-3.3 新婚さん逝ってらっしゃい

-3.3



────王城にアイビーの髪が送られた。


それを見た王様は当然カンカンに怒り、殺した鬼を探し出し殺せと命じる。


だがそんなことを知らない2人は五ヶ月という短い時の中を充実して過ごしていた。


────山の山頂付近に木造建築の家が一軒。

その中には空を写した海を写したような青色の髪の少女、アイビーが丸まりながら椅子を揺らしブツブツ何かを呟く。


「…………ライラック、サルビア、ガーベラ、スズラン、スイレン、ストケシア……うーん」


暗号の様に独り言を並べ頭を抱える少女。


「ただいま」


そこに、少女の旦那であるシオンが袋を複数抱えて帰ってくる。


「おっか、えっ、り〜ッ!」


「ところでさっき誰の名前を呼んでたんだ?」


小声で呟いていたはずの独り言を、何故か外にいた筈のシオンに問いただされアイビーは額に汗を滲ませる。


「男か」


「あれ、何よその関心のないような言い方!私が浮気してもいいって言うの!?」


「それ以前に誰が会いに来るんだよ」


───時に、言葉とは忘れ物をすると誤解を生むものだ。


「そぉれ、どういう事かしら♡」


久しく血の気が引く程の殺気を浴びたシオンは、自分の発した言葉を再度聞き直す。


「……………………あ、」


笑顔で覗き込んで来るアイビーは今にも飛びかかって来そうだ。

何とかしなくては。


「………そうだ、買い物のついでにこれ買ってきたんだが」


シオンはそう言うと袋から麦わら帽子を取り出した。

それを見た瞬間アイビーの瞳が輝きだした。


「ありがとぉー!どうして帽子を?」


「ずっと山の中じゃ退屈だろ?だからたまにはこれを被って出かけてみてはと思ってな」


それを聞いた途端、アイビーがシオンに飛びつくように抱きついた。


「もー本当、私の旦那大好きぃ!愛してるぅ!フォーエバー!」


そんなアイビーをシオンは照れくさそうに引き剥がそうとするが、思ったより剥がれず苦戦する。


「わかったから、離れろって!」


「なぁに?照れてんのぉ?このこのぉ」


ようやく剥がしたと思うと今度は肘で突っつかれ、シオンは照れ隠しするために怒鳴り気味に呼んだ。


「いいから外行くぞ!」


「今からならお昼ご飯持ってこっか、丁度おにぎり作ってたしね。………そして!後で重大なお知らせがありますッ!」


「今日はハイキングだァー!」と叫びながら準備をするアイビーをほっとした顔で見つめる


「今じゃ駄目なのか?」


「なんとなく、ダメなのだー!それじゃあ出発進…………ッ!」


外に出ようとした途端何かを感じたかの様に、静止する二人。


すると1人のマントを被った何者かが姿を現した。


「やっぱりあの王様既に回してたか……」


でもなぜこの場所がこんなに早く見つかったんだ。歩く道もない、登山者もいないこの山に…いやだからこそか?

だがそんな山は周りに沢山ある。暗殺送るなら相当な実力者の筈だ、なんだあいつは、アイビーの姿を見ても微動だにしない、アイビーを知らないのか、それとも自惚れか。


正面に立つマントを被った何者かが懐に手を入れナイフを6本取り出し、指に挟むと臨戦態勢をとる。


それに対し2人は構えるよりも先に避けていた。

二人の背後の扉の縁を6本のナイフが突き刺さる。


油断してたら確実にくらってた、だが避けれない程の速さではない。


二人に追い討ちをかけるかのように上から2人のマントが素手で襲いかかり、後に続くかの様にもう2人も飛び出した。


素手ならある程度大丈夫だろうと思ったが、一瞬チラッと見えた腕に寒気が走り、転がり避ける事にした。


確かに凶器は隠してない、だが、僅かに見えた腕は獣毛で覆われていた。あれは、アイビーの本で読んだ獣人とやらだろう。種族カーストは四段目だった筈だ…ッて、かなり上位じゃないか。


