-1.5 ゼロから始める魔法基礎学

────突如、森全体に鳴り響く野太いオッサンの声。


人間の少年と獣人のフランコは声の主へと顔を向ける。


「オメェら、人が後先短い命を充実して過ごしてんのにワーギャーワーギャーうるッせぇんだよ、じゃッ!おかげで目が覚めちまったじゃあねぇか、じゃ!」


「後先充実してぇんなら、呑気に昼寝しず、どっか遊びに行けや狸爺ッ!」


フランコが言い合いするのは、狸爺と呼ばれる妖精。

エリンギの様な形をした家?の窓から顔を突き出し指を指し二人を怒鳴りつける。

その姿は呼ばれる通り、狸そのものだ。

ただし、喋らなければ。


「え、あれが妖精?」


「あれでも妖精」


狸の妖精が二足で立ち上がり、丸めた拳を肉球に押し付ける。


「おいおまんら、一発殴らせろ、じゃ」


フランコは即答で断るが、少年は頬を近づけ指で突っつく。


「その可愛い肉球押し付けてくれても構わんぜ」


「それじゃぁ、遠慮なく全力でいくだお、じゃ」


「………圧、ストレングス。ストレングスストレングスストレングスストレングスストレングス。おし、じゃッ」


後ろに下げた手が複雑に描かれた円を纏い、その後ろにも同じ円が均等な幅で出現する。


「ん、なにそれ、」


「ストロングぅ〜、ビンタッ!!じゃ」


────刹那、視界が横転した。

頬に伝わるのは冷たい土の感触ではなく、岩に叩きつけられ骨に直に伝わるような痛み。

衝撃が少年の顔を止めることなく沈ませ、少年の首は地面に突き刺さった。


「おーい、生きてっかァ?」


冷たい地面の中でも外の心配する気のないフランコの声が聞こえてくる。


「今お前が体感したようなのが、まぁ、一種の魔法だ」


「………先に言えよ、死にかけたわ」


「不死身なんだろ」


「………。………今のは増強的な魔法か?」


「今のはドーピングなんぞじゃないじゃ。似ておるがなんか違う、じゃ」


切り株に腹をベッタリと乗せ無防備にくつろぎ始める。


「ドーピングは体そのものを強化するが、今のは体の外を強化した、じゃ」


「なるほど、よーわからん」


「一から教えてもらえよ、そすれば少しは理解出来ると思うぜ」


「魔法のことを何も知らないのか?じゃ」


呆れ顔を少年に見せつける狸。

だが、仕方のない事だ。本来、人というのは人鬼にならない限り魔法に関わらない。

他種族とも関わらない。


「悪ぃな、時間も限られてる事だし最短縮な授業で頼む」


狸はゆっくりと起き上がり、足を切り株から下ろし、手を膝の上に置いて可愛らしく座る。


「魔法はな、ただ火を出したり出来る訳じゃあない、じゃ」


狸が喋り始めるとフランコは少し離れた場所に移動して木陰に隠れた。


「魔法は積み木の様なもの、じゃ」


片手を持ち上げ、爪を一つたてて空をなぞる。


「一つの塔を完成させるには足下に転がる木材を積み上げて作るだろ?じゃ」


空をなぞる爪先から出る光の線がインクの様に空に積み木を描く。


「もちろん木材一つで完成と言えばそれも一つの作品だ、じゃ。だが、それでは誰がどう見てもショボいようにしか見えないだろ?じゃ。魔法も同じ、じゃ。積み木一つ分の火だと、ロウソクのようにか弱い火になる、じゃ。────だが、積み木も沢山組み立てればそれなりに立派になる、じゃ」


