-1.20 エピローグ

-1.20




「何で……妖魔軍が……!」


そんな、何で、ケイアスは………!


「あれは攻めてんのか……?」


信じきれてないフランコが問うが、残念ながらあれは攻めてきている。


「攻めにこないなら、あんな多勢を連れてこない」


少年は皮肉を吐き捨て爪を噛み抜く。

血が地面に染み込み、痛む指先で混沌とする思考を強制的に収束させる。


「ケイアスでも鎮めれないほどの憎悪なのか……」


どうする。流石に、もうなす術がない。

妖魔軍に交渉を申し出ても通してはくれない。例え通れても人類から安く売り出した戦争のため、止まる理由がない。さらに人口の少ない竜人もいる、なす術はもう、ない。


「そうだ、プルスフォートの人達は………!」


街を見下ろすと奇妙な違和感。

静かすぎる、流石にあそこまで来れば警報はなり皆一目散に逃げ出す筈だ。

まさか、軍とともに逃げたか。

だとすれば何故、予期していた事になる。

まさか………!!


「ここから王都へ向かうとなると、少し離れてるがあの速度なら日没に着く距離に渓谷がある………フランコ移動するぞ」


「分かった。だが、もう少し様子を見よう」


「あいよ………」


ついでに気になる事もあったから丁度いい。

少年は工場から飛び、街中を飛び回り人がいないのを確認すると上に戻る。


戻った頃には妖魔軍はすぐ側まで進軍し、無人のプルスフォートを侵略する軍隊と王都へ向かう軍隊に別れた。戦争でだいぶ死人が出たとは言え、妖魔の兵数は一目で分かるほど少ない。

とはいえ一人一人が戦死するまでに、どれだけの人類を屠る事が出来るか。


誰一人として捕虜にする予定などなく、皆殺しにする勢いでプルスフォートに足を踏み込んだが、誰一人としていない街で吹く風に昂りの炎を煽られる。


一方先に進んだ軍隊は荒れ狂うバルタベアに足止めされ、引き返すことになった上に遠回りをさせられる。


「もういいか?移動するぞ」


「ラージー」


工場から共に身投げし飛行へと移行する。

プルスフォートを抜けた先で王都へ向かうなら、渓谷が最も近道である。

王都は海から近く、また、この渓流を抜ければ海が見える。あとは岸に沿って進めば迷わず辿り着ける。

故に絶対に通ると確信できる。

少年は再生飛行ならすぐに着ける渓谷へと向かう。


渓谷の道は少し細いが、二列分はあるため通る事は容易だ。

渓谷を挟む山の上の見下ろしのいい場所で降り、妖魔が来るのを待つと案の定日が暮れた。


狭い道のため速度を出して通る事が出来ず、妖魔軍の兵士達に渓谷の静けさが引き立てる水の音が浸透する。

自然の美に思わず心が溶け込み昂る心が穏やかに鎮められてゆく。


「───静かすぎる。……………フランコ、人間の臭いはするか?」


「しない。ただ何か変だ」


「変とは?」


「自然の臭いしかしないが、何と言うか、そう、泥臭い」


スンスンと鼻を使いながら頭に指を押し付け出した答え。


「泥?」


「泥だけじゃなくて何というか、色々な場所の臭いが山の中腹で感じられる」


人の気配はなかったと………。

でさらに混沌とした臭いが中腹から………。


「───ッ!!まずいな」


「アノン殿」


「誰だ………って、ケイアス!?」


突如背後に現れ声をかけてきたのは神聖であるケイアスだった。

このケイアスは、種族問わず神聖よりも神聖として崇められ、誰もが心の中で救世主と唄う。

しかし、交渉は失敗した。


「気にかける事は無い、それ程の憎悪を与えた人類の自業自と………」


「気にするとは何にですか?」


「………え……交渉失敗したみたいだから……」


「交渉何てしてませんよ」


妖魔が通り過ぎた。

少年のいる場所を全妖魔が通り過ぎて少し進むと、潜んでいた人間達が中腹から姿を現し、あらかじめ用意していた妖魔達の倍はあるであろう大きな岩を、目下に並ぶ妖魔達に向けて一斉に転がす。