しかし、これで全て納得した。

すぐに場所が割れたのもアイビーを恐れないのも、獣人だからだ。アイビーは今まで鬼などとは戦ってきたが、恐らく獣人などの戦闘のエキストラな種族とは戦ったことがない。場所が割れたのもその獣人の1人が犬だからだろう。よく鼻が効くようだ。


今確認できる獣人の数は6体、流石に1人で手一杯の獣人を何人も相手なんて無理がある。逃げれるか、いや、無理だ。一人一人を短時間で倒すしか……それに俺もこういう時のためにずっと空き時間を使い鍛えていた、アイビーもまだ鈍ってないはず、やるしかない。


「アイビー!敵は何人いるかわからない、一体一体的確に倒すぞ!」


幸い常に刀をかざしてるシオンは先が折れた刀を抜刀する。

一方アイビーは、常に持ち歩いてると思われる護身ナイフを取り出し構えた。


緊張が走る、瞬きが恋しい、心臓の鼓動に体を揺すぶられる。全神経を五感に費やせ、僅かな音も、空気の微妙な動きも捉えろ、映るもの全てに焦点を合わせろ、かすかな獣臭を感じ取れ、アイビーの作った手料理の味を思い出せ、平和な日常を取り戻せ!


「………!?」


目の前で獣人が4人同時に血を流し倒れていくのを目の当たりにし、驚愕するリーダーと思しき獣人。


それを見て同じく動揺するのと同時に怒りを噛み締め、隠れていた残りの獣人3人が姿を現す。


仲間をやられたにも関わらず、獣人達は平静を保っている、否、装っている。

油断したり、冷静を欠けば逆にやられる。

人間とて侮るな、相手は他種族をも殺れる人間の英雄、そしてこの男は、


「臭いな、男、お前のマギから腐った臭いがする」


「───ッ!?」


リーダーと思しき獣人の言葉にシオンは絶句する。


「あ、アイビー、俺の脇そんな臭うのか……?」


「馬鹿なの、こんな状況で馬鹿なの!?……嫌だ、嗅ぎたくない、さり気なく脇を近づけないで!あと脇じゃなくてマギよ!臭うのは恐らくシオンが人鬼だからだと思う。人鬼は人のマギが極限まで濁った事により突然変異した人の成れの果て」


それを聞いた獣人は顎に手を添え、納得すると掌に拳を乗せる。


「なるほど、人鬼か、人鬼が本来の姿と理性を保てるなんて聞いたことはないが」


「何事も未聞から始まり常識に変わるものさ」


「だったら貴様ら人類を侮る事なく始末する」


獣人のリーダーが片手を持ち上げ指を鳴らす。

何かの合図だろうか。

横を見ればアイビーが耳を抑えている……て、あれ、視界が傾いて、上が下に、地面が空に…………。:


「……違うッ、俺はなぜ地面に転がっている!?」


クソッどういう事だ、声が出ない。

立ち上がれない。

あの獣人何しやがった。口パクパクさせて…………まさか!?


「人鬼の男よ、聞こえないと思うが教えてやる。お前は神経を敏感に張り詰めさせ過ぎだ、故に、強い振動を与えれば簡単に壊れる」


「シオン!」


「我ら獣人でもこの手は出来れば使いたくないものだ。何せ耳を塞がなければお前みたいになるからな」


アイビーが駆け寄ろうとするが残りの獣人に遮られ道を絶たれる。


「はて、これからどうしようか、殺すのは簡単だ。依頼はこの女を殺した事になってるこの男を殺す事だからな。しかし、女が生きているとなれば話は変わる。連行するか。おい、人類の英雄とやら、抵抗するなよ、人質がいるからな」


