1.2 ギルドへ行こう!

1.2





「ところでお前金持ってるか?」


不意に聞かれた問にヒバナは確認する必要なく答えた。


「持ってるわけねぇだろ」


さっきまで全裸同然だった、いや、それ以前に職に就いてないためお金を持っていた事などない。

全て再生でやっていける体質な為、金が必要なかった。


「あー、一応行ってみるか」


「え、何、入会金とかいるの!?」


「まぁ、入会金と身分証みたいなもんだな」


「俺前科だらけだけど大丈夫かな」


「70年も経てばお前を知ってるやつなんていないだろ。一応、歴代大罪人リストはアノンは載ってなくてもシオンは載ってるぞ」


「なら大丈夫だな」


「お前、思い返すと二回も国家反逆罪被ってんな…………あ、まだ言わなきゃいけない悪い情報あったの言い忘れてたわ」


「聞きたくねぇー」


「俺の神憑きとしての能力は70年前にきっかり終わった訳だ。今の俺は人間のようで人間でない何か。神聖としての制約も緩くなった事だからカミングアウトするが、お前に言ってきたことは嘘だ」


「は?」


言ってきたって、転生する前の会話の時だろうか。

確かに神聖は言えないことが多いみたいだ。思い返せば、ケイアスもスイレンもあまり深くは喋ろうとしない。


「嘘というか、後々わかったんだが、元々十回転生出来たらしい。取り憑く条件は短命な奴。転生回数はお前も分かってるだろうが、お前に二回、嫁に三回だ」


「後の5回は?」


「獣人三人のうち一人が二回、二人が一回となって見事に分配されちゃった、俺」


「ほうほう、軽いな。てか、あと1回は誰なんだ?」


「サイプレスっていう名前だそう」


「いや誰だよ」


「全部言うとサイプレス・ゴア・カルメ」


「──!?」


あとに続いた名に表情を変える。

あの場にいるカルメと名がつくのは、シオンとアイビーしかいなかった。


いや、思い返すと現代に子孫が沢山いる訳だから、何も驚く点もおかしな点はないじゃないか。

どうやらまだ記憶がシオンから抜けきれていないみたいだ。


「………いやまて、お前最初短命つったよな」


「言ったな」


「何歳くらいでどうやって亡くなったか分かる?」


「お父様そんなに息子の死因を聞きたいのですか………。まぁいいか、確か27歳くらいで人鬼になって死んだな。どうだ、感想はあるか?」


「息子が短命なのにある訳ねぇだろボケ」


「じゃあ次いくぞ」


「えーまだあんのー?」


聞きたくないと言わんばかりに耳を連打しながら声を発す。


「瀕死にならなくても取り憑けれる」


「知ってる」


「容姿はそうでも俺達に性別はない」


「知ってる」


「…そうか分かった。………嘘とは関係ない事だが、70年前を最後に俺の能力は完全に役を終えた。そ、れ、で、だ。お前、アスターの時、嫁と会ってどんな感じだった」


「すっごい気持ち悪くなった」


「マギ内から俺が消えていた70年前はどうだ」


「何も……最期まで感じなかった……。……!?」


「最期に感じれたのは片方だけ且つ、尽きかけの能力で反応が弱かったからだ。で、お察しの通り能力が完全に消えた訳だ。あとは分かるな?」


「もう、お互いを認識する事が出来ない……いや待て、記憶だ。俺に記憶が残ってる様にあっちにも………!」


僅かに浮かび上がる可能性に縋るヒバナに神太郎は、冷たく細めた目を向け、寄せた眉の下でまん丸く光を作ろうとする目を真っ暗に染める。


「悪いが、お前は特例だ。数は少なくともお前に取り付いた俺がホスト、つまり本体だから贔屓が出来たんだ。もうお前も嫁もお互いを認識する事は出来ない」


「記憶や感情がある事がこんなに残酷だなんてな………………」


「元神様からのお告げをやるよ。新しい事を見つけろ」


「約束しちまったしなぁ………どうする事も出来ないな」


「人との繋がりってのは簡単に崩れるけど簡単にちぎれたりはしないもんだ。……お、そうこう話してるうちに着いたぞ」


「あ、この街にあったんだ」


ギルドと言うから賑やかそうな雰囲気があると思ってたが、意外と単純な外見で少し拍子抜けな第一印象だ。


「………そういえば、この元々持ってたギルドの印象って」


「あー、そうだな。転生時に俺が与えた無駄知識だな」


「どこの知識だよ」


「………さぁな」


また制約ではぐらかそうとしているのか、本当に知らないのか、表情に出ないため分からない。


「そろそろだな」


「何が?」


「ドゥオオオオオオララアアアアア!!」


「フゲフッ!」


女性の怒声とともに吹き飛ぶ少年と扉と、頭にキノコの生えたデブ。


入口に溜まった砂と、室内の出口に溜まった埃で煙が立ちこみむせる怒号の主。

気性が荒れ狂い、人鬼と見間違うほど自我の欠片も感じられない殺気で少年を覆い尽くす。

