-1.19 正夢

-1.19




夢を見た。

自分を見た夢を見た。

俗にドッペルゲンガーと言うらしいが、これはそれとは違う。

確かに今見てるこれは自分だ。

自分を見てる自分も自分だが、自分ではない。

奇妙な感覚だ。

容姿は違えど自分と自覚できる。

自分でない自分が自分を見ている。

そして、自分を見てる自分に無性に殺意が湧いてくる。

気がつけば自分は自分の太刀で自分を斬りつけていた。体を微塵に斬り裂き、不死身体質なクセして死に怯えるまんまるい眼球を踏み潰し、必死に地を這う腕を赤く染め、立ち上がる事が出来なくなった足を軽くする。

自分が死ねば死ななくてすむ人、不幸にならない人が大勢いる。だがら自分を殺しに来たと自分でない自分はいう。

なのに何故、鉛の様に重たいこの胸は、未だに変わらず重たいままだ。

自分にトドメを刺そうとした時に訪れた活動限界。

仕方なく自分は自分を殺害する事を断念し、その場を離脱した。


次こそは殺すと決めた。

なのに、助力してしまった。

まだその時ではなかった。

しかし、もう会うことはなかった。


彼女が高熱で倒れ、人鬼になりかけている時、自分は彼女から逃げた。

そして孤独に彼女は鬼となった。


自分はそれを後悔し救える方法を求めたが、過去は過去。歴史というものは変えることなどできない。


スイレンではない、別の神聖が言った。


『この力を汝に与える時、それは自己満足でない時』


それは今だ、この時のための能力。

自分が死んでも自分がいる。


「さぁ、条件を満たした。お前のこの力、使っても文句はないよな。…………そんな寂しそうな顔すんなよ、本当に可愛いな。俺が消えても俺がいる、お前は俺と一緒に消えるが、スイレンは統合される」


神聖とは一心同体とも言える。

殺そうとしていた自分に自分の半身を任せるのは変な気分だ。半身はそれを拒む、却下や拒否などではなく、「嫌だ」と。


「記憶がどうなるのかは知らないが、もしも憶えていてくれたなら俺が馬鹿しないように助けて欲しい」



ーーーーーーーーー



少人数かつ痕跡のない犯人を探す事はほぼ不可能な為、追手は派遣される事がなかった。


「これだけ離れれば充分だろうな」


少年とフランコは再生飛行で王都から脱出し、現在はリィニオンの崖の近くに降りた。夜に見ても美しさは変わらないが、奥にそびえる壁の様なものは異様な存在感を放ってる。


「───!……うぉお……」


崖に向かって歩いていると、気がつけば崖に生えた木が開花し花が咲き誇っていた。


「これは……六年桜か………!初めて見た」


「何だそれ、六年桜ってなんだ?」


「六年に一度咲く桜だよ」


六年って、なんか微妙だな。

だがまぁ六年に一度咲くほど、いや。それ以上の美しさと妖しさを魅せられるな。

目が離せない、視線が桜に吸い込まれてるかのように夢中になってしまう。

これが、六年桜なのか。


夢中になる少年の思考を、フランコは背中を叩いて再起動をかけた。


「アノン行くぞ、六年桜は目立つ。直に人が集まる」


「六年に一回しか咲かないもんな。そりゃあ大勢来るだわな」


「いや、ただ六年に一度咲くだけじゃ既に人は集まっている」


「ほうほう、つまり?」


「六年桜はな、季節問わず咲く上に時間も日付もバラバラ、定期が定まってない。更にその上咲くのは六時間だけだ。咲いたとなれば間に合う場所にいるものは皆揃って観に来る」


