第81話 - 冒険者の挿話

 クラマ達がワイトピートの襲撃を受けた後――。


 時刻は早朝。

 ヌアリ宅を後にした一同は、クラマが気を失う直前につぶやいた場所へとやって来た。

 ……ここ、冒険者ギルドへと。


「本当に大丈夫なんでしょうか……?」


 イエニアの不安げな呟き。

 それも当然である。

 なにしろ彼らは、この冒険者ギルドから使命手配を受けている賞金首なのだ。

 扉を開けてロビーに足を踏み入れた瞬間、取り押さえられたとしても不思議ではない。


 左右の肩にベギゥフとセサイルをかついだイエニアは、恐る恐る扉を開いて、中をのぞき見た。

 するとそこでは、大勢の冒険者が押しかけ、抗議活動を行っていた。


「ふざけるな! いいから責任者を出せ!」


「申し訳ございません、ヒウゥース所長とは現在連絡がつかない状況で……」


 低頭平身ていとうへいしんして対応する受付嬢。

 朝も早くから出社しているリーニオであった。

 しかしながらリーニオの丁寧ていねいな対応にもかかわらず、冒険者たちのわめき声は一向いっこうに収まる気配がない。


「それは聞き飽きたぞ! 何日待たせるんだ!」


「連絡がつかねえってなぁ、どうなってんだ!? やる気あんのかぁ!? おぉ!?」


「ええと……先ほど確認の人を送りましたので、申し訳ございませんが今しばらくお待ち頂ければ……」


「いいからダンジョン開けろ! おめぇーらが呼んだんだろうが! この街に! 冒険者をよ!」


「悪いと思ってんなら一発やらせろ!」


「いえ、申し訳ありません……チッ」


「ん?」


「今、チッって……?」


「いえいえ、何も…………あ」


 そこでリーニオは気がついた。

 扉を入ってきたイエニア達に。

 驚いた顔でリーニオは扉の方へ指をさす。

 それに釣られて、冒険者たちが一斉にイエニア達に目を向けた。


 一瞬の静寂。

 水を打ったように静まり返るロビー。

 そして次の瞬間、天地がひっくり返ったような大騒ぎとなった。


「いたあああああああああ!!!」


「オイオイオイッ! なんでコイツらがここにいるんだ!?」


「け……憲兵っ! 憲兵を!!」


 すぐにギルド職員により憲兵が呼ばれた。

 ……が、外から冒険者ギルドへと集まってきた憲兵達は、出入口を塞いだ冒険者たちによってはばまれてしまった。


「おいっ! 何をする冒険者ども! ここを通せ!」


 冒険者をどかそうとする憲兵たちだが、あまりにも数が違う。

 人間のバリケードを通れず、憲兵はギルドの外で立ち往生おうじょうすることになった。


 そうしてロビー中央。

 中に入ったイエニア達は、周囲を冒険者らに囲まれていた。

 しかし手を出そうとしてくる様子はない。

 すぐ近くにある掲示板に、似顔にがおつきの手配書が貼り付けられているというのに。


「うーん? どういうことなのかしら、これ……?」


 不可思議な状況に首をかしげるレイフ。

 それに対して、パン、とパフィーが嬉しそうに手を叩いて答えた。


「クラマは知ってたんだわ! 冒険者たちがここで抗議活動してること!」


 パフィーの言葉を聞いてイエニアも察する。


「あっ! そうか……私達を捕らえるようギルドから依頼が出ているのに、依頼を受けずに抗議している人達というのは、つまり……私達に味方している人達ということ……!」


 そう、クラマ達を捕まえる意思があるのなら、ギルドの依頼を受けて既にダンジョンに潜っているはずなのだ。

 現在、ダンジョンの出入口は封鎖されているが、クラマ達を捕らえるという依頼を受けたパーティーだけが中に入ることを許されている状況だ。

 ということは、一見して敵地のただ中に見えるこの冒険者ギルドこそが、今の彼らにとって最も安全な場所なのである。

