-1.4 嫉妬の人魚

-1.4









────他人同士だから。


その言葉を最後に私は一人になった。

何故あんな事を言ってしまったのか、それは、アノンを傷つけたくないから。

ではなく、傷つきたくない一心だ。

いつだって他人の事を思っても最終的に行き着くのは自己保身だった。

どれだけ変わりたくても傷つくのは嫌、傷つけるのも嫌、そんな当たり前の事が少女には枷に感じる。

だからアノンを傷つけたくないと言い訳してアノンから逃げてきた。

そんな彼女が逃げて逃げて辿り着いたのがカルメ家、実家である。

彼女が家を出たのは10歳頃、六年前だ。家を出た理由はくだらなく、ただ単に退屈だったからだ。三兄妹の末っ子として産まれた彼女は幼くして両親を失った。彼女の父、ラスタ・ロア・カルメが32歳で人鬼と化し、若くして腹に子を宿らさせられた妻のリーンを捕食した。人鬼となったラスタは人権を剥奪され、即座に討伐対象として聖騎士に処分された。

この時討伐を担当した聖騎士は討伐対象の子息である長男のボルタだった。生まれ持った戦闘の才能で父親だったものをあっという間に討ち取る。この時、ボルタは決して悲しい素振りを見せなかった、むしろ頬を歪め鬼の前で笑って見せたが、これは父親への敬意ではなく、命を奪った事に対する快楽の笑みだった。ボルタは聖騎士という立場を利用し、多くの討伐作戦に参加し功績を挙げた。ボルタは返り血を全身に浴びて家に帰ってくると玄関で倒れ、息を荒げ自分の体を抱きしめ満面の笑みで悶えながら転がって行き、湯浴びをする。その姿は今でも鮮明に覚えてる、家を出るなと言われた彼女にとってボルタは初めて気持ち悪いという感情を覚えさせた。家から出たことのない彼女にとってもこの場所は特に思い出もなく、ただ気持ち悪い兄を毎日眺めるだけでいい場所とは言い難い場所だ。

とはいえ、いい所が無いわけでもない。

三兄妹の第2子であり長女のアーニャは末っ子のフィーリアの姉であり母親の様な人だ。面倒見が良く、家で退屈するフィーリアと遊び、外の世界の話をし、幼かった彼女を育てた。

フィーリアが家出をする気にさせたのは彼女だったのかもしれない。フィーリアにとってアーニャは唯一の家族だ。大きくなった今、自分の現状を報告したい。驚かれるだろうか、それとも勝手に家出した事を怒られるだろうか。もちろん後者だろう。だが、教えたい。外の世界は皆が言うほど悪くないと。確かに最初は冷遇されたが、中にはそんな事気にしないと言う人もいると、自分を受け入れてくれる人を見つけれた事を。


────元貴族であり、二人目の英雄の住んでいた家系の屋敷は大きく、それでいて周りに家もなく、寂しいところがある。


家の玄関前に久しく立ったフィーリアはドアノブを握るのに躊躇する。

代々恐れられてきたカルメ家を狙う泥棒などおらず、防犯が必要ないため玄関に鍵はない。

深呼吸をし、勢いよく久しい家の扉を開ける。


網膜に映る景色は、昔も今も変わらない景色で少女を迎え入れた。

しかし、変わらない筈の景色にどこか違和感を感じる。

ボルタはいない様だ。あれから数年、あの性癖は治らずむしろ悪化してるだろう。出来れば会いたくなかったので都合が良い。でも、アーニャには会いたかった。

フィーリアは懐かしい自分の部屋へ向かった。

フィーリアの部屋は女の子らしい人形が沢山ある、訳でもなく、ベッドやタンスがあるくらいの質素な部屋で、窓は固く固定され外が見えない様になっていた。

タンスの頭を指で撫でると埃が少々こべりつく。

普段はアーニャがフィーリアの部屋を掃除し、埃一つなく部屋全て乃至、家全体を掃除し尽くすのが毎日の日課だった。それでも埃が付着しているという事は彼女はしばらく帰ってきてないという事だ。

