第-2章 昨日の敵は今日の俺

-2.1 再会と別れと別れ

-2.1



「君みたいな獣人もね」


「………は?」


なぜ自分が獣人なのか、そういや声が前とは違うなと疑問を持った少年は、女性の後ろに鏡があることに気づき、覗くように鏡を見ると映っていたのは、ボサボサの黒髪に少し大きい猫耳のついた気だるそうに半目でこちらを見つめる獣人だった。


「.........だれ?」


「あぁ、申し遅れました私、看護婦こと、ナースという者です」


「あ、俺はシオ……ぁいや、アスターです、あの、アイビーはいますか?」


「アイビー?はは、アスターさん歴史の夢でも見てたんですか?アイビーは昔存在した霊長類最強の女聖騎士であり夫シオンとともに国家反逆を犯した大罪人ですよ、この国の歴史は面白いですよね、特にそこら辺の時代、王政120年辺りが!」


軽く笑って答えたナースだが歴史の話に入ると好奇心旺盛な子供の様に食いつく。


「ひょっとしてアイビーさんのファンですか!?多いですよね写真見ても美人ですしねぇ!」


ファンつーか嫁なんですが………。


「私はシオン様loveですわぁ!あの時代は王政が厳しく情報も限られてたけど、鬼政に入って当時の記者が命懸けの現場取材の記録が公表されてね、シオン様とアイビーさんのやり取りとか熱いですよね!お前が笑って過ごせる未来を創るまで絶対に俺は諦めない!てとことか」


あ、超恥ずかしい、俺大衆の前でそんなこと言ってたの?うわ、はっずかっし


「しかも自分で鎖を壊して騎士を倒し暴れてるとこの写真とかね!ワイルドで超かっこいいのよ!もうこんな人と近くで息吸うだけで死んじゃうわ!」


安心してください、隣でバリバリ生きてますから大丈夫です。ってあれ?さっきから俺...喋り方が………いや、それよりもさっき王政120年を昔と言ってなかったか、


「あのぉ……今何年ですか?」


「虎政12年ですよ」


「王政120年からどれだけ経ったんですか?」


「そうですねぇ……40年位ですかね」


仮に生きていたとしたら今頃俺は爺アイツは婆になってたのかな。


「あ、そうだアスターさん目が覚めたなら退院できますよ、動けます?」


「ありがとう、ところで何で俺は病院に?」


「道端で倒れてたんですよ、大の字に」


「大の字………あの、何で俺なんかを、獣人ですよ」


「それはですね、この病院の院長の村が妖魔に襲われてね、傷だらけで必死に逃げてきたけど行く宛もなく衰弱してる所をね、とある神聖が通りかかって負傷した体を癒し、空腹で飢えた腹を満腹にしてくれたそうなの」


神聖……初めて聞く種族だ。


「院長が『何で僕を助けてくれたんですか』って聞くとね、『ほうっておけないから』、その一言だけ言って去っていったそうなの。それで院長がお礼を言おうと追いかけて行ったら神聖の姿はなかったけれど代わりに村があったんだって。まぁ、結論を言うとその神聖に憧れた!だね」


「神聖?」


「神聖っていうのは最上位の種族で神様みたいなものよ、神聖は望んだ存在になれたり他種族にとりつくと不思議な力が手に入るって言い伝えがあるけど、実際はどうなんだろうね。もしそうならあの神聖は癒しの神になりたかったのかな」


神聖ね…万能の生物ということか。


人に取り憑くというワードでふとアスターの脳裏に玉の男が浮かぶも、あいつはないか。と、かき消す。


「質問ばかりですいません、最後に道を聞きたいのですが」


「いいですよ、私も久しぶりに喋れて楽しかったです、地図持ってきますね。」




────ザクザクと地図を片手に樹海を歩くのは、半目で猫耳をつけた獣人アスターだ。


迷ったのだろうか森へ入り二日が経過して三日目の朝、木の隙間からとてつもなく空へ伸びた巨大樹が見つかる。


600m位あるだろうか、森で1本だけ突き抜けた太い木にたった一歩の跳躍で乗り移り、木の上からか周りを見渡す。


「やっと見つけた」


人の肉眼では捉えれないであろう距離の先に、アイビーと出会いシオンが生まれた崖が見える。


それを見た瞬間、無意識にアスターは飛んでいた。巨大樹の上からあの崖へと。


さっきもこんなことがあった。普通に考えたらあんな高い木に飛び登れるはずがない、それでも岩に飛び乗る勢いで乗れた、これが獣人の力なのか、いや、俺が特別なだけだろう、でなければあの時一瞬で殺られていた。