これは本気で殺る目だ。

煙越しで伝わる。


「いつになったら金返すんだボケカスクソデブが!あぁ!?」


共に飛ばされたデブは壊れた扉の下に隠れ、煙で視界が悪いせいでヒバナが代わりに踏みつけられた。

完全に人違いで罪なく踏みつけられるヒバナだが、心做しか踏まれていることを喜んでいる様にも見える。


「これはこれでいいかも………」


下から眺める絶景に鼻の下を伸ばし頬が緩む。


「明日早朝に持ってこんかったら、その粗末な不良品先端から少しづつ刻んでやるから皮洗うか金持ってこい!!」


「おーいマキモー」


神太郎が気安く肩を叩きながら話しかけるが、声は耳に届かず、肩を叩かれたという感触だけが伝えられた。


「あぁ!?邪魔するならてめぇも………ッ!。……シンさぁん!!」


「何だよ。久しぶりに会った訳でもねぇのに」


神太郎を見た瞬間に般若の形相が子猫の様に媚び、細めていた青い目がガラス玉のようにまん丸く輝く巻きつこうとする腕を避け、迫る胴体を受け流す。

やや斜め後ろで縛られた藤色のポニーテールが尻尾のように振れる。


「相っ変わらず冷たいなぁシンさんはぁ」


「そんな事よりお前が攻めてたのブラウンじゃないぞ。ブラウンは煙が消えると同時に逃げた」


「あらやだ。どなたか知らないけどごめんなさい!!」


さっきまでの鬼はどこへ行ったのか、ヒバナに手を伸ばす彼女の姿は普通の女性だ。


「お構いなく、むしろありがとうございます。………ん?獣耳?」


縛るために寄せられた髪の隙間から、獣耳と疑わしき可愛らしいものが片方覗く。

藤色とは異なる灰色の丸い耳だ。


「いけないわ」


急いで頭を抑えて獣耳を隠そうとするマキモ。


「安心しろ。こいつは獣人と旅していた事もある」


「あら、そうなのね。はじめましてこんにちは、私はマキモ・マルモラ。頭見た通り獣毛の目立たない獣人でモデルは狸よ」


狸と聞いて浮かんだのがフォックスの姿。

自分の時の流れは半年も経ってないはずなのに、アノンの頃が懐かしく感じる。


「あ、俺はヒバナです。年齢は、多分80歳位かな」


「8じゅ……!?」


「尻尾ありますか?」


「あ、あるよ」


見せられたのは狸のふさふさなイメージとは程遠いい細い尻尾。


「あれ、毛はないんですか?」


「あるけど普段隠す為に纏めてるから、ほら」


急にモサっとボリュームが増した尻尾にヒバナは目を輝かせ、『これぞ狸』と拳を握る。


「抱きついていいすか!?」


「いいわよー」


狸であるフォックスを触りたかったという思いが別の形で叶い、今少年は絶好調に機嫌がよく尻尾にモフりつく。


「シンさんこの子可愛いわね。お持ち帰りしていいかしら」


「本人も喜ぶだろうが、まだそれは困るな」


「あら、そうなの。そういえば、ギルドに連れてきた様に見えるけど、珍しくあなたが勧誘したのかしら?」


「まぁ、そんな感じになるな。聞きたいことがあるんだが、ここの入会金っていくらだっけ?」


「五千かしら」


「そうか。今月はアセム屋やってたか?」


「南の噴水前で見かけたわよ。なぁに、入会金が足りないなら私が払ってもいいわよ」


「いや、大丈夫だ。こいつの腕試しも兼ねてるし」


「そう。私も扉直して仕事行かなきゃ」


「無理すんなよ、お前は力加減下手くそだからな。おし、行くぞ爺」


「うぉ、年老いの扱い酷すぎんか!?」


「言っとくが俺はお前より歳上だから、俺からすればお前もガキ見たいなもんだ」


「まじか……。それよりどこ行くんだ?」


「アセム屋、要するに喧嘩屋だ。この街に訪れた人や、ストレスの溜まった住人をターゲットにしている。ルールは単純で素手で殴り合いノックアウトしたら負け。マスターのアセムに買った際の報酬は売上の半分だそう。入会金には十分すぎるだろ」


「半分もくれるほど自信家を相手に勝てと?俺は体は子供でも中身は爺だぞ」


「まぁ、それだけじゃないけどな。ほい、着いた」


割とギルドから近い。

噴水は普通に大きいが見た目があまりに普通で印象も普通といった普通だ。

そこの前にちょこんとコンパクトに座る店主と思しき人物。

少年の胴体並みに太く鍛え上げられた双腕を見る限り、確かに見た通りの腕に自信のありそうな男だ。


「お、神太郎じゃないか!やってくか!久ぶりにやってくか!やってくか!儲かってんだろ?やってけよ」


「うるせぇ暑苦しい汗臭い顔近い鼻息臭い。金は俺が出すが、挑むのはこいつだ。どうせ最近人少ないんだろ?5万出してやるよ」


「ほぉう、それは煽りか?実はその子供強かったりするんじゃねぇのか」


「まさかな。こいつは旧世代だ、新世代の上にその肉体でお前が負けたらそれはもう、やっていけなくなるんじゃないのか?まぁ、でももし仮にこいつが勝てたとしたら出した金額の倍額プラス儲けの半分の金が貰えるわけだ」