山を駆け落ちる岩の威力は見た通り、妖魔達と言えど無事では済まない。辛うじて逃げれた者や直撃してもなお生き延びた者、その数は元の数の八割以上。だがそれで十分。

人間達は持てる武装をし、妖魔を仕留めるべく山を転がした岩の様に駆け下りる。

ダメージのない妖魔には聖騎士を向かわせ、直撃した妖魔には雑兵をぶつけ、静かだった渓谷が踏み荒らされた。


ズタズタになった体を怨恨と憎悪のみで稼働させ、痛みを怒りに上乗せし武器を振るう。

一薙ぎすれば脆い人類など豆腐の如く消し飛び、素人の握る剣などそこらの枝と変わらない。

この怨みがある限り、この身が朽ち果てようとも体は動く。


────それでいい。

上から見下ろす指揮官は口を歪めた。


「その力に溺れろ脳筋種族」


一人の兵士が木の枝を振るう。

痛くも痒くもない一振り。しかし、誰もその一振りがその身を滅ぼすなど思いもしなかった。

人類以外。


受けた腕はまるで自分のものでないかのように機能しなくなり、痛みも感覚もなくなる。

それに気を取られた隙を逃さず、次々と兵士達が傷一つ付けれない軟弱な一撃を入れ、遂に妖魔は機能しなくなってしまった。


崩れかけの体を無理やり動かし、自ら崩壊へ運んだのは妖魔達だ。

ならばあと一押しをこちらから手伝ってあげよう。

軟弱な一撃でも衝撃はある。

その僅かな衝撃でも崩壊してしまうほど弱っているという事。

体内はズタボロになり、助かる道はない。


次々と倒れていく姿に腹を抱える指揮官。

戦場を間近で見たのは随分久しい。

指揮官の前は聖騎士として戦場に狩り出て、血を浴びながら周りに指揮していたが、負傷し後方から指揮をとることになった。

戦えない事を退屈に思っていたが、今日初めて快感を獲れた。


「アマダメ殿は天才だ。感服しまず……ば?」


舌が回らない。

護衛騎士が皆倒れてる。

自分は死んでいる。


「竜人だァ!!!」


妖魔のピンチに現れた少人数の竜人達によって、戦況は一変した。


竜人の登場に撤退をさせられるが、これも全てアマダメには想定済みの事だった。

追えない妖魔の代わりに追撃をするが────。



ーーーーーーーーーー


「アノン殿が私に妖魔軍と交渉をするよう依頼した時私は言いましたね。『神聖を利用するには対価が必要』と。しかしあなたはその対価を聞かずに話を変えました」


何を言ってる。


「対価がないから交渉は出来なかったと……?」


「いえ、あなたが私に頼んだのは終戦の手伝いであり、交渉などではありません。勿論あなたはそんな事仰ってませんが、最終的な目的、結論は結局終戦なのです。改めてお伺いしますが、あなたは戦争を終わらせたいのですね?」


頭が全然回らない。


「戦争を終わらせれるのなら」


「分かりました、対価は十分。交渉は成立です」


「え?」


対価とは何だ。

なぜこの場で交渉が成立する。


「それと、補足を三つ。一つ、私は満月の夜には正のみを与える事が出来、新月の夜には負のみを与える事が出来ます。二つ、私は百年に一度絶命し生まれ変わります。絶命の時は満月か新月の日だけ。満月の日には広範囲に正を与え、例え焼け野原でも花畑に変えることが出来ます。またその逆に新月の日には、大災害を起こします」


何を言っているのだ。

なぜ今こんな時にそんな事を言う。


「三つ、十四日前は満月でした」


「 !? 」


「───アノンッ!」


フランコに身を抱かれ斜面を転がり、止まらず転がりながらフランコの腕を掴み、残った手で辛うじて木にしがみつき上を見上げると、ケイアスはおらず、代わりに抉れた地面の上に一人の竜人が立ち尽くしていた。

不死身である自分を庇って盾になってくれたせいで、フランコの意識はどこかへ行ってしまった。

戦闘員のフランコが寝てる今、見下ろす竜人の対処法が見つからない。しかし、竜人の顔をよく見てみると。

なるほど、聞いていた通り確かにべっぴんさんだ。


「鱗で覆われてなければな!」


飛びかかってきた獰猛な鉤爪を紙一重でかわし、そのまま飛んで逃げようかと考えたが、ここで逃げれば人類を見捨てたことになる。

人類からすれば自分など国の存亡にかかる交渉で詐欺を行った天敵。

信用など空っぽだ。

だからと言って見捨てるわけにはいかない。


少年は安全な頂上にフランコを置き、離れれば案の定追ってきた。

竜人も妖魔も人間に怨みがあるだけで、獣人に危害を加える気は無い。


人間が竜人に勝つなど絶対にありえない。

だからと言って逃げる訳にはいかない。


「ッ!」


速すぎ。

無理、避けれない。

何度立ち上がっても吹き飛ばされ傷を修復する。


まだ、まだだ。


裂かれ呼吸出来なくなる胸を再生し、掴む指を失った手を再生し、皮膚を失い真っ赤に染まり激痛と呼ばれる熱を発する足を再生し、血を噛み締め独特な苦味を染み渡らせる口内を再生し、時を待つ。