空をなぞるのをやめた手は空を掴まんと突き上げられ、掌を中心に囲むように複数の円が出現する。

複数の円は一つの線で結ばれ一つの形の悪い円へと変わった。

その中心の掌の上にもう一つ円が出現し、全ての円が中心の円へと線を伸ばし接続された。


「これが積み上げた積み木の威力、じゃ」


────瞬間、すざましいほどの火力が森を突き抜けた。


「………熱ッ!」


小柄な狸の何百倍もの大きさの火炎が空を焼き、空気を熱した。

熱風が喉を焼き木々を煽る。踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまいそうなほどの風圧だ。


「喉が、焼ける」


妖精でこれ程の力を持つなら精霊は化物か。


「今のも魔法、じゃ。魔法を撃つ度に出てくる円、あれが魔法陣と呼ばれるもの、じゃ」


「……魔法陣?」


「積み木一つ一つを重ねて出来上がるのが魔法陣だ、じゃ。単純に火を大きくしたいなら、『火炎』『火炎』『火炎』といった元を重ねれば今の様にでっかい火炎が出来上がる、じゃ。今のでも充分殺傷力はあるのだが、攻撃としていいのは、まず種となる『火炎』、威力の元となる『火力』、遠くに当てたいなら『飛距離』を入れて継続時間なら酸素を送れる『風』を混ぜる、じゃ。これを順番に並べれば、綺麗な魔法陣が出来上がり、高性能な魔法を発動出来るわけ、じゃ。前者よりも後者のが省エネで簡単で使いやすい、だが、火をつけたいなら後者のがいい、じゃ。前者で火をつけるとなると消し炭になってまうの、じゃ」


「なるほど、同じ属性でも使い分けなきゃいけないわけか」


「魔法陣は三種類ある、じゃ。まず一つがスター型と言われる星を描いた魔法陣、じゃ。これはそれぞれバラバラの魔法を混ぜて扱う魔法陣、じゃ。で、二つ目はサークル型と言われる丸を描いた魔法陣、じゃ。先の炎の魔法で使った魔法陣だな、魔法を使う時は大抵これ、じゃ。これは一つの魔法をベースに強化して扱う魔法陣、じゃ。そして三つ目が団子型、一部にはビーズ型とも呼ばれている魔法陣、じゃ。これは一点集中する時に扱う魔法陣、じゃ。さっきおまんを殴った時に使った魔法陣、じゃ。これは少し特殊だな、『ストレングス』や『圧』『ジェット』『レジスト』など他にもあるが少し特殊な魔法を張る時に使う、じゃ。おまんが先に言った増強は三つのうちのサークル型、じゃ。対象の足下に魔法陣を発現させて、攻撃なら『ストレングス』防御なら『レジスト』を付与すれば増強できる。さっきの団子型との違いは体で殴るか魔法で殴るかの様な違い、じゃ」


「ほうほう、魔法のことはだいたいわかった。あのさ、空間魔法って作ることなの?」


「空間魔法、可能といえば可能だが原理がさっぱり、じゃ。異空間へと繋ぐゲートはサークル型だと思うんだけど、どういった属性を混ぜれば出来上がるのか、それとも全く別物の魔法か……いずれにせよ、精霊様の一般魔法しか見てこなかった儂ァにァ分からん、じゃ」


体感した人魚亜種の魔法を思い出しつつ、少年は狸に問う。


「魔法陣を出さずに魔法を撃つことは可能か?」


「可能だが、それは積み木一つの力か、魔法陣を見えなくしているか、偽装しているか、自分そのものが魔法陣かの三択、じゃ。だが、積み木一つでも種族贔屓や特性で桁違いの魔法が作り出せる、じゃ。例えば人魚、人魚は水精の恩恵を受けているから水属性の魔法を使えば魔法一つで魔法陣一つに匹敵するほどの水属性の魔法を扱える、じゃ。魔法一つなら時間もマギも節約出来てお得、じゃ」


