-1.10 分岐の追加

-1.10



体を丸ごと包めるほどの布を頭から被せられた男と、地面に描かれた魔法陣に両掌を押し付ける男。

その魔法陣は直径5m程あり、どんな属性にも属さず、魔法の記録にも存在しない異質な属性が付与され、その付近の自然は枯れ果て死滅いている。


「では、いつでも飛ばせるがいいか?」


「オーケ」


「もうここには戻れない可能性もあるが、それでも?」


「俺という存在を消しに行くんだ。どの道戻ってこれないさ」


「本当に悔いは………」


「しつけぇよ!さっさと飛ば………!」


喋る途中で何事も無かったかのように男は消え、被った布は支えを失い落下し脱色した魔法陣に被さった。

一人残されたもう一人の男は魔法陣から手を離し鼻を鳴らす。


「やっぱりお前にはしんみりした別れよりも、こういう感じのが似合うよ」


お前が本当に成したなら、あと十分で世界は書き換えられ俺はお前の事など忘れて思い出は他に埋め合わせられるだろう。


「俺は………この力が憎いよ」




ーーーーーーーーーーー



激しく揺られながら荒野を進む一つの馬車に乗車するのは人間二人。

一人は若い男。揺れの激しい荒野を走り緊張してることから、まだ始めたばかりのビギナーと思われる。

もう一人は揺られながらも平然とし、姿勢よく座り瞑想する一人の少女。


辺りは深い霧に包まれ、時々見える木が不気味に笑っているようで悍ましく見える。

そんな不快感に耐えれなくなった御者の青年は、荷台に座る少女に話しかけることにした。


「お客さん、何でまたフェルメラへ?」


「ただの観光ですよ〜」


口を開けば意外と明るい人で御者は少し安心し、緊張が僅かに解れ胸を撫で下ろす。


「観光と言っても、あそこはカルメ家を閉じ込めるための檻みたいなところですよ」


「檻の中の獅子も触れ合えば意外と家猫かもしれないですよ」


カルメ家を非難するような言葉をかける御者に、少女は笑顔を崩すことなく笑いかけた。


「猫ですか、でもどれだけ大人しい猫でも成長すれば鬼になって人を喰べちゃうんですよね」


さすがにこの回答には、少女も返すことは出来ずに黙り込んでしまう。

それに気付いた御者は自分でも理解できないが、なぜだか申し訳なく思えて謝罪しようとするが、


「───!」


「あの、何かすいま…………ッ!?」


先に気づいたのは少女の方だ。遅れて気がついた御者は馬の足を早めさせた。


「あーもう!せっかく順調にいって安堵してたのに!」


目に涙を浮かべ、泣き言を叫ぶ御者の後ろで剣を握り締めた少女は荷台から後ろを見渡す。

揺れる荷台の中を落ちないようにするために、荷物にしがみつきながら移動していると、荷物から零れた何かを蹴った感触で視線を足元に移した。

蹴ったものは見覚えのある形だが、自分の知ってる物と比べると、どこか違和感を感じる。


「御者さん、これは?」


「この後届ける予定だった新作の弓です、安価で作れて高性能な代物です!」


「借りていいかしら?」


「已むを得ません、出来るならお願いします!矢は左手前の木箱に詰まってます!」


歪な形をした弓を広い、言われた木箱を開けて矢を取り出し荷台の後ろに戻る。

矢の経験は浅いが狙う事だけでも出来れば十分だ。

姿勢を低くし後方に矢を構え、時を待つ。

馬の蹄鉄が地面を抉り、馬車の車輪が地面を削る音が荒野に響き渡り、存在を主張する。


「あそこに行く時に騎士を連れるのは、カルメ家がいるからと言う以前に、そこら一帯に住む野生動物が強力だからと習ったのにぃ!」


真面目なビギナー御者の泣き言を聞いていると申し訳なく思えてくる。

森のど真ん中を突き抜けるのが一番の近道だが、それを避けるように森の横を走り遠回りをし、薄暗さに加え深い霧がかかっているため、森の木からは十数メートル離れて走っている。

