-1.3 今も昔も憎き臆病風

-1.3






殴り飛ばされた王様を見て、なんて事をしたんだとフィーリアを含めたその場の一同の視線が少年に集まる。


「大丈夫ですかぁ〜王様〜、あ〜あ、あなたがこんな目に会う日が来るなんて思ってもいなかったですよ」


隣の使いが王様を見下ろし呑気に声をかけるが、王様は顔を抑え、


「呑気な事を言ってる場合か!この場の全聖騎士に告ぐ!この不届き者をぶち殺せぇ!」


そこら辺にいた兵たちはどうやら全員聖騎士だったらしい。

少年はあっという間に聖騎士達に囲まれ、360度から繰り出される斬撃を紙一重でかわしきる。


「家柄がなんだってんだ、何もしてないのに生まれつき嫌われて、なりたくもないのにいつかは人鬼になっちまう。……でもなぁ、今の自分を見てみろ。綺麗な髪をしただけのそこら辺のめんこい女の子だ。御先祖がどうかじゃねぇ、自分がどうかだ。今のお前は人鬼か?違うだろ。周りに嫌われてようが、いつか人鬼になろうが、下ばかりを向いてないで、今を胸張って歩いて生きやがれぇ!」


その言葉にフィーリアは、自ら閉ざした扉が開いた様な音を聞いた。


それは、自分の存在を許してもらえた第2の太陽の様な存在だったからだった。

いつだって髪を見れば皆怯え、自分は生きていてはいけないのかと思う毎日。だから、マントで頭を隠した。

誰かを傷つけて嫌われるよりも、戦争に参加して人鬼になる前にみんなの役に立って死にたかった。

生まれて初めて生きたいと思えた。


「アノ……!」


フィーリアは今殺されようとしている少年を助けようと立ち上がるが、


「……ン?」


聖騎士の群れには敵わず、体中細切れになった少年は膝を折り、その足下には少年と思しき人物の首が転がっていた。


「そんな……」


「くははははは!よくやったぞ!」


王様は立ち上がりだらしない体で少年の遺体の元まで走った。

たった数メートルで息を切らした小心者の王様は、無惨に転がる少年の首を何度も踏みつける。

「ははははは!ざまぁみろ!ワシに逆らえばこうだ!こうだ!こうっだ!」


……あぁ、またあの頭痛が来た。でも痛がる気力もねぇや。俺は死ぬのか。いや、もう死んでるか。

………つーかさっきから頭痛とは違う物理的な痛みを頭に感じるんだが。


「…………いってぇなぁ」


どこからか、絞った様な声が聞こえた気がした王様は踏みつけるのを止め、くたくたになった体を支えきれず尻餅をつくと、周りを見渡す。


「…?おい、誰か何か言ったか?」


しかし、一同こちらを見つめたまま誰も答えない。

何か妙だ。何故誰も答えない。何故私ををそんなに見つめる。何故そんなUMAを見た様な目で私を見る。

……違う。誰も私を見ていない、皆が見ているのは……!。


「誰だ、さっきからボコスカ殴ってくれたのは」


「な、ななな、ななななななぜ!?」


振り向いた王様の目の前には、首が転がっていたはずの少年が全裸で立っていた。


確かに死んでいたはずだ。首が体から離れしかもそれを王様が踏みつけた。

なのに何故、何も無かったかのようにそこに立っている。何故あれだけ踏みつけたのに傷一つ無い綺麗な顔をしている。死人が生き返るなんてありえない。


「お前か、俺を散々殴ったのは。なぁ、王様?」


王様はすぐに立ち上がろうとするが、さっきまであったはずの右足の足首が無くなり、立てずに倒れてしまう。


「ひ、ひぃぃ……グヘァッ!」


怯え地に這いつくばって逃げる王様を再び殴り飛ばす少年。

