-1.8 神憑き

-1.8




光に包まれると五感の情報は絶たれ、体が浮いていくような感覚と共に、自分の中の大事なものが剥離しようとしている様な。

不快感不安感虚無感倦怠感孤独感を感じた。

いよいよ自分にも限界がきたようだ。

形はそのままでも中身が次々と腐り落ち、腐った部分は再生すること無く、腐海を広げ次々と風に吹かれる枯葉の様に落ちてゆく。

───そして悟る。


自分はいよいよ廃人になるんだと。




ーーーーーーーーーーー





「はぁ~……。してやられた」


日はすっかり落ち、即席で焚いた小さな焚き火を囲む三人のうちの一人の獣人が、ため息と共にそう零す。


「また消えていなくなっちゃったね」


「………ところでここはどこなのかね」


意識が覚醒すると、日は既に沈んで空は紺色に染まっていた。

見渡せば木、木、木木木木木木である事からまた先の森へワープさせられたのかと疑ったが、同じ森と言えども生えている木全てが先と違い、こちらは木の丈が高く、地震があったのかいくつかの倒木が見られる。

少年は、どういう訳か一緒に飛ばされた盗賊の衣類を身につけマントをフランコに着せた。


とりあえずフランコを登らせ現在地を確認しているところだ。

15m程の高さの木のてっぺんからフランコが飛び降り僅かな砂埃を立てる。


「どうだなにか見えたか?」


「見渡す限り樹海しか見えない、だが」


「だが?」


「場所は分かった、とりあえず少し歩くぞ」


そう言われ黙ってフランコについて行くと、ようやく森を抜けれそうな光が見えた。


ようやく出れると思ったが、フランコの言った言葉を思い出し、少年は足を止めた。


フランコは確かに樹海しか見えないと言った。

それなのに歩いて数分で樹海を出れるのだろうか。


少年は幻術の類と疑って警戒しながら出口へと向かう。


「うわぁお………」


森を抜けた先で少年が見たのは、大雑把に言えば今までと変わらない木だが。


これは違う。

確かに木だがあまりにも大きすぎる。根元から300m程離れているにも関わらずてっぺんを見上げるほどだ。

根元から見上げれば尚更大きい。


「流石にこれはアノンも名前位は知ってるだろ」


「まさか、これが『神樹モースト』なのか………?」


『神樹モースト』またの名を『神憑木』


神憑木は神聖との更新をとるための唯一の架け橋と言われており、パワースポットとして人々から人気の名所だったが、異教徒や他種族により神憑木は伐採され残された神憑木はこの神樹モーストのみとなった。

