-1.16 再開と出会いと別れ
-1.16
人が最も辛いと感じるのは『喪失感』である。
痛みでも屈辱でも憎しみでも飽きでも罪悪感でもない、喪失感である。
例え、腕を切り落とされようと辱めを受けようと、愛するものを失った時の喪失感に敵うものなんてない。何ものにも代え難いそれは、この世に一つしか存在しない。故に起る喪失感は、その他の感情を跳ね除け主張する。
腕を切り落とされたはずなのに、痛みを感じない。
腕よりも、胸の方が痛む。
喪失感に心臓を鷲掴みされ、昏倒しそうな程の辛さに襲われどうすることも出来ない。
自分はこの手で、この汚れた手で彼女を、最愛の人を殺めた。
どうして、どうして気づけなかった。
どうして、俺は、今まで──────。
少年は、
救えない。
━━━━━━━━━━━━━━
再生で来たことから服はなく全裸だ。
「攫いに来た」
「へぇー。で、どこに行くの?あと何で裸なの?」
思っていた通り薄い反応だ。
どこへ行こうなんてどうでもいい。
とりあえず人類から片腕を奪う。それだけで戦況は大きく変わる。
戦況が変われば人類の進軍を止めることができる。
止めることが出来ればあとはケイアスの妖魔軍への交渉だ。
「目的地はないが、とにかくお前を誘拐する。この国からラーメルがいなくなれば戦力は失ったも同然だ。だからラーメル、俺と一緒に来てくれないか」
「………確かに、最近開発をせずに人の観察を始めてから僕は国に疎まれ始めている。一般では入らない情報も僕の名前を使って手に入れてるし、そのうち用無しに処分されるかもしれない。アノンと一緒に外に出ていろんな人を見るのもいいかもね。で、なんで裸なの?」
「よし、ならさっそく………!」
手を引こうとラーメルの手に手を伸ばすが避けられてしまう。
ラーメルは少年について行くことを心から望む。だが、それが叶わない状況に立たされている今、ラーメルは少年の手を握ることは出来ない。
「でもごめん、僕一人で逃げるわけにはいかないんだ。君もあのディスクに触れたなら分かると思う。僕には六人の被害者という名の家族がいる。加害者の僕が彼らを置いていくことは出来ないよ」
「だったら皆でこればいい。今から行くのは人鬼だろうと他種族だろうと関係ない」
「駄目なんだ、皆外に出たくないみたいなんだ。一度皆を家に帰した。だけど皆家族に会うことなく帰ってきた。彼らは外を怖がっている、自分の存在を自分で否定している、そんな彼らの家はここなんだよ。例え人鬼だからと非難されても彼らは非難された同士で仲を作りここにいる皆家族なんだ。僕は家族を置いてなんかいけない」
どうやら誘拐は失敗したみたいだ。
いや、まだ終わっていない。誘拐というのは強引に行うもの。
「ええい、だったら力ずくで連れ出したるよ!」
少年がラーメルの手を強引に掴みとり、弱々しい力で抵抗するラーメルを引きずろうとした時だ。
少年は背筋に寒気を感じ、それと同時にラーメルを掴む手首から鮮血が吹き出した。
的確に動脈を切り裂かれ、あまりの鮮やかな切れ味に少年は思わず感心してしまう。
殺意があったからこそ行える技だ。むしろ、殺意がなければこんなこと出来ない。
そしてこの感覚、間違いなく魔法である。
「止めるんだ皆、これは僕の友達だ!アノン、とりあえず止血を……あれ?」
あれだけ血が吹き出ていたはずの傷が、跡すら残さず完全に癒えきっているではないか。
「アノン……君は………!」
ラーメルから手を離し両手を上げて降参を示す。
「流石に魔法使い六人相手にしてる余裕はない、俺の負けだ。ラーメルはもう連れてかないけど一つ頼み事を聞いてはくれないか?」
六人の姿は見えないが、確かにどこかに隠れている気配は感じる。
そして、話の通じる相手で助かった。
「ラーメルを頼りにしてくる王国軍からラーメルを匿って欲しい」
