1.3 クエストへ行こう!

1.3



────名もなき神は見た。

この体に入る際に少年の未来と過去を。

コマ撮りの様に並べられた軌跡に触れると、この少年の軌跡を断片的に客観視できる。

触れた瞬間に雪崩込む情報に耐えきれず、離してしまった。

しかし、その僅かな一種を触れただけでも脳内に膨大な情報が収納され、まだ収納しきれていない情報が荒れ狂い脳内に反芻する。


「俺と結婚してくれ」

「───ない……死にたく……ない、死にたくない。せっかく生まれたのに、出会えたのに……死にたくない」

「たとえ、お前が俺のことを忘れようとも、俺は絶対にお前を忘れない」

「俺は、救えぬと言われた命を救う」

「俺には救えない」

「何でお前は最後まで俺を怨まなかった……」


「守りたいものが増えれば、失う辛さが比例する」

「待て、お前が同じ土俵に立つ必要はない」

「俺は救えない……」

「俺はもう、戻れないみたいだ」

「ツケを返しに来たぞケイアス!!」

「結婚、して欲しい」

「戦争を終わらせるのがまた俺か……」

「行ってきます」

「これで不死身の俺様も、終わりか」

「はは、ずっといてくれたんだな」

「ありがとう」




───どれだけ足掻いても届かなかったその手が、届く日はいつしか訪れるのだろうか。



ーーーーーーーーーー



クエスト場所への移動の道中。



少年と神太郎は長距離移動の為、乗り物で行く事を選択した。

馬車?ではなく、鉄の何かに乗せられ荒野を駆け抜ける。

別に長距離行かなくともすぐ近くに同じ依頼内容の場所があったのだが、土地勘のない少年は分からず適当に取ったのが、たまたま一番遠い場所だった。

ガラスの窓をボタン一つで下げ、そこから身を乗り出して風を浴びる。


「すげぇな!車輪だけで走ってるよ!馬よりも速い!」


「これは車だ。運転手のマギを動力源として歯車回しゴムの車輪を動かしている。マギがでかい奴ほど適任の職だ」


「いやぁ、再生で来なくてよかったよ!」


「俺がいる時は再生飛行を使わせねぇからな。降りる度に疲れたくない」


「そうだな。俺もこれからできる限り普通の人間として生きたいな」


絶対安全とは言いきれないが、今のご時世ならこの体質を有効に利用して生きていけるかもしれない。


「ほぉう、ならお前も配送屋をやってみたらどうだ」


「ん、何でだ?」


「どうやらお前のマギはお前と違って無限らしい。つまりどれだけ使っても切れることはない」


「なるほど。見方を変えれば便利な体質なこった」


「それだけじゃない。自身のマギを抽出する事が可能となった現代では、マギを売ることもできる。無限に抽出できるお前向き。これらのようにお前の体質に合った仕事なんて探せばいくらでもある」


「いいな。そういう凡な生活」


いつかアノンが夢見た、家を持つというのが叶う日も近いかもしれない。


「そういえばマキモさん凄い好意を露出してたけど、そういう関係なのか?それともふったのか?」


「俺達はフッたとかフラれたとかの関係じゃないんだけどな………一応」


「一応………?」


「まぁ、言うなれば娘だな」


「娘ェ!?」


いや、落ち着け。よく考えれば生殖機能のないこいつが実の娘など持てるはずがない。それに相手は獣人

つまり、拾い子と言う訳だ。


「じゃ、じゃああれはファザコンと?」


「いや、なんて言うか、あいつにとってはガチ恋らしい」


珍しく頭を抱える神太郎。

何にも関心を示さない様な奴と思い込んでいたが、娘の事は結構考えてるみたいだ。


「ほうほうほう。なら答えてやればいいじゃねぇか」


「無理だわ。あいつも将来の事分からずにお父さんのお嫁さんになるとか言ってた時期あったよ。でも当然ながら、成長するにつれて自分が人でない事と、俺が人でない事と、血が繋がってない事に気づくよ。普通そんな状況に立たされれば自分の存在を問いたくなるだろうな」


懐かしむ目で過去を見つめる神太郎の目は、見た目の年齢によく合った父親の目だ。


「あいつ、ポジティブすぎて簡単に血を捨てたよ。大人になったら俺を父親じゃなくて異性として見始めてな、お嫁さんになる!からお嫁さんになってやる!になっちまったよ。………人間関係って難しいんだな………」


