-1.2 希望の花

-1.12





動物は考えながら生きていくものだ。

人は常に理想を抱いて生きて、理想を抱いて死んでゆく。

理想を叶える事はとても難しい。血の滲む様な努力をして叶える人もいれば、しても叶えれない人、その努力を拒んで叶わない理想を死ぬまで抱く人など、人には一つのカテゴリーを上げれば複数の答案が返ってくるほどの分岐が用意されており、無限にも等しい程の問題から生まれたのが自分という一人の人間なのだろう。



ーーーーーーーーーーー



───自分は絶望を見せられているのだろうか。


動けない少年の瞳に映るは、人鬼に拘束されて地に足を着けれずに踠く二人の姿。


「あ、がう………が!」


自分の顔よりも大きい人鬼の腕に首を掴まれ、息苦しく指を引き剥がそうとするが、力が及ばずにびくともしない。


まずい、まずいまずいまずいまずいまずい。


この状況を打開する策が思い浮かばない。

再生できれば援護出来たのだが、それすらも叶わない自分の無力さに絶望する。

このままだと二人がやられてしまう。

男の言葉がしつこい程に頭の中で暴れ回る。

自分の偽善で二人を死なせてしまう。

もしもあのまま救うではなく、楽にしてあげるだったらこんな事にはなっていなかっただろう。


お前は救えない。


「そうだな」


お前は救えないお前は救えないお前は救えないお前は救えないお前は救えないお前は救えないお前は救えないお前は救えないお前は救えない。


「その通りだよちくしょう」


『分かればいい』


心の中でそう言う自分の声が聞こえた気がした。

だが、聞こえただけであってその声はそれ以降聞こえることは無かった。

救いの手もない、救う手段もない。

自分がいかに愚かで無力なのだと思い知らされる。

フランコはもう限界が近いのか、抵抗する力が弱まり顔が青ざめていく。



ーーーーーーーーーーー



頭の中に浮かぶ青色の髪の少女。

背丈は低く、いつかの人魚の分身の様に小さくて華奢だ。薄れる視界に、ハッキリと映るカルメ家の少女に手を伸ばそうとするが届きそうにもない。少女はフランコに気がついたのか振り返って向日葵の様に明るく、いつものように笑いかけてくれた。だが、その目にはフランコなど映ってはおらず、ただこちらを向いて笑っているだけだ。

伸ばした手がようやく届いたかと思えば、少女の姿はドロドロに溶けて、黒い液体となってフランコの前から消えてしまった。


その光景に顔を覆って泣き崩れる。

救う。人を助けたい。人間の少女を助けたい。

大きくなる少女は呻きながらフランコを見つめ、異形な腕をフランコにそっと伸ばし、俯く頭を優しく撫でる。その優しさがフランコの胸をかえって抉ってくれる。

黒いモヤに汚染される寸前、少女はいつもの様に微笑んで見せた。


「うわああああああああああ!!!!!!」


ーーーーーーーーーーー


地に落とされたフランコと共に、黒く染まった腕が人鬼の足元に転がった。


「うぅ………う、うぃ………今、楽に…してあげ………る」


口元に付いた血を舐め取り、四つん這いになって腰を折るフランコはまるで獣のように鋭い目つきで、カルメ家の様に鋭い殺気を放っている。

瞬く間に少女を掴む人鬼の腕も上空に吹き飛び、隻腕となった二匹の人鬼は、一匹の獣に怒号を浴びせた。

落下してくる人鬼の腕をキャッチすると、そのままかぶりつき咀嚼して飲み込む。


幼い頃以来のこの感覚。

新鮮な血肉が自分の喉を通り、消化器官へと運ばれてゆく。

運ばれたら即座に消化され、栄養となって全身に行き渡り、フランコは筋肉が脈動するのを感じた。


「フランコ………?」


その名を呼ぶが反応をしない獣人は、どうやら本当に本人ではないのだろうかと不安に感じさせるほどに、別人へと様子が変わり果てている。


「…………うめぇ。美味いなぁ、生き肉はこれ程に美味いのか!」


骨まで残さず完食し、次は何を食べようかと狙いを定める。


「食い足りない、もっと食べたい。もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと食べたい。生き肉はどぉ?こぉ?だぁ?」


