-1.6 一途が罪

-1.6






森全域に轟く獣の咆哮。

音から大きさを推奨すると…。


「いや待ておい待てほんと待てッ!マルシィさんよ本当に20m圏内なのかよ、コイツァ木の大きさを余裕で超える、それなのにまだ姿が見えないぞ!?」


マントしか装備してない少年はどうすることも出来ず、二人に合わせて格好だけでも構える。


「いいえ、いるわ、暗くてよく見えないだけで、もうすぐそこに!」


視界に映る木々達が次々と倒され、それは次第にこちらへ向かってきている。

そして、日が暮れ空が暗くなると同時に、一番近い木がへし折られた。


「……いないぞ」


「いいえ、いるわ上を見て!」


見上げれば。


…………………。

……………見上げてから言葉が出てこない。


んーまぁ、要するにそれほどのスペックという事だな。


暗くてよく見えないが、巨大なシルエットから読み取れる情報は、高さ16m、鳥のような翼が生えてる、ムチのように地を引っ叩き呼吸をするかの様に地面を抉る尻尾。前足と後ろ足が異なる形をした足、下半身は獣毛で覆われ、上半身には毛ではなく、計四本の人の手が生えている。


暗闇に目が慣れ、その姿はハッキリと映し出され、それは、三人の忘れかけていた記憶に手を伸ばし、引っ張り出されてはしかと脳裏に焼き付けられた。

恐怖を具現化した化身。


「────魔獣」


「しかもキメラ科ケンタウロス」


「見た目キモッ!」


フランコやマルシィでさえ、見上げては汗を滲ませる中、少年は見た目の酷さに声が漏れる。


「魔獣のことはなぜか知ってる。まぁ、それほど常識レベルのやばい奴なんだろうな」


「やばいなんてもんじゃあねぇ、俺らが敵う相手じゃない、逃げなきゃ本気でまずいッ!」


「獣人とあろう方がえらく弱気だな」


「そりゃどうも、やばいと教えて貰ったのは狸爺から出しな、それまでは餌と教えられてきた」


獣人って、何なの……?


「アノン、アイツの下半身見て、あの毛一本一本が魔法を掻き消す作用があるうえ、石のように硬いの」


魔獣。

作られた殺戮生物。殺戮目的で作られたため、脳は形だけで機能していない。

構造上では生物だが、機械と言われても過言ではない。


「魔獣、ね。本気で殺りに来てるうえに、鉄壁だなんて兵器だな」


殺戮兵器とやらが先程から動かないのだが、こちらの様子を伺ってんのか?