「立場が複雑だな。ところでお前一人で育てたのか?」


「いや、流石に長寿の俺でも未経験は無理あるから、ギルマスに手伝ってもらった」


「じゃあさ、あの子は俺にとって孫娘になるのかな」


「は?」


「いやだってよ、お前を解放、つまりこの世に生んだのは俺だぜ?ならお前は俺の子となりその子は俺の孫となる。スイレンはそのうち生まれるであろう子供だ」


「ハ、お前面白いな。自分より若いやつが父親なんて」


「俺も自分より老けた息子を見るのは奇妙だよ」


車の中で少年に跪き、拳を足元に置く。


「本当に面白い。…………ヒバナ、お前を主として再認識する。これは義務ではなく、俺の意思によるもの」


「そうか、なら俺はお前を息子として認識するよ。…………やっぱり無理だわ」


「だろうな」


どう見てもこいつを息子として見れない。

自分の半身と見た方がしっくりくる。

でもスイレンは半身にも思えて娘のようにも思える。


「………俺は子宝に恵まれてるなぁ」


「ところでお前にいい情報をくれてやる」


「ほうほう。珍しくいい情報だけか」


「俺は神聖だからともかく、お前、普通に受付嬢が魔法使ってて何も思わなかったのか?」


「ああ、そういやそうだな。人間が魔法使うには一回人鬼となってマギを解放しなきゃいけないんだったな」


「そうだ。つまり魔法を使える人間はカルメ家を除いて全員元人鬼だ。」


「そういえば何でカルメ家は魔法使えたんだ?やっぱり遺伝か、それとも血の補正か」


思い返せばフィーリアは、自らの剣に魔力を纏わせ魔法を斬ってきた。


「まぁ、そんなとこだな。だが、カルメ家と言えど完全に使える訳では無い。カルメ家が使える原理は、遺伝よって生まれた時からマギに小さな穴が空いていたせいだ。だがそんな小さな穴じゃ満足に使うどころか微量な魔力を物体に纏う程度しか出来ない」


確かに剣に纏うだけだったが、まぁ、血の補正のせいかそれでも十分だったと思う。


「一方、完全に人鬼と化した一般達は当然マギも満足に解放されているため、魔法が使える」


「だが、それなら全員魔法使えて今頃魔法社会が出来てただろうな。それでも魔法をあまり見かけなかったのには、当然大きなデメリットがあるからだろう?」


「当然、本来人間は魔法を使うような種族ではない。それでも魔法を使うには人間を捨てなければならない。また、その成功確率は70%」


「思ったより高いな」


「いやよく考えてみろ。30%は失敗だぞ。失敗したら人権は剥奪され殺処分だ。確率は一人一人に存在するため人が変われば確率はリセットだ。つまり、10人中10人が人鬼になるかもしれない。お前と違って皆命は一つ、その一つだけの命を70%に任せられる奴なんて多くはいない」


「何を言うか。俺だってストックが半分に減ってから命がすっごく惜しくなったぞ。お陰で痛みを痛みとして感じるようになったぞ、どの位かと言うと脛を打てば昏倒するレベル」


「いやそれが普通の人。………目的地へは夜遅くに着くと思う。お前は寝なくていいが、眠る代わりと言ったらなんだが、精神世界に行ってみたらどうだ。70年ぶりのスイレンと新しい新入りが迎えてくれると思うぜ」


そうだ、人様が凍ってる間に一人追加されたんだった。


「そうだな。じゃ、お休み〜」


眠気ではなく、頭を抑えたくなるような激しい頭痛がヒバナの意識を連れ去る。

連れてこられた先は毎度色気のない白一色の世界。

そこに咲く一輪の笑顔。


「お久しぶりです我が主様」


「えーと、スイレンと」


スイレンの横に立つ黒髪の男。

その姿はどこかで見たスーツを着こなし、畏まるように正座でヒバナを迎えてくれた。


「我が我。勝手に侵入した事をお詫びします」


「お、お前………はあ!?」


これは間違いない。

自分だ。

いや、むしろ合点がいく。

何故なら一度シオンに殺されかけた事があるからだ。

あれは未来の自分故に、その身にこの神聖を宿して過去の自分を殺害しに来た。


「なるほど、そういう事か」


「そういう事でございます」


「スイレンは知ってたよな」


「主様のその融合した記憶は元々、未来の主様に仕えていた私が今の私と融合したことによって植え付けられた記憶です。ですが、その記憶というのは制約で一部規制され過去に現界した事時点からのスタートとなっております」