観光名所とされていただけあって登れるように梯子や階段が掛けられている。


「とりあえず登れば樹海の向こうも見えるはずだ」




────登って見ると一段一段の角度が高く、上まで登りきるのはとても困難だろう。


普通の人なら。


幸い少年は体質に恵まれ、一段一段登る度に疲労を再生していた為、苦では無かった。

あとの二人は言わなくてもいいだろうと思う。


「神憑木を、通して神聖は人に宿ると言われていることは知っているな?」


「まぁな、神聖に取り憑かれると不思議な能力が与えられるんだろ?」


「その事で思ったんだが………アノン、お前ひょっとして神憑きじゃないのか?」





────既に1000mは超えていそうなほどの高度は、まだ頂上ではないが見下ろすと不死身と分かっていても足が竦むほどの高さだ。


「ここまで来てもまだようやく枝に乗れるって、頂上はどんな高さだよ」


「安心しろ、これ以上は流石に上がらない、ここで十分だ」


上がらないと言うか上がれない。

流石にここまで機材を運ぼうにも人件費などがかかりすぎる。


「あっちだな」


人間の視力じゃよく分からない程の距離を見通し現在地と方角を理解するフランコ。

二人から見れば樹海が続いている様にしか見えない。


「どうやってあそこまで行くかな…………」


「ちょいちょいちみちみ、一人で話を進めないでよ」


「ん?ああ、そうだな。お前の髪の毛を二本寄越せ」


「寄越せって、人の話聞いてま………痛ッ!勝手に抜くな!」


フランコが少年から引き抜いた髪を、丁度握りやすい大きさの石二つにくくりつけ肩の筋肉をほぐす。


「説明しろゆーとるやないかいッ!」


「あーそうだな。またこの長い階段を降りるのはだるいだろ?だから飛び降りる」


「はぁ!?簡略化するな。その石の使い方を教えろよ」


「馬の鼻先に人参をぶら下げるあれを想像してくれ」


追いつけないのに追いかけ続けるあれかと少年は納得する。


「アノン馬な」


フランコがそう言うと、フランコは勿論、マルシィまでもが少年にガッチリとしがみつく。


「え、何二人して。気持ちわ………れれれれれ!?」


少年を抱え、三人で仲良く巨大樹の枝から飛び降りる。


「アノン、再生しろ!」


フランコは空中で少年の頭までよじ登り、さっきの石を頭の前に翳すと頭の位置がぶれる。


「よし、成功だ!」


フランコが石を少し上へずらすと落下の軌道が変わり、宙返りをするかのように上へ逸れた。


「ハハハスゲェや!魔法を使えない種族が空を飛んでやがるぜ!!」


「アノン!凄いわ!────って、本人はそれどころじゃなさそうね」


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


目から溢れる雫を絶叫とともに空中に散布し、再生しておきながら未だに落下していると勘違いしている少年を見て苦笑を浮かべた二人。


「アノン、落ち着け。今確に落下しているがお前の体はそうでないはずだ。今のお前は寝転んだまま運ばれてるようなもんだ、だから落下の感覚もないだろ?」


「……………え?あ、ホントだ」


「よし、じゃあ行くぞ、最寄りの村へ!」


もっとカッコイイ呼び方か場所はなかったのか、最寄りの村というのはあまりにもカッコ悪すぎる。




崖に鮮やかに咲き誇る花達の手前には石の柱があり、奥には広大に広がり、空に散りばめられた星々を模写した海が見えるが、その景色の半分は深い霧に包まれた巨大な島?に隠されている。


「………ここか」


この場所には来たことはないが、馬車の中から眺めた記憶がある。

あの時はどうしてか涙が出てきて、それをフィーリアに問われた。

その涙はきっと、前の俺の記憶が原因なのだろう。

俺は不死身なんだ、何十年何百年生きていてもおかしくはない、二角と戦う前の俺が前にここへ訪れたのかもしれない。


ふとマルシィは花達の中に文字の書かれた掌サイズの石が隠れている事に気がつく。


「………!」


マルシィがその石に書かれた名前に気がつくと、静かに膝を折り合唱する。


「ん、何だ?あい、びー?」


気になり石の文字を読むと、急に訪れた目眩と頭痛が少年を襲った。


「………ぅかッあ……!」


…………何だ、これは、再生が効かない。


悶える少年は、やがてうつ伏せに倒れ込み意識を手放した。

声をかけられようとも全く反応も見せない。

不死身である彼が、こんな状態に陥っている事にようやく危機感を覚える。


「「アノン!」」


どうしたんだ急に、不死身じゃなくなったのだろうか。


「とりあえずどこかへ運ぶぞ」


「そうね」


一大事ながらにもどうせ大丈夫だろうという考えが、えらく冷めきった対応をさせる。




ーーーーーーーーーーー



────何も無い、白一色で構成された世界はあまりにも質素な場所だ。


音も臭いも風もなくただ白いだけの世界。

白すぎて上下左右東西南北がこんがらがり自分は立っているのかさえ分からなくなりそうだが、唯一感じる足の裏に掛かる体重が自分の存在を感じさせてくれる。


『こんにちは』


何も聞こえない世界に響く人の声。

世界に響くというよりは、少年の脳に直接響いているように感じる。


後ろを振り向くがそれに当たる人物はおろか何一つ見当たらない。


「誰だ?姿見せてくれよ、一人は苦手でな」


「そうですか、ではもう一度後ろを見てください」


頭の中で響いていた人の声は背後に移動し、誰かが本当にいる気がして後ろを振り返ると人が───。


「えーと……性別はどちらですか?」


───玉がいた。


「我々神聖に性別という概念は存在しません」


どっからどう見ても玉から声が出てるようにしか見えない。

というか今神聖って言わなかったか?

てことは俺はフランコの言う通り『神憑き』って事になるのか?