目的地まであと10km程あるがスピードが緩め急降下する


「せっかく獣人になれたんだ、この力存分に使わせてもらうぜ!」


スタっと平地に華麗に着地する。


「あの高さから落ちても無事とは流石猫だな」


次の瞬間、アスターの姿は残像を残すことなく消えていた。残されていたのは草木がしなるほどの豪風と深くえぐられた足跡。そして、彼方へと螺旋を描く砂埃だった。


アスターは急ブレーキをかけ石床の前でピタッと止まる。

後ろを振り向けばえぐれた地面と砂埃、少し離れた位置に村。


突然の豪風にパニックを起こす村人達を気にせず、思い出の地へと足を踏み入れる


「前はアイビーの家しかなかったのにな....。こっちは何も変わらな…何だ?あれは」


前は綺麗な海が見えていたはず、だがその景色の半分は今や巨大樹程の高さの謎の島に塗り潰されている


いつからできたのか、だが今はそんな事どうでもいい。

崖いっぱいの花のもとへ行き、拾った石にアイビーの名前を掘り、花に囲まれる様に地面に立てる。


「今はまだこんな墓で勘弁してくれ、まぁこんな特等席なら文句のつけようがないだろうがな…。」


しゃがんだまま顔の前で祈るように合掌をする。


「大事な人のお墓ですか?」


唐突に真後ろから少女の声が耳に入り込む。


「あぁ、俺に多くの事を教えてくれた、大切な人...いや、妻だ。」


と言いながら立ち上がり振り返ると後ろにいたのは頭巾をかぶった金髪の少女だった。


いつ設置されたのか、昔はなかったベンチに腰をかけた少女はどこか悲しい顔をしていた。


「私も丁度その近くに墓を立てました」


「ここの村の子か?」


「はい…あなた、獣人さんなのですね」


「怖くないのか?」


「いえ、獣人は怖いです、ですが、あなたはなんと言うか…懐かしさがします。昔から出会っていたような」


「はは、まさかね」


頭を掻きながら少女に近づくと唐突に激しい目眩がアスターを襲った。


それを見た少女は「大丈夫ですか?」と立ち上がり手を差し伸べる。

しかし、少女が近づくにつれめまいが酷くなり吐き気までするようになった。


「クソ、何だ……ハァっうぐっ」


差し出された少女の手を掴むとめまいが急に無くなった。っと同時に脳に電流が走り、自然と頭に浮かんだワードが声となり発声する。


「アイビー…なのか?」


何を聞いているんだと自覚しているが自然とその言葉が出てきた。

ほんとに何を聞いてんだか俺は……。


「悪い今のスルーしてくれ」


アスターは頭を抑え背を向ける。

すると少女は唇を震わせ聞き返す。


「シオン……なの?」


「──?」


………今なんて?


