か…………料理とか分からない自分が見ても偏りがある気が……。


「お、煮豆掴めた。よっしゃ、後は食べながら慣らしていくぞ」


掴めた煮豆を口に運び、続けてようやく他の料理にも手を出し始めた。

が、


「あちゃー。冷めちゃってる」




────食事を終えた午前七時。


特に荷物はないが支度を終え、ギルドマスターからの招集へ向かうべく家を出た二人。


ギルドは家から少し遠く歩いて行くのは非常にダルい。

せめて何か手軽な乗り物でもあればいいのだが。


「…………!。……そうだ、昨日の続きいいか?」


「あ?続き…………?」


「お前トイレどうやってんの?昨日は硫黄泉に夢中でお前の下半身なんて見てなかったよ」


「そもそも人の下半身見ること自体おかしくないか?」


「生殖機能がないならイチモツもないんじゃないかって思って」


「ああ、確かにないが」


少年の疑問をあっさりと肯定してくれた神太郎だが、肯定されたらされたでまた一つ疑問が増えてしまった。


ヒバナとして神太郎を見る前からこいつの存在と容姿、声は知っていた。

最初に見たのはシオンの死後。


最初は玉から始まり次に手足が生え、最終的には今の容姿と変わらないオッサンだ。

そう、その時だ。

その時は確かに生殖機能どころか生殖器が付属され、見せびらかすように目の前で動かしていたのに。


「何で見た感じの姿変わってないのに陰部だけ変わってんですかね」


「それはだな。お前の中の時の姿は、人間を意識して作られてるから人間と同じ形をしていた。が、しかし。いざ虚像を実像に現すとなると、色々問題が出てくる訳だ」


「再現するほどの力が無かったとか?」


「いや、それはむしろ十分すぎるほどあった。…………不要物が出てきたんだよ。元より姿は人間でも作ろうとしたのは神聖の肉体だからな」


「え、じゃあ、不要物として陰部もぎ取ったの!?」


「アホか。生成する時点で既になかったわ。だが、そこら辺の機能は改良していらなくなったから、生成中に省いて別の器官を設立。省いた場所の器官と元々連結していた回路は残った器官と繋ぎ合わせ代役にし、余った回路は無かったことにして神聖の受肉は完成だ。尿とかは全て肛門ですませれる」