狂人へと成り果て、食べるのを拒否していた生き肉を欲するフランコを見て、フォックスからのメッセージを思い出しては頭を抱えた。


「………悪いフォックス……与えちゃったよ」


「ウラァ!」


乱暴に振り回された手に隻腕すらももぎ取られ、残された足で猛獣を蹴り飛ばすが、いつの間にか指を取られていたらしく、バランスが取れずにコケてしまう。


「おおああああああああ」


耳が裂けそうな程の咆哮よりも食事を優先するフランコの顔は、とても幸せそうに見えるのだが、苦しんでいる様にも見える。


一匹がようやく完食された時、フランコの腹は全然膨れている様子はなく、依然変わりなく痩せこけた姿のままだ。


「食い足りん!」


叫んだかと思えば姿はなく、遅れて爆発的な風と砂埃、それらを伝える音が辺りに振動を伝え、その振動は肌をピリピリと痺れさせた。

不意に感じる背後の殺気に振り向くと、自分の目線が下がり猛獣と背丈が並んでいることに遅れて気がつく。


「よぉ!」


人鬼の頭を鷲掴みし、ニタァっと不気味に笑うフランコに、仲間であっても二人は恐怖を覚えてしまい、少年は力が抜け落ちるが、マルシィは剣を握りフランコに切りつけた。

避けるついでにカウンターを出してきたが、ギリギリ目が追いつき防ぐことが出来た。


「これ以上の無慈悲をお姉ちゃんに合わせたくない、あなたに行わせたくない!」


「食事の邪魔をするな」


「お姉ちゃんは食べ物じゃない」


姉であった人鬼の前で片手を広げ、庇う形で猛獣の前に立ち塞がる。

急にフランコの力が強くなったのは、きっと生き肉のせいだろう。生き肉を食べてからフランコの様子はおかしくなり、前とは比較にならない強さに跳ね上がっている。

生き肉を食べれば獣人は強くなるらしいが、これほどまでに強くなるとは思わなかった。だか、フォックスがフランコに生き肉を与えたくないのは、これだけが理由ではないはず。おそらくその理由の中にこの凶暴な性格も含まれていると思われる。

こちらを攻撃しようとしないのは、無意識にこちらを味方と判断してくれているか、もしくは中のフランコが抵抗しているのかのどっちかだ。

後者を信じて前のフランコに戻せるだろうか。


そんな事を考える少年の脳裏には、聞き飽きた常に男の言葉が添えられている。

それは戒めであり、未来予知でもある。

フランコを救おうとすれば今度は彼女を失うかもしれない。

だがフランコを鎮める術も勝てる方法もない。

万が一勝ててもフランコを失ってしまう。

八方塞がりな状況に悲観していると、二人は既に牙を剥き合い火花を散らしている。

カルメ家と言えど、あの速度を捉えるのはギリギリだろう。

何も案が浮かばない。

他人を頼ることしか出来ない自分を至極情けなく思う。

しかし、その思考を人鬼の咆吼が掻き消した。


「おおおおああああおおおおああ!」


残された片手で地面を殴り宙に浮いた巨躯は、火花が散る戦場に割って入り、猛獣に残った剛腕を叩きつける。

少女に気を取られ反応が遅れたフランコは、なす術なく剛腕が顔面に入り地面に叩きつけられた。

頭を打ちつけ意識が朦朧としているところを立て続けに拳が入り、強化されたフランコの体も人鬼の剛力には耐えきれず、全身の骨が軋んだ。

意識を失う寸前のフランコにトドメを刺すべく、人鬼は全身の必要のなくなった黒いモヤを腕に集中させ力を振り絞る。

おそらく、これを喰らえば確実にフランコは死ぬだろう。

振り下ろされる瞬間に庇ったところで共に潰されるだけだ。だが今はそんな事を言っている場合ではない。この身を犠牲にしても、フランコを救える可能性が僅かにあるのならそれに従う。


「俺は不死身だ。何度も死んだ、だから死なんて慣れっこだ!」


慣れない隻腕のバランスに姿勢を崩しながらも、フランコの元へとひた走る。

フランコを連れていこうとしても、今の自分の力じゃ絶対に間に合わない。だったらせめてフランコの盾となって、軌道を僅かにずらせば助けられるかもしれない。


「アノン!」


死にに行く彼の名を少女は叫ぶが、少年の目は死を覚悟し真っ直ぐフランコだけを見つめて走る姿に少女は、姉であった人鬼と死にに行く少年とで視線が往復する。

人鬼の腕を切り落とそうかと考えたが、あれは人鬼特有のモヤであり、腕を切ってもモヤはすり抜けて再び接合されてしまうだろう。魔力を込めても相手はカルメ家の人鬼、そよ風を追加する程度だ。