何かあったのだろうか、旅に出たのだろうか。


思い返せば玄関の床にボルタの返り血が付いていない。となるとボルタも帰ってきてないという事になる。

しばらくこの家には誰もいなかった。


「ホームシックでもないから誰もいないし出ていこうかしらね」


頭に過ぎるとある二文字を考えまいと首を振り、家の扉を閉める。


アノンの事が心配だけど今更行けない。フィーリアという少女はもうアノンに会えない。傷つけるのも傷つくのも怖いから。


フィーリアは剣を抜き首に刃を立てた。




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────あぁ、死ねない。


死にたいのに死ねない。首を刎ねようと、頭を砕こうと、決して死ねない。

死ぬのが怖くて死にたくないと思ってもいざ不死身となると死にたくなるものだ。

死にたい。


死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたいにたい死にたい死にたい。


────あぁ、何でこんなに死にたがっているのだろうか。

これだけ死にたくなると死ぬのが馬鹿らしく思えてくる。何を言ってんだか何を思ってんだか。


どうせ死ねないならこの不死身の体、存分に使い尽くしてやる。


長く自暴失意していた少年が覚醒し空っぽの体に再び魂が宿る。

覚醒した意識がまず確認したのは、腹部から伝わる熱だった。それに対し後部では冷たい土の感触。

少年は仰向けに倒れている事が分かった。それと、腹部の熱もおおよその検討はつく。

呆れる様なマヌケな顔で首を起こし、臍を見下ろすと、腹部の熱の正体が案の定過ぎたため、


「なぁーにやってんだお前。つーか誰」


少年の視線と吐息が交わる先では少年の腹を真っ赤に染め、顔を埋める狐の獣耳の小柄な獣人。


「なぁーにって見りゃ分かんだろ、食ってんだよ」


問に反応するように血で真っ赤に染まった顔をむくりと上げる獣人の少年。


「どいてくれません?痛いので」


「こんな状況でそんな真顔で痛いと言われてもなぁ、信じれるとでも思ってんのかよ?」


「こんな状況だから察してほしいのですがね」


「ん、それもそうだな、……あれ、内蔵のほとんど食ったのになんでお前まだ生きてんの!?しかも食っても減らないし」


「アルェー、今更かな。………いやあの、どいてくんない?涎垂らしてないでどいてくんない?」


少年は自分にのしかかる獣人を押し飛ばして跳ね起きる。

そして食された自分の腹に手を当て怪訝そうに首を傾げる。

思えば気づいたら再生してるな、しかし血は残る。今までのからだと自動再生されているということになる。疲れないことからスタミナは無限ともみられる。再生しても疲労はない。再生によって生じるデメリットと上限は不明。再生の条件と特性を調べる必要があるな。


「なぁ、獣人のガキ、名前は?」


「ガキという言い方にァケチつけたいが、ガキだから反論は出来ねぇ。名前はフランコだ、フランコ・ネトラ」


「じゃあようフランコ。獣人は一人で旅する習性でもあんのか?」


「ねぇよ、俺ははぐれ者だからな」


「なんだ、迷子か」


「そのまんま受けとんじゃねぇよ!あのアレだ、集団行動が嫌いとか退屈とか適当な理由だよ」


「反抗期ね」


「まぁそういうことになるな」


「ならよ、行く当てのない俺にちょっち付き合ってくんねぇか?」


「なんだ、衆道か」


「そのまんま受けとんじゃえねぇよ!お前は腹が減ったら俺を食わせてやる。俺はお前に食わすついでに自分を実験台にする。割に合わんが利害は一致する筈だ」


「ほうほう、悪くないな。お前不味いけど食べ放題ってのが最高だな」


「人の体食っといて文句言うんじゃねぇよ」


「そうだな宜しくな、えーとなんて言うんだお前」


「そうだな、とりあえずアノンとでも名乗っておくか」


他人事のように名乗る少年をフランコは不思議そうに見つめながら差し出された手を握る。






────あれからどれだけ経っただろうか。


旅をしながらフランコが腹を空かせれば、体の一部を食べさせ、自由に再生させれるか調べたり、体の本体を捨て、分離した一部から再生出来るか、その再生した後の捨てた体はどうなるのかなどその他諸々試した。