そうすると更に遠回りになるが、泣いてる割には一番最善な判断を下し関心させられる。

だんだん近づいてくる気配はだんだん主張が増し、やがて森全体に追われているかのように錯覚してしまいそうだ。

そして、その気配の元となる存在が姿を現した。


「あれは、ライシャウルフ!よりによって一番危険かつ会いたくない奴に出くわしましたよ!」


ライシャウルフ、ゾンビの如き生命力からその名が付けられたそうだ。

これを始末するには脳に大きな傷害を与えるか首を刎ねるなどをしないと絶命しない。

かつてライシャウルフを両断した者がいたが、息絶えることなく半身でその者に飛びかかり、絶命するまで喰い散らかしたという目撃談も上がっている。

恐ろしいのはこれだけでなく、不死身とも言える生命力は勿論、15、6匹以上の群れで行動するうえ個々の戦闘力も勿論高い。

住処である森の中では、多くの他種族の死体も発見されている。

野生動物なんて生易しい呼び名よりも、魔物や魔獣のが似合っている。

そんな魔獣が森から一匹二匹と、次々と姿を現し馬車に近づいてくる。


「そんな生命力モリモリな奴らにいくら最新の弓だとしても、通用はしないでしょうね。───だったら………!」


少女が弓を引くと、矢が青白く発光しだす。

ギリリと音を立て、弦を引く手が小刻みに震え狙いが額を捉える。

少女から放たれた矢は青白い火の粉を立てて飛躍し、その速度はまさしくいつか見た銃弾に匹敵する。

しかし、異常とも言える戦闘のセンスを持った彼らは、走りながらも体を捻れさせ銃弾の着弾場所を額から胴へと変更した。


だがしかし。

矢が横腹に触れた瞬間、直径一メートル範囲内のウルフの体は消し飛んだ。

例え上半身だけになっても動き続ける彼らでも、両足を失えば歩こうにも歩けない。

僅かでも触れれば即死。

ならば避ける方法は一つしかない。


「さぁ、頑張って避けなさい!」


ここまでのセンスを持ってると踏んだ少女は、矢の入った木箱の隣に銃弾の入った木箱を見つけた。

となれば銃もあるはず。

少女は迷わず銃弾を四つ握り、荷台スレスレに投げ落とす。

四つの銃弾は互いを弾き合い、離散して地面を抉った。抉られた地面は大地をひっくり返し、砂埃ではなく岩壁を作り上げ、散らばったウルフたちを一直線上に集中させる。


「どれだけ知性高くても檻の中では成す術ないでしょ!」


一直線上に放つ矢は何体ものウルフを穿ち、先程よりも魔力をより込めた矢は空中でありながらも、地面を抉りウルフ達の体を蒸発させた。

これで一網打尽一括始末でき───。


「…………ッ!?」


天才はやはり天才だった。

作られた垂直とも言える角度の岩壁を、全体の半数とも言える数のウルフ達が滑走し檻を突破されてしまった。


一匹一匹倒していたら確実に追いつかれてしまう。

ならば、同時に何体も倒すまで。

少女は複数の矢を掴み立てた弓を寝かせ構える。

一つの弦で複数の矢を放つことなど普通なら不可能だが、勿論普通ではない少女には造作もない事だ。

今ので矢の数以上のウルフを倒せて残るは三体。

知性が高いということは、学習能力も人並みか人以上であるはず、ただ撃つだけでは当てようにも当てれない。

倒し方にバリエーションを持たなければならない。

これは、戦闘の天才と天才の知恵勝負。


「無論、最後に立つのは私だけよ!」


「その言い方だと最後に僕はどうなってしまうんですか!?」


馬を走らせる事だけに集中していた御者は、少女の叫びに自分が含まれていない事にツッコミを出さない訳にはいかない。


「最後のあなた?うーん、白骨化してそうだね」


「真剣に考えても結局死んでるんじゃないですか!?」


「一匹でも抜けられればまず、脚である馬と脳であるあなたを狙うでしょうね」


「だったら最後まで守り抜いてくださいよ!」


「それは無理かな」


即答で答えられ、涙で視界が定まらなくなった時、横を向いたら。


「だって一匹に抜かれちゃったもん」


「いああああああああああ!!」


荷台の後ろにいるのは二匹、側面に一匹いる。

取りこぼしてしまったみたいだ。

並び走るウルフの目には馬など映っておらず、獣の本能故か、狙うは馬車という名の獲物の急所。

溢れる涙で視界がグチャグチャになりながらも、真横のウルフを捉えてはしつこい程に泣き叫ぶ。

そして目が会った瞬間、御者に飛びかかった。

走る馬車に飛びかかるなどほぼ自殺行為だ、だが、このウルフはそれを理解しあえて飛びかかってきた。それは、自分の生命力に自信があるからこそ行える事。馬に蹴られてもどうということはないという自信から生まれた行為。


───いついかなる時も怖いものだ。


「慢心っていうのは………!」


御者に飛びかかり空中で身動きがとれないウルフの横腹を、少女から放たれた二本の光の矢が頭部と腹部を貫いた。


しかし、危機一髪の御者を救った代償に、残った二匹の侵入を許してしまう。

だがそれでいいと、少女は不敵に笑いかけ、振り向く前に飛びかかってきた二匹に鉄の味を覚えさせた。

体を口から尻尾まで両断されたウルフの爪と接触し、被っていた帽子が転がり落ちてしまう。


「お客さん、やりましたね!こちらもあと少しで森を抜けれ…………。───ッ!?」


帽子の中に収納されていた空の様に青い髪が風に靡かれる。それはまるで静かに流れる川のように美しい。しかし、その美しい髪が拒絶感を引き寄せることになった。


「……カルメ……家………!?」


振り向いた御者はその青い髪に魅せられ硬直すると同時に、聞いた話で想像したカルメ家の肖像と彼女の姿が重なって見えてしまい「ひぃ!」と恩人に対して無礼な臆病がはみ出てしまう。