「ああああああああああああああ!!」


渾身の一撃を振り下ろされる瞬間、少年はフランコの前に身を投げ出し、少女は無防備な人鬼の背中に自身の剣を突き刺し人鬼の心臓を貫いた。


集中したモヤが花びらの様に散り、巨大化した人鬼の腕は元通りの大きさに戻った。

しかし、人鬼の生命力の強さ故か、人鬼は後ろを振り向き剣を刺した少女を見つめ、そっと手を伸ばして少女の頭に乗せる。

力なく乗せられた大きな手は、その手よりも小さな頭を割れ物を扱うように優しく撫でた。

その手も命の火が消えれば、重力に従って頭からずり落ちてしまう。


「うぁぅ、お姉ちゃん…………ああああああああああああああ!!!!」


少女の悲しみが凝縮された悲鳴は、関係の無い少年の心にまで響き深く抉りとり、フランコは最後の光景といつかの自分を重ね、同じく涙を1粒だけ零して意識を手放した。

少年は抉られた胸に手を当て、カルメ家の痛みを受け止めきれずに握りしめる。


「俺は、無力だな」



ーーーーーーーーーーー



意識が覚醒すると、フランコは何も言わずに片腕を握りしめて二人の元から去った。

ここで止めておくべきかと手を伸ばしたが、フランコの様子を見てその手を縮めてしまう。


少女の紹介でフロディアの元へ戻り、王都まで馬車で乗してってもらえたが、移動している間誰一人として口を開くことはなく、黙々と馬車に揺られているだけだった。

状況は様子で察したフロディアは、気まづい空気の中かける言葉を道中考えていたが、結局最後まで思いつく事なく王都へと着いた。

夜遅くに着いたため、フロディアがせめてもと誰でも泊まれる宿を提供してくれた。そこでは人と会うことはなく、既に受付を済ましてくれていたお陰で受付の顔は見えないが、そのまま指名手配犯という事を忘れて入れた。


「二人一部屋しか取れなくて申し訳ない」と謝ってきたが、むしろこれ以上の事をされると逆にこちらが申し訳なくなるので、礼を言って部屋に入った。


感覚的には久しぶりなベットは疲れた体に優しく、すぐに力が抜けてしまう。

布団に顔を沈ませ溜め込んだ息を全て吐き出した。



助けるとかかっこつけて、人任せに失敗して、仲間を傷つけて、仲間を守ろうとして、助けるはずの相手を殺して、仲間を引き留めようとして、引き留めれずにフランコを失って。

こんな自分よりかっこ悪い奴はこの世に存在しないだろう。してたらそいつは生きているのかすらも分からない、殺して生き永らえて歩く恥そのものだ。

失敗は成功のもととか言われるが、成功するのにどれだけの犠牲を差し出せばいい。

もうダメだ。こんな奴が戦争を終わらせるなんて偉業を成すことは不可能だ。


「───アノン」


暗闇を見るのが嫌で、瞼を閉じながら内側にある深い所の何かを閉ざそうとした時、それを少女の呼ぶ声が引き止めた。


「今日はありがとね」


自分は何もしていない。

ただ傍観して二人の手を汚させただけだ。


「これから戦争を止めに行くんだから、こんな調子じゃ駄目だよね!」


元気に振舞ってるが、無理してるのは誰でもわかる。


「もうケイアスには連絡した?」


「いや、ケイアスには悪いがこれは中止にする」


何故と口に出そうになるが、虚ろを眺める少年の目を見て飲み込んでしまう。


「もうダメだ、俺じゃ無理なんだよ。俺は無力だ、俺は救えない」


醜態と偽善の塊。

それがアノンという少年の存在だ。


「そんな事ないよ」


何故そんなことが言える。

彼女の家族を殺したのは自分だというのに。


少年の傍に寄り添い、力の抜けた手を握った。


「だって私はあなたに救われたんだもん」


「フィーリア………?」


ついマルシィではなく、フィーリアの名を読んでしまい、彼女の顔色を伺おうと顔を上げたら。


「………い、いやぁ……私はマルシィだけど……?」


物凄く目を泳がせていた。

隠しているつもりなのかと嘆息を吐き捨て苦笑を浮かべた。


「もう隠さなくていいよフィーリア。もう赤の他人なんて酷いことは言わない」


「本当に?」


「本当だよ……あの時はごめんな」


大罪人の自分から突き放すために言った言葉だが、今の関係になってから思い返すとかなり酷い事を言った。


「そお?じゃあ許してあげる代わりにお願い一つだけいい………?」


上目遣いで照れながらそう言ってきた。

……………その仕草は反則じゃないですか。


「なになに、付き合う?付き合っちゃう?それとも突き合っちゃう?」


「戦争を終わらせて欲しいの」


スルーされて口を尖らせる少年に、フィーリアは真剣な表情で真面目な要望を言った。

先程も言ったが、自分に他を救うことなんて不可能だ。救えた事がない自分には、一人を救うために何人を犠牲にすればいいのかさえ分からない。それなのに、まだ彼女は自分に救いを求める。今度他を救おうとすれば、彼女を失ってしまうかもしれない。

