-1.17 結末=運命=不動=承認=別れ

-1.17




出会ってニヶ月がたっただろうか。

フランコとドロレイは寝食を共にし、世界を見た。

フランコは全身を隠し、町にも連れていった。

町では人々の鋭く尖った視線がやたらと刺さり、ドロレイに不安を感じさせてしまった。どういう訳か、こちらを見る人全員がドロレイを見ては眉を寄せる。

すぐさま町を離れ今は巨大樹を上り、フランコは盲目の少女に景色を見せた。

当然、見えるはずのない少女は、フランコにしがみつきながら耳を済ませて嗅覚を尖らせた。


「わぁー、すごい高いね!」


体をすり抜ける風の感触が心地よく癒してくれる。

少女は巨大樹の上を舞い、全身で自然を堪能しながら鼻を鳴らした。


「ネトラ!」


「なんだ?」


「綺麗だね」


「………………」


少女の盲目を治すことは出来るのだろうか。

町を歩いている時盗み聞いた話では、この木は神の世界と繋がっているらしく、稀に神に取り憑かれ特異な能力を与えられるらしい。


そんな魔法があるなら少女の目を治してほしい。

存在するかも分からない神にただ、祈ることしか出来ない自分を情けなく思う。


でも本当にいるのなら、どうかお願いします。

自分から何を奪ってもいい、少女に与えられるのなら。


『よかろう』


ふと聞こえた声に当たりを見渡すが、何も見えない。登ってきた階段を覗いても声の主は見当たらない。

気のせいかと少女の方に向き直ると、その声は姿を現した。


「……っ!?」


世界は白一色に染まり自分が元いた巨大樹すらもなく、広い世界に地平線も見当たらない。歩いても進んでいるのかすら分からないこの世界に、唯一の主張をする物体が一つ。


『汝答えよ。何を望む』


唐突な質問に思考が追いつかず、呆然と立ち尽くす。


『我、特級の神聖である。汝が望む願い叶えられないものは無い。しかし、それを叶えるに値しなければ我が勝手に力を授けよう』


「何でも、叶えてくれるのか……?」


『却下だ』


「早いな」


『此処は汝の魂。思考を読もうと思えば造作でもない。そんな下らない願いのために我の力を使うなど無礼である。よって、貴様にその報いと力を与える』


「報い…?────ッゔぐ!」


頭痛と似た不快感だが痛みではなく、濁流が頭の中に流れ込んでくる感覚だ。

色々な感情が混ざりあって混沌となり、何も考えれなくなる。否、考えれなくなっているのではなく、むしろ思考で埋め尽くされている状態だ。

白という行動を思考という黒が塗りつぶし、考える事しか出来なくなると、白はバランスを保とうとでしゃばり出す。白と黒はやがて均等に混ざり合い一つの答えに行き着いた。


「うぁう、アガ……ぅ……ゥァアアアアア!」


『汝が見たものは絶対に起こる不動の結末。汝が何を成そうと変えることなど出来ない。それでも汝は抗うか?』


「────」



ーーーーーーーーー



「────ッ!!」


目が覚めると、目の前には自分の顔を覗き込む少女が映っている。


白でも黒でもなくフランコが体を動かし、目の前にある小さな芽を小さな無力な手で抱き寄せる。


「……?…ネトラ?」


力強く包まれ四方から圧迫されるが、ドロレイはフランコから滲み出す温かさに寂しさを感じた。


「………!…うぉあ、ごめん!」


ふと我に返ったフランコは自分の懐に沈む少女に気づいて肩を掴んで突き放した。

離された少女の手は抱きついたまま固定され、フランコと前でゆらゆらと揺らす。


「ううん、もっとしたいならしててもいいよ……?」


「だめだって、女の子がそんな簡単に……」


「ネトラだけだもん」


言う事を聞かずにドロレイはフランコに抱きついた。

獣毛を優しく撫で、数十日共に過ごして知ったフランコの最も気持ち良さそうにするうなじを撫でた。


「ネトラだけが温かいの。一緒にいるとお日様のようにぽかぽかする」


「────」


どうして、こんなにも胸を締め付けられる。

ドロレイと毎日を過ごして、人間という小さな命の儚さを今ようやく知らされた。

知っていたはずなのに、自分はそれを否定していた。

夢かもしれないさっきの出来事だけに存在していた神聖は、自分に近い未来を見せた。もしもそれが本当だったとして自分が出来ることはあるのだろうか、変えられない結末を見守る決意は出来るのだろうか。



