-1.2 カルメ家

-1.2





長く続く人と妖魔の戦争のうちの一日は、妖魔軍の幹部がひ弱な子供の雑兵に討たれるという結果で幕を閉じた。


夜は、美しい夜空が一望出来る広場で、怪我人も混じり、今日が最後の晩餐と言わんばかりの賑やかな宴会だ。

それに対し、隅で死と直面した者、死に連れてかれた者をいつまでも抱きしめる者もいる。


「全く、この差はいったい何なのかね。」


「死に慣れてるかの違いよ」


「いや慣れちゃ駄目だろ」


「何言ってるの、人生はいつも死と隣り合わせなの。ましてや戦場、いつ死ぬかもいつ人鬼なるかも分からない」


「なぁ、人鬼って、元は人なんだよな。人鬼を討伐するという事は人を殺すっていう事になるな」


「妖魔も人も変わらないわよ。皆一つの小さな命を持ってる。たまたま種族が違うだけで差別が起きる」


今まで指折り数えきれないほどの命を摘んできた人の言葉とは思えない。


……だが、これが戦争。仕方ないじゃないか。殺らなきゃ自分が殺られる。


………それでいいのか?戦争と義務付けて多くの命を犠牲にし勝ったとして………。


────それは平和と呼べるのだろうか。


しかし、犠牲者を出さずに終戦なんて出来るのだろうか。

争いを終わらせるにはギリギリの戦いではなく、圧倒的な力を見せつけ相手を降伏させるしかない。だが、負けた者はその後どうなるんだ。


頭を抱え苦悩する少年に隣に立つ少女が肩を叩く。

気がつくとあれだけ騒がしかった宴会が物音一つ立てずに静まり返っている。


どうしたものかと振り向くと、人だかりの真ん中に道ができ周りの者達は跪く。

中心には、真っ直ぐこちらへ近づいてくる、コートの様な赤い服を着た上品さを醸し出す男。


見た目と状況から察するに、貴族かお偉いさんらへんだな。

少年も皆を真似て跪く。


「コホンッ、えーあなた方が妖魔軍の幹部の一人を仕留めたとお聞きしたのですが」


二角の事を言っているのか?なんて返そうか、下手なこと言えば首が飛ぶかもしれないな。


俯く少年の横で同じく跪く少女が少年に代わって答えた。


「はい、私フィーリアとアノンです」


フィーリアって言うのか、そういや一度も名乗ってなかったな。


「そうですか、めんどくさいので省略して言います」


おいおい、えらくいい加減な使いを寄越したな


「国王から直々に褒美が与えられます、明日の八時位にまたこちらへ迎えに来ますので、寝坊しないで胸を踊らせて待っててくださいね」


国王の使いらしいその男は奥に見える高級そうな馬車で帰った。


……国王から直々に褒美?


「……それってつまり」


「アノン、くれぐれも粗相の内容に、出来れば動かず喋らないでね」


「俺そんなに信用されてないの?……ゔッ!」


少年は唐突に頭を抑え跪く


「どうしたの?」


「大丈夫、頭痛がしただけ…はぁ、落ち着いた。あ、そうだ、服装とかってこれで良いのかな?」


「きっとあっちで用意されているわよ、明日に備えてもう寝ましょ」


「そうだな、褒美かぁ…楽しみだぁ〜」


呑気なやり取りをする二人を周りの者達はポカーンと口を開け、姿が見えなくなるまで静かに見送った。



────翌日の朝九時。


「なぁ、アイツ人に寝坊すんなとか言ってかれこれ一時間遅刻してんだが」


「何かあったのかしら。盗賊に襲われたとか、デザートマウスの群れに襲われたとか」


「デザートマウスって何?」


「主に砂漠や平原に生息し団体で人を主に狙う鼠よ。それに襲われたら衣服が引き裂……到着したみたいね」


「え、今なんて?衣服が引き何?」


「黙って、首が飛ぶわよ」


目の前に止まった馬車の扉がゆっくりと開き、扉の下から見える足だけで伝わる上品さが、貴族と平民の品の差というものを見せつ……。


「グスッ…。うぅ…」


現れたのは、見るに堪えないほどに膝から上の高級そうな衣服をボロボロに引き裂かれ、手に涙を拭う先日の国王の使いだった。


「あ、あの、何があったんですか?」


「グスッ…。デ、デザートマウスの群れに、お、襲、襲われた……グスッ」


子供のように泣きじゃくるその姿からは、貴族の気品さが微塵も感じられない。


「グスン…で、ではお連れします…ね」


そのまま馬車に乗せられた二人は、荒れた荒野を駆けてゆく。

流石に前線なだけあって王都からは凄く離れている。


「スッゲェー、綺麗だなぁ!」


森や海、花畑、見たことのない景色に興奮し窓から身を乗り出し、目を子供のように輝かせる。

木々の隙間から日光が優しく光のカーテンを作る景色は興奮していた少年の心を落ち着かせ、森を抜け再び海が見えるのだが、少年はピタリと動きを止め、外を眺めたまま硬直する。