アスターが振り返ろうとした時、少女が飛びつくようにアスターの腰に抱きつく。


「怖かったよぉ……もう会えないのかと思ったよぉ」


背中に顔を埋め涙を溢れさせる少女。

名前も知らない、初対面の人だ、だが確信した。


一方的に背中に抱きつく少女を引き剥がし、くるりと振り向くと今度はアスターから彼女を熱く、固く、そして優しく包み込む。


「よかった、お前が無事で、こうしてまた会えて……本当によかった。」


胸に埋まり涙で濡れたになった顔をむくりと上げ、


「でもまぁ、無事ではないかな。死んだし」


泣き止んだアイビーが体から離れるとアスターは顎に手をあて遠くを見る。


「しかし何で俺らは記憶が残ってるんだ。それになぜあれから40年位経った今なんだ」


そしてあの玉男は何だったんだ。


「あの……その……アイビーでいいのか?」


「あぁ名前言ってなかったね。アイビーは死んだから私はユーリ。シオンは?」


「俺は……あ、アスター………」


聞いたとたんユーリは吹き出し、アイビーの様に明るく笑う。


「そっかぁ、アスターなのかぁ……アハハハハ」


以前よりも感情が豊かになったアスターは恥ずかしそうに赤面になり、話題を変える。


「そ、そんな事よりいつ目覚めたんだ?」


「アハハハハ、え?あぁ、えーと、先週だよ」


「俺は三日前...このラグは何だ……」


「そんな事より私の墓作ったのぉ?それに大切な人だなんて、もう照れちゃうっ。あ、猫耳可愛い」


酔っ払いの様なテンションのユーリ、えへへと頭の後ろに手を当てる。


「……それに、いくら悩んでも私はユーリ、あなたはアスター、アイビーもシオンも反逆者として死んだ。その事実は変わらないの」


「もう1度最初から始めましょ……2人の物語を」


「んがああああ!……そうだな悩んでも仕方ない!てなわけでまた、いや、よろしく」


いつかの少女の様に優しくそっと手を差し出す。

その手に応える様にユーリもまた、優しく手を握り返す。


───その時だった。


手を握るとユーリの目に光がなくなっていた。そんなユーリが発した言葉が、


「誰ですか?」


その質問に顎に手をあて一つ首を傾げ、後ろを向くが、誰もいない。


「誰って俺か?もう名前を忘れたのか、アスターだよ」


「知りませんそんな人っ」


なんの冗談だ?洒落を一つ覚えたのか?でも、


「面白くない冗談だな」


たとえ冗談でも言っていいことと悪いことがある。でもなんだこの違和感は…。


「冗談なものですか!あなた、獣人!?誰か、助けて、獣人です!!」


パニックがようやく落ち着いたばかりの村人達が再びパニックになり持てる限りの凶器を家から持ち出し武装してこちらに向かってくる。


本気で言ってるのか……。


「どう言うことだよ全部忘れちまったのかよ」


ユーリの手を掴もうとするが、一歩後ろへ引かれる。


「触らないで!あなたのことなんて知らないって言ってるでしょう!」


一歩さがっただけなのに二人の距離は何十メートルも開き、近づこうとも距離は縮まらずに伸びてゆく。


「俺な、料理出来るようになったんだよ、お前と一緒に作って食べて、字も書けるようになったんだ、お前から借りた本全部読めるようになったんだよ。一緒に笑って一緒に寝て、お前寝相悪くていつも俺が追い出されて、毎朝俺に笑いながらも謝ってたり、1度命の取り合いもしたよな。………ッ!、そんな事も忘れっちまったのかよ!?全部!」


思い出を振り返ろうとも二人の距離は縮まらない。むしろさらに遠のき2人の間には亀裂が入りあっという間に割れてしまった。アスターは後ろに流された。激しい荒波の激流に流されてゆく。


村人達が少女の元へ辿り着く、少女はその中へ逃げ込み、前へ踏み出た男達が武装をした状態で戦闘態勢に入る。

溢れ出てくる様々な感情を抑え込み感情という名の錠に鍵をかけた。


アスターが深く深呼吸するとその場の者達全員に緊張と汗が流れる。


今にも壊れそうな錠をなんとかつなぎ、怯えるユーリに指を指し口を開く。


「たとえ、お前が俺のことを忘れようとも、俺は絶対にお前を忘れない」


そう言い、崖を跳び、空を飛び、人がまだ行けたことのない高くそびえる謎の島に飛び乗る。


逃げたとはいえ、あまりの身体能力を見せつけられ一同は膝を落とす。


「あの人、何で、泣いてたんだろう」



────未知の島にて。


涙を忘れ高所から島を唖然と見渡す獣人一人。


「……何だここ」


あーまずい、入っちゃ行かんかったか……。


見下ろす視界には見たことのない生物達。

キリンよりも太く長く伸びた首と、ムチのように長く細く伸びた尻尾を持つ動物、広げたら8m位いきそうな翼と大きい嘴を持つ鳥。


まるで異世界に迷い込んだような錯覚に見舞われる。


こんな異世界生活嫌だ。まぁすぐに帰れるけど…。

.......あいつはもう普通の生活に戻れたんだ、俺が邪魔するわけにはいかねぇ。これでいい、これでいいんだ。



ここは誰も行ったことがない島、誰も行ったことがない故、未知の島。その島は平々凡々な村の海から突如として現れ、未だ成長を続けてるという。唯一わかることは森がある、ただそれだけ。