フランコは少女の青い空と同化した髪を撫で下ろし、少女を再度包み込む。


フランコは選択した。

変えられないのならそれを受け入れる。

でも今は、今くらいは、いいかな。


寂しいという感情が雫となって少女の頭上に染み込む。フランコから溢れ出す感情、それは全て少女のために流しているということは少女にも伝わっている。しかし、少女はその感情をすべて受け入れて改めて感じれた。


「やっぱり温かい………」




ーーーーーーーーー



結末の日は早くも訪れた。

一ヶ月と八日が過ぎ、その日は非常に寒く白い雨、雪が積もっている。

焚き火を炊いて暖を取り、暖まったら鎌倉を作り、寒くなったら暖まり、暖まったら鎌倉を作る事を繰り返し、ついに完成した鎌倉。と言うよりは少し立派過ぎるようにも感じるほどの出来栄えだ。


豆腐型で横五縦五の立方体だ。広いため自由にくつろげる。後付けで屋根を付け足し、豆腐を卒業。屋根が付くと本当に立派に感じる。

外に比べて中は少し暖かいため、寒さ凌ぎには丁度いい。


外に出てドロレイと雪で遊びながら、寒がる。

しかし、ドロレイはフランコに向いて。


「寒いね」


と楽しそうに言う。

そんな少女を微笑ましく眺めらながら、フランコは少女の首筋に違和感を感じる。


「………ん?ちょっといいか?」


「え、なに?」


少女の後ろ髪を持ち上げて首筋を見ると、首の後ろ全てが黒くなっているではないか。


「……なん、だ……これ……」


「え、なになに?」


「なぁ、この首は何なんだ………?」


盲目の彼女には伝えづらい今の状況、彼女は自分の見に起きてることに気づいていない。


フランコの頭にいつか見せられた不動の結末が脳裏で再生される。

あの時見た背景は白くと黒。

そして、映っていた少女の色は。


「ねぇネトラ、私どうなってるの?」


「────っ。いや、何でもない。ごめんな」


「そうなの、よかったぁ。………まだだめ、」


「………?」


受け入れた筈なのに、自分にはまだ覚悟が出来ていないようだ。

フランコは痛みとは違う胸の痛みに胸を抑え、額を滲ませる。


「───!」


気のせいだろうか。

今少女の首の後ろから黒いモヤが髪の毛をすり抜けて跳ねた様に見えたが。



「───いや、気のせいじゃない!」


少女から溢れるモヤを払い落とそうと手を伸ばしても触れることすら出来ない、掴んでもすり抜けてしまう。

少女は膝を崩して頭を抱えながら悶える。


「ドロレイ!」


倒れそうになる体を支えて名前を叫ぶが、反応はなく体は発熱し全身から汗ではなく黒いモヤを生産している。


何がとうなっている、どうして急にこうなった。

こういう事になるような事など一度もなかったしさせなかったはずなのに、どうして。


「……出会う前…なのか………?」


出会う前少女は一人、だが本能なのか幻聴なのか、それに従って安全に生きていたはず。

しかし、どうしてそんな前の事が今更。

そもそもこれは何なんだ、何故そこにあるのに触れれないこれは気体でもなければ固体でもない。


「くそ、何なんだよこれ!」


頭を過ぎる神聖の言葉、不動の結末。


少年は手を動かす事を止めて考える事を放棄した。

受け入れるための決意をする為に、考える事を、止めた。


膝が崩れ下半身が雪に包まれると、フランコの頬を滑る雫が同じく雪に埋もれる。

次第に包まれてゆく少女は薄れゆく意識の中、振り返って黒くなる視界でフランコを見つけると、黒くなった手をフランコに乗せ向日葵の様な笑顔で、鉛色の空の下で太陽を生み出した。