「…?、アノン、どうしたの?」


「ん、あぁ、何?」


フィーリアの声に少年は我に返りフィーリアに顔を向ける。


「どうして……泣いてるの?」


「…え、」


少年の目から零れた涙が頬を伝い、少年はそれを指で掬いとる。


「あれ、何で泣いてるんだろう…」


「外に何があったの?」


フィーリアは外が気になり、少年の体を避けるように窓を覗く。


「わぁ、綺麗…」


フィーリアの目に映るのは、いつの間にか低く沈んでいた夕日に照らされた琥珀色の海、その手前には崖の上で風に撫でられながら鮮やかに咲く花達。

ずっと見ていても飽きない程に美しい景色だ。


景色に見惚れるフィーリアの横で、涙を流した少年が頭を抑え悶える。


少年の頭に直接聞いたことのない女の声が響く


────シオン、シオン!シオン……。


「誰だ…シオ…ン?…誰だよ、俺は、誰だよ。誰なんだよ、お前も、俺も」


額に汗を滲ませ、訳の分からない事をブツブツつぶやく少年。


「はぁ〜ぁあ綺麗だったなぁ……どうしたの?怖い顔して、緊張してるの?」


「はぁ、はぁ、まぁそんな感じだな」


そんな少年を不思議そうに横目で見ていると、山を越え王都が姿を現す。


「へぇー、大きいわね。これが人類の首都か」


街は賑やかに花火が上がっている。並ぶ店には人が群がり広場では大道芸が行われていた。

まるで街全体でお祭りが行われているように。

街の中心には、人類の象徴とも言えるほどの圧倒的存在感を醸し出す離れていても少し見上げるほどの王城。

街は王城を中心に上り坂になり、天辺の王城が大きく見えるのはそのせいだろう。


「あそこまでいくのか、馬車が無かったら大変そうだな」


「まぁ、普通は誰もアンタ場所まで行かないからね」


「何でだ?そんなに王様は嫌われ……んぐ」


フィーリアは続きを言わせまいと少年の口を塞ぐ


「馬鹿な事言わないで、でもつまりこういう事よ、言葉一つで首が飛ぶのはどこも同じ、でもここは近づくことさえ許されない。それほど傲慢で自己中心的な狸ジジイって事よ」


「フィーリアさんのがよっぽど酷いこと言ってる気がする」


坂を登り終えた馬車はゆっくりと減速し優しく止まった。

いつの間にか気持ち良さそうに眠っていた国王の使いも目を覚ます。


こいつが使者でこの国は大丈夫なのだろうか。


「ふぁ〜おはようござ…ではなくて、着きました。」


「いやぁ、デカイっすね」


「あぁ、これは国王の愛犬小屋です」


犬小屋?この城が?


「でもこれより大きいものなんて他に見当たりませんよ」


「はい、王城は犬小屋の一部なので」


一国の王の城が犬小屋の一部だなんて威厳もクソもないな!なんて言葉をなんとか飲み込む。


「あ、あの、王様ってどんな方なんですか?」


「まぁ、一言で言えば愛犬家ですね。沢山言えば、自分勝手で傲慢でわがままで無駄にプライド高くて、自分と愛犬のこと以外頭にない、しかし愛犬を愛し愛されなかった、権力を惜しむことなくじゃんじゃんに使う、政治に関心なし、まぁ、簡単に言うと愚王ですね。あ、これ内緒ですよ。バレたらめんどくさいので」


うわぁー、この人もむっちゃ言うな。そんなに王様は酷いのか、


「あ、開門お願いしまーす」


緩い掛け声で普段は近づくことさえ許されない王城の扉がゆっくりと開き、王の使いは開き終わる前にすたすたと歩いて行ってしまった。


「ではついて来てください案内しますので」


中は紅いカーペットが敷かれ、上は天井を埋める程のシャンデリアが連なっている。

権力をアピールしたいのは分かるが、逆に邪魔なんだが


やがて王の使いの足は止まり、扉に手を向け


「そんな汚いの着て王の元へ連れていけないので、ここに着替えが用意されているからちゃちゃっとシャワー浴びて着替えちゃって下さい。あ、男女別れてくださいね」


中へ入るとシャワールームとカーテンのかかった小さな個室がある。

ここで着替えればいいらしい。


シャワーも浴びて着替え終わった少年は、王の使いが待つ廊下にでた。


「あーハイハイ似合ってると思いますよ〜」


褒める気のないこのいい加減さにものすごく腹が立つ。


「それにしても、フィーリア遅いなぁ」


「女性は支度に時間がかかるもんですよ。まぁでも、あまりに遅いなら私が今すぐ迎えに行きましょう」


女子更衣室に行こうとする王の使いの襟首を掴み止める。


「おい待て、箱ティッシュ持ってどこへいく気だ。迎えならそこら辺のメイドに任せろよ」


王の使いと立場を忘れ揉み合ってると、やがて華やかなドレス姿のフィーリアが俯きながら姿を現す。

フィーリアは綺麗な顔立ちなのに眉間に皺を寄せている。

これは恥ずかしそうにしていると言うより、なんだかどこか悲しそうな顔だ。

体を見たくないのだろうか。

いや、そんなことよりも!