「魔法陣を視認不可、偽装可、どちらも可能性が五分五分だし、想定外の事もありうるかもしれない」


頭を抱える少年の傍にフランコが歩み寄る。ここを離れたのはおそらく狸が先ほどの火の魔法を使うことを予期していたからだろう。


「ずっと思ってたんだが、お前、いつ服着るの?今の魔法で乾いたからもう着ていいんじゃないのか」


「お、悪いな」


熱の盾にしたらたまたま乾いただけだろう。


唐突な問にふと一時間程前の自分に戻る少年。

濡れて着れなくなったついでにフランコに渡したマントを脱げば素っ裸。なぜ着るものを持っていないのかは覚えていない。気づいたらフランコに食われていた。

その前は何してたか、えーと、えぇと、えと………。

自害して、首刎ねられて、王様を殴り飛ばして、フィーリアの名前を知って、二角に殺されかけて……。


「あれ、俺死と隣接しすぎじゃね?」


「それよりさ、魔法のことわかったかよ、あと狸爺、妖精外の抜けた才を 自慢するのはいいが、」


妖精全てがこの力だと思ってたが、どうやらこの狸だけが特別強いらしい。

少年は生肌の胸を撫で下ろした。


「後ろ見てみろ、キノコがこんがり焼けてくぜ」


「ンノォォオオオォォォォォオオオンッ!!じゃ」


振り向くと膝を折り雄叫びを上げ、キノコの傘の少し上へ向けて手を翳す。


「水水水水水水水水、水ゥ!!増量洗浄クリア除菌ッ!!じゃ」


キノコの頭上に大きなサークル型魔法陣が描かれ、中心からはシャワーを越したバケツの様に水を大量放出。



────消火作業が終わり、切り株に突っ伏す狸。


「トホホ、じゃ………」


「自業自得だな、おいアノン魔法のこともういいなら奴さん探しに行くぞ、当てはないが」


「ねぇのかよッ!……だったらさっきの場所に戻ろう」


「はぁ!?何でだよ面倒くせぇ!」


「俺が思うに縄張りがある気がするんだ」


「縄張り?いろんな所で目撃情報が報告されてんだぞ。んなモンあるとしたら世界中が縄張りだぞ」


「そうだよ、もし世界中が縄張りだとしたらその魔力量はどれだけになる?」


「そりゃあ………精霊並になるし、精霊ですら分身を維持するのは………」


「いくら亜種と言えども人魚が精霊を超えることは不可能。それに、もし超えてたなら一般的情報は知ってる俺が知らない訳がない。となると人魚の亜種はある地域のみに分身を置いているという事になる。その地域を探すのに最も確実な場所は先ほどの俺達がいた村になる」


「だから戻ろうってか……だがな、正直面倒臭い、行くの、嫌だ。行くの、疲れる。あそこ、遠い。場所、忘れた」


「何でカタコト?まあいい、移動手段と場所に関しては任せろ」


「また俺を馬にしないよな」


「安心しろ、今度は俺が馬だ。髪の毛一本置いてきた。再生すりゃ30分で帰れるさ」


「お前のこと不死身しか取り柄のないひ弱な人間だと思ってたけどよ、見直したぜ」


「んじゃ帰るか、狸さんよ、ありがとな。───って寝てるし。名前を最後に聞いておきたかったが、もう会うことなさそうかな」


ずっと黙り込んでるなと思ってたけどまさか寝てるとは。

どうやら相当な年配。もしくはただののんびり屋らしい。


「それの名前はフォックスって言うぜ」


「狸なのに!?」


「じゃあな爺さん、後先永く生きろよ」


「おし、フランコ俺に乗っかるようにしがみつけ」


2人が手を振って背を向けると、丸まって寝ている狸の尻尾が上下に振られる。その仕草を尻目に少年は抱きつきたい衝動に駆られるが、浮いた体に逆らえず狸があっという間に見えなくなってしまった。