結果をまとめよう。

再生のタイミングは自由。

感覚次第で体毛1本1本や体液、血液などからでも再生可能だが、なかなかハード。

欠陥した部位を再生する際に、ニョキニョキと生えたり細胞が即座に作り出されたりする訳でもなく、まるでそこにあったかのように前触れもなく複製される。複製される際に障害物があった場合どうなるのかの実験では、地面や樹木に欠陥した部位を押し付け再生させたところ、これもまた元からそこにあったかのように複製された部位の形がくっきりと象られ、障害の有無関係なく再生できる。

必ずしも上記の様に再生する訳でもない。分離した部位を本体として上書きし、上書きされた本体を軸に再生を行うことも可能で、複製のみならず、複合も可能であった。複合する場合は質量の有無関係なく上書きされた本体に向かって浮遊しながら吸い寄せられ複合される。

複製を行った場合、不要となった体は自然に優しく一瞬で溶けてしまう。溶ける様子は人が急に文字通り肉塊と化し、非常にグロテスクだ。

不要体の形を維持させることは一度の再生なら可能だった。


「もう大体実験終わったからもうお前いいよ」


「自分の都合で御祓箱かよ、ざけんじゃあねぇぞ」


「不死身と言えど痛いもんは痛いんだよ」


「そんな真顔で言われても、つーかお前本当に痛覚あんのか?何されても無表情なんだが」


「うんあるよーチョー痛い、痛いよー」


「なぜ棒読み!?………不死身はさぞかし大変ですね。───お前さ、俺と別れて他にやる事あんのかよ」


「真っ当に生きてみようかとな」


「優等生は言うことが違うや」


少年は天を仰いで嘆息を吐く。


「俺が優等生だったらここまで一人も殺った事なんてないだろうな。いや、殺らないのが普通か」


「じゃあよ、具体的に何すんだ?」


「人助けでもしようかな、と」


自分が何度救われてきたのかなんて分からない。

しかし、自分が行ってきた罪の数は分かる。

それは、指折り数えるには指が足りないほどだ。

未だに記憶が戻る気配はないが、失う前もきっと今よりも罪を行ってきただろう。

だから、この不死身という体質を生かして贖罪をしていきたい。


そんな少年の宣言と決意をフランコは、ポカーンと口を開きようやく理解したかと掌に拳を乗せる。


「人助け、つーとあれか、死にたいのに死ねずに苦しむ人々にトドメを…」


「いや、トドメじゃなくて救命。お前俺を何だと思ってんの?」


「殺人鬼」


その一言が簡素かつ最もすぎる程に的確な回答で、言い返せない少年は息が詰まってしまう。


「確かにそうだけどなぁ……いや、だからこそだ」


「何がだよ」


「殺人鬼だからこそ分かる事だってある。俺みたいな奴にも芽生えるもんなんだよ、人が人を裁いてはいけない。ましてや罪なき者を裁くなど以ての外だ。裁かれるのは法に触れたか、人を見失った者くらい」


「じゃあお前はその裁かれ…」


指摘しようとするフランコのセリフを「但し、」と遮る。


「…但しそれは一般的な考え方だ。俺は法に触れたものは騎士にある程度任せるが、人を見失った者を見捨てる気はない」


「前者は見捨てるのな」


「人鬼は環境などによる何かしらの障害が原因で変わり果てた者だ。人鬼を始末する、即ち人を始末する。少し考えれば分かることなのに何故誰も分からないのか、否、考えまいとするのか。それは至って単純、死にたくないからという簡単な理由からだ。人鬼は皆、理性が飛んでるため人を殺すことを躊躇わない。人鬼は小動物などは襲わず、神兵を襲うと言われてる」


どこで手に入れたのか分からない知識を気にせず淡々と語る少年。


「神兵つーと、二人の創造神のミィエスュとシャムスのミィエスュが生み出したお前達人間って事になるな」


「だが、それはもう古い考え方だ」


技術が発展してる今としてない昔では文化の差がやけにだだっ広い。昔は病気などに対する対策が無かった為、祟だ天罰だの見えないもののせいにしていた。その時にどっかの聖職者とか名乗るやつがきっと人類しか襲わないと根拠無きほら吹いたのだろう。


