-1.9 神との交渉
-1.9
客室に置かれた椅子に腰を掛け大きめの机を挟み、少年は神聖と対峙する。
「あなたがスイレンのマスターであるアノン殿ですね」
神聖の威圧に緊張が走りこの部屋の空気はどこか重たく感じる。
「ほぉう、あんたうちの子の名前まで知ってるんだな」
「うちの子………?……それはもう、私とスイレンは古くからの付き合いなものでしてね。最近取り憑いたあなたの事を話されるんですよ」
「そかそか、可愛いやつめ」
何だか噛み合っていないような会話の外では、状況を飲み込めてない一同が射抜くような視線を、平然と座り少年と談話する神聖に送り付ける。
「それでは本題に入りましょうか、アノン殿」
「そうだな………おい二人何でずっと立ってんだ?座ってもいいぞ」
実態を持つ神聖を前にして呑気に座ってられるものかと、少年に怒りを訴えるがスルーされる。
「人鬼も人間も紙一重、即ち神聖も神憑きも紙一重、理解したなら座れ」
「そんな強引な理論押し付けんな、前者と後者は別なんだよ!」
「そんで、本題なんだけどさ、俺達はこれから戦争を終わらせに行くんだが………」
「「ええっ!?」」
二人は神聖から少年に視線を移り変え、喫驚させられる。
「あの、お連れの御二方が何も聞いてないみたいな反応してるのですが」
「いいのいいの、いつもこんな感じだから」
「それを当たり前にすんじゃねぇよ!」
「戦争を終わらせる方法なんだけどさ」
華麗にスルーをかまされフランコは、これ以上どうこういうのを諦めてしまう。
これもまた悪い慣れである。
「まず、ケイアスが出来ることを知っておきたい」
「初対面の人に自分の素性を明かせというのは、非常に難しい質問だと思いますが?」
「そーかいそーかい、じゃあ簡単な質問なら答えてくれるか」
「答えれる範囲なら答えますとも、私も平和を願う者の一人。この戦争を本当に終わらせられるのならばやってのけます。…………ただ、」
「ただ?」
「神聖を利用するには対価が必要だということをお忘れなく」
「おーこわいこわい。その対価って言葉に関連するんだけどさ。いくら神聖と言えども完璧な存在ではないでしょ?神憑きの万能の能力にもそれに合った欠点があるように、癒しの神にもちゃんとしたデメリットがあるはずだ」
少年は頭を潰そうと体を消そうと再生することから、神憑きとしての能力は超再生ではなく本物の不死である事がわかる。
だがしかし、不死身の元凶である神聖が死ぬ方法もあると告げた以上、生きとし生きる生物達の悲願である不死身体質も不死とは言えなくなってしまった。
神聖の力を持ってしても不死身にはなれない事から、神聖にもデメリットがある事がわかる。
────そのデメリットとは。
「お前はずっと万物を治せる訳でもないだろ」
図星を突かれ目を見開くケイアスを見て、確信を得た少年は口を歪めた。
「ご名答です確かに私はずっと治せるわけではない。そして、私を知る全ての者に訂正をさせて頂きます。私は癒しの神などと呼ばれておりますが、癒している訳ではなく、循環させているだけなのです。私は、負を吸収し正を与え、またその逆に正を吸収し負を与えることもします。あなたが先程言った通り、私はずっと治せるわけではありません。負を吸収すれば、その分の正を吸収して負を与え、バランスを保たなければならない」
神聖の話はどうしてこうも難しいのばかりなのだ。
「負が溜まりすぎるとどうなるんだ?」
「正を与えれなくなります。とはいえ、溜まった負を排出出来ればまた正を与えることもできるようになります」
「ほうほうほう、それだけでも十分だが、他に何か能力はあるのか?」
「さあ、思い出せと言われるとなかなか思い出せませんよね」
と、誤魔化すように笑いかけてくるケイアスに少年は嘆息を吐く。
神聖は誤魔化すのがすきなのか。
それともそこまで知られたくないのか。
「いざって場面で思い出せたら使いますね」
「頼む」
「………で、どうやって戦争を終わらせるのですか」
肝心なのはそこだ。
俺たちだけじゃあ確実に無理があったが、今は神聖を味方につけた事でそれが、確実からほとんど無理へと変わった。
無理はあると言えども、絶対に出来ないという訳ではない。
成すことに不可能の文字は絶対に当てはまらず、可能性という言葉は無限大に転がっている。
可能という言葉の量もまた可能性と比例している。
それ即ち、少年らはたった四人のパーティーで戦争を終わらせられる。
───その方法とは。
「武を持って武を制す」
「それはそれは、なんともシンプルですね」
そう、至ってシンプル。
武を封じるには忍耐力でも戦力でも財力でもない。
武を封じるなら類である武を魅せつける、もしくはそれ以上の力でねじ伏せる。
「これ以外に浮かばないからな」
「それは、私の本来の役目である負奪正与を一時的にやめろと言うことで?」
「………ごめん、フダツセイヨってなに?」
「ああ、それはお気になさらず、私の能力を省略しただけですので、特に意味などありません」
神聖ってマイワールド、マイワードでも持ってんのかな。
謎が多いのって神聖一人一人の個性が強すぎるせいじゃねぇの?