彼女には悪いが返答は。


「無……っ」


拒否を使用とする少年の口に、指を当てて黙らせる少女。


「私以外の人も救ってほしいの。あなたは救えなくない、落とした犠牲よりも拾った命を数えてみて」


何も心当たりがない。


「戦争に参加していた時あなたは、臆病ながらも多くの仲間を助けていたわ。たかが数人救えなかった位で凹むなんてらしくない」


白い手で少年の顔を挟み、視線を真っ直ぐ合わせた。


「最初のイヤらしい目で見ていた頃のあなたの方がよっぽどあなたらしいわよ」


目を逸らしたくなるが、真剣な彼女の瞳を眺めていると視線を外せなくなるのは何故だろう。


「イヤらしくてセクハラばかりのあなただけどね、私を救ってくれる時だけは凄くカッコイイの」


貶してるのだろうか、褒めているのだろうか。


「多くの命が絶えてゆく戦場で、私の命も摘まれようとした時助けてくれたあなたが、私には大きな光に見えた、だから私にとってあなたはヒーローなの。二角を撃ち取った私のヒーローはこんな事位で俯かない、ヒーローは顔を上げて笑いながら希望を唄うの」


少年は、自分の中の染まった何かが、一部の汚れを残して洗い流されたかのような錯覚を覚えた。


「………ヒーローか。まっとうな職に就いて金を稼いで、家を買ってハッピーに暮らす未来を夢見てたが………ヒーロー………気持ちの良い響きだな」


改心し、立ち上がった少年の目を見てフィーリアは、消えたロウソクに新たな光が見えた気がして表情を解して微笑んだ。


「夢なんて後回しだ、やってやるよフィーリア、瞬きせずにとくと見てろ。お前の光り輝く期間限定ヒーローが他人任せに多種族を救って種を超えた英雄になる一部始終をな!!」


そう言うと少年は、力なくベットに倒れ込み襲いかかる頭痛に逆らわずに意識を投げ出した。




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少年がここへ来るのを待ち望んでいたかのように、神聖の彼女は変わらない女神な笑顔で迎えてくれた。


「やっほー」


手を振り軽い挨拶をすると、スイレンに深々と礼を返され何だかむず痒い。


「要件は理解してますので既に手配しておきました」


「おっほー、流石我がスイレン。最高に可愛いな」


「何に対して言ってるのかは理解しかねますが、お褒め頂けて幸甚に思います」


微笑む彼女は本当に言葉通り幸せそうだ。

要件が済んだならすぐ帰ってもいいが、出発は明日だし、ずっと一人でいる彼女ともう少しだけでもいようかなと思う。


「未来が見えるんだよね」


「左様でございます」


「俺って成功するのかな?」


失敗しかしない自分にまだ少し自身が持てない。

ここは占って貰おうとスイレンに問うてみたが。


「さぁ、それは私にも分かりません」


否定も肯定もなく返された。


「未来分かるんじゃないの?」


「いえ、その場で見た未来など宛になりません。前も言った通り、主様がこれから起こりうる未来を知った上で別の行動を行えば、その未来がなかった別の世界に移り変わるので、もしも失敗するとして私がそれを告げれば、主様はさらに策を考え別の行動に移り、前に見た未来もまた変わってしまうのです。ですので私は未来を先読みすることを止めて、主様と共に時間を歩み行こうかとおもいました」


