-1.7 寝起きの惨劇
-1.7
早朝はよく冷える。
樹木に囲まれてるおかげで日も当たらず風通しも良い。
フランコは獣毛があるがマルシィは大丈夫なのだろうか。
「……ッ……ショ…ショ…ショ……チョン」
あ〜やっぱり風邪ひいちゃったか。
つーか今のくしゃみ?
「おっはよぉーぅ…チョンッ!」
「おいおい、風邪大丈夫かよ。焚き火焼いときゃ良かったな」
「ううん大丈夫大丈夫!マルシィは常に元気だからね!」
「おーおー、その調子で頼むよ」
昨晩のアレを見てから何だか見る目が変わってしまったようだ。
マルシィが湖に剣を滑らせると、昨日見たく割れはしないが、一時的にただの水に変わる。
それを利用して、水を飲んだり、顔を洗ったりした。
「それにしてもうめぇなぁ。人魚の亜種が住んでるだけあって水が浄化でもされてんのかな」
「ドラゴンがあれだけ土砂をばらまいたのに、ここまで綺麗だとそれも考えられる」
「でもさぁ、アレを見ると逆に怖くならない?」
マルシィが指を指したのはキメラの死体だった。
キメラの死体がある場所は地形が荒れており、凹凸が激しい。
キメラの死体は腐敗する気配はなく、まるで体はまだ生きてる様だ。
全身から流れる赤い血も固まることなく湖に流て………。
「うぶぶぇば!」
思わず口に含んだ水を吹いてしまった。
綺麗と分かっててもこれを見てしまえば躊躇してしまう。
湖の水面にキメラの血が混じると、血は薄く広がり、やがてパッと何もなかったかのように消えた。
湖に付与された魔法が元に戻ったのだろう。
どうやら人魚が魔力と一緒に不要物を吸収してるから綺麗なようだ。
ふと、少年はフランコの言葉を思い出す。
『マギは主が死ぬと同時に弾けて自然に還ると言われてるしな』
────はてはて、もしも、あのキメラの肉体が死んでないとしたら。
………………。
「おいおいおい、まずいぞ急いであの血をせき止めるぞ!」
訳も分からず二人は少年に従って山になった土を崩し、湖とキメラを分厚く隔離する。
早朝から土を運ぶという重労働で既にくたくたな三人だが、一人だけ体を再生し疲労を打ち消した。
「お前の体って本当に便利だな」
一つ咳払いをし、気持ちを一新させる。
頭の中を整理し、今日何をすべきかをまとめ上げながら息を大きく吸い肺が満たされると、再生。
「おし、今日やる事を伝える。昨日の村にもう一度行くぞ」
「場所はわかんのか?」
「ここから南南東」
「それじゃあ出発進行〜!」
「「おい待て」」
また先頭を歩こうとするマルシィの肩を二人が押さえつける。
「何でそんなに前を行きたがるんだ!?」
「そうだそうだ、ここは地雷探知機のフランコにいかせるのが得策なんだぞぉ!」
「お前のせいで死にかけたけどな!?」
「細かいことは気にすんな」
「命に関わるんだぞ」
「クスッ」
相も変わらずぞんざいな扱いのフランコと、その元凶である少年との会話に吹き出すマルシィ。
「おい、どいつもこいつも命をなんだと思ってるんだ」
キメラにドラゴンと続いて二度も短時間に死を覚悟した。
その反動で生への喜びが溢れて溢れて些細な事で、喜びが零れてしまう。
「アハハハハハ!」
「あれ、泣くほどおかしかった?俺の命ってそんなに軽いの?」
「アハハハハハハハハ」
涙を浮かべ、腹を抱え明るく笑うマルシィを見ていると、何だか懐かしい感覚に包まれる。
前にもこの笑顔を見たことがある。
この笑顔を守りたいと何度も思った気がする。
愛しさと切なさと寂しさが押し寄せて来る。
もう嫌だ、あんな思いは嫌なんだ。
身に覚えのない感情が込み上がるが、これは自分のものだとどこかで確信できる。
そんな意味不明な感情にどういう訳か怒りが湧き、少年はそれを留める事をすることなく放出した。