「いい、アノン、あれの前では動いては駄目よ」


丁度気になってた事に触れてくれるマルシィ。

カルメ家から感じる独特の殺気に近い気配を押し殺してるのを感じる。

気配を消せばいいのだろうか。

………無理だろ。


「あれは動く物を獲物と捉えるの」


「恐竜かよ……そうだ、足は速いのか?」


「噂では四十kmだそうよ。逃げようだなんて考えてないわよね」


「逃げる、違うな」


少年はキメラの前で堂々と頭を掻きむしる。


「な、お前何やってんだ!?」


「悪い、じっとするのは苦手なもんでな。また会おう」


少年はキメラを避けるように周りキメラの後ろを抜けて走り去る。

それに釣られてキメラも少年を追いかける。


「視線が外れた、マルシィ、すぐ湖へ行くぞ」


「いいけど、今拾った物は何?あとアノンはどうするの?」


「これはアノンの髪だ、これがあればアノンは戻れるし、アノンは死なないから大丈夫だ」


「よく分からないけど信じるわ」




ーーーーーーーーーーー




────地鳴りが止んだ。どうしたというんだ。


兵器が諦める訳ない。

この違和感は何だ、あの巨躯が足音なくして動ける筈がない。


「そういえば、最後の一歩がやたらと力強かった気が………………ッ!?」


突如、体が動けなく……いや、これは。


「まじか、そう来たか……」


頭上に翼を広げた殺戮兵器が自分を見下ろしてる。

動けないのはこいつが空を扇いだ事によって生じた風圧。

どうやら俺の時間稼ぎはここまでらしい。


少年はマントを脱ぎ、丸めて投げ捨てる。


死に逝く少年が感じたのは、抗う事が叶わない程の重圧だった。



ーーーーーーーーーーー



「見えた、あれがナェヴィス湖、普通だな」


森を抜け、視界が開けると夜空を鏡の様に映した大きくも小さくもない、ただの湖が見えた。


「ちょっと速いって!」


少し遅れて到着するマルシィ。

そんな言葉を投げつつも、息を切らしてないことから余力が有り余ってると見える。


「迷わないようにギリギリ視界に入れるスピードで走ったんだから大目に見てくれ」


「そうですね、私は方向音痴ですもんね」


またまた頬を膨らませて拗ねるマルシィを気にすることなく、森から離れる。

森と湖の間には小さな平地が挟まれており、敵の奇襲を避けるにはもってこいの場所だ。

平地の真ん中へ着くと握られた少年の髪を捨てて即座に離れる。


「マルシィ離れとけ、ただの不死身と違って少し特殊だ」


「髪の毛植えてたけど、地面から生えてくるの?」


「そっちのが特殊っちゃあ特殊だな………お、来た。いいか、近づくなよ」


森から大きな球体が豪速球でこちらへ飛行し、目の前に来ると静止し落下した。


「マントに体のパーツを入れたのか。血の匂いがする」


このまま再生したらマントが着れなくなるんじゃないのか。

まぁ、人里に降りなきゃ大丈………。


「あ、まずいわ。マルシィ、清い乙女でいたいなら後ろ向いとけ」


「………?」


少年が再生する前にマントの中身を取り出す。

中に入っていた物に関しては触れないでおく。

再生は前触れなく始まる。そして気づけば終わっている。瞬きよりも早く。

少年は立っている。まるで必然的にそこにいたかの様に、ずっとそこにいたかのように、全裸でそこに立っている。


再生を確認すると同時に少年に向かって丸めたマントを投げつけた。


「早く着ろ。一応マルシィは女だ」


「俺としては見せたい方なんだが」


本当に最低だなコイツ。


「今一応って聞こえたんですけど、一応って!」


羽織るだけの簡単な作業が終わり、マルシィとフランコを連れ湖の側へと歩み寄る。


「さて、ここで問題が発生した。奴さんはやっぱり人魚だ」


そう、どれだけ陸上を歩こうと、足が二本生えようとも、所詮は分身だ。

人魚は水精の寵愛を受ける代わりに地精に嫌忌されている為、地に上がることは許されない。

よって本体は確実に水中にいる。

だが、


「どうやって水中を探し回るかだな。水中じゃあ当然俺の嗅覚は使いもんにならねぇ、アノン、任せたぜ」


「いや待ておい待てほんと待て、いくら俺でも湖を泳ぎ回るのは無理だぞ、プールと一緒にすんなよ」


水中じゃあ基本何も見えない。

水深も分からない、どんな生物が住み着いてるかも、対象がどんな大きさかも分からない。

見つけるにぁ、ちっと骨が折れそうだ。

まぁ、折れても再生出来るが。


「奴さんは目前なんだ、この海そのものが魔法って有り得るか?」


「この大きさだと相手の魔力のストックによるな。範囲的には問題ないが、維持が大変だ。人魚なら問題ないかもしれんがな」


水精の寵愛があれば水とつくもの全てを自由に扱える。

これだけの水があれば、水に魔法を塩の如く溶かせば塩水ならぬ魔水ができ………。


地面に地雷魔法を設置できるなら水面でも魔法を置ける。


「なんて簡単な事を見落としてたんだ……」


「………?どうした?」


「分かったよ、あの水の正体」


「ほぉう」


「あの幼女達は水だったんだ、水に偽装魔法をかければ水人形が出来上がる。で、さらに条件を引き金とした空間魔法で相手が条件を満たせば引き金が引かれて空間魔法が発動し、偽装魔法が解除されると水の塊へ戻りその裏面に空間魔法を展開すれば、水の塊が縮んだ際に空間魔法に包まれて飛ばされる。俺が飛ばされなかったのは、外から来たフランコの手が魔法陣を一部掻き消したことによって不完全となった魔法が不発となり、役目のない水は地に落ち養分として地面に吸収された」


「魔法陣はまだ分からないか」


「今のアノンの推測だとさぁ、この湖全てを魔法で包んでるって事になるのかな?」


マルシィの問にフランコが頷くとアノンの髪を引き抜き、マントを剥ぐと。


「そうなるな、って事で………行ってこいッ!」


いつだったかされた様にアノンを蹴り返し、湖へ突き落とす。


「うわぶ!」


冷たさが全身を覆う。

夜の水中は視界がやけに暗………。


────冷たさを感じない。

暗い割には自分の体が陽の下の様にハッキリと見える。


「息もできる」


何だこの感覚浮いてるのか?立ってるのか?