「人鬼だって人だ、かつて国家反逆罪で処分された、フィーリアの先祖であるアイビー、その旦那であるシオンは人鬼だったという。どうしてただの人間が人鬼との子を宿せたのか、それは襲われたのではなく、自我があったからだ。妻を愛し、妻と共に戦い妻と共に死んだ。シオンはただの人鬼なんかじゃあない。自我がある、即ち人に戻れる。だから俺は、救えぬと言われた命を救う」


「………お前はこれから救えぬ者も救うんだな」


真っ直ぐな眼差しでフランコに問われた少年は、合わせるように真っ直ぐに目を見つめ答える。


「ああ」


「救えるんだな」


「分からない……だが、やれる事はやるつもりだ」


一度下に俯き、拳を固く握った後の少年の真っ直ぐな眼差しに、フランコの曇った視界が僅かに晴れたかのように錯覚する。


「なぁ、アノン、お前の計画は理想とはかけ離れている。理性を失った奴らに理性を取り戻させるなんて思いついても誰も実行なんてしない。でも、可能性に0なんてものは絶対にない。その僅かな可能性を俺は信じたい」


自分の掌を眺め、固く握り少年の真剣な目を見つめる。


「俺を旅のお供にしちゃくれねェか」


固まっていた全身を脱力し、少年はフランコに微笑みを見せ手を差し出し、


「食うなよ」


「俺はもう、食わねぇよ」


────もう、食べたくないんだ。




…………。


「……焦げ臭い」


沈黙の中で鼻をひくつかせるフランコ。

臭いを感じた途端臭いを追いかけ少年を置き去りに駆け出す。


見失ったフランコを少年は方角だけを頼りに追いかけ、木に右手を掛けたフランコにようやく追いつき今度はフランコの視線を追うと、目を大きく見開いた。


「何だ、村が燃えてる、何やってる、早く助けるぞ!」


急いで森を出ようとする少年を手で押さえつけ森の中へと引きずるフランコ。


「何すんだよ、離せ!」


「待て、静かにしろ、人はいない」


「……どういう事だ?」


「断末魔も肉の焼け爛れた臭いも微塵も感じない」


「無人って事か、しかし何で燃やす必要が」


「焼畑農法じゃねぇのか?」


「どんだけ大規模なんだ」


「人の残り香と共にまた別の歪な臭いを感じるな……人魚か?いや、近くに潮の香りはない」


「魚と嗅ぎ違えたんじゃないのか?」


「いや、魚と人魚は臭いは似てるが少し違う、そしてこの臭いもまた少し違う。人魚っぽい気もするが違和感が強い」


「人魚か、人魚的な何かか、それとも……」


「亜種か……」


続く少年の言葉をフランコが口ずさむ。


「亜種ってのは本当にいるのかよ」


「人間で言う人鬼的なヤツだろ?」


確かに多種族でも人鬼の様な存在は存在すると言われてるが、人鬼というのは体内のマギを一切使えない人間のマギが暴走した結果の存在だ。よって、マギを扱える他種族に亜種は存在しないとも言える。


フランコは腕を組み背後の木にもたれかかる。


「だが、火のないところに煙は立たない、それに、人魚の亜種の噂はよく聞く。どれも悪い事ばかりだがな」


「悪い噂って何だ?」


少年が問うとフランコは腰を屈め鼻をひくつかせると、咄嗟に少年も連られて周囲を警戒する。


息を殺せば涼しい風の音が聞こえ、自然を感じさせられる。そんな癒しの空間を汚す存在感を持つ何者かがゆっくりと二人に近づいてくる。

姿はまだ見当たらないが圧倒的なプレッシャーに気圧され、少年は総毛立つのを感じた。


「二角の時とはこれまた違う感覚だな」


「油断すんなよ、そいつからあの村から香る歪な臭いを感じる。御本人だ」


「とうとうご対面か。………いやまて、人魚の亜種なら何で水のない場所にいるんだ、ここら辺に水は見当たらなかったぞ」


近い、かなり近づいてる、なのに姿は未だ見えない。魔法の類だろうか、それとも隠れてるのだろうか。

後ろから足音が聞こえる。軽い、二本の足で立ってちゃんと歩いている。………子供?