でも、神樹に近づいた事なんてさっきが初めてだしな。

これが本当に神聖だってなら、これが俺に取り憑いてる神聖なのか?


「その姿なんとかならないのか?玉だとなんか喋りずらいのだが」


「では、あなた方人間に合わせた容姿に変えさせて頂きます」


そう言うと、玉が小刻みに震えだしニョキニョキと肌色の肉が生え、やがてそれは形を成し手足へと変わる。


「これでいかがでしょうか」


「人間馬鹿にしてんのか。こんなの人間じゃねぇよバケモンだよ」


今のこの神聖の姿は、玉に手足が生えただけというひどい手抜き作業だ。


「申し訳ございません。では今度こそちゃんと正装して参ります」


ふっと玉が目の前から消え、しばらくの沈黙が生まれる。


「出来ました、もう1度振り返って頂いても宜しいでしょうか」


「何でいちいち後ろに登場すん………!」


頭を掻き毟りながら振り返る少年は、神聖の姿を見た瞬間、全身が硬直した。

神聖は滑らかな黒髪を風無き場所で流れる川の如く靡かせ、白い肌の上にはまるでこの世界の象徴の様な純白の羽衣を羽織っている。


「わぁお」


「お気に召されたでしょうか」


「召さない訳がないです!ありがとうございます!」


「そうですか………フフ」


口元に指を当て静かに微笑むその様子と仕草を例えるなら天使、いや女神が吹き出した青汁の如き破壊力を帯びている。


神聖も笑うんだな。

神聖も褒められると嬉しいのだろうか?

いや、今はそれどころじゃない。


「あのさ、いくつか聞きたい事あるんだけどいいですかな」


「答えられる範囲ならいくらでも答えれます」


「まず最初に、姉さんが俺を不死身体質にしたのか?」


「ねぇさん……?はい、そうです。私が取り憑く際に与えた能力です」


「何で俺に憑いたんだ?」


「私も見てみたくなったのです。三つ目の命で主様がどう生きていくのかを、と言うよりは役目を終えたあの方の代理ですけどね」


あの方?誰の事だ?神聖の仲間か?

役目を終えたあの方の代理って、前も神聖入っていたの?

三度目の命?

聞く度疑問が増える質問は限りがない。


「この体は死ねる?」


「はい、条件は言えませんが、死ぬ方法なら複数存在します」


肝心なとこを教えてくれないのか。


「ここはどこ?」


「主様のマギの中です。中と言っても体中巡ってるマギではなく、人間の胸の辺りにあるマギの核の中です。簡単に言うなら主様の精神の中です」


「よく分からんが、俺の中って事で?」


「大雑把に言えばそうなります」


「この世界と外の世界ではタイムラグはどうなってるの?」


「こちらは外に比べると早く流れており、ここで六時間過ごせば外では12時間経ちます」


タイムラグは二分の一か。

そこまで滞在する気もないし、いても何も無いこの世界とは質問パパパッと終わらせてさっさとおさらばしたい。


「何で今さらこの世界に呼んだの?」


「過去も未来でも主様と対面するには今が最適だと判断しました」


おいおい、神聖ってのは未来も分かるのかよ。


「またこの世界に来るにはどうすればいいのかな」


「主様が求めればいつでもこれます」


「………それってさ、またあの頭痛を味合わないといけないの?」


「残念ながら、そういうことになります。その頭痛は、意識を精神の中へと移す際に生じるマギの乱れが引き起こすものです」


まじかよ再生で痛みを消せないからあれはなかなかの辛さだった。


「再生にも種類があるのだが、複製を第一の再生、引き寄せるのを第二の再生とする。第何の再生まで設定してあるんだ?」


「さぁ、頑張って見つけてみて下さい」


悪戯をする子供の様に微笑む表情はとても愛らしい。


「どうしてその姿を作ったの?」


「作ったという言い方は正しくはありません。我々神聖は万物の姿を持ち合わせており、普段は主様が最初にご覧になられた玉のような姿です。万物の姿の事ですが、まず神聖は生物に取り憑きます。取り憑く際に特殊な能力を主に与え、マギの中に住み着きます。我々神聖は解放されると万物になれ、人だったりだとか物や動物、創造神になれたりします。神聖の解放の方法は神聖が求める存在の質に比例し、より良質なものに生まれ変わりたいのならそれなりの難易度の条件をこなさなければならないのです。少々話が脱線しましたが、この姿は主様の種族である人間の、一般的男性が好む理想の姿を作りました」


