第-3章 三度目の命と、五つ目の自分

-1.1 ヴィーヴル

-1.1





少年は、戦場で目覚める。

その言葉で始めれば、大抵の者は何かの能力が覚醒し、戦場で功績を挙げ、英雄として讃えられハッピーエンドを迎えるだろう。

しかし、今注目しているこの少年は目覚めていきなり殺されようとしていた。


切れ味の悪そうな鉈を振り上げ自分に襲いかかる妖魔。

一振り浴びれば致命傷を負うだろうけど楽には死ねなさそうだ。

受け止めることが叶わないため体を捻り華麗に避け、握られていたナイフで喉仏を切り裂く。


「出来ることなら殺しは....て、あり...」


妖魔の喉を切り裂いたはずのナイフに血が全く塗られてないうえ、刃がボロボロにかけている


「....となれば、ですね…」


ゆっくり後ろを振り向くと先ほどの妖魔が自分に再び鉈を振り上げていた。


「一旦落ち着こうか落ち着いたら話し合いでもしながらお茶でも飲んで仲良くなれる方法を探そうよそうだお友達になりませんかね今なら三途の川っていう名所へ無料で行けるチケットが………うおおあああああああ!!!」


振り下ろされる前にせめての悪あがきで交渉に出るが、聞く耳持たずで振り下ろされる。体を投げ飛ばし紙一重で鉈をかわし、片手で受け身をとりながらいつの間にか装備していた拳銃を瞬時に引き抜き脳天にぶち込む。

がしかし、皮膚が硬くあっさり弾かれてしまった。勢い収まらず後ろに倒れ、後転しながら転がり起き、恥も知らずに妖魔に背を向け走り出す。


「...ちょっ..無理!死ぬ!いきなり死ぬ!つーか体が思うように動かねぇ!何だこの体、子供か?だいたい十六歳くらいか?体が追いつかない、けど、二度の人生で動体視力と瞬発力だけは恵まれている。うまく体に合わせないとな。まずは人混みに紛れるか。ボートで海を渡るより客船で渡る方が安全だよな」


ただひたすら戦場を駆け回る...否、逃げ回る少年。仲間である人類の密度が高い場所へ向かう。.....しかし戦場に安全な場所などない、少年が乗り込んだ船は三途の川を渡る廃船だった。船長は妖魔のふたまわり大きい妖魔。鬼の様な角を額に二本生やし、自分と同じ等身の棍棒を振り回し自分に群がる人類を埃のように薙ぎ払う。間一髪直接ダメージはナイフで防いだが衝撃は抑えきれず、後方に向って水切りの石の様に地面を跳ねながら吹っ飛ぶ。


少年はナイフで地を引っ掻き、止まる気配のない勢いを強引に鎮める。


「あっぶねぇ…何だよあのバケモン!妖魔ってこんな強かったっけ!?」


顔を上げ遠くで変わらずゴミのように人を薙ぐ二角を眺める


「確か種族カースト2段目だったはずだよな...だとすると1と2のこの差は何なんだよ、人類弱すぎだろ。」


刃は通らない、盾にしかならない。しかし盾ももう失った、武器はこの拳銃一丁だけ、しかしこれも弾が通らない。貫通力が足りない、何かもっと威力のあるものはないか......。


考え込む少年の横で妖魔に吹っ飛ばされた仲間が転がると共にカシャと音をたて、長細い筒が落下する


「おいおいあんた大丈夫か?うわっ右半身の骨折れてんぞ....って意識ないか。おーいそこの強面なパツキン坊主の旦那こいつ優しく運んでくれ.....何だこれは?銃...か?この大きさと銃口だと妖魔の皮膚も貫けそうだ。おいあんた、こいつ貰うからな。あとマガジンも」


少年は両手で銃を構え、狙いを定め引き金を引く...が、


「....う、撃てない。どうなってんだ…」


自分の非力を痛感する少年の耳に、拳銃とは違う銃声が僅かに耳に入る。少年は音の聞こえた方を眺める。


「いた、同じ銃だ」


少年が見つめるは顔が見えないように頭からマントをかぶる自分くらいの子供。その子供は銃の横に付いてるレバーを持ち上げ後ろに引き元に戻し、狙い撃ち、妖魔の頭蓋を砕く。