車輪が岩を踏みつけ馬車が激しく揺れると、その反動で御者は我に戻り運転に集中しなおす。



────フェルメラに着けば霧が更に濃く、五メートル先が見えない程だ。

薄らと見える民家からは人気を感じ取れないうえに、民家を吹き抜ける風がこちらを威嚇しているように聞こえ、不気味な雰囲気だ。


馬車から降りると、すぐに逃げ帰ると思っていた御者も降りてきた。御者は震えが止まらず、拳を握り震えを抑え込む。

ずっとだんまりしているため何もないならとその場を立ち去ろうとする少女に、ようやく御者は口を開いた。


「あの!………さっきは助けて頂いたにも関わらず、恩知らずな無礼を働いてすいませんでした!なんとお詫びをすればいいか………そうだ、王都に美味しいお店があるので今度紹介させて頂けませんか。………あと、僕はフロディア・メィレスという者です。あなたはマルシィさんで宜しかったでしょうか?」


自分の思っていた展開と違い、思わず少女は口に手を当てクスッと吹き出してしまう。

その様子を見て疑問に思った御者は首を傾げ、こちらを見て笑う少女を見つめては、また首を傾げた。


「宜しくね、フロディア!」


「───」


自分の思っていたカルメ家と全然違った顔を見せる少女にフロディアは、自分の中のカルメ家の像が消し飛んだかの様に錯覚する。

それほどに少女の笑顔は自然で、華麗で、穏やかで生き生きとしていた。


「………?」


気づけば彼女に見惚れていた。

彼女はカルメ家であり、いつ人鬼になるか分からない存在。

それなのに、どうして彼女はそこまで笑顔でいられるのだろうか。そこらの普通の女性や少女達よりも彼女は生き生きとし。

誰よりも生を欲し。

誰よりも咲かせて見せた。


カルメ家が危険で凶暴な存在?

実際に会って見れば誰よりも一生懸命な子じゃないか。

聞いた話だけで決めつけていた頃の、かつての自分にむかっ腹が立つ。

嫌でも将来加害者になってしまうカルメ家は、むしろ誰よりも被害者だ。

ただのお客として見ていた目は恐怖へ変わり。

恐怖を見ていた目は今は自分を睨んでいる


「カルメ家というのは、皆が皆あなたみたいなのですか?」


「ううん、基本真っ暗だよ。でもたまに私みたいにやけに明るい子がいるみたいだけど」


「皆があなた方の安全性を知れば、あなたを恐れない人はもっといるでしょうに」


実際に目の当たりにした自分だからこそ分かる。


「無駄だよ。カルメ家が行ってきた事は許されることじゃないから」


カルメ家が行ってきた事?

よくわからないが、自分が知らない以上世間も知らない。


「あと、安全性とかカルメ家に求めちゃいけないよ。現にほら」


霧が濃く、薄く見える少女が背後に指を指すと、少女よりもふたまわり大きい巨影がいつの間にか突っ立っている。その影は、少女の胴程の太さの腕を背を向ける少女に振り上げているように見える。

少女はそれに指を指してる割には、気づいていないのか振り向こうとはしない。


「危ない……!」


フロディアがそう叫び少女に手を伸ばそうとするが、後に彼は叫ぶ。

彼の目に映った刹那の出来事。


少女の背後に立つ巨躯から少女を守らんと手を伸ばすフロディアを少女は、顔こそ向けてるものの気にもとめずに、腰に掛けた剣に手を伸ばす。

そして、自分の頭上に握られた鉄塊が頭上に位置した瞬間。


「………へ?」


常人のフロディアには、何が起きたのかはさっぱりだ。気がつけば彼女が剣を握り自分に背を向け、足元には少女程の鉄塊を握った巨躯の赤黒い異形な腕が転がる。

瞬きすらしてないのに目の前で起きた一瞬の出来事に、フロディアの脳は処理が追いつかずに煙が吹き出る。残ったシステムで導き出された答え、そして彼女に贈る言葉はこれ以外は浮かびそうにない。


「カルメ家って何なの!?」


「まだ終わってないのにそれを言っちゃダメだよ」


そう、まだ片腕を切り落としただけ。

本体はまだ生きている。しかし少女は敵意を見せない、それどころか憐憫の眼差しを送り付けた。

少女が霧の奥で見ているものは一体なんなんだろうか。

剣を握らないもう片方の手をその巨躯に伸ばし、まるで猫を撫でるかの様に優しく赤黒い何かを撫でた。


「大丈夫だよ、あなたは獰猛な獅子じゃない、ジャガー?豹?猫……?………んー、猫に遊ばれるキャッチフライね」


さらっと酷いほどに降格してない?