「………ッ、寂しくて、後悔すんならもう、悔しい思いをしないようにしっかり守りやがれ、このクソ野郎ッ!!」
変なものを見る目で二人は少年を見つめた。
「湖に顔突っ込んでなぁにやってんだ、って聞こえないか。マルシィ、斬ってあげて」
「アイアイサァ〜!」
引き上げられた少年は咳払いをし、全ての感情を抑え込んだ。
「そんなにあの水気に入ったのかよ」
「せっかく切り替えた気分引き戻さないでくんない!?」
ーーーーーーーーーーー
────昨日ぶりにあの村へ来た。
「熱いな、まだ燃えてやがる」
昨日の昼から燃えてたのにも関わらずまだ村は燃えている。
ただの村がこんなにも燃えるのはおかしい。
「そりゃあ油塗られてるからな」
「油が昨日から燃えてるってのかよ」
「いいや、これはまだ新しい油だ」
「塗られたばかりという事か。だとしたら何でこんな事を、いや、なぜ村をここまで燃やす。何かへのメッセージだろうか……………あれ、マルシィは?」
「家の向こうから臭いは感じるぜ」
いるのなら構わない。
それよりも村人の行方と燃やす訳だ。
「ねぇねぇ、何か一人村人らしからぬ男見つけたわよ」
「ひ、ひぃぃいい!!化け物一家と獣人とただの人ぉ!?───ぐへぇッ!」
「何で俺だけただの人?呼ぶ必要なくない?」
マルシィが引きずって投げ寄越したのは、ハゲで目元を黒く染め頭部に切り傷を負ったいかにも悪人面の小柄な男。
頭を抱えて怯える姿を見る限り質問には応えなさそうだ。
少年が男の肩を掴むと、男は肩を跳ねさせ更に縮こまる。
「はぁ……何やワレェ、どこの組のもんじゃい!?」
「ひぃやぃぃぃ……く、組?し、知らねぇよぉ〜!俺は盗賊だ」
「じゃあさぁ盗賊さん。死にたい?」
「死にたいわきゃねぇだろぉ!?」
「だったらそのアジトまで案内せぇや。そしたら命は……ふんふふーん」
「え、それ助かるの!?分かった分かった、案内するからどうか命は御勘弁を」
「早く行け」
腰の抜けた体を蹴っ飛ばされ、躓きながらも懸命に歩き出す盗賊の男。
「ここから近いのか?」
「いえ、歩いて一時間程の距離です」
「程よい距離だ。その間にお前にいくつか質問するぞ」
「は、はいぃ、答えれる範囲ならいくらでも」
少年は質問したい内容を指折り数え、順序を組み換え男を見る。
「まず一つ。なぜ村人を攫う?今どきこんなことする奴なんていないと思ってたぞ」
「そ、そりゃあ、盗賊ですから」
「なめてんのか」
「いえいえそんな、滅相もございません。ただ、盗賊が盗賊をやらなきゃ盗賊という文化遺産がきえるもので」
「なるほど。やっぱりなめてんのか」
「ええ!?何でそうなるんですか!?」
「ええ!?はこっちが言いてぇよ!何だよ盗賊という文化って、お前らは盗賊の化石か!?金品盗むだけでも充分成り立つだろうが!」
「はいぃ、それもそうなんですが、やっぱり皆男の子でしてね」
「え……………じゃあ何、お前らそんな守備範囲広いの?」
「価値観は人それぞれですからねぇ」
「────ハッ!おい待て、じゃあ村人達はもう弄ばれてるという事になるのか!?」
「いえ、それはまだないかと思われます。私らは民をいただく前に儀式を行います。その儀式は攫った後日の正午に始まるのでまだ村人は綺麗なままです」
「それならよかった。どうせ取られるなら俺が取ってやりたいよ」
おっと、思わぬ回答で脱線しちまった。ここで切り替えないとキリがつかない。
とりあえず、村人が吸収されてないことは分かった。
さて、次の質問は。
「なぁんで村に油を塗ってたんだ」
「それはですね、あいつから逃げるためなんすよ。」
「あいつ?」
「旅の方ですよね?この地方の名物、人魚の亜種の事を知っていますか?」
