第3話

 ――やっぱり。もふもふインコのピーちゃんだったのか。

 科学的にはまったく説明つかないことだが、頭が混乱しながらも和也は納得できた。尋常でない白い肌に軽い体重。着ている服も、インコのピーちゃんとよく似た配色だ。なにより、俺が助けたことを知っているじゃないか、間違いないはずだ、と和也は深く頷く。一度に落ちたら、和也は次第に落ち着きを取り戻してきた。


 だが待てよ……。鶴の恩返しでは、覗かれて自分の正体がバレたら、鶴に戻ってしまう。正体がバレて凍死させるのは雪女だったか? では、インコの恩返しなら、正体がバレるとどうなるんだろう。和也は、再び心臓が激しく鼓動しているのを実感した。ともかく、美少女ピーちゃんの目的を知らなければ。


「キミはいったい……?」

 和也の問いかけに、少女は目を伏せて答える。

「とっても、言いにくいんだけど、あんな姿見ちゃったから、きっと信じてくれると思うんだ」

「うんうん。信じるよ」と大きく頷ずいた和也に、「絶対に?」と彼女が再度尋ねてきた。

「ああ、絶対だ」

 との和也の返事に対して、意を決した表情で色白の美少女が呟いた。


「私ね、怨霊みたいなんだ」

「お、おんりょう!?」

 全く予想していなかった少女の告白に、和也は声が裏返ってしまった。怨霊といえば、誰かにうらみがあってたたる幽霊のはずだ。意味が分からない。絶対にこの女は、気が触れている。こんなにはっきりとした幽霊がいるはずがないだろう。


「やっぱり信じてくれないじゃない。私も、好きでこうなったわけじゃないんだよ?」少女は悲しげな目を和也に向けると、俯いてしまった。

「と、とにかく! 詳しい話を教えてくれ」

 ピーちゃんの恩返しどころか、厄介な女と関わりになってしまった。和也は激しく後悔する。なにかのドラッグでもやっているのだろうか。体よく話を聞いたフリをして、早々に追い返したいぞ。


「じゃあさ、ここに座って話を聞いてくれる?」

 穏やかな表情で自分の左横を指差して微笑む少女は、鼻筋もすっと通り、目もくっきりとした二重で、まつ毛も長い。化粧っ気もないのに、かなり目立つ美人だ。人気アイドルグループのメンバーにいてもおかしくないだろう。でも、絶対に変だ。

「ああ、分かった」と和也は彼女の横に、五〇センチの『警戒区域』を確保して座った。


「良かったあ。じゃあね、まずこれが私の体温」

 少女は満面の笑みを浮かべ、和也の右腕を両手で掴む。玄関で和也が肩を貸そうとしたときにも感じた、冷蔵庫に入っていたドリンクのような冷たさだ。

「冷たい……」

「でしょ? 手だけじゃないんだよ」と彼女は、和也の右手を左手で掴むと、ワンピースの中の太ももに触れさせた。肌触りは滑らかだが、暖かさを全く感じられない。もしかして、本当に幽霊なのか? だが、この実体感は説明がつかない。和也は混乱して、返す言葉が見つからない。

「……」


「それにね。さっきも見たでしょ? 気を抜くとこうなっちゃうんだ」

 和也の右手をさっとワンピースから出すと、少女は五〇センチほど浮かび上がっている。薬物なんかの影響じゃない。彼女のいう通り、幽霊のようなものなのだ、と和也は納得はしたものの、なんと返答していいのか分からない。

「……」


「まだまだあるよ? この状態だとね、ほらっ!」

 すっと少女が、和也に抱きついてきた――はずだが。

「えっ!?」和也は少女の姿が視界から消えてしまい、抱きつかれた感触もないので、慌ててしまった。だが、なにかの気配を感じて、和也が背後を振り向くと、少女が自慢げな笑みを浮かべている。

「気を抜くとすり抜けちゃうの。私が怨霊だ、って分かったでしょ?」

 もう疑いようがない。この少女は確かに普通の人間ではない。理由は説明できないけれど、彼女は幽霊の類だ。和也は納得する。

「ああ。分かったよ。でも怨霊っていうと、誰かに怨みがあるんじゃないの?」


「たいした怨みじゃないけれど、おじさんにはあるかもね?」と、美少女は恐ろしさを感じる冷たい笑みを浮かべた。

「え、え!? 俺に怨みが? キミと今日まで関係ないと思うけど、何の怨みがあるの!?」と、和也は大いに焦る。


「だってえ。私のことを信じてくれる、って言ったのに、さっき思いきり疑っていたでしょ? それにね、男の人に太ももを触られたこともないし、抱きしめられたこともないんだよ。まるで、私が誘っていたみたいじゃない。そ・の・う・ら・み……なのです!」

 明るく笑う美少女が、ペロッと舌を出した。

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