「よく分からんがそういう事で」
「では、決行は14日後でも宜しいですか。あの人間産のキメラはあと15日は動けないみたいです。色々と調整してきますので、何か変更する点や伝えたい事がおありでしたらスイレンを通じてお伝え下さい」
そう言うと、うっすらと透け始める神聖。
そこへようやく目覚めたのか、先の医者が騒音を立てて客室へ飛び込んできた。
「神聖、ケイアス………!」
認識出来た時、神聖の姿も気配も全てその場から消えた。
ケイアスの席の後ろの窓からは満月が覗き、低い位置にある為か、自分の知る月よりも一回り大きく、強く光り輝いている。
「お目にかかれて光栄です、私の祖先は届かない存在のあなたに憧れこの病院を作りました」
今この場にはもういなくなった存在に語りかけ始めた。
「祖先は種族問わず救う多忙なあなたが少しでも楽になればとこの病院を立て、かれこれ263年経ちました。この病院が救ってきた種族は殆どで、数も数え切れません。今までの患者は揃ってこう言います、『ありがとう』と。この言葉は私達にとってとても誇らしく、喜ばしい言葉です。ですがあなたはこの言葉を聞く前に立ち去ってしまいます。ですので私が、祖先達と患者と今まであなたに救われてきた者達を代表して言わせてもらいます」
医者の目には涙が浮き上がり視界が歪むが、今は見えずどこにいるかもわからない者の姿をハッキリと捉える。
「ありがとう」
そのどこでも出てきそうな簡単な言葉は、重く、決して簡単には言えなさそうな程の力を帯び、その力は風となって部屋に吹き抜けた。
───というか。
「風、強すぎないか!?」
目立ったものがない部屋の中で突風が吹き荒れる。
ケイアスがいなくなった今、この場で魔法が使える者などいない。
部屋の中の物と医者だけが全く動じないことから、完全にこちらに敵意が向けられていると思われる。
「やめなさい、バーラ、スン!」
「でも先生」
「ここで魔法の気配がした」
風の音に耳が支配されつつも、僅かに聞こえた棒読みな二人の幼い子供の声。
「先生、用心棒が二人いるなら」
「片方でも置かなきゃ用心棒の意味がない」
「分かったからとりあえずこの突風を解きなさい!」
────突風が止むと、医者が三人に何度も頭を下げた。
「本当に申し訳ない、患者にこんな事をしてしまうなんて」
「大丈夫ですって、患者と言っても寝てただけだからね俺」
「そーだよ先生、先生は悪くない」
「誤解を招いたこいつらが悪い」
「勝手に誤解をした君らはちゃんと反省なさい!」
先程から気になる二人の幼児。
特徴を上げるなら、額に生える小さな角から鬼人と思われる。あと怖いほどに無表情過ぎる。
聞けば二人は鬼人の双子らしい。
バーラと呼ばれる子は黒髪で、瞳が茶色、赤鬼。
スンと呼ばれる子は茶髪で瞳が黒い、青鬼だ。
赤子で防護魔法をかけられ川に流されたところを、誰かに拾われてここに収容されたそうだ。
先程言っていた通り、この病院の用心棒をやっている。
「先生はお医者なのに頭悪いよね」
「お使いならどっちかに頼めばいいのに馬鹿だよね」
無表情かつ棒読みで毒を吐く二人の鬼人に、医者は頭を抱える。
「そうしようとしたらどっちが残るかで喧嘩しだすからだろう……………はぁ……」
「大変みたいですね」
「そうですねぇ………でも二人はちゃんとやる時はやれる子達ですので」
そういう医者の顔は、我が子の成長を喜ぶ父親の様に穏やかだ。
「………っとそうだ、自己紹介を忘れてました。私はアズト、この病院の院長をやらしてもらっている。で、この二人が」
