-1.13 ピエロはピエロを笑う

-1.13




透き通るような薄い水色の氷に包まれ意識を絶やし、氷の中で静かに夢を見た。

凍る前の事はハッキリと覚えていない。確か自分は何かに………いや、それは夢だったんだ。夢だと思っているこちらが現実なのかもしれない。頬を伝う涙の感触がそう教えてくれている。永い永い悪夢を見せられていた、見ていた。愛しい人が自分に笑ってくれる、傍にいてくれる、これ以上の幸せはあるのだろうか。

………でも、その悪夢も捨て難い日々ばかりだ。

短い間だったけど何度も死にはしたが、それなりに楽しい事もあった。夢の続きを見てみたい。あの人は将来どうなっているのだろうか。やっぱり幸せになって欲しいと思う。


…………何故だろうか。


溢れる涙の止め方が分からない。




ーーーーーーーーーーー




───プルスフォートへ向かう道、馬車に揺られながら少年は口を開いた。


「子供っていいね」


「……どうしたの?急に」


「いやぁ、あの子達と遊んでいて思ったんだよね」


遠い目を向けながら馬車の外の景色を眺め、あの二人を思って頬を緩める。


「嫌な予感」


「家が欲しいな」


「ふぅ……」


思っていた回答とは違い、安堵をつくと少年は視界をフィーリアに移した。


「で、その後子供も欲しいなって」


「それ見たことか……」


「ん?何が?何を想像したの?」


「何でもないわよ」


プイと顔を横に向け誤魔化すフィーリアを、少年はまじまじと見つめてはニヤつく。


「な、何よ。これ以上疑ったら脊髄再生出来なくなるまで破壊するわよ」


おっと流石にそれは困る。

やりかねない脅しに少年は一歩引き下がる。


「まぁでも、家は本当に欲しいって前から思っていたよ」


「子供は?」


「欲しいというより作りた……!!自分で聞いてきたんでしょ!?」


それ以上言わせまいとフィーリアは、抱えた剣の刃を鞘越しで輝かせた。

光を鎮め鞘から覗く刃も納める。だが決してその剣を手放そうとはせずに、ずっと腰あたりで抱えている。


「ところでアノン、作戦はどんな感じなの?」


「ノープランだよ」


「へぇー、ノープラ……え?今ノープランって言った?」


「そーだよ」


あれだけ格好つけておいてノープランという彼に、フィーリアは呆れに呆れが重なり分にまで及ぶ深いため息をついた。


「今思いつく限りでは妖魔は任せて、俺達は人間を鎮めにいく」


「大雑把すぎるわよ!もっと細かく教えて」


「んな事言われてもな……着くまでには考えておくよ」


そう言って受け流しながら横になり瞼を閉じた。

着くまでにあと半日はかかる、考えるには十分すぎる時間だ。着けば夜になって外は暗く、宿に泊まる以外やる事は限られるだろう、宿で休む時にスイレンに伝言を頼まないとならない。考えるなら宿で休むまで。


「さーてどうしたものかな……」



ーーーーーーーーーーー



暫く目を瞑っていると、馬車が跳ねるように激しく縦に揺れ、何事かと少年が起き上がれば。


「んじゃこらぁ!?」


馬車の外には、林立する樹木達と並ぶ程背丈の高い獣毛に覆われた化物がこちらを見下している。

動きに合わせて揺れている事から、この縦揺れの原因はあれなのだろう。

あの生物ならざる大きさの化物は、いつか見たキメラの一種なのだろうか。


「あれがバルタベアね。私初めて見たわ」


「…え?………て事はあれはキメラじゃなくて自然界で育った天然の動物なの?」


自然界で何食って育ったらあんなに大きくなれるのだろうか。自分の知る知識では、生涯死ぬまで成長の止まることのないバルタ系動物の一種らしいが、まさかここまで育つとは思いもしなかった。

クマであんなに大きいのなら他のバルタ系はどんなものなのだろうか。


「あまり目を合わせちゃダメよ、目をつけられたら厄介なのよ」


「あの大きさだしなぁ………」


顔を中へ戻し、バルタベアの住む森を抜けると何事も無かった安堵に息をつく。

上の空は紺色に染まり、平地の向こうは空も雲もオレンジ色に染まり、太陽は真っ赤に染まっている。


「太陽って真っ赤だと眩しくないんだねー」


「本当だな、空気が汚れているのにどうしてこんなに綺麗なんだろうな」


美しい景色だが、やはりあの場所にはどうも劣る。と言うかその景色もだが、何よりもそこにあった石の名前に親近感を感じ、どういう訳か、生きているかも分からないその人を探さなければならない気がする。