今では森すら見えない高さまで成長した。そんな島の端っこに荒作りの小屋が一つ、その中には1人の獣人が下の蟻のように小さく見える島を見下ろしていた。


………。えー、こちらアスター、天気は快晴、今日も異常なし。


....え?こんなところで何してるかって?見回りだよ。いやいや覗きじゃないって、いや本当。というかこの島何もないんだけど、1回島散策してみた、広すぎる。えー何で、何でこんな広いの、下から見た大きさと全然違うんだけど、何か変な古い建造物あったけど入れないし。やることないから村の平和を守ってる。


村を見張っていると早速盗賊が現れ村を襲う。

アスターは石を拾い上げ大きく振りかぶりだいぶ距離がある盗賊に投げつける。

石は空中で砕け散り盗賊達の頭に全命中した。

村人達は何が起きたかわからないがとりあえず騎士を呼び、盗賊達を連行する。

そしていつの日かこの村で悪さをすると死神が舞い降りるという伝承が伝わり、不吉の村と言われ村に盗賊は滅多に来なくなった。

これがここ最近の毎日の日課だ。

今日も異常なし。霧が出てきたし何だか急に眠たくなってきた。


「死神になった気分はどうかな」


知らない男が不意に耳元で囁く。アスターはその言葉を聞き意識が奪われ倒れ込む。



───暗い夜、未知の島の小屋でアスターが覚醒し、むくりと起き上がった。


「はぁ〜よく寝た………死神になった気分?ハッ知る……まて、あの声は誰なんだ」


急に訪れた眠気、あれは霧でなく催眠ガスか、不意に囁く男の声、夢じゃないな。ここ周辺は毎日見回りしてるから先住民の存在は考えにくい、知性ある獣?これも違う。今日はやけに下が明るいな……。


下を見下ろすと村が業火に焼かれていた。


「なッ!」


すぐに立ち上がろうとするが体を支える右手と体を持ち上げる左足が存在しておらず、片手片足の獣人は崩れ落ちた。

それと同時に、今まで気づかなかった激痛が熱となりアスターを蝕む。


「っうぐぁ手と足がああぁぁ………ふぅぅうう」


深く息を吸い痛みを誤魔化すと、すっと立ち上がり久しく島を降りる。着地するも片脚では衝撃に耐えられず、手と膝を着き硬直してしまう。しかし目の前には燃え広がる中、村人達が元凶と見られる吸血鬼達に喰われている。


「動けぇええ!」


いつかの様に重傷を負った身体を無理矢理動かせ、業火の中を片足一本で駆け回り吸血鬼達の首を搔き切ってゆく。

その姿はまさに『死神』そのものだった。


無能な騎士共は何をやっている、こんな小さな村どうでもいいってか、時代は変わっても人は変わらないな。


片足で駆け回るシルエットを赤黒い血ではない何か影の様なものが包み込んでゆく。


ユーリはどこだ!死なせたくない、死なせない。


無数の吸血鬼達を返り血を浴びることなく命を奪ってゆく死神。


一人の少女の絶叫が、響き渡ると死神は方向を変え、赤黒い影を脱ぎ捨て置き去りにし声のもとへ走り出す。

降り立った時から叫び声は絶えないが、この少女の声は違う、聞き覚えのある声だった心に染み込んだ声だった。

間に合え、ただ一心で錆びた歯車をフル稼働させる。


声の主はやはりユーリだった。ユーリを追いかけていた2人の吸血鬼のうちの一人は一瞬で絶え、もう一人は紙一重でかわす。ターンでもう一人も斬ろうとするが、ガコンと音を立て一つの歯車が外れ落ちた。循環出来なくなった歯車は活動を休止させる。アスターは往復しようとした時身体が石になったように錯覚した。

膝をつき目の前に守るべき人がいるのに動かない。それを見た吸血鬼は嘲笑いながらユーリに近づく。


動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けぇえええ!!