「つまり表は人間、見えない場所はは別物。…………ロールキャベツみたいなもんか。で、遠のいたが質問の回答の結論は全て肛門から排出される……と」


「その例えはいまいち理解しかねるが、そんな感じだな」


一つの質問しているうちにギルドが見えてきた。


「何か洗礼とか受けるのかな」


「いや、本来はギルマスの承認があって入会出来るんだが、お前の場合は入会する前から特例になるような人から推薦があってな。とりあえず一度はギルマスと対面しとけ」


「挨拶だけならいいけど…………」



ギルドに入る時は扉の前には決して立たず、横からゆっくりと扉を開ける。それが重要。

安全を確認したら素早く入る。


「今日は何も無いんだな。……よかったよさった」


「そんな毎日壊されてたらたまらんわ」


気づいた受け付けのお姉さんが、カウンターに『不在なう』と書かれた札を置き二人に駆け寄ってきた。


「お待ちしておりました。では、ギルドマスターの元へ案内しますね!」


カウンターの横に設置された階段を登り二階へ。

二階は一階の酒場的賑やかな雰囲気とは違い、静かで植物に囲まれてる。


静か、そう、静かだ。

一階では飲み食いする人等が騒いでるのに、二階に上がった途端声が途絶えた。


「これはあれか。あの車と同じ断絶空間か」


「ご名答、マジックアイテムだ。これは少し高めで、消費期限は二年だ」


二階から続く階段で三階へと登ると小さな扉が一つ。

身長的に神太郎は頭を下げないと入れないくらい低く、ドアノブは何故か二つ。


「右を握ったあと左で開けろ」


「え、あ、うん」


よく分からないが右を握ってから、左で開ける。


手順通りに扉を開けようとすると、バチンと音を立ててヒバナの手を弾き返した。


『ノックくらいしなさい』


「いててて、、、え…………?」


老婆の声が聞こえたと思ったら、目の前で扉が一人でに開いた。

扉の向こうには誰もおらず、数メートル奥が見えないほど暗い。


『ノックして失礼します、常識だよ。まぁ、冗談はさておき、よく来たね。入っておいで』


言われるままに足を踏み入れようと持ち上げた途端。

見えない何かに胸ぐらを捕まれ、暗闇の向こうへと引きずり込まれた。



────。

─。



「やあ、いらっしゃい」


撫でるような女の子の声が黒一色の世界に亀裂いれ、浮遊感に包まれた少年を解放する。


「おお…………」


淡い色の煙に包まれた部屋に一人佇み、妖しさを滲み出す。

目と目の間の分の前髪だけを縛り上げ、褐色クリーム色の髪に覆われた白い肌。

エメラルド色に輝く瞳は自ら光を発しているようにも見える。


目の前の少女は淡く妖艶な笑みを浮かべ、右手に持つ扇子を口元に寄せた。


「私が君を読んだギルドマスターよ。…………そんな事よりどうじゃ?随分とよく出来ておるだろう」


目を細めはにかむ少女に思わず見惚れ、体が動かなくなる。


「んー俺にはよく分からんが、こいつには効果抜群みたいだな」


「そうか……そうかそうか!ならよしとしよう!!」


元気に立ち上がったと思ったら、ヒバナの前でボンッと音を立て煙を撒き散らす。


「ふぅ…………いかんいかん、ふざけるのもここまでにしようさね」


少女がいたはずの場所から部屋に入る前に聞いた老婆の声。

煙が晴れると少女の姿はなく、代わりに声通りの老婆が目の前でクッションに腰を預けていた。


「改めて、私が角兎がギルドマスター。そうねベニゴアとでも名乗っておくさね」


「本名は教えてくれないんすね」


小さな引き出しから取り出した煙管に火をつけ、名前を聞きたがるヒバナに煙登る煙管を差し向けた。


「入ったばかりのあなたを簡単に信用できるほど、この長い人生ぬるく送ってないさヌフォッゲフォ!」


「おいおい、慣れないもん吸うからだろ。無理に雰囲気出さなくていいから……。───あー、ヒバナそういうキャラだからあまり気にするな。さっき見た通り、老いても元気なババアだ」


「…………」


「何さねその目は……。いくらあの人の推薦でも、神太郎の了承を得ても。最終的に決断するのは私さね」


「…………その推薦してくれた人って誰すかね。その人のお陰で簡単に入れたみたいだけど」


「え、神太郎教えてないの?………なら私が教えてあげるさね。────サルビアって宿を知ってるかい?その顔だと知らないみたいさね」


この街の宿は確か二つで、その二つのどっちかだと思う。可能性があるとするなら我が家の女将の方だろう。


「俺らの家になった場所だ。あそこの女将がお前を推薦したんだ」


「マぁジかよッ。頭上げれる日は一生来なさそうだよ」


「あなたの質問に答えたから今度は私からの質問に答えて欲しいさね」


年老いても若く見せる柔い唇が、隙間からほんのり甘い香煙をこぼす。


「その香りの効能だろうか。

気分が心地よくなった。

草原に寝転び朝日と春の風を浴びてるかのような、安心感。

意識がゆっくりと遠のき、このままここで寝てしまいたくなるような。

さっきの子可愛かったな。

この狐みたいなオバサンに化かされていたんだろうけど、結構好み。

狐に化かされるってこういう事なのかな。」


「…………。義賊についてどう思うさね」


ぼんやりする意識の中で問われた問に答えるべく、なんとなく浮かんだ心の内を吐き出す。


「俺はぁ……ひひ事らと思いまふ」


「あれ、ちょっと強すぎたかな…………」


何を言ってるのかよく分からないが。

義賊。

なかなかいいと思う。

時代が変わっても変わらないものは多い。

その中の一つにも貧富の差というものがある。

もちろん金持ちにも人が良い者もいるだろうが、悪しき事に金を回し儲ける悪党もゴロゴロと存在する。


…………あれ、遠のいた意識が少し戻ってきた。


「もしも義賊になれるならなりたいさね?」


義賊になれるなら…………?

どうだろう。

自分に出来るだろうか。

やってる事は偽善であり犯罪。

いや、出来る出来ないじゃなくてやりたいかやりたくないかだ。

なら答えは簡単。


「んー、これの欠点は人の中を嫌でも聞けちゃうとこさね。弱めたら聞こえなくなったけど」


「…………やりたい」


「……あ、……それは本心さね?……聞けなかったから聞くけど裏は?」


「ない」


即答。

だが、口ならなんとでも言える。


「神太郎。最終確認頼むさね」


「安心しろ。こいつに裏はない。ただ前科はあるがな」


内情を読める神太郎の確認が取れると、ひとまず安心したベニゴアは煙管を投げ捨て、手で触れず魔法で窓を開放する。


吹き抜ける風が部屋に漂ってた香煙を外へ誘い出し、その香りによって齎されたリラックスも共に去っていってしまった。

換気を終えるとぼんやりしていた意識は元に戻り、さっきまで話していた会話の内容がパッと浮かばず、ヒバナは微妙な違和感と喪失感に苛む。



「────前科って何さね」


「こいつ過去に三……いや二度国家反逆罪被ってる。王様を殴り飛ばしたり、王様を人質にとったり」


「そんなニュース聞いた事ないけど」


「この国の歴史は500年、その間反乱の数は21テロ、12暗殺未遂47。500年にこれだけあればたかが自分の世代の一回でもニュースにするのもくだらない事だろ」


「愚王が世代交代して新しい王が出来ても、それもまた愚王だったらそりゃ、テロも暗殺教団も反乱軍も絶えず作られ続けるだろうさね」


「あ、あの、俺どうすりゃいいすか」


意識が戻れば一人会話についていけずに小さくなってたヒバナだが、放置したら会話が永遠に続きそうな予感から動くことを決意。


「そうだった。じゃあ、ヒバナに問おうさね。我々角兎は表では非公式ギルド。裏では義賊などといった犯罪に手を染めているわけさね。盗んだ金は孤児院へ。当然、手柄も報酬も名声も善意もないブラック企業さね。誰かから奪った福を分け与える偽善が主な仕事。我が裏ギルド『小福』へ入る気はないさね?」