───ビンゴッ。ってか名物なのかよ。
「まあな、それがどうしたってんだ?」
「そいつがですね、クレイグ、クレイグつって追いかけて来たはいいけど、民家の火を見た途端消火作業を優先したんすよ。それで、もしかしたらと定期的に火をつけて追手に来させないようにさせてんすよ。で、俺の担当の時にアンタらが来て、その子鬼の子の嬢ちゃんが消火作業してる人魚を消しちまったんだよ。───カルメ家って何なの!?」
「最後のは同感だな」
ついでに色々言ってくれたおかけで二つの質問ですんだようだ。
「そろそろ見えてきましたよ」
「どこだよ。何も見えないが、まさか岩の中とか言わないよな」
見渡す限り平地で、人が住めるとしたらあの異様に大きな岩位だろう。
「そうですよ、と言いたいところですが、ただの人間である俺らには無理っすよ。ですので地を掘ってアジトを作りました」
「それも充分凄いぞ」
「さて、そろそろ着きますが、どうするんですか?」
「場合によってはぶっ飛ばす」
「そ、そうですか」
男は汗を滲ませ三人からさらに距離を置く。
岩に近づいて来たところで男が振り返り、岩に手を向けた。
到着のようだ。
「さささ、着きましたよ」
大きな岩の足下に高さ四メートル程の穴が掘られており、中には灯がなく足元が見えない。
マルシィの反応とフランコの鼻が動かないのを確認する限りでは奇襲はなさそうだ。
「お前らよくこんなんで生きてこれたな」
「へへへ、どうもッス」
暫く歩いていると遠くで灯が見えてきた。
「この扉の向こうに全員います」
「ご苦労様。うし、入るぞ」
「そんなアットホームな感じで入られるんすか!?」
そんな男のツッコミを無視して押し入る。
「────?」
外に溢れる光はどこへ行ったのか、程良く暗い。
見えないほど暗くはないが、見渡しても誰もいない。
だが、もし部屋の奥に誰もいないとしたら、後ろの二人のどちらかが何かしらの反応を見せるはず。
この二人を欺く事が出来るとしたら。
「理解に遅れやしたね」
そう言ってきたのは先ほどの男だ。だが、先ほどの弱気な男とは違う、自信に満ち溢れた黒い声だ。
「二人とも逃げ……!」
「ばいばい、お猿すぁん」
視界が暗くてハッキリとしない中、振り返った少年の腕に触れた男の手。
それは、生きてるということを否定する程に冷たく、不死身という事を忘れる程に死への恐怖を感じさせた。
───少年の視界は、真っ青に包まれた。
全身を覆うマイナスの冷たさ。
どうやら凍らされたと言うより氷の中に監禁された様だ。
生憎外にパーツは置いてきてない。
指一本動かせないほどに氷が敷き詰められてるため、自傷再生で氷を削る事も叶わない。
外からの救助を待つしかないな。
俺の後ろにいた二人は最後までただ立ってるだけだったという事は幻術魔法の類か。
俺に洗脳や幻術魔法の類は効かないと踏んでいたが、今こうして効いてるという事は俺にも効くか、纏ってるという事になる。
だがどこで魔法を使われたのかが分らない。
ノーモーションで魔法を撃つことは出来ない、ならば選択肢は一つ。
自分が魔法陣ということになる。
思い当たるのは肩に触れたことと蹴ったことぐらい。
どちらにせよ触れた事には変わりないから、そこから幻術魔法が譲渡されてしまった。
フランコはあれから触れないのなら大丈夫だが触れたら助からないだろう。
マルシィは……………大丈夫だな。うん。
しかし、フランコもマルシィも気がつけなかった事から、幻術魔法の他にも偽装魔法を用いられていることがわかる。
……………。
助けてもらえるまで待つしかないか。
ーーーーーーーーーーー
洞窟の中に響く多種多様な雑音の嵐。
狭い洞窟の中で四匹の竜巻が舞い踊り、獣人の少年と青髪の人間の少女を追い詰めてゆく。