「おい待て、猥褻物。俺がこんなのに勝てるわけねぇだろ。そもそもお前の奢りで良くねぇか」


「猥褻物って、いつの話してんだ。それと、何で俺がお前の為に金出すんだよ。おいアセム、エントリーだ、旧世代だろうが手加減なしでやってやれ」


「何でお前はあっちを応援してんだ!」


「ああ?勝てる勝てないは結果で決まるもんだ。実力が桁違いな相手に必ず負けるとは限らない。力がないならないなりに知恵を絞れ」


「いいこと言ってる様に聞こえるけど、素手の喧嘩だぞこれ。完全な力勝負じゃねぇか」


「あ、アセム勝手に始めていいぞ」


「おいボケ神無視すんな」


「よそ見するとは云々」


顔よりでかい拳が頭上に迫っていた。

一応実戦経験のある少年にとっては呪い動きだが、当たればすごく痛いと思う。


「テンプレいうのめんどくせぇなら最初からいう……ッなっての!」


くぐり抜け脇の下に潜り込み肘を全力で横腹に打ち込む。が、ダメージはイマイチのようだ。


「うそーん」


横腹は弱いはずなのに、全力でやっても効かない。

回った手に体を拘束され身動きが取れないまま投げ捨てられる。

着地時に地面を横に押し、追撃として落とされる肘を横転で避けながら立ち上がと、もう追撃が来てた。


「全身鎧かよ。いや、鎧でも関節は弱点。こいつに弱点つったら金的と目潰し位しか……って、駄目だよな」


「とい!」


地面に入る日々と叩きつけられる拳の轟音で一帯の建物が軋む。


「これが新世代の力かよ」


見たことのなかった鬼人の力でもある。

近隣に住む住人が窓を開け、窓から身を乗り出し手を挙げた。


「やれぇ!やっちまえ!」


噴水を囲む住宅ほぼ全てから浴びせられる声は、どういう訳か全てヒバナに向けられている。

こんな所に住んで見物する程楽しみなのか、この男が負けるとこを見たいのか。

両方だろうな。


「あんた何戦中何回負けた?」


「3679戦中17回……ッだ!」


「結構負けてんな!」


「うるせぇ!そのうちの一回はそこの爺だ!」


「えー、お前俺より爺のクセしてこいつに勝てたのかよ!?」


ズボンのポケットから出した煙草に指先に展開した魔法で火をつける神太郎。

さらに魔法も使えるって………。


「成長出来ないお前と違って、俺の体はちゃんと育つんだよ」


「つーかお前寿命いくつだよ!?」


「よそ見とは、余裕なこったな!!」


「ドヮンフッ!」


「おいアセム。あと20秒以内に倒せなかったら負けでいいぞ」


「ちょっ、お前何を………トゥ!」


「悪いがそういう事だ。残り18秒以内に名前を聞いてやってもいい、ぞ!」


「ヒバナだ。戦歴の様に覚えとけ」


「随分威勢がいいこった!ほれあと14!」


なかなか当たらない攻撃もようやく的中し、ヒバナを後方に大きく押し飛ばす。


「18だ」


「ああ?」


一回の跳躍で間合いに入り体を捻って威力を上げた膝を打ち込むが、やはり避けられ立て続けに今度は肘を入れる。


「アンタの敗北記録更新だ」


「あぁ!?」