なるほど、よくわかっていらっしゃる。


「最後に聞いていいかな」


「どうぞお構いなく」


「どうして姉さんの言うあの方っていうのは俺なんかを選んだの?」


どうせまた答えては貰えないのだろう無駄な問を最後に回してしまった。


「それはですね、」


答えてくれるのか。

少し意外で、どんな答えを返してくれるのか期待する少年だが、突然こちらに来る前の頭痛に加え、激しい耳鳴りが少年の意識を朦朧とさせる。

耐えきれなくなった少年は膝をつき地に突っ伏す。


「あなたが、初めて人として大事なものを取り戻せた──だったからです」


え、何?聞こえなかった。


────それでは主様、旅の続きをお楽しみ下さい。

またいつかここへ来る事をお待ちしております。





ーーーーーーーーーーー




意識が覚醒すれば、真っ先に腹部に掛かる体重に気がついた。

布団を被っている事からどこかの民家と見られる。

辺りを一瞥すれば飾られた植物と本棚が置かれ、朝日が差し込む窓が部屋を照らしてくれている。

自分の腹部にマントを被ったまま突っ伏しているのはどちらだろうか。

フランコはしそうにないからマルシィだろう。


優しい音色の鈴を鳴らし、白い扉が静かに開かれそこに現れたのは。


「あ、目覚めたんだね、おはようアノン」


籠を腕に掛け青い髪を揺らし、少年に優しく微笑んだのはマルシィだった。


───嘘だろ。


「どうしたの?怖い顔して」


って事は俺の腹部に突っ伏しているのは………。


「………ん、目覚めたか」


「お前かよ………誰得だよこんなの」


手で顔を覆い嘆息を漏らす少年に二人は首を傾げる。


「ここはどこなんだ?」


「病院だよ」


「俺らを入れてくれる病院なんてあったのか?」


「まぁな、種族問わない病院はここくらいだ」


種族問わない病院?

どんな種族が経営してんだよ、餌候補じゃねぇよな?

だがまぁおかげさまで助かってるんだがな。


「ねぇねぇアノンしってる?人が経営してるのよ」


「人!?とんだ命知らずだな」


「それは私の祖先に言ってくれたまえ」


マルシィと同じく白い扉から現れたのは、汚れなく新品同然な程の純白の白衣を身につけ、おっとりとした中年の男性。

佇まいからこの人が医者なのだということを感じさせる。


「あ、どうも二人がお世話になってます」


「お前だけだよ」

「あなただけよ」


同時に少年に指摘する二人を見て男性は吹き出した。


「ハハハ、獣人にカルメ家に普通の人間。君達は本当に仲がいいようだ」


そう言う男性の目は、孫を見守るおじいちゃんの様に穏やかな目を三人へ向けた。


「そーでもないですよ、急に投げ飛ばされたり神樹から突き落とされたりしましたから」


「ハハハ、君達の仲には種族という障壁は存在しないようだね」


「あれ、おじさん?俺の話聞いてた?今ので仲睦まじい様に思えた?おじさんにとって仲いいって何なの?」


「全ての人が君達の様になれたらこの世界は美しくなれるのにね」


「それは無理なことですよ、これだけの年月が過ぎて時代が終わろうと変わらない、いや、変わろうとしない俺達じゃあそんな未来、遠いどころかゴールすら見当たらないし、そのゴールも探そうとしない」