辛うじて動いたのは左手だけだった。だが充分。地面に散らばった家の破片を目前の吸血鬼に投げつけ、危機一髪吸血鬼は首から血を吹き出して崩れ落ちた。


「よかった、今度こそお前を守れ……」


この安心という油断が絶望を招く。一息つき瞼を下ろした直後、少女の姿は音もなく消えた。


「おい、ユーリ、どこに逃げたんだよ、どこに行ったんだよ」


目前に転がる肉塊には首がない、ユーリとは考えにくい、いや、考えまいとしている。ユーリは死んでない、死ぬはずがない、きっとどこかに…。


周りの視界が写らないように下を向いてると、気分の悪くなるリズムで男が話しかけてきた。


「おっさっがっしっの物はぁ〜、こっれっですかなぁ〜?」


「失せろ、俺は気分が悪い…」


と、男を睨みつける。

ようやく視界に入れたその男は汚れを知らないかの様な綺麗な白髪の若い男だった。


「そっれっはっ残念っですぅ〜、ではコチラにおっいっときますぅ〜」


汗を滲ますアスターの横に男が置いたのは、綺麗に青白くなったユーリの首だった。


「喜んでいったっだっけ、まぁしぃたぁ……か?」


男はアスターの横で体をくねらせ囁きながら顔を覗き込む。


「ハァ、ハァ、ハァハァハァ」


「救えたいっのっちんなんのんにぃ〜、あんなったっのっせいで彼女はぁ〜、死っにましったぁ〜……くっくっくっく、あなたのせいで、あなたのせいであなたのせいであなたのせいであなたのせいであなたのせいであなたのせいであなたのせいであなたのせいであんなったっのせいで彼女はぁ〜……ップスックックッククククククク!」


顔を手で覆い息を荒らげるアスターの横で男は自分の体を抱きしめ笑い出す。


刹那、男の顔は弾け飛び、死神は再び影を生み今度は全身に纏い立ち上がった。


死神は首と化した少女の血で顔を汚すと村中を再び駆け回る、村人は既に壊滅、村には複数の吸血鬼達、死神が通る道の生ある者は残らず息絶える。


誰も立つ者が居なくなった頃、騎士達は業火と血で真っ赤に変わり果てた村の惨劇を目撃する。


見習い騎士は勿論、上級騎士までもが目を背け、中には嘔吐する者も多数。

隊長だろうか、顎に髭を生やし立派な鎧を着こなして上物の馬に乗るその男は、惨劇を目の当たりにしようとも目を背けず同情の眼差しを向ける。だが村人の死体だけではない事に真っ先に気づいた。


転がる顔とマントを確認すると悲しい顔から怒りの表情になる。


「やはりレッドパンダ…種族は吸血鬼、ルピナスか……しかし、何で吸血鬼共まで死んでるんだ」


死体と共に辺りを見回すと赤黒い影を纏いしゃがんだ人影を見つける。生き残り、もしくは…。と恐る恐る近づく。


「おい貴様、生き残りか?状況を説明しろ」


影を纏った人は急に小刻みに震えだしクックックと笑い声を上げ振り返ったその顔は赤黒く不気味に微笑む。そのシルエットからは辛うじて獣人だとわかる。


「おい獣人、貴様は何者だ、全て1人で行ったのか!」


獣人は滑らかに立ち上がり騎士達の方を不気味に笑いながら見つめてくる。


片手片足がないにもかかわらず滑らかに立ち上がる姿を見た他の騎士たちは怯み反射的に一歩退ってしまう。


「ククククク、おいお前、こいつら、レッドパンダっつー組織なのか?」


「質問を質問で返すな!答えろ!貴様は何者だ!」


「そうだなぁ…鬼、いや、死神と勝手に呼ばれたよ」


隊長騎士は馬から降りると剣を引き抜く。


「我が名はミクラムド・ウィス、聖騎士だ。すまないが貴様を脅威とみなし排除する!」


ゆっくりと歩いて近づく聖騎士のウィス、死神は立ったまま姿勢を変えることなく笑い続ける。手の届く位置までウィスが来ようとも笑い続けた。


「手負いだからとて容赦はせん」


ウィスは真空が生まれるほどの斬撃を繰り出すが手応えがない。コンボの最後に大振りをカマスと死神の姿は瞬く間に視界から消滅した。目をそらしていない、なのに、死神は残像すら残さず消えた。