「本当だ、遠くで砂煙が見える」


深夜で見えにくいが、地平線の彼方で砂煙を上げて血眼にこちらへ向かってくる集団がある。

こんなに早く来るなんて、観測者の情報はどうやって伝えられてるのだろうか。


「うし、行くか」


フランコが少年にしがみつくと残像もなく2人は姿を消した。




ーーーーーーーーー



アズトの病院に着くと、ノックを二回鳴らし返事を待たずに病院へと入る。


「ア〜ズトさ〜ん、お邪魔しま〜すよ〜」


返事は沈黙で返された。

誰もいないのだろうか。


「誰もいないぞ。多分花見に行ったんじゃないのか?」


「近いしね。じゃあ待ちますかね」


客室の椅子に腰をかけ、生物図鑑を見ながらアズトを待つこと三時間。扉を開ける音と生気を感じられない「ただいま」という単語が聞こえた。

玄関に向かい顔を出すと、アズトが「いらっしゃい」と笑いかけてくれる。

アズトをすり抜けて洗面所に走り出した二人の鬼の子、バーラとスンは最近自分を死人を見るかのような目で見てくる。


「いやぁ、何かすいませんねアズトさん。勝手に上がったりして。王様を殴り飛ばしたり人質にとったりした犯罪者で良ければ三日泊めてくれないかな」


「いいよいいよ、患者がいないから誰も迷惑しないしね」


誰もいないということは、ラーメル達は来てないようだ。

戦争を終わらせる交渉は成立したから、もうラーメルが利用される事はないと願いたい。


「「ジーーー」」


手を洗い終わった二人はアズトと洗面所を代わり、顔を出す少年を変わらず奇妙に見つめてくる。


「な、何かな………?」


「何で生きてるの」

「消えたはずだよ」


「再生の事を言ってるのかな?」


その事ならば納得はできる。

二人の目の前で消えたあと時の事だろう。


「違う」

「アノンは黒くなったお姉ちゃんの代わりに黒くなった」


「え、何を言って……」


「二人共、桜も見終わって夜も遅いからもう寝なさい」


「博士」

「分かった」


アズトの声に従順に従い、一階奥の二人の部屋と思しき部屋に戻る。


「あの二人前から桜を見たいと言ってたものだから、桜が咲いたと聞いて寝てる二人を起こして花見に行ったんだ。少し興奮気味だから、迷惑かかってたらごめんね」


「むしろ気になる話をされましたね」


「それは邪魔して悪かったね。そうだ、二人は布団かベッドどっちがいいかな」


「アノンと同じで」


布団か、何だか懐かしいな。

布団で寝た記憶などないが。


「布団で」


「じゃあ、用意しとくから二人は……そうだね、お風呂に入ってきたらどうだろう」


「そんなに気遣ってもらえるなんて申し訳ないですな」


「いいんだよ、無償の病院ならぬ無償の宿だと思っても。ここは昔からそういう方針だからね」


本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

特に何かをした訳でもないのに、ここまでの事をしてもらえる自分が情けない。この恩はどうやったら返せるのだろうか。


風呂に使っていると、扉越しでアズトがノックし開けることなく就寝を告げに来た。


「布団出して置いたから、私はお先に失礼するよ。おやすみアノン君フランコ君」


「ありがとうございます、おやすみなさい」



ーーーーーーーーー



何も思い浮かばず夜が明け、目が覚めれば太陽は高く上がり、眩い朝日が脳にスイッチをかける。

香ばしい匂いが鼻を突っつきながら唾液を生産し、足を匂いの元へと運ばせる。