「バーラでぇす」
「スンでぇす」
「「二人合わせてバーラッスンでぇす」」
可愛く言ってるつもりなのか分からないが、無表情棒読みで言われるとむしろ怖い。
「俺はアノン、人間だが不死身体質の神憑きだ」
「フランコだ、見た通り獣人」
「人鬼候補にしてこのポジティブさが人気と美容の秘訣、マルシィです!」
何だかこのテンション久しく感じる。
素が大人しいから最近本人もキャラを忘れてる気がする。
「カルメ家でこういう性格を持つのは珍しいね」
「そうだね、他のカルメ家は皆歩く屍なのにね」
「へぇ、そんなに幼いのに意外とカルメ家と出会ってるんだね」
「うん、かれこれ6人見た」
「違うよ、さっきのお使いでもう一人と出会って七人目だよ」
「そう言えばそうだね」
「そう言えばさっきのお姉さんもこんな感じだったよね」
「えっ」
二人の会話を聞いてマルシィは顔色を変えた。
それに気づくことなく仲が良く息が合う二人の会話はマルシィを置いて進んでゆく。
「あのお姉さん武装してたけど、他のカルメ家に比べて明るくて優しかったね」
「飴玉も貰えたしね」
怖い雰囲気の二人だが、喜ばしいと子供っぽさが出てきて可愛らしく見える。
何かを思い出したかのように、ハッとアズトはこちらに二人視線を移した。
「どうしてここにあの方がいたのかを聞いてもいいかな?」
あの方というのはケイアスの事だろう。
まあ、やっぱり聞いてきますよね。
普通、作為的に神聖と会うどころか呼ぶなんてことは、どんな種族だろうと不可能だ。
神聖を除けば。
「さっき言ったとおり俺は神憑きなんだ。神聖と神聖は交信が取れるそうで、うちの子に友達紹介してもらった訳なのよ」
「えー……と、つまり君の中の神聖が呼んだってことでいいのかな?」
「そゆこと」
「アノン、止めるのは14日後なのよね」
もういきなりキャラを忘れて素に戻るマルシィの表情は、青ざめ何かを恐れている様に見える。
向けられた瞳には確かに少年は映っているのだが、まるでマルシィには少年がみえておらず、何か全く異なるものを見据えてるみたいだ。
少年はそれを不審に思ったが、何かを聞いたところできっと教えてはくれないだろうと、いつもの調子で聞いてみた。
「そうだけど、どうかしたん?」
「私ちょっと里帰りするね、ああでも、14日以内に帰ってくるから大丈夫」
その言葉は本当なのだろうか。
彼女の目を見ていると、ここで別れたら二度と会えない様な気がしてならない。先程の反応から、他のカルメ家のお姉さんって人と何らかの関わりはある筈だ。
「アズトさん、地図あったら見せてもらってもいいかな」
「そこの本棚の上から二段目の右端にこの国の地図があるよ」
「これか」
この地図は一体誰が描いたのか、あまりの精密さに関心せざるを得ない。
巨大樹を囲む樹海から近い位置に、現在地を示す印が打ってある。アズトが付けたのだろう。
めまい前の綺麗な崖はすぐそこで、『リィニオンの崖』と呼ばれる観光名所だそうだ。
だが、その印に疑問に思うのが、
「何で印が二つあるの?」
「それはね、ちょっと難ありの患者が暴れちゃって、病院の半分が崩壊したんだよね。で、建て直すついでに引越しをしたんだ。今は青い印の方だよ」
「なるほど、現在地は分かった」
地図で現在地とナェヴィス湖の位置を見比べると、そうたいして飛ばされていないようだ。とはいえ、ナェヴィス湖よりも戦場から離されている。
地図と新聞を照らし合わせ、戦場から程よい近さで防衛線の張られているらしい街は二つあるが片方は劣勢の様だ。
向かうはこの国一番の鉄壁の砦であり、国の生命線。