少女が握った剣で弧を描くと竜巻が裂けるように消え、舞い上がった瓦礫の隙間を縫うように獣人が跳び交い、牙を向いた血の気を感じない程白い肌の男の首を鷲掴みした。
「さぁ、たんまり吐いてもらうぜ、吸血鬼ッ!」
「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
臆病さを伝える悲鳴を発しながらも男は抵抗を止めない。
首を掴んだが完全に拘束できた訳では無く、吸血鬼には尋問することがある。という事を利用し、吸血鬼はフリーな両手を広げ、右の掌にサークル型の魔法陣を展開し、左手は空中に複数のサークル型の魔法陣を展開する。
───が、させまいと、マルシィが洞窟の側面を走行し、魔法陣を切り裂き解除してゆく。
吸血鬼の右の掌に魔法陣が新たに展開され、二重魔法が展開される。
下の魔法陣から竜巻が発生し、上の魔法陣を通り竜巻は炎を纏ってフランコの左脇腹へ突き刺さろうとするも、間一髪フランコに跳び避けられた。
「こいつこの数分でいったいどれだけの魔法陣を展開してんだよ」
「場数を踏んでる吸血鬼がここまで厄介だなんて、思いもしなかったわ」
「ごちゃごちゃうるせぇ、雑魚共!カルメ家に獣人の二人がかりでただの吸血鬼一人倒せんのかよ、あぁ!?ひぃぃぃぃ、もうやだ死んじゃいますって、怪物二人相手に無理ありますよぉ……」
二重人格の様なかけ合いは、一人が喋ってる筈なのに別人が二人はいる様な感覚だ。
「イカレてやがるな」
「イカレてる…………?うひ、うひひひひけけけひふふふけひひひあほほはへへひふへほほへへひ」
頭を抱えて、体を幼虫の様にうねらせ不気味に気色悪く笑う吸血鬼に、嘆息を漏らす二人。
「また一人増えた………と言うより、ぶっ飛んでやがるな」
「調子狂わせるのが目的だとすると、さっさと絞めたいところね。もう一連系いくわよ」
「おうよ!」
「おたくら魔法を相手にした事そこまでないっしょ?」
「────ッ!?」
「んな!?」
吸血鬼が土の空に手を翳すと、天井を埋め尽くさんばかりの大量の二重魔法陣が次々と姿を現す。
「まさか、俺らと戦いながらもこれだけの魔法陣を展開してたなんてな」
魔法陣からは氷の矢が生成され、吸血鬼が手を下ろすと、二段目の魔法陣からまるで弓で引いたかのような速度で氷の矢が射出された。
外のように青くなった天井に意識を集中させ、雨の如く降り注ぐ氷の矢を一つ一つ的確にかわす。
では避けきれない。全てを避けきり、全てを的確にぶっ壊す。
フランコは迫る氷の矢の腹を砕き、マルシィは握った剣で弾き落とした。
「ひぃぃぃぃもうやだぁ」
当の本人は風の様に洞窟内を駆け抜け煙の如く消えていった。
臭いも気配も辿ろうにも、相手はずっと幻術魔法で騙してた。今更追いかけれない。
今はとりあえず目の前の魔法に集中するだけ。
ーーーーーーーーーーー
「───クソ、結局あいつは何だったんだよ」
中で暴れすぎたため、洞窟もとうとう限界が来たらしく、二人が外へ出ると、間もなく崩壊してしまった。
少年は、全ての氷を捌いた二人に発見されたが、あまりの氷の厚さにマルシィでも断念し、崩れゆく洞窟の中に放置されたが、洞窟の上の岩が少年の氷に直撃し、氷が粉砕した。
体に自由が戻った少年は土砂が止んでから再生で掘り進め、地上へ戻り二人と合流した。
「でも、逃げてくれて助かったわ。あのまま追撃されたら流石に私でも捌くのは難しいわ」
「出来るのか………だが、二人の話を聞いた限りでは、それ以上の攻撃は無理だったと思うぞ」
「何故だ?」
「相手は短時間にかなりの魔法を使ったと言うなら、その魔法を構成する魔力はどこから来てる?」
