-1.18 終戦交渉

-1.18




その身を犠牲に大切な人を救えるとしよう。

汝は救いたいのか?


────肯定。


本当にそれで良いのか?

その身を犠牲に救われたとして、救われた者がその後の世界を望むとでも?

逆の立場で考えてみよう。

汝はその世界を望むか?


────否定。


ならば汝の救いたいという願いは届かない。


────問。


それは自己満足だからだ。

自己満足の為にこの力を使うでない。

汝が生を欲し、生を求め、生を棄てる時に汝に力を与えよう。


────疑問。


未来が見える故に、汝にとり憑いた。

それはつまり、汝の前にその時が自ずと現れるという事だ。

その時汝は迷わず生を棄てる。

この力を汝に与える時、それは自己満足でない時。




ーーーーーーーーーー




「私がアマダメです」


これは罠か。

不意に現れた聖騎士が自らアマダメである事を告白した。

賢い者がこんな事をする訳ない。

しかしこの状況、既に作戦がバレてるのは確かだ。

今は様子を見る他選択肢はない。


「アマダメ……ね、思っていたより小さいな。で、俺達に何のようですかね」


「────」


「……………?」



「いえ、私があなた方に聞きたいのですが、私に用があるみたいですね、いったいどんな御用で?」


「え、今の謎の間は何?」


少年の質問に対する返答までの時間に謎の空間が生まれ、それに対する少年の問にも再び間が生まれる。


「……………………………。そんな事は気にせず答えて頂けませんか」


「またか………。………戦の指令を出してるのはあなたなんですよね」


「…………………。そうですが、それがどうかしましたか」


交渉の駆け引きだ。

失敗すると思うが、交渉決裂を前提で聞いてみる。


「全人類を戦場から撤退させてくれませんか。それと王に終戦できるように上手いこと話して頂きたい」


「………………………。わざわざ私を探して言うことがそんな事ですか」


やはりダメだ。


「…………………………………………。仮に私が頷いたとして全兵を撤退させます。そこを他種族が見逃してくれるとでもお考えで?」


「いえ、他種族にはこちらから他種族の交渉人を送っています


「………。そちらが決裂した場合は?」


「しません」


理由のない確信に呆れたような目を向けてくるアマダメ。


「………。その確信はどこから来るのですか」


「言っても信じないだろうから言わない」


「…………………。交渉する材料があまりにも少なすぎる。少し舐めすぎでは?」


呆れを過ぎて苛立ちを向けてくるアマダメの眉間はシワが目に見える。


「それでは私はこれで。あなた方は今すぐ王都から立ち去るか騎士に追われるかを選びなさい」


「ここであなたを人質にとるのはどうでしょうか」


「………………………。それはそれでいいと思いますが、私はそれでも構いませんよ。私を拉致したところで戦争は終わりませんしね」


「ですよね。では立ち去ります」


アマダメに背を向け、王都の端へと向かう二人にアマダメは、最後の声をかける。


「もしも次あなた方が私の前に現れた時は罪人として対応しますからね!」


二人が遠くまで行き歩いていくと、閑静な大広間には二人の人影があり、片方はあまりにも薄すぎるため存在してるのかも分からない。


故に、最初からその場にいたのにも関わらず、少年と獣人の二人の後ろにいたのにも関わらず、後ろでアマダメにカンペで指示を出していたのにも関わらず、その存在は感知される事なく二人を騙し続けた。


そんな事が出来るのは一人しかいないだろう。

二人と話していた男はその影の薄い男をこう呼ぶ。


「もぉ〜!アマダメ先輩こういう事はやめてくださいよ!僕凄い怖くて足震えてたんですよ!?さらにあの人達僕を先輩と思い込んでるせいで僕を攫おうとしたじゃないですか!?先輩の頼みでも、もう影武者なんて絶対やりませんからね!!」