避けようとしないヒバナを肘が捉えた。

が、しかし。

ヒバナは肘を持ち上げ一回転し、迫るアセムの肘に向けて自分の肘を打ち返す。


旧世代体質という時点でヒバナが勝てないのは目に見えてる。更にこの巨体に正面からヒョロヒョロの肘を打ち付け合えば、ヒバナの骨は衝撃に耐えれず粉砕してしまうだろう。

自滅に等しい行動をとった少年の狙いは。


「そこだぁ!」


肘の下。

直撃した直後、アセムの腕を激痛の様な痺れが蹂躙する。


「う、おごァ………」


腕を抑えてもがくアセムの膝裏にタックルし膝をつかせるとヒバナはアセムの正面で軽く跳躍する。


「あと五秒だな」


「うごぁ!」


動かない片腕を捨てて残された腕をヒバナに向けるが、


「回し蹴り!」


足掻きに振った腕が当たることはなく、ヒバナの踵が顎に直撃し、その衝撃に脳が揺れアセムは意識を失った。


「完っ全勝利」


片腕を上げて地面を見下ろすヒバナに歓声が贈られた。

噴水を囲む建物のみならず、それを見ていた住人全員が家を飛び出しヒバナ目掛けて駆けてくる。


「うおおおおおおおおおおお!!」


「何これ……二角倒した時もこんなんだった様な………」


「逃げるぞ。多分全員分のヒーローインタビューで数時間は拘束される。…………おお、こいつ割と儲かってんな。住人が飢えるわけだ」


樽に入った金を取り分けるのは面倒くさい。

神太郎は樽の中身を流し……と言っても流したのは二割ほどだが。


「おし、行くぞ」


「八方から来てんのにどうやって」


「お前つったら再生だろほら行くぞ。目的地はギルドだ」


「こんな大衆の前でか」


「大丈夫大丈夫。早くて捉えることも出来ないし」


「そっか、しがみついとけ」


髪を抜き上に上空にかざすと、体は上空を飛んでいた。

下を見れば足が竦み、髪を握る手と汗が滲む。


「俺高所恐怖症かもしれん」


「いやそれくらいは一般レベルだから。そうだ、お前の着地は俺が飛び降りてからにしてくれ」


「分かった。高度をかなり落とすぞ」


縦に弧を描く軌道で地面スレスレを飛行する。


「増強魔法展開。……あ、降りるまで樽持っててくれ」


神太郎の足が赤い魔法陣で包まれると樽を押し付けられ、それと同時に神太郎は進行方向と逆に跳躍。


「………やっぱ止まれないか」


殺しきれなかった慣性に体を持っていかれ、神太郎は再度魔法陣を展開する。


「硬化魔法展開」


両手と両足の先に魔法を纏い、地面を滑走しながら減速しやがて静止した。


「…………ふう。ったく、思ったより速いな。100m位引きづられたわ」


「おう無事か。お前魔法使うの上手いな」


「そりゃどうも。少し通り過ぎたがギルドに近い場所で止まれた」


「ほんじゃ行くか」



───。

──。



扉の前で立ち止まり先程の出来事を思い出したせいか、ドアの正面から逃げる。


「いや、大丈夫だ。マキモは今日夜まで出てるから」


「そ、そうだな。ようやくギルドに入れるってのにな…………はぁ…うし!」


勇気を振り絞りドアノブを握れば!