胸が痛くなる。


胸を抑えてどうしようもない感情を、唇と共に噛み締めながら天を仰ぐ。


「やることが多いな俺は」


「どうしたの?」


「いや、戦争が終わったら最初に何をしようかなって。……フィーリアは何をするの?」


考えようと顎に指を掛けるが、こういう時ほどなかなか浮かんでこない。適当に思いつく限りでは。


「私も家を建てて、ゆっくりと平穏な日々を送りたいなぁ」


カルメ家なら誰しもが一度は願う理想だろう。

だがその血は平穏を拒み、危難を誘う。

たとえ本当に平穏が訪れたとしても、永くはもってくれない。危難を免れようとも鬼の血を引くカルメ家には、取り外し不可の時限爆弾が取り付けられ、抗おうとも外せないそれに対して怯えることしか出来ない。


「御二方見えてきましたよ」


黙々と馬車を走らせていたフロディアが振り向き、轡を握りながら指を指した。

指を追った先に見えるのは、まさに人類の砦とも言えるほどのthe砦ぷりだ。横に開いた彼方まで続く石の壁、中心部には100メートルはありそうな程の高い工場、それを中心に城下町の様に林立させられた住宅。


「これがプルスフォートか」


砦の足元に来れば、遠くから見てる時は横に長い印象しか無かった石の壁だが、実際は見上げるほどの高さで、少年は何とも言い難い迫力に圧倒され口をあんぐりせざるを得ない。


「それでは私は簡単に手続きを済ましてきますので」


「おう、何から何までありがとな」


武装した門兵に近寄り案内室へと連れていかれるフロディアを見送ると、二人はプルスフォートの外観を閲覧した。


「流石、人類の砦とも呼ばれるだけあるわね」


「ここが落とされたら人類は簡単に終わってまうしな。一番頑丈にしなきゃな、と言っても妖魔はともかく他の種族に攻められても終わるけどな」


竜人に任せれば簡単に堕ちるだろうが、なんとか踏み込ませない様に人類が頑張ってるおかげで、ここは今も平和を感じてる。

とはいえ、頑張っていたのは頑張ってはいけないいつかの烏龍だ。


改めて壁を見渡せば、あまりの広大さに再び関心をさせられそうになる。


「……………。……フィーリア、これが出来たのは確か戦争と同時だよね」


「そうね」


「戦争が始まったのは数十年前だよね」


「………。そうね」


少年の問に何かを感じたのか、フィーリアは顔を曇らせる。


「この砦、俺の知識だとその時一緒に作られたはずなんだ。でもその時はまだ壁なんてものではなく、木製の柵だった」


「……」


たったの数十年でここまで広大に壁を作れるものなのだろうか。

もしも簡単に作れるとしたら、方法は限られてくる。


「キメラの作り方って確か等価交換が主根だったよね」


「アノン、それは流石に考えすぎよ。もしそうだとしても、これだけの壁を作るのにどれだけの………」


「この壁が出来たのは確か半年前だよね。人間がキメラを作る前に別の何かで錬金する実験を行っていたとすると?」


「そんなこと……………!」


フィーリアが振り向くと、少年の奥で手を振りこちらを呼ぶフロディアの姿が見え、話を中断し馬車へと向かった。


「ぉ御二方〜!手続きが済んで入場しますから馬車にもどってくださーい!」


「今行くよ」と返しフィーリアの横に並び、耳元で囁いた。


「実行する日まであと七日もあるんだ、その間に下調べのことも考えて、これは三日以内を目安に探ってみよう」


「…分かったわ」


何事もない自然体を装って二人は馬車に乗り込み、プルスフォートへと馬車越しで足を踏み入れた。

外見だけだとごついイメージを想像していた。だからこそなのか、中は王都ほど大きくないどころか小さいが、王都のように賑わっており、武装をした人はどこにも見当たらない。


「こんな場所だってのに、何でこんなに賑わってんのかね」


「あ、僕さっきついでに朝刊貰ったので読みますか?」


「朝刊は前日の戦況を毎日教えてくれるので、あなた方が本当に戦争を終わらせるというのなら、読んでおいて得しないことはないと思います」


「おお、助かる」


朝刊の見出しには大きく『完全勝利』と書かれていた。そういうことは戦争終わってから言ってほしいものだ。


『烏龍』は竜人の数が減り現れなくなったが、代わりに『RT-黒星』が妖魔軍を更に追い詰め撃退させた。

竜人は『烏龍』を警戒し、最近は見かけない。竜人を見かけたのは四日前で最後。その時は『烏龍』が現れず、七体の竜人が猛威を振るい、その区域の人類はなす術なく絶やされたが、慢心を持った竜人に『黒星』を投入。