「ご、ごめんねサカ君。でも協力してくれてありがとね。今度美味しいもの食べに連れて行ってあげるから、ね、許して」


「良いですよ」


即答。

ムスッとしていた頬を緩ませ上機嫌に目を輝かせるサカと呼ばれる男。


「そうだ先輩、これから僕らどうしましょうかね。戦場にも行けないし、城の護衛も全然いないから多分ずっと僕らの隊で護衛ですかね」


城に向かって歩きながら後頭部に手を当て


「その必要はないと思うよ。今日は護衛の皆に自室待機の指示を出してと、カルメ家を呼んでカルメ家も待機もさせておく」


「えぇ!?カルメ家呼ぶのですか!?一体何で!?」


「夕に分かるか私が指示だすかだから、夜は動けるようによく休んでおいてね。あと、お使いでラーメルにこの手紙渡しておいて欲しい」


「りょ、了解です………」


────。

───。

──。

─。


一方、少年はフランコに胸ぐらを掴まれ高速で頭の中を振り回された。


「何やってんだァァァア!!」


「オ、オエェ………。気持ち悪、頭がぐぢゃぐちゃぐぢゃするォェ」


腹の辺りから込み上がってくる何かを抑え込みきれず、周囲に散布してもなおフランコの手は止まらず少年の頭を振り続ける。


「お前何で自分で計画を切り崩してんだ!自ら失敗に導いてんじゃねぇよ!」


「へ、俺に交渉で駆け引きで来るほどの能力も素材もねぇよ」


「何開き直ってんだ、次どうする気だよ」


「そうさな、交渉は無理だったんだ。今晩仕掛けるしかないか」


「無理ってお前……!」


言葉を遮るようにフランコの脳内に久しぶりに聞く声が流れる。


『主よ』


その声はいつもどこか偉そうで、自分のことを主と呼びながらも家畜を見るような声で囁く。


『神憑きだ。先程の会話中すぐ側で神憑きの気配がした。しかし、主と対面していた男ではない』


しかし、すぐ側と言ってもアノンとあのアマダメしか気配を感じなかった。

まさか、能力は存在を消す能力だとでも?


『そんなくだらない能力はない。とにかく神憑きだ、どんな能力を持っているかは分からないが気をつけろ』


心配だなんてらしくないな。

それに、どうして今更出てきたんだ、今までお前は何をやってたんだ?


