第11話
ユミが作ってくれた夕食は、得意料理と話していた肉じゃがだった。得意と豪語するだけあって、和也も驚くほどの格別な美味しさだ。得意料理以外でも、ユミの作る料理は、どれも美味しく満足できる味だ。和也の食生活は以前と比べて、飛躍的に充実している。しっかり者のユミのことだから、栄養バランスなどがしっかり配慮されているのは、間違いないだろう。
「ユミの作った肉じゃがは、めちゃくちゃ
和也が褒めると、ユミは喜びを隠せない。
「わーい! もっとレパートリーを増やすから、和也さんも楽しみにしててね」
「ああ。楽しみにしてるよ」いつまでユミの料理を食べられるのか、と思うと和也の心が痛むが、和也は懸命に表情を隠した。
満足な夕食を終えて、ユミが
「和也さんは、土曜、日曜は両方とも仕事はお休み?」おずおずとユミが言う。はなから和也は、週末をユミと過ごすために、全く予定を入れていない。
「ああ。大丈夫だ。レンタカーを借りてもいいよ」和也は答える。
「やったあ。だったらそうね……」
ニワトリイラストが微笑んでいるエプロンのポケットから、ユミがメモのような紙片を取り出した。紙片には文字がいくつか並んでいる。
―◆―◆―◆―
鼠× 髪△ 遊?
魚○ 鳥△ 蛇?
動△ 航△ 鉄○
バ? 寄× 温?
―◆―◆―◆―
和也には全く意味が分からない。「これは?」和也はユミに尋ねた。
「和也さんと一緒にしたいこと、行きたいところをまとめてみたの」
ユミは目をキラキラさせた笑顔だ。文字と記号の羅列で、和也は、まったくまとまっているように思えなかったが、相手は天才少女。きっと文字と記号に意味があるのだろう。
「ユミ、これはどういう意味?」
「和也さんも意見を言ってね。まず『鼠』。鼠キャラクターが有名で人気のあるテーマパーク。私も行ってみたいとは思うんだ。でもね、私、人混みが苦手なので、ちょっと大変かな、ってバツなんだ」
なるほど。和也も行ったことがあるテーマパークだが、ユミと行く以外に魅力はさほど感じなかった。
「ああ。混んでるだろうし、今週末に行きたいとは思わないな」
「鼠バツで次『髪』。私、髪をすごく切りたいんだ。このぐらい!」
ユミは、肩の上と耳の下の中間あたりに、両手で髪の長さを示した。セミロングの現在の髪型から比べると、ユミは二〇センチぐらいカットするつもりなのか。
「随分切るつもりなんだね」
「うん! イメージを変えたいの。でも、髪型で雰囲気が変わると、和也さんも分からなくなるかも」
ニコッとユミは微笑む。
「まさか。そんなことないだろう。でも、イメージチェンジもいいんじゃない?」
「うーん。切りたいのはやまやまだけど、せっかくの和也さんの休みだから、髪は却下」
「ほう、なるほど」
「で次の『遊』。和也さんは絶叫系コースターやお化け屋敷は苦手?」
ユミがニヤニヤしながら、和也の答えを待っている。なにか企んでるのだろうか。
「いや。どっちも多分平気じゃないかな」和也は答える。ユミは期待がはずれたような顔だ。
「なーんだ。和也さんが怖がるところを見たかったのに。遊園地は残念ながら却下だ……」としょげている。
「俺が苦手なところに行きたいの?」
「そういうわけじゃないけれど、訊いてみたの。でも、拾い上げておくね」和也はユミがどんな基準で却下や拾い上げしているのか、分からなかった。だが、ユミに任せておけば良さそうな気がしている。
「なるほど。拾い上げね」と和也は答える。
「お次の『魚』は水族館。和也さんは水族館は好き?」
今度は、『苦手』でなく『好き』を聞いてくる。違いが全く分からず笑えてしまった。だが、水族館ならイルカやアシカのショーもあるだろうし、楽しめると和也は思った。
「ああ。面白そうだな」
「じゃあ魚は有力候補で。次の『鳥』は富士山の近くの鳥がたくさんいるとこなんだけど、ちょっと遠いから残念ながら却下」
「そうだな」
却下と分かりきっているなら、書かなくてもいいのに、と和也は思った。だが天才少女ユミに任せよう。
「次の『蛇』は蛇がたくさんいるところ。和也さん、蛇は苦手?」
蛇がたくさんいるところ、というのがどういう場所か、和也はよく分からなかった。ただ蛇をたくさん見るのは、気が進まなかった。
「あまり得意じゃないな」と和也は答えてから気がついた。ユミが自分を怖がらせようとしているのかもしれない。しまった。
和也の嫌な予感に反して、「じゃあ、蛇たくさんも却下ね。次の『動』は動物園。和也さんは動物園は興味ある?」と、あっさりユミは『蛇』を却下した。
却下の基準がやはり和也には分からなかったが、ユミにお任せだ。動物園ならパンダやラッコやコアラがいるだろう。きっと楽しめるはず、と和也は思った。
「動物園はいいね」
「動物園は外なので、天気がちょっと心配。候補で残しておくね。次の『航』は航空ショー。ブルー・インパルスをとっても見たかったんだけど、開催していないから却下だ……」
ユミがさも残念そうな顔をしている。
「そうか……タイミング悪かったね」
「次の『鉄』は、鉄道の博物館。和也さんは鉄道に興味ある?」
和也は鉄道にさほど興味はなかったが、ユミと一緒ならばかなり楽しめると思った。
「ああ。なかなか面白そうだ」
「じゃあ候補で残して……と。『バ』というのは、バナナが生えててワニがいるみたい。ちょっと遠いし却下」
簡単な説明すぎてよく分からないが、インパクトのあるネーミングのテーマパークを、和也も聞いた覚えがあった。
「ああ。却下なのか」
「うん。そうね。次の『寄』というのは寄生虫の博物館なんだ。でも。和也さんにますます変な女の子に思われちゃうのは嫌だから、一緒に行くのはパス!」
嫌なら最初から言わなければいいのに、と和也に笑いがこみ上げてきた。
「パスね。うん」
「最後の『温』が問題なんだよなあ……」
ユミがこれまでと違って、ひどく真剣な顔をし始めた。どうしたのだろう。和也は嫌な予感をひしひしと感じる。
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