「────」


「ドロレイ!!」


フランコはモヤに埋もれて見えなくなる少女を包み込む。

離したくない、離さない。

いやだめだ、名前を呼んでしまったら、触れてしまったら、結末を受け入れることが………。


「出来るわけないだろォォォォォォォッ!?…嫌だ、もっと、もっともっともっと、一緒に…………!」


ダメだよ、と声は聞こえないが、確に聞こえた気がした。


「────ネトラ」


弱った声で、輝きを失いつつある笑顔で、少女はフランコの名前を呼ぶ。


「ドロレイ!」


「ありがとね」


離そうとしないフランコを巨大化した腕で突き放し、少女は完全に黒いモヤに包まれた。


「ドロレイィィィイイイイイ!!!!!!」


結局、受け入れることなど出来ずに惨めに泣き縋ってしまった。


少女の面影も、人だった面影も、黒かったモヤもなく。

白一色の世界の中、フランコは一人、世界でたった一人、孤独に取り残されてしまった。


「…………」


『あのままにしておいてよかったのか?』


「………ああ、またここに来たのか」


『何を言う、よく見てみろここは汝の中ではない』


確かに視界には空も木もある。

しかし。


「ドロレイはどこに行ったんだ」


『だからよく見てみろと言っておるだろう。まぁ、確かに白いせいで雪と同化してるため見ずらいがな』


目を凝らせば雪の中確かに動いている影が見える。

あれが、ドロレイなのか。


『そうだ。汝は人鬼を知らないのか?』


「ジンキ………?」


『あれが人鬼だ。特定条件を満たすと人の体に異変が起きて、変わり果てる。容姿は人によって変わるらしいが、白い人鬼は聞いたことないな』


「もう戻れないのか?」


『前例はあるが不可能だ』


「前例があるなら出来るだろう」


『出来ないことはないが、確率は低い。それ以前に汝に見せただろう?』


「不動の結末………」


『そうだ。だが、変えられる結末もある。あのままにしておいていいのか?』


「んなわけないだろ」


『これから汝に二つ選択肢をやる』


「救えないのにか……?」


『しかし、アレは汝からの救いを求めている』


「ドロレイが……?」


『そうだ。二択とはその依頼を受け入れるか受け入れないかだ』


「受け入れる……俺が受け入れれないという選択肢があるという事は」


『理解したなら話は早いな、アレを解放してやれ』


「ふざけんな、そんな事…………!」


『ああみえて苦しんでいるんだ、汝もアレには苦しんで欲しくないだろう?』


「………お前さぁ、さっきから何様なんだ?俺とドロレイのこと知ってるはずだよな。それなのにあれあれと………!」


『一つ、あのまま野放しにしていつか他者に殺害されるのを待つ。二つ、汝の手で殺るか。さぁ、選べ汝の分岐だ』


「無視か……」


少女の死は免れようのない絶対死という名の結末。

フランコの受け入れるべき時はまだ続いている様だ。


『タイムリミットはある、残り十分だ。それまでに殺れなかった場合、強制的にアレは殺害される』


十分以内に殺すか殺されるかを決めるだと?


「………………ふざけるな」


当然どちらも嫌に決まっている。


『一つ訂正しよう。選択や分岐などと言ったが、これもまた、不動の結末である。つまり汝は選択するのだ。望まぬ道へ、望まざるをえない道へと、汝は進み再び現れる不動の結末に悩み、葛藤し、選ぶのだ』