「…………ならさ、スイレンがこんな世界で1人でも退屈しないような面白い物語を俺が演じて魅せるよ」


「主様が御活躍なされるところを心からお待ちしております」


「あぁ、ちょっと待って」


来た時の様に深々と礼をしようとするスイレンを止め、下げようとした頭を上げさせた。


「何だかまだ壁を感じるんだよな」


疑問を浮かべ頭を傾げるスイレンは「……と、言いますと?」と口に出す。


「そのやたらと丁寧な接し方かな。なんで俺にそんなに忠誠を誓うのかはよく分からないけど、できれば直すことって出来る?もっと親しい仲みたいな感じに」


「やってみますね」


そう言って深く数秒考え込むと、静かに目を瞑り開くと無表情になった。


「───おう主様!これでいいかよ!?」


「可愛いけどなんかやだ!」


真顔で声を変えずに言われ、神聖って実は機械なのではと思い込んでしまう。


「もうちょっと女の子っぽい喋り方でお願いします」


「承知しました、テイク2。────てへ、さっきはごめんね、ねぇねぇ主様これでいいかなぁ?」


またもや無表情なのは変わらないので次から目を瞑って聞くことにしよう。


「ごめん、やっぱり大人の女性っぽい感じがいいかな」


「テイク3。───ほら鳴いてみなブヒィって!」


「ブヒィ!じゃなくて却下だ!俺は責められるよりも泣いてからが本番の責めたい派なんだよ!」


「左様ですか、ではテイク4。───あ、主様ァ、も、もうこれ以上はお辞めに………」


「うほぉ~!……いやそうじゃなくて!」




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「───じゃ、じゃあ次ね」


「テイク86。────────────」


自分の理想を求めていた筈なのに、スイレンがリクエスト通りにやってくれるものだから、気がつけば遊んでいた。

途中でスイレンが「とんだご無礼を」と謝罪してきたが、今更かよなんて思わず、むしろその無礼の方が心地がよく感じた。


しかし、遊び疲れた上ネタも切れてきたので結論を出した。


「今までやってくれてて申し訳ないんだけど、デフォルトのままでいいかな」


「承知しました」


これだけ遊ばれたにも関わらず爽やかな笑顔で、むしろ彼女が自分よりも楽しんでいたかのようにも思える。


「では、御健闘をお祈りしてます」


「またね………って、あぁもう頭下げなくていいよ」


「いえ、これくらいしないと………」


「頭を下げずに手を振り返して欲しいんだ」


「こう……ですか?」


慣れない動きに戸惑いながらも、不器用に手を振る。というか、手を振るのに不器用とかあるのだろうか。


「じゃあ、バイバイスイレン」


「バイ、バイです主様」


毎度の頭痛に意識を奪われ倒れ込み、少年の姿は跡形もなく消え去った。

一人取り残された世界でも笑顔を絶やさないスイレンだが、珍しく顔を曇らせた。


「主様、本当に未来を変えなければあなたは再び絶望します」


自分の見た未来はどれも少年が失敗し、地面に泣すがる姿が見えた。主という名のドラマを見る上でも、やっぱり主には幸せになって欲しいという願いがある。だがどうする事も出来ないのでスイレンは、いるかすら分からない神に少年の未来を祈った。



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目を開ければ部屋に朝日が差し込み明るく照らしてくれる。浮いた埃が光を反射し、キラキラと宙で踊っているように見える。


「おはよう」


耳元で聞こえた少女の声が、自分がどこにいるのかを認識させてくれる。


「おはようフィーリア」


「あのね、出発の前に寄り道したいんだけど大丈夫?」


「……?いいよ」


「ありがとね、あとさアノン、自分の腕見てみて」


無い方の腕を指で指され目で追うと。


「あれ、生えてる」


どういう訳か何も無かったかのように、そこに当たり前に腕が生えている。

朝になったら生えているという事は、一日経てばリセットされるという事なのだろうか。


「……ッ」


肉片を作り空中に投げ再生を行うと、やはり元の場所に戻ってきた。

再生に限りがあっても、朝になればその回数もリセットされる。つまり再生回数をあまり気にする必要は無いみたいだ。


「良かった。一生片腕で過ごすのは不憫だもんな」





───宿を出て、歩いてフロディアの配送屋に行った。

昨日との温度差が激し過ぎたために、最初はフロディアは心を労わってずっと心配そうに二人を見ていたが、大丈夫なのだと理解すると心配で重くなった肩の疲れと共に溜めた息を吐き捨てた。