唯一分かることは、ここが人魚の空間魔法の世界という事。


「……にしても、殺風景通り越して何も無いな」


現状から考えられるのは、生存者がいないか部屋分けされてるかの二択だな。


「おし、帰るか」


複製すれば一瞬だが、再生するとどうなるか気になる。


「────あれ」


再生しようと途端、視界が開けた。

暗いのには変わりないが、チラチラと優しい光が揺れるのが見える。

と同時に全身が冷たい液体に包まれる。

体が浮き上がる感覚。

肺が水に満たされる感か…………ッ!?


「ごぼぼぼぼぷペぽぽぽぽぽ!?」


マジで満たされてんじゃねぇか!?

遅れて苦しみが雪崩込み、即座に肺を再生し浮上する少年。


「ブハッ!何だ何だ!?」


陸へ上がれば気まずそうな顔で二人が見つめてくる。


「おい、お前ら何をした。………顔そらすなこっち見ろ」


少年はマントを羽織ると顔を背け白を切る二人の顔面を鷲掴みした。




ーーーーーーーーーーー


二人をその場に正座させ無理やり聞き出した少年。

が、最初に出した言葉。



「カルメ家って何なの!?」


事の発端はフランコの質問からだそうだ。


五回も会った人魚に喋りかけてなぜ生還出来たのかを聞いたらしい。

そしてマルシィが剣を抜くと、剣がなぜか発光しだした。

マルシィがその剣で湖を軽く斬ると湖が割れて今に至ったそうだ。


カルメ家って本当に何なの?


魔法を切れるってどういうこっちゃだよ。

だがまぁ、おかげで出来ることが増えそうだ。


「……で、何か分かったかよ」


「全ッ然、何ッにも。人っ気どころか背景すら見えない虚無だったよ」


「こんな湖でどうやって探せと」


「探すのは簡単だと思うんだな」


探すのは簡単?言ってくれるな、だったら今すぐ見つけてくれよ。


「湖割った時湖の中央辺りで何かが光ったの!」


おやおや?


「それに、割ったあと魔法消えてたでしょ?あれ、見てない?」


おいおいおいおいおいおい!?