魔法使いが六人いるなら十分騎士達に抵抗できるだろう。
だが、あの愚王がそう簡単に片腕を諦めるはずがない。
いざとなれば聖騎士を参戦させるかもしれない。
そうなってしまえば、いくら魔法が使えようとも聖騎士が三人以上いれば太刀打ちできない。
「もしも、六人じゃ限界だと感じたら病院に来てくれ。俺から匿ってもらえるように話をしておくから、頼む。ラーメルもアンタらも死なないでほしい」
そう告げ以前使った出口を目指し迷路を進み、少年は振り返ることなく転移する。
転移先は病院の付近の王都へ続く道。
一人そこに空間を歪めて姿を表すのは、真昼間から衣類なしで立ち尽くす変質者、ではなく少年だ。
「………っ!!!」
力なく膝が折れ四つん這いになると、拳を力任せで地面に打ち付けた。
広大な地面はビクともせずにただ、少年の指を傷つけ痛みを与える。
いつもならこんな痛み再生で無かったことに出来るのだが、今回はこの痛みを戒めにし再生を行わずに次へと進む。
あと五日。五日後はケイアスと合流し、日付が変わる前に戦争を終わらせる、予定の日だ
当日にケイアスが妖魔軍及び戦争に加担する他種族の撤退の交渉。
俺は、人類側の交渉。
誰に。誰だ。
「次の目的は決まった」
王都で戦を仕切る人物についての情報収集。発見次第交渉、五日後に軍を撤退を命じる。聞かないなら力ずくだ。
何が何でも戦争を終わらせる。
そして───。
考えるよりも先に動かなければ。
とりあえず最初にアズトの病院へと戻り、ラーメル達が来た時匿ってくれるよう頼み、衣類を取り戻す。
その後すぐに王都へ向かい情報収集。
しかし城下では何の情報も得れず、いきなり道が閉ざされてしまう。
「おぉぅ………」
万策尽きた訳ではないが、いきなり道が狭まると焦りを覚えてしまう。
さぁ、困った。
どうしたものか。
最終手段は文字通り最後の手だからまだ使いたくない。
頭を抱える少年の側を、軽快なステップで走り抜ける影、それを追うように騎士たちが砂埃を立てて走り抜ける。
かなり急いでいることから緊急自体と思われるが、今はそれどころではない。
「王城への侵入を図った曲者だ!誰か捕まえろ!!」
「こんな真昼間から侵入するアホなんているんだな。……まぁ、俺もやろうと思ってたけど」
少し気を惹かれ騎士達を追い、逃げる影を捉えると再生飛行で先回りする。
住宅街で囲まれた進行方向で待ち伏せし、減速した影が群れを抜けた聖騎士に捕えられる瞬間に手を取り引き寄せる。
紙一重で避けられ空をつかんだ聖騎士は、すぐさま足を踏み出して逃げた方向に振り向くが、見当たらない。
この道は曲がる場所も隠れる場所もない。
逃げ道は一直線上しかない。筈なのに、なぜ消えた。
屋根の上も五メートルのため飛び乗ることも無理だ。
血眼に侵入者を探す騎士達を置いて地平線で座り込むは少年と侵入者。
侵入者はフードで顔が隠くしているため情報が全く得れない。
息を荒げ肩で呼吸してるから暫く喋れそうにないが、呼吸しか聞こえないがどこかで聞き覚えのある声だ。
「なあ、俺はアノンって呼ばれるんだが、お前の名前聞いてもいいか?」
「…………」
だいぶ呼吸が落ち着いてきたところで名前を問うが、どういう訳か喋ろうとしない。
フードも深く被って顔を見せないようにしている。
「んー、じゃあ筆談でなら喋れるか?」
コクリと頷き肯定を確認すると、隣にある木から枝を折り地面に文字を書き込む。
「って、俺が筆談しても意味無いか。枝は描きづらいがいるか?それともその立派な爪で書くか?」
「───!?」
顔が見えないが僅かに動揺を感じた。
図星を隠すのが苦手らしい。
「なぜ分かったかって?そりゃ腕掴んだ時獣毛の感触だったからな」
「…………」
