第5話

 行為の余韻にひたっているユミは、幸せそうな微笑みを浮かべている。自分の欲望を果たしてはいないものの、和也は充分にある種の達成感を強く味わっていた。ナイスバディだった智美とは比較にならないほど、ユミは慎ましやかな肉体だが、実は自分の好みかもしれない。体はともかく性格が抜群だ。


 和也は、腕の中でくつろぐユミへの強い愛情を感じている。一点気になるのは、彼女の体温――冷やりとした温度。先ほどのユミへの愛撫の際にも、冷たさを体感してしまって、たじろいだことも数度。ユミに気づかれてなければいいのだが。


 和也がユミの顔を見ようと、首を横に向けると――彼女の姿が見えない。どこに行ったのだろう。気づかないうちに、トイレにでも行ったのか。和也は心配になり、「ユミちゃん?」と呼びかける。

 返事がない。まさか、ユミは成仏してしまったのか。和也の鼓動が早鐘のように猛スピードで打ち始めた。心配になって大声で叫ぶ。

「ユミちゃん? どこ行った? ユミ!?」


(あ……かじゅやさん……)

 ようやくユミの舌足らずな返事が聞こえた。寝ぼけているのだろうか。ユミが消えていなくて本当に良かった。和也はふうっと大きく息を吐く。

「ユミちゃん? どうしたの?」

 ずしっとした重さを和也は腕に感じた。

「和也さん、ごめんなさい。私、今ね。ふっと気が抜けて寝てたみたい」

 なるほど。ユミは気が抜けると、透けてしまうと言っていたな。いずれにしても心臓に悪い。和也は、ほっとしてユミの存在を確かめるように、しっかりと抱き寄せる。

「ユミちゃんが消えたか、と思って心配だったよ」

「うふふ。まだ消えなくて済んだみたい。でも和也さんに、とっても素敵な気持ちにしてもらって、いまは満足して幸せだよ」

 ユミは照れ隠しのまぶしい笑顔なのだが――待てよ、と和也は考える。ユミが満足な経験をして、幸せな気分になればなるほど、現世への未練がなくなっていくのではないか。そして、未練がなくなったときに、ユミは成仏して消滅してしまうのではないか。そう思い至って、和也は泣きたくなった。何か良い方法はないだろうか――和也が考えに没頭していたら、ユミが声をかけてくる。


「かーずやさん」

 甘えた声を出したユミが軽く和也にキスすると、耳元に口を寄せて、「私、和也さんのことが大好き」とつぶやくような耳打ちをした。

「俺もユミのことが大好きだ」和也はユミに答え、抱き締める。

「えへへ。人生初の告白しちゃったあ」

 ユミは語尾にハートマークを付けたようなセリフを、はにかみながら口にした。この素敵な笑顔の女性が、既に死んでいて、いずれ消滅するだと? 全く信じられないし、信じたくもない。和也の胸が締め付けられる。


「和也さんは、眠くなっちゃった?」

 和也はユミの消滅について考えていたので、既に全く眠気を感じていなかった。

「いや、そんなに眠くないよ」と、和也は即答する。

「だよねえ。さっき私が断っちゃったから、その……和也さんは満足していないんでしょ?」

 誘うような目のユミ。なんてタイミングが悪いんだろう。和也はユミの今後について考えているうちに、すっかりたけっていた欲望が、ほとんど収まっていた。


「いや、そういうわけじゃないんだ」

 和也は何とか答える。

「私に経験がないから我慢してくれたんだよね。ごめんなさい」

 ユミは和也の両脚の間に入り込んで、うつ伏せの和也を見下ろす体勢になった。ユミの形の良い胸の膨らみがぷるんと揺れる。まずい。また気分が、盛り上がってきたじゃないか。こうなったら、なるようにしかならないのか。和也は観念した。

「私がとっても気持ちよくて、素敵な気分にしてもらったから、和也さんにも、同じ気分になってほしいんだ。やり方は私も分かっているよ」

 ユミの白くて細長い指が、和也の下半身にそっと伸びた。

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