「クククククククク」


深い霧で何も見えない中、不気味に甲高く笑う不快な声が響く。

その声を聞き逃さなかった少女は巨躯から離れ、フロディアの手を引き一目散に離れる。


「ちょ、ちょちょああああああああ!」


その速度に付いていけず、足を踏み外して転んでしまうが、少女の引く速度は変わらず引きずられてしまう。

幸い、分厚めの布を羽織っているためバウンドの痛み意外は感じられないが、この布も急速に摩耗してきてる。そろそろ背中が危う……。


「ぅうわぁ!……ぐへぁ!」


流れる様に止まらず開けられた扉を通り抜け、急停止すると勢いに負けて奥にある壁に叩きつけられた。


「痛たた、何をす……」


「死にたくないなら静かにして」


唐突に口を押さえつけられて少々驚くが、近づけられた顔に対して自分の頬が熱くなるのを覚えた。


沈黙が二人の呼吸音だけを取り残し、二人には少し広く感じる広さの部屋で緊張が走り回る。

外はやけに静かで、一度弾力のある物が切られた様な音が鳴ったきりずっと静かだ。その音がなってから数分が経つと、彼女はフロディアに「ここにいて」と告げて剣を抜き身にして出ていった。

更にそれから数分が経っても帰ってこない彼女を心配に思ったフロディアは、先程の巨躯が外に彷徨いていると分かっていながらも、振り絞った勇気で震える足を外へと一歩踏み出させる。

だがしかし、その勇気は地面を踏んだ一瞬で否定された。

片足が外に出ただけなのに、これ以外動くことが許されない。押し潰されそうな重圧に対し、気を保つことだけに精一杯だ。霧が濃く周りが見えないせいで余計に影響が強くなる。