鉤爪を避けきれず片腕が吹き飛ぶ。宙で優雅に踊る腕を眺めてたら胸を穿たれた。

────ここだ。

胸の穴を中途半端に再生し、腕の周りを削り取る。

抜こうとしても再生したことにより壁が生まれ、強く抜くという判断が下る僅かな隙に少年は失った片腕を竜人の胸に向けて再生する。


「────え」


その声は、少年が発したのか、竜人が発したのかは分からない。

大きな風穴が空いた胸からは血が吹き出し、自慢の鱗を貫かれた竜人は地面に伏せた。


「あぁ、あああああ、ああああああああ!!」


続いて崩れたのは少年。

その目は竜人を見ずして眺め、足元の液体のように真っ赤な涙を溢れさせた。


何で、何で今まで忘れていた。

何で、気がつけなかった。

俺はこの手で、愛おしい彼女を────。


地面が割れた。

山が割れ、その場にいる者達も立つことが出来なくなるくらいに激しく揺れる。


地震。

星が生む大災害の一つ。

予測は出来ても防ぐ事は出来ない、星の殺戮。


地面は隆起し沈下し裂ける。

割れた地面に吸い込まれるようにその場の人間も妖魔も竜人も誰もが挟まれ、止まない揺れが割れ目を元に戻すべく挟まれたモノを咀嚼し食した。


さらに訪れた大災害の一つである津波が、その場に逃げ延びたモノも自然も全てを洗い流し、新たな山を作り上げた。


脆い山は造形物としては強度が足りず、すぐに崩壊してしまう。

その中から一つひょこりと起き上がる影が一つ。

辺りを見渡しては顔を掻き潰し、言葉となれない声を漏らし続けた。


さっきまで何かを思い出せていたのに今は何も思い出せない。

大事なこと、いや大切な人。

泣き疲れた影は立ち上がり、山を創作していると瓦礫に体が挟まった獣人を見つけた。

必死に瓦礫をどかそうとしても、持ち上がらない。その上瓦礫が積み重なり一つをどかしてもまだいくつかある。

これでは再生を使用したところでこちらの体が足りない。


「────」


「!」


瓦礫の中からゆっくりと持ち上げられた腕を少年は手に取る。


「アノン……」


「フランコ……お、俺は………」


「……らしくねぇ顔するな、気持ち悪ぃ。これだけの事をする以前からお前は、大罪人な事に変わりないだろ」


弱っている姿を見せまいと声を張り上げるが、自分の下半身は瓦礫に埋れて、いや、もう。


「アノン、見た通り助からない。会ったばかりの時獣人の食事は、相手が死なないようにすると言ったよな。獣人の牙には毒があり、その毒を取り込めば体が無くなっても首さえあれば死ぬ事がなくなる。惨めにも今は辛うじてその毒で生き延びてる。まだ片手が残っていてよかったよ。はは、笑えるだろ。相手を苦しめる為の毒を自分に使うなんて。まぁ、もうすぐ毒が切れるだろう」


「嫌だ、駄目だ。フィーと約束しただろ!」


「悪いな、俺はしてない。この事が分かっていたからな」


「………え」


「俺の神憑きとしての能力は不動の結末を見る事。不動の結末は変えることが出来ない故に、不動だ。俺が死ぬのは必然であり、お前のせいじゃない。だが、最後に俺の神聖が言ってたな。不動の結末を変えれるのは、この世界の理から外れた神憑きだけって。でも神憑きなら誰でも変えれる訳では無い、今回はお前が変えれる神憑きでなかった。ただそれだけだ」


目をつぶり、次第にハッキリ映らなくなってく視界から目を背けた。


「俺の母親は猫だ、猫は死ぬ姿は見られないように姿を消すらしい。俺のこの血にも猫のそれが引き継がれてるみたいでな、悪いが俺は動けないからお前が俺の前から姿を消してくれないか」