「そうか、宜しくな。俺」


「宜しくお願いします主様」


「あ、自分に言われているみたいで何か気持ち悪いからタメ口でお願い」


「分かった。主様俺の能力の説明に移らせていただきます」


「主様ってのもな………まいや。で、なんすか」


「まず俺は下級神聖のため、世界を書き換えるなどといった行為は出来ない。だが、主様の存在を書き換えることは可能だ。この能力は、主様を真の姿に書き換える能力。つまり一時的にシオンになれるという事です。アスターにもなれるのではとお思いになられるでしょうが、残念ながら不可能です。アスターであった思い出が薄く、主様はアスターという存在を強く認識出来ません。故に、アイビー様とご対面された際もアスターの時の事は夢としか認識していませんでした」


「無理してタメにしなくていいよ。途中から戻ってきてるし」


「カシコマッ」


「俺ならともかく、シオンそんな事言わないと思う」


敬礼をしながらウインクするシオンは見ていて気持ち悪い。

今後やらせないようにしておこう。


「主様、もうすぐお着きになるかと思われます」


「早いな。もっとゆったりしていきたかったんだけど」


「主様が望むならいつでもこちらへ。シオン様には私からこちらの事を説明させていただきます」


「力の使い方は何となく分かると思います。主様が望まれれば私の力存分に」


「宜しくな。お前の名前考えとくよ」


「有り難き」


「堅くならなくていいよ、どうして二人ともそんな堅いのかな。あいつは全くだったのに………そんじゃね。バイバーイ」


「バイバイです」


スイレンが笑顔で自然と手を振って「バイバイ」と言ってくれたことにニヤつきが止まらず、頭痛に悶えながらも消えるまで不気味に笑い続けた。



ーーーーーーーー



「お目覚めのようで」


こちらを見向きもしないで意識の覚醒を感知され、少し気味悪い。

到着は夜遅いと言っていたが、月の上がり具合を見たところ本当に夜遅く、現在は深夜だと思われる。


「おはよう。一つ気になったんだけどさ。神聖に下級とかあるの?」


「ああ、あいつの事か。結論から言えば、ある。下級と言っても特級未満の事を指すだけだがまぁ、特級か下級かで能力や解放後は変わってくるがな。俺とスイレンは特級だ」


「へー。その違いとは?」


「まずその説明の前に俺達神聖の存在意義を簡単に説明する」


「存在意義?」


「昔昔二人の神ミィエスュとシャムスがいた事は童話程度に知ってるよな。お前達ミィエスュの神兵はミィエスュがシャムスとの勝負に勝った事で世界を創造し、その一つとして生み出された人間という生物。だが、諦めなかったシャムスは独力を止め、自分もまたミィエスュの様に生命を生み出した。そして、勝手な事にシャムスはその生み出した生命に自分の勝負を託し死んだ。そこでシャムス生み出された生命こそが俺達神聖てわけだ」


「え、そこで死んじゃったら他の種族達は……!」


「ここからが神聖について。弱っていたシャムスは残りの力を使って、人間をはるかに上回る性能を持った神聖を100体生み出した訳だが、最初の方に生まれた神聖達はシャムスの力が有り余り能力が高めに設定され、一方後半に生まれたのは力が微妙で特級程の性能のない事から差別として下級と呼ばれた。だが下級は特級よりも数がはるかに少ない為、逆に憐れまれた。残念な事に俺達はその世界に出る程の設定はされてなかったらしく、ずっと胎内に閉じ込められたかの様なものだった。しかし、人間を観察していたある時一人の神聖が気づいた。人間の中でなら存在できると。とはいえ存在する事が出来ても自由ではない。そこで俺達は考えた、胎内では何の意味もなかったこの力はそのために作られたのではないか。この力は自分達が使うのではなく、自分達が利用する人間に力を与える為のもの。そしてその肝心の力の内容は、ミィエスュの世界を書き換えること」