だが、それがなんだというのだ。

これは動けないのではなく、動かないだけだ。

死への恐怖が死へと向かう自分の足を呼び止めているだけだ。

ならば振り払えばいい。

何度掴まれようとも振り払ってみせる。


「うぉおおおおおおああああああ!!」


臆病を雄叫びで強引にかき消し、震える足をまた一歩外へと踏み出させようとしたその時。


「だーめ、あの子にここにいてと言われたでしょ?」


「……え?うわっぷ」


不意に耳元で囁かれた女性の声に扉の中へと連れ戻された。


「はい、喋ってもいいけど静かにね」


「あの、僕はフロディアと申します。あなたはカルメ家の方ですよね」


こんな状況で堂々とした立ち振る舞い、懐から覗く短刀。

薄暗くて分かりづらいが、空を映したかのような青い髪。

ここまでの条件が揃ってカルメ家でないわけがない。

その問に女性はあんぐりと口を開ける。

………何その微妙な反応。


「あの、驚いてるんですか?呆れてるのですか?」


「ああ、ごめんね、驚いてるの。確信して私達を怖がらずにカルメ家と指摘してきたのはあなたが初めてだったから。………と言いつつも内心呆れてるかも……」


どちらも納得できる。

世間から見ればカルメ家なんて獰猛な獅子だ。そんな者に力なき自分が、それでもそんな態度を見せて呆れない奴などいないだろう。

傍から見ればこんな状況なんて、その獅子の檻に閉じ込められたも同然。


「とりあえず僕は外に出て彼女を捜さな………。………?」


喋っている途中で口に人差し指を当てられ、そこから先を言えなくなってしまう。


「あまり大きな声出さないでね。見つかって鬼に食べられちゃうよ。まぁ、出ていっても死ぬから変わりないけどね」


鬼……人鬼の事を言っているのだろう。

となればさっき見たあの巨躯が人鬼だったのか。

それで彼女は化け物相手にあんな………。


「死ぬと分かってても、僕は彼女を助けたい」


「………ふーん、立派な事言ってるんだけど、足は正直ものだね」


「わ、悪いですか!?」


「うん」


即答。

専門家に笑顔で一言で率直に返された答えが、フロディアの勇気をボロボロにへし折った。


「私から十m離れると五秒以内に死ぬわよ。何も出来ずに無駄死にするだけだからやめときなさい」


「それで……!」


「それでもじゃない。これは脅しじゃなくて忠告なの」


言葉を遮り、理解をしないフロディアの意思をねじ伏せる。

しかし、彼女を助けたいと言う意思には押し負け嘆息を漏らし、「よいしょ」と膝に手を付き立ち上がった。


「大丈夫だと思うんだけどね。私はアーニャ、あなたの熱意に免じて代わりに私が言ってきてあげる」


そう言った彼女が懐の短刀を握り、ドアノブに手を触れようとした時。

触れるよりも先に開いた扉から瞬時に距離を置き、抜き身の短刀を逆手に持ち扉を開けた者に対して牙を剥く。




ーーーーーーーーーーー




────フロディアと別れてから霧の中を数分歩いてるが、未だに不気味な笑い声の主とも人鬼とも出会わない。

まとわりつくような気配を全身に感じて不快だ。

自分の圏内には虫一匹すらいない。


「僅かに足音は聞こえるんだけどなぁ………。……鳥?」


上空で自分の圏内に入る何かを感じ鳥かと疑うが、すぐさま剣を握り上空に振り上げる。


「空振り……!」


立て続けに視界から外れる気配を追って剣戟を繰り出すが、当てれる気が全くしない。

自分は本当に戦っているのだろうかという疑問が湧き上がるが、緩めることのない剣戟は段々加速していく。

霧の中で僅かに輝く剣閃。

光の届かない場所で光る刃はまるで、生きてるかのように自ら光を放っている。

常に後ろに回られるなら後ろを常に攻撃すればいい。

存在の有無も定まらない相手に剣閃が降り注ぐ。

常に後ろに居座った気配はやがて前方へと追い出され、少女の正面に現れる。

視界に捉えようとした時、気配は既に自分の真横へと移動し、光刃を浴びせた少女の耳にそっと囁いた。


「────」


「──ッ!?」


光刃にその身を刻まれようとも動じずに少女の横を通り過ぎてゆく。

その声を聞いた覚えなど一切ないが、姿の見えない気配は自分を確かに知ってるような口ぶりだ。

光刃を納めた少女は、瞬く間に意識を奪われ受け身も取れずに地面に突っ伏した。


その場に残された気配は、意識無き少女の前にようやく姿を現す。

傍に立つ影の立ち姿からは男性と思われ、少女を見つめる表情はどこか懐かしげで、それでいてどこか悲しげにも見える。

肩甲骨まで伸びた荒い茶髪は一本に縛られ、頭の動きに合わせて背中で揺れる。


「……………まだ来てないみたいだな」


男は少女を担ぎ、濃い霧の中を不気味に響く足跡から離れる様にその場から去っていき、人の気配がする民家へと向かう。


民家から感じる人の気配は男女それぞれ一人。

扉を開ければ傍に感じた気配は遠のき、それと同時に身がすくむ様な殺気を浴びせられる。

だが、戦う気は毛頭ない。

男は空いてる片手を振り、殺気を放つ相手に無防備を示した。


「あなたに敵意はない。どうかその短刀を鞘に納めて貰いたい」


最初は信用していなかったが、抱えた少女を見やると短刀と共に殺気を納めた。


「この子を預かってほしい。もうじき目が覚めるだろうけど、ここから出来るだけ出さないようにしてくれ」