「何を言って………!」


『つまり、選択肢は最初から一つなのだ。汝も理解しておるだろう?』



「……………ッ!?」


『さぁ、早く選べ。最初から決まっていながら何にそこまで悩むのだ』


「………はぁ…はぁ………はぁ」


胸を抑えて息を荒らげるフランコに構わず神聖は追い打ちをかける。


『リミットは迫ってきている。さぁ選べ、選ぶのだ!』


「ぅあああああああああああああ!!!!!」



────────。

──────。

────。

──。




『何を終わった気になっている。まだだ、まだ終わってない。言っただろう、汝が殺らずとも強制的に殺害されると』


「…………!」


『汝は今濃厚な生き肉を摂取した。獣人ならば感じれるだろう?あれはアレの殺害を依頼されたものだ』


「────」


『つまり、あれが人鬼と化す前から依頼され、人鬼と化すことを知っていたもしくは、人鬼になった要因という事だ』


「────ッッッ!!!」



────────。

─────。

──。


『そう、それでいいのだ。……どうだ?心なしか胸が軽くなっただろう?』


「………ッ!!────────!!」


軽いを通り越し、今まで中に蓄えたものが全て外に出てしまう。

止まらない濁流の止め方は知らず、自分が何をやったのかも知らず、自分が何なのかも分からなくなってしまった。


『よくやった、汝を我が主として認めよう』


この声、この声だ、この声を聞いてから………。

八つ当たりに等しい腹立たしさが自我を取り戻す。


「……主…?お前にとっての主の基準ってなんなんだ」


『最低ラインでも選択できるグズだ。汝は選択していたグズ、つまり最低ラインではないな』


「………………」


『さて、主よ今回の事でどう思った』


「……人間って言うのは、触れなくても滅ぶ繊細な種族なんだな」


『そしてどう思う?』


「関わりたくなくても強制的に関わることになるこの人生、もうこんな思いはしたくない、して欲しくない」


『だからどうした?』


「人を救いたい、苦しむ人を楽にしてあげたい、行動できない奴の代わりに俺が被って救ってあげたい」


『それが汝の目的なのか?』


「いやまだだ。ゴミクズは処分する。さっきのゴミは何も喋らなかった、というより喋れなかった」


『ほぉう、つまり?』


「分かってるだろ。喋ろうとしたら下が破裂した。つまりは文字通りの口封じをされていた」


『ならば目的は二つと?』


「ああ、もう一つの目的は、ドロレイを人鬼にした奴を関係者全員片っ端から殺す」


『決まりだ、旅に出よう。殺れ、殺るのだ。汝が憎むクズ共を片っ端から踏み潰して行くのだ』


「なんだ、凄く乗り気だな」




それから何日も歩いて、悶える者を救い、人に恨まれようとも人を救ってきた。しかし、ドロレイの件は進むことがなく月日だけが過ぎてゆき、再び飢えに苦しみ始めた時、掠れる意識の中で足を滑らし滝から転落。

川に流され意識を失ってるところをフォックスに拾われた。

目が覚めると記憶は無く、覚えているのは自分という存在ただ一人。

記憶が戻るまでの数年フォックスに育てられ、隠れんぼの際に使用した吸引の反動によって記憶が戻る。目的を思い出しフォックスに別れを告げ、再び一人の旅にでて二年が過ぎた頃、死にたい死にたいと呟き歩く屍を見つけ喉元を掻き切り食していると、殺したはずの屍が蘇り自分を見つめてきた。


奇妙な出会いをした不死身体質の少年に『人を救う』の意味を教えられ、その少年に付いていくことにしたが、濃厚な生き肉を食した事により本能が暴走し、抑制する事が出来ないため少年の元を離れる。


空腹になれば本能を抑えれると思いつき、溢れる力を足に注いで空腹になるまで走り続けた。

辿り着いた王都で獣人とバレないように身を潜めていたら、門番の騎士達の会話で王の愚行についての話題だったが、暫く聞いているとドロレイのことと思しき話を始めた。


久しく掴んだ情報でまさか、結論に辿り着けるとは運がいいのか、仕組まれているのか。

どちらにせよ、全てはあの王が仕込んだという結果には変わりない。

旅のゴールは目の前、手の届く場所にある。


───しかし、いくら相手が人間とはいえ、飢餓状態の獣人が容易に成せる事ではなかった。


軽快な足取りであっさりと侵入出来た。

侵入出来たはいいが、中は想像以上の騎士達が警備を張り巡らせていたため、見つかるのに時間はかからなかった。

中には聖騎士も複数名混ざっており、力を抑えずに逃げることは出来ず飢餓で減らされた体力の殆どを回避に費やし、王の元へ辿り着くことなく削り削られ残された道は逃げる一択だけとなった。