「ヒュ〜お見事。...それよりあんな子供も戦場に駆り出されるなんて、どこまで追い詰められているんだよ」


少年は先ほどの子供がやった事を見様見真似で模倣する


「ここを引けば撃てるのか...」


引き金を引くと拳銃とは比較にならない程の音を耳に、衝撃を体に伝える。放たれた弾丸は300m程離れた妖魔の硬い皮膚を、骨をクッキーの様に砕く。


「....くっかぁ〜…やっべぇな。結構飛距離も威力もあんじゃん、これならあいつを狙撃出来る」


今はもう遠くに見える二角の妖魔をサイトに入れ引き金を引く。放たれた弾丸は真っ直ぐ暴れ回る二角の頭部めがけ軌道を描く。


「ヘッドショット」


少年はそう確信した。そりゃそうだ、どれだけ素早い奴でも間合いを越え、ヘソと眉間の距離まで入られたら抵抗を止め、頭の中を空っぽにし、死を迎え入れる。しかし、二角の目は光を、生を手放さなかった。


「…なっ、」


二角は弾丸を避けようとはせず、むしろ、弾丸に頭を突きだし、額に生える特異な形をした角で弾道をそらし、付近で妖魔と奮闘する男兵へ流す。


「まじかよ…こりゃ狙撃は無理そうだな。」


二角は遠くで伏せる少年を見据え、周りに転がる死体達を片手で砂を握るように鷲掴みし少年へ投げつける。


「どわぁぁああ!」


とっさに起き上がり、銃を引きずりながら死体の弾丸を避ける


「…近くも遠くも同じ、……よし、逃げ回るか」


ライフルを持ち上げ、人が少ない後衛ではなく、人も妖魔も多い前衛に飛び込む。銃で両手は塞がってる、うまく敵を避けるしかない。


走り回っていると妖魔に追い詰められ、絶対絶命の仲間を見つけては、妖魔の目を拾った刃物で斬りつけ光を奪い、その隙に仲間を背負い、撤退を支援する。


「クソ、まずいなだんだん人口が減ってきている。やっぱりあいつが原因か」


相変わらず二角の周りに人が群がり、無謀に突撃しては消し飛ぶ。

あれを止めさせるのは無理だ。倒す事は出来なくはないが可能性はゼロに近い。やれるか?いや、シオンやアスターなら余裕だっただろうが俺じゃ……。やるか、やらないか、………これ以上死なれたら困る。


「……やってやんよ!」


少年は背負った仲間を他の仲間に預けると、銃の弾数を確認し、大きく開いた二角との距離を少しづつ縮めてゆく。


まだ二角から距離が離れている位置で、唐突に横から鉈を斬りつけられ、少年は銃を盾にし弾き飛ばされる。


少年は姿勢が崩れ転倒し、銃の重みが手を不自由にする。無防備の少年に妖魔は鉈を大きく振り上げる。

………もうダメだ、避けれない。


少年は死を覚悟した。


瞬間、自分に鉈を振り上げてた妖魔が、後頭部から血を吹き出し、受け身もとらず倒れ込む


完全な死角からの鮮やかなヘッドショット。これは...


倒れた妖魔の後ろには、先ほどの頭からマントを被った子供。隙間から見えた顔を見るからに少女と思われる。少女は少年を見つめ口を開く。


「名前は?」


戦場で人を助けるなんて指が足りない程あるにも関わらず、そのうちの1人に少女は名前を問う。


「……あの……んー…」


名前…そういや決めてなかった。今まではアイビーから貰った名前だったんだ。どうしようか…。


「アノンって言うのね」


アノン?…あ、そう捉えちゃったか。しゃーない、アノンでいくか。


「あ、はい」


「立って。アレの玉をブチ抜くんでしょ?援護するわ。」


あーこれもう後に引けない。


「早くっ!」


「あいよぉ!」


少年は体を起こし、銃を抱え一つ息を吸うと再び二角の元へ走り出す。


近づくにつれ妖魔が増え、避けるのに必死だったが、先ほどの少女が邪魔をする妖魔を次々と撃ち抜いていき、 いつの間にか襲い来る妖魔に目を向けなくなっていた。二角だけを見つめ真っ直ぐ走る。