「おいおいどうしたマルシィ!?急に頭冴えちゃって、大丈夫?休む?少し寝る?一緒に寝てあげよっか?」


「うるさいわね!てか、後半セクハラだよ!?」


「マルシィの言うことが本当なら、湖の中心に行けば会えるという事だな」


「おし、マルシィ湖を斬りまくれ」


「無茶言わないでよ、大丈夫の保証は無いのよ?」


「俺は大丈夫!」


「俺ァ駄目だね」


さっきの地雷魔法でフランコは、マルシィの様に魔法を防ぐことは出来ないらしい。

なら置いて行くしかないか。


「フランコよ、待ってるなら、二つの肉の棒をあげよう。片方は所持してもう片方はマルシィが湖を割った時に投げてくれ」


「お前痛くないんじゃないのか?」


「痛いに決まってんだろ。止血はしてるから血で汚れることはないぞ」


「そういう問題じゃあないんだな」


生を感じないものは持っていると何だか気味が悪い。

汚物を摘み汚物を見る様な目で二つの肉片を眺めるフランコは、仕方なく両手に一つずつ肉片を握る。

その横で少年はマルシィに作戦を伝える。


「マルシィ、斬ったら俺の肩に振り落とされないように掴んでくれ」


「いいけど、一度斬ったら30秒のインターバル挟むけどいい!?筋肉痛になるからね!」


「分かった。おいフランコ準備してくれ」


フランコが肩を回し筋肉をほぐす間に、マルシィははるか湖の先を見つめ剣を引き抜き仁王立ちする。


「いつでも行けるぜ」


「おし、マルシィ頼む」


ゆっくりと滑らかに持ち上げられた剣先が閃き空に弧を描く。やがてその輝きは刃全体を埋め尽くし、眩い光を湖に放つ。

光は、水面の魔法陣を斬り、湖を斬り、湖を割った。


その中心で何かが月光を反射し美しく輝く。


それを視認した背後で構える獣人が振りかざした肉片を豪速球で湖の中央へと運ばれる。

その後ろをそれ以上の速度で追いかける奇妙なシルエット。

肉片が着地した瞬間に追いついたシルエットが二つに分離すると人型へと変わり、片方は地を這い、片方は立ち上がる。


「いてててて………ん?わお、でっかいクリスタルだな」


目の前には3mはあるだろうか、大きな水晶が地面に刺さらず浮遊している。

反対側のマルシィは夢中になって呆然と見上げ眺める。少年は何が見えるのか気になりマルシィの横に立つと、


「………」


言葉に出来ない程の美しさを身にまとった女性。下半身を見る限り人魚だ。そして、いつか見た蒼色の髪が、歳こそ違うがあの人魚の亜種だということを確信させる。

その表情はとても穏やかで、誘拐常習犯なのに安心を感じさせる様な優しい笑だ。


少年は視線を下ろすとクリスタルに文字が書かれてることに気がつく。


「マルシィ、そろそろもう1回湖斬ってくれ、次で最後だ」


「了解」と応え、湖を斬ったのを確認するとクリスタルの文字に目を移す。


『あの方はいつ目覚めるのでしょうか。あの方の意識が絶えて十数年、目覚める様子が見えない。しかしあの方は生きている、心臓が正常に機能している。昔あの人に読んでもらった浦島太郎という本がある、それをまたあの方の声であの方に読んでほしい。私は諦めない、あの方ともう一度会えるまで、諦めない。私は浦島太郎に出てきた乙姫の様に、あの方を玉手箱に封じた。どうか私の勝手な行動であの方が目覚めた時、浦島太郎の様に、知らない世界を見て絶望しないで欲しい。もしもあの方が寂しくなった時、私があの方の側にいて上げたい。だから私も、私を玉手箱へと封じ込めた。あの方が再び目覚めてくれるまで老いないように、気づいて貰えるように』


クリスタルに抉り書かれた文字は、読み手に思いを言葉が出ない程に染み込ませた。


「………!」


しかし、少年は文章の下にまだ文字がある事を見逃さなかった。


『しかし、玉手箱を維持するにも私の魔力じゃ足りなすぎる。どうせ目覚めたら知らない世界なんだから近辺の生物から魔力頂けばいっか。吸い取られればミイラになるだろうからこの下に沈めればいいか。久しぶりに来た生贄は、



丁度そこにいる人間二匹』


「───ッ!?」


突如、まだ戻る時間じゃないにもかかわらず、湖が津波のごとく押し寄せてきた。

回復したマルシィが前方から後方へ弧を描き湖を斬るが、クッションを殴るかの様に斬撃を吸収された。


「まずい、マルシィ掴まれ、離脱する!」


────津波が空を覆った。



ーーーーーーーーーーー


もしあそこで間に合わず飲み込まれていたら俺は無事でもマルシィはミイラにされていただろう。


「ちくしょうッ!前文の感動を返せあのアマァッ!」


「一つ、残念な結果がわかったわね、生存者はゼロ、みんな仲良く湖の底で眠ってるわ」


「……チィ!これ以上被害を出さないように何か対策を練らなきゃ………」


「まあまてアノン」


地面を殴りつけ苦渋を味わい今すぐにもひとりで走っていきそうなアノンの肩を掴み宥めるフランコ。


「お前は再生すりゃいいかもしれんがな、俺とマルシィはそうも行かねぇんだ、何かを成したいならまずは遠回りになってもしっかり休め、というか休ませろ。お前も脳が一般的なら休まなきゃいつかパンクするぞ」


「……悪い」


「謝るな、急ぎたい気持ちは分かる」


不死身でも心の再生はできないみたいだ。

寝なくても大丈夫な俺が唯一出来ること。


「二人はゆっくり休んでてくれ。俺が見張りをする」




ーーーーーーーーーーー



敷く物を持っていない為、フランコは岩に寄り添い凭れる形で睡眠に入る。


マルシィが森の中へ進んでいくのを目撃した少年は、コソコソとマルシィの圏外からストーキングする。


「これは美味しい予感ッ!」


しかし、マルシィは少年の期待する通りに行動してくれず、木に手を掛け俯くのを確認すると残念そうに、草木に紛れる。


「ハァァァァァァァァァァァァァ………」


ため息深すぎだろ。


「このテンション高いキャラ疲れるわね途中から忘れてたわ」


アイドルの楽屋裏!?