少年は涙を流す事を止め、親友に最後の笑顔を作る。それは、簡単に崩れてしまいそうなほど脆い。


「それは迷信であって、本当は一番いい所で体を休ませに行ってるらしいぞ」


「意図をくんでくれよ。………だがまぁ、さっきよりはマシだな」


「お前こそそんな死にそうな面すんな。気持ち悪ぃ」


「はは、返されたな。………また会おうぜ」


「ああ、俺が死ぬまで転生すんなよ」


「不死者がよく言うよ………」


フランコから離れさらに離れ、だいぶ遠くまで歩いた。


もう、いいだろうか。


「ッッッッッッッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


自傷行為では足りない。


「何がお前のせいじゃないだ、全部俺のせいじゃないか!お前と出会ったばっかの時、人を救うとかほざいていたくせして、その後すぐに大勢の同類を殺して!その次は戦争を終わらせると心地よく唄って、結局は人類も他種族も大勢殺害しただけだ!これだけ殺した俺が何で、何で俺が生きてるんだ」


死んでも償いきれない罪。


「それなのに何で、お前は最後まで俺を怨まなかった、言ってくれよ。俺は───」


かつて自分に言われた言葉、受け入れたくないがために否定した言葉。


「救えない………」


全ては、事実。

自分が体験してきたことを簡単に一言で表した、自分という存在の為に作られた言葉。


もう嫌なんだ。

救えない自分も、それでも救おうとする自分も。

自分そのものが。

消えてしまいたい。存在も自分が歩いてきた足跡も。


少年の体は黒く染まる。

溢れる黒いモヤは今まで見てきたのと同じ様に、体を覆い尽くす。


「おー、やってるやってる。間に合ったな」


体が黒く染まった少年に近づき手を寄せる男。

ボサボサでだらしなく伸ばされた髪は、目を覆うまでに至り、視界の殆どを埋め尽くされ邪魔くさくなったのか、伸ばしてない方の片手で前髪を搔き上げる。


「そろそろ切り時だな。おし、玉手箱っと」


男の掌からスター型の魔法陣が生成され、掌から離れると少年と同じ大きさにまで拡大される。

続いて少年の頭上に展開された魔法陣が降下し地面に染み込むと、少年は氷塊に包まれ凍結された。

その氷は不思議な事に、冷たい訳でもなく溶けることもなく、氷というよりは結晶のようだ。


男は少年を凍結させると、用が済んだらしくその場を離れた。


ーーーーーーーーーー


少年は遠くへ行ってくれた。


『主よ、別れの前に聞いておきたいことがある』


「何だ、死ぬ前はどんな気分?てか」


『それも聞いてみたいが、別件を優先させてもらおう。ズバリ聞くが、もしも願いが叶うとするならどんな願いを叶えたい』


「何だよ、処刑前の死刑囚にご馳走のリクエストをとるっていうあれか」


『まあそんな感じだ。神憑きとなった神聖は主が条件を満たす、もしくは絶命する時に解放される。そして主は死ぬ、つまり我は解放されるという事だ。解放された神聖はどんな願いも叶えれる、階級に見合った願いが限界だがな。しかし我は特級、つまり最上級という事だ。どんな願いでも叶うが、残念なことに願いがない。そこで主にその願いを譲渡しようとおもいいたったのだが、何がいい。何でも良い、延命でも助かりたいでもどうとでも言え、そう願えばその通りに主は助かるし、こんな所では死なない』