逃げるだけの余力を残していたはずだが、聖騎士達に想定以上削られており、残された体力は常人の速度で走る分だけ。

そう長くは走れず減速し手柄を得ようとした聖騎士に捕まりかけた所を、いつか出会った不死身体質の少年と再開を果たす。


そして、今に至る。



ーーーーーーーー



「────という訳だ。どうだ、満足したか?」


「お前………お前も神憑きだったんだな」


「これだけ話して開口一番の感想がそれか」


長々と昔話をして出された感想が、別の所に向いていて話をした事を少し悔やみながら、溜まった全てをため息とともに吐き捨てる。。


「お前の目的も敵も分かった。お前の気持ちは俺にはまだ理解しかねるがな」


「だろうな」


所詮は感情で動く子供みたいな動機だ。

恨みを動力源とすれば、そこから排出されるのは恨みのみ。

これは恨みが恨みを生む負の連鎖。

自覚していようとも、自分を動かすにはこれしかない。


「俺は、他に始末させてるだけの卑怯者だ。その人の愛しい相手であっても、俺はその人に始末を任せる。だから俺にはまだお前達みたいな愛ある殺意を知らない。故に、俺にはまだ理解できない。いや、理解したくないんだ。だから俺はお前らにやらせている」


「…………………」


「だからよ、次は俺が汚れる番だよな」


少年の瞳はフランコに劣らない輝きを見せつけ、空を仰いで胸を掴んだ右手を固く握りしめる。


「アノン………!」


「俺は一度あの愚王を殴り飛ばしてるからな、お前の目的協力するぜ。王の首でも玉でも竿でも何でもお前の元に届けてやるよ」


握りしめた右手を柔らかく開いてフランコの前に差し出す。フランコはその手を握り少年と見合うと、口元を歪めて悪巧みをする子供のように笑う。


「じゃあよアノン、お前が俺の目的を果たすなら、俺はお前の目的を遂行するよ」


「お願い出来るならしたいところだが、俺の方は正直退路が見えないぞ?」


「俺に考えが二つある」


フランコは指を二本立てて空をなぞる。

宙を泳ぐ指は石造りの柵に着地すると、丸を描きその横に矢印を書いた。


「指令は誰が出すと思う?」


「そりゃもちろんアマダメだ」


「どうやってだと思う」


「筆記もしくは、口で使いに伝えてる」


少年の回答で矢印の先に丸を一つ書き、その横に複数の丸を描くと最後に指をトンと突く。


「狙うならそこだろ?」


「いやまて、尾行したら流石にバレないか?」


「伝える者のあとを臭いで追えば問題ない、筆記ならその紙の臭いさえ覚えれば後は探すだけだ」


「なるほど、それなら確かにまだ探せるな。だけど、指令はいつどこに出るんだ?」


描いたものを擦って何も無かったかのように、綺麗に消しながらフランコは答える。


「それならもうさっき調査しておいた。戦況が明日公開される。そこで次指令が下るのは明日の午前八時らしい。場所は大広間とプルスフォートの本部」


「……………」


プルスフォートと聞いて少年は自分が見てきたものを思い出す。


「明日公開される戦況は既にもう届いてる、行先は勿論アマダメだ。翌朝までにアマダメが考え伝える。筆記でも人伝でも俺が終える以上今のとこ問題ないが………」


「失敗した時の事も考えないと、だな」


「言わずともまぁ、決まってるか」


最終手段はやはり、少年がケイアスに言ったように力で制圧である。

しかし、殆どの聖騎士や騎士が駆り出されているとはいえ、この王城にいる分でもかなりの実力と数がいるため、非力な二人でこの王城を武力で制圧するのは困難である。

正面から行けば勿論そうなる。

ならば裏から頭を狙って崩せばいい。


「ということで、作戦決行は明日の朝だ」


「ラージー」


二人はそれ以上何も喋らず拳を打ち付け合い、それぞれが朝を迎えるために別の場所に向かい無人となったベランダでは、少年と獣人の二人きりではなく、もう一人の存在を月光と共に照らし存在を映し出す。