「そりゃあ……そっか、そうだな」
「そう、そいつのマギだ。いくら吸血鬼でも魔力を無限には出来ない、だから、魔力が尽きそうになったから逃げた」
「ねぇねぇアノン、村人は結局のところどうするの?」
「村人がいないのは確かだ。助けに行くがそこから………」
「俺の嗅覚を頼りにすんのかよ」
結局のところ、当てが無さすぎて八方塞がりのため、やっぱりこいつが最終手段だ。
「頼むぞ、確信はないが、吸血鬼の言ってることは本当かもしれん」
村人を攫ってから儀式を行いいただく。
盗賊に成りすますならそれなりの情報もいるだろう。
「分かったやってみるよ。制限時間は正午までに、いや、30分後までににしとくよ」
「………?」
緊張感を持つためか?正午まではまだ数時間ある。
フランコは深く深くさらに深く深呼吸をすると、息を吐きながら全身の力を萎む様に抜いてゆく。
死んでるんじゃないのかと疑いそうになる。
次の瞬間、二人は自分の周りの空気が取り除かれたのかと錯覚した。
だが違う、これはフランコの異常な肺活量が起こした吸引だと気づいた時には、フランコは地面に突っ伏し死んでいた。
「おーい、生きてる?」
「死んでる、でも見つけた」
「おし、生きてるな。居場所が分かったなら吸ったものと一緒に場所を吐け」
「休憩をくれ、これを行うとしばらくは呼吸がしづらくなる」
「前もやったことあんのか」
「爺とかくれんぼした時に使ったら心臓に負担がかかり過ぎて死にかけた」
馬鹿なの?
と言いたいが、このおかげで尻尾を掴めたから黙っておく事にした。
「で、どこ何だよ」
「村から南東へ人が積まれた3台の馬車が進んだ残り香を見つけた」
「おし、行くぞ」
「まだ時間はあるんだ、せめてあと30分経てば歩けるようになるから休ませてくれ」
「30分か。目的地へは歩いてどれくらいだ?」
「分からない。臭いは範囲外まで続いていた」
もしかしたら相当遠いいかもしれない。
まぁ、その時のための馬もいるし大丈夫か。
馬というより狐だが。
「走れるにはどれくらいかかる?」
「………三時間かな」
無理だった。
つーか走るのに三時間かかる割には歩くのに30分って、無理しすぎだろ大丈夫なのか。
でもまあ、本人もそれだけ必死なら有難い。
「おし、じゃあ二時間で走れるようになれ。お前、新鮮なもの食べてないだろ?血なら再生しても消えないから腹膨れるだろ」
少年はそう言って自分の腕を差し出した。
「アノン………」
「お前の功績は大きい。だからこれくらいの痛み我慢するさ」
「いや、獣人は生き肉を食べるから血なまぐさく思われるがな、血を好むのは吸血鬼だ。確かに栄養は取れるが獣人だからと言って血を好む訳じゃあない、むしろ不味いから嫌いなくらいだ」
「…………………」
「……ちょっやめろ、無理やり食べさせようとするな!!マ、マルシィ助けて!」
「平和だねぇ」
ーーーーーーーーーーー
「ハァ、ハァ、ハァ、着いたぞ………」
膝に手を付き呼吸を荒らげるフランコ。その後では余裕そうな顔を見せつける二人の人間、補足すると不死者と人鬼候補者。
あれからフランコに無理やり栄養を与えたら、思った以上に回復し、一時間で絶好調にまで回復したため、フランコ一人を走らせ少年とマルシィはその後を少年の再生で追跡し、今に今に至る現状。
「血飲むか?」
「いや、ホントいいって」
「とりあえず、目的地はここでいいのよね?」
着いたのは、先ほどいた大きな岩洞窟の前。
確かに長距離を移動したのを確認した、法学も見ていた。
全く別の場所だ。
まさか、あの吸血鬼の再現度がここまでだとは。
だが、外の景色も異なることなく同じという事は、自分を中心に幻術魔法を展開していたという事か。
それにしても、あの吸血鬼のマギ多すぎだろ。