「プルスフォートで待ち合わせよう」
「了解」
「あとさ、急いでる?」
「出来るだけ早めがいいかな」
「明日でも大丈夫かな」
「………?……大丈夫だよ」
思いつめ暗がりを見つめていたマルシィの目に、少しの光が入ったように見えた。
少年は、客室に飾られた日めくりのカレンダーを一瞥し、マルシィとフランコの手を掴んで引きずった。
「アズトさん、ありがとう!もし生きてられたら何か粗品でも送っとくよ!」
「そ、そうかい………お大事に」
病院を飛び出し、チラリと山の隙間から覗く、王都を示す王城が見える方向へと足を走らせた。
アズトの目には三人の背中が眩しい程に輝かしく見える。
「いつか皆が君達みたいになれたらいいな」
「先生、君達じゃなくて俺達もでしょ」
「先生は俺達と仲が良くないつもり?」
「ああ、そうだったね、私達にも種族の壁は存在しないようだ」
こうして簡単に同士と出会えた。
この可能性は、世界中に自分達と同じように壁が存在しない者達がいるという事を、告げているように思える。
案外、壁が無くなるのは近い未来かもしれない。
「早く君達が角を隠さなくてもよくなる時代が来る事を願うよ」
ーーーーーーーーーーー
二人の手を引き王都の入口に足を踏み入れると、少年は立ち止まる。
二人は少年の視線を追って入口の門に貼ってある張り紙を閲覧した。
「俺、指名手配されてたんだ」
門には自分の特徴と落書きの様な似顔絵が書かれている。
こんな画力でこの顔注意と言われて通報できるやつは、果たして存在するのだろうか。
それにしてもまさか重要指名手配犯にされるとは。
まぁ、王様を殴り飛ばしましたもんね。
「俺らもフード被らなきゃな」
「そうだねぇ」
フランコはフードを被り、マルシィは出会った時に被った大きめの帽子に短い髪を収納する。
幸いにも、盗賊の衣類の中にターバンが含まれており、頭を隠すには十分だ。
あの馬鹿王のことだ。
どうせ俺の顔なんて三歩歩けば忘れてくれるだろう。
「でも念には念をってか、マルシィ、ざっくり髪お願い出来る?」
「任せてぇ〜♪」
その場で胡座をかいて背中を向ける少年に、マルシィは剣を鞘から引き抜き、瞳を閉ざして心を整える。
「そこまで本格的じゃなくてもいいんだけどね」
「え?あ、ああ………」
「あれ?どうしたの」
振り上げられた剣の風を斬る音と共に、萎むような声を漏らすマルシィは少年の頭を凝視する。
「……………。アノン、もし良かったら私の貸してあげるから……ね?」
「喜んでお借りしますッ!」
───フードを深く被り、相変わらず賑やかな王都をスキップしながら二人の前を進む少年。
その後ろを気まづい顔でついて行く二人。
フランコがマルシィに近寄り、少年に聞こえない位の声量で耳打ちすると、マルシィの顔は青ざめた。
「なぁ、あのままでいいのかよ」
「いいわけないでしょ!?出来れば再生するまで鏡を見なければいいんだけど」
一度再生させて切り直せばいいと、フランコは言いたげだが、言うタイミングを逃し今更言いづらくなってしまった。
「でも何か上機嫌だぞ?」
「それは知らない」
いつ奇襲されても対応しきれない程の人混みを、無防備に進んでゆく少年を、後ろで見守りながらついて行く。
よくもまぁ、指名手配犯なのにあんなに堂々と歩けるものだ。
指名手配されてなくとも、カルメ家の象徴である青い髪を持っているだけで、だいぶ周りの目が気になるというのに。
「おーい、早く来いよ」
「本当に何で上機嫌なんだよ」
「………何でもない」