扉を開ければアズトと、自分より早く起きて先に椅子に座っているフランコ。


「おはようございます」


「おはよう、もう少しで出来るから待っててね」


「いえ、そこまでされたら、返せる恩がいつか返せなくなる位にまで山積みに……」


調理器具に目を向けたまま、後方にいるアノンに油の熱せられる声と共に爽やかな声を届ける。


「恩だなんて大層な事なんか考えなくていいよ、これは僕の義務。いや、ただのお節介なんだからね」


「でも何かを返さなきゃ、こっちも気が………そうだ!」


「さぁ二人共、できたよ」


「いただきます」


二人は手を合わせ出された食事に手をつける。

お互いまともな食事をしたのは、初めてかもしれない。

フランコは自然と涙が零れる。


「俺、初めて、こんなに美味なもの食べたよ……血肉じゃなくて普通の豚肉」


「美味だなんて、ハハ。目玉焼きとソーセージなんてそこらと変わらない普通の朝食だよ」


自分は食べなくても生きていける体質なため苦労はないが、舌は味に飢えていた。腹は空かなくても変わらない空気の味に飽き、舌は刺激を求めている。

初めての食事に感動し、少年もまたフランコと並んで涙を零しながら食事を頬張る。


獣人と少年が、涙を流しながら食事する奇妙な光景にアズトは苦笑いした。



ーーーーーーーーー



食事が終わると鬼の二人が起床し、入れ替わるように席に着きアズトの朝食を待ち構える。


「おう、フランコ、ちょっと面貸せや。アズトさん、ちょっと暫く外出するね」


ーーーーーーーーー


「どうしたよ、急に山なんかに連れてきて」


病院を出ると、すぐさま再生飛行で最寄りでない離れた山へ連れてこられた。


「三日間お世話になる上に音も沢山あるんだ。せめて何かをプレゼントしよう」


「それはいいけど、よ。なんで山?」


「美食になりそうな食材探しだよフランコ君、山は食材が豊富だからね!肉にキノコに山菜」


少年は手を広げ目を輝かせる。

右手で大きく弧を描きながら手前に持ってくると、肘を曲げて拳を握りしめる。


「さぁゆくぞ!採ったものはこの切り株に穴を空けた籠にいれたまえ!」



────籠は許容量を超え、こぼれ落ちそうな位に山積みに入れられている。

フランコがやたら山菜とキノコに詳しかった為、嗅覚を駆使し匂いで探したおかげでこんなにも。


山の中とはいえ、思っていたより動物と出くわせない。痕跡こそはあるのだが、熊や猪はおろか蛇すらも見当たらない。


「山菜はもう十分だから別の山行こうぜ」


「そうだな…………ん?リンゴが五つあるぞ」


「ん?あれは…………!」


見つけた少年を越してリンゴに接近し確認すると、すぐさまリンゴから隠れるフランコ。


「なぁにやってんだお前」


「俺が見つかったら面白くないからな。とりあえず近ずいてアレを見てみろ」


言われるがままにリンゴに近づく。

フランコの対応から怪しさを感じるが、不死身なので不意打ちを受けても大丈夫と確信してるため、無警戒でリンゴに近づき採ろうとしたら。


「うわキモ!……人面……!?」


採ろうとすると目がカッと見開きまっすぐ少年を見つめる。


「じーーーーー」


「えぇ、何、怖、キモ、何で見つめてくるの」


「そいつは七面林檎つってな、文字通り七つの顔を持っててそいつは傲慢林檎って呼ばれる奴だ。それの特徴は相手の力量を見抜いて嘲笑う。しかし、自分より強いと思えば臆病になり、臆すれば臆するほど不味くなる。弱ければ美味いってわけでもない、何故ならそいつは───」