「あなたは一体何者?あなたなら私が飛びかかってもその子を抱えたまま対処しきれたでしょう」


「私はあなた方と戦える程の強者ではありませんよ」


謙遜を返されるが、実際に殺り合ったら勝てる気がしないのは何故だろう。

幸い男に敵意は無く、担がれた少女も無事みたいだ。


「私はあなたと戦う気など毛ほどもありません。そして、あなたにも死んで欲しくないので暫くここで引き篭もって頂ければ助かります」


「私が死ぬみたいな言い方ね」


「はい、死にます間違いなく。ですのであなたはどうかその子とここで」


自分の死を断言された彼女は、その口を信じ込み黙り込んでしまう。

下ろされた少女の意識は本当にもうじき覚めそうだ。


「……私はアーニャ。あなたの名前聞いてもいいかしら」


「残念ですが、こちらで名乗れる名前を持ち合わせてはおりません」


「…………?」


「おっと、それでは私はこれで失礼」


男はそう言うと煙の中に溶けた。

扉はどういう訳か自然と閉まり、男の気配は全く感じられなくなった。


「………っ……」


意識が覚醒し始めた少女は、体を転がしながら微量な声を発し双眸がゆっくりと開かれる。


「お目覚めかしら」


「………ッ!」


意識がハッキリすると、気絶前の様に興奮し目を丸くして辺りを見渡すが、見当たるのはフロディアとカルメ家の女性。

圏内にも感じない。

敵意を感じない環境に安心し、息を吐きながら力を抜いた。


「マルシィさん、大丈夫でしたか!」


「フロディア、無事みたいね」


産まれたての小鹿の様に立つフロディアの顔を見て、無事だった事を純粋に喜ぶ。


「あら、可愛らしいお嬢さんね」


薄暗くてよく見えないが、確かにカルメ家の女性。

その声は聞き覚えがあり、もとい自分が捜していた人だ。


「……見つけた」


「……?」


唐突に呟かれた言葉に辺りを見渡すが自分以外いないようだ。

振り向けば少女は既に手の届く距離まで迫り、自分の両手を掴まれた。


「私だよ、私!」


「え、誰、新手の私私詐欺!?」


突然の出来事に同様し頭が錯乱する女性。


「違うよ、あなたの妹のフィーリアだよアーニャお姉ちゃん!」


「いやでも、フィーリアはもっと小さくてそんな物騒なもの持た…………あれ、それ家から昔フィーリアと一緒に消えちゃった宝剣………?何であなたが?」


そこまで出ていて気づけないほど混乱してるのか、久しく聞いた妹の名を名乗られ混乱してるのか、アーニャの目はぐるぐると螺旋を描き、焦点が段々合わなくなってきた。


「流石に六年も経てば分からないか」



思考がぐちゃぐちゃになったアーニャの両頬を、息を吹きかけた掌で引っぱたいた。


「久しぶり、お姉ちゃん」


今度はいきなり行くのではなく、優しく笑いかけて姉を呼んだ。


「………フィーリア……?フィーリア、フィーリアァ!」


頬を赤く腫らして涙を滝のように流し、辺りに虹を作りながらフィーリアに抱きつくアーニャ。


「フィーちゃんだぁ、もぉ〜6年間どこいっていたのぉ!?私があなたが失踪してどれだけ酔い潰れたと思ってるの!?せめて一言断ってから行きなさいよ!」


「言ってもどうせ許可なんて出してくれないでしょ」


「あったりまえでしょ!?可愛い妹を危険な外に出して怪我でもしたら私もう………」


「お姉ちゃん………」


顔を手で多い小刻みに震えるアーニャに心を打たれたのか、フィーリアは申し訳なく思い謝罪しようとするが。


「ショックのあまりに秘蔵のお酒に手を出しちゃうところだったのよ!?」


このアル中の思考は必ず最終的には酒に向いてしまう。

腰に下げた水筒の中もどうせ酒だろう。


「あのさぁ、昔から聞きたかったんだけど、私と酒ってどっちが大事なの?」


「………」


「………」


「勿論可愛い妹じゃないの!」


「今の間は何!?」


このアル中ここまで酒に侵されているのか。


「冗談だよ、妹一択に決まってるじゃない。私の体の四割は家族愛で六割はアルコールで出来てるのよ?」


「酒に負けてるじゃないの」


指摘され顔を逸らす姉の頭を鷲掴みし、無理矢理自分に目を向けようとするフィーリア。


「あ、そーだフィーちゃん、私………」


頭を掴まれながらも急に真剣な顔に切り替わり、掴んだ手を離してしまう。深刻な話なのかと唾を飲み込み耳を傾け。


「…………私………結婚したの〜!」



…………………………………………………………。

…………………………………………………。

…………………………………………。

…………………………………。

…………………………。



「………………は?」


姉が何を叫んだのかが分からない。

衝撃的な告白をしたっぽいが、返せる言葉は一つしかない。


「今なんて?」


「だからぁ……私ぃ……結婚したのぉ〜!」


「………ゴフッ」


唐突に倒れようとするフィーリアの肩を掴み、笑いながら肩を揺らすアーニャ。


「しかも別荘には三児の子もいるのよ〜」


「三児も!?」


「まぁ、出産は尋常じゃない位辛かったけどさ。それ以上の幸せがそこから先に待ってるからね!ところでフィーちゃんそろそろお年頃なんだから彼氏の一人や二人連れてきなさいよ」