「なるほど、あの愚王の暗殺と僕の捜索ですか。普通にここにいた僕に気付かず話していたのに、はたしてそんな事がなせるのでしょうかね」


落ち込み気味に独り言を呟く小柄な男は、重たそうな細い上半身を前かがみにトボトボと運ぶ。


「はぁ〜〜ーー…………」


体よりも重たそうな溜め息を地面に被せると、モノクルをを外しレンズを綺麗に拭き取る。


「ぅぅう……せっかく釈放されて久しぶりのお月様見てたのにこの仕打ち……僕何も悪い事してないじゃないですかああああああああ!!!うああああああああん!」


「うるさいぞアマダメ、いい加減影の薄さを受け入れろ」


小柄な男をアマダメと呼ぶのは、先程少年にアマダメかと疑わられた男である。


「うぅ……ウィス隊長……お久しぶりですゥ……!」


泣いて飛びつこうとするアマダメの顔面を鷲掴みし、後方に流すように投げ飛ばす。


「たかが4日会わなかっただけでは久しぶりではない」


「うぅ……僕何で都合の悪い時ばっかり、よく認識されるんですかね」


「それは、お前がそうなる様な事をしたからだろう」


なぜ、アマダメが捕まっていたかというと、遡ること四日前。

戦でアマダメは存在を強調するためにも馬に乗り、皆に指示を出していた。

しかし、アマダメの声は戦の勢いに流されてしまい、周りは次々と力尽き気づけばアマダメは一人となってしまった。辺りに味方は見えず四方八方敵しかいない、まさに絶体絶命とも言える状況で問題が起きた。

妖魔たちは馬にも乗って無理矢理自己を主張するアマダメに、誰一人として目線を送ることなく通り過ぎ、退いてく人類を追撃するように妖魔軍が進み始める。

流れに逆らえずアマダメは、妖魔軍と同じ進行方向に馬を走らせ自軍を追いかけた。

しかし、今まで味方どころか敵にも相手されなかったアマダメがの存在が自軍の兵士達の殆どに確認され、運悪く認識された時のアマダメは、臆病な泣き言を叫び味方に気付いてもらえるように手を振って自己主張をしている。

彼の事を知らない者にとっては、妖魔の指揮を戦闘で取り仕切り人類を陥れようとする反逆者にしか見えない。

ようやく自軍に追いつき共に撤退し、プルスフォートにある兵士用のキャンプで泣いている時、顔をしっかり覚えられていたアマダメは騎士に拘束されそのまま王都に強制的に連行された。