「書き……換える」


「お前のその能力もそうだが、特級神聖にはこの世界の一部を書き変える力がある。この力はまるでシャムスが『世界をぶち壊せ』とでも言っているかのようだ。今まで解放された特級の殆どは人間以外の他種族を生み出した。さっき言った通り、神聖はこの世界を書き換える力を持っている。あたかも元から存在していたかのように人間に認知されているが、実際はお前を転生させた時のように無理やり存在を上書きしただけなんだ。当たり前のように存在している種族だが、もしかしたら今さっき生まれたものかもしれない。だが下級神聖はそれ程の力は持っておらず、その者の存在を書き換えることしか出来ない。そう、例を挙げればアマダメだな。あれは自分を石だと思い込めば周囲からの認識が石となるように、思い込みで存在を書き換えれる能力だ。当人は最後まで自分が神憑きとは気づかなかったよ」


なるほど。

70年前の謎が解けた。

今更どうでもいいけど。


「さて、そろそろ到着だな」


窓を見上げれば、何も無い平原の頭上で散りばめられた星々が雲の隙間から覗き、月光が銀の車を輝かせる。


「ほうほう、あれが依頼主の御宅みたいだな」


車の前方に一件の平屋が待ち構えており、その裏にはトマラリルから家畜を守るための大きな小屋と屋根の倍の高さに隆起した崖が見える。


「ちなみに新聞には、トマラリルなどの害獣のその日の被害予報が地域ごとに記されている。天気予報みたいなもんだ」


「俺の事だからどうせ今日の状況は最悪とかなんだろうな」


「ご名答。今日は月に一度と言われる被害予想らしい」


「結構頻繁にあるのな」


「奴らが来るのは気分次第。運がいいのか、あの小屋を見る限りまだそいつらは来てないようだ」


見た限りでは、小屋は襲われすぎて既にボロボロなのだが。

これでもまだ荒くれた奴らが来てないのなら、来た時小屋は簡単に吹き飛ぶんじゃないのか。



車から降りると、音で気づいたのか依頼主が家から出て迎えてくれた。


「わざわざ遠くからはるばる悪かったね。ささ、こちらへ」


「あの、俺初めてで不安なんすけど」


「妖魔軍幹部を仕留めた奴が何を言う………」


「おや、武器すら持ってないようですが、素手でやるので?」


「あ、そうだわ。俺武器持ってないどうしよう!?」


武器を使う時はいつも用意されてる時だけだった為、初クエストで大きな誤算が生まれた。


「でしたら私が提供しますよ。斧でも猟銃でもナイフでも」


「え、まじすか。お金もらう側なのにいいんすか」


「大丈夫ですよ。やられれば私はお金を得ることすら出来ないどころか、むしろマイナスになってしまいます故」


「それもそうだね、なら遠慮なく。ナイフと猟銃お願いします」


棚から引き出された刃渡り20センチ程のナイフと、壁に掛けられた猟銃を机に並べられる。


「あの、猟銃の弾薬は………」


「ないぞ」


「え、まさか魔力弾的なのとか言わないよな」


「ご名答。そいつは握った掌から体内を循環するマギを吸収して自動装填される。マギが切れない限りは弾切れの心配が無いって事だ。お前にうってつけだろ」


「ホント凄いな現代技術」


「試し撃ちしてみますかな?」


「おうよ」



────。

───。

──。



動物も人も通らない平原を奥にし、ヒバナは猟銃を、依頼主はそれぞれ大きさの異なる板を五枚。


「いつでもオッケーよ!」


「あー、おっさん。投げるのは俺に任せてくれ。誤って撃たれたら困るだろう」


そんな心配一切してないだろうに。

絶対何か仕掛けてくる他ない。


ヒバナは頬を釣り上げ不敵に笑う。


「望むところッ」


「行くぞー」


神太郎が最初に構えたのは一番小さい的。

その的を大きく振りかぶり………。

いや的って振りかぶるものじゃなくね。


横投げで的が飛ばされる瞬間、神太郎の腕が赤く発光してるように見えた気がした。

隙間のない空気を断ち切りヒバナ目掛けて飛ばされた的は、ヒバナの目線からだと綺麗に横に倒れており、最も薄くなっている状態だ。

撃てなくても外しても一般人なら骨が砕けるであろう威力。


「…………」


一秒経つ頃には既に的は地面に落下しており、その的は小さな球体に抉られたかの様な痕を残して虚しく地面を転がる。


「おっさん。試し撃ちは終わりだ」


「一つで良かったので?」


「十分だ」


「身体能力で周りに敵わない俺ならこう言った銃は天武器かもな」


どんな姿になっても経験値が引き継がれ、実際にその力で戦争で功績を挙げた実績がある。

その後の行いでパーになったが。


「予報では、皆が寝る頃合に南から来ますと」