大振りで隙だらけのウィスの背後に鷹の爪の様な鋭い殺気を込めた手を振り上げた死神。その姿はまるで鎌を振り上げた死神かと周りの者達は幻惑する。死神が鎌を振り下ろすとウィスは咄嗟に回避行動をとるも間に合わず首を抉られた。


「チィッ……!速すぎる、目に追えん!」


ウィスは首に手を当て出血を抑え無駄とわかりながらも死神から距離を置く。死神はトドメを指しに行こうとするとぐにゃりと鈍い音をたてる物を踏みつけ転ぶ。それは確かユーリだった者の顔だ。

すると途端に赤黒い影と共に死神の姿が消え、死神が立っていた場所には膝を崩し子供の様に泣きじゃくる獣人、アスターがいた。

ウィスはゆっくりと近づき剣を振りかざす。


「こんな事したくはなかったがやむを得ない。」


千切れた首を抱きしめ泣くアスターを見てウィスの振り上げた手は躊躇いで硬直するが、首を振り躊躇いを振り払うと目を閉じ、気持ちにスイッチをかける。


「すまない!」



────何も感じず何も見えず何も聞こえない自分だけの世界。


前も1度ここに来たことがある。


『よう』


久しく懐かしい声が文字通り心に響く。


「やっぱりこいついるよな…。嫌な夢は何度でも見るって言うしな」


『夢じゃねぇよ、まぁ強いて言うなら精神世界的な?』


「なぁお前って何なんだ?」


『神』


「馬鹿かお前」


『馬鹿とは何だ、お前聞いただろ?神聖だよ』


「何でその神聖様が俺なんかに取り憑いてんだよ」


『いやぁ、あの世界さぁ、のんびーりほのぼのぉーと過ごすだけでつまらんから逃げて辿り着いたのがお前だ』


「こちとらお前のせいで死にかけたんだぞ、いや、死んだぞ!」


『それは悪かった、あいにく神聖が他種族に了承なく取り憑くには瀕死にさせなきゃいかんくてな』


「何で俺?空気読めボケ神が」


『まじゴメスぅ、てかおい、ボケ神とは何だ』


「ところで何の能力をくれたんだよ」


『その前にお前神に誓ったよな、誓を破れば神から罰せられるぞ、俺が取り憑いたのはお前が取り憑くにいい口実だからだ。いいか分かったか』


「いや全然良くねぇよ、つか何でアイビーも記憶があったんだ?」


『あ〜その件はな俺も気になったから考えたんだけどよ、多分、爆発のエネルギーがお前に全部行くはずだったんだが4分の1が嬢ちゃんに吸われちまったようでな、』


「何でアイビーの記憶は消えたんだ?」


『この能力に性能なんてなくてな吸った量は耐久性的な感じで4分の1も普通ならお前と変わらないが丁度ネジが緩んでたんだな』


「俺らの存在は何なんだ?」


『無理矢理人の記憶にねじ入れたんじゃなくてな、無理矢理世界にねじ入れたんだ。まぁ要するにな、卒業アルバムの思い出の写真とかには載らないが個人写真や名簿には載る的な感じだな』


「俺学校行ってねぇよ」


『だいたいそんなんだ気にすんな』


「まぁいいありがとよ。今日は時間があるんだな」


『生成中だからな、もう終わるぞ』


「そうか今度はどう来るかな」


『五秒前だぞ……ん、つーかお前さっきから質問ばっかじゃ……』


「あばよ」


再び頭の痛くなる走馬灯を見せられ世界にシオンでもアスターでもない、新しい生命が世界に生成される。




────締めつける様に頭が痛むと同時に耳を抑えたくなるほどの騒音轟音爆音が脳に直接響く。


目を見開けば鉛の様に濁った空。辺りを染める程の化け物、妖魔と戦う人類。止まない銃声。地に砲弾が打ちつけられ弾ける。泥まみれの靴を履き、両手にはグローブがはめられ、握るはナイフと拳銃。前から妖魔が殺気を込めて突撃してくる。


今回は状況を整理しなくてもいいようだ。これは戦争だ、自分は今殺されようとしてる。

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