皆が探す事すらも恐れている。

もし、今も行っている戦争が終わって一時的に平和が訪れたとしても、それは一方的な平和であって負けた種族が平和とも限らない。

勝った種族にとっては勝ったものは勝ったんだ。

敗者から奪ってなにが悪い、蹂躙は勝者の特権だろう、などの考えは誰にでもある。

それでは憎しみの連鎖だ。

状況が覆れば勝者は玉座から突き落とされる。

敗者は勝者から教わった事を立場が変われば当然お礼をする。

流石にここまで変わらないと、あまりの呆れ具合に苦笑が漏れる。


「どちらの軍にも属さない誰かが、英雄になってくれれば、平和に終われるんじゃないかな」


ふと男性の呟きに少年は反応する。


「多種族の介入………圧倒的威力を見せつけ両者を制圧………それを出来る種族、存在……」


目を見開いて俯き、聞こえないくらいの小声でボソボソと呟く。


「でもまぁ、竜人が妖魔軍に加盟したおかげで人類は滅亡寸前だけどな」


「………?君達新聞をまだ読んでないのかい?」


「……?」


「ちょっと待ってね、今持ってくるから」


そう言って男性は席を外した。


様子がおかしかったが、何かあったのだろうか。

戦争はまだ終わってはいないようだったが、戦況が変わったのだろうか。

もしそうだとするとあのキメラを倒したドラゴンが戦況を変えたと予測できる。


「これだよ、ここ見てくれ」


「えー何何?────人類の脳である『ラーメル・トラメル』が開発した新兵器、『試作型RT-k2m4r1』と『試作型RT-黒星』によって、人類の死者数30人に対し、妖魔軍と加勢している竜人の半数が死亡した…………ッ!?」



滅亡まで追い込まれていた人類だが、ラーメルという天才少年が開発した二つの新兵器によって人類は形勢を逆転させた。

ラーメルは12歳にして、大人を超える知能知恵知識を身につけ、14歳それを嗅ぎつけた軍部は少年の脳を買い、施設へと送った。

施設へ送られたラーメルには開発を強いらせ、兵器開発以外の物事をさせなかった。

しかしラーメルは、そんな不自由な生活を苦に感じる事はなく、むしろ開発が好きだったラーメルにとっては最高の環境だった。

そして現在、15歳の彼が生み出した二つの新兵器の片方である『RT-黒星』が詳細は明かされてはいないが妖魔軍を半滅させた。

もう片方の『RT-k2m4r1』は人類初のキメラで、その評価は竜人の群れを喰い殺す程であり、双眸に見つめられた者は生きてる心地を失い暫く動けなくなるそうだ。

竜人をゴミの様に啄むその姿から、『烏龍』と呼ばれた。


「───嘘だろ……アレが人類の生み出したキメラだなんて………」


「人類のキメラは吸血鬼のキメラより強いだなんて驚きね」


「竜人の群れですら敵わないなんてな………」


「まるでその目で見たかのような言い方をするね」


「ええまぁ、キメラを目の前で始末する現場を見ましたから」


「────」


男性は笑顔のまま、時とともに静止する。

そして、変わらない形のまま後ろに倒れた。


「…!?何やってんすか!?」


呼びかけても反応はない。

これは暫く起きそうにないな。


烏龍はいま何をやっているのだろうか、もしも今も動いているとなるとここ数日でこの星の人間を除く全種族が死滅しないだろうか。

皮肉にも誰かがあれを破壊してくれるのを願うしかないな。


「明日ここを出る。十分に休んどいてくれ」


「あーい」


「うぅーっす」


さて、やるか。


少年は、寝起きの朝っぱらでありながら二度寝をした。



ーーーーーーーーーーー




なかなか厳しく避けては通れぬ手厚い洗礼を受けて少年は、一時間も経たないうちに好きでもない白い世界へ帰ってきた。


「いやぁ、意外と来るのって簡単なんだね」


そう言う少年の目の前には、頬を引き攣り無理矢理ながらも、いつも通りの女神の笑顔を見せつける神聖。


「またいつかと言いましたが、まさか一時間以内に帰ってくるとは思いもしませんでした」


「あれ、神聖って未来も見れるんじゃないの?」


「定められた未来から僅かでも違う動きをすれば、その世界は一つ隣の並行世界へと移動し一度見た未来とは別物の未来へと変わりますので…………あの、理解出来ては、いないようですね」


当たり前だろ。

未来に姉さんが何を見たのかも、単語から意味不明の平行世界がどうとか急に言われても理解できるやつなど極僅かだろう。


「あ、そうだ、それはまたにして今はその事よりも」


「何でしょうか」


「姉さんってさ、神聖を探すことは出来る?」


「出来ます。我々神聖は神より産まれし者。親が皆違う人間と違い、我々は神シャムスの恩恵により一つに繋がれておりました」


「おりました?」


「はい、神聖の住む世界にいるうちは繋がれているのですが、私も含め他種族に取り憑いた神聖は神兵の役目を果たすため、一度放たれた銃弾の様に帰ってくる事は叶わず使い捨ての兵のはずでした」