「まさかアノンとあんな再会の仕方すると思ってなかったわよ」


…………………??


「よかった、前よりイヤらしくなってるけど、こんな汚れた私を知らずに受け入れてくれて」


……何を言って………。



「最低だよ、また私、都合悪い事隠して」


…………………!?


「そろそろ戻らないと」


やべ、急いで戻らねぇと。



ーーーーーーーーーーー



マルシィは何事も無かったかのようにスキップしながら帰ってくる。


「よ、よお、長い時間どこいってたんだ?」


「女の子にはねぇ、知らない事が色々あるの〜!」


よく言うよ。


「それじゃ、私も寝るわ。見張りお願いねぇ〜」


流れる様に寝転び、早くも眠りにつくマルシィ。

一人取り残された少年は空を見上げ、情報を整理する。


マルシィとは既にどこかで会ってる?

また何か隠してる?

彼女と似てる容姿に声音、カルメ家。


「…………おいおい、マジかよ………」


彼女の穏やかな寝顔を見つめ、苦笑を漏らす。


膝にかけた手の先の薬指に吐息がかかる。

すると、薬指の皮膚がチリのように、風に吹かれた花びらの如く、静かな夜空に舞い上がる。


「───ッ!?」


少年は敵の奇襲かと身構えたがマルシィが起きない。

となれば、害意ある攻撃魔法ではなく、別の安全な魔法と言うことだ。

薬指を見直すと皮膚は何も無かったかのように、変わらない形をしている。

皮膚のチリは落下すると、文字に見える形で着地し、それは言葉となりメッセージとなる。


『フランコに生き肉を与えるなよ、絶対与えるなよ、与えるなよ!?』


フォックス…………か?

フリと受け取っていいのか分かんねぇ。


いや、それよりもこれはどういう意味だ、生き肉?