クソッ、目眩で意識が遠のく。



────顔に勢いよくかけられた水で意識が覚醒した。

水の音が聞こえたという事は鼓膜は修復された様だ。


瞼を開き瞳孔に光が入るまでの間に、意識が落ちる前の事を必死に思い出そうとするが思い出せない。そして、開かれた目に映るあらゆる情報を吸収し認識出来たのは、石畳の地面とヒビが入ったボロボロな石壁、日陰に椅子を起き高みの見物をかましている王と思しき人物、広場を包むように百人程並べられた重装備の騎士達。

遠くにぼんやり見えるのは、


「アイビー!」


シオンは立ち上がり崖っぷちに立つアイビーの元へ駆けつけようとするが、背後でジャラジャラと音がなり手を引かれたかのように後ろに倒れる。


「………ッ!」


両手が太い鎖で繋がれ思うように動けない。


それを見たバケツを手に持つ兵士が笑いながら離れてゆく。


「ごめんねシオン、少しの間でいいから目を瞑ってて」


「罪人、シオン、貴様の罪は愛する者の最後を見届ける事で無罪となる。喜べ、貴様のために死んでくれるそうだぞ、いい嫁をもったな。」


頬杖をつく王がそう告げると、シオンの怒りが込み上がる。


「アイビー!お前はまだ生きる理由が見つからないのか!俺がいるのに!」


「そうだよ、私の生きる理由はシオンだもん。シオンが殺されることが嫌なの、だから悲しくても1人で生きて」


「………」


その言葉が燃えるシオンの怒りに油を注ぐ。


「勝手に……諦めてんじゃ、ねぇえええええ!!!」


広場全体に爆発したシオンの怒声が轟く。


「2人で助かる算段も生きる理由も見つからないから自分を犠牲にして俺を生かす?ふざけるのも大概にしろ、算段?理由?そんなもん生きてりゃいくらでも探せれる、生きようともしない奴が生きる理由も助かる算段も見つけれるわけないだろ!悲しくても生きろ?余計なお世話だ!お前はそうやって大事な人が死んでものうのうと生きていけるような強い人間か?俺は違う!俺は弱い、独りじゃ生きていける自信がない!だがな、そんな人間が2人も揃えばなやっていけるんだよ、掛け算でも引き算でもない、足し算なんだ、1人では無理でも2人なら出来る事がある、俺は絶対に諦めない!お前が笑って平和に生きれる世界を創るまで絶対に!…………だから、こんなお前を利用する世界なんて───」