「は、延命出来るのならそうしたいが、不動の未来が俺が死ぬと告げたのならば、俺は延命以外の事を望んだ訳だ。まぁ、自分の考えだからもう分かってるが」


『ほう、何でも申してみよ』


「全種族の統一。出来るだろ?特級神聖さんよ」


『………ほぉう、主よ。我は汝を選んで正解だと思ったぞ。良かろう、その願い聞き届けた。我神聖、解放の時は満ち主の生涯も満ちる。一足先に出ていかせてもらおう』


「────」


何かが消えた。

自分の半身が無くなったかのような錯覚。

いや現に下半身は無くなってしまっているのだが。

それとは違う、寂しさを含んだ喪失感。

願いが叶うのなら、もっと早くにそうしたかった。

全種族が同じ力を持ってるのなら、カルメ家も差別されずに済んだだろう。ドロレイも街を優雅に歩けただろうに。


ようやく一人で静かに逝ける。神聖も人払いも済んだ。

後は、毒と共に朽ちるのを待つだけ。

夜明けを眺めることも出来ない。

最後に拝むのがこんな晴れ晴れした夜空だとは、自分は幸せ者かもしれない。


まったく、死に様は見られたくないというのに。


「どうも、フランコさん初めまして」


「あと少しくらい、静かに寝かせてくれよ」


「いえ、あと少しみたいなので来ました。私は王の側近、常に王の傍にいるものです。あなたが殺したかったであろう人物の一人だと思いますよ」


殺す気も気力も湧かない今、全てがどうでもよくなっている。

そもそも何故殺したいと知ってる。


「そうですね、あえて名乗るのなら。ドロレイって名前にしましょうかね」


「────ッ!」


「おや、以外と元気みたいですね。ああ、自分に毒を持ったんですか、なるほど。さて、本題に入りましょう。私がこうしてあなたの前に現れたのは、いわゆる冥土の土産ってやつです。私は数年前、母親のいないカルメ家の娘を預かりました。世話は騎士にさせ、物事を考える事が出来るようになったら私は彼女を新作魔法開発の実験台にしました」


「ッッッッ!」


「どんな魔法かと言うとですね、魔法をかけた対象の目に寄生し、その者の見る景色を遠く離れた私が見る事が出来るという、魔法です。千里眼とは違いますね、名付けるなら、セカンドアイでしょうか。しかし、この魔法はかけられた対象に副作用が及ぶみたいで、どうやら失明しちゃうそうで。彼女の視力は私のものとなり、目を閉じても瞼の裏側から見えるようにも設定してあるので、会話は聞こえずともあなた方の楽しむ姿は非常に滑稽で見ていて飽きました。ですがまぁ、彼女の最後は美しかったですよね。雪のように白い人鬼…。人鬼は元の人間の個性で容姿や能力や性格が変わるみたいですが、雪のように白いとは、彼女の心情はどれだけ穏やかだったのやら。もしかしたら歳をとってもあなたと一緒なら、人鬼になる事なんてなかったでしょうね。まったく、哀れです。失明してなければあなたと出会えなかったでしょうに、失明してなければ作為的に人鬼になる事はなかったでしょうに」


「………す……」


「彼女の目に仕込んだ魔法、実はもう一つ新作を入れてたんですね」


「……ろす……」


「それは、人為的に対象を人鬼もしくは亜種と変える実験です。とはいえ私は人ではないので『人』為と呼べるのかは分かりませんが、実験は成功したみたいですね。あなたが彼女の心を卵のように温め続けてくれたお陰です、感謝します。そろそろ名乗るべきですね。私はレッドパンダの強欲を司る吸血鬼です、名前はないので先ほどのドロレイにしておきましょう。それでは、冥土の土産も無くなったので帰るとしましょう。…………最っ高に美味です……あなたのその顔」


「ッッッッぶっ殺してやるッ!!」


「その体で、ですか?」


「フゥゥゥゥゥウウウウウッッッッ!!神聖戻って来い!願いは変更だ、こいつを殺せ!殺してやる!絶対に殺してやる!」


「おお、怖い怖いです。ですが、もう時間切れです」


「殺す、殺してやる、ぶっ殺し……………ッ………。。。。。。。。」



ーーーーーーーーーーーーーーー


その後、多くの犠牲者を出した他種族同士の戦争は、地震という自然災害をもって幕を閉じた。


生まれ変わったケイアスが戦争を行う種族も行ってない種族にも伝わるよう、全種族に呼びかけた。


「戦争は多くの犠牲者を出した。誰もが身をもって思い知ったでしょう。これより、私ケイアスの顔をもって戦争を終わりにし、今後も種族としての争いは禁ずる。これに背いた種は、私の力をもって無関係者諸共絶滅させます。各種族は武装の開発を他の技術や文化の発展に消費し、戦争の傷跡を埋め合わせなさい」


ケイアスは、その名のブランドを使って戦争を終わらせた。もっとも、今回多くの死傷者を出した原因がケイアスだという事を知る者はいなく、ケイアス自身も必要犠牲と捉えている。

そもそも、対価を持たぬ少年がケイアスに依頼さえしなければという、根本的問題もある。

真相を知る者はいないからこそ、戦争を終わらせたという英雄や救世主といった意味などない役を演じなければならない。

最もそれに相応しいのは自分であると自負している。


種族問わず救う癒しの神は、戦争をも終わらせる英雄となった。




妖魔軍は総戦力で出たため、戦争で兵士は全員戦死し人口の殆どを失った。

一方人類は、妖魔軍だけを討つのは容易と判断し、竜人が現れた際には撤退を予定していたため、全滅しても被害は四割程と被害は少なく。

竜人は地に飲み込まれても鱗の鎧ですり潰される事は防げたものの、動く事が叶わず生き埋めとなり四名が戦死。そのうちの一人は、胸に奇妙な風穴が空いた遺体であったが、津波に流され死体と土砂の山一つとなって埋もれている。