「まぁ、そんな事はどうでもいい、聞きたいことがある。筆談だとキツいと思うから声を出してもらえると助かるんだけど」
首を横に振り否定を表される。
しかし、地面に書かれた文字を読むと、質問なら構わないらしい。
「ならさっそく。何で城に潜入しようとしたの?言いたくないならいいけど」
「……………」
答える気はないらしく、言葉に甘えて黙り込む。
答えたくない事を聞いても、いつかは教えてもらえるとは限らない上に今は時間が惜しい。
「じゃあ次。獣人の身体能力とは思えない程弱々しかったが、どうしてなんだ?」
この問いには答えてくれるらしく、地面に爪を立て滑らせる。
「飢餓……?」
なるほど、獣人は飢えると本能が芽生え、我を忘れて腹が満ちるまで凶暴化すると聞いたことがある。しかし、この獣人さんは本能が目覚める余裕もない程に飢えているらしく、人並みの身体能力とそれ以下の体力になってしまったらしい。
「俺の血でよければいくらでも飲ましてやるぞ」
腕を差し出すと感謝するように頭を下げて、腕に噛み付く。
遠慮なく深々と牙が肉を抉り出血を起こさせる。
傷口から吹き出す鮮血を漏らすことなく全て飲み込み、腹が満たされると筋肉を引き裂きながら口を離す。
「いってぇ…………もうちっと優しくしてくれてもいいんじゃないのか?フランコさんよ」
フードを突き抜け摂取したばかりの鮮血を撒き散らす獣人。
「隠さなくてもいいだろもう。でも悪いな、そんなつもり無かったんだけど、お前が飢えで思考が鈍っているせいでほぼ自分だと教えてくれるもんでな」
「そんなに出てたかよ……」
「ああ、まず最初にお前は遠慮なくかぶりついた。俺が再生すると理解していて深々とやってくれたな。そこまでは獣人として当たり前なのかもしれないが、その行為に悪意があるなら全身食べるはずだ。だが、お前は生肉を食べない。そして何より、どこに再生をする前提で食べる奴がいるんだよ」
「……なるほど。だが、あえて言ってないだろうが、ダメもとで聞いた結果偶然正解しただけ、だろ」
「もちろん」
ドヤ顔を向けてくるが、事実暴かれたのは自分の不用心のせいである。
「腹ごしらえできたならさっそく乗り込もうぜ。俺も城に潜入したいんだ。お前が何故潜入したか、どうやって潜入したかを聞かせてくれよ」
いつかのように差し伸べられた手には血など付いておらず、汚れ一つ無い綺麗な手だ。
フランコはその手に応え、またいつかのように握り返した。
「教えてもいいが、決行は暗くなってからだ」
────夜、月が満月になろうと少しずつ満ち始めている。
来るべき日のために、月は満月でなくとも輝き夜道を照らす。
少年は出来るだけ早く行きたかったが、フランコが暗くならないと無理だと言い張りそれに従うことにした。
そして決行の時、城門の前で待ち伏せをする。
定期的に交代しながら昼間の侵入者を探す騎士達から、身ぐるみを追い剥ぎ扮するという作戦だ。
獣の顔を隠さなければならないので、顔を鎧で覆ってる奴が出てくるまで待たなければならない。
忍耐勝負にも思えてくるが、幸いな事に複数のグループで捜索してるらしく、古い順に交代していくため、割と回転がよく、頻繁に交代も行われているためそこまで苦ではない上にターゲットとはすぐに出会えた。
都合よくペアグループだったため、言い訳する手間も省ける。
剥いだ甲冑を着こなし、気絶した二人を再生飛行で遠くへ置き捨て、交代の時を待つ。
───そして時が来ると作戦は始まる。
「いいか、お互いターゲットは違うだろうが、最終的には恐らく同じになる。私情を抑制し、お互いの遂行に貢献しよう」
「ラージー」
フランコの号令に訳の分からない返事で応答する少年。
二人は別れて行動し、とある時間に合流する予定だ。
フランコも少年も顔を見られてはいけないため、お互いに鎧で頭を覆い顔を隠す。フランコは顔を完全に隠すが、少年はそこまでやる必要はないためバイザーで目元だけを隠した。