竜人は全身に鱗を纏ったが、『黒星』の特性で竜人のマギを腐敗させ鱗を無力化すると同時に、辺りに散布された毒によって竜人の体も腐敗させた。

それ以降竜人を戦場で見かける事はなく、孤軍となった妖魔軍も『黒星』に怯え引きざることしか出来なくなり、現在人類は一度は奪われたディサス海を取り返し、新たな拠点を設立中だそうだ。



「新たな拠点か………」


「僕は今日それの資材を届けに今日は来ました。ついでにその新しい拠点にも二日後寄りますが、また乗られますか?」


随分と都合の良い偶然過ぎて逆に怖くなる。

むしろ彼が運び屋な時点で必然とも言えるだろうか。


「その日まで考えさせてもらってもいい?」


「大丈夫ですよ。───お、見えましたね。あれはプルスフォートの名物、中枢地下都市フォールシティです」


輝きが伝わる声に見せられたフォールシティという街はなんというか、上から見せられても伝わらない。

というか、地下都市と言ってる時点で地上で見せられても伝えれるものも伝えれない。

フォールシティを中心に地面が凹み、中心には公衆トイレ二つ分程の人が二人ほど入れそうな四角い箱のような空間がある。

しかし、馬車が近づくとその付近の地面が無くなり大きな穴が空き、そこからまた新たに箱が突き出し今度は先程の倍の大きさの空間が生まれた。


「何あれ」


「エレベーターですよ」


「エレ、えれべたー?」


聞きなれない単語に首を傾げ、見慣れない物体に目を向けた。


「地下と地上を経由する昇降機、それがエレベーターです」


下から出てきたのはそのエレベターが地下に行っていたからということなのだろう。

中から出てきた人がこちらに歩み寄り、フロディアと少し話すと高笑いしながら中へと手招きする。

馬車は招かれるままに中へと入り、支持を受けるとその場で待機。

中は暗く、自分の体が見えるかどうかぐらいにしか見えない。

しばらくすると、聞きなれない機械音と共に不快感を与える揺れが少年を遅い、思わず「ひゃうっ!」と情けない声が漏れてしまう。

そんな姿にフィーリアはクスッと口に手を当て笑った。

カルメ家は暗闇でも相手を捉えれるのだろうか。


機械音が止むと少年は体が重くなるのを覚えた。だがすぐに少年は、これは重くなったのではなく、元に戻ったのだと自覚し、開かれた扉の景色の向こうを見やり、目を輝かせた。


「おっほぉー!これがフォールシティか!?」


暗闇から解放された視界に映るは、地下でありながら外にも勝らんばかりの明るさを放ち、地上で見た巨大な工場よりも大きい建物で溢れており、思わずここが地下なのだということを忘れてしまいそうになる。

地下都市などという珍しい物に人は食いつきやすく、観光客で溢れておりその人口は王都を超えるほどだ。

観光に来た結果その場所に惚れてしまいこちらに移住するのもよくある話らしく、この街の人口は年々増加しているそうだ。


「───!」


フィーリアも少年の様に体を外にだそうとするが、起き上がろうとしたところでふと我に返る。


「ねぇねぇフロディア。あそこにいる首から何かをぶら下げた人は誰?」


荷台の壁に指を指すフィーリアの視線を追い、壁の先を一瞥するフロディア。


「こういう大きな街には大体三、四人の聖騎士が配属されて犯罪の抑制を図ってるんです。聖騎士は首にその証明書をぶら下げているので、あれはその聖騎士の一人なのでしょう」


初めて来た人は皆揃って少年の様なリアクションをするらしく、ここに住む人も見慣れており、気にしず通り過ぎる人やそれを見て楽しむ人に分かれるらしいが、あの聖騎士の目はどちらにも当てはまらなさそうで何だか嫌な予感がしてならない。