五感から感じる情報から導き出された姿に疑問を持つと同時に、無数に並ぶ樹木の隙間から顔をひょっこり出したのは情報通り、子供だった。

怯える様に木の後ろから顔を覗かせるのは、見た目からして少女。髪は蒼く、歳は12歳頃だろうか、少年よりも僅かに幼さが残っている。

────そして何より、


「か、可愛い」


少年が警戒を忘れ、顔の前で手をワサワサさせ近づく。それを止めるべくフランコが少年の肩を力強く押さえつける。


「馬鹿野郎、何で誘惑されてんだ!」


「だってしょうがないだろ!俺のアンテナがこの子が放つ強力な電波にビンビンに反応してんだよ!引き寄せられるんだよ!」


「可愛い……?私、可愛い、ですか……?」


「うんうん可愛いよ、俺のアンテナは嘘つかないからね」


「私を、愛して、くれます、か……?」


「俺は可愛い子になら皆平等に愛のエキスを捧げるつもりだよ」


「最低だなお前」


「皆、嫌、私、だけを、愛し、て」


「悪いがそれは出来ない、君一人を愛しきる純愛なんて俺には出来ない。なぜなら、世界は可愛いものに溢れているから!」


「世界中の女に刺されて死ねよお前」


フランコにツッコミを入れられた少年の言葉を聞いた途端、少女は顔を手で覆い呻き始める。


「う、うぅぅ、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌、私、私私私だけを、愛してくれなきゃ、嫌、嫌嫌嫌。また、私は愛されなかった、愛してもらいたいだけなのに、愛されなかった」


「君は何を言って、……!?」


「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して私だけを愛して私だけを愛して私だけを愛して私だけを愛して私だけを愛して私だけを愛して私だけを愛して私だけを愛して私だけを愛して私だけを愛して私だけを愛して、クレイグ、誰か、助けて、どうして、ごめんなさい、愛してください、お願いします、お願い、私を愛してください、愛して、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛してください」


「おいアノン、こいつとは喋るな。コイツはやばい、喋る度だんだん臭いが濃くなってきている、鼻が捥げそうだ」


臭いが濃くなると共に、少女の背後に水の塊が浮かび上がる。


「私は愛されたいだけなの、愛されたいだけなのに、どうして私は、」


「その水は何かな」


「ミンナキライ」


────気づけば、少年は溺れてた。


どれだけ泳いでも深さも差し込む光も変わらない。

空気を取り込もうと浮上しようとするも上がれない。

────何が起きた。


少女の最後の言葉を聞いた途端、不意に視界が水に覆われた。

息が出来ない。そう言えばフランコは無事だろうか。俺は不死身のうえ肺も再生出来るから酸素は不要だが、フランコはただの獣人だ。というかあいつ、人助けの話をしてから口調変わってね?無邪気な子供が一瞬で成長して口だけ大人になったみたいな。