「私達を送ってほしいのだけれどいいかしら」


「構いませんが、本当にもう大丈夫なのですか?」


「大丈夫だよ~。というか今から行くのはその姉の新居だしね」


「「え!?」」


フロディアだけでなく、目的地を伝えられてなかった少年も同様に声を上げた。

昨日その姉の事で悩んでいたのに、その姉の家族を拝むなんて、どんな精神を持てばやれる事なのだろうか。


「ええっと、フラワンっていう…村……なのかな?」


「フラワンは人里から少し離れた場所です。目的地はそこで宜しかったですか?」


「いーよーお願いね」


「承りました。馬車の用意をしてきます」



───フラワンに着くと辺りは自然に囲まれ、そこにポツンと置かれた閑静な一軒家が自然に溶け込んでいる。


「あれみたいね」


「私はここでお待ちしております」


「おう、ありがとな」


フロディアを馬車に待機させ、二人は一軒家の玄関前に行く。

玄関の扉を開ける前にフィーリアは胸に手を当て呼吸を調えているが、フィーリアだけに限らず殺してしまった自分も結構きが重い。

そして、フィーリアが扉をノックしようとした時。


「ママ、おかえりぃ!!」


「ぶへら!」


唐突に開いた扉に叩きつけられ、少年は膝が崩れた。

扉からは青髪の幼い男女二人が飛び出し、首を振ってキョロキョロ辺りを見回した。

だがしかし、呼んだママに該当する人物は見当たらず、フィーリアを数秒見つめてから二人は悲しそうな顔をして扉を閉めようとする。


「こら!ストレリチア、ニゲラ。お客さまを通しなさい。すいませんねお客さま………おや?」


「こんにちは。私はフィーリアと申します。見た通りカルメ家です」


「ついでに俺はアノン。あなたの嫁さんの紹介で来た訳だ」


呼ばれたのはフィーリアだが。


「そうなんですか、とりあえず中へどうぞ」


木造建築の大きな家で、沈みかけの夕日が窓から差し込み、広い部屋の中で走り回る子供たちを見てると何だか微笑ましい。

木製の椅子に座り、出してもらった温かいお茶で喉を潤す。


「私はイスクラヴといいます。二人はアーニャとどういったご関係で?」


「私はアーニャの妹です。つまりあなたの小姑という事になります」


「ほうほう、アーニャがよく話してくれた義妹さんをお目にかかれるとは」


姉の兄妹への愛に少し照れながら話を続けた。

関係の無い少年は気づけば子供たちと一緒に遊んでいる。


「私は姉の家族を見に来ました。それと…………」


言わなきゃいけないと自覚していても口が固まってしまう。

フィーリアは震える唇を噛み締め決意する。


「………あなたの妻アーニャは……」


フィーリアの様子から察し始めたイスクラヴは、少しずつ顔が強張り始め。


「………!!」


「死にました」


「……ッッ!!?」


察してはいたが、何よりも聞きたくなかった言葉だ。

イスクラヴは片手で顔を覆い、湧き上がる感情を全て吐き終わるまで続けた。


「………いつかこんな日が来ると覚悟して彼女に求婚をした」


「…………」


「………それでも、彼女には永く生きていて欲しかった……」


イスクラヴという人は本当にアーニャを愛していたんだろう。

俯き握った拳から血が零れている。ぶつけようのない感情を、ただただ自分にぶつけてやり過ごしている。


「君には嫌な役目をさせてしまって悪かったね」


「……いえ、あなたが謝る必要なんてありません」


「………ちょっと手を洗ってきますね」


そう言ってイスクラヴは立ち上がり、小さな扉の奥へと入っていった。

できる限り平静を装っているが、立ち上がってから何度もフラつき倒れそうになってるのが目立つ。

イスクラヴが入った部屋で物に何かが当たる音がしたが、フィーリアは何も聞かなかった事にし、イスクラヴが席に戻ると笑顔を向けてきた。


「ところで君たちは付き合っているのかい?」


「………へ?」


顔が赤くなるフィーリアを見てイスクラヴは、微笑ましく思ったのか頬が歪んでいる。


「い、いえ、私達はそんな関係じゃ………」


「ベタベタのカップルですよ」


「なんで割り込んでくるの!?誤解を招くからあなたは黙ってて!」


唐突に割り込む少年を子供たちの方へ押し飛ばし、顔を染めて俯く。


「ハッハハ、君も年頃なんだから早く……」


「ああ!分かりましたからもうその話はいいです!」


涙目で訴えるフィーリアを茶化すのをやめると、彼女の青い髪を見て懐かしい感覚を覚えた。


「少し、昔話に付き合ってもらえないかな」


「いいですよ、何にします?浦島太郎?かぐや姫?舌切り……」


「いやそういうのじゃなくて、私のね?私の過去をと………」


「分かりました」


「私はもともと普通の人だったんだよ」


今は普通じゃないのか。と言いたくなるが、とりあえず続きを聞くことにする。


「でも物心がついてこの身も成長した。14歳位だったかな、私は破綻した親に売られたんだ」


そう言ってイスクラヴは立ち上がり、見上げるフィーリアに上裸になった背中を見せつけた。


「……土竜の印………!?」


彼の背中には火傷の跡がしっかりと残っており、その跡は土竜の形を描いているように見える。