「フィー」


「誰がフィーよ」


「俺に何があっても俺に構わないでくれよ」


殺気を少し漏らしたフィーリアを宥めるべく、少年は彼女に声をかけた。


「二人一緒に捕まれば全部パーだ。───それに、」


少年はフィーリアの手を両手で取り、目を見つめた。


「俺は不死身だしな」


少年が手を離すとフィーリアは握られていた手を見つめ、少年に向き直り頷きで返した。


「フロディアさんよ」


「はい、何でしょうか」


「俺とフィーはお前とたまたま知り合った人として説明してくれ」


「分かりました」


経緯なく言われ訳が分からないが、とりあえず少年を信じて了承するフロディアは、自分のこの行動も訳がわからなく思えてくる。


「フィーは………。……今度はフィーから言ってくれるか」


「………分かったわ」


「………?」


何も言っていないのにも関わらず、了承し話を終える二人の会話についていけないフロディアは、尻目に二人を眺めて馬車を走らせた。


「お二人はどこかよりたい場所とかありますか?明後日までならいくらでも乗せれますよ」


「いや、大丈夫。そんなに馬を付き合わせられないしな」


「そうですか、分かりました」



賑わう外を眺めて少年は目を細めた。

フィーリアは自分の持ち物を確認し、落ちないように固定させる。


「フロディア、悪い、予定が変わって明後日一緒に行けなくなったわ。今までありがとな、無事生きてたらお前の店にお礼の品でも贈っておくよ」


「……へ?」


唐突な事についていけず、後ろを振り向いた時には二人の姿はなく、馬車を止めて辺りを見回しても人混みが多すぎて探せない。


フロディアは溢れんばかりの人に囲まれながら、広い空間に自分一人だけ取り残されたかのような感覚を覚えた。



ーーーーーーーーーーー



肉壁にも存在する僅かな隙間をくぐり抜け、減速することなく走る少年。

こんなに明るい街でも人の寄り付かない場所や薄暗い場所は存在する。街中を駆け回り、人の寄り付かない場所へと到着すると、少年は振り向いて自分を囲む武装した男達を一瞥し、男達に向けて鼻を鳴らした。


「何も持たない少年一人に、揃いも揃ってそんな格好………。恥ずかしくないんですかぁ?」


「後ろを見てみろ、お前は袋小路に追い詰められている。つまりもう逃げ場は無い」


手を上げる少年に刃を向け警戒する男達。

圧倒的に不利な状況でありながら少年は、有利な男達を嘲笑った。


「だからぁ、たかが俺一人にそんなに大袈裟なことして騎士道とかに反しないの?」


あからさまな挑発に男は少年を嘲笑い返す


「相手は重用指名手配犯だからな。傷つくどころか磨かれて誉められるよ」


「あちゃー、あの手配書見てわかる 兵士 いたんだな」


首に証明書をぶら下げた男を見つめ、兵士という単語を強調して言葉を投げる。

兵士という言葉が気に入らないのか、男はブルプルと小刻みに震え、顔を赤く染めながら激昂する。


「さっきからお前は人の感に触るようなことを………!」


二つしか言ってないのにここまで起こる男に、呆れた少年は苦笑を浮べる。


「よっぽど兵士という言葉がコンプレックスだったみたいだな」


袋小路と言えど兵士達とはある程度の距離はある。

力任せに踏み込みながら歩くあの男を、更に挑発するには十分すぎる距離だ。


「聖騎士は自分一人ってか、手柄を独り占めするなら普通は自分一人で来いよ。それとも何だ、重用指名手配犯という肩書きを背負わされた少年一人に怖気付いちゃって、ギリギリプライドが傷つかない兵士ってか?」


更に激昂し、抜き身の剣を地面に引きずらせ火花を散らせる。


「 た ま た ま 勝てただけなのにねぇー」


「ぶち殺す!」


限界が訪れとうとうこちらに向かって走り出した。

トドメを刺すべく少年は、無防備に挙げた手を広げ大きく息を吸う。


「下っ端の兵士共ちゃんと見ておけ!これが、お前らを見下す聖騎士共の実力だ!!」


「死ねぇえええええ!!」


乱暴に振り下ろされた剣は、音を置き去りに空間を切り裂いた。

遅れて風を切る音が風を巻き起こし、触れてないはずの地面に切り傷が僅かに入る。


確かにこれ程の力なら、妖魔一体なら両断できるかもしれない。

だが所詮は天賦の才。

力があるだけに過ぎず、避ける事など造作でもない。

立て続けに斬撃を繰り出すが、こちとら死ぬほどの剣戟を体感しているお陰で、こんな程度子供が眺めるナメクジに等しい。


隙を気にせずに振り上げた瞬間を、少年はあえて狙わずに振り下ろされるのを待ち、剣が振り下ろされれば正面からそれを握る腕を受け止め、曲がらない様に捻りあげ肘に膝蹴りをかました。