あいつが自重出来てる間は大丈夫だろう。

何で直接言わないんだ。


「いかんいかん、これ以上考えると脳がパンクしてまう」


少年は頭を振り、次々と浮かび上がる疑問を振り払う。


夜空に不規則に散らばされた星々を眺め、一息つく。

よく空を見上げる。空を見ると何だか気持ちが落ち着く。

知性ありし生物は今も昔を変わらずこんなに汚いのに、空だけは今も昔も変わらない綺麗さなのだろうか。


「……………鳥だ、でっけぇなぁ。一扇ぎでよくもあんな巨躯を飛べるな」


空を飛ぶ巨鳥は広大な空を我が物顔で縦横無尽に飛び回る。

それを追いかけるように巨鳥の下の森から一つのシルエットが飛び上がる。

同じく大きな翼を羽ばたかせ空を飛び回る姿は、一見鳥のようだが、胴体がその存在を全否定する。

四本生えた手、下半身は獣毛に覆われ、足は前後異なる形。全体的にキモイ見た目

これは、いつか見た。


「キメラ!?」


口から火を吹き巨鳥を威嚇するキメラ。

次のターゲットとされたのだろう。

俺達は動かなけりゃ狙われないから安心か。

無意識に立ち上がっていた体を再び下ろし、上の決闘を傍観する。


両者いがみ合ったまま動かない。力量を測っているのだろうか。


瞬きをした、一秒とは程遠い一瞬。

巨鳥が姿を消し、キメラが急下降している。

着地先は、ここと見える。


「………。え、うそ、まじで?」


段々と大きくなっていくキメラのシルエットは、まっすぐにここへ落下しようとしている。


「起きろぉ!!キメラが降ってくるぞぉ!!」


少年の声に飛び起きた二人は空を見上げ、硬直した。


「ねぇアノン。これどういう状況かしら」


マルシィが呟いて刹那の間、視界が土砂で埋め尽くされた。


落下の衝撃が爆風を生み、湖は荒れ狂い、木々は折れんばかりに弧を描く。

辺り一面砂埃に覆われ、暫くは何も見えなさそうだ。


しかし、それも束の間。

巨大な翼が一扇ぎするだけで辺りに舞う砂埃が逃げるように消え去る。

開けた視界に映る光景。瞼を開ける前から大体の予測はつく。

キメラが美味しそうにこちらを見て………。


「───ッな!?」


映った光景は、予測から大きく外れたルートを辿っていた。

キメラの首に嘴を通し、起き上がろうとする胴体を片手で抑え、暴れ狂う四肢ならぬ八肢を空いてる三本の手足で押し潰す巨鳥の姿。

全ての手足を潰されたキメラは、鼓膜が裂ける程の咆哮を巨鳥に浴びせ、惨めにも残された胴体で足掻き狂う。

やがて悲痛な叫び声も掠れていき、森は静寂に包まれた。


よく見たらこの鳥、翼があるのに手が生えてる。

これは鳥というより、


「………ドラゴン」


ふと名前を零したのは一番知識の多いフランコだ。


シルエットで見ればイメージ通りのドラゴン。

だが、このドラゴンには違和感を感じる。

ドラゴンはトカゲ寄りのはず。しかし、こいつはドラゴンと巨鳥を合わせた様な見た目だ。

烏の様な嘴を持ち、翼を持ちながらも手足を授かってる。

皮膚はまるで鎧を着ているかの様に月光を反射す光沢を放つ。


皮膚を見る限り、生物とは思えない。

となればこいつもキメラなのだろうか。


だが、マルシィもフランコも未知の生物を見る様な目でドラゴンを見ている。

というか、ドラゴンを作ることは可能なのだろうか。

ドラゴンというのは野生の最上位に君臨する生物だ。

ドラゴンが気まぐれで人街降りれば避難する間もなくその街は、全てが焼け爛れ、高低差を失い焼け野原へと変わる。


見た目を似せるだけだとしてもキメラに勝てる程の力を持てるのだろうか。


というか、


「キメラって、どうして皆こんなに見た目キモいんだか」


こいつもキメラみたいに動かない者は狙わなけりゃいいけど、そうはいかねぇみたいだ。

さっきからこっちを見つめたまま動かない。


「来るなら早く来てくれないかしら、キメラの時もだけど、こういう緊迫した空気耐えられないのよね」


その願いが届いたのか、静止していたドラゴンがようやく動き出す。




───マルシィは今まで数多く多種多様なものと戦ってきたが、いずれも捉えれないものはなかった。


妖魔も、獣人も、吸血鬼も聖騎士も鬼人も妖精もも、勝利は叶わなくとも何とか捉える事は出来る。それ故に逃げ延びれた。

だが、この謎の生物は目で追うことは叶わず、圧倒的な威圧感とむき出しの殺意に背後をとられたと教えられた。


狙われたのは一番近くにいるマルシィではなく、その後ろにいたフランコだった。


なぜ一番戦闘力の高いマルシィではなくフランコなのか、種族で狙ったのだろうか。

未知を相手に考えても無駄と思い込ませ、少年は体を動かした。


ドラゴンに睨まれたフランコはまるで、蛇に睨まれた蛙の様だ。


「フランコッ!」


動けない蛙を押し飛ばすと、フランコとマルシィの視界から少年とドラゴンの姿は消えていた。


「「───アノン!!」」


遅れて二人は少年の名を叫んだ。

しかし、その声に言葉は返って。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」