「このクソ豚があ!!」


「デジャぶべら!」


またもや扉に吹き飛ばされ、さっきの同様に、頭にキノコの刺さったデブがのしかかってきた。


「またお前かよ!つーか誰だよ!?」


「フンッ」


地面を転がりながら起き上がると、猛ダッシュで逃げていく。


「あークソッ!また逃げられたわ!……ったく、あんな見た目のくせに何であんなに速いのかしら」


「今度は何をやらかしたんだよ………」


「またブラウンか」


「またよ。またなのよ。またまたまたまたまたあいつが!………あらま、新人さんね。私はナタナ・アタミよろしく〜」


今度は普通の人間のようだ。

黒髪ショートでツリ目ぎみ。歳は、30位かな。


「あ、俺はヒバナです」


「ヒバナ君ね。吹っ飛ばしてゴメンね、まっすぐ進めば受付で登録出来るから。分からないことあれば隣のおっさんにでも聞きなよ」


「言うほどおっさんに見えるか俺」


「中年ね」


「設定適当にやっちまったな………」


「設定?」


「ああ、神憑きで人に生まれ変わる時容姿を設定するんだが、あの時お前に見せた姿のまんまで完了したから………。永遠の40歳って訳だ」


「誰も得しないな。つーか神聖明かしていいのかよ」


「そこは大丈夫よヒバナ君。このギルドの創設時からいる神太郎の姿の変わらなさには、流石に皆気づいてるわ。………あら、時間が押してるわね」


腕時計を眺めて時間を確認すると直したばかりの扉を再度元に戻す。

この扉は一日に何回外されているのだろう。


流石に中では何も無いと信じ足を踏み入れる。


「おお……」


中は割りと広く天井は三階が見えるほど高く、床には石が敷き詰められその上に机と椅子がたくさん並べられている。

中には昼間から酒を飲み交わす大人達が騒ぎながらご馳走にあり付き、まさにギルドというイメージ通りの風景だ。

シンプルに見えた外見からはあまり感じられなかった出来に、少年は感心する。


正面に進むと受付と書かれたカウンターが設置されており、そこで受付の女性が笑顔で迎えてくれた。


「いらっしゃいませ!ご依頼ですか?」


「いや、加入申請だ。あとその前に身分証の発行をしてくれ」


横のカウンターから声を挟み、言い終えると自分の向かうカウンターに何かを注文した。


「かしこまりました!ではこの紙にお名前と年齢を御記入下さい」


差し出された紙は小さく言われた通り、氏名と年齢を書くだけのスペースしかない。


「あの、自分の年齢分からないんですけど……」


「では、こちらの機会に人差し指を差し込んで頂ければ、体の生体情報を読み取り年齢を確認することが出来ます!」


普通に差し出された機械は小柄かつ軽くて手軽だが、普通に考えてこの技術凄すぎないか。


「あ、出ました」


「では、記入して提出して頂ければ身分証は完成です」


身分証がこんな浅くていいのだろうか。


「では、加入手続きに移りますので、少しお待ちください」


言われるまま待つこと一分。

受付の女性が帰ってくる際に抱えて持ってきたのは、大きな機械。置いた際に机に置かれたペンケースなどが浮く程の重さだ。

いくら新世代体質とはいえ、持ち運びは困難だろうと思ったが、白かった女性の腕が赤く染まってる事からヒバナは理解した。