「あああああうう!」


肘の裏から骨が突き出し、あまりの激痛に男は悲痛な叫びを上げる。

しかし、少年はその手を離すことなく更に捻り男を背負って地面に叩きつけた。


激痛と衝撃に意識を連れ去られ、男は地面を赤く染めながら倒れ込んだ。


「大丈夫、これ位じゃ死にゃせん。勿論、お前らにはこんな酷いことはしないから安心しろ……っつっても怖いか」


自分より格上の聖騎士を完敗させた挙句に、惨たらしくのさせた姿を見て怯えないやつはどうかしている。

兵士達は恐怖に足が震え、その場から一歩も動けなくなった。


「安心しろ、俺も重用指名手配犯になる前は聖騎士だった。でもコイツみたいに特別強い力がある訳でもない普通の凡人だ。凡人でも聖騎士になれるんだよ。そこでだ、お前らにいい提案がある」


恐怖が少し薄れ、僅かに希望が差し込む目を見て少年は頬を歪めた。


「お前ら兵士を卒業したいと思わないか?」


「「───!?」」


「元聖騎士の重用指名手配犯を捕らえれたならよ、お前らの昇格間違いなしだ」


少年の言葉に唾を飲み込み、男達は今自分達が置かれている状況を整理し、今にも少年の釣り糸に食いつきそうになるが、同時にその足元に転がる男を見て一歩引き下がる。


「………!…やっぱり怖いよな。よし、ならこうしよう」


少年はそう言って行き止まりの壁に向かって走り、壁を走るように壁を蹴り、不安定な体勢のまま両腕で着地した。


「ぅいってぇぇぇええゑゑヱヱエエ!!」


少年は激痛に声を上げ、腕は痛々しく青紫に内側から染められた。

頭が狂ったかの様な少年の行動で、男達を更に一歩引き下がらせてしまう。


「こ、これでどうよ……。俺は腕を使えない、これでお前らも俺を安心して捕えられる………ほら、来いよ、聖騎士さんが手錠を持ってるはずだから」


男達は言われるがままに少年に近づき、聖騎士から手錠を取り上げ、青くなった腕を掴み少年を確保する。


「痛えって、こちとらお前らのために両手くれてやったんだからもうちょっとデリケートに扱ってくれねぇかな」




ーーーーーーーーーーー



すぐに王都に連行されると思っていたが、その通りにはいかず、少年が連れてこられたのは。


「the尋問室って感じの場所だね」


椅子に座らされ目の前には紙とペンが置かれた机、それを記す男一人と、尋問する係であろう強面の男。


「黙れ犯罪者。聖騎士様を打ち倒したお前は既に高ランクの犯罪者だ。それに加え、国家反逆罪の容疑がかけられている」


「容疑?」


「そうだ、今確認を取っているが、王都と離れているためにあと三日はかかる。もしも本当にお前が本人なら今すぐ王都に連行する事になる」


なるほど。

連行されない訳は分かった。


「俺は辯騎士団七番隊隊長のサラハ・アマナワ」


「下っ端じゃねぇか」


「やかましいわ!……で、この細い男が我が隊の書記カナマ・ザィス」


「どうやって発音してんの?」


「ちーす、ザィスです。今日はよろしゃす」


想像していた尋問はもっと怖いものだと思ってた。

こんな御時世に重用指名手配犯に対して、こんな緩い尋問室があっていいものなのだろうか。


「さぁ、尋問を始めようか」


「何故お前が勝手に始めるんだ!?」


マイペースな少年について行くのにやっとなのか、サラハは疲れて深いため息を吐き捨てた。


「名前、住所、生年月日、性癖を教えろ」


「気のせいかな異物混入されてない?」


隣にいるザィスの無反応さからして異常はないと思うのだが。

そう思いたい。


「名前はアノン。住所も生年月日も記憶喪失で戦争参加前の記憶が無い。性癖は言っていいものか知らんが、泣いて嫌がられるとより興奮する。あと大きいものよりもどちらかと言うと小さいものの方が好き。守備範囲は6歳から29歳まで、自分のものよりも人のものをとる方がより美味しい。妹よりも離婚して再婚相手の血の繋がりのない妹のが欲しいと常に願っている。ピンク過ぎるのも黒すぎるのも嫌で程よい色がそそる。最近は女の子よりも男の娘の方が可愛いと感じ、俺はそっち系なのかと不安になる。そそる展開は…………」


