第94話『レイフ#1 - エピローグ②』
「ほらクラマ、もう少しよ? 頑張って」
「うぇ~い……らいじょ~ぶ……ぼかぁー、まらまらいけんく……」
「はいはい、ゆっくり歩いてね」
私は今、
「もう、無理して冒険者の人達に付き合うから……お酒弱いのに」
「ごえんなふぁい……」
「ふふ、いいのよ。こういうのも楽しいもの。でもイエニアの
「うぇい……」
ここはラーウェイブ王国の国境
私たちの目的地は首都なのだけど、その途中で街に立ち寄り、補給と休憩をしている形だ。
昼の間に街中を回った感じ……街並みは
地方でもそれなりの産業規模と生活水準を持つ帝国とは、まるで違う。
ラーウェイブが小国であることを改めて意識させる街並みだった。
そんな中でも、いつもと変わらないクラマには頼もしさを覚える。
あれだけの
……不思議な人よね。
「はい、着いたわよ。よいっしょ……っと」
宿の部屋に着いた私は、クラマをベッドの上に寝かせた。
ありがたいことに、一人につき一部屋をあてがってもらっている。
冒険者全員を泊めるには宿の数が足りなかったのだけれど、どうやら人々が自主的に民家を空けてくれたらしい。
国民から人気があるのね、この国の王様は。
そんなところも帝国とは正反対。
「クラマ、気分は大丈夫? お水を持って――」
と、クラマに声をかけてみたところ。
「すー……すー……」
「あら、もう寝ちゃったのね」
そのまま私も自分の部屋へ――と戻るその前に。
ベッドの上で寝入っているクラマの
そして、その寝顔を
「……ふふ、かわいい」
普段は無邪気な子供のようでありながら、それでいて同時に大人びている……どこかミステリアスなクラマの姿。
それが、取り
だけどこうして、すやすやと
ふと、私は窓の外を見上げた。
四角い
私は以前クラマに教わった、ここではない異世界の話を思い出す。
夜の空はただ黒いだけではなくて……月や星というものが空いっぱいに広がっていて、まるで宝石を散りばめたようなのだと。
「うぅん……宝石、ねぇ……?」
想像してみる。
丸とか四角とか色々な形をした宝石が、キラキラと輝きを放って夜の空にいっぱい浮いている景色。
……なんだかすごい騒がしそう。
そんなにいっぱいあったら、昼間よりも明るくなるんじゃないかしら?
謎に満ちた異世界の話。
クラマの言う通り、もし自分の目で見られたなら……とても素晴らしくて、夢のある話だと思う。
ふふっ、なんて。
叶わないことでも、夢を見るのは素敵よね。
「ねえ、クラマ。どんな夢を見ているの?」
「……んぅ……」
寝ているクラマは答えない。
私はとうに、夢を見ることは
かつて、帝国貴族の婚約者が
あれから私は、自分の人生に夢を持つことをやめてしまった。
ただ
今は違う。
夢を持てないのは相変わらずだけど……今を必死で生きている彼らのために、こんな自分でも何か出来ることがあればと考えている。
……嘘。
夢を持てないなんて、そんなこと。
本当は、少しだけ期待していることがある。
――ちょっと待った。そこも誤解があるんじゃないか。僕が好きなのは――
――分かったわ、パーティーを抜けるのはやめる。その代わりに……今の言葉の続きは、ダンジョン攻略が終わってから聞くわ。
「…………クラマ?」
そっと名を呼ぶ。
もちろんクラマは答えない。
だから私は続けた。
「ねえ、いつまで待たせるつもりなの?」
寝ている彼は答えない。
まったくもう、本当に。
ここぞっていう時にだめなひと。
「しょうがないわね。待つのは女の役目だし……でも……」
布団に沈み込んで寝入っているクラマの横顔。
私はその
軽く、ただ触れるだけの口付けを。
「……これくらい先に
そうして私はベッドから降りて立ち上がる。
……クラマは何か心に大きな闇を抱えている。
私にはそれがよくわからない。
パフィーは何か
イエニアは……いつか、クラマがそれを打ち明けるようなことがあれば……たぶん、その時が彼女にとっての試練になる気がしている。
――だけど、僕が隠してるのはそれだけじゃない。
――でも……それは言えない……それだけは、どうしても……。
結局、あの街にいるうちは、“その時”は来なかったけれど。
――実はね、私もクラマにまだ嘘をついてるの。
――クラマが教えてくれたら、私も教えてあげる。
クラマが打ち明けてきたら、私も教えなければいけない。
いつか打ち明ける時が来るのかしら。
私が彼についた嘘。
……何も嘘をついてないという嘘を。
話していない事はあるけれど、隠し事なんてひとつもしていない。
あの時の私は落ち込んでいるクラマをやる気にさせるために、「嘘をついてるという嘘」をついたのだ。
あれから何度かダンジョンに
これが、ついに最後まで暴かれなかった私の嘘。
小さくて、どうでもいいような、たったひとつの嘘だった。
イエニアやパフィーと出会い、クラマを召喚して、アギーバの街では本当に色々あった。
つらいこともあったけど、こうして振り返れば、夢のように楽しかった日々。
……これからきっと帝国と戦争になって、つらいことや悲しいこと、
けれど、もしも願いが
いつか来る別れの日まで、あの街で過ごした日々が、良い思い出でありますように。
DUNGEONS & LIARS - 迷宮が暴く君の嘘 - 日下部慎 @sinkusakabe
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