カルメ家に自ら好意を寄せる人がそう滅多にいる訳ないのに、そんな愚問を言えるのは自分が実態例だからだろう。

と言うか、思えば今までこの血が繋がってきたのも、カルメ家どうしだけでなく他人とも繋げてこれたからなのだろう。


「メモしておくからいつか家においで」


千切られたメモ用紙に書かれた住所。

方向音痴の自分に渡されても困るが、姉の家族は見てみたいので受け取った。


外で響く地鳴りが先ほどの人鬼の無事を知らせてくれるが、それと同時に外で誰かが戦っているという事を告げられている様でもある。

その告げに応えるべくアーニャは短刀を握り立ち上がる。


「あの人には悪いけど、私が行かなきゃ。あんなのでもお兄ちゃんだしね」


足元で座るフィーリアに手を乗せ頭を撫でる。

その目は優しく、その手は温かく、その人は微笑んでいる。


「いってきます」


笑顔でそう告げ扉を開ける。


「……ってうわ!何これどういう状況!?」




ーーーーーーーーーーー



片腕を失った鬼に青く荒れた髪を生やした男が、戦斧を振り上げ不敵に不気味に笑う。


「クククククク」


近寄る男に牙を剥いた鬼は、鋭い針のような棘達が体毛の様に生えた片腕を後ろに投げ、男が間合いに入った瞬間を狙って後ろの腕を前方に振り上げた。

巨躯からでた巨大な団扇に風を押し飛ばされ、踏みとどまれない程の風圧に後方へと吹き飛ばされてしまう。

尖った戦斧の尻を地面に突き刺し、共に吹き飛ばされる霧を見送りながら目の前の巨躯を睨みつける。

鬼は男に対し、離れていても鼓膜が震えるほどの咆哮を浴びせた。

空気が震え、肌にピリピリとした感覚が空気越しに伝わってくる。

攻撃を絶やさない鬼は立て続けに腕を大地に叩きつけ、大地に亀裂を作り、その亀裂が男の元へ近づくと、その周りを囲むように大地が持ち上げられた。

空中に大地が浮き、思うように身動きが取れなくなった男は、まさに格好の餌食。

その男を追うように止まない攻撃は続けて次へと移った。


「クククククク、いいねぇ」


突如、浮き上がった大地が粉砕し、土埃と共に生まれた岩片を辺り一帯に散布する。

岩片が鬼の頭上に降り注ぎ、動じることなく腕を叩きつけ岩片を粉砕させる。

鬼を覆う土埃を戦斧で一帯の霧と土埃を薙ぎ、先ほどの鬼よりも強い突風を巻き起こした。


「クヒヒヒヒ」


自分の等身大とも言える程に大きな戦斧を、ナイフの様に軽々しく振り回すその姿は。


「どっちが鬼か分かったもんじゃねぇな」


民家の上から二匹の鬼を見下ろし見学しているが、攻防が激しいあまりに一帯の霧が晴れ、離れていても普通に見えるほどだ。


「いいねぇ、いいねいいねぇ!やっぱりカルメ家の人鬼は他と違うや、生まれ持った戦闘の才が人鬼になっても引き継がれるなんて、殺りがいがあっていいなぁ!」


口を歪め隠しきれないどす黒い殺気を露出し、逃げ出した霧の穴を埋め合わせる。


「聞いたまんまの狂人だな」


異常な速度の斧戟を繰り出され、少しずつ押され始めた鬼は攻守では敵わず、守一択を迫られた。

攻めようにも責めれずに、降り注ぐ斧戟を捌ききるには腕があと一本足りない。

鬼の凶器の一つである腕の棘を切り落とされ、ただの剛腕と成り果てた。


「おおあああああおお!!」


男に向けられた咆哮には敵意と殺意が凝縮されて飛ばされているが、男には何も感じれずに羽虫同然のように振り払われてしまう。


「そろそろ、飽きた、死ね」


自我なき狂人バーサーカーでも何が起こったかわからない時は、悩むこともある。

だが、その疑問が死への扉を開けるパスワードだということには、宙に舞う自分の残されて『いた』手足を眺めてからのことだ。


────気がつけば自分は地に転がっている。

あれ?

四肢を失い、這いつくばっても動けない。


「あれぇ?人鬼が人を前にして逃げてるなんて、異例の事態なんじゃねえの?」


嘆息を吐き、芋虫の様に惨めに這いつくばる鬼の元へと、ストレスなのか、頭を掻きながら歩き出す。


「あーあーあー!何つまらないことしてんだよ!」


膝から下がない鬼の太ももに戦斧を振り下ろし、大根の様に刻む。


「ああああああああ!!」


鬼の断末魔は妙に声高で先ほどの化物じみた声とは別物の様だ。


「あああああ痛い……ああぅ」


「!?」


「なんか言ったか?まぁどうでもいいけど」


鬼の断末魔などではない、これは人間の断末魔だ。

男はそんな事など気にするかと言わんばかりに、刻むのを止めようとしない。


「そういや、人鬼適正率が平均以上のアーニャともう一人カルメ家がいたな。そいつらを人鬼にすりゃぁこんな出来損ないよりも楽しめるかもな」


「………ッ…!」


戦斧を振り下ろそうとする男の腕を掴み、これ以上の拷問を止めさせる。


「ただの人間に興味はないんだよ、黙って上で隠れていればいいものを……」


鬼狩りは目を瞑ったが、この人鬼には人に戻れる可能性が生まれた。それを黙って見殺しになんて出来ない。

それもだが何よりも、


「可愛い妹に手を出したくなる気持ちは理解できるが、それを我慢するのが兄ってもんだろう?」


「ああ?ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと、うるさいなぁ!妹だからなんだ、家族だからなんだ!?家はな、人鬼になったら身内がそれを始末する掟なんだよ!人鬼になってしまえば妹もクソもねぇ!」