「また会ったらモフモフさせてもらおうかな」


「動物好きなのか?」


「かもしれないな」


「俺でモフモフしてもいいぞ」


「嫌だよ!お前、頭と股以外のどこに毛があんだ!つーか絵面が完全にアウトだろ!!」


「あの爺さんはそういうの嫌がるぜ」


「狸扱いするな、てか」


「いや、『儂を触っていいのは尻がでかい清楚な乙女だけじゃ!』って」


黙って人の里に降りれば願いは叶うだろうに。


フォックスは狸の姿をした妖精で、あの骨格でありながら人と喋れる。

魔法の才は妖精の中でも群を抜いてるらしい。

妖精とは本来、下級精霊の使いや奴隷とされてる。

妖精も精霊も元は同じ種族。

しかし、マギの質によって階級を付けられ、下級精霊よりも劣る下の下の精霊は精霊と認められず、妖精と呼ばれた。

妖精で群を抜く力、フォックスの実力はおそらく精霊クラスだろう。


「そういやフォックスとお前の接点ってなんだ?」


「育ての親みたいなもんだな」


「おいおい、その年で親を爺扱いかよ、反抗期早いなッ」


「180歳位の爺に育てられてそれでもパパと呼べるやつは相当ないい子ちゃんくらいだ。だがまあ、数え切れないくらいの恩はあるがな」


「育ての親と言うだけあってそんな昔からの付き合いなのか」


「まぁな、最初に出会ったのが3歳頃だな」


「ほうほう、それで?」


「さぁな」


「焦らさず教えろって、何もったいぶってんだ」


「お、そろそろ着くんじゃあないのか」


「無視すんな!」


「…………ん?」


自身のの倍の速度で飛びながらもフランコは、木々の隙間から先ほどの焼け焦げた無人の村を見た。

だが、速度は落ちることを知らないかのように、村を通り越した。


「おいおいおいおいおいおいぃぃぃ!今村過ぎたぞ!?お前いったいどこに髪の毛接地したんだよ、ちゃんと縛り付けたのかよ!?」


「あ、ヤベ」


「馬鹿野郎ッ!どうすんだこれ!どうすんだこれぇ!」


「ほ、方角は覚えたから、だ、大丈夫だよ」


「つーかお前止まれねぇのかよぉぉぉ!!」


「止め方分かるなら止まってるよ!」


「何で開き直ってんの!?前見ろ前!コースに人いんぞ!」


獣人の目で見えても人の目では見えないため、少年は瞼を閉じ、抜け毛との距離を探る。


「あ、毛近いぞ、ゴールだ」


瞼を開けた時、目前にはマントを被った小柄な人影。しかし速度は止まらない。

この再生飛行は自然を避けても生物は避けれない。

この速度でぶつかれば人なら即死、他種族はどうだろうか。

ぶつかると悟った瞬間、マントの人影が少年の体の横を転がるように避ける。

丁度止まったと思ったら、勢いが静止する事なく叩きつけられそのまま地面を抉りながら走行する。


「へ、ぶぶべぇふぇばばばばるびばんぶべぼぼぼ!」


服を着てないからより痛い。痛みを全身で感じる。

まだ実験ネタは残ってたみたいだ。なぜ静止できなかったか。

それは背中の荷物のせいだ。

少年は見た感じ移動しているがこの世界から見れば止まっている事になっている。

だが、その少年にしがみつくフランコにそれは影響されず慣性が働いた事により、再生が終わった少年はフランコの慣性に道連れにされ、下敷きにされた。


「いてててて………再生っと。あの大丈夫ですか?」


「いやそれお前が言う事か?」


マントの人はこちらに体を向けたまま微動だにしない。

いったい何を考えてるのだろうか。フードの影が暗くて顔が見えない。


「おいお前、何者だ」


唐突にフランコが警戒心むき出しでマントに問うた。