「───」


「ぶっ壊しちまおうぜ」


シオンの叫びは広場の全員を笑わせる。

同じく腹を抱える王は震えながら手を上げ、両者の処刑の開始を指示する


「あの反逆者共を処刑しろ、相手は他種族をも殺れるアイビーだ心してかかれよ」


その合図を見たバケツ騎士は剣を方に乗せシオンに近づく。

一方、アイビーの背後には三人の騎士が槍と剣を構え、丸腰だが用心しゆっくりと近づく。


アイビーは振り向き殺される身とは思えないほどの笑顔で、


「大賛成」


瞬間、いつかの黒いモヤがシオンの体を包み込み、剥離すると体は硬い甲羅の様な装甲で覆われた。


それに動揺したバケツ騎士はシオンに剣を振り翳す。

拘束されているシオンは鎖を引き千切り、


「雑魚に構ってる暇はない!」


と言い放ちバケツ騎士の腹部を蹴り飛ばす。

意識を失ったバケツ騎士から剣を拝借し、広場の中心へと走り出す。


アイビーの背後に立つ三人の騎士達が武器を振り上げ、アイビーに飛びかかる。


────お願い、あなたはまだ引っ込んでて。


胸に手を当て、心の檻にもう一人の自分を閉じ込めガチャりと鍵をかけると、後ろの騎士の1人の手首を握りしめ槍を奪い取り、残った二人の剣を弾き飛ばした。


立場が入れ替わり丸腰となった三人を刃の腹で気絶させ、シオンと同様に広場の中心目掛けて走り出す。


だが王様は未だに余裕の表情で再び命令を出す。


「反逆者共をこの場の全騎士で討ちとれ」


その一言で百人程の全騎士が武器を取り二人に進撃を開始した。

広場の端から端は距離が長く、2人が合流するよりも早く騎士がなだれ込み、次々と2人の間を騎士達が埋めてゆく。


「邪魔だァ!どけぇ!!」


だが走ることを止めず次々と斬り倒し進んで行く。

例え鎧を着着たもので固めようとも、盾で隊列を組み固めようとも、止まることを知らないかの様に斬り進んで行く。


剣が折れたら奪えばいい。こんな雑魚の集まり何て獣人一人を相手にするのよか断然マシだ。早く、アイビーに!