そして、牢屋に入れられ何もわからないまま許されたのは判決を待つことだけ。

四日が経ち、今に至る。


ウィスと呼ばれる男はアマダメの頭を撫でて慰める、のではなく、尻をひっぱたいて説教する。


「痛たたた。でもウィス隊長ありがとうございます、隊長が弁護してくれなければ確実に僕は死刑でした…………」


「…………。お前はもう戦場に出ない方がいいな」


こんなヒョロヒョロが戦を仕切っている何て誰も信じないだろう。大抵の人は先程会った少年と同じ考えを持つ。

だが実際は違う。このヒョロヒョロこそが人類の脳。異常なまでの影の薄さから、敵に狙われることなく最前線でも的確な判断が下せる。

確かに百の戦で千の経験を得たものがなれるかもしれないが、それは肯定も否定もできる。

つまり死ななければいいのだ。

腕があろうとなかろうと死ななければいくらでも考えられる。戦場を最も把握しやすいのは戦場であるように、リアルタイムで最前線を把握できる者が最適である。

つまり腕がなくとも、影の薄さで生還出来るアマダメこそが指令を出す者に最も相応しい人材である。

しかし、戦場にでたら臆病が自分を不幸へ招く。

これを戦場に出して何度も投獄されては、いくら聖騎士の自分でも立てる顔が薄くなってしまう。


ウィスは嘆息を吐き、アマダメを引きずりながら自分の部隊専用の寮へと帰る。




───翌日の朝、大広間にて指令が下る。

二人は勿論参加し、記事として一般人より早く提供される情報に目を通しながら、伝えられる指令に耳を向けた。

号外の見出しは『プルスフォート突如崩壊!?』とありがちな見出しだが、内容をよく知らない者にとっては人類の敗北を連想させられる。


その記事を読むと大広間にいる一同がざわめき始め、プルスフォートの壊滅に自分の身の危機感を覚えた。


動揺する騎士達の気持ちを鎮めるべく、指令を伝える者の護衛として付き添った一人の聖騎士が喝を上げて広間に沈黙を呼ぶ。


「確かにプルスフォートが崩壊やら壊滅やら書かれているが、突破された訳では無い!ただなぜ崩壊したかは未だに不明だが、崩壊したのは基地本部であり兵士達のキャンプは無事だ。つまりは所詮小細工で建物が崩壊しただけ、我軍が劣勢に陥ってなどいない。気を高くもて!騎士聖騎士関係なく我らは王の護衛として選ばれた精鋭。戦から離れているからとここへ来たとしても、我らにはここで護衛するに値するほどの実力がある。万が一突破されたとしても敵の繁殖能力の低さからは大した数ではないと推測できる、その時に王の護衛として恥じぬ実力を見せれば良い!その腕を奮え!その心臓を奮え!敵の全身を震わせろ!!我ら人類の王国騎士の一人、一人の戦士!種族の実力差が何だ!?その差を超えた存在が我を含む聖騎士達であろう!恐れれば我らを見ろ、妖魔よりも恐ろしいものを見せてやる。劣勢になったら我らを見ろ、我らが先を開く」


長い演説が騎士達の精を昂らせ、戦が苦手な者も含めてこの場の一同が同じ心を持つ。


「作戦だが、今回は私から言わせてもらう。今から読み上げる者十名この後この場に残れ。ターニン、ミルクカラメル、ザビァム、トリトリトル、アカムラサ、ステラコビー、テオル、ナノタ、ミャゼラ。他の者達は全員今から戦地へ向かってもらう」


その指令に一度静まった大広間にざわめきが戻る。

この場にいる八割が戦場から離れたい者達であるため、戦地へ行けと言われれば当然パニックになる。


「ほらいけ、上司命令だ、これはパワハラだ。逆らえば罰を与える。わかったらさっさと行くんだ」


二百人ほどいた兵士が一斉にいなくなると、大広間には寂しさと選ばれた十人だけが取り残された。

沈黙の中で下された十人への指令。


「貴様らはいつも通り王の護衛だ」


聖騎士はほかるようにそう言ってその場を去った。

あまりの想定以下な指令に十人は深く意味を考え、二十秒が経過すると意味なんかない事に気が付き、呆れて皆帰ってしまった。

遅れて少年も思考を戻し、大事なことに気がつく。


「は、俺はともかくフランコは大丈夫か!?アイツ呼ばれてなかったら今頃………あぁどうしようか……!」


「大丈夫、俺もちゃんと呼ばれたぞ。名乗り遅れたが、俺はターニン、これからはそう呼んでくれ」


「よかった、ターニンか。俺はステラコビー、テラコって呼んでくれ。しかしどうして俺らが………」


「確に何故だろう。俺とテラコ以外の八人皆聖騎士だぞ」


嫌な予感がする。

片方だけならまだしも二人とも残されるなんて。

さらに城の警備を捨てるかのように、殆どの騎士聖騎士を城から追い出した。

思い返せばこの王城に来てからあまりにも都合が良すぎる。


「今は考えてもどうにもならない、変わらず作戦通りに行くぞ」


「残念ですが、その作戦は打ち切らせてもらいますよ」


話に割り込むように現れた一人の聖騎士。

不敵な笑みを浮かべてこちらに近寄ってくる。

思わず身構えてしまうが、それを見た聖騎士が両手を上げ無防備を示し目の前で止まる。

不敵な笑みを浮かべているが、どこか落ち着きがなく焦点が合っていないのか、正面にいる自分を見ていないようだ。


「どうも、ステラコビーさん、ターニンさん。私は、いえ、私がアマダメです」



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