「で、アノン、行くのか?」
「当然だ」
再び灯一つない暗い洞窟の中を歩いてゆく。
そして、はみ出た光が扉の形をくっきり浮き彫りにするのを見ると、何だか時を戻されたような気分になる。
先ほど見た光景と寸分違わない景色が崩壊後の景色と重なると違和感を感じざるを得ない。
「この奥に今度こそ盗賊がいるんだな」
「いるわよ、ただ………何だかピリピリするわ」
「村人の気配は?」
「20人それらしき気配を感じるわね」
「扉開けるぞ」
扉を押して、溢れていた光を全身に浴びる。
「………」
貰い所から明るい所へ移ると眩しさのあまり最初は何も見えない。
しかし、お陰様で今度は当たりという安心感を与えてくれる。
虹彩が小さくなり光を捉え視界情報を整理すると、少年は嘆息を漏らした。
「まッたッかッよッ!」
部屋は先と違って明るいままだが、やはり人は見当たらない。
マルシィが感じた村人すら見当たらない。
だが、今回はマルシィは幻術ではなくちゃんと本物だ、本物ですらここまで欺けるものなのか。
「いるわ、確かにい………ッ!」
マルシィは言葉を中断し、二人の前に飛び出し剣を振り翳し、一閃。
すると、景色が歪みマルシィの足元にへし折られた矢が転がる。
前を見れば何という事か、誰もいなかった筈の広い部屋に村人含め40人程の人が現れた。
ここにまで幻術を使う上に迎撃まで仕掛けてくるという事は、あの吸血鬼とこの盗賊が絡んでいるということだ。
「ならよ…………………いた!」
盗賊二十人の中に見覚えのある顔が一つ並んでいた。
吸血鬼は腰を低くし、怯えるように手を振ってくる。
「マギが尽きた今がチャンス、と思ったが、遅いみたいだな」
村人を見渡せば、皆意識が絶え顔を青くして転がされている。
村人は処理道具の為ではなく、どうやら吸血鬼のエネルギー補給剤だったようだ。
だが、マルシィが捉えれた以上まだ息は残っている。
放っておいてもマギが戻り次第動けるようになるだろう。
「よし、二人ともいけ」
「「アノンもな」」
「………へ?」
少年は、二人に両足を掴まれ攻め寄る盗賊の群れに投げ飛ばされた。
しかし、盗賊にあっさりと避けられ、少年は固まった土の上を虚しく転がる。
盗賊達は少年に見向きもせずに華麗なスルーをかまし、フランコとマルシィへ一斉に襲いかからず一人一人が別々の動きをして連携技を二人に繰り出す。
攻め寄る多勢に二人は分断され、盗賊も人数を平等に振り分けた。
「こんな多勢で詰め寄られても、皆好みじゃないのごめんね」
そう言いながら、マルシィは湖を割った一太刀で盗賊の群れを薙ぐ。
───が、しかし。
「───!?」
盗賊一人命中すること無く、アノンの様にあっさりと避けられてしまう。
ただの盗賊ではない。
たった一太刀避けられただけで、三人はそう確信した。
並の盗賊、否。
聖騎士ですら避けることは不可能であろうマルシィの一太刀を、こうもあっさりと避けられる筈がない。
ましてや、増強魔法を付与していたとしても補える程の実力差とも思えない。
だが、避けられた事実を目撃しては信じざるをえない。
となれば、
「こいつら地で聖騎士相当の実力者揃いだぞ!」
「それに吸血鬼もいるしね」
「フランコは大丈夫なのかよ」
「何とかな」
囲まれながらも奮闘する二人を盗賊は嘲笑う。
「どうして俺らが今まで騎士共に捕まらなかったか分かるか!?」
「吸血鬼のサポートがあるからじゃない」
「そりゃあ俺達が」
繰り出される連撃にマルシィの腕が弾かれ無防備になる。
「強いからだ」
無防備のマルシィの頭蓋に盗賊の鋭利な短刀が振り下ろされた。
「なぁなぁ、俺の事忘れないで欲しいのだが」
マルシィの前に立ちふさがる少年。