フランコと別れてから少年は、城内で騎士達が集まり寝食共にするスペースに辿り着く。
そこでは顔が見えないことをいい事に、誰にでも友好的に話しかけ一人一人から情報を得れた。
中には聖騎士も複数名いたが、やはり同じ人間であるため、中身は他の騎士達と変わらない普通の人間で気楽に話しかけれた。
流石に全員と話すのは骨が折れる。
一人一人個性が存在し、それら一人一人に対応して話さなければならない上、一度話したら止まらない人やなかなか手放してくれない人などいた。
だが、これだけ人が集まってくれていたお陰で欲しい情報も得れた。
何年も参加しているのに聖騎士になれないベテラン騎士様達に、この戦争を仕切ってる頭は誰かと聞いたら皆が口を揃えて言う。
『アマダメ聖騎士様は戦上手だ、人類が優勢になれるのはあの方のお陰だ』と。
「いやアマダメ誰だよ」
写真もない、行方もない、顔見知りもいない。
名前が分かっても誰かも分からないし、偽名かもしれない。
自分は一歩進めたのかも分からない。
そもそも何でそんな奴が崇められてるのかもわからない。
今はとりあえずフランコと落ち合おう。
フランコとの待ち合わせ時間よりまだ早いが、先に行こうと振り向いた時だった。
足は何かを踏みつけ振り向いた体は大きい壁に吸い込まれるように沈む。
「うぉあ、すいませ………。……っ!」
少年は自分に向けられた強烈な殺意に総毛立つのを覚えた。
山のような男。
威圧に押し潰されそうになりながら少年は何とか気を保ち、全身の穴から水分を吹き出させ沈む膝を持ち上げる。
威圧は音となり重みが増す。
「貴様、アマダメについて嗅ぎ回ってるらしいな」
耐えきれなくなった少年は膝が崩れ、顔を上げてその者の顔を拝む事も叶わなくなってしまう。
「名は何と言う」
「ステラコビー」
着替えてる時に持ち主の体から出てきた身分証明に書かれていた名を応え、重たい顔を持ち上げ目の前の男の顔を拝む。
すると、あれだけ重かったのが嘘のように軽くなり苦笑する。
自分に威圧をぶつけたのは後ろにいる男だ。
そして、自分が怯えていたのはただの風船だった。
この男は風船を大男と思わせ、更に殺気を込めることで風船に生を宿らせ自分の代わりに相手を威圧させた。
つまりペテン師である。
「ではステラコビー、何故アマダメについて知りたがる」
「この戦は誰が仕切ってるのかなって思いました。人類が他種族相手にまともに勝つなんて不可能、例えラーメルトラメルが兵器を次々と作り上げようとも人類は敵を増やすばかりでいつかは滅ぶ」
「分かってるじゃないか」
鼻で息を吐き捨て、風船を畳みながら少年に感心する。
「………あの、あなたがアマダメですか?」
「ほぉう、何故そう思った」
「あなたは自分の存在を感じさせずに風船だけで私を屈服させた。また、それほどの殺気を放つのも、戦を勝利で導くのも全ては経験だ。あなたは死線をくぐり抜けただけの力があり、技術がある。軍師というのは百の戦いで千の経験を積んだ人がなれる。いたずら感覚でも相手を翻弄出来るあなたは当てはまる気がしました」
「不正解だ、貴様は私を愚弄しているのか。それだけで個人を特定するなんて出来ない、そして私はアマダメではない、仮に私がアマダメだったとしても正解とは言わないだろう」
当たり前のことだ。
聞いたら自分の素性を簡単に教えれる指揮官など宛にならない。
だがそれで十分。
誰も顔も行方も分からないと言うことは、この男の言った通りアマダメである事を隠しているということだ。
つまりアマダメは近場にいる。
戦場にはいない。
竜人が参加したことによって、戦場ではいかなるベテランも雑兵と変わらない。
そこらに転がる石ころのように、気付かれずに踏まれて死ぬ。