「でした?」


さっきからこういうのばっかだな。


「我々神シャムスの神兵は、神ミィエスュとその神兵であるあなた方人間を滅ぼすための兵器でしたが、あなた方を観察したり取り憑いてみたりすると非常に興味深い生物でして、主亡き今、本来の役目を忘れた私達は勝手ながらあなた方と共存する事にしました。───話を戻しまして、連携解除された神聖は神聖とは交信を取れなくなりましたが、解除された同士なら交信が可能という事に気が付きました。主様はなぜ神聖をお探しに?」


「戦争を止めるためだよ」


突拍子のない発言に思わず神聖は笑ってしまう。

意外とツボが浅い様だ。


「フフ……やはり人間の中でも主様は面白いお方ですね。誰をお探しで?」


「名前を聞いてくるって事はもう誰を言うかわかってるって事だよね」


「さぁ、どうでしょうね……………あ、交信出来ました」


「え、早」


「呼びますか?」


「呼べるの!?」


「あとはこちらでやっておきますので主様はお帰り頂きます」


え、俺もう退場!?

そうこうしてるうちにお帰りの迎えがきた。

出来るならもっと丁寧に運んで欲しいものだ。

消えゆく意識の中、少年は立ち上がり目の前の女神を拝む。


「最後に、一つだけ………いい、かな………?」


「何でしょうか」


消えそうな少年を繋ぎ止めるべく、一旦帰還を中止させると頭痛は何もなかったかのように治まった。


「名前を教えてくれないかな」


「名前………そうですね、我々神聖には特に定められた名は持ち合わせておりませんので、主様のお好な呼び方を」


「ずっと姉さんって呼んでると何か壁を感じちゃうんだよな、だから親近感を持つにはやっぱり名前は必須なんだよね」


「どんな名前でも光栄に思い、有難く頂かせて貰います」


「そっか、じゃあ主様自らが神聖の君に名前を授ける」


どんな名前でも受け入れると言ってくれたなら、遠慮なく言える。


「『スイレン』それが君の名だ。今日から君はスイレンだ」


少年の言葉を聞いたスイレンは唐突に無言で跪き、神聖でありながら神を崇めるかのように手と手を握り少年を見上げた。


「え、そこまで感動しているの?」


「いざ頂いてみると、名前無きものにとってはこの上ない幸せを感じます」


「それはよかった。じゃあまた会おうね。スイレン」


「御武運を…………」


スイレンに別れを告げると、少年は意識を投げ捨て受け身をとることなく倒れ込む。

地面に突っ伏す少年の姿は掠れ、いつかは見えなくなった。

白い世界にポツンと取り残されたスイレンは、胸に手を当て胸の中に宿る暖かさを感じ、溢れ出す気持ちを一つの名前に凝縮させ吐き出す。


「…………スイレン……フフ」




ーーーーーーーーーーー




空は赤く焼け、琥珀の太陽が今日の最後の輝きを魅せつける。


「やっと起きたか。早く来い、お前に客が来てるぜ」


「よし、行きますか」


布団から降りると両手を突き上げ、体を捻りながら伸ばす。

寝起きの体のだるさは再生で強引に取り消し、フランコと一緒に客が待つという客室へと向かう。


「お前、あれといったいどうやって知り合った。何故あれがお前を訪ねてくる」


「さぁな、俺もわっかんね」


「はあ?」


とぼける少年に呆れた顔を送るフランコは、客室の扉のドアノブを握ると汗を滲ませる。


「開けないの?」


「開ける前にこれから何をするのか聞いておきたい」


「そりゃお楽しみだ………ッよ!」


フランコがドアノブから手を離さないので、退けるのが面倒だった少年は扉を蹴破った。

客室には大きめの机が置かれ椅子が並べられている。

手前の椅子に腰を掛け、向かった席に座っている客とやらを一瞥し、不敵に笑う



「さぁ、交渉を始めようか。癒しの神『ケイアス』」

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