「お前いきなり何言ってんの?それはあちらのセリフだよ?」


「人間の臭いに変なのが混じった臭いだ」


「え、人間なの?」


「確かに人の臭いだが、人間ってのは獣人の速度で飛んでたお前を避けれるもんなのか」


フランコが牙を剥くと納得した少年もマントの人をを警戒する。

今まで微動だにしなかったマントの人が、フードに手をかけ後ろへ下ろす。


「青い、髪……」


フードの中から現れたのは青く短い髪の少女。

人間、臭いに変なのがまじってる、青い髪。

この条件から浮かび上がるのが。


「───カルメ家」


その言葉を聞いたカルメ家の少女は、マントを握り大胆に脱ぎ捨て、ダボッとした大きめの帽子を被り、開口一番。


「そのとぉーぉりッ!私は泣く子も黙れずさらに泣く、カルメ家のマルシィ!バルタベア座で血液型はAX型人鬼混じり、歳は16、好きなタイプは同年代で世間知らず。いつ人鬼になるかわからないからそのうち見かけた人鬼は私と見てオーケーッ、以後お見知りおきをッ!」


早口な自己紹介で第一印象が変な奴なマルシィ。


16歳、フィーリアと同年代のようだ。

そういやフィーリアは元気だろうか。


「俺はアノンと名乗ってるコイツはフランコ」


「おやおや、カルメ家と知って恐れないとは、あなたひょっとして………狂ってます?」


「ンなわけねぇだろ。世の中にはな、強がらなくてもカルメ家を警戒しない奴なんてそこら中にいるぞ。それに、獣人といて人鬼を恐れるなんて今更すぎるだろ」


「ほうほう、あなたはつまりその獣人の餌候補と?」


「今のをどうやったらそう解釈出来るんだよ」


「そんなことよりあなた、行く当てなく旅する私をお供にしませんかねッ!今なら黍団子なしで心強い用心棒、カルメ家のマルシィがセットで付いてきますよッ!」


「お前しか付いてこねぇじゃん」


「ねッ!獣人のフランコさんもいいでしょ!?」


「アノンに任せる」


「アノンさん、カルメ家ほど安心できる味方はいないでしょ!?いつ人鬼になって背中ド突かれるかわからないけど他種族に敵う味方は頼りでしょ!」


「全然安心出来ないよ!?…………まぁでも、フランコよか頼りになるか」


「言い返せない悔しさ」


獣人の癖に吸血鬼にすら劣るフランコよりも、獣人に匹敵する戦闘力を持ったカルメ家のが断然役立つ。


「オーケーと見ていいんですねッ!」


「面倒臭いけど女子ならいいよ」


どんな奴だろうと美少女にゃあ弱い少年。

ましてやカルメ家、どこかのロアの令嬢と重ねてしまい、放っては置けない。

それに、人鬼になってしまったとしても被害が出る前に助けてあげたい。

重ねてしまうとマルシィの声がフィーリアに似ているように感じてきてしまう。

思い出せ、フィーリアは確かクールな感じだった。目も声も全てがクール。

こんなハイテンションな訳ない、目はこんなにぱっちり開いてもいない、重ねてしまっては失礼だ、フィーリアに。


「私が美少女だなんてぇ………惚れちゃった?」


「押し倒すぞ」


「いや〜ん出会ったばかりでそこまで高飛び出来るほど私の尻は軽くないの〜ごめんね〜」


コイツウゼェ。

だが、仲間になったなら方向性を揃えないとなんねぇ。フランコはよく分からんが大体は同じだろう。


「俺達の旅の目的は大雑把に言って人助けだ」


「ワァオ、なんて素晴らしい!生殺しにされて苦しむ人々に止めを刺………」


「いや待ておい待てほんと待て。違うぞ」


どいつもこいつも人助けの事をどう教わってんだか。

それとも文化の違いか?戦闘民族はそういう文化なのか?