王様は完全に意識を失った。


それと同時に硬直していた全聖騎士が再び少年を襲う。


もしさっきのが死んでなかったとしたら…。


「どんなトリックだろうと次こそは確実に殺す!」


一人の声に多くの聖騎士が声を上げ少年に斬りかかる。


「ただのガキがッ!なぜッ!フンッ!」


全裸の少年は囲まれた状態で、一太刀も浴びることなく避け続けた。


それは、聖騎士と並ぶ、もしくはそれ以上の動体視力と瞬発力が生み出す、神業とも言える回避力だ。

それだけではなく、


「……目が慣れた。聖騎士は剣を振り回すだけで他種族を倒せるのか」


少年は鎧を着た聖騎士の手首を捻り、握った剣を取り上げる。

そこからバイザーの隙間に剣を刺し、引き抜くと、ヘルムに空いた複数の穴から血が吹き出し倒れ込んだ。


「かっこ悪いなぁ。そんな武装して全裸の子供一人に負けるのか?」


…………ギリギリ避けれて、偶然出来た隙で奪って、たまたま勝てたけど、こう言っときゃ怯えてくれることを願おう。


少年は前髪を掴み上げると、見開いた目で周りを睨みつけ、


「次は誰がいい?」


言い放つ。





────死ねないのか、何やっても…。




一度目は無惨に首を刎ねられ、二度目は調子乗って挑発したら後ろから首を刎ねられ、これでもかと言わんばかりにバラバラにされていた。


しかし、それでも立ち上がった。何事も無かったかの様な綺麗な体で。


それから少年は、自ら自分を何度も殺した。

何度首を刎ねようと、何度頭を粉砕しようと、少年は死ぬことが出来ない。


何度も自殺を繰り返す少年を聖騎士は唖然と眺め、一人を除いて誰も近づこうとはしなかった。


「ハイハイ、自殺はその辺に、はい、確保しました」


先ほどの王の使いが堂々と近づき、少年の両腕を掴み取ると、瞬時に所持していた手錠で拘束する。


拘束された少年は自殺を諦め、鎮静剤を打たれたかのように大人しくなった。

王の使いに腕を引かれ、どこかへと連れていかれる。


ここに来てからずっと跪いていたフィーリア、恩人が殺されてもずっと怖気づいて立ち上がれなかった事を後悔するよりもまず、今連れていかれようとしている少年を助けるべく立ち上がる。

とわいえ、武器も何も持たずに助けれない。

フィーリアは少年が落とした剣を拾おうと近づくと、全裸の少年が立ち止まる。


「あの、最後に彼女にいいですか」


「構いませんよ、狸ジジイが目覚める前に済ませて下さいね」


少年はこくんと頷くと、フィーリアに背を向けたまま口を開く。


「フィーリアとか言ったっけ、俺とアンタは二角を倒すという目的が一致し、たまたま協力しただけの赤の他人だ、俺とはもう関わらないでくれ。」


皮肉を口にした少年の目から光沢が消える。


剣を取ろうとしていた手が動かなくなった。

このままいかせたら、確実に拷問を受ける。それなのに体が動かない。

自分は何て臆病なクズなんだとフィーリアは唇を噛み締める。


「行きましょうか」


連れていかれる。臆病な自分のせいで……。

臆病のせいにしてしまえばいい。

仕方ないじゃないか、助ければ自分も殺される。

赤の他人の為に自分の命を賭ける方こそ馬鹿だ。

それでいいんだ、赤の他人という事にしてしまえば、楽になれる。簡単に見捨てられる。

今までの様に逃げ続ければ楽になれる。


違う、変わったんだ。変えてもらったんだ。

今を胸はって歩けと、ここで見捨てれば私は二度と胸を張れない。顔を上げれない。


────死ぬのは恐い?