「性癖のことはもういいわ!それよりも生年月日と住所無しってふざけているのか!?と言うか九割ふざけてるだろ!」


耳を塞いでいた手を外し机に叩きつけて少年を黙らせるが、少年は椅子で船漕ぎしながら舌打ちする。


「自分で言えって言ったんだろうが。だから俺は自分の恥部を真っ裸になってさらけ出してやったんだよ。だったらお前らも裸になって俺にさらけ出してくれてもいいんじゃないのか?」


書き終えたザィスはペンを置き、疲れた息を吐き捨てながら紙を眺めてこちらを見つめる。


「話をまとめると、あなたは性犯罪者予備軍ということで宜しかったですか」


「いや予備軍じゃなくて犯罪者!お前他に隠してる事はないのか」


「あんたはそんなに俺のことが知りたいの?ひょっとしてそっち系?」


「何でそうなる!」


自分の体を抱きしめ、汚物を見る目でサラハを見つめると、再び机に拳を叩きつけ、叩きすぎのせいで机に亀裂が入る。


「ではまとめてサラハはホモっと」


「何故お前まで参加しているのだァ!?ええい!埒が明かない、次だ次!お前はあの御者とはどういう関係だ。それと荷台にはお前だけだったか?」


ストレスに頭を掻きむしりながら次の質問を読み上げるサラハ。


「答えてもいいが、こちらの条件を飲んでからだ」


「お前に条件を出せる権利がある訳ないだろ」


「それなら残念……。条件を飲んでくれないなら俺は黙秘しまーす」


「ええい!」


再び怒りを机にぶつけようとするが、隣に座るザィスに止められ、昂った気持ちを静めるべく飲み物を飲まされる。


「まあまあ、こんなやつだからどうせ、釈放しろとか要求しないっしょ。聞いてみるだけ聞いて、構わないなら飲んでもいいんじゃないすか?」


「やっぱり話のわかる人はいいね!」


「アザース」


いつの間にか仲良くなってる二人の会話に、サラハはイラつきを抑えるのに必死だ。


「……で、条件とは何だ」


「なぁに、そんなに警戒しなくてもいいよ、俺の身柄ではなくて情報交換したいだけだよ」


「情報交換?」


復唱するサラハに少年は、ピエロの様に空っぽの笑顔で笑いかけ、交渉の材料を要求した。


「冥土の土産にラーメルトラメルについて知りたいんだ。知ってそうな上の方の人を呼んできて欲しいんだ」


「分かりました」


「お前何勝手に!」


勝手に条件を飲むザィスをサラハ睨むが、それを軽く受け流し立ち上がり、サラハに顔を向けることなくドアノブを握る。


「それくらいの事何の問題もないでしょう?それに、私も知りたいのです、この国の一番の戦力であり、重用保護を受けているその少年の事が。王都よりも大きい街ですのでそこら辺の情報を知ってる人もいます。私は顔が広いのでそこら辺の人に声をかけておきます。今日は遅いのでまた明日尋問を再開しましょう。ではまた」


そう言ってザィスは出ていき今日の尋問は終了。

少年はサラハに連れられ牢屋に投げ入れられた。


「お前が本人であろうとなかろうと、聖騎士様を倒したお前は反逆罪がかけられている。つまりお前の寿命は三日後で最後。尋問する時間はたっぷり残されている、好きなだけ冥土の土産とやらを聞いていけ」


サラハが立ち去ると少年は折れた腕を再生し、寝転がりながら鉄柵の窓から覗く月を眺める。


「今日の月は綺麗に分かれてんな。白黒どちらも五分五分って感じに………てことは七日前は新月か満月という事になるのか」


七日前……丁度戦争を止めるなんて言っちゃった時だな。あれから決行まで半分が経ったのか。

思い返すと七日って割と長いな、日にちを決めたのは確かケイアスの方だった。

───まて、何故14日後なんだ、あまりにも長過ぎやしないか。

調整って何だ、正負のバランスの事なのか。

それくらいの事で14日もかかるとは考えにくい。

14日後に何がある。


いや、何で俺は味方を疑っているんだ。

今は今の最善の道を探せばいい。

もう間違った選択をしないように、先を見据えるんだ。



ーーーーーーーーーーー



────二日目の尋問の時間が訪れた。


「連れてきましたよ。こちらはこの国の重要機密などを握る機関の一人、ウュチ・ウノンセさんです」


「いや、だからお前もそいつもどうやって…発音してんの!?」


尋問が始まった。

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