 まさしく逆転の発想であった。


 さらには、これだけ冒険者が多い場所ならば、さしものワイトピートといえど手出しはできない。

 そこまで考えて……? と、イエニアは気を失ったままのクラマを見た。


「おおよそ、その通りです。しかし正確ではありませんね」


 そう言いながら、学者風の威厳いげんある落ち着いた男が歩み出た。

 紫色の瞳に黄色い髪とヒゲ。

 イエニアは彼に見覚えがあった。

 以前、ダンジョン地下4階で出会った冒険者だ。

 その学者風の男を見て、周囲の冒険者がざわつく。


「教授だ……」


「なに? 教授ってーと、あのウォイフ=ウェイハ教授……?」


「600人の調査団を指揮して、3つのダンジョンを踏破したっていう、あの……!?」


 ウォイフ=ウェイハの名はダンジョン踏破を目指す者ならば知らぬ者はいない。

 “教授”の通り名で知られ、実際にイソバフィ公国では教授職にあった。

 魔法を嫌い、自らを「考古学者」と称する変人としても知られる。

 しかしその手腕と見識は確かで、実際に国家事業として3つのダンジョンを踏破したという輝かしい実績がある。

 が……しかし不幸にも彼が踏破したダンジョンには商業的価値のあるものは何もなく、大赤字の責任を取らされ、辞職に追い込まれたという経緯がある。

 イエニアはその“教授”に向かって尋ねた。


「正確ではない。とは、どういう事でしょうか?」


 かれた教授は、ここにいる冒険者を代表して答える。


「説明しましょう。多くのパーティーがここで抗議活動をしているわけですが……かといって、そのすべてが君たちの味方というわけではありません。単に、ダンジョンを踏破させる気の感じられないギルドへの不満……不信感。といった理由で抗議に参加している者が多いのです。私などは特にね」


「なるほど……そういうことですか」


「ええ、確かにここにいるほとんどのパーティーは、君たち……特にクラマ君には好意的な印象を持っています。しかしながら、絶対に味方するというわけでもありません。ただ、好意的というだけ。冒険者は自分達のパーティーを第一に考える必要があります。ギルドへの不満はありますが……かといって抗議活動という安全な枠を越えて……ギルドを完全に敵に回してまで……君たちに肩入れするべきか、というと……?」


「そう……ですね。それはそうでしょう」


 イエニアは納得して、深くうなずいた。

 冒険者が自分達の都合と安全を優先するのは当然のことだ。

 特にこの国では、ダンジョン運営をさまたげる行為は重罪だ。

 しかし彼らが今している抗議活動は、ただ「ダンジョン踏破と無関係な依頼を受けない」「窓口で文句を言う」というだけ。物理的にダンジョンの出入口を封鎖していたサクラ達とは違って、罪に問うことは難しい。

 根無し草の彼ら冒険者には、いざという時は逃げればいいという心算しんさんもある。

 しかし……そうはいかないのだ。

 彼らはそれを知らない。

 彼らの仲間、地球人に埋め込まれた発信器の存在を。

 果たしてどう答えていいか迷うイエニアに、教授は告げた。


「我々にはギルドからの一方的な情報しか入ってきません。ですので、自分達の立ち位置を測りかねます。だから正確な情報が欲しい。貴女たちにはそれがある……だから追われている。……違いますか?」


「……わかりました」


 イエニアは念のため振り向いてティアを見る。

 ティアが頷いたので、イエニアは教授に向き直った。


「お話しします。我々が知る、この街の真実を」






 イエニアはその場にいる者達に、ヒウゥースの不正……四大国との繋がり……地球人の売買……邪神の信徒と手を組み、ダンジョン内で冒険者を襲っていた事……そして地球人に埋め込まれた発信器。これらの衝撃的な事実を語った。