「────!」


……?どこからかフランコの声が聞こえる。ということはあいつは無事か、よかったよかった。


必死に上へ泳ぐ少年の腕を何かが掴み取り、勢い良く引き上げられる。


「コポコポ……ぶへ、ふぅー、おう、ありがとな」


「全然余裕そうだなぁ、おい」


振り返れば人間一人が入れそうなほど大きい水の塊が浮いている。その塊は暫く浮遊すると割られた水風船の様に弾け、地面に落下した。


「肺を再生すれば溺れる前の肺になるからな、再生すれば呼吸は要らなくなる」


「便利だな、お前の体質」


「……そういや、あの子は見当たらないが、どこへ?」


「何か、………消えた」


「は?」


「急にお前がその水に入って一瞬目を離した隙に気配が消えてたんだ」


「いったい何だったんだよあの子は」


びしょ濡れになった体で腕を組み、嘆息を漏らす。


「……レッドパンダ」


「パンダ?あの子そんなに可愛い名前なのか」


「ちげぇーよ、そういう組織の名前だよ!」


「それでも名前は可愛いな、美少女達の子供会的なのか?」


「生憎、そんなに緩くも可愛くもない、物騒な集団だよ。全員別種族の亜種、年齢は不明。勿論、野郎もいる。簡単に言うならテロリストだな、お前も見ただろアレが人魚の亜種だ、魚のクセに陸上を二足で歩く。どういう原理か分からんがな。そうだ、あとレッドパンダの幹部は七人で構成されている、昔は八人だったらしいが。それぞれがそれぞれの種族を従えたり単独だったりする。その七人には知性持つ生物が所持する内の七つの罪を各々が一つずつ与えられており、あの人魚の亜種は嫉妬を司る。他にも傲慢、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の罪がある」


いっぺんに言われても頭に入ってこない。だが、要するにあれか、レッドパンダとやらは美少女子供会という訳ではなく、年増や野郎もいる宗教的なもんか。


「誰がどうやってそんな情報流してんだか」


「そりゃ絶対殺すという訳じゃないからだろう」


そういうフランコは確かに現に生きている、それが何よりもの証拠だ。


「確かに他の奴らは出会えば死、観測しても死というバケモンだが、一部はそんなに血気盛んという訳でもないらしい。それに、あんな齢に見えるがあいつは30年位前から目撃されてるぞ。30年もありゃ、アイツの対策も名前も露見されるだろ」


「対策、名前……?誰かが俺を差し置いてアプローチしたって言うのかよ……解せぬ」


「お前いい加減諦めろよ、それか刺されろ。あと次会ったらアイツと喋んなよさっきみたいになるぞ」


少女に声をかければ不変の愛を誓わない限り死が迎えに来るという訳か。


「それを早く言えよ」


「悪い、手遅れだったから」


……………………。


「なぁ、これだけ時が経ちゃ愛を誓う馬鹿ぐらいいただろ?そいつはどうなったよ、あと俺みたく水に閉じ込められたやつはどうなる」


「どちらも死だよ」


どちらを選んでも結局死が訪問するのかよ。


「愛を選択した奴を追跡したところ、そいつは少女に欲情し押し倒したそうだ。だがしかし、そいつは萎むように縮んでミイラになったらしい。一方、水に閉じ込められたやつは一分経つと水が小さくなってその場から水も被害者も消えたそうだ」


「消える?そりゃ物理的に無理あるだろ」


「物理じゃないとしたらどうだ?」


「まさか、そんな魔法あるのかよ」


「あぁ、光の屈折を利用した魔法じゃない限り、空間魔法という事になる。空間魔法は人魚如きが使える様な安い魔法じゃない。だが、あいつは人魚の亜種だ、どういう原理で二足の足を手に入れたのかも分からない様な奴だ、可能性は高い」


「独自の空間に飛ばされた奴ってどこに格納されるのかね」


「おいおいまさかお前、」


「俺は不死身のうえ再生複製出来る、お前が俺の髪一本持っててくれるだけでいい」


「いくら体の上書きが出来ると言っても相手は独自の空間なんだぞ、独自の空間ではホストが神みたいなもんだ、奴さんが受け付けてくれなきゃ体の自由すら与えられない、お前の特異体質が通用するか何て……!」