二角の防御不能距離まで行くのには、二角を中心に群がる肉の壁を超えないといけない。


少年は肉の壁を駆け上がり飛躍すると、肉の壁を越え、地面に足を置くと体が凍りついた様に硬直する。


そして、少し遅れて気がつく、自分はもう二角の間合いの中にいる。…と


額に汗を滲ませ顔を上げると二角は既に棍棒を振り上げていた。


先程の少女がさせまいと銃弾を二角の頭部めがけ撃ち込むが、前と同じ様に角で弾かれてしまう。


考えろ。おそらくあと一秒程でこの体は消し飛ぶ。さっきみたいに銃で防ぐか、いや、重くて間に合わない。……くそ、一か八かやるしかねぇ。


しかし、一秒も経たないうちに少年の姿は汚い靴だけを残し、消滅していた。


「……!?」


少女は目を疑った。しかし確かに少年は消滅した。残された汚い靴、それが何よりの証拠だった。


「……っ」


少女は歯噛みしカラになったマガジンを捨て、新しいマガジンをライフルに差し込むと、銃を背負い二角のもとへ走り出す。

二角のもとへ走る少女の目は、子供とは思えない程の鋭い殺気を放ち、ゆく道の人はもちろん、人類を格下種族としか思っていない妖魔でさえも一歩引き、道を開けてしまう。


少女の殺気は肉の壁をも崩し、指一本触れずに自分と二角を繋ぐ一本の道を作築き上げた。


二角は少女にまだ気づいてない。少女が間合いに踏み込むと二角はようやく殺気に気づき、殺気を警戒してか、少女を最優先に狙い棍棒を殴りつける。

しかし、棍棒を振り切る前に二角の腕がピタリと止まる。


「──!?」


あれだけ存在感を放ってた少女が突如として消えた。

──否、消えてなどいない紛れたのだ。異常な殺気で存在を見せつけ、相手が気づくと同時に解除し周りの殺気に紛れ込む。


だが、殺気を消しただけであって間合いから出た訳ではない。

……となると、


「後ろかぁ!」


二角が自分の背後から感じる微かな殺気に棍棒を振る。


「残念……。体はでかいのに脳は小さいのね」


棍棒が当たる瞬間また少女が消えた。しかし、二角は肩を震わせ不敵に笑い、棍棒を肩に担ぐ


「……くくく、考えなくても、体が全てを補うからな」


二角は片足を高く突き上げ、四股を踏むかの様に足の裏を地面に叩きつける。


「……!?」


叩きつけた衝撃で 二角の足場は沈降し、その周辺の地面は隆起すると共に縦に激しく揺れ、持ち上げられた人間の体勢を崩す。

同様に揺れで膝をついた少女の前に、二角が棍棒を振りかざし、口をニヤリと歪める。


その華奢な体で数え切れないほどの命を奪ってきた少女。ようやく自分も奪われる側になった今、絶望も、生涯を振り返る事もせず、目をつぶり、ただ素直に、死を受け入れた。


こんな荒れた戦場に自分だけを助けてくれるヒーローなんていない。簡単に一つの命が多く失う現実は、戦争は、残酷だ。


少女の体は少年と同様に跡形もなく消し飛ぶ。

──はずだった。


「……?」


焦らしているのだろうか、なかなか棍棒が振り下ろされない。ひょっとして自分はもう死んだのだろうか、


少女はゆっくりと目を開け、瞳に映る限りの情報から現状を理解する。

どうやらまだ死んでいないらしい。二角は恐怖に怯える顔が見たい訳でもなく、どういうことなのか、自分の手を眺めていた。

その手に棍棒は握られておらず、握っていた筈の棍棒は地にめり込み亀裂を作る。


消し飛んだのは少女ではなく、二角の指だった。


いったい何が起きたのだ、なぜ、右指が、4本も同時に消えたのだ、他種族か?いや、ありえない。

人で妖魔に立てつけるのは聖騎士かあの鉄の筒位。


まさか……!。


ハッと気づいた時には今度は右肘の骨を砕かれていた。


傷口を見るからに…………。……ッ!?。


「………上だと!?」


二角が空を見上げると共に周りの者達も揃って上空を見上げる。

空という広大なキャンパスにセメントをベッタリと塗った様な空。その中に砂粒の様な点がこべりついていた。


「あれは……なんだ。……!。」


見上げる二角の横に薬莢が音を立て地面を跳ねると同時に聞き覚えのある声が怒号となって空から降る。


「勝手に…!諦めてんじゃねぇえええええ!!」


「……!」


少女はハッと意識を空から移し、空に夢中の二角に弾丸を撃ち込む。

気づくのに遅れた二角は使えなくなった右手を盾代わりにし、弾丸を防ぐが、空への警戒を解いたことにより、被弾を許してしまう。


左肩から血を吹き出させる二角は狙いを上空に絞り、残った左手で棍棒を拾い上げ足を地面に叩きつけ地震を起こすと共に、飛び上がった石を上空の的に向け棍棒をフルスイングする。


飛ばされた石は上空にいる少年に向かって的確に飛んでゆく。

一方、少年はバランスが安定しず、空中でコマのように回転する。


「あばばばばばばぁ…うぅぉえぇ!!気ぃもちぃわりぃいいッ!……ん?なんか飛んできた。」


少年は回転したまま銃を構え、飛んできた石を弾丸で砕く。


それを見た二角は舌打ちすると、続けて石を打ち込むが、次の石は衝撃で粉砕し、粒となって上空に飛ぶ。

粒は上空にいる少年の頬を掠め、立て続けに大量の粒が少年を襲った。


「………!。まずいッ!あ痛たたた!チックショーッ!今になって回転止まりやがった!……ったく、あの子は何やってんだか、こっちに2回も飛んできたぞ!」


地面に落下する前に倒さなきゃ確実に殺られる。

……しかしなぁ、…あいつの注意完全に俺に向いてね?