昇った朝日が建物の隙間から除き、眩しい背景を背に勧誘するベニゴア。一つ指に魔法陣を展開しながらヒバナの回答を待つ。

回答しだいではこの指先の魔法が───。


「入る入る」


「軽いさね」


先程の煙管での魔法使用時に結果は出ていたが、解除されるとリセットされ同じ問に再度悩む人が多い。


先の魔法だが、あれは煙管でも何でも煙を出せるなら何でも発動できる。

煙に魔法を染み込ませ、それを相手に吸引させると脳に刺激を与える。その刺激に反応した脳は思考と行動が一つとなり、考えてること全てが口に出てしまう。

また、効果中の記憶はなく実感も残らないため、本人には何もせず時間だけが過ぎてしまったかのような喪失感だけが残される。

この魔法はベニゴアが独自に開発したものであり、使用できるのは彼女だけである。

一つ使い方誤れば大きな犯罪にまで発展する程の魔法のため、神太郎以外の人間には教えてない。

というか、神太郎にも教えてないのに神太郎には能力でバレてる。


「………………」


よく辺りを見回してみれば本棚に囲まれている、

壁のように並べられた本棚。

煙が無くなるまでその存在に気がつけなかったが、改めて見ると。

…………。



全て少女漫画だった。



「心は若くありたいさね」


「いや聞いてないです」


恥ずかしそうに顔を赤らめながら趣味に言い訳をするベニゴア。


「それじゃあもういいだろ婆さん。俺達昼から水族館行くから」


「あら、神太郎が水族館に行くなんて珍しいさね。あなたが興味持つ水族館なんて………。───まさか古代水族館!?ねぇ、そうでしょ!?いーなー!いいないいないいなーー!!ねぇそれ何人なの!私も行けるかなぁ!?ねぇ私も連れて行ってよ!お願いぃ〜!!」


先程の少女に変化し神太郎の足にしがみつき訴えるベニゴア。

ズボンを引っ張り駄々をこねる姿は、先程の老婆かと疑うほどに愛らしい。


「引っ張るな。生殖機能のない俺に変化は通じんぞ。おいヒバナ移動ここから水族館までは少しとおいいから今すぐ行くぞ」


足に張り付いた少女をクッションにほおり投げ、早足で退室する。


「…………あぁ……いいなぁ……。私応募したのに外れて…………。はぁあー。あ、そうだ、ヒバナ君」


「ん?なんすか?俺もこれは譲れないすよ」


「いやそうじゃなく。さっき近づいた時にあなたの身体見せてもらったの。私、医療魔学の研究した事あるから人の体のことある程度分かるんだけど…………」


「…………?」


「あなた面白い体してるね。私は……私はって言うか魔法使える皆、人鬼になった事あるから魔法使えるんだけど、人鬼にはもうなれないんだよね」


「……??どゆこと?」


この人が命を投げて博打打った事だけ理解出来た。


「つまり、あなたはどういう訳か……。人鬼になった際に出たモヤが自由に使えるのよね」


モヤ。

あの黒いやつか。

あれは確か硬くなって人鬼の鎧みたいになったり、大きな腕になったり。


「まじすか。でも自由に使えるつっても、使い方分からなけりゃ使えないも同然すね!」


「まぁ、それはそれでいいんじゃないかしら。あれの使い道なんて思い当たらないし。それにあれ、負となったマギだから魔法として使えない上、魔力消費量も半端ないからあまり使えないのよね」


「へぇー、結構詳しいんすね」


使い道ないことはないと思うけど。


「そうね。今の時代研究も進みすぎて色々できるし…………あー、神太郎戻ってきたから話は終わりね」


「それじゃあ、これからよろしくお願いしますギルドマスター」


「よろしくねーヒバナ君。あなたの中見てみたいからいつでも来なさいな」


手を振って少女と別れ、扉を出たら階段を登って戻ってきた神太郎が本当にいた。

感情の薄い奴だから怒ってる様子はない。


「ほら行くぞ」


「よしゃあ!待ちに待った古代水族館行くぞお!ぉぉ…………。。。」


「どうしたよ」


「俺疫病神が憑いてるみたいだから、水族館で事件が起きそうで…………」


「そんときはそん時だ、あまりそういう事は考えるな。心配過ぎて楽しめなかったなんてなったら俺の抽選が無駄になる」


「それもそうだな。……ふぅ。──今日はたのしむぞおおお!!ぉぉおおお!!!」



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