「死を求める奴に生の喜びを与えてやるんだよ」


「カッコイイデェスアナタ!お姉ちゃん惚れちゃうわァ!一生ついていきマァス」


「納得したならいいよ。大雑把に言わなければ今の目的は人魚の亜種に誘拐された人々をどうにかして救うことだ」


「それって地を歩く幼い人魚の子?」


「会ったの!?」


こんないかにも俺みたく喋りそうな奴が取り込まれずに生還してるなんて………。他にも抜け道があるのか、実力行使。それか女性は狙わないか。いや、それだとあの村は男だけということになる。だがもしそうだとしてら丁度女性が攫われたところに人魚が来たとも考えられる。クソ、考えることがただでさえ多いのにまた増えた。


「5回位会ったよ?」


「5回!?」


「エリベル平原とフマロ湿地マヤラ山コハル砂漠、最後にここ、カサマ森林で計5回会ったわ。全部溶けてどこかへ行っちゃったけどね」


なんつう凶運を持ってんだ


「マルシィ、旅してるなら地図持ってるか?今言った5箇所の位置教えてくれないか」



────地面に広げられた地図を膝をつき眺める少年。その正面では、腰を下ろして地図に指を指すマルシィ。そして、少し離れて座り、蝶と戯れるフランコ。


「やっぱりだ。フランコ、俺の推測はあってた」


「縄張りのやつか」


「ああ、人魚の発見があった5箇所全部がここ、エフマコラ地方だ。そして、マルシィが方向音痴のおかげで5箇所がとある場所を囲むようになっている」


「うるさいわね」


「となれば、当ては決まったな」


「ああ、場所はナェヴィス湖」


ここに行けば人魚の本体に会える。だが、まだどうやったら空間魔法の中を確認出来るかは考えてない。

原理も分からない魔法をどうすれば。


「今思えばこのパーティー、戦闘力高いけど対魔性ゼロだな」


「お前が一般的な人間ならゼロだろうな」


「それは経験値の差ってやつか?」


確かに魔法は人魚とフォックスの以外見ていない。

フォックスのは害意がないためただの火吹き芸だ。

人魚に至っては理解不能。


「俺ァ魔法を探知出来るし対処も出来る」


獣人はなにやら特異な五感をお持ちらしい。


「私も探知は無理でも魔法なら防げるよ」


防ぐって何?カルメ家は人間なの?バケモノだろ。


「魔法で不意打ちを受けても大丈夫と捉えていいんだな」


「人魚がそこまで高度な魔法使えると思わんが大丈夫だろ」


「よしじゃあお前、先頭歩け、後ろの南西に向かって歩きゃ着く」


「おい待て、なぜ俺が先頭だ」


「お前だけが魔法を探知出来んだよ、つべこべ言わず行け、ッて!」


背中を蹴り飛ばされバランスを崩し躓きながら片足で前進するフランコ。

とうとう体を支えきれずに両手をついた途端。


「何すん………ッ!?」


突如として体が発光しだした。

光はフランコを覆うように包み込み、


「まずい、俺から離れろ!」


凝縮された光のエネルギーが溢れ出す魔力を抑えきれず、爆発。


光に目を潰され本来なら暫くは何も見えなく、治るまでじっとする。

マルシィは残された五感を駆使し、周囲に警戒心の結界を張る。

しかし、少年は即座に視界を再生。


辺りを見回すが、何も見当たらない。

確認できるのは、草むらでフランコが仰向けになって倒れてる位だ。


「フランコ無事か!?」


「あ、ああ、何とか無事だ」


「無事で何より。つーかお前、魔法探知出来てねぇじゃねぇか!」


「2人とも大丈夫みたいね」


両目を瞑ったまま起き上がり、こちらにまっすぐ歩いてくるマルシィ。


「カルメ家っていったい何なの?」


「今の魔法は害意を感じたわ。完全にやる気で来てるけど、無傷………?獣人さんって凄いのね」


自分の体を眺め、あれだけの魔法を受けて無傷の体に首を傾げる。