『我が動く時、それは主の前に選択が訪れる時』


「……………ッ!!」


選択という言葉でトラウマを連想し、込み上がるものを抑えるべく口を塞ぐ。


「おいおい、どうした急に黙り込んだと思ったら、今度はお前が吐きそうになってんじゃねぇか」


選択、と言っても実際は不動の結末。

選択する必要はなく答えは最初から決まっているのだ。しかし、それでもこの神聖は頑なに選択という。

あくまでも、選択。

その選択は必ず都合のいいものではないと察しはつく。

まだ一度しか訪れてないが、その一度目が文字通り最悪な選択肢だった。次の選択がそれを超えるものかは自分の価値観次第。

いずれ訪れる絶望がどこまで自分を墜すのか。

ただ待つことしか出来ない。


『百の神は基本、自分の為にしか動かない』


「……百の神………?」


『そうだ、要するに神聖をあまり信用するなという事だ』


この神聖は自ら自身を信用するなと申した。

神聖は何を考えてるのかは分からない。

神聖に限った事ではない、この少年も何を考えて行動してるのかが分からない。

人が隠す情報、それは知られたくない情報。

知られたくないということは、知られれば関係が僅かでも崩れてしまう事を危惧しているという事。

少年ならばフランコが神憑きである事を明かしたとて、関係が崩れるとは思えない。

隠していたつもりはないが、今更打ち明ける。


「アノン、今まで言ってなかったことがある」


「何だよこのタイミングで死亡フラグみたいなこと言ってよ。誰かに命でも狙われてんのか?」


やはり少年は少年だ。

何かを隠しても関係は崩れない。


「今まで黙っていたのは隠してた訳ではない。ただ忘れていた」


「え、ふざけてんの?この空気でふざけてんの?重要な事をいう雰囲気で今まで黙ってた理由が忘れていたって、ふざけてんの?」


「仕方ないだろ、俺の中の神聖とあったのは何年も前の事なんだからよ」


「へーお前も神憑きなんだー。そんな事よりそう言う事はそんな流れるように言うんじゃなくてな………!」


「しつけぇ!」


誰が聞いても重要な話をそんな事よりで終わらされた。

関係が崩れないとしても何だか腑に落ちない。


「本題に入るぞ」


「カミングアウトが本題じゃなかったのかよ」


「黙って聞け。お前は神聖に会ったことがあるか?」


「あるぞ。可愛いやつでな、俺の言う事何でも聞いてくれて、褒めれば素直に喜ぶ」


まるで自慢の子供のように語る少年だが、そんなに仲がいいのだろうか。


「俺の中の神聖の言葉なんだが、百の神は基本自分の為にしか動かないそうだ。俺の中の奴もそうだが、お前の中のもそうじゃないのか?」


「おい、うちのスイレンにケチつけんのか?うちの子はなぁ、俺に従順な可愛いやつなんだぞ!」


違う事で関係が崩れそうになった。


『ほぅ、スイレンというのか。主よ、我にも名を付けるとを許す、つけろ。さすれば主も多少なりと我に愛着湧くのではないか?』


「うるせぇ、お前は黙っとけ。────話を変えるぞ。俺の神聖がさっきあの場で神聖を感知したんだ。だけどあの場には実際俺達とアマダメの三人しかいなかった、これについてどう思う」


「どうも思わない」


「え、何で?」


「百も神聖がいるなら身近にいてもおかしくないだろ?実際目の前にいるし。それに、神憑きの力が分からないなら、いてもいなくても状況は変わらない。やる事は変わらず前科持ちの俺一人で王を人質にとる。不死身となった時点で人は捨ててるようなもんだ、交渉後俺が王から離れたら好きにすればいい」


「交渉相手を殺害すればお前の交渉は………」


「だからお前がやるんだ、獣人のお前なら他種族の間者としか思われない。まぁ、真っ先に俺らをステラコビーとターニンと思うだろう、勿論偽物ともな。だが、証拠がない以上はそうは言えない。証拠が必要とは思えないが」