重要な指揮官がそんな場所にいたとして、死んでしまったら人類に勝ち目は無くなるだろう。
だからこそあの王は手放さない。
国の脳を失うのを恐れ、王都から出さないようにしているはずだ。
ターゲットは遠いようで意外と近くにいるのかもない。
しかし、本人が名乗らない限りは特定などできない。脅しても名乗らない相手を見つけるなど無理だ。
「……万事休す…か……」
男は自分を名乗ることなく、落ち込む少年を置いてどこかへ行ってしまった。
変装して城に潜入したのにも関わらず得られた情報が、「この中にいる」それだけ。
とりあえず今はフランコと合流しなければ。
────騎士たちが集まる広間から少し離れた場所にある、夜空を一望できるベランダのような場所に向かうと、既にフランコは用が済んでいたのか、予定時刻よりも早く来たつもりの少年より早く到着していた。
「早いな。お相手は見つかったのか?」
振り向きもせず石造りの柵に肘を乗せ、視界に入るバイザーを外して夜空を眺めながら少年に声をかけるフランコ。
「全然だ。正直なす術なし。ところでよ、俺の目的教えたんだからさ、そろそろお前の目的教えてくれてもいいんじゃね?」
フランコは夜空から目を離しバイザーをかけ直すと、少年と向き合いバイザーの奥で月光に照らされた琥珀色の瞳が輝きを見せつける。
この瞳の色、どこかで見た夕空の色だ。
大切な人と、出会って産まれた。
「───ノン」
そうだ。
自分には終戦の後にやる事があるんだ。
この心のモヤモヤから解放してくれる人、会ったこともないのに異様な親近感を感じさせてくれる人、守らなければならない人、探さなければならない人、待っている人。
全部ぼんやり霞んで見えない。
だけど探さなくてはならない。
存在してるかもわからない、アマダメよりも難しい宝探しだ。
フィーリア探しと同時に行うには難易度が高すぎる。
「────アノン!」
右耳を突き抜け左耳へと抜けてくフランコの声は、真っ直ぐ通ることなく少年の脳を巡回してから外へと帰った。
その衝撃に我へと戻った少年は、耳を小指でほじくりながら、フランコに耳を傾ける。
フランコは呆れたように、バイザーを跨いでも伝わる深いため息をつく。
「お前なぁ、そんなに聞きたがってたのにいざ話そうとするとぼぉーっとするってなぁ………」
「悪い、もうしないから話してくれ」
フランコは再びため息をつくと、瞳の輝きがました。
「この国の王を殺す」
「………はぁ?アホか」
「だろうな。そう言われると思ったよ」
この反応は少年だけでなく、この国の歴史を知ってる人なら誰もが同じ反応を示すだろう。
この国の王は血で決まる。
そんなことはありふれた話であるが、昔からこの血である。この血は今の王を見たそのまんま、愚王だ。こんな愚王に国を任せては置けないと国民は歴史上何度も立ち上がった。しかし、今もこの血が続いていることから察せるように、尽く失敗で終わった。
国民全体が立ち上がり、王を護衛する騎士達までもが謀反を起こした事もあったが、一つの存在によって全ての状況は覆された。例え、相手が他種族であろうと。
その存在は、同じ人間でありながら他種族と並べるほどの能力を産まれ持ち、人々に忌み嫌われながらも王国の危機に駆けつけ、いくつもの窮地を覆した。
その者達はカルメ家である。
カルメ家は蔑まれながらも王国のために戦う。
それでも忌み嫌われる。
話が曲がったが、王が危険になれば必ず後ろ盾が動く。
つまり、フランコが王を暗殺する事は無理である。
王に触れる前に捕えられて公開処刑されるのがオチだろう。
「どうして無理と分かっててやろうとするんだ、そんなに深い恨みでもあんのかよ」
「この際だからついでに話してやるよ」
───それは、フランコが里から逃げ出して半年が過ぎた頃の話。