────きた。


ふと二人は少年が不死身だということを思い出し、赤面する。


「そういやお前そうだったな」


「心配して損ね………ハァ」


「ドラゴン相手に奇跡の生還した人にその態度はなくない!?」


だが事実、再生すればいくらでも帰ってこれる。

とはいえ、不死身の自分を心配してくれた二人に内心照れる。


「あいつはまっすぐ南西へ向かって行ったから大丈夫だろ」


「ナェヴィス湖から南西…………おいおい、それはまずいぞ!」


急に声を上げるフランコに、ドラゴンの影響で感覚が敏感になってる二人はビクッと肩が跳ねる。


「ここから南西は人間と妖魔が戦争している戦場だ!!」


戦争という言葉を聞いた少年の脳裏に二角の姿が浮かび、血の気が引く感覚を覚える。


「あ、アレが戦場に行ったら………」


「その場の人間軍も妖魔軍も全滅して戦は終わるでしょうね」


「だがまぁ、人間側としては嬉しいんじゃあないのか?」


「そうね、妖魔軍に竜人が加盟して今人間側は敗戦続きで劣勢だものね」


だからって多くの命が失われていい訳がない。

とはいえ、アレを止める術もない。


………………。


「なあ、妖魔軍に竜人が加盟したんだろ?」


「そうね、それが?」


「竜人とドラゴンって、どっちが強いんだろうな」


呼び方と見た目が違うだけで元は同じだと思われる二つの生物。


「竜人があの速さを捉えれるなら一人でも討伐可能と思われるぞ」


竜人やべぇな流石種族カースト上位。

それに比べ、同じ階級のこいつは。


「はぁ〜」


「何だそのポンコツを見る様な目は」


「別に。……そうだ、今戦争に竜人が来てるならいつ出会うか分からねぇ。何か特性とか情報ないか?」


「そりゃあるぜ、てっぺんの精霊は未知数過ぎて情報がないが他種族の情報なら基本頭に入れてるからな」


「うわぁ、無駄に頼りになる」


「無駄かこれ?……まぁいい、竜人は見た目が最も人間に近いパッと見人と見間違える位にだ」


「おいおい、そんなんでドラゴンと渡り合えるのかよ」


ドラゴンに一人で勝てると聞いた時は、ごつくて全身が鱗に覆われ人の形をしたドラゴンを想像していた。

だが実際の姿は人と変わらないって、拍子抜けすぎる。


「竜人は男女共に美形だ。薔薇に棘があるように、上物と間違えて絡んだ奴は惨殺されたよ」


なんかあの人魚みたいだな。


「だが、パッと見普通の人なだけで見分けれない訳では無い。人との決定的な違いは耳だ」


「耳?」


「ああ、竜人の耳は長く先が細く尖ってる」


「何それいいな」


尖った耳ってなんかオシャレで羨ましい。


「これが平常時の竜人」


「激昂すると赤くなったり髪が髪金になってスーパー竜人とか言ったりするのか?」


「いや、興奮とかではなくてだな、戦闘モードにスタイルチェンジすると全身が鱗に包まれる」


やっぱりそうなるのか。


「その鱗は全てを弾く無敵の鎧だそうだ」


「それなら勝てると納得出来るな」


「だが、元々ここまで強い種族でありながらも、当の竜人達は穏和で戦が嫌いな種族の筈なんだ。それなのに戦争に参加するという事は………」


「まじかよ………何やっちゃってんの人間さんよ」


「人間が竜人を怒らせる程の事をしたっていうこと!?それってつまり」


「何らかの方法で竜人を乱獲している」


「もう滅べよ人類…………」


ただでさえ妖魔相手にあれだけ苦戦してたのにも関わらず、勝ち目のない竜人にまでちょっかいをかけるなんて、これをたわけと呼ばなければなんと呼べばいいのか。


「ふぁ〜。………ひとまず寝ていいか?全然寝れてないんだ」


「ああ、いいぜ、あの後すぐ寝れるお前を尊敬するよ。マルシィも寝れるなら寝たらどうだ」


「そうね、私も寝るわ、おやす……zzZ」


「マルシィもすごいな」


二人が寝て、辺りを再度見渡せば景色結構凄いことになってる事に気づく。

湖を中心に木々が仰け反り、ドラゴンが落ちてきた場所には八肢を全て潰され喉を貫かれた無惨なキメラの死体がこちらを見つめている。

死してなお、圧倒的存在感を放つその生物、否。

兵器は死んでる事を悟らまいとする様な殺気を感じさせられる。


「さてさて、明日はどうするかな。人魚の対策を練ろうにもどうすりゃいいのか。ドラゴンもどうしようもない」


人魚はもともと寄り道だ。後から行くことはいくらでも出来る。

対策も何も縄張りの中の住人は皆知ってるから問題ないか。




───まて、縄張り内で人魚が有名だとするとなぜあの村は全員取り込まれたんだ。

対策位全員知ってる筈だ。

そういえば、人魚のクリスタルに久しぶりと書いてあった。

あの村は襲われてからそこまでの間がない、それなのに久しぶりという事は、あの村は人魚に襲われていない。

だがもしそうだとすると、あの時フランコが嗅いだ人魚の臭いは何なんだ。


日が明けたらもう一度あの村に行ってみよう。

何か分かるかもしれない。




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