矛盾を口にしながらも少年は、先日成りすましに利用させてもらった本物のステラコビーとターニンの元へ足を運ぶ。


「さて、お前らはどうしようかな今夜までは外に出せないな」


二人を幽閉した場所は王都の中でも人気が感じられない区域の一軒家の一室。

雰囲気的に家主はもう暫くここにはいないみたいだ。

脱走されては困る為手足は拘束させてもらい、鼻づまりの恐れや飲食を可能にするため口は塞がないでおいた。

二人は得体の知れない二人に身を震わせ、繋がれた手足を必死に踊らせる。


「と、ころ、で、さ?何回助けを叫んだ?正直に答えてくれていいよ、酷いことをする気は無いから」


「────」


声を出そうとしても全然出てない。

虚しく掠れる声が、どれだけ助けを求めたかを物語ってくれる。

だけど、現状から察するに誰も来てくれなかったという訳だ。

哀れと思いつつも、この区域の異常さに何か惹かれるものがある。どれだけ賑やかな所でもこういう場所はある、しかしここまで人気が無さすぎるのはおかしい。


「フランコ、人の気配する?」


フランコは嗅覚と聴覚を鋭利に尖らせ周囲を探るが、感じるのは騎士の二人と少年一人のみ。


「しない。でもいた痕跡はしっかり感じる」


「えー、そんなに分かるのー?流石犬だなー」


「狐だよ!言い忘れていたけど、俺の家系確か五感が獣人の数倍敏感だったって聞かされたことがある」


「えー、何それ狐だよって言ってるけど実は家のお陰ってか?カッコわりぃなー。脛かじりじゃねぇか」


フランコの狐というワードに遅れて反応を示す真のステラコビー、それを横目に疑問を浮かべるターニンは獣人をただ恐れている。


「────」


掠れすぎて聞き取れないが、横のフランコが耳をピクリと動かす。


「ああ、確か父は狐、母は猫だったぞ」


「────!?!?!!!!?」


ステラコビーの顔は一層青くなり、ターニン以上に恐れを表す。やがてブクブクと泡を口から吹き出し意識が途絶えた。


「え、お前何したの?」


「何もしてねぇ。ただ父と母を聞かれたから答えただけだ」


「お前の両親有名人なんだな」


「でも俺は全然知らないのだが。いや、今は俺の事よりこれからの事だ」


アマダメの登場により崩れてしまった予定をどう立て直すか。最後は強行突破と決められたが、過程はまだだ。


「待機」


「あ?」


一秒で終わる二文字は中身などなく、空っぽな言葉だった。


「だって正直やる事ないんだよ。追放受けちゃったし」


「…………それもそうだな」


「でもお前にはやってもらう事が沢山ある」


「………え……?」




────ここは地獄だろうか。いや、地獄だ。

五感は一つを除いて他全ては正常。

聴覚正常嗅覚正常触覚正常視覚正常、味覚異常。


「もう無理、感覚なくなってきた!味も不味さしか感じない、ていうか最初から味が無理!」


舌を滑る鮮血の感触は水とは違いドロドロし、生暖かく鉄臭く喉いっぱいに感触を伝えながら胃へと送られる。

一言で言うなら気持ち悪い。



少年が口を歪めるとフランコの背後に立ち回ると、なす術なくフランコは床に倒れた。

口に腕を挟まれ刺さった牙が、少年の肉を深く抉り血を絞る。体は上手く締め付けられ今の力では、この肉の拘束を解くことは不可能。全身の動きを封じられ、唯一動かせる喉も少年の鮮血を受け入れることしか許されない。


滝のように吹き出す血は床に零れると、何も無かったかのように跡形もなくなる。これが少年が行っているとしたらかなりの精密な芸当だ。

だがしかし、フランコの体を満たす血は消化はされても養分とはならずただ失った体力を満たすだけだ。


体力が完全に回復すると、フランコは余りに余る体力を使って少年を剥がしとる。


「ホントもうやめろ爆発する、内蔵破裂するから!」


「分かった」


ようやく少年から解放され、喉がこれ以上の潤いを拒絶している。

口に広がる鉄の味と感触は、口を水でゆすいでも記憶に強く残ってしまってる為、なかなか拭い落とせない。


「これでお前の体力はフルマックスだろ」


「それが目的かよ……体力は戻ったけど疲れたわ」


「そうか、じゃあもう一回いくか」


そう言って少年は、牙が深く刺さったはずの傷一つない綺麗な腕を差し出した。

しかしその腕も「もういいわ」と払い落とされる。


「さて、夜まで待ちますか」



ーーーーーーーーー


分厚い雲に覆われた空の隙間から月が僅かに顔を出し、地上を明るく照らしてくれる。

しかし月は弱々しく痩せ細く、すぐに雲の後ろへと隠れてしまう。

時間は夜遅く、殆どの人が寝ているであろう時間帯。


決行すべき時が訪れ少年と獣人は立ち上がる。


「さて、お前らはもう解放するよじゃあな」


縄を解かれても立ち上がれない。

ずっと同じ姿勢でいた為、どうやら体が固まってしまったらしい。暫くは立ち上がれそうにない。


「まぁ、頑張れや」


二人に手を振って家を出ると、建物の影を通りながら王城へと足を進ませる。

賑やかな城下を遠目に眺め、文字通りの城下へと辿り着く。

門の前にはいつも通り門番が構えているが、あちらにとってもこちらにとっても門番など飾りでしかない。


「さて、侵入するのは簡単だが、その後は大変だ」


いくら人数が激減したとしても見張り兵や巡回兵、護衛兵は絶対につけてるはず。


「計画は王の寝室の位置を確認。入口に見張りがいれば外から侵入、いなければ正面からいく。鍵は気にしなくていい、俺の再生があれば無音で万物を破壊出来る。フランコは俺を離れた位置から追えばいい。王の身柄を譲渡する時は頭を掻き毟る動作をするから、それを合図にお前に譲るよ」