まだ幼いフランコは獲物の捕り方も分からず、木の実や川魚を捕っては食していた。
しかし、捕れるのにも限りがあり、腹を満たすことは出来ず、空腹感は増すばかりで次第に魚を獲る力もなくなってきた。
幼かったフランコは食欲を抑制する事が出来ず、自ら禁じていた生き肉を求め嗅覚を尖らせる。
すると、一人とぼとぼ歩く自分より少し小さい人間の少女を見つけ襲いかかろうとしたが、手前で空腹により力が抜けて転げてしまう。
「ダメだ……力が入らねぇ」
自分を惨めに見下ろすこの人間に逃げられ、自分は空腹で朽ち果てるのだろう。
もしくは、自分の様に簡単な獲物を狙う他種族に食われるか。
フランコの頭上に光が差し込む。
仰向けになって最後の空を見上げて眩しく瞼を閉じる。
そして、フランコは自分の終わりを悟った。
「────」
自分を運ぶ天使達の鼻歌が耳元で囁くように聞こえる。
舌を伝う甘い果実の香りと酸味、自分はかつてこれほどまでに美味しいものを食べた事があるのだろうか。
生き肉ではなく、ただの果実。
果実をこんなにも美味しいと感じたことは無い。
思わず頬張ってしまうほどの美味しさだ。
口の中いっぱいに広がる幸せに脳が溶けてゆく。
せめて最後に聞いたら教えてくれるだろうか。
「こ、この………果実は……何の…実だ…?」
「そこに生えてたキノコだよ」
「ぶへぇあ!」
空腹を忘れて起き上がり、思わず吹き出したフランコ。
「よかった。元気になったみたいだね」
自分が見ていたのは迎えの天使ではなく、先ほど食べようとしていた人間の少女であると知った時、空腹に負けた自分を怨みたくなる。
キノコで腹に少し入ったことで歩ける程度には回復できた。
少女に礼を言いたいが何も言葉が浮かばない。
しかし、せめて何かを言わなくては命の恩人に失礼である。
「お礼はいいよ。私がしたくてやった事だから。この籠の中のもの全部食べていいよ」
言う前に断られてしまう上に、食料を全て貰ってしまった。
それにしてもどうしてこんな少女が、一人でこんな所を歩いているのだろうか。
近くに村でも………。
この少女はどこかおかしい。
なんと言うか、周りが見えていないような感じがする。と言っても実際にずっと目を閉じている。
「お前、目が見えないのか?」
ふと浮かんだ疑問を口に出してしまい、改めて思い返すと無神経な質問ですぐさま口を塞ぐ。
「ぁあぁ、ごめ………」
「いいよ。私ね、本当は元々見えてたから」
「見えてた………?」
「うん、私はお父さんもお母さんを知らずに育ってきたの」
いきなり重い。
「大きい人たちが私に怯えながら色々な事を教えてくれたの。でも、ある日私は不意に目に痛みを感じてふと周りを見渡したら、だーれもいなくて何も無い世界に私は取り残されちゃったの。でも花や耳は感じれる。耳を済まして匂いを嗅ぐと自然と周りの景色が頭の中に浮かんでくるの。そしたら私は知らないとこにいたんだ」
重すぎる。
「でも目が見えなきゃ食べ物も取れないの。そしたらある時声が聞こえたの。その声のとおりに従ったら美味しい果実や山菜が見つかってお魚も取れるようになったんだ。でもずっとやってると疲れちゃうから休憩は必要だけどね」
「……………」
「獣人さんの顔は分からないけど少し離れてても場所は分かるよ。仕草も………」
「あのさ!」
フランコは立ち上がり言葉を遮ると共に少女の手を握った。
「食べ物貰った恩だ。俺がお前の目になってやるよ!」
「恩なんていいよ」
「いいや、する!……その前にお前、臭うぞ」
「んー、そうかなぁ?自分の臭いは分からないなぁ」
フランコは握った手を引き、少女の進路を決めて歩き出すが、盲目の少女の手を引きながら歩くのは危ない気がする。
フランコは立ち止まって考え込むと、拳を手のひらに置き少女を担ぎだす。