「じーーー。………フッ」


「素で弱い」


「今コイツ俺の事鼻で笑ったんだが」


「まぁ……そういう事だ」


「ブッ潰スッ!」


「ケラケラケラ」


もぎ取られてもなお笑い続けるリンゴに、一本失った指を見せつける。


「怯えろ。さもなくば存在を消すぞ」


「ワロタ」


「オーケィ」


「おい待てアノン!臆してないうちは美味しい………ぞ…あ」


六つの視線を感じ、フランコは自分の行いを後悔する。

少年を嘲笑っていたリンゴの顔は青ざめ、その他の四つの顔も皆揃って青ざめる。





「───まぁ、落ち込むなよ」


「落ち込むよ。アレを捕獲出来ればあんな山積みの物の五倍の価値はあぅたのに………」


「な、切り替えような、な。次は肉を取りに行こうな、な?」


慰めながらフランコを起き上がらせ、再生飛行で病院前に籠を起き、飛び立つ。


「何の肉を取りに行くんだ?」


「ライシャウルフー」


「下ろせ」


「この高さでか?」


降りたがるフランコを阻止すべく高度を上げる少年。一瞬で獣人でも死ぬであろう高さまで連れてこられ、観念ししがみつくが、少年は高度を下げない。


「ライシャウルフの肉って美味いらしいぞ」


「いや食べる以前の問題」


以前来た時は死体しか見かけなかったため、襲われずに来れた。まぁ、追いつけないだろうけど。

だが、そのせいで少年はライシャウルフの怖さを知らない。

少年と似て不死身とも言える程の生命力。

手足がある限り動き続け、頭がある限り咀嚼は止めない。胴が両断されても二足で喰らいつき、死ぬまで獲物を追い続けるゾンビ。

さらにそれを上回る恐ろしい点は、人間を超えるほどの知能、初見で銃弾も避けれる程の胴体視力。

さらに、学習能力が高く群れとのコミュニケーション力も高く、連携技を見せられれば獣人でも敵わない。

動物でありながら生態系の上位に君臨する獣。


それを捕獲しようだなんて馬鹿げている。


「────なぁ」


「何だ?」


「さっき七面林檎の傲慢林檎とか言ってたけど、他は何があるんだ?」


「七つの大罪って知ってか?」


「レッドパンダと同じやつだろ?」


「そうそう、そいつらはただのそう名乗るいい歳した痛い奴ら。林檎も元はそいつらに作られたらしい」


「痛いテロリスト……ね。………でもよ、昔はこの国を救ったらしいぞ」


「ほぉ、それは初耳だな。人間の歴史なんざちっともだしな」


「王国に反逆した鬼とカルメ家が注目されるようになった元であるアイ…ビ……ィ………?」


まて、こんな記憶前までなかった。

おかしい、おかしすぎる。

歪、そう。歪だ。

人から聞いた様な客観的記憶。

騎士達の残骸の上に立つ獣人を眺める主観的記憶。


アイビー、誰よりも強い少女。陽気な少女。孤独な少女。抱える少女。


六年桜の木の下にあった今は亡き少女。

誰よりも愛しい少女。

俺は、俺の名前は───。

『あなたはシオン、よろしくねシオン!』

シオン。



「おーい、続きを聞かせろよ」


「──!。。。悪い、何を話してたっけ」


「王国に反逆した鬼と初代カルメ家のアイビーってとこで終わった」


「ああ、はいは、ぃ……なんだっけそれ。。。」


「は?人類の歴史の話をしてたんだが」


「ごめん、それ忘れたわ無かったことにして」


あれ、なんだっけ、さっき何かを思い出したのに、あれ?



「そうだ、七面林檎の何だが、お前の質問に答えてなかったな。全部は知らんが俺が知ってるのは、憤怒と嫉妬と傲慢と暴食だな。憤怒がストレスで味が落ち、性格は短気でキレやすい。嫉妬が自分より高価値な物を見ると対抗心で味が上がるらしい。が、同じ物は通じない。傲慢がさっきの通り、ビビると味が落ちるが、下に見られれば美味い。暴食は肥料やら色々と与える程上手くなり、農家には人気」


「農家はどうやって飼育してんだ?」


「見つけたら木の根元周りの土ごと持ち帰るらしい、栄養が絶えたら不味くなるからな。特徴や性格の都合上暴食が一番飼育しやすく、飼育次第で育ちも変わるから改良のしがいがあるとか。とはいえ、発見すら難しい幻とも言える品物だ。もちろん値段は相当なもの」