「大丈夫だよな、お前ここで交渉決裂すればもうチャンスはないぞ」


「安心しろ、愚王は自分に忠実だ。自分の身の危険が迫れば絶対にそっちを優先する」


「そうか、じゃあ無事終わらせようぜ」


怨念を。


「俺は絶対に終わらせる」


戦争を。


二人は拳を打ち合い布で顔を覆うと城へと潜り込み別れた。

少年は五感を周囲に張り巡らせ追手の気配を探る。


「誰もいない」


いくら人数が少なくても油断は出来ない。

十人残したのは八人でも自分を捕えられる精鋭を残したという事だ。

また八人に限らず、騎士関係なく元々城で働いていた者達の数も相当だろう。

つまり人と出くわせば捕まる。


「なんか以前この城は犬小屋って聞いていたんだけどな。犬の姿をまったく見たことがない」


流石にこれだけ広くては、犬でも縄張りを作るのには骨が折れるだろう。


足音を立てることなく慎重に進んでゆき、以前自分が殺害された玉座のある大きな部屋に辿り着く。

自分が何度も死んだこの部屋だが、特に思い出などなく、そのまま何も思うことなく退室した。


王の寝室はいったいどこにあるのだろうか。

時々見かける執事は皆、どういう訳か早歩きで移動している。わがままな王に毎回急かされて仕事でもしていたのだろうか。

走った方がいいのではと思ったが、そこであえて走らないところに品を感じさせられる。


今通ってる道は両側に扉が連なっている。

この中に王の寝室があると思えないが、全ての部屋に耳を当て中を探るしか無さそうだ。

一本道で置物もないため隠れる場所がない。しかし、幸い天井が高く再生飛行で上に飛べば、復元で音なくしがみつける。


「───て」


「………!」


女性の声が聞こえた。

弱々しく寂しそうな女性の声。


「──たすけ…て」


声のする扉に耳を当てると確かに声が聞こえる。

どうするべきか。

罠かもしれない。

罠でなかった場合、自分はここで彼女を見殺しにすることになる。

この選択でこれからの予定が変わってしまう。


「………ッたく、どうしてくれるんだ……」


少年は意を決して扉を静かに開く。

暗いが、月光のおかげで目を凝らせば何とか見える暗さだ。

そこは、複数人の女性が眠っている寝室だった。

幸い起きてる者はおらず、寝言だったようだ。


寝言で助けを呼ぶ女性を抱え、一旦人気の少ないバルコニーへ連れ出す。

女性と言うには少し若く、自分よりは年上位の歳だ。

体を揺すって呼びかけると割とすぐ起きた。


「────!?」


開こうとする口を咄嗟に押さえつけ宥める。


「まぁまぁ、落ち着け。害は与えないからさ落ち着けよ。そうだ、これは夢だ君の夢だ」


夢という魔法の言葉を唱えると、彼女は大人しくなると片手を持ち上げ、自分の頬をひったぱたいた。


「…………現実ね」


「うわぁ……たくましいこった」


害は与えないと両手を上げる少年を見て、警戒はするものの落ち着きを取り戻し深呼吸をする。

恐怖で目が震え肩が顎より高く上げられ手は体を守るように腕を掴んでる。


「まぁ、当然の反応だわな……俺にも予定があるから本題に入るぞ。出来るだけ早く答えてほしい、答えなくなければ首を振ってくれればいいから即決断して欲しい」


彼女は静かに頷くと腕を掴む手の力を緩めた。


「君は寝言で助けてと呟いていたけどそれは本当にただの寝言かい?それとも悩み事?」


「────」


周りで寝る女達も外に聞こえる声で起きないとなれば、それは毎日うなされているという事。

見ず知らずの不審者にそれを打ち明けるのは、皆無に等しい。


「頼むから早く答え………」


「助けて………!」


彼女は今不審者に助けを求める程追い込まれている状況に陥ってる。


「まぁ、助けるかは訳を聞いてからにしよう」


「私を含むあの部屋にいる人達は皆、王様の命令で無理矢理連れてこられたのです。お願いです賊様、私を帰して下さい」


賊様……。間違ってはいないと思うけど。


「帰って家族に会いたいって?」


女は強く頷くと警戒心を解いて今度は、助けを求める目で見てくる。


「悪いけど無理だね」


女の目は絶望に落ちたかの様に目から光を落とした。


「帰って会えたとしてさ。王は反逆者として家族諸共殺されちゃうけど、それでもいいの?」


女は言葉が詰まった。

自分のせいで家族にも被害が及ぶとなれば、逃げ出した意味もない。

希望を失い涙に溺れる彼女を見ているとあまりにも哀れだ。