いずれも皆、自然災害で死亡しているが、史実では戦死と載せられる。

史実とは虚飾であり、現場に居合わせる事が出来ないが故に、事実を確認出来ない。居合わせた者がそう言えばその通りになってしまう。それを否定する証人がいない限り、虚飾の史実は事実となる。


これから育っていく子供たちの学ぶ教材の歴史には、ケイアスが戦争を終わらせた。そう習うだろう。

自然災害が必然的であり作為的に行われた事だと知らずに。


ーーーーーーーーーー



王都から現場確認の騎士達が到着する前に、一人の人影が災害現場に到着した。


頭上の空を模したかのように青い髪を持つ少女は、山を一瞥し、山の足元に転がる悲痛な表情をしたの瞼を閉じさせ、手を置いた薄い胸に穴が空く。

思考が感情にかき混ぜられ体の動くままに足をすすめると、少し離れた位置に見覚えのある氷塊が見えた。

氷塊には黒い物体が収納されており、その物体は人型のシルエットをしている。


「ああ…あああ……」


涙の痕で荒れる頬を目ごと小さな手が覆う。

力が入らず崩れ氷塊にもたれ掛かると、氷塊は簡単にずれてしまい少女は地面に落ちた。

奇妙な氷塊は軽いと言うより、中身がないと言った方が適切のように思える。

例えるなら、ダチョウの卵だと思ったら風船だったみたいなそんな感じ。


この氷塊の表面だけの重さである。

どんな魔法かは知らないが、この中身からは気配がする。となれば生きているはずなんだ。

生きている。そう、生きている。


「────」



ーーーーーーーーーー



すぐに王国から騎士が派遣され、被害状況を確認しに来た。


騎士達が見たものは、山と言うよりは一つの木となっていた。

土砂が足場を作り、共に流された木は縦に連なり枝となる兵士達の武器は、持ち主の死体を葉として自ら飾り付け、自然が生む新たな造形物が出来上がったが、感心するものは誰一人いなくむしろ気分を害し腹の裏のものをぶちまけていた。


騎士がこの作品に感じたものは恐怖のみ。

誰一人として理解しない。

理解出来るはずがない。


しかしこれでは仕事にならないので気を強く持ち直し、作戦が行われた山と造形物を調査した。

結果、この自然災害は妙な事ばかりで、調査班も段々思考がまとまらなくなってきた。


まとまらない思考の中とった記録では、山で見つかった死体は皆、体のパーツを一部位と血塗れた衣類が見つかり、その他には妖魔と思しき物体が人類と同様に衣類と体が転がっている。


造形物の調査では、人間の遺体に目立った損傷はなく、津波によって溺死したと思われる。

ここには妖魔の死体はなく、代わりに溺死してない獣人の遺体が見つかった。獣人は戦争には参加してなかったため、巻き込まれたものと思われる。

それともう一つ、竜人の死体がようやく一つ見つかった。

胸に空く風穴からこれは溺死ではなく、流される前に何者かに胸を貫かれ死亡したと思われるが、皮膚には部分部分に鱗が付着していることから、鎧の上から貫かれたことになる。

竜人の鱗は本来、一つ一つが高濃度かつ圧縮された魔力の塊であるため、いかなる攻撃も弾き魔力も通さない。それに加え、素で高い身体能力をさらに向上させるため、パワースーツとしても使用でき、攻守共に比類無き強さのはず。


入手した情報をまとめると、竜人の変死体が一つ。妖魔軍の死体の数は268体。巻き込まれたと思しき獣人の死体が一つ。

11921人送った人間の遺体は11922人。

一人は騎士ではなく、獣人と同様に巻き込まれたと思われるが、同じ場所にある騎士と違って損傷が酷く見るに堪えない。


この戦争通して人類の戦死者の数は250万を超えた。一体の妖魔を狩るのに死亡した数は個体差があるが、平均的に13人。

そして別件としてだが、戦争に参加する事を拒んだラーメル・トラメルは監禁されていた。しかし、戦争が終わると同時に牢獄から姿を消したそう。


この傷痕は人類史に刻まれ癒える事はない。

これからの人類はこの傷を戒めにし、こんな過ちを二度と犯さないように後世に伝えていかなければならない。




戦争は、終わった。

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