「お前は人助けがしたいんだろ?」


少年の問に反論出来ずに息が詰まるフランコ。


「僅かに可能性がある限り俺達はやるんだろ?」


追い打ちをかけられとうとう俯いてしまう。


「それともお前は特定の条件下の者しか助けたくないというのか?」


図星を突かれ苦汁を舐めたかの様に唇を噛み締める。


「お前の過去に何があったかは聞かない。だが、今はやる事があるだろ」


片手でも指折り数えれる量だが、全てをこなすのは難しい。村人の失踪、人魚が作った空間、人魚の追跡、人魚の亜種の根源。

フランコは指を折ると嘆息を吐き捨て肩を落とす。



「……どれも最終的にアレに行き着きそうだな」


「一石四鳥だな」


「だが順序は大事だ」


「ならやっぱり追跡から始めるか」


「気配も臭いの記憶も跡形もなく消えた奴をどうやって…」


「そりゃあ決まってんだろ。お前見た感じ狐の獣人だろ?狐は犬科。なら犬みたく嗅覚で追跡出来んじゃねぇの?」


「キツネナメンナヨ………だがまぁ、出来ないことはないが、無理だ」


「諦めんなよ、シジミ一緒にとってやるからもっと頑張れよ」


「ちげーよ。どういう訳か自分の姿と存在以外を消されたんだ、臭いも声も思い出せない」


「臭いならあるぜ」


少年はびしょ濡れになったマントを脱ぎ、丸めてフランコへと投げつける。


「……って俺全裸じゃん!まいいか、それの臭い、海でも川でも魚でもない歪な臭いがする、人間の俺でも分かるぜ」


「この臭いを探せと?」


「かなり離れた場所から村の焼けた臭いを嗅げたんだ、歩いているうち見つかるさ」


「歩くって、当てがないのにどこを歩けと?」


「確かに当てはない、だが目的地はある。魔法の事は魔法に詳しい奴に聞きゃあいいのさ。………なぁフランコ、獣人は臭いで他種族を嗅ぎ分けれるんならさ、魔法がよく使える吸血鬼、妖精、精霊を探せねぇか?」


「はぁ!?妖精はともかく吸血鬼と精霊はマズイぞ!お前、死ぬ気かよ!?」


「俺は不死身だ」


「ぐぬぬぬぬ………。言っておくが、俺は獣人としての戦闘力は低いからな、平均の半分位!鬼人にも勝てるか分からんほどに」


「………?………は?」


獣人という後ろ盾がいるからこそ言えたこと、その獣人が自分より低いカーストの奴に負ける気がするとおっしゃる。


「俺たち獣人は生きてる相手のマギを喰う事でマギを吸収し、自分のマギへと加算してそのマギが身体能力を向上させてくれる。ましてや俺は生きたヤツなんざ幼少期にしかない、死体にも一応残ってるが残りカスだ。マギは主が死ぬと同時に弾けて自然に還ると言われてるしな」


獣人の捕食の絵面は想像すらも躊躇うほどにグロテスクかつ、無慈悲だ。

生きたまま食われるなど拷問に等しい。


「吸血鬼は細かい作業が得意だから魔法に耐性のない俺は簡単にヤられるし、俺が噛まれたら体内のマギが死滅し、別物のマギが生まれて俺の体は日光を浴びるとミイラになって死ぬ。そのクセ張本人達は日光を浴びても死ぬことはなく、力が半減するだけというな」