依頼主の示す南は小屋の裏にある崖の方向だ。


「そうか。なら崖で見張っておくとするか」


「あのさ、トマラリルの簡単に狙える急所ってどこか分かる?」


「心臓って言いたいが、内側にある上いちいち狙ってたら手間出しな。ナイフなら首、猟銃なら頭でいいと思うぞ」


「頭って、簡単に言ってくれるじゃないすか」


「お前ならやれるだろう。だが、群れを成す奴に通用するかは────」


遠くを見つめる神太郎の目が細くなり、利き目の手前に青色の魔法陣を重ねて展開する。


「来たな」


「え、まじ!?」


視線を追うと遠くに砂埃が見える。

あれだけ走るとなると流石に鳥でも足は発達するんじゃないのか。


「あ、消えた」


「いや、来てるぞ」


「え………?」


砂埃が消えたと思ったら今度は地面が揺れ始め、


「どぅわせぇああああ!」


突如足元の地面が隆起し、ヒバナは地面と共に突き上げられた。

砂埃が消えたのは、全体が埋まるほど掘り進めたからなのだろう。

地面に着地すると同時に身を回転させ、衝撃を分散しながら猟銃を構える。


「………おいおいおいおいぃ!?これのどこが難易度1だよ!?つーか鳥じゃねぇだろ!」


自分を突き飛ばした元凶は見上げるほど高い人型で、月明かりに照らされても尚黒く、大胆に抉られた穴の縁周りの地面を抉る大きな五本指を持ち、まるで液体のように流動する体毛は一本一本に意思があるようだ。


「その場の状況で変わるからな。だがこれは、難易度2くらいあるんじゃねぇのか?」


「それでもたったの2かよ!?」


「ピギョァァアアアァァァアアア!!」


この轟音、重量、威圧まさしくキメラ。


咆哮を浴びせられた後は、突き上げられた大きな手を叩きつけられる。


「うぉっちゃ。───ん?これ、何かよく見ると」


肉食として家畜の前に目の前の人間を獲物とした巨人。穴から全身を出そうとはせず、突き出た上半身だけで獲物を追い詰める。


「そぉっれ!」


禁じる予定だった再生を早くも解禁したヒバナ。

ナイフで裂いた腕から吹き出す血を浴びせると、猟銃とナイフを上空へ投げ飛ばし再生を発動させる。

ヒバナが消えると同時に間もなく巨人は崩壊し、その中央から埋もれていたらしいヒバナが姿を現す。


「やっぱりそういうタイプか」


崩れた巨人は人の様な面影が失われ、聞いて浮かべていたイメージ通りの鳥が大量に姿を現した。


「よし!」


巨人を形成していた編隊が崩れパニックに陥り、その場でじたばたする事しか出来なくなった鳥達に刃閃を見せつける。



────。

───。

──。



「あー!疲れた」


「お疲れ」


空は紺から青藍色へ移り変わり、地平線の彼方は少し黄色く染まってる。


その場に集まった全127匹(多分それくらい)を討伐し、流石に疲れたヒバナは疲れを再生する前に地面に背中を落とした。

大量にいたはずのトマラリルだが、首を裂くと黒い血のような物が吹き出し、絶命を確認すると全身が収縮し


「つーかお前今まで何やってたの?」


「バックアップ。同じとこを叩いててもあの数は捌ききれない、だからお前が逃がした奴らを俺が仕留めた。もれなく完遂したわけだ」


「これはこれは、ありがとうございます!」


崖を遠回りで登り、抉られた地面を一瞥して結果を分析した依頼主は深々と頭を下げる。


「まさかこの季節に団豪が現れるなんて………」


「団豪………?」


「希に現れる団体行動を行う集団だ。この季節には見れないはずだが、何事も例外はあるって事だな。こわいこわい」


「俺の不運凄くねぇか」


「ホントだな。疫病神に好かれてんじゃないのか」


「……………」


再度深々と頭を下げ感謝を現す依頼主。


「御二方ありがとうございます!団豪に襲われていたらこんなボロ小屋どころか、私まで捕食されていたでしょう」


想像で身震いし自分の体を抱きしめる。

商売道具どころか商売人が死んでしまっては元も子もない。


「私感謝いっぱいで報酬金は倍で振り込ませて頂きます」


「ありがとうございます」


「運が悪かろうと結果オーライだったな」


「ほんじゃ帰るか」




────。

───。


クエストの帰り道も行きと同じく長い道のりを車で帰る。

場所が場所で運送屋も通りかからず、手配しても来るのには時間がかかるため、追加料金を払い待機してもらっていた。


「私下から見さしてもらいましたけど、お客様方お強いのですね。私団豪見たことないのですが、仕事上結構話は聞くんですよ。皆口を揃えて『あれには敵わん』と言って逃げてくらしいのに」