土竜の印は関われば不吉になると言われるほどの飼い主らしい。


「そう、私の親はに借金をし、返せずに私を差し出した」


「………!」


言葉に出来ない。

奴隷なんてよくある話だが、その中でも極めて異常なのものが土竜の印の者。通称土竜の奴隷となんて言われている。

飼い主に関する情報は少なく、僅かな情報の一つによると、関わればその者は不幸に見舞われ死に至る。その噂のせいで土竜の奴隷達は、歩く呪いとまで呼ばれるようになった。


「地獄だよ、死にたいと思った。でもどういう訳か死ねないんだ」


感情無く言った言葉に、何も乗ってない筈なのに重さを感じる。


「何が起きているのか分からない。ただ自分はいるだけ、でもどこにいるのかも分からない。自分は座っているのか、将又立っているのか……寝ているのか。体の感覚は無く、定期的に虫が這いずる感覚が体外と体内の体という体全てを無駄なく襲う。五感は宛にならない。どこ見ても真っ暗で、自分の体すら見えない。臭いもない、味もない、耳に聞こえるのは不快に甲高く笑う声。何も感じれないのにあの時だけは全身に不快をもたらす。そんな事が何年も十年も続いた。だがある時彼女と出会えた。日に日に慣れていく地獄の感覚が突如として消え、私は続いて全身にまた違う不快を覚えた。だが何故か懐かしいような感覚に見舞われた。視界がやけに明るく、自分の体も見える、目というのは何とも素晴らしい、全身は冷たく濡れている。起き上がろうとするが、思うように動けない。十年も動いてなかったせいか、筋肉は衰えてないにもかかわらず、動かす感覚を忘れ立つことすらままならない。辺りは自分と同じ様な人に溢れてみんな揃って地面を這いつくばっていたよ。暫く転がっていると彼女が騎士を引き連れてきた。私達の印を見て、騎士たちは当然引いたが彼女は構わず私達に歩み寄ってくれた。それから動けるようになるまで相当な月日が経ち、彼女に礼を言おうと調べたらカルメ家だったなんてね。カルメ家の存在を知っていたが、私は礼を言えないほどの人格でいたくはなかったから会いに行ったよ。彼女は自らカルメ家に会いに来る変人を見て驚いていた。会った時はカルメ家の印象で怖かったから、礼を言ってすぐに帰ってしまったよ。カルメ家と言えども姿は人間。ただ将来人鬼になってしまうかもしれないだけのただの美しい人だった。その後どういう訳か私は彼女を思うと胸が痛くなったよ。あれは一目惚れ……いや、正確に言えば二目惚れってやつだったんだな。それから私は数年間毎日彼女の所に通い、親交を深めて彼女への思いを告白した」


「それで結婚したんですね」


「いや、当然断られたよ」


即答されて思わずフィーリアは「……え」と声が漏れる。


「君もいつかは伴侶を持つ身なんだ、カルメ家の視点で考え直してみなよ」


「………いつか人鬼になって愛しい人を傷つけるのは私も嫌です。ましてや傷つけなかったとしても、カルメ家の寿命はそういう意味では短い。愛しい人はどの道今度は内側に傷を抱えるっていう事ですか?」


「そう、それでも私は馬鹿だったから、それでも構わないと彼女に思いを言い続けて、押し負けた彼女はやっと了承してくれた。………だけどやっぱりいざ失ってみるときついものだね」


「……」


カルメ家と結婚した人の気持ちを目の当たりにして、自分の血のことを再度考えさせられる。


「………君はならないでくれよ」


「……はい」


「会ったばかりとはいえ、君も私の親戚だ。そしてこうして名乗りあった仲。私は君も失いたくない、勿論そこの彼もだ」


少年は子供たちと一緒に龍をお絵かき勝負をし、大人気なく自分の画力を見せつけ優越感に浸っている。

というか本当に意外と上手い。


「さて、今日はもう遅い。二人共もし良ければ泊まっていきなさい」


「いえ、そんなに迷惑をかけれません」


「迷惑だったらこんなこと言えないよ」


「えー!お泊まりしてくれるの!?」


ストレリチアと言う少女に目を輝かせながらせがまれ、フィーリアは断れずに少女と目線を合わせた。


「今晩お邪魔しちゃうね」


「やったやった!アノンお兄ちゃんもっと遊ぼうね!」


「おうニゲラ、今度は龍よりももっと凄い神聖っていうのを描いてやる」


「ところでずっと置いてある馬車はどうするんだい?」


「あ、いけない。あのイスクラヴさん、あと一人追加しても宜しかったですか?」


「構わないよ」



ーーーーーーーーーーー



鼻を啜らせながら暖炉の前で温かいお茶を飲み震えているフロディア。


「ほ、本当に助かりました」


呼びに行ったら外は真っ暗で寒く、フロディアは凍え死にかけていた。


「ここは山に囲まれて陽が入りにくい上、少し高いから年中冷え込むもんね」


空になった湯のみにお茶を注ぐイスクラヴの元に、画用紙を持ったニゲラが寄り画用紙をかざした。


「見てみてパパ!アノン兄ちゃんが描いたシンセイ……?ていう種族何だって!」


紙の半面に描かれた綺麗な女性を見て思わず、感嘆の声を上げるが、それよりも気になるのが隣に二つ描かれた玉と手足が生えた玉。いずれもバツ印がうたれておりボツにされたのだろうが、彼はいったい何を描こうとしたのだろうか。

フィーリアは子供に混じって少年の描く絵に目を輝かせている。

……と言うか今、神聖を描いたって言ってなかったか?