「………そこまで落ちたか」


足元に転がる人鬼近寄り、腰に掛けた刀を抜刀する。


「いや、来ないで、いやああああ………」


悲鳴に力は無く、声も気力も掠れ衰退していってる様だ。

だがそんなことは今はどうでもいい。

茶髪の男は人鬼という鎧から覗く、涙を浮かべた少女を太刀で切りつける。

見事な技で鎧のみを削ぎ落とされ少女は「……え、」と思わず抜けた声を漏らした。

しかし、鎧の中身は年頃の子とは思えない程に、見るに堪えない無残な姿だ。

四肢を切り落とされ、太ももを刻まれ、足として使った顎はすり減り肉が露出している。

続いて今度は、あろうことか、自分の片手両足を切り落とす。

だがこんな痛み、人鬼として弄ばれた彼女の痛みに比べれば痒いものだ。


残った片手で彼女の両足に、サイズの合わない自分の足をくっつけ、片方の手には自分の片手を与えた。


何をしているのかとカルメ家の男は眺めていたが、気づけばいつの間にかこの男は四肢を持ち、自らの足で立ち上がって更にもう片方の手を切り落としているではないか。

その手も少女に引っつけるが、やっぱりサイズが合わない。

───しかし。


「おいおいおいおいおいおい!?」


この男を一瞬見た。瞬きよりも早く見終えた。

なのに、刹那の間にサイズの合わない筈の四肢が綺麗に接合され、切り口すら見当たらない。

そして何より、男のたくましい足ではなく、元からこの少女のものだったかのような華奢な足だ。


「お前………!?」


再び男を見れば、これまた斬られた筈の腕があるはずのない場所に戻っている。


「さぁ、殺ろうぜ」


「色々お前に聞きたいことあるが、見た感じお前ゾンビかよ」


「ははは、酷い言われようだ。君、立てるかい?」


「は、はい」


「ならすぐに逃げるんだ。この村は危険だから旅に出るのが一番。可愛い子には旅をさせろとはこういう時の為の言葉かもしれないな。君ならこの村の外で出会う動物にも対応出来ると思う。髪を隠せる帽子と自己防衛の為の武器と軽い食料と金さえ持てば難なく無事他の村に辿り着ける」


しゃがみながら目線を合わせ、綺麗な手に金の入った小袋を乗せる。


「最初は非難されるかもしれないが、中には君たちを受け入れてくれる仲間に出会える。世界は広い、こんな小さな世界に引きこもるよりもその足で歩いてその目で見て感じるんだ。希望は捨ててはいけない。大丈夫、君は強い、俺が保証する。なぜなら君は勝てたからだ。理不尽な血統という病に。さぁ、急げ。自宅で支度をすぐに済まして旅立とう。羽休めしてる時間何て君には勿体ない!」


少女の体を回し立ち上がらせ、背中を強く押した。

振り向いた少女は礼を言おうとしたが、男が首を横に振り、言葉を飲み込みんで頭を下げてその場を去った。


「さぁ、始め………っ、おいおい、いきなりだな」


振り向けば皮一枚まで迫った斧戟を、握った太刀で軌道をずらして回避する。


「ゾンビ体質に加えてその戦闘力。いいねぇ、最高。もしかしたら俺以上かもしれないな」


「いいや、カルメ家よりも強い人間なんて存在しないさ。だが、絶対に俺はお前になんか負けない」


「その意気でやってくれ、よ!」


ゆっくりと振り上げられた大きな戦斧を見上げ、関心させられる。


「名前聞いてなかったな。お前なんて言うんだ?」


「ボルタ・ロア・カルメ。お前は?」


「生憎こっから無様に負けるヤツに名乗る名なんて持ってねぇよ」


「そうか、死ねぇ!!」


今の言葉にムカついたのか、ボルタは全身の力を腕だけに集中させ、力技で大地を切り裂いた。


「そう言えばこの村のカルメ家はあの子だけなのか?」


「戦闘中に会話なんて余裕なこったな!」


受け止めきれない威力かつ高速の斧戟は、太刀で流すか避ける以外に逃げ道はない。

渾身の一撃が大地に深々と突き刺さり、持ち上げるのに僅かなスキが生まれ背後を取れた。

抜け出せた時には次の攻撃に移ろうとするだろう。

だが勢いのない戦斧など取るに足らない威力だ。

つまり、そこを狙えば。


「慢心は敗北の母って言葉を知ってっか!」


両手で握られた太刀をガラ空きのボルタの背中に斬りつける。


「知らねぇよ」


自分の顔面に目掛けて1本の矢、いや槍が飛び、攻撃を止め回避に移り何とか避けきる。

頬を伝う鉄臭い液体の臭い。

これは嗅ぎ慣れた血の匂いだ。

そしてその元凶は槍などではなく、戦斧の尻だった。

この戦斧は生まれ持ったカルメ家の才を引き出しきるための、そのために生まれた最高の一品という事か。

思った以上のデタラメに男は苦笑を浮かべた。


「だろうな、俺が考えた言葉だからな」


「なんでコイツのケツで攻撃すると読めた」


戦斧を地に下ろし、こちらを睨みつけるボルタを嘲笑う男。


「俺も聞いていいか?───なぜ殺した」


「……?」


自覚はないようだ。

いや、そもそも質問の聞き方が悪かった。


「尻に最近の血がついていたものでな。それは飾りではなく、凶器として造られたその戦斧の付属だろ。そしてそれでここの他のカルメ家を殺したんだろ?なんで殺した」


「………?」


「安心しろお前は法で裁かれない。お前の目論見通り、人鬼のせいにしてしまえば世間はそう信じるだろうな」


「何故って、そりゃ勿論快楽のために決まってんだろ」


当たり前だろと言わんばかりの呆れ顔を見せつけられ、男は口を塞いだ。


「………」


「何俯いてんだ」


飛び上がり俯く男の頭上に戦斧を振り下ろす。


「………もうダメだ。抑えきれん」


頭蓋に直撃する寸前で太刀を戦斧に当てるのではなく、むしろ巨大な刃に向かって叩きつけた。


「くかぁ、重ッ!」


太刀の強度?知った事か。


「とにかく無能な自分に嫌気がさすよ」


戦斧を弾かれ身動きの取れない空中にて、無防備になったボルタの横腹を怒りに任せて踵で蹴っ飛ばした。


「よって、これより全力でお前に八つ当たりを開始する」


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