……絶対無理じゃね?

あの子の援護もあるが、使えなくなった右手を盾にする限り弾は届かない。

こんな状況で着地前に倒さないといけない。

……さて、どうしましょうか。


揺れが収まると少女は再び銃を構えるが、撃たずに銃を見つめると、深く息を吐き、深く息を吸い込み俯く。

顔を上げた少女の目は先程の様な殺気を溢れ出させ、頭まで被っていたマントを脱ぎ捨てる。


髪は青空の様に青く、薄く軽そうな衣装から覗く肌は戦場にいながらも雪の様に白くて綺麗だ。

少年は、そんな大胆な露出度の少女についつい目を奪われてしまった。


少女は腰椎辺りに掛けた短刀を引き抜き、空に夢中になってる二角に正面から斬りかかる。

再び右腕を盾に防がれるが、少女は構わず斬り続た。

バケモノと言えど、流石に痛みはあるらしく、少女に足を回し反撃する。

しかし、あっさりと避けられ、足を細かく切り刻まれる。

背後に回った少女は止まることなく斬撃を繰り出し、膝の筋肉や筋を細切れにされた二角はとうとう膝を崩した。


「おーおー、頑張ってるじゃない。俺も頑張らなきゃいけないと分かってるんだが…目がそっちにいっちゃう。……あと10秒位で着地するな。」


引き金とレバーに手をかけ、弾幕を張る。

放たれた弾丸は余すことなく二角に降り注ぎ、弾幕と言うより銃弾の雨だ。


少女は二角から距離を置き、二角は少女を追わず、回避出来なくなった自分の身を守る事に専念する。


棍棒だけでは凌ぎきれず、銃弾が体中に穴を開ける


銃を再び拾った少女は、傘を差すのに必死な二角の頭部に狙いを定め、発砲したが、やはり角で防がれた。

弾切れで雨が病むと同時に、少女は銃を投げ捨て、短刀で再び二角に斬り込み、少年は最後の予備マガジンを装填する。


……あと5秒。雨は弾の無駄だ、俺がやれる事は。

……あと5秒。雨はもう使わないだろう。私のやれる事は。


少女は軽快に舞い、二角の体を刻む。

もっと速く!回避と攻撃を両立させろ、


次第に少女の二角を刻む速度が増してゆき、その速度は二角ですら捉えることが出来なくなり、細胞すら斬られた事に気づかない。

故に、二角は自分の右腕が千切れ落ちている事に遅れて気づく。


………あと三秒!


最後に片腕となった二角の左手の指を切り落とし後退する。


「────チェック」


「メイトだ」


二角の角と角の間に銃口を突きつけ、引き金を引いた。


発射された銃弾は二角の頭蓋を砕き、豆腐の様な脳に穴を開け、後頭骨を貫き地面にキャッチされる。

しかし、脳を撃たれながらも二角は最後の力を振り絞り、少年に渾身の力をぶつけた。


銃を盾に防ぐが、衝撃を抑えきれず真横に吹き飛ばされ肉の壁に突き刺さる。


「………ウボァ!いてててて…。おう、アンタらありがとな」


しっかし、あそこで殴られてなかったら地面に打ち付けられて死んでたな。

………ん?なんか急に静まったぞ?あんだけうるさかった戦場が…。


戦場全体が静まったと思うと、再びマントを被り直した少女が駆け寄り、少年の手をとる。


「あの、本来ならば男が手をとるべきだと思うんですが…」


「……逃げるわよ。」


「あ、スルーか。……今なんて?」


「立って!」


「はいぃッ!」


少女に手を引っ張り上げられ走り出すと、静まり返った戦場に再び騒がしさが戻る。


「なんだなんだ!?急に皆元気になっちゃって」


「あなたは妖魔軍の幹部を殺ったのよ。妖魔はあなたを全力で殺しにくる」


俺がとどめ刺さなくても彼女だけでも殺れただろう。と言いたいが飲み込む事にした。


「しかしまぁ、アレを相手に生き残ったんだな」


少年は力強く握った拳を振り上げ跳び上がる。


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