「何でそんなに詳しいんだよ」


「昔フォックスに教えられてな、その後も興味を持っていたから自分で色々と調べた。一番入手しやすい暴食も高値過ぎて食べることが叶わない」


「高嶺だけに」


「 」


すべったな。


「いつか食べれるといいな」


「そうだな」


目的地に近づき霧に包まれ高度を落とすと、フランコは訳も分からず地面に叩きつけられ百数メートル転がされた。


数秒前の記憶をコマ送りし、何が起きたのかを分析しようとするが、あまりにも一瞬すぎて捉える事が難しく、その現況は一コマしか捕えられてなかった。


恐ろしい、獣人てあってもやはり恐ろしい。

視界の悪い霧の中で再生飛行する少年に飛びかかるなんて。それ以前に尋常じゃない速度の少年を探知し襲いかかるなど不可能だ。

だが、それをやってのけた。


フランコは恐れながらも立ち上がり牙を剥く。

頼れない視力を捨て、耳と鼻で霧の中微妙な流れを感じとり身を反らす。

───紙一重。

紙一重だ、飛びかかるライシャウルフをかわしたが、避ける事を想定していたかの様に追撃を繰り出してきた。

あらかじめ大きめに反っていたおかげで獣毛をすり抜け皮一枚の損傷で済んだ。


やはり恐ろしい。

追撃は想定していただけでなく、回避行動をとろうと判断した時にはもう追撃をかます判断を下していたという点だ。


「ハイスペック過ぎだろッ!!」


通り過ぎるライシャウルフを背後から蹴り飛ばすが、足を曲げ衝撃を吸収し推進力として飛び立った。

続いて背後から来たライシャウルフの口をすんでのところで受け止め、首を折る。


「………!まだ動くか」


さらにその首を捻り回し首の中身をぐちゃぐちゃにする。


「流石に、ここまでやられればゾンビも動けないか…………ウグォッ」


背中に噛みつかれフランコは飛び上がり、姿を確認すればさっき蹴り飛ばした奴だ。

ちくしょう、もう帰ってきたか。


空中で体を捻り地面に背を向け落下しようとすると、案の定察したこいつは口を離し逃げ出す。

絶対に着地を狙ってくる、最も隙が出来やすいタイミングを逃す筈がない。

だが当然反撃も想定内の筈だが、やるしかない。


着地手前で体をもう一度捻り足を下に向け着地すると、案の定飛びかかってきた。


「お前ら学習能力高いならパターンを覚えろよな」


こいつらは個性がある。

戦闘が苦手な奴、得意な奴。

目の前にいるのは得意かつ指揮をとるリーダーだろう。

そして、


「お前は苦手な奴」


後ろに手を回し首根っこを掴みあげる。

背後から来る奴は回避行動がとれない、つまりアドリブが出来ない。

もしくは───。


正面から来る狼を握る狼で薙ぎ払い、勢いを落とさずに腕を加速させ七時の方向へ投げ飛ばす。


「囮役だな」


空中のため自由が利かず投げられた狼と共に地面を転がる。

まずいな、あと何匹潜んでいることか。

この霧では戦いながら索敵するのは無理だ、この僅かな間を使っても範囲外にいられては見つけることも出来ない。


極限まで高めた集中力も流石にもう続かないが、最後の最後でようやく一匹を新たに探知した。

それは幸か不幸か、何方かと言えば不幸である。

一匹しか仕留めてない状態でさらに狼が増えれば、手も足も脳も目も肺も足りない。


集中力が切れたこのタイミングを見逃してはくれず、獰猛な牙がフランコの横腹に喰い込む。

激痛に声を上げると続けて自分の真上に三体の狼が躍り出た。

流石に、もうダメだな。



「────お前な………」


狼たちを頭に穴一つ開けて全員黙らせた。

再生は瞬発力ではどうにもならない、故にアドリブばかりのこいつらの天敵。


「救世主はこういう場面で来るもんだろ」


「終わってんならさっさと来い、こちとら横腹から腸がはみ出そうだったんだぞ」


少年は軽く謝りながら転がる狼達の残骸から内臓と血を全て抜き取る。

運び安くなるのはいいが、時間かかると死臭が臭そうだ。フランコ側に転がるのは五体、少年は二体。

二体ならもっと早く来れただろ………。

計七匹を持ち帰るが、お互い死体とフライトは色々とキツイ。


「…………」


「…………早く帰ってご馳走にすんぞ」


「そうだな」



ーーーーー


───帰ってくる間の時間、結構辛かった。


何故、知性有りし我々は骸を拒むのだろうか。

生爪、切断された四肢、指、眼球、耳、歯、首、胴体、死体。

例えば今誰かの腕握ってるとしよう。

その腕が切断され持ち主から離れる。掴んでいる腕はその人の物でも、掴んでる自分はその人の腕と認識出来ない。それはもう、不快な感覚を自分に及ぼす物体としか捉えずに目を背けようとする。