 場の空気がざわめく。

 互いに顔を見合わせ、にわかに信じられないという顔がほとんどだ。

 そして、その話を聞いていたギルド職員から声があがる。


「そ……そんなばかな、嘘だ!」


 職員の声は震えていた。

 彼らギルド職員は知らなかったのだ。

 自分達が、こんな大それた世界的犯罪に加担していたことに。

 しかし……


「嘘じゃねえ!」


 一喝いっかつする声。

 イエニアの話を魔法で判定していた、若い魔法使いの男が告げる。


「今の話は本当だ。少なくとも嘘は言ってない。真偽判定の得意な俺から言わせてもらうなら……想像で語ってるとも思えないな」


 その言葉を受けて再び場は騒然となった。

 断じて許せないといきどおる者もいれば、あまりのスケールの大きさに狼狽うろたえる者もいる。

 地球人の多くは、その内容にショックを受けていた。

 中にはむせび泣く者もおり、パーティーの仲間が慰めている。


「もうイヤだぁー! 日本では会社の奴隷! 異世界でも奴隷! どこに行っても奴隷になるんじゃないか!!」


「だ、大丈夫ですよ、なんとかなります……よね?」


「いや……そうは言っても……首都から国軍も来てるって話もあるし……」


「軍隊が出動してるってマジ?」


「おいおい、どうしろってんだよそんなの……」


「いや、でも、大人しくしとけば大丈夫なんだよな……? え? だめ?」


「わっかんねー! どうすりゃいいんだー!」


「きょ、教授? どうしたらいいんです?」


「…………………」


 これにはさすがの教授も黙り込んでしまう。

 まずい流れだ、とイエニアは感じた。

 少なくともここにいる冒険者たちには、仲間でいてもらわなくてはならない。

 なんとか彼らに発破はっぱをかけるべく、イエニアは口を開くが……


 ――しかし、すでに動き出している者がいた。


「はぁ!? どうしたらいいって!?」


 サクラだ。

 いつの間にか窓口のカウンターに登っていたサクラ。

 彼女は集まった冒険者たちを一段高い位置から見下ろし、ビッと彼らに人差し指を向けた。


「自分らのことも自分で決められないくせに、そんなんでよく冒険者なんて名乗れるわね! そんなしみったれた度胸で、いったいどこを冒険するつもりなのよ!?」


 荒くれ者の集団にも臆することなく、大声で啖呵たんかを切るサクラ。

 彼女の罵声ばせいは収まるどころかヒートアップしていく。


「用意されたダンジョンしか行きたくないなら、今すぐ冒険者なんかやめなさいよ! ほんとにキンタマついてんの!? このカス! フニャチンども!」


 年端としはもいかない少女の口から矢継やつばやに飛び出す口汚いののしり言葉に、唖然あぜんとして見上げる冒険者一同。

 ひとしきり罵倒ばとうを終えてサクラが一息つくと、ロビーに静寂が満ちる。

 言い返せず言葉に詰まる冒険者の男たち。

 そして気まずい表情の女冒険者たち。

 その様子をイエニアはハラハラしながら見守っていた。

 しかし、やがて……


「……ぷっ」


「く……くく……うっくく……」


 こらえきれない笑い声がロビーに響く。


「ギャーハハハ!! 地球人に冒険者を説かれてらあ! こいつぁケッサクだ!」


「アッヒャッヒャッヒャッ!! 違いねえ! いや違いねえや!」


 笑い声は爆発的に広まっていき、ロビー全体が爆笑の渦と化す。


「へへっ……久しぶりに思い出したぜ。俺ぁ、おかみに従うのが嫌で冒険者になったんだ」


「いや、たいしたもんだ嬢ちゃん!」


「ふふん、それほどでもあるけど……あれ? なに?」


 サクラは冒険者に体を掴まれ、かつぎ上げられた。


「きゃーーーー!? なにーーーーー!?」


「おらァ! 胴上げだァ!」


「よしきた! わっしょい! わっしょい!」


「ぎゃわーーーー!? やめぇーーーー!」


 まるで祭りのような大騒ぎ。

 イエニアはそれを複雑な表情で眺める。


「目立っていますね、羨ましい……ではなく。無事に収まったようで良かった」


 それに横から次郎が口をはさむ。


「アネゴは無事だと思ってなさそうっスけどね」


「ふふっ、そうですね。あとで一郎さん、さぶろ……ニシイーツさんと一緒に助けてあげてください」


「うっす、了解っス」


 場がまとまったところで、イエニアは施設内の防備について教授と話しに行く。

 一方、ギルドの受付窓口に声をかけるのはティア。


「医務室を使用させて頂きます。開いていますか?」


「あー……はい、コレのどれかです。どうぞ」


 ジャラ、と鍵束ごと差し出す受付嬢のリーニオ。

 それを見た上司の男性が慌てて止める。


「な、何をしてるんだキミィ! こんな奴らに協力したらヒウゥース様から……」


「うっさいバーーカ! こんな仕事やってられるかっての! 退職金は首都銀行の口座に振り込んどいて! ヨロシク!」


「な……? な、なん……?」


 突然の豹変ひょうへん

 リーニオは呆気あっけにとられる上司を無視して、足音を踏み鳴らして出ていった。


 ……これら一部始終を、カウンターの内側からじっと眺めていた者がいる。

 冒険者ギルド経理役、コイニー。

 その正体はヒウゥース直属の配下。


「さて、これは……」


 コイニーは目を細めてしばし考えた後……パッと表情としぐさを変えて、上司の男に向けて言った。


「あっ! わたしも私用で帰らせてもらいますねぇ~!」


「なっ!? コイニー君、きみまで……!?」


「えへへ、ゴメンなさ~い! また明日ぁ~♪」


 にこやかに手を振って彼女も出ていく。

 行く先は当然、ヒウゥース邸。

 あるじへの報告である。

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