フランコの問で、我に帰った少年のテンションは萎まされた。
大人しくなった少年はスキップを止めて、二人と一緒に歩く事にした。
「どうしたのアノン?」
「いや、自分は少し自重しようかなと」
「本当に何があったの!?」
平常運転に戻った少年は行く宛があるのか、ひたすらどこかへと足を運ぶ。
坂を上り王城へ近づいているが、少年は大丈夫なのだろうか、指名手配犯が堂々としすぎてる気がする。
「おし、着いたぞ」
少年が振り向き、その背には閉店と書かれた札が掛けられた、飲食店らしき看板が置かれている。閉店にも関わらず進む少年に案内され、連れてこられたのは店のオープンテラス。そこは王都の足元に位置してるためか、城下を一望できる特等席だ。
人口が城下に集中してる為、上は静かだが下は賑やかだ。
城下の奥には川があり、城下と向こう岸を繋ぐ橋が掛けられている。
いつの間にか店の中に侵入した少年が三つのグラスを持ってきた。
「不法侵入に加えて窃盗………俺達これから戦争終わらせる英雄になるんだよな………?」
「もう皆で盗賊にでもなる?」
「それもいいかもしれないな。だが、金は払ってきたからノーカンだ」
「金?お前どこでそんなのくすねてきたんだ?さっきの人混みか?」
「盗んでねぇよ!こいつの衣服に入ってたから有難く使わせて貰っただけだ」
「盗んでんじゃねぇか」
「それはそうと、メインディッシュだ」
少年がそう言い二人の視界から外れると、川から飛び出した光の線が上昇するのが見えた。やがてその光は消え、弾けて光が広範囲に飛散すると、少し遅れて爆音が鳴り響いた。
魔法の一種ではない。
初めて見たが、これが話で聞く花火という火薬を使った芸術だろう。
その光景は名前の通り火で作られた花のようで、空に鮮やかに咲き誇り、虚しく消えていく。
「────」
地面ではなく空にも花が咲ける事を知ったマルシィの瞳は空の花に魅せられてしまった。
「綺麗か?」
「……うん」
「マルシィ」
「……?」
「約束しようか、マルシィが帰ってきてこの戦争を終わらせられたら、もう一度王都の花火を観に来よう」
「……うん」
張り詰めた緊張が完全に解れ、曇っていた双眸は晴れて光を宿した。
些細な約束だが、こんな約束でもマルシィの拠り所になってくれればと願う。
手に持ったグラスの中身を飲み干すと、マルシィは荷物を背負い二人に手を振った。
手を振り終えると、マルシィは林立する屋根の上に飛び乗り、障害物のない建物の上を疾走する。
「アノン、俺達はこれからどうするんだ?」
「今日は泊まっていこう」
「野宿か?」
「野宿だ」
「……………」
────早朝はやはりよく冷える。
あの店にずっといると通報されそうだったので、森へ帰り野宿した。
不死身体質でなければ今頃は、凍え死んでただろう。
フランコは獣毛があるお陰で寒くはないらしい。
「おはよう」
「寝起き早々で男の顔は辛いな」
「女がいる方向へ投げ飛ばしてやろうか?」
「すんませんでした」
立ち上がり軽く体を反らしながら背を伸ばす。
「おし、追うぞ」
「え、誰を?」
「マルシィに決まってんだろ」
「───は?」
真顔で言われた回答に、一呼吸の間を空けて出た答えは一文字だけだった。
「お前にしてはかっこいいとこ見せるじゃないかと思った俺が馬鹿だったよ………もう少し信用してやれよ」
「無理、放置したら絶対に帰ってこない気がする」
「根拠は?」
「勘」
伸ばした体から空気が抜け、萎んでゆくフランコ。
その体を持ち上げ風船の様に膨らませ、無理矢理元に戻す少年。
「そこまで呆れなくてもいいだろ」