後ろで喋る様子のない二人を見て運転手が話題を持ちかけた。


配送屋は客のプライバシーを守るため、運転席を魔法道具で防音効果のある薄い膜を張り、客席の声は聞こえないが運転席の声は一方的に聞こえるようになっている。

客席にあるボタンを押すことによって、膜の濃度を薄くし客席からの声も伝えれる。


「経験の差だな」


「おや?以前も倒したことがあるので?」


「いや、初見だ。俺はないが、こいつは一度キメラに出くわした事がある」


「あーそんな事もあったなー。烏龍に完敗し……ふご」


「烏龍………?」


「お茶と間違えたんだろう、忘れてやってくれ」


烏龍という単語を知らなさそうな運転手に、何でもないと隠そうとする神太郎は、膜を張りヒバナの口を抑えて耳打ちする。


「烏龍は黒歴史として人類史から抹消された。現代ではなかったような存在にされている。歴史が違うと口にした老人が朝には死んでいたなんて話はよく聞く。現代で学ぶ歴史の殆どが虚飾と虚偽で溢れているように、過去を指摘すれば歴史の管理人から消される。だからあまり過去には触れない事だ、覚えとけ」


ヒバナは静かに顎を上下に振り了承を示す。


「話を変えよう」


口から手を離すと、神太郎は何も無かったかのように足を膝に足を乗せて座り直す。


「俺達には帰る家がない」


「───!!!?」


変えられた話の内容は、普通に生きようとするヒバナにとってかなり深刻な問題を告げてくれた。


「俺は今もだが金があるから、夜はギルマスにマキモを預けて宿に泊まっていた」


「んー、そうだな。今日はとりあえず宿に泊まって、明日は家を探そう」


「宿……ね。あの街には宿は二つある。お前はどちらを選ぶ?」


「────?」



神太郎の問の意味が理解出来ないまま、ヒバナが解放された街ウィングルグに着いてしまった。

普通に聞いたまま答えればいいのだが、聞かれた問はそれだけじゃない気がする。


もう夜だ。だが昨日とは違い、街の中心から少しズレた場所にそびえる時計塔はまだ七時を指している。


「さて、この街の宿は向かい合ったこの二つしかない。どっちだ」


片方は氷漬け少年が飾られていた古臭くボロい宿。

もう一つは繁盛しているのか、こちらに比べて豪勢な宿。


「ほうほう………。まぁ、こっち一択だろうなー」


少年が迷わず選択したのは豪勢な宿ではなく、ボロボロの宿に加え従業員はババアのみの方。


「つーか、お前聞かなくても分かるだろ」


「分かるが、物語のキャラクター同士が無言で会話してても見てる側にとっては何の面白みもないだろ?」


「それもそうだが………」


「その問の答えだけをいうとスイレンだ」


そう言えば昔、楽しみにしてると言っていたな。


「見つけたぁ」


「現に今お前の思考を読んで答えた。当然、見てる側には何も分からない。お前の中にいるうちは一心同体で思考も読もうと思えば読めるだろうが、」


「ととととと」


「読もうとしないあいつは普通の人間と変わらない客観でお前という物語を見ている。だからお前…ぶぼら!」


人の事をよく知る自称神様でも背後の未来は分からないらしく、背中を谷折りに吹き飛んでいった。

なんか、出会ったばっかだけど、今後見れなさそうな貴重な光景を見れた気がする。

ヒバナは今の光景を脳内メモリに保存。

一部切り取って。


「まったく!シンさんどこ行ってたの!昨晩見当たらなくて私すっごく寂しかったのよ!?どこか遠くへ行くなら言伝なり置き手紙なり矢文なりしてって言ってるじゃない!!!」