「こちらの機械に腕を通せば体内のマギに直接情報を刻まれます。それで手続きは完了です!」


「この時代の技術凄すぎないか」


「70年も経てばラーメルいなくとも誰かが発明するだろうよ」


「ところで、これ俺のマギに刻んでも再生したら消えるんじゃないのか?」


破裂したマギを再生したこの体質なら


「お前無意識にやってんのか知らんけど止血してた事あるだろ。あれは止血と言うより、血が出る前に体の状態を固定した、だな。それをマギにやれば、再生しても刻まれた情報は消えないだろうよ。お前風に名前を付けるなら第三の再生『保存』だな。それと第一は複製と言うより『復元』のがそれっぽいぞ。第二は『復帰』だな」


「お前に名付けられるとお前の能力になっちまうな」


「では、マギに情報が刻まれましたので加入金を」


受付にそう言われると神太郎が横から樽をよこした。

この樽はさっきアセム屋で勝利して無駄に貰った金が入ってる。


「えっと、通貨は、これでいいよな………」


「丁度5000頂きますね。先にギルドマスターからの許可は降りてるみたいですので、加入手続きは完了です。それではヒバナさん、我がギルド、角兎へようこそ!仕事内容はあちらのクエストボードに貼られている依頼内容の通りです。受注にも手続きがいりますので、お手数をおかけしますが、こちらの受付カウンターまで、依頼の紙をお持ちください。無断で依頼に行かれて見事達成出来たとしても、こちらから報酬を出すことは出来ませんので、よろしくお願いします!」


「ツノウサギ……?変な名前だな」


「角兎って言うのは、数十年前に存在した獣人の名称だ。由来が気になるなら直接ギルマスに聞いてみればいい」


「お前は質問する前に答えてくれるから楽でいいけどさ、何でそんなに詳しいんだ?俺も知らない俺の事も知ってるみたいだけど」


「ああ、その事なら俺の能力だな。魔法じゃないぞ、特殊能力だ。生物に神憑きの如く希に宿る力、新世代誕生と共に新たなこういった能力者も誕生していった。だが、俺が生まれたのはもっと遥か前、俺の場合は神憑きからの解放条件で得た報酬だ」


「人型だけじゃないのか?」


「ああ、まずは人型だ。普通ならそれで報酬は終わっちまう。大抵の神聖は主の死を解放条件としている、俺もそのうちの一人だ。だが、俺の場合、神憑きの能力が転生だったから、十回分の報酬が得られる訳だ。だが能力によって報酬に補正がかかる、10回分と言っても実際に貰えた報酬は三回分だけ。そのうちの一つを生物としての限界を叶えるための、人型。もう一つはお前みたいな感じに能力、そして最後に全体的な質をグレードアップ。ケイアスも全く同じだ、しかし、あっちがどんな解放条件なのかによってさらに出来ることが変わってくる」


「人型なだけで人ではないんだな」


「そうだな。俺達を区別するなら神聖という番外種族、と言いたいが俺達には性別がない故、生殖器もなく繁殖が不可能」


「ほうほう、チート野郎でも命は一つか」


「いや、種があればいい。死ぬ前に次の自分となる分身を残しておけば、死んだ際体から剥離されたマギは迷わず分身に帰って新たな自分が完成する。まぁ、俺は面倒臭いからやらないけど」