「ならよ、昼に行けばよくね?」


「馬鹿言え、吸血鬼が上位カーストの獣人の言葉を信じるかよ、それに奴らは夜行性だ。昼に会えるなんて滅多にないぞ妖精も殆どが精霊の奴隷だ」


魔法に一番詳しい種族は精霊だが、カーストのトップの種族に会うまでに体が残っているかすら分からないほどに強力かつ未知数な種族だ。

それに隷属する妖精も精霊の魔法を常に見て感じている。その分技量では負けようとも知識ではそこまで劣らないはず。よって、吸血鬼が駄目なら妖精しか残されていない。


「困ったな、はぐれ妖精でもいたらいいんだが……」


「んなやついる訳………………あ、」


頭の側面に指を突き刺し体と首を捻るフランコは何かを思い出すと突き刺した指をピンッと突き立てはフランコに問いかける。


「え、いんの?」


「そういや、知り合いにいるな。生きてるか分からんけど大丈夫だろ」


「それ大丈夫っていうの!?」


「とりあえずあってみよう」


背後に親指を指し、寄り道しようぜ的なノリで手を引かれる


「おい、おいおい、離せって!男に手を引かれても何も嬉しくねぇよ!」


「はぁ?俺ァ女だぞ」


…………………………………………………。


「────え?」


「性別を教えた覚えはねぇぞ」


「…え、嘘」


「嘘だよ」


少年はフランコを全力で殴りつけた。


「……思い返せば衆道とか言ってたな」


「今は一刻を争う、これからの被害の数を抑えるために急ぐぞ」


少年は拳を掌に乗せると、頭を掻き毟りフランコの背中を強く押した。


「よし、俺の事は無視してその場所に一直線に走ってくれ、直線なら逸れても迷子にゃならん」


「いきなりなんだよ、別に構わんが」


「だったらよし、すぐに行け」


「なんだこいつ………まぁいい、お前が方向音痴じゃない事を願うぜ」


そう言うとフランコは、獣人の平均の半分の筋力らしい速度で駆け抜け、数を数えるよりも早く姿を消した。

少年はフランコを追いかける素振りは見せず、それどころか盛り上がった木の根に腰を掛け、寝た。


「頑張ってくれたまえ獣人力車よ」








────一時間程経った頃、少年の意識が覚醒した。


「……ふぁ〜あッあッあ〜。仮眠としては充分だろ、つか、この体でも眠れるんだな。眠くても再生すりゃ眠気はとれるが眠るのは気持ちいいな」


少年は立ち上がると尻を払い屈伸やアキレス腱伸ばしなどの簡単な準備運動を行い、頬を両手で引っぱたく。


「いってぇ〜………さてさて、目ぇ覚めたから第2の実験行いますか」


すると、突然少年の体が浮遊し、鳥のように翼で空を扇ぐ事はなく、ただフランコが走っていった方向へと不自然なポーズで引き寄せられる様に飛行する。



---------------


立ち込める砂煙がそよ風に消しさられると、中心にはフランコが膝に手を置き、息を切らしていた。


「はぁ、はぁ、やっと………着いた」


後ろへ振り返ると全力で走った為か、通った道の地面は深く抉れ、舞う砂埃は螺旋を描く。

木々達は風圧で海老反りしたまま元の形へは戻れなくなっている、その姿はまるで森が獣人の少年を恐れているかのようだ。


「…………かなり、走、った、けど、アノンの奴追いつけるかな、ふぅー」


早くも肩の揺れも収まり、呼吸が安定したかと思えば、唐突に鈍い衝撃がフランコの背中を貫く。


「んがッ!」


「あだッ!……てててて」


共に呻きを上げたのは1時間半位前に別れた筈の者の声だ。

しかし、フランコはそれをその者とは断定はしなかった。何故なら、フランコは全速力で止まることなく、走ってきた。獣人の平均の半分以下の力とはいえ、仮にも獣人という肩書きを持っている。それなのに、


「悪ぃ、数数えるのに夢中になってた。だいたい出発して30分位かな」


それなのにこの少年は、獣人が1時間半かけて駆けてきた距離を30分で来たと?

本当にさっきの少年なのだろうか、ましてや人間なのだろうか。

やるか、死にゃしない、やってやる。


「なぁ、何で黙ってん………!うぎゃああああああああ!!」


鼻から上が消失した少年に驚愕の顔を見せつけるフランコ。


「何すんだ……って、何でお前が驚いてんだよ!?」


「お前は確かに反応した。なのに何で避けねぇ」


「獣人の速度に体が追いつくわけねぇだろ!?」


「じゃあどうやってその獣人の速度よりも早く動けるんだ?」


「何を言って………あぁ、そういう事か、ちょっち実験をしてたんだ」


「まだ実験するようなネタあんのかよ」


「可能性は無限大だぜ?再生の速度だよ。どれだけの速度で体を追跡できるか、ていう」


なるほど、そうかそうか。つまりだ、


「お前は俺を馬にしたという事か」


もの凄い威圧をかけ、指の関節を鳴らしながら首を回すフランコ。


「あれ、フランコさん、何で臨戦態勢なの?何で肩をそんな強く掴むの、何で、何、な、ああああああああああ!誰か助けてぇえぇえぇええ!」


フランコの拳が振り下ろされる瞬間、フランコの背後でバタンという扉が開く音が埃を散らせると共に、


「ぅうるッせぇぇえええええええええ!!じゃ」


野太いオッサンのの様な声が森全体に響き渡った。


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