「矢文って…………」


腰をくの字に折った元凶はマキモ。

ヒバナの動体視力でもギリギリ捉えれたが、神太郎が反応するよりも速く腰に抱きつき、慣性に流されるがまま神太郎と共に吹っ飛んでいった。

からのうつ伏せに倒れる神太郎に馬乗りし背中をポカポカと音をたてながら殴る。


────いや、たしかにポカポカ背中からは聞こえるが、体を伝って衝撃を伝える地面の音はドゴォンだ。


傍から見れば親子喧嘩では済まなさそうだ。

とりあえず仲裁に入るべく、ヒバナはマキモを引き剥がした。



「────とりあえずー、生きてる?」


返事がない、ただの屍のようだ。


「マキモさん、これって今回が初めて?」


「よくあるよ」


こいつ、いつか死ぬぞ。


「…………ててて……」


腰を擦りながら立ち上がる中年のおっさん。

崩れた髪型をかきあげ適当に直すと、ご機嫌ななめのマキモの頭を撫でる。


「ん………フフ」


撫でられているマキモは凄く気持ちよさそうに喉を鳴らし、強ばっていた口元が緩み。


「悪かったよ」


「いいよぉ〜♪」


なんだろうこの光景。

親子と言うより飼い主とペットだ。


「あ、そうだ。お母さんから伝言だよ。ヒバナくんの方。あ、80歳だからヒバナさんの方がいいかな」


「見た目通りくんでいいと思うよ。それよりギルマスから俺に伝言……?やっぱり新人だから挨拶とかだよな」


「翌朝ギルド三階に来て欲しいんだって」


内容を把握した神太郎は細めた目をヒバナに向ける。


「ほんの挨拶だ。気楽に行け」


「今のお前の目からはそんな雰囲気が感じ取れなかったのだが……」


「おいマキモ、夜は変質者が増える時間だから早く帰れ。お前に限って襲われることはないだろうが、襲わずに快楽を得る変態も中には存在する」


「はーい。またねヒバナくん。シンさんおやすみねー」



「───さて、宿に入るか」


遅くに行っても変わらずお婆さんは受付で客を待ち続け、久しぶりに来店した客の二人をおもてなす。


「いらっしゃい。あら、神太郎さんと、えっとぉ…………」


「ヒバナです」


「ヒバナちゃんもいらっしゃいねぇ」


「部屋空いてる?」


「年がら年中ガラ空きねぇ」


笑いながら言ってるが、どうやって生活してるのだろうか。


………………ん?


「お姉さん以前と髪の色変わってない?」


「昨晩に薄い桜色に染めたのよねぇ」


「染めた?」


「ああ、戦後二年位前だが、髪を染めるための塗料が売り出されてな。街に見たことない色があれば、そいつは染めた奴だ。また、発売当初に爆発的人気で皆が皆頭を染めて、当時染めていたやつの二割が青色に染めていたそうだ」


「青色ってカルメ家だな。名前を利用して悪さでもしてたのか?」


「そうだが、すぐにそいつらはカルメ家と認識されなくなったよ。理由は単純。髪の毛の色で差別されてきたカルメ家がその好機を逃すわけがないからだ。このおかげで逆に青髪にはカルメ家がいなくなり、カルメ家は普通の生活を送れている」


「よかったよさった」


「二人とも遠出でお疲れでしょう、立ち話じゃなくて続きは部屋でゆっくりお話した方がいいかと。こちら187番の鍵です、どうぞごゆっくり」


「ありがとう!おっし、宿屋確保!あとは住まい探しかな」



───実際に泊まる部屋は、外見からは想像出来ない綺麗さだった。

毎日きっちり掃除されているのか、隅々を見渡しても埃が一つも見当たらない。


「なぁ、この床のザラザラはなんて言うんだ?」


「畳だ、詳しくは知らんが藺草とかいう植物を織ってなんかしてなんかするとこんなのが出来るらしい。外国の和国という国で作られてる。ちなみに昔からある刀はそこが元らしい」


へーと頷きながら部屋を見渡すと。


「お、テレビあんじゃん!」


「あぁ、俺が入れた無駄知識か。それは戦後38年位で発明された。最初は箱のような形と大きさで色がなく、音もなかった。しかし改良を重ねてるうちに板の様に薄くなり、色もついて音も出るようになった」


「へー、イメージ通りだな」


「さて、一息つくまえに報酬を貰いにギルドへ行くか」


「そうだな…………て、あれ?お前あれだけの金どうしたの?」


思い返すと車に乗る前から持っていなかった。

いつの間にか手ぶらで普通に気づかず歩いていた。


「生体通貨にした」


「なんぞそれ」


「お前の腕に埋め込んだマギの情報あるだろ、それと似たようなもんだ。ギルドか銀行に振り込む事で、マギに振り込んだ金の情報が刻まれ生体通貨が出来上がる。殆どの店では腕をかざすだけで料金の支払いが可能だ」