「うぉおおおおおあああああ!!」


雄叫びと共に加速をかけ中心を超え、今、アイビーの元へ。


「シオン!」


「アイビー!」


目が合った瞬間、敵に囲まれてることも忘れ、互いを感じたいという衝動が込み上がるが、なんとか振り切り、代わりに背中を合わせる。


「これでやっとまともに話せるな、」


一息つくと、あっという間に囲まれ、見渡せば四方八方肉壁と化し非常に見栄えが悪い。


「うん、でもまともに話せる状況じゃないけど、ね!」


四方八方どこから来ようと同じだが背中を預けたという安心感から視界内の敵に集中できる。


四面楚歌の様な状況で戦っているにも関わらずアイビーは自然と頬がにやけてしまう。


「不思議!」


「どうしたぁ!」


「私これだけ殺っているのに殺意が湧くどころか笑えてきちゃう」


「重症じゃねぇか!切り抜けたら病院へ連れて行ってやるよ、頭のな!」


後ろで背を任せ戦うシオン目掛け、アイビーが敵の剣を弾き飛ばす。


「危ないよぉ油断は禁物でしょう、次から気をつけてね♡」


「あ、あと少し、気張っていくぞおらァ!」


力尽きる騎士が多い事に、ようやく流石にこれはまずいと感じた王は生まれて初めて、焦りと動揺を覚えた。


「急いで獣人を呼べぇ!すぐにこいと!待ってろぉ反逆者共めぇ、今すぐに正義の鉄槌を喰らわしてやるぇ」


「それは残念だ、」


不意に男の声が王の耳に入り込み、騒がしかった広場が静まり返ってることにようやく気がつく。


「あいにく私達はもう、」


階段を一段一段上がってくる足音と少女の声が広場に響き渡る。


「お前が寄こした前菜でお腹いっぱいなんで」


広場には100を超える全騎士達の死体が転がっており、鉄の、血の匂いが鼻を突く。


「今度は私達が食べさせてあげましょう」


返り血で紅くなり笑いながら近づく2人の死神。


「鉄臭い血じゃなく本物の鉄の味を教えてやるよ」


恐怖で体が硬直する王は剣を突きつけられ、二人の死神に鎌を首にかけられてるかの様に錯覚し、あまりの恐怖に失禁してしまう。


「さぁメインディッシュよ」


二人の死神は鎌を振り上げた瞬間、鎌を下ろし瞬時に大量の死体が転がる広場に跳躍する。


すると、泡を食べ失禁した王の前に音もなく四人の獣人が現れた。


「シオン、一旦下がって間をあけよう、その間に態勢整えよう」


2人は崖のギリギリまで積めるとアイビーは少し前に出て後ろでシオンは呼吸を整えるべく深く呼吸を行う。


相手は獣人、全てのステータスに於いて劣る。

それでも生きる者には誰しも戦わなければならない時が来る。

そう、今の二人の様に。

それは、侮辱された訳でもなく、恨みがある訳でもなければ、後ろに守るべき人がいる訳でもない。

ならいつ来るのか?それは、ただ単に逃げれない時である。

逃げられなくなれば、命乞いか戦うかしかない。

そして二人は戦うことを選択した。


手に持つ凶器を固く握りしめ、足を一歩踏み出す。

それを合図に二人と獣人達は開いた距離を埋めるべく駆け出す。


しかしシオンは違和感に気がつき、立ち止まり上を見上げる。


「………!?おいおいおいおいおいぃ!アイビー下がれ!!」


その一言に、ワンテンポ遅れてその場一同が上を見上げ驚嘆する。


この広場に隕石が落ちてくる。それは丁度二人と獣人達の中心だ。


「届けぇ!」


必死にアイビーの手を取ろうと体を伸ばし跳躍するシオン。


「アイビー!」


隕石が石床に衝突する寸前、まるで時が止まったかの様に隕石は空中でピタッと落下を止めた。


「何だ、これは……?」


一同が硬直する中シオンだけは足をを止めなかった。そしてアイビーの手を取ろうとした瞬間。

青白い光と共に全身が震える程の轟音と爆風に似た熱風を巻き起こし、その場の者達は包み込まれた。

熱風煽られた地面は波を打つ様にひっくり返り、風に引きずられた残骸や瓦礫が積み重なり、複数の無惨な山が出来上がる。


熱風が去ると、だだっ広い広場には沈黙だけが取り残された。しばらく続いた沈黙の間は一つの残骸の山の瓦礫が崩れる音で強制的に終了される。

残骸の山の中腹から手が飛び出し、瓦礫を次々とどかし、やがて現れたのはシオンだった。

ガラガラと音を立て瓦礫の山から立ち上がる人鬼の鎧が剥がれたシオンは、全身を打撲し、震える足を何とか立ち上がらせ、薄れゆく意識を保つため頬をひっぱたく。


「はぁ…はぁ……、アイ……ビ…ィ……」


シオンに続くように次々と立ち上がる獣人のシルエットと共にアイビーも立ち上がる。シオンとは違い、皆火傷と血で紅く染められていた。恐らく内蔵も損傷し、骨も何本かいってる。

幸いシオンは人鬼の鎧のおかげである程度は抑えれた。


まだ俺は動けるな、痛みなど知ったことか、今すぐアイビーを連れて逃げなければ……。


すると、ピカっとガラスが反射したような光がシオンの目に差す。


「───!?」


怪我人とは思えないほどの俊敏な動きで、無数に転がる剣を2つ拾い上げ、一つをアイビーの横に、もう一つを光が見えた方向に投げつける。

前方で矢が折られる音、右方向では肉に剣が突き刺さった鈍い音が響く。


「チィ……もう援軍が来たのか」


シオンは舌打ちすると、再び剣を二つ拾い上げアイビーの肩を掴む。


「アイビー!逃げるぞ!」


シオンが叫んだ直後、シオンの右足とアイビーの右胸に矢が突き刺さる、アイビーは崖の方へフラつき下がって行き、シオンは歯車が引っかかった音を聞き膝から倒れ込んだ。


殺らせるものか、こんな所で死なせるものか!動け、あいつを守るために今まで鍛えてきたんだろうが、こんな所で………!!


矢を抜いた傷口から血が溢れながらもなんとか立ち上がり、突っかかって動かなくなった歯車を無理矢理動かして身体を走らせる。


シオンを追うかのように3本の矢が左腕、背中、右肩を穿つ。出血多量で被爆者よりも重傷となったシオンに立て続けに矢が全身を貫く、しかしそれでも止まる気配は見せない。

例え、矢がどれだけささろうと四肢が捥げて無くなろうともアイビーを救うという意思は穿つ事は出来ない。

一方意識がなくなりかけのアイビーは、間一髪崖の手前で倒れ込み意識が落ちる。

しかし、まるで運命がアイビーを殺そうとしてるかのような絶望が舞い降りる。


爆発で地面が脆くなり、アイビーの真下の足場が崩れ、底の見えない奈落へと突き落とされた。


「アイビー!!」


間に合え!今度こそ、絶対に!