何故か、生気を感じられないからか、温かいはずの体温が水の様に冷たいからか。

いずれにせよ、心というものは説明し難い。


生あるものは死を恐れる。

昔から命を繋いできた生物たちの本能だろう。


本能をコントロールする事は難しい。

現に今狼たちの骸を抱えて飛び、精神的にかなり疲れた。

病院に着くと疲れが肩にどっとのしかかり、籠がまだ外に出てる事を確認し籠と死体を病院に持ち込む。


最初は驚かれたが、ライシャウルフが美味しいという事を知っていたアズトは躊躇わずに受け取り、肉を見事に捌いた。

夜は採った山菜とキノコを具材とし狼の骨を出汁にした汁物。

狼の出汁はイメージに反して優しく染み渡る。

フランコは隣で自ら汁物をしょっぱくしている。それでも美味い美味いと言うが、本当に味を感じてるのだろうか。時々「熱ッ」て聞こえる。

だが事実美味しい。


希少食材なだけあって、苦労の味というものはここまで味を引き立てるのか。

二人の鬼も無表情で頬張りながら喜んでる、無表情だが。

偏見かもしれないが、美味しいものを食べてきたであろうアズトも絶賛してくれて、やり甲斐を感じれた。

人に喜ばれると自分まで喜びたくなる。


「あ、いけない、つい浮かれて起こすのを忘れてたよ」


アズトは箸を置き階段を駆け上がると、騒音だった登りとは逆に静かに階段を降りてきた。


起こすって誰をだろう。

興味なさげに汁を啜る。


「ちょっと、酷いじゃない!」


聞き覚えのある声に口に含んだ汁を吹き出した。

ああ、もったいない……。


「何でここだと分かったんだよ………フィー」


「大体ここ来れば何か聞けるかなーって。それよりも!どうして置いてったのよ!!」


「あの場で仲良くしたらカルメ家の立場がないじゃないすか」


「嘘の臭い」


「ホントっすよ」


「それだけじゃないわよね」


「えぇ……」


質問責めされ困惑する少年に容赦なく重圧をのしかける。

その仲裁にアズトが立ち入り、体を入れて防御壁を築き上げる。


「まぁまぁ、二人共再開できたんだからカリカリせずにさ、フィーリアさんもご馳走食べよう、ね」


「そうね、冗談はもう止めますね」


冗談でよかった。

でも何でこんなに怒ってるんだろう。


「ぉ美味しぃ!ライシャウルフってこんなに美味しかったんですね!」


機嫌戻るの早いな。


食事を終え、一人で寝室に戻り暫く待つと、案の定フィーリアはこの部屋へやって来た。


「俺が見てるのは幽霊なのかな」


「だとしたらその幽霊はきっと美少女ね」


「人鬼になったんだってね」


挨拶を終えて早々に核心に触れる少年から、フィーリアは目を背けようとはしない。

現実事実、夢でもなく実際に起きた事。

自分は人鬼と成り果てた。

だが今の姿は人間だ。


「聞きたいことは分かってる。フィーを救ったのは俺じゃない。と、言えばそうなるが、実際は俺だよ」


「………??」


「流石に理解できないよな」


自分でも理解できないことを他が理解出来るはずがない。夢を間に受けていいのかは分からないが、あの夢は現実なのだと心が確信してる。


「フランコ、どうせ嫌でも聞こえてくるならこっちへ来て聞いてくれや」


そう呟くと案の定フランコはやって来た、汁物が入った器を持って。

隣に座り熱々の汁をチョビチョビ啜りながら耳を傾ける。今はどうでもいい事だが、フランコは狐なのに猫舌のようだ。

さて、続けなければ。


「フィーが人鬼になってる時俺はラーメルトラメルと接触していた。同時刻フィーは俺と接触していた。俺はラーメルに別れを告げ、俺もこの世に別れを告げた。俺の記憶はそれで終わり」