「いや、獣人は対魔法体質じゃない」


昔狸爺から聞いたことがある。

最上級の精霊には担当属性があり、その担当する属性を受けてもダメージは入らず、その魔力は蓄積される特性がある。

一部の人魚もその特性を持っているそうだ。


「マルシィが触れなくて良かったな」


「…………?ねぇアノンそれどういう事かしら。つまり私が美少女ということかしら」


「なぜそうなる。俺も近かったから巻き添え受けたんだよ。受けたのは一番フランコに近い部位だった右腕だ」


「俺を核にした魔法式爆弾という事か?」


「いや、それだとマルシィが危険な理由がないし、範囲が狭すぎる」


獣人であるフランコを核とすることは出来ない。

その理由は今の魔法おかげで分かった。


「フランコが光に包まれた時、俺の右腕も発光したんだ。その直後、フランコと共に右手も爆発した。その時の感覚は腕が爆発すると言うより、腕の中の魔力が爆発したような感じだった」


「つまり今のはどういう魔法なんだ?」


「体内のマギを膨れ上がらせ内側から爆散させる魔法なんだ。獣人のお前に効かないのはマギが体を満たしてないからだ」


獣人を除く他種族は皆、体内がマギで満たされている。

わかりやすく言えば、体という器に注がれたマギという液体。

しかし、獣人はこのマギを草の根のように吸収し空っぽだ。

吸収したマギは養分となり、身体能力を向上させる。

獣人のフランコに効かないのはそういう訳だ。


「この種族体質に救われたという事か」


「おし、じゃんじゃん突き進め。突き進んでじゃんじゃん起爆してけ」


「おい待て、なぜ俺だ。獣人専用の罠とかあるかもしれねぇだろ。そこは不死身のお前が行けよ」


「対不死身の罠があるかもしれねぇだろ」


「ねぇよ」


「前も言ったが、不死身でも痛いもんは痛てぇんだよ!どうせ死なないから気にしないとか思われてそうだけど、死ぬほどの痛みを人生に何度味わうと思ってんだ!何度死ぬと思ってんだ!」


「さっきからあなた不死身不死身って、本当に人間なの?」


「言ってなかったっけ?そうだよ不死身だよ首刎ねようと頭部潰そうとも永遠に再生し続けるんだよ、でもすっごぉーく痛いんだよそれでも死ねない自決出来ないしそれにどんな部………」


「獣人に人鬼候補に不死者、珍妙なパーティーね」


「なぜまともな肩書きの俺をその中に入れた」


「あ、視界が戻ってきたわ、空も暗くなってきたし先へ進みましょ」


先頭を歩こうとするマルシィの肩を掴む二人。


「いや待ておい待てほんと待て方向音痴」


「お前が先頭だと遠ざかる気がするから最後尾歩いてくれ、頼む」


「ム…」


頬をリスのようにムッと膨らませるマルシィと逆の方向へ歩く二人。


「言っておきますけど!私は地図を読むのが苦手なだけですぅ!知ってる道では迷いませんー!」

「知らない道だから止めたんだろ。現にお前、逆へ進もうとしてたし」


「マルシィ、黙って着いて………ッ!」


声を途切らせ姿勢を低くし、鼻をひくつかせ耳を立てるフランコ。

遅れてマルシィが腰に掛けられた剣を引き抜く。

マルシィに握られた剣を眺め少年は違和感を覚える。

どこかで見たことがあるような、ないような。

いや、今はそれよりも。


「マルシィ、その人外の警戒心の範囲はどれだけだ」


「20m位よ、方向は、んーっと、正面ッ!」


「フランコ、臭いは」


「さっぱり分からん」


南西20m以内に謎の生物。

フランコがどれだけ他種族の臭いを嗅いでるかは分からんが、妖精でも人間でも人魚でもないことは確かだ。


木が軋み、大地が震え、森全体に轟く咆哮。それはまるで、森からの警告の様だった。


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