恐かったら二角になんて挑まない。

死ぬのは嫌だ。

でも、人鬼になって人を殺める方のがもっと嫌だ


フィーリアは剣を拾い上げ、少年の元へ走る。


聖騎士が行かせまいと立ち塞がるが、


「私がアイビー・ゴア・カルメの子孫と知ってて邪魔をするなら遺書は書いたということよね」


鎧を着た者も関係なく豆腐の様に斬り裂いてゆく。


邪魔をしてこない奴は怖気づいたか、興味がないか。


興味が無いなら有難い、手練を相手するほどの余裕がないんだ。


「カルメ家、恐ろしく強い血統種と聞いてたが、これほどまでとは、いいねぇ…そそるねぇ!雑魚共は下がってろ!コイツは俺の獲物だ!さぁ来な、お嬢ちゃん!」


フィーリアの前方で鎧を装備してない、細いが肉付きのいい中年の男が雄叫びを上げる


装備なしか、厄介なのに絡まれた。

装備なしは鎧を来て生存率を上げるよりもフットワークを軽くし、攻めが最大の守りと言わんばかりに攻撃してくる自信家。と同時に手練だ。


「フラグ立てた奴に負ける気なんて持ち合わせてないわよ」


油断はしない、全速力全開全力で行く、あと5メートル。

加速、加速、加速加速加速加速加速加速ぅ!!


「早ッ!人の次元超えて…」


目が追いつかない程の速さに圧倒された男は、何も出来ずに地に転がった。


あの扉の向こうに少年はいる。


フィーリアが人一人分サイズの扉を蹴破ると、先ほどの使いの姿はどこにもなく、薄暗く狭い通路の隅で手錠が外された少年が一人で丸まっていた。


「いったいどういう事なの、あの使いはどこへ行ったの?………ねぇ、アノン?」


フィーリアが話しかけるが少年は俯いたまま動かない。


「……逃げるわよ」


返事がない。ただの屍の……じゃなくて、生きている。しかし、魂が抜けてるかの様だ。


……どういう訳か、聖騎士が追ってこない。


「今のうちに引きずってでも逃げるしかないわね。立って、逃げるわよ」


その言葉で少年はゆっくりだがすんなりと立ち上がり、進むフィーリアにゆったりとついて行く。


薄暗い通路をしばらく歩くと遠くから灯を持った人影が近づいてきた。


「……あら、もう立ち上がったのですか。と言ってもまだ帰ってきてないみたいですね」


灯を持ってきたのは先ほどの使いだった。

灯を持たない手には大きめの籠を持っている。


「どういう事なのかしら」


「まぁまぁ、歩きながら話しましょう。あ、お召し物を返させて頂きます。アノンさんにはマントも差し上げます」


どうやらこの使いには敵意がないらしく、二人に背を向け真っ直ぐ歩き出した。


「…そろそろ教えて貰っていいかしら」


「この方が急に大人しくなったのに何も疑問を持たないのですか?鈍感なのですか?馬鹿なのですか?」


斬りたいけど、ここは耐えなくては。


「手錠をかけられた時にこの方は急に大人しくなりましたよね」


「そう言えばそうね」


「あれはですね、凶暴な囚人とかを鎮める為に作られた手錠と薬でしてね、手錠をかけると小さな注射器が飛び出て薬を体内に注入します。するとなんと二秒も経たずに去勢したオスの様に大人しくなります。効力は五分ですが人によっては半永久的に続きます」


他の例え方はないのかと言いたいが、黙って話を聞くことにした。


「しかしですね、なんか副作用があるらしいんです」


「何てもの扱ってんのよ」


「この薬の副作用はですね」


無視…ワタシ、コイツ、キライ。


「興奮を鎮めると共に、生きようとする意思も鎮めてしまいます。ですのでそのまま死ぬか、まだ生きたいという気持ちが勝つかです。この方が死にたがってたので物理的に死ねないなら心理的に殺そ……死なせてあげようかと。」


「もう一度言うけど、何てもの扱ってんのよ」


「五分たっても戻らないということはもうダメかもですね」


「ダメってどういう事なのよ?」


「先ほど言った通り、効力は五分です。五分経てばキッパリ効力が切れます。まぁ、経つ前に帰れる人もいますが……」


何故かつまらなさそうにため息を吐く使いは、「ですが、」と話を続ける。


「中には、というかほとんどが五分を過ぎても戻りません、それは過去のトラウマか、自分を許せないか、まぁその他諸々ですが、それだけ負の感情が強い人はなかなか帰れずそのまま死にます」