「その光景に目を疑った私は、受け入れずにあなたを探しに出た。ら、カルメ家の招集がかかって、最寄りかつ動けるカルメ家は私だけだったから私が出席したわ」


「そこでたまたま出会えたと」


その時の彼女の心はどれだけ複雑だっただろうか、死にざまを目撃しても尚生存を信じて半信半疑で旅に出た。そして、生きて出会えた。


自分個人の気持ちだと、言葉に喩えれないくらいの安心と幸福を感じた。


「私、安心したし嬉しいよ」


同じなようだ。


「アノンと会えて、フランコとも会えて、また三人再会出来て」


実を言うと、安心等と共に不安を感じている。

再会は確かに喜ばしいが、また別れた時の辛さが増すだけだ。

今回は助かった、しかし次は助かるか分からない。


だから少年は辛いことから逃げる。

辛いのは嫌だ。


「フィー、悪いけど戦争が終わるまでは同行を遠慮してもらいたい。四日間ここで俺達を待ってて欲しい」


唐突な事で受け入れるのは難しいだろう。

聞かずとも断られるのは分かる、この頼みは勝手な感情を刷り込んだわがままだ。


「いいよ」


「………え」


「何で自分で言って驚いてるの?………アノンがそうして欲しいなら、私はそれを聞くわ」


肯定を選んだ声は寂しさを零しながら俯く。

再会したばかりで着いてこないで欲しい。とんだクソ野郎だ。腹立たしい。

全て自分だ。

それを選択したのも、自分だ。


「でもやっぱり条件をつけるわね」


「何だ?出来る範囲の事でお願い」


「そんな難しい事じゃないよ、無事で帰ってきてくれればそれでいいもん」


無事……ね。

成功が確定してない今はまだ、無事と呼べるか分からない。

だがまあ、条件を飲まなければ彼女は留まってはくれない。


「分かった、約束する。おら、フランコも誓え。無事帰って来れると」


「無事って、死ぬ気だったのかよ」


帰れる事を当たり前と思っている。

確かにそれが普通の考えだな。

少年は不死身体質故に、死と隣接しすぎて死への認識が鈍くなるどころか、むしろ濃く染み込み死が定着してしまっているのだろう。


「そうさな。死ぬ事なんてもうないよな」


交渉は成立、賢いならこれ以上攻める事はしないだろう。


「おっしゃ、寝る前に風呂入ろか!フィーもどうだ?」


「嫌よ」


「フランコ行こうぜ。明後日早朝出発だ」


「お、おう」


風呂から上がると疲れですぐ眠くなり、お互いに早寝出来た。

フィーリアは二人が風呂に行くと自分の寝ていたベッドに戻り、窓から細くなった月を覗く。




空は直に明るくなり、陽が昇る。そして、沈む。

フィーリアは一人でその光景を見た。眺め続けた。

今日は曇って月が見えない。

月が見えずとも空は静かでお淑やかに美しい。

陽が昇れば朝が来る。

それをもう一日繰り返す。


「えぇえ!?」


静かな朝に響き渡る少年の声。屋根に止まっていた鳥達は一斉に逃げ出し、鬼の二人の意識を覚醒させる。


「丸二日寝てたって………!?しかもフランコも!?」


「ごめんね、ぐっすり寝てたから狼狩りの疲れもあるしそっとしておいた方がいいかなって」


「……てことは、もう出発しなきゃ行けないのか!フランコ準備しろ!アズトさん俺らもう出てくよ、今までありがとうございました!」


騒がしい一階に降りると、少年とフランコが慌てて出て行こうとしていた。

階段で立ち止まるフィーリアを見つけると、少

年は小指を差し出し「約束!」と口にし病院を出ていく。


まだ鬼の子二人とアズトがいるにも関わらず、フィーリアは独りを感じ締め付けられる胸に手を当てる。

神様、もしもいるのなら二人に武運を与えください。



ーーーーーーーーーー



プルスフォートを経過すると時間帯は昼になり、太陽が高い位置に昇り遠くに見える砂埃を浮き立たせる。


「アノン……」


「何だ?」


「アレは………」


プルスフォートの見晴らしのいい工場で一旦降ろし、フランコの震える指の先を見つめるが小さすぎてよく分からない。


「アレは、こっちに向かって来ているのは……………妖魔軍だ!」


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