「アノン君、神聖ってあの神聖?」


「…はい、そですよ」


「となれば君は神憑きという事になるのかい……?」


「そですね」


「「え!?」」


イスクラヴだけではなく一緒にいたフロディア間でもが、振り向き目を丸くした。


「ほ、本当にいたんだ。ちなみに特殊な能力ってのは何なのかい?」


「不死身体質ってやつ」


「不死身!?」


そうなのかとフィーリアに顔を向けるが、当たり前の様な顔で頷かれ、確信へと変わり腰を落とした。


「まあ不死身って言っても体20人分しか再生出来ないらしいけどね」


「それでも充分凄いよ………!」


「そうですかね」


凄いと言われても、不死身になって見れば凄くないということが分かる。

むしろこの体は嫌気がさす。

死ぬほど痛くても死んで楽になれない。まあ、再生すれば痛み消えるけど。


「ねぇねぇアノン兄ちゃん、他種族のお話聞いていい?」


「おういいぞ、子供には刺激が強すぎるから八割カットするけどな」


「ハハハ、アノン君は相当二人に気に入られているみたいだね」



「まず獣人って種族を知ってるか?」



ーーーー。

ーーーーーーー。

ーーーーーーーーーーー。



残された宝を眺めながら夜を過ごし、朝を迎えた。



「これが馬っていう動物だ」


朝日で明るくなり、外に出て馬車の馬と触れ合う子供二人と少年一人。早朝は非常に冷え込むが、その場のテンションで三人は寒さを感じていないのだろう。


「お世話になりました」


帰る支度をし、赤子を抱えるイスクラヴに礼を言うフィーリア。

フロディアはいつでも馬を出せる準備をし、待機中だ。


「またいつでもおいで、ここは君たちの家なんだから」


「はい、またお世話にならせていただきます」


「そんじゃな二人共………っておいおい、手を離してくれよ。こっちまで惜しくなるじゃないか」


「また、またすぐ来てね」


少年の手を掴み話そうとしない二人に少年は心を揺さぶられる。


「すぐは無理かもしれないな。……そうだ、隠れんぼしようぜ」


「隠れんぼ……?」


「ああ、二人が鬼で俺が逃げる側。俺はこの世界のどこかにいるから、二人が大きくなったら俺を探しに来い。………まぁもっとも、二人がその時まで俺を覚えていてくれるかは分からないけど………」


「絶対探しに行くね!」


「今度こそお兄ちゃんに勝つんだ!」


少年は二人の頭を撫でて馬車に乗り込んだ。


「それじゃあ、失礼します」


「気をつけてね」


一礼しフィーリアも乗り込むと、フロディアは馬車を走らせた。

名残惜しく、見えなくなるまで屋敷を見つめ、悲しくなる。

するとそこに。


「おーい!」


ストレリチアと逃げらが馬車に追いつき並走した。

その脚力に少し引きながら少年は顔を出した。


「どうした二人共、隠れんぼ探しに来るの早すぎるぞ」


「いや違うよ!」


「お兄ちゃんとお姉ちゃんに渡したいものがあるの!」


走りながら手渡しされたのは、綺麗な赤い石が括られた紐の輪、もうひとつ渡されたのは色違いの青い石の輪。


「僕達が昔作ったの!」


「お兄ちゃんとお姉ちゃんこれからの旅気をつけてね!」



「ほーほー上手いなぁ、ありがとな」


「二人共も気をつけてね」


言い終わると二人は、立ち止まり手を振って馬車を見送った。

少年は首に赤い方を掛け、フィーリアは髪留めにした。


「ねぇねぇアノン、これどう?」


「おう、可愛いぞ」


躊躇いなく言われた言葉に、顔を赤くしてフィーリアは俯いた。

それに気づかず少年は赤い宝石を輝かせて叫ぶ。



「さぁ、戦争を終わらせにいくぞぉ!!」



「えええええええええええ!!?!?!?」


少年の叫びをかき消すほどのフロディアの驚嘆が山に響き渡った。

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