「………ぐす……私……達、見てくれがいいって言われて、連れてこられたんです」


何か説明始まったな。


「私も最初は王城に呼ばれて浮かれていました。だけど実際は地獄でした」


無理矢理じゃなくてついて行ったんだな。

自業自得だな。

よし、置いて行こう。


「毎晩毎晩呼ばれては脱がされ弄ばれました」


立ち去ろうとする少年の体は硬直した。


「もう、私の体は………」


「もういい」


「………え………?」


少年は震える拳を緩め女に振り向く。


「助けようじゃないか。君も、君の家族諸共」


「でもそれから先は……」


「大丈夫、それどころじゃなくすればいい話だ。とりあえず逃げたいと思う子達を連れてきて。そしたら皆家族と一緒にこの街から逃げればいい。夜逃げだ」


「賊様はどうなさるのですか………!?」


「最初に言った通りやる事がある。その前に君達を無事逃せるようにちょっと細工をしてくる。……さぁ行け!夜が明けちゃうぞ」


少年は女の腰を押すように叩くと、女性の腰が持ち上がりまっすぐ寝室へと足を向けた。


「悪いなフランコ、予定を遅らせて寄り道するわ」


離れた物陰から姿を現し、少年の元へ跳躍して横に並ぶ。


「お前らしいけどよ、どうやって複数人をこの城から連れ出すんだ?」


「再生飛行で一人一人下ろしていく」


「まぁ、時間かかっても大丈夫な時間帯だしな。大事にならないようにしろよ」


フランコは影に溶けるように消えた。と同時に女が仲間を五人連れて戻ってくる。


「前から帰りたがってた人を連れてきました」


思ったより多いけど、流石。

皆揃って美人だ。


「一人づつ運ぶから皆目と口塞いでそこの影に隠れてて。目を塞げば人が近づいても気付かず平静でいられるから」


全員の了承を得ると人を連れ出して抱き抱える。


「変なとこ触っても声出さないでね」


「え……?キャアアアア!」


突然の浮遊感に声を漏らしたが、それを想定の範囲内に入れて上空に来たため声は聞かれずに済んだ。


すぐに地上に戻り置いていくと二人目に移り、同じ事を繰り返した。


最後の一人となったのは少年に助けを求めた女。

浮遊感に声を上げなかったおかげで素早く地上に帰せた。


「────ふぅ、君で最後だね。ごめんね、依頼者を最後にしちゃって」


「いえ、本当にありがとうございます。貴方様には言葉で返しきれないほどの恩を感じています」


「恩だなんて。そうだ、王様の寝室どこか知ってる?」


「八階の食堂前の扉から八つ右にある扉です」


「おお、ありがとな」


髪を引き抜きその場を去ろうとすると、彼女に呼び止められた。


「あの、私はカチェリエ・カーテンと申します。貴方様のお名前をお聞きしても宜しいでしょうか」


「俺はア……いや、名乗れる名前は無いね」


「でもせめて恩人の方の名前だけでも」


「駄目駄目、これから大罪人になる賊を恩人なんて呼んじゃ駄目だよ。さぁ、早く行け!早く逃げないといつ追手が来るか分からないよ!」


肩を回して後ろへ向かせると少年は再生で姿を消した。

振り向いた時には少年の姿はどこにも無く、木々が生い茂る中で一人、冷たく頬を撫でる風の懐かしさを覚えた。



ーーーーーーーーー



「────八階の食堂………ここか」


一階ごとにバルコニーが造られているため、八階へは外から来れた。


「ここが王の寝室か………おし、外の窓から確認するか」


勿論、外は壁。

登るもしくは降りるしかない。


「まぁ、俺なら造作もないけどね」


まず最初に手足の指を落とします。

屋根から飛び降ります。

傷口を壁に近づけ、ここだと思った場所で指を日本残して再生します。

音なく壁に穴を空けしがみつけます。

窓があるので鍵に当てるように残った指を再生します。

窓が開けれるのでそこから侵入します。


王様を起こします。

警報を鳴らします。


「曲者ォオオオオオ!!!」


全騎士が集合します。

さて、交渉を始めます。


集合した騎士達は八人以上、見えるのはだいたい十六人。

その中から掻き分ける様に前に進み出たのは、見覚えのないアマダメよりもヒョロヒョロした男。


「こんにちはステラ………いえ、大罪人さん。貴方からは初めましてかも知れませんね、私が本物のアマダメです」


「本物?おいおい、偽物用意しておいて今更名乗り出る本物さんをどう信じろってんだ」