それを聞いたフィーリアは使いの方に掴みかかり強く握る。


「それじゃあ、アノンは帰れないということなの!?」


「さぁ…………」


「目を逸らさないで!どこ見てんの、こっちを見なさい!」


「いや、あの、なんか人がこっち来てるんで」


「はぁ?何の事言って………!」


暗くて見えないが進行方向から確かに人の気配がする。

それにしてもこの使い、何で分かったの、こんな暗い場所で……伊達に王の側近やってる訳じゃない見たいね。


使いが灯を消すと、フィーリアが剣を構えゆっくりと前進する。


「そこにいるのは誰だ?」


バレたかと思いフィーリアは斬りかかろうとするが、


「ま、待て!敵じゃない、丸腰だ!」


目の前で男が腰を引かせ、突き出した包帯だらけの両手を手を必死に振る。


フィーリアは剣を鞘に納め男を立ち上がらせる。


「何でここにいるのかしら」


「だいぶ前だが、うちの連れが森で変な通路を見つけたと言ってな、何と城へ続く道だったんだよ!……じゃなくて、あんたはあの人と二角の妖魔を倒したカルメ家の人だよな?」


戦争の参加者?包帯だらけな事からして怪我人で負傷者としてここに運ばれた人かしら。

……というか何でこの使いは落ち込んでるの?


「……そうだけど、私の質問に答えてくれるかしら」


「おっと悪ぃ、俺の病院は城の手前でな、戦友達と散歩してたら門番の様子がおかしくてな、招待されたアンタらに何かあったんじゃないかって、俺達が協力的なのはそちらの少年に皆救われたからですよ、その少年がいなけりゃ俺達は今頃いねぇ。ささ、ここを出れば町外れの森に出れますよ」


なるほどこの人達のことは分かった。


「それにしても誰がこんな長い通路を作ったのかしら」


「はい、その事に関しては私でございます……はぁ…。」


フィーリアの問に使いが手を上げため息を吐きながら答えた。


「これは私が、秘密迷路を作りたいが為に掘った通路です。……まさかこんな早く見つかるとは………」


コイツ王の城で何やってんの。


「あ、出口見えますね」


開き直る使いの前方には、光が漏れ扉の形が浮き出されていた。


怪我人の男が扉を開けると光が溢れ、視界が白一色になりフィーリアは手で目を覆う。


そこはいつの間にかすっかり日が上がった、ではなく、光の強いライトを浴びせられているだけだった。


その眩しさに思わず怪我人の男が怒鳴りつける。


「眩しいわ止めろ!扉の形が分かる位でいいっていったろ、限度を考えろ!」


その言葉に光はへ〜いと答え光が消える。


しばらくし、景色が網膜に映り出すと7人ほどの見るからに負傷者と思しき男達に囲まれていた。


「そろそろ狸ジジイがあなた方二人を指名手配し、多くの騎士団を捜索に出すでしょう。アノンさんこのまま真っ直ぐ歩き続けるだけでいいので歩いてください、そうそう、あんよが上手でちゅねー。………あれ、フィーリアさんは行かないんでちゅか?」


完全に子供扱いを下回る幼児扱いせれている二人。

しかし、フィーリアはそれに触れず俯く


「私は…」


こんなアノンを放っておけない。

でも、私が人鬼化したらアノンを永遠に傷つけ続けるかもしれない。


フィーリアは手を伸ばすが、虚しくもアノンに届かず空を握る。

そんなフィーリアを尻目に使いは息を吐くと、振り向き一礼する。


「では、この先の道は険しいでしょうがどうかお気を付けて下さい」


そう言うと、使いは先ほどの秘密迷路とやらに戻って行く。


「………追いかけなくていいのですかい?」


「……………いいの、私とアノンは、」


手を硬く握り唇を震わせる。


「他人同士だから」



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