少年は振り下ろされた短刀に手を差し出した。
短刀は少年の手を切り落とし、床に血を撒き散らした。
「いってぇなぁ、この野郎……お礼にマジックを見せてやるぜ」
「───!?」
と言いながら切り落とした男の顔の前に斬られた腕の断面を見せつけた。
「よぉく見な面白いものを見せてやるよ」
床に零れる血の量は減ることはなく、むしろそれは減るどころか増えていた。
血の水たまりの中に手を切り落とした男が顔を埋める。
その光景に一同は目を丸くし、視線を少年に移しさらに驚嘆する。
「何だこいつはって目だな。なぁに、切り口がいいからくっつき易いだけだ」
と、少年は言うが、目を離さなかった盗賊は見ていた。
少年の手が何の前置きもなく腕に生えたことを。
超高速でもある程度残像は残る。それでも残像すら見えないならなんと言うか。
聖騎士や他種族を狩り、吸血鬼とも手を組んで様々な世界を見てきたが、魔法一つ使えない人間がこんな芸当をやってのけれる筈が無い。
人間なのかと疑問が浮かぶが、専門家である吸血鬼が人間だと唱えるなら人間だ。
埋めた顔を上に向けると、丁度少年の腕程の大きさの穴が空いていた。
「何だこいつは………!」
「ただの人間だよ………………多分」
少年の人外の特殊体質には、吸血鬼ですら目を丸くし自分の認識能力を疑った。
「こいつがどれだけ奇妙な能力を持っていてもそれに気をつければこいつはただの雑魚だ、一人減ったが殺っちま………へ?」
男が叫ぶも、上手く口が回らない。いや、むしろ口が回り喋れないではないか。
回ってるのは口だけではなく、視界が揺らめき、揺らめ、揺ら、揺…………。
「強者も気を抜けば誰でも死ぬわよ」
床に突っ伏す男達にマルシィの言葉は届いているのか定かではないが、死にゆく彼らに無意味な警告を送る。
「届いたよしっかり……………刃が」
巻き添えをくらって一緒に全身を切り裂かれた少年は、細く刻まれたマントを器用に繋ぎ合わせ、腰に巻き一物を隠す。
一気に片付けたマルシィは手こずるフランコに加勢し、盗賊を一網打尽にした。
残された吸血鬼は怯え両手を上げ無防備を示し、滑らかに見事な土下座を見せつけた。
「───誠に申し訳ございませんでしたァ!」
「お前が降参したら死んでいったこいつらはどうなるんだよ」
「それはそちらで火葬しても構いませんけど」
「そういう事じゃねぇ、何で俺らに遺体を擦り付けてんの?」
「だってぇ、どうせ死ぬんでしょ?あなた達」
鋭い双眸で見つめられ、少年は総毛が立つのを覚えた瞬間、背中に冷たいものが触れ、焼けるような熱が押し寄せる。
「───こいつ……休む暇もねぇなぁ!!」
見上げれば、散りばめられた複数の魔法陣。
次々と落ちてくる氷の矢を二人は叩き落とし、無駄撃ちで終わらせた。
少年には異常な量だが、二人には全然少なく感じ、相手はむしろ魔力不足で弱ってるように感じた。
とはいえ、考えの読めない奴だ、決して油断はしない。
「……………?ねぇねぇフランコ、先の魔法陣って確か青くて丸かったわよね」
「そうだが………?」
マルシィが見つめる魔法陣は星の形、スター型を描いている。
肝心のその内容を現す色はと言うと、
「………黒?あいや、白?………ほへ?」
スター型の魔法陣は白へ黒へと点滅し、その点滅は次第に早くなり、やがて当たり一面に光を撃ち放った。
ーーーーーーーーーーー
────その場にいた四人は光に包まれその後、目が覚めた村人達の中に四人の行方も存在も知るものはなく。
到着した聖騎士にこの惨状を問われようとも、村人達はただ足元に散らばる肉片に怯えるばかりだった。
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