第82話 - ヒウゥース邸の挿話

「……ギルド内の報告は以上となります」


 ヒウゥースは自室でコイニーの報告を受けていた。

 ヤイドゥークも同席し、やはり残り物の焼き菓子をモグモグと頬張ほおばっている。

 ベッドに腰かけたヒウゥースは、自分のひたいをコンコンと指で小突こづいて思索しさくする。


「ふぅむ……まさか冒険者ギルドに立てもるとはな……憲兵は役に立ちそうにないか」


 ヤイドゥークが食べるのを中断して答える。


「もともと憲兵ってのは地元民すからね。兵としての練度は低いし、知人親戚の繋がりでクラマ=ヒロを知ってる奴らも多いでしょうし」


「連中を捜索させた時も、地元民が全く聞き込みに応じなかったそうだな。冒険者連中にしてもそうだったか」


 これに答えるのはコイニー。


「はい。ギルドから賞金を出しても、ダンジョン内の捕獲作戦に協力を申し出たのは、わずか2パーティーのみでした」


「ち……金で動かず……国家権力も恐れんか。まったく、冒険者という人種の頭の悪さを、少しばかり見誤っておったわ」


 悪態あくたいをつくヒウゥース。

 その顔には、苛立いらだちの色が見える。


 ヒウゥースの人生は順風満帆じゅんぷうまんぱんなものではなかった。

 幾度いくどとなく困難に突き当たっては、その都度つどひとつ先を読み、周囲を出し抜くことでここまでやってきた。

 しかし権力を手にするようになってからは、それも少なくなってきた。

 ここまで思い通りに事態が進まない事は、ひさしく記憶にない。


「……ヤイドゥーク。奴らがここに攻めてきたらどうなる」


「んー……そりゃキツイっすね。人数はこっちが勝ってますけど、実戦経験の差があるんで……まあ負けるでしょ」


「首都からの国軍は明日の昼には着く。それまで守りを固めても駄目か?」


「ギリっすね。立てもるにしても、あの地下を破壊した魔法具がね……他にも魔法具持ってる奴はいるでしょうし。守りよりも攻めのが強いんすよ、魔法ってやつは」


「そうか……」


 ヒウゥースはフゥーッと大きく溜め息をついた。

 その表情は、諦めたようで諦めていない。

 まだ余裕があった。

 しかし、ひとつの事を諦めたことには違いがない。


「いやぁ、人望っつーもんは厄介なモンですなぁ。どうしますかねぇ」


「どうするもこうするもあるか。お前を頼ることになるぞ」


「ですよね」


 余裕の空気はヤイドゥークにも伝わっている。

 なぜなら残っているからだ。

 彼らの切り札が。


「ふん……奴らも粘ったが、最後で運がなかったな。地下に襲撃してきた方が本命だったなら、あるいは違う結果もあったかもしれんというのに」


「そりゃあこくな話でしょう。こっちの切り札が置いてある場所なんて、向こうは知らんかったでしょうし。まぁ操作室の方で爆発音が聞こえた時はきもを冷やしましたが」


 そう、彼らの切り札は首都から招集している国軍ではない。

 この屋敷の地下にある、ひとつの魔法具だ。


「ふん、だが次はもうない。結局は備え……財力……権力……持ち得る力の総数がものをいうのだということを教えてやろう。くくっ……奴ら冒険者には、生涯えんのないものだな」


「そうっすね」


 ヤイドゥークはそっけなく答えた。

 その主人を主人と思わぬ不遜ふそんな態度は普段通り。

 ……のように見えたが……ヤイドゥークを横目で見るコイニーは違和感を覚えていた。

 やる気がないのとは違う。

 どこか遠い所を見据みすえるような……あるいは、記憶の奥深くを探るような……心ここにあらずといった視線……。


 しかし今は彼らの主人の前。

 無関係の話をするわけにはいかない。


「……ヒウゥース様、私はギルドに戻って向こうの動向を探りますか?」


「ん? いや、向こうにはディーザがいるのだろう。戻れば捕まる危険がある。屋敷内で待機だ」


「分かりました。それでは失礼いたします」


 コイニーは一礼して退室する。


 そうして結局、彼女がその違和感の正体をヤイドゥークに問い詰める機会は、最後までおとずれることはなかった。

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