「いや、里帰りの奴が帰ってこない気がするから連れ戻す理由が勘って………」
「行って損は無い、ちょっと馬を見たら出発するぞ」
────王都の端にポツンと置かれた運送屋は、ポツンと置かれただけあって地味だ。
だが意外と仕事があるのか、馬車の荷台は荷物で埋まっている。
「馬っていいな」
「急にどうした」
馬と戯れながら急に呟く少年に即答で返答を返す。
「いつか俺も欲しいな、マイホース」
「マイホースの前に俺達にはマイホームのが必要だろ」
マイホームか、確かにいいな。今の俺らは帰る場所がない浮浪者だ。
仕事を見つけて金を稼いで家を買えば、浮浪者ではなくなる。
ならば最初にやる事は一つ。
「仕事探しに行………」
「いや待ておい待てほんと待て、何その場の流れで目的変えてんだ。仕事なら戦争終わらせてからにしろよ。あと今の目的はマルシィの追跡だろ」
駆け出そうとする少年の手を引き取り押さえ、近くにあるバケツに頭を投げ入れた。
「ぶぼらへ!………はぁ、はぁ、えーと、そういやそうだったな」
「マジかよこいつ……」
軽蔑の目を向けるが少年に首を傾けられ、呆れに呆れが重なり肩を落とした。
「マルシィどこかで聞いたな………マルシィ、あ、そうだ、昨日の閉店ギリギリに来た嬢ちゃんか」
後ろで馬車の手入れをしていた店主が、マルシィの名前の名を呼びこちらに近づいて来た。
「昨日別れてからここ来たんだ」
「極度の方向音痴だしな」
「おっちゃん、マルシィがどこ行ったか知ってる?」
「行先と名前ならちゃんと書類に記述されてるよ、ちょっと待ってね」
「ついでに地図もお願い」
店主が持ってきたマルシィの字は、とても丁寧で実際の人柄とは一致しない。
肝心な行先はというと、
「フェルメラ?」
「カルメ家が置かれた村の名前です、王様がだんだん増えてゆくカルメ家を分断させ、遠く離れた二つの村に隔離しました。そのうちの片方がフェルメラ、通称ゴア村です。そこら一体は強力な野生動物が多く、行くには騎士を連れていかなければならないのですが、嬢ちゃんは騎士を連れずに無理矢理行っちゃったんだ。しかも担当の子新人だし、大丈夫かな」
聖騎士はおろか、他種族よりも強いから大丈夫だと思う。
………ゴア村か。
彼女は確かロアだったから、ロア村とでも呼ばれてるのだろう。
「何か家の連れが迷惑をお掛けしてすいませんね」
「いえいえ、新人はともかく商売道具の馬と馬車が無事ならいいですよ」
新人の扱いが酷いな。
「最近プルスフォートに行く予定はある?」
「ほぼ毎日正午に支援物資を送ってます。乗っていきますか?」
「いや、遠慮しとくよ」
「そうですか、では私も準備に入りますのでこれで」
「ありがとな」
見通した地図と書類を新聞が乗った机の上に置き、王都の複数ある出入口の門へと向かう。
門に近づくにつれ人は減り、出入口付近になると建物こそあるが、人気が無くて寂しいが今は有難い。
フードを下ろし髪を抜こうと頭に手を当てると、少年は石像の様に硬直した。
フランコは気まずそうに目を逸らし、少年の頭をなるべく見ないようにしていたが、思っていたより破壊力があり、吹き出してしまう。
「ブフッ」
「────ッ」
何かをぼそっと呟いた少年の体は小刻みに震えだした。
次第にその揺れは大きくなり、抑えきれなくなった感情が質量を超えて爆発した。
「あんのッ小ッ娘ェ!!」
少年の激昂は平原一帯に轟き、空気を震わせ、大地の肩を跳ねさせた。
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