「信じないならそれまでです」


嫌な感じがする。

フランコが確か神憑きとか言っていたな。

まぁ、能力分からなければどうしようもないか。


細い月が分厚い雲に覆われ灯のない部屋は顔が見えない程に暗くなってしまった。が問題はない。


「代表があんたならあんたでいいよ、戦争を止めろ。戦場にいる全人類を撤退させるんだ。さもなくばこの豚の命はない」


「ええい、誰が豚だ!おい貴様ら何をやってる、さっさと殺らんか!罰され…フゴォ……」


「ぅっせぇよ、無能騎士を罰する前にお前に天誅下してやろうか、アァアン?」


王の首を締め付け強制的に黙らせる。


「撤退させたとして、他種族が追撃してきたらどうしますか?貴方は以前にそれはないと断言されてましたけど」


「この中にもいるみたいだが、俺は神憑き、神聖に取り憑かれし人間。人類の説得は俺が代表だ。他種族の交渉に向かわせたのは」


信じるはずが無い。

生きる幻の存在とも言える。


「神聖 ケイアスだ」


その言葉に一瞬その場はざわめき出すが、すぐに戯言と受けられ馬鹿にする様な笑いが起きる。


「我神憑き。中に住みし神聖でケイアスと交信し、このアホみたいな戦争を終わらせることで意気投合した仲のケイアスに、他種族への説得を依頼した。信じるか信じないかはお前らの勝手だ」


「そんな事信じて滅ぶなら人類はさぞかし馬鹿な種族だったのだと歴史に汚名を焼き付けるでしょうね」


「ああ、だがここで信じて退いた妖魔軍に追い討ちをかけたとしたら、人類の信頼は完全に失ってどちらかが滅びるまでこの戦争は終わらないだろうな。まぁ、そんな事になったら例え勝てたとしても、他の種族に横腹ど突かれるかもな」


「はぁ………いいでしょう。戦争よりも国の命である王が第一優先です、交渉を受け入れます。サカくん、手配を」


「承知です先輩」


廊下にいる為姿が見えないサカという人物、どこかで聞いたことがある声だ。

だが今はそれどころではない。


「ありがとなアマダメさんよ」


「大罪人の貴方の命は保証した覚えはありませんけどね」


「まじかよ………ハハ」


アマダメが手を上げると騎士たちが武器を構えて出す。それに合わせて少年は衣類を外へ投げ捨て逃げる準備をする。


何故全裸になるみたいな目で見られているが今更羞恥などない。

アマダメが手を下ろすのではなく、人差し指のみを下げ何かの合図をすると、それを見逃さなかった少年は王を離さず身構える。


「──!」


天井の破片が頭に直撃し上を見上げると、音もなく切り崩された天井と、上の階の床が王だけに当たらない様に落下し少年は王を投げ飛ばし後転する。

先ほどの少年の締め付けで簡単に意識を失った王は、投げられるがままに騎士の壁にダイブし保護された。

一方少年は、崩れた瓦礫と共に落下してきた人影が刃閃で描く弧の美しさに魅了されていた。


逃げる事は容易だが、どこかで見たことがある美しい剣戟。これを思い出すまでは逃げたくない。


細かく少年を斬り刻む剣戟は、人体の急所を的確に刻み動けなくなるのを狙っているようだ。

再生をすれば能力が割れてしまうため、人前では再生は行えない。

このまま動けなくなれば生け捕りされてしまう。

少年はやむを得ず脱出を選択させられた。


しかし、追撃は止まず逃がすかと剣戟の速度を加速させる。

窓に手を置くと少年の足に最後の一閃が入り、立ち上がる事も出来ない程に機能を失った。

同じく雲に追われる月が姿を現し地上を照らすと、剣戟を繰り出す腕が僅かな隙を生む。


「────!!」


その隙を見逃さなかった少年は、手の力だけで窓を這い八階もある窓から落下した。


自殺としか思えない行動に騎士達が駆けつけ下を見下ろすも、少年の姿はどこにもなく、落下した痕跡も見当たらなかった。



ーーーーーーーーー


王城の屋根にて、合流した獣人と少年。

投げ捨てた衣類は、仕込んだ肉片を再生させて運び着替えを終わらせる。


「ハァ、ハァ、成功はした。が、悪い、王の暗殺は中止になった」


「わかった、不死身だけどお前が無事なら何よりだ。それよりどうした、お前様子がおかしいぞ」


「見つけた……!良かった!見つかった!」


「何をだよ?」


「でも何でここに……」


「誰をだよ!!」


「人鬼になったはずの、フィーリアだよ」



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