「お前とケイアス以外に神聖っているのか?」


「さあな、目立っているのはケイアスだけだから俺にも分からん。俺だって目立っているわけでもないから、この街を出れば誰も俺が神聖だと分からない。そんな事より加入の記念として依頼行くぞ。クエストのシステムをお前に教えればチュートリアルは終了だ」


「今までのチュートリアルだったのかよ」


「ほら、そこのボードでなんか良さげなのもってこい」



ボードは縦に低く横に長い。

そこにバラバラに貼られた依頼の量は、ボードの表面積の半分ほど。

依頼の紙には依頼主、状況、場所、五段階評価の推定難易度、受注条件、メインとサブのオーダーが記載されており、依頼内容の殆どが魔物退治だ。


「チュートリアルなら難易度が1の依頼が定石だよな…………うし!」


「ザ、定番な内容だな」


ヒバナが手に取ったのは、ジャンルは魔物退治で推定難易度1のトマラリルという鳥の討伐依頼。

この鳥は季節で形態が変わるらしく、春は飛べない陸上型、夏は各地に飛び散り秋の繁殖に備える。

秋になれば先述の通り繁殖期のため、種の存続をかけて四季の中で最も凶暴化する時期。

冬は寒さに弱いせいか大人しく、出来るだけ暖かい場所で群がっている。

凶暴化だけが討伐の理由ではない。

最初は年に数匹謎の造形物から排出されるだけで数も少なく、誰も気には止めなかった。しかし、生物として生殖機能が搭載されていたせいで、数十年経った今ではその数は手に負えない程にまで繁殖し、さらに範囲を広げていく習性のせいでどこにでも存在している。そして肝心の被害の件だが、こいつらは雑食らしく、植物から動物まで捕食対象とし、毎年畑を荒らされたり家畜が襲われたなどの被害が絶えない。

毎年排出されるお陰で絶滅しても構わないと定められたが、驚異的な繁殖力のせいで未だ減ることを知らない。


魔物と言えど強くはなく、足も遅く狩ることが容易のため難易度が1と定められた。

また、さくっと依頼をこなせるため手軽なお小遣い稼ぎとして人気である。


受注の手続きは割と簡単で、受付が承認の証である印を押すだけで受注完了みたいだ。その間十秒にも満たない。


「そんじゃあ、場所の記載された場所に行きますか!」



いざ!初クエスト!



ーーーーーーーーーー



ヒバナが結晶から解放されアセム屋で勝利を収めた頃、その街の遥か東にある砂漠に建てられた砦にて、少年の解放が知らされた。


「え?あのお方が!?ご苦労様です、待ちに待ちましたよこの時を。私の愛しきアノン……いえ、シオンと言った方がいいでしょうか、いや今は新しい名を持ってるかも………」


光なく薄暗い部屋に腰をかける女性。

耳に飛び込んできた朗報に立ち上がって喜ぶ。

真っ赤に染められた唇が震え、歓喜に思わず溢れる涙で視界が霞む。

興奮で高鳴る胸を撫で下ろし、長く伸ばされた白髪を紐で縛り上げる。


「会わなくてよろしいので?」


「まだ早いですよ。私はね、この『待ちきれない!』という感覚を焦らすのがたまらなく好きでしてね。行くのはもう少しあとにしましょう」


縛り終え露出した白く色気のある首筋に深紅のパンダが刻まれている。

真っ白な肌というキャンパスに描かれたパンダ。

それは幹部だけが刻む事を許され、刻むという行為はレッドパンダへの完全忠誠を意味する。


「我強欲なる吸血鬼。全てを失ったあなたの全てが欲しくてたまらない」


その目はまるで恋する乙女の如く、その目は光さえも絶やす闇の如く不気味な輝きを放ち。


「その命さえも」


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