広場全体に咆哮を轟かせ限界ギリギリの体で崩れた崖に飛び込みアイビーの手を掴み強く握る。


シオンは上半身を投げ出し下半身だけで2人分支え踏ん張るも、運命はそれを嘲笑うかのようにシオンの足場ごと崩し、二人を絶望と奈落へと突き落とした。

光が届かない程に深い底に落ちながらもシオンは最後の力を振り絞り、無駄と理解しつつも自分が下敷きになるように、アイビーを包み込むようにして唯一感覚の残った右腕で抱きしめる。


無理矢理動かした歯車は破損し、欠落し、崩壊し終わりを迎えた。


「………ない……死にたく……ない、死にたくない。せっかく生まれたのに、出会えたのに……死にたくない」


すると意識が無いはずのアイビーがシオンの左手を握る。


「はは、そっちはもう感覚がないってのによ……でも、伝わる、はっきりと」


あの世だろうと来世だろうと、俺はお前を見つけ出す。



────何も無い白い世界、ここが天国というやつか


『よっ』


何も感じず、何も見えず、何も聞こえない自分だけの世界で一つの男の声が頭に響き、当たりを見回す。しかし、見当たらない。


「誰だ?姿見せてくれよ、1人は辛くてな」


「そっかじゃあ後ろ見ろよ」


頭の中で響いていた男の声は背後に移動し、誰かがホントにいる気がして後ろを振り返ると男が……。


「えーと、男、なのか?」


.........玉がいた。


「どう見ても男だろうが。まぁ男は男でも漢だけどな。」


どっからどう見ても玉から声が出てるようにしか見えない。


「そんな事よりその姿なんとかならないのか?玉だとなんか喋りずらいのだが」


「そうか、ちょっと待て」


玉が小刻みに震えだし、ニョキニョキと手足が生えてくる。


「これでいいか?」


玉におっさんの手足が生えただけの化物が喋りかけてきた。


「ふざけてんのか」


「うるせぇなこれ割と疲れるんだよ。あとだったら十秒待て」


仕方なく十秒待ってみたら今度はまともな人の形を成し、見た目は三十代後半と言ったところだろうか。それにしても、


「百歩譲って全裸は見逃す。だがその玉は無くならないのか?」


その男の股ぐらにモザイクがかかった先程の玉がぶら下がっている。


「何言ってんだこいつが俺なのにこいつ無くしたら俺はどうなるんだ?」


男は急に目の前で腰に手を置き、股ぐらにぶら下がる本体を強調するように腰を突き出してきた。


「揺らすな近づけるな、もういい、最初のでいい」


「ハッ倒すぞ」


と言葉を吐き捨て萎むようにして体が消え玉だけが残される。


『あ、時間だわ』


「時間?なんのだよ」


『まぁとりあえず走馬灯見て寝ろ』


「走馬...ぐっ」


シオンは突然胸を抑え苦しみ出す。


『死ぬまでの記憶を一通り見終われば苦しみから解放されるだろう。ガンバ』


ファンファンというサイレンの音が頭に響き渡り、頭痛と共に記憶が押しかけてくる。


よろしくね!シオン!


結婚してくれ


勝手に諦めてんじゃねええええええ!!!


アイビー!


────あの世だろうと来世だろうと、俺はお前を見つけ出す。




「────はッ!」


額に汗を滲ませ目覚めの悪い朝を迎えると、知らない天井に迎えられた。周りを見渡せば知らない物ばかりが置いてある。

背中には布団とは違う床の固い感触が一切なく、むしろ沈んでく感覚。


「目が覚めましたね」


状況がまだ理解出来てない少年に女性の声が耳にちゃんと入る。


「あの、ここは?」


「病院よ小さいけどね、罪歴、身分、種族関係無しで。そう、君みたいな獣人もね。」


「…………え?」


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