「うわわ、どうしたの!?」
「ちょっと速歩きするだけだ。しがみつきながら風でも感じていてくれ」
空腹はもう大丈夫。
少女から貰った山菜で走る事ことも出来るようになった。
久しぶりに足に伝う地面を弾く感覚。
全身を通り抜ける風の感覚。
空腹になってからずっと感じられることのなかった爽快感。
自分は生きている。
背中にしがみつく少女にも気を配りながら風となるフランコ。
川が見えてくると、少女に負荷がかからないようにゆっくりと速度を落とし、優しく地面へと足を下ろした。
「着いたぜ」
朝日に照らされた川が、それぞれの波とぶつかり合いながら朝日を輝かせ、涼しい音を立てて耳を潤す。
聞いた事のあるであろう川の音に少女は、まるで初めて見たかのように今は無き目を輝かせる。
「獣じ……んーと……」
「フランコ・メェネ・ポトラ」
「フンコ、ねとら………?」
「フランコ・メェネ・ポトラ。言いづらいならフランコでもネトラでもいいよ」
「んーじゃあ、ネトラ!私はドロレイ、よろしくねネトラ!」
名付け親は性別を確認しなかったのだろうか。
こんな少女に付けるような名前ではないだろう。
「よろしくなドロレイ」
名前を呼ぶと少女は今日一番の笑顔を見せつけてくれた。
その笑顔は向日葵の様に明るく、後ろの太陽よりも眩しく見えた。
「まずは髪から洗うか。おし、ここにいい高さの石があるから座れ」
「こうかなぁ?」
石に腰を掛けて手を膝に置くと、フランコが濡れた手で頭に触れ、全身がビクンと反応してしまう。
「つ、冷たい……!」
「わるわるい、こうしないと服も濡れちゃうからさ」
「んー、だったらさ!」
ドロレイはフランコの目の前で衣類を全て脱ぎ出して座り直す。
そこら辺の教育はまだされていなかったのだろうか。
「おいおい、俺が獣人だったからまだいいものを……。女の子が人前で脱いじゃダメだろ?」
「いいよー?ネトラは獣人さんなんだし」
………。
「絶対俺以外の奴の前では脱ぐなよ」
「わかったぁ」
「それと、もう脱いだなら全身いっちゃおう俺の手にしがみついて着いてこい。溺れたら危ないからな」
少女は湿った獣毛の腕にしがみつき、少しずつ川の中へと入っていく。
全身が浸かると、水の冷たさに身を震わせるが、新鮮な体験に心を奮わせた。
少女はフランコの腕から手を離し自分で水を感じた。
フランコも最初は止めたが、あまりにも楽しそうにはしゃぐドロレイを見ていたら止める気がなくなってしまい、気づけば一緒に遊んでた。
盲目なはずの少女は的確にフランコを捉え、水中を優雅に駆け回る。
時折不安になるが、すぐに飛び出して笑顔を飛ばす彼女の笑顔には敵わない。
本来の目的も忘れて空に赤が混じり始めた頃、ようやく遊び疲れて川から上がった。
上がる時少女はフランコの腕にしがみつき、無邪気に笑う。
「しまったな、体拭くものがないや。俺はともかくドロレイが風邪をひいちゃうな」
「私は大丈夫だよー。病気とかになったことないから」
「そうじゃなくてだな、いやそうだとしてもな、体を拭かなきゃ服きれないだろ。女の子がずっと裸っていうのは駄目なんだって」
「大丈夫だよーフランコしかいないもん」
「あーわかった。これからは俺にも駄目な」
「わかったぁ」
暗くなる前にフランコは枝を広い集め、火を焚き取り囲んで暖を取る。
「私ね、初めて一日が短く感じた。何でたろうね」
唐突な質問にフランコは、答えを考えることなく頬を緩める。
「ふん………さぁな、俺もだよ」
出会って初日、二人の距離が近づくと同時、別れの日も近づいてきている。
当然そんなことは知る由もなく、二人は儚い命を延ばすことに専念しながら生きる。
別れまであと100日。
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