「すごいな」


「とりあえず行くぞ」



宿を出てギルドへまっすぐ向かう。

そして入口の前。

二度の経験からヒバナは流石に学習した。


「どぅォうらァアアア!!このくそデブがァアア!」


「っしゃあ!!」


扉を吹っ飛ばして共に飛ぶデブを横目に拳を握るヒバナ。


テンプレを回避し無事入室を完了。

そして受付へレッツゴー。


「クエストお疲れ様でした!預かっていた報酬の譲渡ですが、」


「あ、マギにしてやってくれ」


「かしこまりました」


腕を出すと機械もなしに完了を知らされた。

何かをされた感じもせず、ただ腕を出したという実感しかない。


先にテーブルに座り、いつの間にか二人分のジョッキを頼んでいた神太郎がヒバナにジョッキを向けてニヤリと頬をつる。


「仕事終わりに飲む美味さを教えるまでがチュートリアルだ」


「ふはは、これからも宜しくな」


向かいに座りジョッキを握る。

高く突き上げこぼれる中身を気にも止めずに。


「初依頼完了カンパーイ!!!」




【クエストクリア!】




ーーーーーーーーーー




白一色の世界に本来あるべき影は二つ。

そして今ある影は三つ。

本人出ない者が無断でヒバナの精神世界に干渉した。

しかし、スイレンはそれを客と見なし頭を下げてもてなす。


「お久しぶりですね、神太郎様。今日はどういった御用で?」


「そんなかしこまらなくていいぞ、先に生まれたぐらいで優劣がきまるわけじゃない。スイレンじゃなくてシオンの方な」


スイレンは素で誰でも丁寧に接する癖がある。


「心底気に入ってるみたいだな」


「面白い方ですので」


「そうかい。お前、そんなに気に入ってるならいつでも喋ればいいじゃねぇか。いちいちこっちに引きずり込まなくても」


「それは出来ません。神聖というのは、くだらない事だろうと重要な事だろうと、嘘をついても隠し事とするくだらない生物なのですから。神太郎様はくだらない私に比べて、重要な事を隠してるみたいで」


「神聖は嘘つきだ。だからお前らも嘘つきだ」


「どうしてお隠しになるので?神太郎様はアイビー様を認識できるのでしょう?」


敵意のない質問攻め。純粋な眼差しを見れば悪意など微塵も感じられない。


「転生者を形成するのは神太郎様です。存在そのものが別人となっても、あなたが分からない訳がないです」


「…………正解だよ。凄いなお前、俺みたく中を覗ける訳でもないのに」


見透かす能力を持つ神太郎が、自分の事を見透かされたのはこの能力を得る前の時以来だ。


「嘘つく理由は単純、面白いからだ。百の神は何しも、ミィエスュの世界を壊すためだけに生まれた訳じゃない。口は制約で縛られても意思は縛られてない。だから百の神は自分の為にしか動かないなんてあいつに言われる。もっともだがな」


「────」


楽しそうに神聖を語る神太郎につられ思わずはにかんでしまうスイレン。

初めて見たスイレンの心に、名もなき神聖は驚きを浮かべる。


「俺はお前みたいに解放を捨ててまで主を敬………」


「神太郎様、あまり制約に触れるような事を口に出してはいけません」


「神聖しか聞いてないからいいんだよ。それに、お前だって自分の物語は知ってても他の物語のネタバレはつまらないだろ?」


「────」


「俺は相手を見透かせるだけで未来は分からない。お前も主の未来なら簡単に見れるのに目を閉ざしたのは、同じ理由のはずだ」


拳を胸にトンと置き、神太郎は悪ガキの様に笑う。


「それに、これは俺が自分自身にかけた制約だ」


「フフ。あなたらしいですね」




───神聖は嘘つきだ。

自由を与えられ生まれたつもりが自由を与えられずに生まれてきてしまった。

故に不自由。

身だけではなく口まで制約に縛られ、自由を次々と失う哀れな存在───。


それでも尚、快楽の為に己を縛り不自由を楽しむ者がいた。

その者は言う。


「どれだけ縛られようとも楽しければ、それが自由なんじゃねぇの?」


人生も神聖も不自由だ。

故に不自由を楽しむ。

それが心なのではないだろうか。


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