前にもマントを外したフィーリアは見たが、動きが速すぎてじっくりとは見れなかった。

そう、まさに造形美。腰まで伸びた空のように青い髪が動きに合わせて揺れ、自分と同じ16歳位の華奢な体が幼さを感じさせる。


「お、俺、生きててよかったッ!」


「急にどうしたの?」


悲しそうな顔が解れたかのようにいつも通りのフィーリアに戻った。


「オッホン。では御二方、国王の元まで案内します」


ここからだ、気を引き締めないとな。


すたすたと速歩きで歩いてく王の使いに、二人は慣れない服装で頑張って追いかける。


「着きました。この扉の先ではどれだけ狸ジ……国王がうざくても粗相のないようにお願いします」


言い直したけど誤魔化しきれてない。


大きな扉が開くと正面には大きな柄の入った窓ガラス。その下に国王がちょこんと偉そうに座っていた。

周りはその護衛らしき鎧を着た兵で埋まっている


「国王様、多大な功績を上げたらしい二人をお連れしました。」


王の使いは二人を王の近くまで誘導し跪かせると、王の横に立つ。


「面を上げ……なくていいや、そのままで聞いてください」


王の前でもこれかよお前は。


「汝ら二人は雑兵にして妖魔軍の幹部の一人を討ち取った。よって、聞いているだろうが褒美を二つ与えよう」


王が手を上げると二人の元にバッジが送られる。


「まず一つは最弱種族が上位種の幹部を二人以下で討ち取った褒美として、あぁ、これは見た目はただのバッチですが、それは聖騎士と認められた者のみが着用を許されるバッジです。つまりあれです、あなた方はこれより聖騎士に昇格したという事ですね。」


聖騎士っつーとあれか、他種族の幹部クラスを討ち取ることが出来るっていう人類の最高ランクじゃないか。


「これからも人類のために頑張ってくださいね。はい、次の褒美は……」


「待て……」


今まで黙り込んでた王が使いの言葉を遮りながらもようやく口を開いた。


「その青い髪…女、お前は、カルメ家の子か?」


フィーリアの唇は小さく震え、絞った様なか弱い声で「はい」と答えた。


その言葉に周りにいる者達が驚嘆の声をこぼす。

どうやらそのカルメ家というのはすごい家柄らしい。


「ミドルは何という」


「ロアと申します」


王様はじっくりとフィーリアの青い髪を見つめ、隣に立つ使いに耳打ちする。

それに対し使いは、


「それは流石にあんまりなのでは?」


と反論するが、王は「構わん」と自分の意見を通す。


いったいどんな事を言ったのだろうか。


使いは、席を離れると大きい袋を一つ持って戻ってきた。


「えーこちらがアノン様です。フィーリア様は……こちらです」


袋は少年へとまるごと渡され、フィーリアにはポケットから取り出された犬用の骨を渡された。

フィーリアは表情一つ変えず、会釈し骨を受け取る。


「それでは、以上です。何か聞きたいことがあるなら言ってください。こんな機会二度とないと思うので」


「あ、あの、二つよろしいでしょうか」


「何でしょうかアノン様」


「何故、彼女と私は褒美が違うのでしょうか、彼女の方が活躍していたのに、彼女には骨だなんて」


その問にフィーリアは顔を上げ、


「アノン私はいいから止めて、」


フィーリアが焦ってアノンを止めるが、話は終わらない。

王様は驚いた様な表情を見せ少年に逆に問う


「汝はカルメ家を知らないのか」


「知らないです」


「いいだろう、教えてやる。カルメ家の元は青髪と言う事を除けばそこらの平民と変わらない貴族じゃった」


王様が言うにはこうだ、突如、アイビーという少女が人外の力を発揮し国に讃えられたが、シオンという人鬼と恋に落ち、国家に反逆し始末された。しかし、癒しの神ケイアスによって腹の中の子だけが助けられた。

やがて、その子は成長し、聖騎士も殺られるほどの鬼人の大軍に襲われた王都をたった十二歳の少年が一人で救い、いつかの少女のように讃えられた。

ここまではまだなんの問題はない。

だが、その少年はいつかは人鬼と化し、それ以降産まれてくる子孫達ももれなく全員、人鬼へと化した。

恐らくそれは、祖先であるシオンが人鬼だったため、その後の子孫は人鬼になりやすい体質、マギになってしまったのだろう。

人鬼になったカルメ家は何人もの命を奪っている。

今まで確認された人鬼になる最低年齢は16歳。

そして現にその末裔であるフィーリアもいつ人鬼になるか分からない歳だ。


だからフィーリアはマントを被ってまで髪を見せたくなかったのか。


少年は勝手に立ち上がり、ゆっくりと前に歩き、王様の前で跪く。


「王様、私と彼女は赤の他人です。たまたま目的が一致したまたま協力しあっただけで彼女とはなんの関係もありません」


その言葉にフィーリアの顔は再び曇り始めた。


「今までのご無礼をお許しください」


「構わん」


王様がフンと目を瞑った瞬間、

──あろう事か、王様頬に少年の拳がめり込み、王様の頭は肘掛に叩きつけられた。

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